意外にもあっさり書けて、自分でも驚いてます。
アンコール・リフレイン編、次回完結です。
IS学園の休校。
そして専用機持ちに伝えられたのは、亡国機業の掃討作戦だった。
狙いは織斑一夏の持つ専用機こと白式だ。
その作戦を告げるべく、IS学園の管制室で全学年の専用機持ちが集結していた。
「いいか、この作戦は強制じゃない。死にたくない者は辞退しろ。既に天道が犠牲となっている」
「……」
「いないな? ならばここにいる全員は兵士として、亡国機業との交戦を行ってもらう。試合などではない。本気の殺し合いだ。道理も制限も無い。死ぬか生きるかそれだけだ」
それでも誰一人手を挙げていない。
天道――彼の存在は大きかった。
だからこそ、逃げるわけには行かない。
もしここで投げ出せば、彼に笑われかねない。
「……この作戦の主軸は織斑、お前だ。お前を囮にして、まず亡国機業側のISと謎の女を誘い出す。女の方は生身でISを破壊する化け物だ。そこは留意しておけ。その後はここにいる全員と教師部隊で残ったISを殲滅する」
作戦としては単純だ。
時間制限があるわけでもない。ただ生き残ればいい。
簡単な話だ。
「織斑、特にお前は狙われるぞ。下手をすれば連戦もありうる。それでも――」
「――あぁ、やれる。敵なんだろう、だったら殺すまでだ」
「……そうか」
作戦の重い雰囲気は一夏の存在による物だ。
彼から滲み出る殺意と冷徹な気配が、管制室に充満している。
まるで首元に刃を添えられているかのような感覚が全員を襲っていた。
作戦決行当日――最早IS学園のどこも戦場である。管制室では織斑千冬一人が全ての指揮を取る事になっている。
場所のアリーナでは白式を展開していた一夏が佇んでおり、一年生の専用機持ちが格納庫に隠れて待機していた。
外部では教師部隊と桜崎紅夜、更識楯無が迎え撃つ。
それが作戦の全容だ。
一夏はどこまでも冷たい瞳で空を見ていた。
――もうこの戦いが終われば自分は戻れない。織斑一夏に戻る事は叶わない。
「それがどうした」
慣れている。自分を捨てることなど簡単だ。私欲を殺して理想に徹する、それこそがアインの行動原理だ。
だからこそ、彼は自身の目的を明らかにしていた。
まずエナと呼ばれた少女を確保する事。こちらはアインとしての力も使い全力で迎撃する。
そしてマドカの救出だ。もしいないのであれば、そのまま亡国機業ごと皆殺しにすればいい。
救えるのはそこまでが限界だ。スコールもオータムも助ける事は不可能だ。
「――」
視界に映ったのは一機のISとそれに乗っている一人の少女。
何もかもあの光景と同じだ。
「マドカ――」
白式の手にタンフォリオ・ラプターを展開する。
見敵即殺――最早それ以外、この戦場には不要だ。
少女の着地地点を見切って、彼はタンフォリオ・ラプターを発砲した。
桜崎の操るISレッド・レインのハイパーセンサーには迫る亡国機業のISの群れが見えていた。
どれも奪われた専用機らしく、量産型より遥かに性能が高いと言う。
全て一筋縄ではいかない名機ばかりだ。
「……まだ信じられねぇな、アイツが死んだなんて」
「……怖い? 桜崎君」
桜崎の体は僅かに震えていた。それを見たのか、彼の隣に楯無が並ぶ。
「いいえ、多分これは武者震いです。……戦争にルールは無い。だから好き勝手やって構わない」
「……そうね」
「俺のISの戦績は知ってるでしょう」
「えぇ、八割がた負けが多いんでしょう。……私にはそう思えないけどね、例えば桜崎君が本気を隠してるんじゃないかって疑ってるわよ」
「……いいや、正確に言えば本気を出せないんですけどね。下手すりゃ殺しかねませんから」
交戦まで後僅か。
そこまで考えたところで、桜崎は一つ疑問に気づいた。
「そういえば楯無さん。――山田先生、どこに行ったんですか?」
エナと名乗った少女は鬼神の如き強さだった。
銃器を使わないところを見れば、どうやら己の美学があるらしく、それによって洗練された太刀捌きは見事と言うしかない。
だが今の少年にそれを誉める感情など無かった。
共に戦っていたはずの五機のISは全て鎮められている。だがそれすらも少年の予想通りだ。
前ならば彼女達を救おうとしていただろう。だが、今の彼は――敵の戦力を知るための道具として彼女達を利用した。
相手の全貌が読めない以上、利用させてもらう他ない。元より彼女達も一夏を守るつもりだったのだから、何の問題も無いと少年は割り切っていた。
「さぁ――狩らせて貰うぞ、織斑一夏」
エナが右手を翳すと同時に出現する黒い雪片と黒い鎧。だが彼女の髪は白く長いままだ。
そして左腕の篭手も無い。彼女から溢れ出す黒き泥も無い。
完全にISコアと適合したのだろう。だとすれば解放の時間制限は無いと見てもいい。
少年の白式は既に限界に近い。エナの猛攻を凌ぎ切れただけでも対した物だ。存外、中々廃れたモノではない。
「……一つ、聞く。お前は誰だ」
「織斑だ、織斑千夏。貴様に存在を奪われた復讐者だ!」
少年の目は冷たい。まるで哀れんでいるかのような視線がエナを貫く。
「俺を殺してどうする」
「取り戻す! 私の名前を、立場を、居場所を、家族を!」
「その先に何がある」
「未来だ! お前に奪われた未来が待っている! そこに千冬姉さんとマドカを連れて行く!」
「……あぁ、手垢の付いた世迷いごとだな。わざわざご苦労な事だ」
「……もう一回言ってみろ貴様」
「悪いが時間が無い。振り返る余裕なんて無いんだ」
白式を解除し、右手に意識を込める。
一回目はVTシステム発動の時、そして二回目は銀の福音で――体の負荷を考えると使えるのはコレが最後だろう。もし次使えば、その時は間違いなく死ぬ。
そして今、使えば二度と織斑一夏には戻れない。
――それがどうした。今更戻る気などどこにもない。
「さよならだ、織斑一夏」
少年の体を泥が包み込む。
何かが染まっていく感触を全身に感じた。そして声が聞こえる。
いつも同じ道を歩んでいた相棒の声。
“――本当に貴方は、困った御方です”
そう言って、彼女は困ったように微笑む。
それに釣られて少年も僅かに笑った。
「あぁ、結局オレはこの名でしかいられない」
最早決まっていたのだろう。
自分は機械にしかなれない。その道しか残されていない。
“えぇ、ならば私もこの名でしかいられない”
そう言って、彼女は全て受け入れた。
だから少年も自ら全てを受け入れた。
「だから――これからも一緒にいてくれるか?」
この世界に来て、誰もいなくなって初めて分かった。
自分がどれだけ彼女達に支えられてきたのか。
“はい、いつまでも貴方のお傍に――アイン様”
その言葉と共に――少年はアインと言う戦闘兵器に姿を変える。
「あぁ、安心した」
そうして、泥は全て弾け飛んだ。
「な……に……?」
エナは己の目を疑った。
白式を解除した織斑一夏が纏っているのは、エナと同じ黒い鎧と黒い雪片だ。違うとすれば、それは左手の篭手に夥しいほどのエネルギーが溢れており、全身からは瘴気のような泥が漂っている。
「馬鹿な――。お前は、お前は作られた存在のはず。何故……!」
「……簡単な事だ。オレとお前は同じなんだよ」
「――黙れッ!」
エナの持つ雪片が振りかぶられるが、彼はそれを受け止める。
それと同時に彼女の戦闘本能が叫ぶ。――猛攻が来ると。
左に薙ぎ払われる暴力。それを剣の腹で凌ぐ。受け流しても、その衝撃の大部分は無力化出来ない。
「ッ!」
続けて反対側、つまり右へ暴風が襲い掛かる。
それを殺しきれず、エナは細い体ごと吹き飛ばされた。
咄嗟に受身を取り、反撃に転じようとするが、本能が回避を優先させる。
跳ぶと同時に立っていた場所を黒い衝撃波が薙ぎ払っていく。
もしアレに当たれば――死んでいた。
「……外したか、衰えたな」
少年の剣はだらりと地面に下がったままだ。
距離を詰めるならば今しかない。
そう加速したエナの眼前に、少年の左手が翳される。
「仕方が無い」
凝縮され、レーザーの如く撃ち出された泥が彼女の総身を飲み込み蹂躙した。
泥が全て晴れた時、そこには気絶して倒れている彼女の姿だけがある。
「……」
止めを刺すかどうか迷うが、それは最終手段だ。彼女の心を圧し折らせて戦意を喪失させておけば亡国機業の牽制にもなる。
そう判断し、彼女を担ぐべく歩き出そうとしてアインは足を止めた。
背後を振り向くと、そこには朦朧と足を彷徨わせる山田真耶の姿があった。
都内のとあるホテルの一室で、金髪の女は柔らかに微笑んだ。
エナが敗北した――だが作戦前にあれだけ落ち着かなかったところを見ると仕方が無いと思える。
「……じゃあ仕方ないわね。エムだけでも撤退連絡でも伝えておきましょうか」
スコールがパソコンのディスプレイを操作していた。その姿は何か命令を出しているようにも見える。
不満を垂れるオータムは苛立ち気に奥歯を噛んだ。
「あの女も負けたじゃねぇか……。何してんだ、スコール」
「えぇ、オリジナルのVTシステムよ。エナが負けたと同時に起動するように細工してあるわ」
聞いた事がある。オリジナルのVTシステム――現在、IS学園にいる内通者が仕込ませたVTシステムは劣化品だ。
オリジナルのVTシステムは使用者を廃人にする代わりに、元となった人物よりも遥かに強い力を持つという。
あの人間の後を想像して、オータムは大きく溜め息をついた。
「……ご愁傷様だな」
山田真耶の姿が豹変し、泥を纏った暮桜へと姿を変えていた。
そこでようやくアインは内通者の正体に気づく。織斑一夏の入学――教官の自滅など本来有りえない事態であり、それでIS学園の職員になれるはずがない。無人機とVTシステムの同時起動――無人機はアリーナのシールドを意図的に消すことで侵入させVTシステムは試合前に仕込んでおけば可能である、そしてVTシステムの暴走も操作が可能ならば教師部隊の出現と同時に発動も不可能ではない。銀の福音――暴走の事態を初めて伝えたのは彼女であった。もしそれが最初から事実を知っていたとなるならば。
全ての辻褄が合う。
「亡国機業の回し者は貴方だったのか」
だがアインの瞳に同情など無い。今の彼女は立ち塞がった障害に過ぎない。
邪魔するというのならば――斬り捨てるまでだ。
黒い巨人へアインは雪片を薙ぎ払った。
「――何!?」
IS学園外部で交戦している教師部隊と専用機持ちへ情報が伝わる。
それは三つ。
まず一つはアリーナにいた専用機持ち六人の内、五人が戦闘不能。
二つ目は織斑一夏が目標である白い女を撃破した事。
三つ目は山田真耶が裏切り者であり、織斑一夏と交戦を始めたこと。
亡国機業の操る専用機は恐ろしく強い。
先ほど青い機体が撤退したが、他の機体はさらに実力を奮ってきている。
教師部隊も何人かは戦闘不能に追い込まれ、撤退にまで追い込まれている。
「ダメだ。同士討ちになったら笑えねぇ……!」
この状況ではレッド・レインの真の力を使えない。
数が多すぎる上、敵味方入り乱れた状態でのフレンドリーファイアは冗談では済まされない。
「でもこのままじゃあ……やるしかねぇのかよ……!」
ISの天敵とは言い得て確かな表現だとアインは思う。敵がISであるのなら、彼はきっと現存する全てのISに勝てるだろう。
VTシステム――恐らく数段強化されているであろう実力は確かに凄まじい。エナですら二合で吹き飛ばされたか、この黒い巨人は十合以上打ち合ってもなお退かない。もしアインが一夏であったのなら、少しは楽しもうとも思ったが今の彼は兵器だ。心など無い。
左手の泥が四本のエネルギー帯へと姿を変えて、巨人の四肢を拘束する。既に意識は右手の雪片に移っていた。
放たれる黒い閃光。それは――VTシステムの悉くを飲み込み、全てを無力化させた。
「……」
解除されたVTシステムの泥から排出され、山田真耶が地面に倒れる。これで目標は外部にいるISの集団だけだ。
どちらを優先するべきか迷うが、ラウラと目が合う。その瞳は行けと伝えていた。
「……分かってる」
左手のエネルギーを伸ばし、フックショットの要領でアリーナの外壁へと移動する。
IS学園の海上が一望出来る光景だが、そこは生憎ISの集団で埋め尽くされていた。
内部のエネルギーを白式のコアへと繋げ、無線機能を無理やり起動させる。
「交戦中の部隊へ、すぐにそこから撤退してください。――警告はしました。オレは今から本気の一撃を打ち込みます」
右手の剣に少ない感覚を集中させる。
剣を握っているという感覚は無い。体中の泥を総動員させて剣と手を繋ぎとめていると言った方が良いだろう。
腕に電撃が流れるが痛みは無い。もしかすると痛覚が完全に死んでいるのかもしれない。だとすれば人間として確かに壊れている証拠だ。
思えば、この剣の力を全力で使うのは初めてだろう。一度たりとも全力で打ち放った事などない。せいぜい織斑一夏との戦いで使った程度である
黒き剣に両手を添えた。
『織斑君よね? 全員、撤退したわ。さぁ、見せて頂戴』
「……あぁ、本気で行く」
雪片に凝縮された黒き泥。
人が生み出してはならない兵器。現存してはならない機械。それは人類の歴史の中で必ず生まれる過ちだ。もし当てはまるとするのならば、アインが持つ本気がそれに該当するのだろう。
愚風を上げて、その存在を高めていく黒き剣――それは言うなれば科学の果てに生み出された魔法だ。
破壊の全てを秘めた泥――その全てを衝撃波として全力で振り放つ。
爆音にも似たその大音響は、ありとあらゆる法則が全て引き裂かれた断末魔だった。閃光は超越の果てに生まれた副産物だった。
瞬間――空を飲み込まんと言わんばかりの黒い光線が放たれる。大気と激しいほどの摩擦を起こし、暴風を巻き起こす。
それは亡国機業の持っていた専用機合計三十機近くを全て飲み込み、全てを灰塵の果てへと変えて――空の彼方へと消え去っていった。
「……」
喪失感はない。
だが口元から零れ落ちて行く血が、己の限界を告げているのは確かだ。
アリーナへ着地し、解放していた全てを己の中へと収める。ここまで長時間に渡り展開していれば最早姿はアインとして固定されたままだろう。
だがそれで構わない。どうせもう織斑一夏で入られる可能性などないのだ。
箒達や千冬が倒れた山田真耶の応急処置をしているが、既にアインは彼女の生存及び回復は不可能だと断じていた。
だがそれでも恩師であるし、彼女の容態だけでも確認はしておきたい。
「一夏……」
それは彼の名前ではない。だから振り返らない。
足を止める事もなく、倒れている山田真耶の頭を抱えている千冬に目を向けた。
「……」
「……織斑……君」
山田真耶から伸ばされる手。既に姿はアインとして変貌を遂げているため、目が見えるものならばきっとその言葉は言わない。
だとすれば彼女は――
震える手がアインの頬へ触れる。
「大きく……なりましたね……」
「俺を生み出したのは、貴方だったんですね。俺は男でもISが使えるようにするために作られた人工の人間だと。そしてその計画は――」
「――はい……。私が……関わってました……」
「……分かりました。これ以上喋ると先生の体が持ちません」
途端、アインの口に彼女の指が添えられる。
それはまるで静かにと言った様子のジェスチャーだった。
「優しいですね……。そういうところは……血が繋がってるんじゃないかなって……思っちゃいました……」
触れていた手が地面に落ちる。
――涙は出ない。
戦闘機械に感情は不要だ。だからこれでいい。
泣くのは人間の役割だ。
アインはそのまま立ち上がり、倒れていた少女エナを両腕で担ぎ上げる。
人の重み――最早彼の感覚では感じ取れなくなっていた。
救護代わりの保健室に寝かせているエナの傍で、アインは彼女の目が醒めるのを待っていた。
亡国機業に強襲を仕掛ける――そのため、彼女から本拠地を聞き出す必要があったのだ。アインの記憶が合っていればそのまま出撃できるが、それでもし間違っていたりしたら冗談では済まされない。
白式の状態は既に最適な状態に戻してあり、また長時間の戦闘が行えるようになっていた。
白式の展開も――恐らく次が最後だろう。今のアインでは、一週間生き延びられればいいほうだ。
ただ立っているだけでも、自分の体が崩壊していく感覚が分かる。
カーテンの開く音が聞こえ、そこから織斑千冬が姿を現した。
「……山田真耶は一命こそ取り留めた」
「……」
「植物状態だ。意識を取り戻し、体が回復する可能性は……極めて低い」
「彼女は今どこに」
「すぐ近くの病院だ……」
「そうか」
心に動揺はない。
覚悟していた事だ。救える者と救えない者、その天秤が残酷だという事は既に承知の事実である。
「彼女は、織斑千夏と名乗っていたがその名前に聞き覚えは?」
「……無い」
「……正直に答えてくれ。無駄な時間は使いたくない。彼女は貴方と自分、そしてマドカの三人で未来に住むと宣言していた」
「違う。私の家族はお前だけ――」
アインの手が動く。傍にあったナイフを手に取っていた。
その煌きはこの場にいる者全てを殺せるだろう。
「……そうか、ならここでオレが彼女を殺しても、貴方は何と思わないと」
「……」
「……」
「……千夏とマドカは……十年前に両親と共に失踪した……私の、妹達だ」
「……」
ナイフを制服の内側に戻し、彼女の目を見る。
その両肩が震えていた。
「別にオレは貴方を恨んでいない。オレの名が織斑であった事は確かだ」
「違う。お前は私の……!」
「何も言わないよ。オレが人を殺すために作られた機械だって事に変わりはない」
「……っ!」
千冬はそのまま何も言わず、踵を返して部屋を出て行った。
これでいい。――もうこれで彼女は織斑一夏が消えたとしても何も思わないはずだ。
自分はこの世界からすれば早急に消えて欲しい存在に変わりはないのだから。
「織斑千冬なら消えたぞ」
「……やはり、お前は」
エナという少女は起き上がって、アインの姿を見る。
織斑一夏とは大きく変わり果てた姿だ。どちらも、本来の自分を奪われたと言う立場に変わりは無い。
「お前は、何者だ」
「それよりも聞きたい事がある。亡国機業の本部の場所を教えろ。今からそこを強襲する」
「! 何をするつもりだ」
「マドカを助け出す。……もうオレには、あの人の近くにいられる時間は無い」
少しだけ迷いの色を浮かべた後、エナはその場所を小さく口にした。
――そこは彼も知っている場所。記憶通りのところだ。辿り着けないはずがない。
「……マドカを、頼む」
「あぁ、必ず助け出す」
エナが刀を出現させた。鞘に納まったままの刀。それは彼女が長年愛用していたと思われる一品だ。
刀には少々疎いアインでも、名刀だと感じる事が出来る。
「持っていけ。……私にはこれぐらいの事しか出来ん」
「……あぁ、感謝する」
鞘を腰に差して、アインは部屋を出て行く。
――そのままエナを名乗っていた少女は悲壮の激情に駆られた。
自分は何を彷徨っていたのだろうかと。今の彼女より、彼の方がマドカを助けるべく行動している。マドカの姉なのに――何も出来ていない。
復讐――それが意味を無くした時、自分の中には何一つ残っていなかった。
外に出る。
既に外部に繋がる道は全て封鎖されており、窓も厳重なロックが施され、鍵が開かないようになっていた。それを無理やり壊せば、警備隊が駆けつけてくるのだ。今は亡国機業との戦争中である。寮には生徒が殆どおらず、いるのは昼間交戦していた者達程度だろう。
まずどうやって、この学園から抜け出すかを思案しなければ――
「マドカちゃん、助けに行くんだろ。付き合うぜ」
「……桜崎?」
壁に背を預けたまま、桜崎がようと笑いながら手を挙げた。
「……いいのか? お前にメリットはほとんどないぞ」
「たまにはカッコつけさせてくれよ。天道が命張って、お前が一騎当千して。これじゃあ俺が根性無しみたいじゃねぇか。ここらで動かねぇと男が廃る」
「……勝手にしろ」
「勝手にするさ」
そう言って、二人は小さく笑う。
思えば長い付き合いになったものだ。
まさかここまでの仲になるとは思っても見なかったが。
「さぁ、屋上へ行こうぜ」
「鍵が掛けられてる。壊せば、大騒ぎになるぞ」
「なぁに、天道が用意してくれた道があるだろ。屋上までの通路をラウラに頼んで、確保してもらってる。もう準備は終わったらしいぜ」
「……そうか」
屋上から亡国機業のところへ飛び立てば――もう引き返す事は許されない。
「……後には退けないな」
「あぁ」
生徒会室の窓から、楯無は飛び立つ二機のISの姿を見ていた。
だがそれを見て、彼女は慌てる様子など一切なく携帯端末でとある人物に連絡をする程度だ。
「えぇ、貴方の予想通りよ。あの二人ったら誰にも相談しないで出撃したみたい。……えぇ、私は追うつもりだけど。……随分と出たがるのね、うん、まぁそこまで言うなら仕方ないわ。だけど、今度こそ無事に帰ってきて。貴方と織斑君と桜崎君の三人で」
飛び立ってから数十分。アインの予想が正しければ、そろそろ亡国機業本部が見えてくるはずだ。
そこに行けば、もう自分はこの世界に残れない。
だからこそ、その心に微かな潤いが落とされた。
「桜崎、お前たちには感謝してる」
「何だ、いきなり?」
今の心はアインか一夏か、どちらなのかは分からない。
それでも桜崎や天道の親友として、共にIS学園で同じ日々を過ごした者としての思いがある。
「オレには同性の親友などほとんどいなかった。それにいたのはほとんど戦場ばかりだ。だから、普通の学園生活と言うのはオレからほど遠いものだった」
「……」
この世界に突然放り込まれ、迷っていた自分に何一つ変な表情を浮かべる事無く接してくれたのはあの二人だ。
迷っていた自分に手を差し伸べてくれた。同性だからこそ、信頼と信用が出来た。
転生と憑依、余りにもその方法は異なるがそれでも知らない世界に放り込まれたというのに変わりはない。
「お前と天道がいたからこそ、オレはここまで戦えた。同じ世界で戦っている人がいてくれたという事が、嬉しかった」
「……アイン、お前さやっぱり元の世界に帰るのか」
「あぁ……この世界は心地が良すぎる。アインが生きるには温かすぎるところだ」
本当に勿体無いと心から思う。もしこの世界を、本来の織斑一夏が生きていたのなら――どんな素晴らしい世界だったのだろうか。
「……お前のところじゃ、世界を渡る技術ってのはあるんだよな?」
「あぁ、オレのパートナーが実現してる」
「だったら、また遊びに来てくれよ。そのパートナーを連れてさ」
「……そうだな、考えておくよ」
やがて見えてくる亡国機業本部。
――そこがこの世界の織斑一夏の墓場になる。