この章題を以て、完結扱いとします。
ちなみに悪魔狩人とは何の関係もありませんよ!
……余りにも話が浮かばないから、完結させようと思ってたなんて言えない。
背負わなくては。
彼女達のために。
背負うための力を手にしなくては、何一つ手向けとしてやれない。
だから求めなくてはならない。
もっと、力を。
完全に詰みだ。
体のあちこちが痛み、既に立ち上がる体力など残っていない。
だが――少年の息も弱い。
黒い鎧はいつのまにか各所に血が滴っている。
少年の口から血の塊が吐き出された。
それを拭う事もせず、彼は黒い雪片を振りかぶる。
「死ね、織斑一夏」
そしてその剣は――確かに織斑一夏を切り裂き、彼の息の根を止めた。
紅き鮮血が、彼の頬を濡らす。
願っていた思い。果たされた復讐。
だがそれは――本当に誰もが幸せになれたのだろうか。
汝、この門をくぐらんとする者、一切の希望を捨てよ
「……」
アルカの言葉にアインは耳を疑う。
突然の急務に、準備を済ませ任地へ赴いている最中通信機から聞こえて来た言葉の意味が理解できなかった。
『黒いコートを着た白髪の少年が現れる。そういった噂が広まってきています』
「……白髪、ね」
どうにも引っかかるが生憎それに構っている理由や時間など無い。
目的はさっさと済ませるに限る。
刀を発現させ、まもなく訪れるであろう任地を視界に捉えた。
『……やはり、そういう事でしたか』
「アルカ?」
彼女の訝しげな声が響く。瞬間、その通信が妨害される。
それに疑問を持つ前に、アインの視線が今回の目標を認知した。
黒いコートを羽織った、白い長髪の青年。
その総身に血が馴染んでいる事など、既に見抜いている。
そしてその相貌は間違いなく――
「もう一人のオレ……か」
刀を抜き、もう一人の自身と相対する。
黒いコートを羽織った青年は、アインを見てから何か納得したかのように頷いた。
「……」
冷たい刃の如き総身。
玲瓏の眼差しが明確な殺意を秘めて、再びアインへと向けられる。
「――好都合だ。そちらから出向くと手間が省ける」
「……随分とやる気だな」
刀を握る。
彼の腰に据えられた刀の鯉口が、甲高い音を鳴らす。
それと同時に割れるような衝突音が、木霊した
剣が走る。刃がせめぎ合い、鎬を削り、火花を撒き散らす。
アインが刀を走らせれば、相手もまた同様に刀を走らせる。ほんの僅かでも気を抜けば、首を狩られ、心臓を抉り出されるような殺意がその場に満ちていた。刹那の攻防、極限まで研ぎ澄まされた殺し合いである。
互いに無傷ではない。単純に致命傷が無いだけで、血が流れている事に変わりはないのだ。一滴が流れるごとに、彼らは大きく刃を振るう。
一秒――アインが繰り出す三度の斬撃。それを躱し逸らし、青年は刀を一端鞘に納める。だが距離は取らない。
二秒――居合いの抜刀。姿勢を屈ませる事で、寸前のところを避ける。アインの髪の何本かが斬られた。アインの足が動く。刀の切っ先を青年へと向ける。
三秒――アインが繰り出す突進。だが青年は同じように技を繰り出して相殺する。激突する衝撃に、二人の体が同時に吹き飛んだ。だが両者とも何事が無かったのように着地する。
「――何故世界を手にする器を持っていながら、それを埋めようとはしない?」
「……何が言いたい」
二人とも激しく息切れしており、その両肩は大きく上下している。
青年の使う刀は刃毀れすらしていないが、アインの使用していた刀は刃が欠けてしまっている。彼の猛攻に耐えきれなかったのだ。
「……言っても無駄だ。お前のISコアを渡せ。それがあれば、オレはさらに強くなれる。彼女達の望んでいたモノを守り抜くことが出来る」
アインの心臓に埋め込まれているISコア。それを奪うという事はアインの死を意味する。
その事を青年は平然と言ったのだ。
今のアインでは到底及びもしない考え。だとすれば目の前の己は、どこかで道を違ったのだろうか。
「断る。生憎オレも死んでいられる程暇じゃない」
「そうか――なら死ね」
青年の総身から夥しい程のエネルギーが衝撃となって放たれる。
それはアインも知る能力の一つ。否、彼にしか扱えない力。
ISコアの解放である。だがそれはアインの使用する力よりも、遥かに強大だった。
アインもISコアを解放しようと動くが、既に相手が動いていた。
余りにも早すぎる突進技。もし解放しようとすれば、その剣に頭部を斬り飛ばされている。
刃毀れした刀で防ぎ切ろうと動き、青年の黒き剣が刀と衝突する。途端――幾度となくアインが使用してきた刀はいとも簡単に破砕した。
「――」
アインの体を、青年の剣が貫く。
刺されてなお、体が動くのはせめてもの抵抗故か。
貫かれたコートが、鮮血で赤く染まっていき、アインの血が地面へと零れていく。
そうして剣が引き抜かれると共に、アインの体は大地へ倒れ、その意識は奈落の底へと落ちていった。
地面に倒れた彼を、青年は冷徹な瞳で見つめる。
かつて名乗っていた名前「アイン」と言う人物を捨てた彼。
自身の過ち故に何も守れず、自身の無力故に誰も救えなかった――決して地獄の底から出る事が許さないネフィリム。
故に彼はこう名乗る。地獄を巡る物語にて、迷い人と出会い、そして異端故に天国へ行くことは出来なかった者。
――バージルと。
「……」
気が付けば感傷に老けている事に気づき、彼は解放した力を戻す。
倒れている彼から心臓を抜き取らねば。
刀を展開し、バージルがその心臓を抉り出そうとした時――本能が防衛を優先させた。
「――!」
凄まじい殴打。
たった一撃だけ、バージルはそれを刀で防いだと言うのに、大きく吹き飛ばされた。
即座に体を捻らせ、受け身を取る。
「……やはり、そうだったのですね」
黒いドレスを着た女――アルカはバージルの姿を見て、悲しげに呟く。
その瞳が、彼の苦い過去を思い出させた。
「……次は仕留める。それまでに力を蓄えさせておけ」
刀を鞘に納め、彼は踵を返した。黒いコートが風に羽織られ、虚しく揺れる。
その背中に、アルカは思わず言葉を投げかけていた。
「どうして貴方様はいつも――そうやって一人で背負い込もうとするのですか」
「……」
バージルの足が止まる。
だが彼は振り返る事無く、ただ空を見上げた。
「――背負えないのは、力が無いからだ。世界を全て渡り、かつてオレが犯した過ちを背負える力が無ければ――スコール達に顔向けできない」
その時アルカは――バージルの意思が最早揺るぎようがないモノであると悟った。
間違えていたと言うのか。
織斑一夏を殺すべきでは無かったと言うのか。
ならばこの剣は誰を斬ればいい。この銃は誰を撃てばいい。
この魂は一体、どこへ向かえばいい。
オレは何のために戦えばいい。
そう嘆く少年に手を差し伸べる者など誰もいなかった。
彼の仲間は皆、一人残らず死んでいたのだから。
『どうか、お願いします。あの方を――アイン様を』
女の声が小さく響く。
触れれば割れてしまうのではないのだろうかと思わせる程か弱い声は闇の中へとかき消されていく。
『救ってください』
「――!」
覚醒した意識と共に目が醒める。
そこは亡国機業の一室であった。
傍らにはマドカがベッドに項垂れながら寝ており、看病してくれていた事に気づく。
見れば、体には包帯が巻かれており彼に傷を与えた戦闘が夢ではない事を示していた。
「……目が醒めましたか」
「アルカ……?」
アルカが扉を開けて入ってくる。
彼女の様子がいつもと違っていた。
――途端、アインは気づく。マドカは眠っているのではなく、昏睡しているのだ。
「何をするつもりだ」
「……アイン様、私の我が儘を聞いてくれますか」
彼女の視線は真剣そのものだった。
それに冗談など介在する間すらない。
「――私を殺して、その心臓にあるISコアと同化してください」
僅かな沈黙。
時間にすれば数秒だったが、まるで永遠のような長さを感じた。
アインは視線をアルカから離さない。
「……まず理由を説明しろ」
「もう一人の貴方様に勝つ、それだけです。彼は恐らく彼から生まれた私を殺し、力を得ています。解放状態が長かったのもそのためです」
「今のままでは、勝てないと?」
「はい。現にアイン様は刀を破壊されています。そして解放状態を使うにも体力の消耗。――今のアイン様が彼と戦えば、間違いなく死にます」
あの男――バージルとの明確な違いはそこだ。
今のアインでは解放に対抗できない。
「……アイツは、選択を誤ったオレか」
「織斑一夏の殺害には成功した。ですが、その先にある未来――利権をめぐる争いまで見通す事が出来なかった。そしてその争い故に、大切な人たちを失った」
「そして世界を渡る力を手にし、強い力を求め続ける」
アルカが頷く。
バージルの歩んできた道は、一つ間違えればアインも歩みかねなかったモノだ。
今の彼は自身の誇りを見失っているのだろう。
だがアインがその誇りを明確に持っているかと言えば答えは否だ。
十八年の歳月を経てなお、未だに応えは見つからないのだから。
「アイン様があの力に対抗するには同様の力が必要です。ですから」
「――それは出来ない」
彼女の言葉をアインは一蹴する。
即決だった。
躊躇も迷いも何一つ無く、当たり前のように彼は口にしていた。
「お前を殺すという事は、三年前の選択を捻じ曲げる事だ。オレが手に掛けて来た人達を恥として裏切る事だ。
だからしない。オレはアイツと違う力で――生き残る」
三年前、アインがかつて世界を滅ぼしかけた時。
たった一つだけの小さな答えを得たのだ。
アルカを殺すという事はそれを否定する事だ。
故にアインは、彼女の頼みを否定した。
「……アイン様がそう仰るのならば従いましょう。ですが、どうやって力を」
「アイツはISコアを取り込むと言ったな。それで力を得るのならば、オレも可能なはずだ」
「……理論上は可能ですが、今のアイン様の場合は二機が限界です。たった二機で力を覆す事は」
「出来る。オレとアイツは違う道を選んだ。ならオレが今まで歩んできた道に、アイツが手にしていない力があるはずだ」
アインの言葉にアルカは僅かに考え――そして答えに辿り着いた。
確かにそれならば勝算はある。
「世界を渡るぞ。アルカ、座標指定を頼む」
「分かりました。まずは誰のところへ?」
「――今までオレがあってきた者達の場所へ行く」