IS-refrain- 外伝   作:ソン

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アンコール・リフレインのイメージはニコニコ動画にあるMADからです。
音楽はパチスロの新世紀エヴァンゲリオンからとムービーはFateからと言う何とも素晴らしい組み合わせのMADでございました。
ちなみにそのエヴァンゲリオンの音楽ですが、2012年にリリースされアスカ役の声優さんが歌っておられます。非常に素晴らしい曲ですので興味をもたれた方はお聞きになってはいかがでしょうか。


アンコール・リフレイン5

 

 

 願え。祈れ。請え。

 さすれば奇跡はその手に宿るだろう。

 だが――それが君に幸福をもたらすかはまた別の話だ。

 

 

 

 

 学年別トーナメント当日、既にアリーナは熱狂に包まれている。

 その地表に立っているISは四機。

 ラウラ・ボーデヴィッヒの操る専用機、シュヴァルツァ・レーゲン。

 凰鈴音の操る専用機、甲龍。

 シャルロット・デュノアの操る専用機、ラファール・リヴァイブ。

 織斑一夏の操る専用機、白式。

 

「……まさか初戦から貴様を潰せるとはな」

 

 ラウラの表情が愉悦に染まる。

 だがそれを見て、一夏はどうとも思わない。それはパートナーであるシャルロットも同じことだ。

 

「シャルロット、甲龍は頼む」

「分かった。任せて」

「一夏、悪いけどアタシだって負けるつもりはないからね。サクッと終わらせてもらうわよ」

 

 ラファール・リヴァイブと甲龍が空へと上昇していく。

 一夏は雪片を構える。

 

「教官の二連覇を邪魔した貴様を、私は許さない。引導を渡してやる」

「――軍人崩れが偉くなったものだな。自身に心酔してそれで満足か。堕ちるところまで堕ちたと見える」

 

 事前に一夏は作戦を立てていた。

 ラウラの停止結界についての予測。恐らく彼女は一夏がそれを警戒していると思い込んでいるはずだ。

 だからこそその裏を掻く。

 右足を踏み出す。同時にスラスターを噴出。足による加速も加えて更なる推力を白式へ掛ける。

 篠ノ之流剣術壱の型、極突。天道との打ち合いで感覚を思い出す事が出来たアインの技術。威力こそ大幅に落ちているが、それでもないよりは遥かにマシだ。

 その動きは最早瞬間移動に近い。もし相手のハイパーセンサーがそれを捉えていたとも操縦者自体は反応出来なかっただろう。

 だが一つだけデメリットがあるとすれば零落白夜を発動できない事である。無論、それは警戒されるからでありもし停止結界に掴まれば折角の強襲も無駄になるからだ。

 

「がっ……!」

「そら、戦場なら死んでいたな」

 

 シュヴァルツァ・レーゲンを吹き飛ばした直後、本能が離脱を命じる。背後へスラスターを噴かせ、飛ぶ。先ほどまで白式が立っていたところを見えない砲弾が直撃していた。

 

「……ごめん、一夏!」

「いい、衝撃砲だけならまだ対処できる。すぐに駆けつけるから待っててくれ」

 

 そう言って、一夏は雪片を構えなおす。

 ハイパーセンサーに映る視界は、激昂したラウラがこちらへ猛進して来ている光景だった。

 

 

 

 

「それにしても一夏さん、本当に飛びませんわね」

 

 熱狂に包まれる観客で、試合を観戦していた一行の中、セシリアがそう呟く。

 確かに彼女の言うとおり、一夏が挑んでいる戦いは基本的に地上での戦闘が多い。彼が飛び回っていると言う光景を見たことは稀だ。

 

「ブレードだからな。空中で猛威を振るえるのは遠距離武器だ。だから桜崎(バカ)とかほとんど空中に浮きっぱなしだろ」

「誰がバカだ、誰が。生徒会室はキャバクラにするよりマシだ」

 

 うがーと取っ組み合いを始める天道と桜崎を尻目に、箒は先ほどの一夏の構えを思い出す。

 あれは篠ノ之流剣術の構え。昔、箒の父親や織斑千冬などがよくその構えを取っていた。刺突までこそしなかったが、アレは一夏による大幅なアレンジが加えられているのだろう。

 一夏がトーナメント前に謹慎処分を受けていたが、もしかするとそれは篠ノ之流剣術を研鑽するためであったのかもしれないと思う。

 

“……私は”

 

 一夏の剣は鰻上りに上達している。例え箒が剣道で日本一になったからと言っても、今の一夏に適いはしないだろう。

 自分は何をしているのだと、自責の念に駆られる。

 

“――強く、なりたい”

 

 あの幼馴染の姿が酷く、遠く見えた。

 

 

 

 

「手間を掛けさせるッ!」

 

 ラウラの停止結界が一夏を捉える。

 剣の動きも押えているため、今の彼は動くことすらままならないだろう。

 両手のプラズマ手刀を展開し、一夏へ振り上げる。

 

「絶望しろ、織斑一夏」

「今――何か言ったか?」

 

 白式に充填していく光。それが突如、輝きを増して辺り一帯へ中規模の爆発を起こす。

 一夏が独自的に作り上げた戦闘技術。

 シールドエネルギーを攻撃へ転用すると言う荒業は燃費が悪い白式だからこそ行えるのだ。

そんな事を考え付く人間はいても実行する者は皆無だろう。それは言わばシールドエネルギーを失くすと言うことであり、絶対防御しか機能しなくなる。つまり、重傷を負う可能性が高まるという事だ。

 だがその分の見返りは非常に大きい。もし直撃すれば――大方のISは一撃で瀕死まで追い込まれるだろう。一夏の先制攻撃を受けていたラウラのISがそれに耐え切れるはずも無かった。

 

「――なっ……!」

 

 視界に映るISのエネルギー残量が急速に減っていく。

 

“負けるのか――”

 

 口の中に広がる鉄の香り。

 憎悪の炎が口内を焼き尽くす。

 もっと力をと、魂が叫ぶ。

 

“こんな奴に――教官を貶めた痴れ者にッ!”

 

 そうして――ラウラの意識は何かに飲まれた。

 闇でもなく光でもなく、まるで形容のしようが無い何か。

 

 

 

 

「――何!?」

 

 背後へ飛ぶ。

 アリーナのシールドが破られた。見れば、乱入してきた一機の全身装甲型ISが宙に佇んでいる。

 そしてほぼ同時期に、ラウラのISが泥に飲まれた。

 やがて泥は一機のISへと形を変える。

 

「……VTシステム」

 

 一夏の心を過ぎったのはトラウマに似た思いだった。

 捕らわれていた研究所で無理やり戦わせられたモノ。

 それと目の前のいるそれは余りにも酷似していた。

 

「一夏!」

「シャルロット、鈴! そのISは任せる。代わりにコイツは俺がやる」

 

 雪片を構える。

 シールドエネルギーはほとんど残っていないため、部分展開へと戻す。

 雪片だけを展開――これならまだ一撃必殺の零落白夜は発動可能だ。

 鈴とシャルロットも乱入してきたISの迎撃に出ている。

 観客席には鋼鉄製のシールドが展開されており、生徒会や教師達が避難誘導を行っているだろう。

 後はアリーナの安全を確保すればいいだけの話だ。

 

「同じタイミングの襲撃か……」

 

 何か匂うなと思いながら、一夏は織斑千冬を模したISへ雪片を構えた。

 

 

 

 

「……馬鹿な。対策は立てていたはずだ!」

 

 管制室への扉を力尽くで抉じ開けながら、天道はそう吐き捨てた。

 桜崎から聞いていた原作の情報――無人機とVTシステムの起動。それを防ぐべく二人は手を立てていた。

 ラウラのISに異常が無いかは彼女が転入してくる時の検査で済ませているはず。前日まで、ラウラの持つISにVTシステムなど一切無く、文字通り正常だった。

IS学園のアリーナのシールドも破られないように強化を施し、万全の状態を保たせていたはずだ。

 桜崎の弾幕ですら時間が掛かるはずのシールドを、あのISは瞬時に破壊した。

 いや――そもそも本当に破壊されていたのかすらも怪しい。

 

「クソッ!」

 

 まるで誰かに弄ばれているかのような感覚に壁を殴りつける。

 生徒達の避難は、生徒会や専用機持ちの生徒に任せているため、問題は無いだろう。

 ひとまず管制室へ向かい、何が起こったのかを聞かなくては。

 

 

 

 

 管制室で、織斑千冬は被害の度合いを予測し対策を取るべく手筈を考えていた。

 山田真耶が調べたところによるとIS学園全体のシステムがハッキングを受けており、それは襲撃してきたISによる物だと考えてもいい。

 既に教師部隊の出動も急がせており、治療班の準備も進んでいる。

 後はアリーナにいる四人の行方だが、これもまた問題はないと判断していた。

 千冬の見る限り一夏の実力がVTシステムに劣る事は無い上に、上空では乱入してきたISに対して国家代表候補生が二人係である。

 何の心配もいらない反面、それが千冬の不安を急かさせていた。

 

“……都合が良すぎる”

 

 ラウラのVTシステム起動と謎のIS乱入タイミング。そして都合よくハッキングされたIS学園のシステム。

 ――偶然とするには余りにも奇妙だ。

 

「……山田君、修復はどれくらいかかる?」

「あと少しです。……それより織斑先生、生徒達は……!」

「分かっている。……教師部隊、アリーナに急げ!」

 

 嫌な予感がする。

 千冬の姿を、まるで何かが嘲笑っているかのようだった。

 

 

 

 

「……つまらん玩具だ」

 

 VTシステムも所詮はその程度だったかと、一夏は息をついて白式を完全に圧縮させた。

 既に零落白夜を使い、VTシステムの機能は停止させている。

 後は自然に泥が融解して、中からラウラが出てくるだろう。

 空を見上げれば、謎のISが推量を失い地上に落下してきていた。

 どうやら二人の方も終わったらしい。

 

『一夏、無事?』

「あぁ、何の怪我もない」

 

 見ればアリーナの格納庫から教師部隊が出動していた。

 撃墜されたISとラウラのISの点検だろう。

 この場は彼女達に任せるとしよう。

 

『織斑、凰、デュノア、良くやった。後は教師に任せておけ』

 

 千冬の言葉に、ふとラウラの姿を思い出す。

 彼女は、千冬に妄執したが故にVTシステムの動きに応えたのだろう。

 一夏の視界には、まだ泥に包まれた彼女の姿がある。

 

“……待てよ”

 

 また一夏の何かが引っかかった。

 VTシステムの停止と謎のISの撃墜。それとほぼ同時に教師部隊の突入。

 ――そして、まだ解除されていないVTシステム。

 ふと、カレンから教わった言葉が頭を過ぎる。

 

“死んだフリって知ってるか?”

“……あぁ、いきなりなんだ”

“戦場では効果的って話だよ。戦士にとって冷静って言うのは一番見失いやすい。だから普段なら気づくことも戦場だと見落としがちだ。特にそれを利用した心理作戦は時として高い効果を出すこともある”

“……つまり、騙し討ちに注意しろと?”

“そっ、分かってんならいいか”

 

 咄嗟にVTシステムに顔を向ける。

 まだ泥は動いている。

 その周りには教師部隊が数名。

 ――罠だ。

 

「逃げろっ!」

 

 一夏の叫び声と共に、VTシステムが再起動しその泥を肥大化させ――アリーナにいたIS全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

「何だと!?」

 

 ハッキングから回復し、教師部隊が突入――そこまでは順調だった。

 だがその後起きた不測の事態は予測不可能である。

 アリーナに広がったのはVTシステムの泥だ。それがドームのように広がっており、アリーナの様子は外部から伺えない。

 教師部隊、織斑一夏、凰鈴音、シャルロット・デュノアが飲み込まれ、反応が途絶えている。

 

「織斑先生、外部からの連絡です。あの泥に触れた途端、ISのエネルギーが吸収されたとの事です!」

「……暴走したのか。クソッ!」

 

 教師部隊を出動させた事が裏目に出た。

 こうなってしまった以上、他の専用機もちで何とかするしかない。

 だが今優先させるのは外部生徒の安全である。

 

「……山田君、外部で他の専用機持ちを集合させた後合図をくれ。私は管制室に残り、全体に指示を出す」

「で、ですがそれだと織斑先生は……!」

「私を誰だと思っている。世界最強だぞ、この程度で逃げ出すわけにはいかんさ」

「……」

 

 千冬は管制室のモニターを見る。

 頼みの綱はあのアリーナで唯一、ISを起動させていなかった一夏のみ。

 だが彼に零落白夜を使えるエネルギーは無い。

 ――万事休すだ。

 管制室には千冬以外、おらず騒動を鎮圧させるべく動いている。

 そのまま千冬は壁に拳を叩き込んだ。

 

「……また、家族を助けられないのか私はッ!」

 

 

 

 

「……ちっ」

 

 一夏の前に広がるのは、黒い泥だった。

 目の前には巨大化したVTシステム―例えるなら巨人だろう―が生物の如く呼吸しており、手にしていた刃を愛しく見ている。

 ――八方塞がりだ。

 白式の展開は不可能、零落白夜を使えるエネルギーは残っていない。ラウラも取り込まれてから数分が経過しており、このままだと命に関わるだろう。

 

“――”

 

 いや、まだ手段ならある。

 アインとしての力をここで解放し、あの巨人を打倒すればいい。

 だが――その時もしかすると一夏は死ぬかもしれないのだ。

 

「……ククッ」

 

 思わず笑いが零れる。かつて命を殺すと生かす事、どちらに対して何の関心も抱いてなかった自分がまさか迷う事になろうとは。

 どちらにしろここは閉じ込められた世界だ。逃げる事は出来ない。避ける事も出来ない。だからこそ、前に進むしかない。この戦いには勝つ事以外許されない。

 

「あぁ、そうか」

 

 なるほどと心のどこかで納得する。

 迷い悩み苦しみ、それでも前へ進む事。

 そんな当たり前だった事を忘れていた。

 

「コレが――生きるって事なんだ」

 

 右手に意識を込める。

 少女は言った。

 ISコアは人の意志を力に変える。自分が自分である限り、決して一人じゃないと。

 共に戦った相棒は、必ず傍にいてくれる。

 

「力を貸せ、アルカ」

 

“――はい、お任せを”

 

 やれる。

 感覚が体に甦る。

 黒い雪片――全てのISに対して、天敵と成りうるアインの象徴。

 

「――っ」

 

 体が焼ける。意識が薄れる。全身が重い。

 呼吸がままならない。

 体を、内部から突き破ろうと何かが暴れ狂っている。

 

「は――」

 

 見えた。

 求めていた剣はある。

 右手に握られている。

 その威力を悟ったのか、黒い巨人は吼えた。

 地面全てを抉りながら、一夏を殺さんと迫る。

 左足を踏み出す。

 黒い剣――黒の雪片を振り上げた。

 一閃――黒き閃光が世界を照らす。

 巨人の振るう一撃と一夏の振るう一撃が、交錯した。

 

 

 

 

 体が重い。

 全身に鉛でも付けられているかのようだった。

 まるで電子レンジの閉じ込められているのではないかと思うほど。

 目の前には泥の塊がある。

 その周りには女性が何人か倒れているが、見知った顔は無い。

 だとすればあの中に閉じ込められているのだろう。

 腕を動かそうとすると、焼けるような鈍い痛みが走る。

 だがそれでもやらなければと体が動いた。

 泥の中に左手を入れ、誰かの腕を掴む。

 無造作な動きで引きずり出し、体で抱きとめると凰鈴音の姿があった。

 意識を失っているらしく、微かな寝息を立てている。

 彼女を寝かせて、もう一度泥の中へ手を弄り誰かを引っ張り出す。

 銀髪の少女、ラウラ・ボーデヴィッヒもまた寝息を立てている。

 既に泥は崩れかかっており、その体積は人一人が入れる程度だ。

 だとすれば残っているのは、彼女だろう。

 左手を入れて、引きずり出す。

 

「ん……一夏……?」

「……」

 

 言葉が出ない。

 目を覚ましたシャルロットが何か言おうとして、視線を凝視させていた。

 一夏も彼女の視線を追い、あぁと納得する。

 

「一夏、右腕が……! 右腕が……!」

「……あぁ、無くなったな」

 

 シャルロットの悲鳴が、アリーナに響く。

 

 織斑一夏の右肩から先が――消失していた。

 

 

 

 

 その少年は何の変哲も無かった。

 目立った才能がある訳でもなく、超能力などそんな異質な才能を秘めていた訳ではない。

 ただ姉から惜しみない愛情を注がれていた至って普通の少年だった。

 第二回モンド・グロッソの時まで――。

 姉の下から連れ去られ、彼は道具として扱われた。ISコアを心臓に埋め込まれ、体を改造され、実験を施され、存在を奪われた。

 姿は変貌し、姉と同じだった黒い髪は白髪へと変わった。瞳の色も紅色へと変色し、その容姿は中性的な物へと近づいていった。

 とある組織によって救出された彼は、そこで現実を知る。

 自分の名前が既に奪われていた事。いつも自分にとって身近だったはずの人も奪われ、彼には何も残っていなかった。

 彼は復讐を誓う。

 自分の存在を取り戻すべく、人を取り戻すべく、名前を取り戻すべく。

 そのための技術と知恵を次々と身に付けていき、何の感慨も抱かずに求められた殺害を繰り返した。

 例えそれが正義のためであったとしても、彼にとっては二の次だ。

 執着に捕らわれた彼に世界など見えなかった。

 全てが自分を信じていると錯覚し、戦いを挑んだ。

 己の遍歴全てを賭けて、もう一人の自分。作られた偽者を殺すべく。

 だが彼は敗れた。

 その願いが、自分の大切な人を殺すのだと知って。今までの大切な人々を今度こそ敵に回すのだと。

 彼は己の世界を知る。余りに矮小で卑屈な世界。そんな小さなモノに閉じこもっていた自分。

 その世界を裏切って、彼は全てを捨てた。

 事は単純な事。彼を生んだ両親と彼を育ててくれた他人。それを天秤に掛けて、ただ後者の方が重かっただけのこと。

 守るべき人は守った。だからそれでいい。

 空虚に仕舞いこむ欠片は居場所しかなかった。

 元の家族へ戻るか新しい場所で新たな名前と共に生きるか。

 

 

 彼が選んだのは――

 

 

 

 

「……!」

 

 ラウラの視界に映ったのは白い天井だった。

 何故そこにいるのか――ようやく悟る。

 

「……」

「無事か」

 

 隣を見れば、一夏が椅子に座っていた。

 毛布を肩から掛けており、その下の衣類は制服ではなくISスーツである事から彼もまたこの保健室に搬送されてきたのだ。

 ――ラウラは気づく。

 織斑一夏、この男の本当の名前に。

 

「……」

「どうした」

 

 ただ何と呼ぶべきか分からない。

 ありのままを伝えるべきか、遠まわしに伝えるべきか。

 

「……アインと言う男の半生を見た」

「……!」

 

 一夏の顔が僅かに曇る。

 ――つまり、彼は。

 

「まぁ……そんなに気に掛けるような話じゃない。周りが見えない者は自滅すると言うテストケースだとでも思ってくれ。仕方が無い事だ」

 

 呆れたように彼は言う。

 仕方が無い――自分の生き方を、そんな一言で片付けていたかのようだった。

 それがラウラには許せなかった。

 何故この男はそう簡単に――。

 

「何故だ」

「……」

「何故自分の誇りをそう簡単に捨てられる!? どうして自分の居場所を取り戻そうとしなかった!」

「それは違う。オレの誇りはあの人の弟であること。そしてオレの居場所はその誇りを持てる場所だ。――アインという人間の居場所は既に見つかっていた。だから、彼女達を守りたかった」

 

 彼女――それはアインを受け入れてくれた者達の事だろう。

 故に分からなかった。

 

「なら、何故お前はここにいる」

「……分からん。だがオレが織斑一夏だった時に果たせなかったことをこの世界で果たしたい。たった一人しかいない織斑一夏として、大切な人たちを守りたい」

 

 変わらない不滅の思いだ。

 例え地獄の底に落ちたとしても、それだけは忘れない。

 あの人の弟であり、そこから受け継がれた魂の誇りを失うことなど出来なかった。

 

「そうか」

 

 ふとラウラが微笑む。

 一夏はその表情に、カレンの姿を連想した。

 やはり世界は違っても同じボーデヴィッヒなのだ。

 

「なら、私にも手伝わせてくれ」

「……何?」

「お前は母様から手解きを受けたのだろう。私もそれを学びたい。なら母様の技術を全て学んだお前の傍にいるが手っ取り早い」

 

 一夏は左手を顎に当てて思案する。

 この世界で、事情を知る協力者がいる事は大きなメリットだ。

 その上彼女はドイツの軍隊の隊長でもある。情報収集の時には心強い助けになるだろう。

 何より右腕を失った彼にとって、頼りに出来る人物が出来るのは頼もしいことこの上ない。

 

「……いいのか、人遣いは上手くないぞ」

「構わん。寧ろ隊員の心境を知るいい機会だ」

 

 呆れたような溜め息をついて、一夏は左手を差し出す。

 ラウラもまた左手で応え手を握る。

 

「よろしく頼む。ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「あぁ、こちらこそな。アイン」

 

 一夏は隣のベッドに戻り、左腕で右肩を押さえる。

 まだ失ったばかりで微かに痛むのだ。

 

「……ところで、右腕は」

「――目が醒めたか、二人とも」

 

 保健室に入ってきたのは、織斑千冬だった。

 何やら後処理に追われていたらしく、スーツのいたるところに皺が出来ている。

 

「いいか、今から事後経過を報告する。よく聞いておけ。ラウラ、お前のISにはVTシステムが仕込まれていた。しかも暴走していたため、お前のISコアは破損が酷い。修復に数日は掛かる。現在、IS委員会がドイツに対して事情の説明を求めているが知らないの一点張りだ。

そして織斑、お前の右腕は完全に消失している。回収は不可能。既に政府から通達が来ている」

 

 ふぅと息をついて、千冬は二人の視線を見る。

 

「一夏、お前はIS学園を退学しろ。ラウラ、お前は本国に戻れ。取調べが待っている」

「なっ……!」

「……」

 

 それが当然だろう。

 一夏は既に右腕を失っており、ISを操るにしても操作が不自由になる。左手の手首に待機状態となっている銀の腕輪はまだ微かにその輝きを保っていた。

 

「あのVTシステムは本当にドイツで入れられたものなのか」

「……何が言いたい?」

「アレは他のISを原動力として動くように予め暴走が設定されていた可能性が高い。自分の国の国家代表候補生をわざわざ使い潰してまで、IS学園でVTシステムを起動させる意味が分からない」

「つまり……IS学園でVTシステムが入れられていたとでも言いたいのか」

「あぁ、あの謎のISの出現と同時に起動。そして教師部隊の突入の後、突如停止したVTシステムの再起動。……こんなタイミングは人工的でもない限り不可能だ。都合が良すぎる」

 

 そこで一夏は言葉を切る。

 彼はただ千冬の目を見据えた。

 

「IS学園に、回し者がいる。もしここで下手にアクションを起こせば、また一騒動が起きる。そうなったら今度こそIS学園は崩壊する」

 

 立ち上がった一夏はそのまま出口へと向かう。

 その左肩を、千冬が掴んだ。

 

「どこへ行くつもりだ」

「内通者を突き止めに行く。天道と更識はもう動いているはずだ。二人から情報を聞き出す」

「そんな体で何が出来る」

「右腕一本失っただけだ。まだ左腕があって体は動く。まだ戦える」

 

 瞬間、一夏の体が地面に叩きつけられた。

 千冬が彼に馬乗りになり、左腕を掴む。

 その顔は、怒りに震えていた。

 

「だったら、私がその左腕を斬りおとしてやる! ボーデヴィッヒ、ナイフを貸せ!」

 

 掴まれた左腕の肘から先を動かし、一夏は千冬の手を掴む。

 黒い瞳が、彼女の目を捉えた。

 

「……俺は昔から、貴方に守られ続けてた。幼い俺を貴方は力を尽くして守ってくれた。だから」

 

 決意を決める。

 例え四肢がなかろうと、それでも戦い続けると誓った。

 

「今度は、(オレ)が守る」

「……馬鹿、野郎が」

 

 千冬は立ち上がり、出口へと歩いていく。

 扉の直前で彼女は足を止めた。

 

「……処分の件は忘れろ。私が力尽くで黙らせる。お前たちは何も気にするな」

「千冬姉……」

「ラウラ、コイツを頼むぞ。あの小娘と小僧の中では、お前が頼りになる」

「……は、ハッ!」

 

 ベッドから立ち上がり、敬礼するラウラの姿に千冬は軽い苦笑いを溢してから部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

「……今度は俺が守る、か」

 

 職員室へ戻る途中、千冬は一夏の言葉を思い出す。

 あの時の彼はそう言った。

 何の躊躇も無く、揺らぎも無く、ただ織斑千冬を守り抜くと。

 壁に背中を預け、目に腕を当てる。

 溢れようとする衝動を堪えて、彼女は震える息を吐いた。

 

 

 

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