一夏の右腕が再生した事は各国の上層部に伝わっており、ISを使える数少ない男としての注目をさらに集めていた。一夏を確保しようと画策し始めるする者も少なからず動き出そうとしているが、IS学園を卒業するまでは手を出せない。
故に各国が、織斑一夏を自身のところへ引き込ませるべくあらゆる手立てを考慮するのは至極当然のことだろう。
ただ一つ彼らが失念していたとすれば――動くのは国だけではないという事だった。
最早織斑一夏と好んで話したがる人間は少数となっていた。
だがそれはそれで当然だろうと一夏は思う。少し前まで右腕がなかった男に突然それが生えていれば嫌悪感も湧くものだ。左右の腕の色が違うとなればそれは尚更のことだろう。
しかし真逆の事もあり、一夏の目が紅色である事で彼と話そうとするものも現れている。こちらに関して一夏はハニートラップの類だと考えており、一切相手にしようと思っていない。軽くあしらってやる程度である。我ながら丸くなった物だとすら思っている。
「おーい、ボサッとすんなよクラス代表」
「ん、あぁ」
隣の席の桜崎に小突かれて、途切れていた意識を覚醒させる。ちなみに今、クラスで決めている物は文化祭の出し物だ。担任である千冬が悉く要望を却下しているが。
「ほう、ではクラス代表の織斑。何か意見があるな? 言ってみろ」
「……か、カフェ……とかか?」
如何せん前の世界ではそこくらいしかバイトした事が無い。
スコールやアルカに仕込まれた技術は高く評価されたが、それが錆び付いているかどうかは分からないのだ。
そんな平和的な思考が出来るのも、この世界故だからだろうか。
ちなみにブラックボードに挙げられている内容を見れば、男色溢れる内容ばかりになっていた。
このクラスは確実に腐ってきている。
「入るぞ、一夏」
「あぁ、大丈夫だ」
生徒会室に巨大なアタッシュケースを持って入ってきたラウラの姿に、一夏は生徒会室のカーテンを締める。今から二人が行うのは、少々事情を知らない人間からすればマズい事である。
「テストは終えている。結果は量産機ならば一撃で戦闘不能にまで追い込める威力だ。専用機は少々厳しいが、それでも市販よりは遥かに威力が高い。クラリッサ達は私が武装として加える物だと思っているようだがな」
「構わない。事が終わったらこれは渡すよ。カレンから教えてもらったのもコイツらの使い方だ」
ラウラから受け取ったアタッシュケースを開く。
中に入っていたのは二丁の銃とナイフだ。どちらもアインとして戦っていた頃に愛用していた物と同型であり、真新しいガンオイルの香りが鼻腔をくすぐる。
タンフォリオ・ラプターとキャレコ。どちらも一夏がラウラに頼んでいた銃器であり、ドイツの持つ全技術を惜しみなく投入して作られた最新鋭の武器である。しかもサイズは等身大の人間が使用する事を想定して作られているため取り回しもききやすい。
いい銃だと感慨を抱きながら、彼は弾丸を装填する。タンフォリオ・ラプターの装填速度は全盛期より僅かに劣っている程度。アインとなった右腕で放てば扱いきれるはずだ。
二丁の銃を制服の内側に収める。少々制服を改造しており、ロングコートにしているため、銃器を隠すにはもってこいだ。
銃把を握り感触を確かめれば、右手はそれに応えてくれる。
「……これで迎撃準備も進みやすくなる」
ガラリと扉が開き、天道が一夏の持っている銃を見て少し笑った。
「それもアインの名残か?」
「あぁ、学園祭の警備は?」
「ダメだ、ISの配備が認められない」
「……内通者がここまで厄介だとは」
一夏、天道、桜崎、ラウラの四人は事情を知っている者たちであり共に行動を取る事が多くなっていた。
周りから不審な目を向けられることもあるが、そこは千冬が黙殺してくれているのだ。
ネームバリューは使うのが吉である。
「何をしてる?」
天道が掃除用具入れのロッカーを漁っており、懐中電灯で先を照らしている。
「隠し通路の点検だよ。IS学園には教員が知らない隠し通路が合って、そこが屋上からIS学園まで様々な場所に移動する事が出来る。生徒会も色々と不満があるのさ」
「対した物だ。IS学園の生徒会が有能なのも頷けるな」
「……あぁ、アインだった頃散々苦汁を飲まされたよ」
IS学園の自室で、一夏はタンフォリオ・ラプターの装填を何度も繰り返していた。極僅かな時間でも装填が早ければその分を他の思考や判断に回す事が出来る。
何よりアインとしての感覚を徐々に取り戻せて行くのがいい。
織斑一夏として挑めば、あの少女には勝てないだろう。雪片だけでは限界がある。
震動した携帯端末に触れる。相手は天道だった。
『一夏、アインだった頃の学園祭襲撃には参加したか?』
「……あぁ、中心人物として行動した。攻めたのは二人で、後は回収人員として回している。オータムと言う女と俺の二人で襲撃したよ。オータムが織斑一夏を襲撃している間に俺が外部からの攻撃を抑えるといったカタチだ」
『なるほどね。……後、一夏。今回の作戦にや楯無は参加させねぇ』
「? 彼女は戦力として十分だと思うが」
『あの白い女のことだ。……多分、お前でもオータムの二人係で来られたらヤバい』
「だろうな」
『だからだ、あの女は俺が抑える。楯無を危ない目には合わせられない』
「……好きなのか?」
『……えー、いやー、うーん……何と言うかなぁ。放っておけないというか、目を離したら危ないというか……。アイツ、泣き真似が笑えないくらい上手いんだよ。まぁ、お前なら見抜けると思うが』
「彼女らしいな」
『だろ。だからだ……。アイツは最後の砦だ。生徒会長が死なれたら色々と困るだろうしな』
「……分かった。互いの無事を祈ろう」
『あぁ……悪い、こんな時間下らない話してな』
「構わない」
端末を切り、一夏はタンフォリオ・ラプターをラウラから貰ったアタッシュケースに収める。
天道から事前に聞いていたIS学園へ繋がる隠し通路は、一夏の部屋にもあるのだという。
それを確認した後、一夏は大きく息を吐いた。
平穏はこれまでだ。
まもなく戦いの時が来る。――織斑一夏のままかアインに染まるか。
どちらに転んだとしても、彼はこの世界に住もうとは思わない。
この居場所は彼女の居場所だ。返す事が出来るのだから、返してやらなければならない。
そしてまだ問題はある。
スコール達を殺せるかどうかだ。愛した者達をこの手で殺せるのか。
出来る訳が無い。それでも誰かがやらなければならない。
――甘くなったな、と思う。
ふと部屋の鏡を見れば、紅い瞳と色の抜けてきた黒い髪が映る。
やはり――たった一度でもアインになってしまえば、もう二度と織斑一夏に戻れない。
覚悟していたことだ。
一夏はそう思って、微かに笑った。
クラスで行うカフェの様子を見に行った後、第四アリーナで行われる生徒会の参加型演劇の最終確認として、一夏は倉庫にいた。
タンフォリオ・ラプターとキャレコを隠しており、ここならば舞台の小道具だと思われても不思議はないだろう。
そして倉庫は狭く、二機のISが交戦するには少々スペースが足りない。だからこそ一夏は部分展開による雪片と二丁の銃を駆使して挑む事にしていた。オータムの操るアラクネは強奪のため、リミッターが付けられており例え生身の一夏でも、殺せないように制限がされていた。
その隙を突く。リミッターの解除はオータムには行えない。だからこそ勝機が見えるはずだ。もし予想が違っていたのなら白式を全身に展開し戦えばいいだけの話である。恐らくリミッターが付けられているなら今の一夏でも苦戦はしないはずだ。
「……」
震動する携帯端末。
相手は予想していた通り、天道だった。
今は学園祭開幕前であり門の前には大勢の人が集まっている。
『一夏……確か今回来る相手のオータムだが、お前の言っていた変装と合致する女を見つけたぞ。白い女の方は見つからないが、多分オータムと同じタイミングで来るはずだ』
「……つまり大方は」
『あぁ、お前の想像通りで間違いない。打ち合わせはいいな? ラウラと桜崎は追撃を任せてある』
「分かってるさ。それじゃあ今から陽動に移る。頼むぞ、天道」
『オーケー』
学園祭が開幕すると、予想していた通りどこも大盛況だった。これならば動きやすいし、余計な人間には引っかからない。もし来たのなら悪いが気を失ってもらう他無い。
巻紙礼子と言う女を見つけ出す。アインである視力ならば何ら不可能ではない。――天道の言っていた通り、その女は一夏の方を見た。
そして彼女を誘導するために声に出さず口だけを動かす。
『オータム』
巻紙礼子と言う女の目が一瞬だけ剣呑な殺気を携えていた。
それを見て、一夏は少しだけ懐かしさを思い出して笑う。あの時は織斑一夏を殺すために必死になったものだ。
目指すは第四アリーナ――そこなら邪魔は来ない。
さぁ、開戦の狼煙だ。
「おい……。何で私の名前を知ってやがる」
倉庫まで誘い出した後、一夏は既にアラクネを展開しているオータムと対峙していた。
既にタンフォリオ・ラプターとキャレコは制服の内側に収めている。
「それよりも一つ教えろ。IS学園に内通者を潜り込ませているな」
「ハッ、知りたいなら私から聞き出してみろよ」
「……あぁ、そうだったな。すっかり忘れていた、お前はそんな性格だったよオータム」
「ッ! 馴れ馴れしく私を呼ぶんじゃねぇ!」
その装甲脚に向けて、一夏はキャレコを発砲した。
一撃必殺のタンフォリオ・ラプターで即死させなかったのは彼の中に甘さが残っていたからだ。
――やがて、それが自身を戦闘機械へ変える切欠になると今の一夏は気づく由もない。
「……! 始まったか」
第四アリーナから微かな銃声が聞こえる。
頭部にはハイパーセンサーを展開しているため聞き取れるのだ。防音に優れたこの設備は本当に対した物だと思う。
「さて、だとすりゃオータムを潰すかあっちを先に済ませるか……」
ふと足を止めて、天道は風音を全身へ展開する。
「考えるまでもねぇな」
その先には両手に刀を持った白い少女の姿があった。
かつての一夏も、あのような憎しみに捕らわれていたと聞くが、今の彼からは想像もつかない。それでも今の彼なら迷いようはないだろう。――きっと、これから先も上手くやっていけるはずだ。
思わず笑みを溢してから、天道はスラスターを噴出させた。
「ちぃっ!」
装甲脚の一本を雪片が斬りおとす。発砲したタンフォリオ・ラプターはその装甲脚の断面を削り、再生能力を阻害させた。
戦闘は一夏の優勢であり、オータムは実力こそ高いが最初は相手を見縊る特徴があるのだ。そこを知っており見抜いた一夏の猛攻は凄まじい。
彼を貫かんとばかりに向けられた装甲脚を右手で掴み、投げ飛ばす。アインの怪力を持つからこそ可能な芸当だ。
「くそが……!」
地面に倒れたままのオータムへタンフォリオ・ラプターを向ける。後はその引き金を引けば彼女を殺せるだろう。
――引けない。引き金は固められているかのように動かない。
脳裏に駆けるのは前の世界での記憶。
この世界で得てしまった甘さが、一夏の決断を躊躇わせていた。
「おい、どうして撃たねぇ……。そいつの威力なら私を殺せるだろうが」
「……黙ってろ」
「はっ、とんだ甘ちゃんだな。何で泣いてやがる」
「何……?」
左手で目元を拭うと濡れた感触がある。
まったく気づいていなかった。いや、気づこうとしなかっただけなのかもしれない。
銃口が震えている。
「下らねぇ、それでもブリュンヒルデの弟かよ」
「……」
「私とお前は初対面だろうが」
「……」
「――何で、友人みたいに話しかけてきたんだよ。気持ち悪いんだよ」
孤独だった喪失感が、引き金を躊躇わせているのか。
ここで彼女からアラクネを奪い、治療すればまだ――。
そう思った時、倉庫の扉が蹴り飛ばされ、一筋の白き弾丸が鋭利な刃を持って一夏へと迫る。
反射的にその攻撃を避けて、オータムへ向けていたタンフォリオ・ラプターを発砲する。
大口径の弾丸は、白いコートを着ていた少女の腕を抉った。
「っ! オータム、何を手間取ってる!」
「エナ、撤退だ。時間を食いすぎた」
エナと呼ばれた少女は舌打ちすると一夏へナイフを投げる。
それを彼は右手で掴み取る。
――鋭利な刃だ。これならばISにも通用するだろう。
投げられた煙幕。二人の意図――ここからの逃走だ。
「待て!」
廊下へと走るが既に姿はない。
出血こそしていたが、あの程度ならば簡単な応急処置で止血は出来る。
走っている中で、楯無と遭遇した。
二人の行方を聞こうとして、その口を止める。彼女の目は――赤く腫れ上がっていた。
「……いい、一夏君。黙って聞いてくれる」
「……はい」
「天道君が――死んだわ」
学園祭の最中、一夏は事件の後始末に携わる者によって取調室に閉じ込められていた。
タンフォリオ・ラプターとキャレコは、雪片と同じ要領で部分展開が可能になっていたため上手く隠す事が出来ている。
――だが、それでも心の動揺は隠しようがなかった。
天道が死んだ。
楯無が言うには、廊下のところを血だらけで倒れていたらしい。彼女が見た時、既に彼は死亡していたという。
「……」
一夏の心に渦巻いていたのは、己への罪科だ。あの時、オータムを撃つ事に躊躇わず引き金を引き、天道のところへ行けば助かっていたかもしれない。
彼は殺されたのだ。あの少女ではなく、一夏の――甘さで。
「!」
鉄製の机へ何度も頭を打ちつける。
落ち着かない。許せない。――守ると誓ったはずだ。誰も失わないと。
それがこのザマだ。天道をみすみす死なせたのは、紛れもない自分だ。
右腕に力を込める。その手を強く握り締めた。
心に誓う。
もう織斑一夏であることを捨てよう。元より殺人兵器、戦闘機械として生きてきた者が人間のフリをする事自体が間違っていたのだ。
人である事をやめた彼は顔を上げる。
その目は完全に冷め切っており――冷徹な光を宿していた。
ISの天敵と呼ばれた者の魂が、ここに再現される。
IS学園中にその話は広がった。天道が死亡した事は伝えられていないが、行方不明である事。
それを受けて学園側は休校を決定し、亡国機業との決着がつくまで臨時休校を決める。
各国から増援の話を持ちかけられたIS学園には、断る理由も術も無い。
最早亡国機業とIS学園の対立は、避けようのない状態へと発展しつつあった。