IS-refrain- 外伝   作:ソン

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本当に十話以内で完結できるかどうか怪しくなってきたぞ……。


アンコール・リフレイン6

 

 求めていた夢は全て叶うと誰かが言った。

 ならばその手を伸ばせば、人は空に届くのだろうか。

 道標も後光も無くただ求めるだけならそれは傲慢と何が変わらないのだろう。

 ――それは永遠に訪れたままの静寂は去る事はない。永遠の彼方に閉じ込められたまま、静かに沈んでいく。

 

 

 

 IS学園の自室で溜め息をつきながら、一夏は今までの経緯をまとめていた。

 織斑一夏が右腕を消失した件については重大な体制が敷かれ、それを知るのはIS関係のトップと同じIS学園に通学する者だけとなっていた。

 一夏については永久外出禁止令が出されており、右手代わりの義手が完成するまで一切の外出を禁じられている。

 既に鍛錬も進んでおり、右手さえあればアインに近い動きは行えるようになっており、思った以上に動けるようになっていた。

 軍事面に鋭いラウラのサポートもあり、以前も格段に動きやすいが内通者の特定はまだまだである。

 

「……」

 

 この世界に来てから数ヶ月が経過しているが、未だに帰還する方法すら見つからない。死ぬと言うのが一番可能性としてはありえるがもしそうでなかった場合、ただの無駄死にである。何より、この世界の事を全て投げ出して逃げるなど、一夏自身が許さない。

 きっと帰る事が出来るだろう。己の為すべき事を為せば、自然に帰れるはずだ。

 だがこの世界は一夏が思っていた以上に居心地がいい。

 同性である桜崎や天道の存在、親しみやすい学友達、戦場の臭いとは遠くかけ離れた平和の香り。

 しかし裏を返せば、それはアインが受けるはずの恩恵ではなく、この世界に生きていた織斑一夏が感じるべきだった事柄である。

 それを本当に自分自身が感じていいのだろうか。

 

「……臨海学校、か」

 

 カレンダーは既に日付が近い。

 ナターシャと銀の福音の事件――それは、亡国機業にとって新たな同胞を迎える時でありIS学園にとっては敵が増えるコトである。

 恐らく亡国機業と銀の福音が同時に相手となれば、今の一夏でも勝てないだろうし桜崎の猛攻も無意味だ。

 だからこそ――ここだけは勝つ必要がある。

 

「……」

 

 ひとまず生徒会室に行き、専用の端末で内通者についての情報を知る必要がある。天道と楯無もそれを突き止めるべく動いているのだ。

 使える物は使う必要がある。増してやソレが生き残れる可能性である以上、使わない手立てなどない。

 鏡の前を通過する時、自分の姿が映る。

 それは彼の知る織斑一夏と微かに異なるように見えた。

 髪が少しだけ長くなっており、その色は微妙に抜け落ちて白へ近づいているように見える。

 

“やはり俺には恵まれた事か”

 

 自嘲気味に笑って、一夏は部屋を出た。

 

 

 

 

「……ハワイ沖の試験演習ねぇ」

 

 楯無はその情報を読み上げ、疑心たっぷりの目線で記された紙を睨む。無論、となりの天道も同様の気持ちである。

 前回の学年別トーナメントの無人機は、リモートコントロールで動くISである事が判明し、技術班がその全貌の特定を急いでいる最中である。

 生徒会室の全てを駆使しているが内通者の情報はまったく掴めていない。候補を挙げてみるがどれも核心は掴めない者ばかりだ。

 まず織斑一夏だが、こちらは完全に除外しておく。実力と風格は歳不相応だが、とても人を騙せる人間とは思えない。

 篠ノ之箒、こちらも完全に除外。寧ろ、恋する乙女の一人である。

 シャルロット・デュノア、こちらも完全に除外。まず裏切るメリットが無さ過ぎる。彼女が捕まればそれだけでデュノア社は破滅に追い込まれるのだ。

 凰鈴音、裏切り者とするにはそのような器用な真似が出来るとは思えない。国家代表候補生のプライドが許すわけがない。

 セシリア・オルコット、上と同様。

 桜崎紅夜、バカ、故に論外。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ、近頃何かを嗅ぎ回っているようだがドイツ軍所属である以上、裏切りなどは軍人のプライドに反するだろう。

 

「……」

 

 教員としてはやはり織斑千冬が目立つが有りえない。あの織斑一夏の姉なのだ。

 残った候補は山田真耶だが、彼女も到底人を騙せる人柄とは思えない。

 

「……情報が足りねぇな」

 

 

 

 

 バスの座席、そこの窓から見える光景は夏を象徴するに相応しかった。輝く太陽、照らされる海、青い空――最早これ以上は語る必要が無いだろう。

 そんな光景を見ながら、一夏は渇いた喉を潤すべくカバンからペットボトルを出す。

 右腕が無いが、それも試行錯誤する内にコツが掴めて来た。

 まずキャップを口に加え歯でしっかりと加える。後は左手でボトルごと捻れば自然とキャップが開く。無論締める時は逆の方向に回せばいい。

 ちなみに桜崎が真似してみた結果、「死ぬかと思った」と口にしている。

 

「一夏、右腕大丈夫?」

「あぁ、この生活も長い。不自由も慣れれば、何とも無いよ」

 

 シャルロットの言葉に返答しながら、一夏は空を見る。

 銀の福音――その事件は間違いなく起こるだろう。

 ナターシャ・ファイルス、彼女もまた利用された存在なのだ。

 だから救わなくてはならない。

 

 

 

 

 

 宿に入りながら、一夏は荷物を解くべく、与えられた自室へと向かっていた。

 ちなみに千冬と同室であり、天道と桜崎は山田真耶と同室である。

 

「すまない、一夏。私は反対したんだが、何故かお前の名前が入力されていてな」

「……? 貴方が薦めたんじゃなかったのか」

「……待て、一夏。何だと?」

 

 怪訝そうな顔を浮かべる一夏の姿に、千冬もまた同じ感想を抱いた。

 彼女は忌々しく舌打ちを残す。

 

「一夏、お前は私の目の届くところにいろ。何があっても下手に一人で動くな。お前の行動目的が私に分かるようにしておけ」

「……あぁ、分かった」

 

 やはり利用されている――そう感じて、一夏は下唇を噛んだ。

 

 

 

 

 千冬に部屋で待機するように言われたまま、一夏は残った左腕で携帯端末を操作していた。服装はIS学園の制服ではなく、自宅にいる時のような格好であり、早い話袈裟であった。どうにもそういった服を自分は好んでいるらしく、現代的な服装は余り好んでいない。

 ラウラは一夏の事情を全て知っているため、思ったような連携を取りやすいのだ。

 やはり軍人のサポートを得られる点は非常に大きい。

 彼女には軍の隊長としての立場を利用してもらい、とある銃器を用意してくれるように依頼をしている。やはり、今の一夏にとっては接近よりも銃器を利用した遠距離の方が戦いやすい。

 

『多少時間は掛かるが九月の上旬までなら準備は可能だ。既に内容は伝えてある』

「……そうか、感謝する」

 

 ラウラからのメールに手早い返信を済ませて、一夏は窓から見える光景に目を向けた。

 夏の浜辺――それは戦いに生きてきた彼からすれば、知らない世界の一面でもある。

 その眩しさに思わず目を細めた。

 

「……ん」

 

 バイブレーションを鳴らす携帯端末、表示を見ればそこには織斑千冬と書かれていた。浜辺で行われているIS訓練にいるはずの彼女から連絡が来る事に疑問を感じながらも、念のため、服の中に隠しておいたナイフへ手を伸ばす。

 

「もしもし……」

『一夏、そのままの格好でかまわん。外に来い、お前を出せと叫んでいるヤツが――っておい!』

『はろはろ~! いっくんだね! 束さん、ちょっと会いたいからちーちゃんのいるところにまで来てくれないかな~』

 

 数秒後、束の悲鳴が聞こえたところで通信は切れた。

 

「……ここで篠ノ之束だと」

 

 ドアの外に敵が待ち構えている――その可能性を考慮するが、すぐに度外視した。考えてみれば彼女はそんな下らない仕掛けを施すほど馬鹿ではない。

 気に入らない相手は全力で潰すのが彼女のやり方である。

 

「はぁ……」

 

 服の内側にナイフを入れたまま―ちなみに防衛のためのISスーツは着てある―溜め息をついて、廊下へ出る。

 部屋に鍵を掛けて振り返ったところで、白い少女の姿が目に付いた。

 ――あの世界で一夏と話した少女。それを確認した瞬間、一夏の足はそこへ向かっていた。

 だが少女は一夏を見て、少し悲しげに、そして楽しそうな微笑を浮かべて消えた。

 

「待て!」

 

 走ろうとしたが、追いつける訳が無い。相手は消えたのだ。もし全盛期の自分であれば――そう考えて一夏は頭を振る。

 そんな事を考えるのなら、まずはナターシャを助ける方法を第一に考えるべきだ。

 

 

 

 

 外へ出れば、それで何となく浜辺への場所は分かる。

 見れば空中を篠ノ之箒の専用機、紅椿が飛行していた。無数のミサイルを悉く薙ぎ払う様は凄まじく、よく生身で勝てたと感心するばかりだ。もしあの機体を千冬が使えば、世界は滅ぶのではなかろうか。

 

「うわ~、また酷い怪我したんだねいっくん」

「……また?」

「そうだよ、ドイツで誘拐されたじゃんか~」

「あ」

 

 さらりとトラウマを抉られるが、そこは持ち前の精神力で凌ぐ。瞬間、束の頭部を千冬の右手が掴み上げた。

 

「おい、とっとと用件を済ませろ駄目兎。私は忙しいんだ」

「は、はいぃぃ! ってな訳でいっくん、これを右肩に付けてみて!」

 

 束から渡されたのは義手である。だが外見は何か違う。それは一言で言うなら、例えどんな素人でもあっても見ただけで金属の塊だと判断できるだろう。

 そして微妙に重い。

 

「これは?」

「束お手製の義手だね! いっくんの意思に合わせて使えるようにしてあるよ。ガトリング砲、レーザーブレード、パイルバンカー、いつでもこの三つから好きなの使えるから」

「お前は人の弟を兵器にするつもりか、馬鹿者ッ!」

「にぎゃぁぁぁぁ!」

 

 千冬の言葉が、アインとしての経験を弄る。

 そうだ――彼は兵器なのだ。ISを殺し、世界を変える為に生み出された存在。人である事を捻じ曲げられた原罪の副産物。

 それでいい――兵器に感情はいらない。ただ殺す術と力さえあればいい。

 研究所のトラウマが甦り、思わず吐き気を催すが逆流してきたモノを全て飲み込む。体の中が焼けるように熱い。

 それを抑え込んで束から受け取った義手を右肩に付けた。

 だが何も起きない。接着感もない。ただ――異物であるのは違いなかった。

 

「あれ、あれれれれ? いっくん、もしかしてくっつかなかった?」

「……えぇ、まぁ」

「おっかしいなぁ~。私の計算が正しければ……」

「……すまんな、織斑。先に部屋へ戻って――」

「――織斑先生!!」

 

 なにやらこちらへ走ってくる山田真耶の姿。

 その姿に、言いようの無い不安を覚えて一夏は彼女を凝視した。

 

 

 

 

 旅館の専用大広間には、一年生の専用機持ちほぼ全員が集められていた。

 映像スクリーンには銀の福音の姿が映っており、その光景に懐かしさを覚える。

 

「今から三十分ほど前、ハワイ沖で試験飛行にあった銀の福音が突如暴走を開始。試験空域を離れてこちらへ向かっている。通過予定時刻は今から五十分後だ。そこを迎え撃ち福音を撃墜する。質問のある者は手を挙げろ」

“……やけに早いな”

 

 情報の素早さが異常だ。前の世界では銀の福音と四十分近く交戦したが、IS学園が来たのはそこから五十分後である。

 やはり――利用されている。

 

「はい」

「オルコットか、何だ」

「銀の福音のスペックを要求します」

「……分かった。ただしこれはまだ秘匿されるべきデータとなっている。もし外部の者に少しでも話せば二年間に渡る監視と尋問は覚悟しておけ」

 

 一夏は左手で挙手をする。

 どうして聞いておかなくてはならない事がある。

 

「織斑、言ってみろ」

「銀の福音、試験飛行時に対処できるISは? 二カ国が共同で開発してるなら、暴走した時の対処も迅速に行えるはずだ。何故、こうも易々と突破されこちらに解決を要求してくる?」

「……悪いが、それは知らん。こちらに要求されたのは銀の福音の迎撃だけだ」

「……枯れ狸どもが。俺たちは人形と言うわけか」

 

 一夏の苦言は尤もだ。

 銀の福音のスペックデータの高さは異常だ。国家代表が複数で応戦すれば確実にしとめられるだろうが、この場にいる者で撃墜しろとなれば難易度は跳ね上がる。

 

「……待て、織斑。お前出撃するつもりか」

「あぁ、元からそのつもりだ」

「駄目だ、許可出来ん。隻腕のお前では死亡する可能性が高い。お前は通信での状況判断を任せたい」

「死ぬ覚悟ならいつでも出来てる。死ぬのなら、それは俺が弱いだけの話だ」

「一夏ッ!」

「――教官、私からも織斑一夏の出撃を請求します」

「……何の真似だ、ラウラ」

 

 千冬の視線にたじろぎもせず、彼女は千冬の目を見据える。

 

「織斑一夏の戦闘力は目覚しいモノがあります。何よりVTシステムの暴走を単独で止めた成果は何よりも評価されるべきです」

「……それは、そうだが」

「ですから私は先攻と後攻に部隊を分けた方がよいかと。先攻に織斑一夏を置き、もし彼が戦闘の続行を困難と判断されたのなら後攻の部隊に引き継ぐのが効果的と思われます」

「……織斑、一つ約束できるか」

「はい」

「死ぬな、これだけは絶対に守れ。いや、織斑だけではない。ここにいる全員を決して死なせるな」

「わかっています」

「……では各自準備に移れ。先攻部隊に志願する者は出撃の準備をしろ。後攻へ向かう者はISの状態を整えておけ」

 

 その言葉に全員が頷いた。

 

 

 

 

 先攻部隊は一夏、箒、セシリア、シャルロットの四人。そして後攻部隊は戦力重視として鈴、ラウラ、桜崎、天道の四人。合計八人で任務にあたる事になった。

 

「ラウラ、感謝する。俺だけじゃ彼女を説得し切れなかった」

「礼を言う暇があるのなら生き残れ、一夏。私はお前から母様の技術を継がねばならん」

「……あぁ、そうだな。生き残るさ、必ず」

 

 ISの整備も終えて、一夏は出撃の場所へなっているカタパルトへと急ぐ。その背中をラウラは見届けた。

 

「……よう、ラウラ」

「桜崎か、何だ」

「いや……ちょっと一夏の事で聞きたい事があってな――」

 

 

 

 

 

 接敵まで残り僅か。一夏は徐々に見えた銀の福音を視認し、雪片を展開する。

 

「一夏! まずは私が行く。お前は止めだけを……」

「箒。ここは戦場だ、剣道だの運だので生き残れる場所じゃない。驕るなよ」

「だ、だが私と紅椿なら!」

「別段、そう思うのはお前の勝手だが……そんな甘い考えだと死ぬぞ」

「ッッ!」

 

 紅椿を越えて、一夏は銀の福音へ雪片を構える。

 セシリアの狙撃とシャルロットの連射が微かに機動をずらす。

 ――国家代表候補の実力も捨てたものではないらしい。

 零落白夜を起動させ、一夏は雪片を振り上げた。

 

 

 

 

「……違う。これはいっくんじゃない、こんなスペックは違う」

 

 即席のラボで、束は戦闘映像から白式のデータを割り出していた。

 VTシステムを単機で鎮めたという一夏の実力を知るべく、早速量ってみたがその結果は束を軽々と上回っていた。

 ハイパーセンサーを除いた時の一夏の反応速度は最早人外の領域である。機動の予測も遥かに早く、味方の狙撃を邪魔せぬよう華麗に立ち回っていた。よく見れば箒をアシストしているように見える。

 ――有りえない。こんな戦闘技術は紅椿を越えている。

 一夏が紅椿を越えるなど、数ヶ月の前ではどんなデータを使ったとしても予測できなかった。

 だが、それを彼は軽々と為している。

 

「君は……誰」

 

 一夏の零落白夜が、銀の福音を切り裂いた。

 

 

 

 

“……随分とあっさりだったな。白式のおかげか”

 

 アインであった頃の戦闘は苦戦を強いられたものだ。

 銃器限定と言うのも要因が大きかったが、それでもやはり優勢にはなれなかった。

 もし勝てる予想があったとすれば、セシリアとシャルロットの援護が確実だったこと。そして箒が予想以上に紅椿を使いこなしていたところだ。戦闘前に言った事が起爆剤になったのだろう。

 

『一夏、パイロットの回収を』

「まだだ、二次移行来るぞ」

 

 それすらも予想通りだった。

 根本的な物は何一つ変わらない。この世界で蹂躙される人間は終わらない。

 それを少しでも救うために、剣を執った。

 ならば――それを果たす必要がある。

 

『La』

 

 銀の福音のマシンボイスが高らかな音を立てて、白式を掴むべく接近する。

 視認は困難だったが既に予測済みだ。

 

「ちぃっ!」

 

 スラスターを噴かせ、一気に福音との距離を取る。だがその間合いですら、数秒後には無かった事にされてしまう。

 

『一夏さん! 撤退を……!』

「無理だ、思った以上に恨まれていたらしい。後続隊に連絡を繋げろ。それまで持ちこたえる」

『ならば私も』

「素人は邪魔になるだけだ、箒。すぐに戻れ」

『だがお前が戦っているというのに……!』

「くどいぞ、お前に心配されるほど俺は弱くない」

『……分かった、死ぬなよ!』

 

 シャルロットの銃器もセシリアの狙撃も届かない距離まで開いた。

 既にいるのは銀の福音と白式を操る一夏のみ。

 通信を切って、一夏は佇んだままの福音へ語りかける。

 

「懐かしい、あの時はマドカがいたが今は俺一人だ。暴走してアルカに咎められたりもしたな」

『La?』

「……心配はいらん。ナターシャは俺が助ける。――例え世界が違うとしても、同じ姿の人間に死なれるのは、中々に堪えるからな」

 

 銀の福音は静かにエネルギーで展開された翼を広げる。

 もとより福音が動いているのは暴走だ。だから己を止める事は出来ない。

 動かなければ、ナターシャは死亡するように仕込まれているのだから。

 この世界でも同じことだろう。

 

「あぁ、それでいい。全力で来い、銀の福音。全て受け止めてやるさ」

『La』

 

 少しだけ嬉しそうなマシンボイスを挙げて、福音は白式へ接近した。

 

 

 

 

「一夏!? おい、応答しろ、一夏!」

 

 千冬が通信機に呼びかけるが、応答は無い。

 だが一夏のIS反応はきちんと顕在しており、それはまだ彼が福音と交戦している事を示していた。

 

「……馬鹿野郎が!」

 

 ドンと机を叩いた後、千冬は何度も深呼吸して山田真耶に状況を確認する。

 

「……状況は」

「はい、先ほど先攻していた部隊と擦れ違ったようです。後二十分ほどで、合流するはずです」

「死ぬなよ……一夏」

 

 

 

 

「――ハッ、どうやら俺の人生を書いているヤツは中々に下らない展開が好きと見える。殴れるならぶん殴ってやりたいところだ」

 

 途切れる意識を繋ぎとめて、一夏はそう呟いた。せめて普通の学生のように生きる事が出来たのならどれほど幸福なことか。

 エネルギー翼の攻撃は数回直撃した。

 既に具現維持限界を迎えようとしている。白式は活動すら危うい。

 だがそれでも諦める訳には行かない。

 再度迫るエネルギー翼。それを避けて、福音の頭部に左腕でしがみつく。

 既に装甲は無い。直撃すれば死亡だ。

 

「――待ってろ、今助ける」

 

 イメージする。

 右腕がないなら作り出せと。アインになりつつある体なら出来るはずだ。あの体は手足を切断されたとしても、強靭な精神力さえあれば再生できたのだから。

 

“アイン様の体には驚異的な再生能力が備えられております。恐らく心臓に埋め込まれたISコアには生体再生機能があるのでしょう。それが予想以上にアイン様と適合してしまっているため、人外染みた再生能力があるのだと思われます”

 

 アルカの言葉が脳裏を駆ける。

 これほど自分の体の幸運を喜んだ事はない。自分一人が苦痛に耐え切ったことで、誰かを救えるのなら――その痛みを凌ぐ事に何の疑問も無い。

 

“いいの? もしそれを使うなら、二度と戻れなくなる”

「あぁ――」

“それは体を蝕む毒になる。そう遠くない内に貴方はアインと成り果てる。それでも”

「構わない――」

“そう……本当に貴方は、優しい人”

「だといいがな」

 

 心臓が悲鳴を挙げる。

 体中の筋肉が加熱し、空虚へ肉体を伸ばすべく全身を滾らせる。

 

『生体再生機能、始動』

 

 泥が溢れる。一夏の全身を黒き鎧が包み込み、失われたはずの右腕は確かな肉体となって剣と共に発現する。

 エネルギー翼から放たれた弾丸も鎧の前で泥に掻き消される。

 黒き剣、それを一夏(アイン)は銀の福音へとたたきつけた。

 推力を失った福音は剣を突き立てる者と共に、海上目掛けて落下している。

 銀の福音を操る女性。かつて自分を信じてくれた仲間の一人。

 その名前を雄叫びの如く叫びながら、彼は手を伸ばした。

 

 

 

 

 海上から顔を出し、一夏はナターシャを担ぎながら近くの岩場を目指す。

 彼女を岩場に引っ掛け、右腕と左腕を器用に使いながら陸地へ上がり、岩肌が彼女を傷つけたようにするために彼女の体を抱えて完全に陸地へと上陸する。

 そこは島と言うのは小さすぎる岩場だったが、救助を待つには悪くない。

 今の一夏に、ナターシャを背負ったまま海岸まで泳ぐ体力など残っていないのだから。ISスーツもボロボロであり、その脆さは布切れに等しい。随所が破れている。

 ――そこでようやく一夏は自分の違和感に気づいた。

 

「……」

 

 右腕がある。

 それも一夏の右腕ではない。

 右の肩口はインクが滲むような色をしており、その右腕は本来の一夏の肌よりも遥かに白い。

 ――アインとしての右腕だ。

 出なければ今の体力でナターシャを軽々と持ち上げるなど出来るわけが無い。ちなみに彼女はそこまで重くない。彼女の体の感覚は覚えている。

 

「……なるほど、確かに毒だ」

 

 一夏を徐々にアインへと染め上げていく毒。

 もし完全に姿がアインとなったのなら、もう彼は表の舞台に立てないだろう。間違いなく各地の研究所に引っ張りだこである。

 だがやはり銃器などの展開は不可能だ。もとより予想していたことである。もし銃器の展開が可能となるのならば、武装を収めたISコアを一夏の体に埋め込まなくてはならないからだ。

 だとすれば何故、アインとしての力の使用が可能なのか。――それはやはりあの剣と彼は密接な繋がりがあるからだろう。

 黒き剣はアインの象徴だ。あの少女が言ったとおり、人の想いが世界を超えるのならばアインとして呼び出されるべき武器は、あの剣なのだ。

 

「……まぁ、考えるのは後でいいか」

 

 ISスーツの上半身を破って、ナターシャの体で赤くなっている部分へと巻きつける。

 合っているかどうかすら分からない応急処置だが何もしないよりはマシだろう。体への打ち身である分、死には至らないはずだ。

 岩場の水面へ一夏は顔を向ける。

 

「やはりな」

 

 一夏の目は――完全に紅く染まっていた。

 目を凝らせば視力もアインの頃に近くなっており、彼が織斑一夏でいられる時間のタイムリミットを確かに刻み始めていた。

 

 

 

 

 あの後、目の色を変えて救援にきた後続部隊と共に一夏は臨海学校の浜辺へと帰還した。

 既に千冬達が目の色を変えて待ち構えていたが、一夏の右腕を見て、その顔色を驚愕に染める。

 

「……一夏、お前」

「白式の生体再生機能だそうだが……よく分からん。だがこれで今までよりも戦えるのは事実だ」

 

 アインの右腕は一夏の腕よりも僅かに細いが、その戦闘能力は桁違いである。彼の腕は言葉どおり屠るために生み出された力の具現だ。

 その意図に、守るという行為は一切含まれていない。

 だが何であろうと使うのは本人の意志次第だろう。一夏がその意図よりも遥かに強い心を持つのならばきっと――守れるはずである。

 

“……邂逅となる学園祭まで残りは一ヶ月”

 

 亡国機業にいる少女とオータムは間違いなく一夏を狙ってくるはずだ。

 そこを迎え撃ち、少女に教えなければならない。

 ――その道に、幸福などありはしないのだと。

 

 

 

 束が右腕を検査しようと迫ってきたが、千冬に頼むことで打ち切らせた。

 

 

 

 

 臨海学校から数日、満月の深夜に一夏は外へ出ていた。

 赴いた場所は篠ノ之道場である。

 まだ真夏であるため、白の少女との邂逅とは季節が真逆だ。

 それでもあの誓いを立てたのは夏の出来事だったに違いない。

 

「……」

 

 満月にアインとなった右腕を翳す。

 もうすぐこの世界と別れる時が来るのだろう。

 この場所に放り込まれてから数ヶ月――愛着も芽生えてきた頃である。

 だがアインとなってしまえば、もうIS学園にはいられない。そこにいるだけで彼女達に迷惑が掛かってしまう。

 故に覚悟は決めていた。だがその心には微かな恐怖がある。

 

「よう、一夏」

「……桜崎か」

 

 右腕のことで一夏を避け始める生徒が多い中、桜崎と天道、そしてラウラ達などは今までどおりに接してくれていた。

 その優しさが、少しだけ嬉しい。

 

「何の用だ」

「いや、ちょいと単刀直入に言うわ。――お前、織斑一夏じゃねぇだろ」

「……」

 

 桜崎の目は真剣だ。それに冗談など含まれていない。

 もしかしたら思い出話に身を寄せる事になるかもしれないが――月を肴にして話すというのは中々悪くない。

 

「なぁに、俺も天道もお前と同じ境遇だから分かるんだよ。同じ、この世界に放り込まれた者同士な」

「……何?」

 

 桜崎は篠ノ之道場の縁側に座ると、足を組んで楽しそうな表情を浮かべる。

 

「俗に言う転生だよ。だからすぐに気づいたんだ。一夏に紛れたヤツもさ、俺たちと同じ迷ってるんだなぁって」

「……生前はどんな一生だったんだ」

「何、最後は蛇行運転してくる自転車から子供守って死んだって言うつまらねぇ一生だったよ。本当に意味はあるのか、って感じの人生だったわ。まぁ、でも……最後にあの子を助けられたのなら、意味はあるのかもな」

 

 その言葉に一夏も微かに笑った。

 

「俺も似たような物だ」

「へぇ、生前はどうだったんだ?」

「前の世界では織斑一夏だったよ」

「……はい?」

 

 桜崎の返事に思わず、苦笑する。

 確かに今の自分を語るとすれば、それは複雑極まりない。

 

「いや、元だな。第二回モンド・グロッソの時、織斑一夏は救出された。……ただしそれはこの世界での話だ。俺の世界では、クローンである織斑一夏が救出され、俺は捕らわれたままだった」

 

 桜崎は何も言わない。ただ黙って聞いてくれている。

 

「そこで人体実験を施された。姿も声も何もかも変わり果てた。おかげで生身でもISを落とせるほどの兵器になってしまった。その後、俺は亡国機業に拾われた。様々な人たちに出会った。最初は助けてくれなかった家族を恨んでいたが、俺にも妹がいたんだ。その妹と一緒にいた記憶が俺には無かった。……そこでようやく自分が筋違いだと分かったのさ。俺にはその妹と一緒にいる記憶すらなかったのに、どうして助けてくれない家族を恨んでいたのかと」

 

 ――そうだ、もしそこで気づいていたのならきっとスコール達も傷つかなくて済んだだろうに。

 

「亡国機業の経験は苛烈な物だった。だけどそれだけ大切な事を学べた。……だが、その時俺はまだ、織斑一夏への復讐に飢えていた。俺の名前を返せと、立場を家族を友人を居場所を――全て取り戻すべく。俺はそれを間違っていたと気づかなかった。時を経て、亡国機業はIS学園を強襲した。そこで織斑一夏を殺すべく戦いを挑んだ」

「……どうだったんだ」

「……負けたよ。最後は俺の方が先に折れた。だがそれで良かったのかもしれない。そこで俺はようやく自分の過ちを悟った。織斑一夏を殺したところで、今まで俺を知らなかった人たちが織斑一夏だと認めてくれる訳が無い。……そんな当たり前の事に気づけなかった」

 

 本当にしょうがない、と一夏(アイン)は笑った。

 

「そうして俺は亡国機業で生きていく道を選んだ。織斑一夏ではなく、亡国機業にいる者として、生きる事を決めた。そうして気がつけば、この世界にいた」

 

 言葉にすればすぐに終わる人生だ。――自分の道は余りにも短すぎる。そこで何を勘違いして彷徨っていたのだろうか。

 

「……複雑だな」

「お前が馬鹿なだけだ、桜崎」

 

 森の奥から天道が姿を現した。

 元々二人で訪れていたようだが、彼の体にはなにやら木の葉や折れた枝が着いている。

 

「ようやく納得した。一般人を名乗るにしては余りにも佇まいが軍人気質だったからな。……そりゃ確かに人間じゃ勝てない訳だ」

「……まぁ、鍛えてくれた人物もいたからな。この事をラウラは知っている。アイツは俺の記憶を見ている」

「道理でラウラとお前が一緒に行動してる時が多いと思ったんだわ。……箒達抑えるの結構疲れるんだぜ」

「あぁ、いつも悪いと思ってるよ」

 

 天道は少し笑って、一夏と共に月を見る。

 

「まぁ、楯無には隠しておく。適当に誤魔化しておくさ」

「……あぁ、ありがとな。そしてこれからもよろしく頼む、二人とも」

 

 その日の月は、この世とは思えぬほど綺麗だった。

 

 

 

 後日、三人は無断外出で処罰された。

 

 

 

 

 

「……エナ、極東に行く準備は?」

「出来てる。スコール、お前こそ算段は終えているのだろうな」

「当然でしょ。失敗は許されないのよ」

「……マドカに手を出してみろ、殺すぞ」

「はいはい、だから彼女には手を出してないわ。生殺の選択が私にあるだけよ」

「……ちっ」

 

 

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