「……アレ?」
白髪の少女――エレアは手にした刀を構える事も忘れ、唖然とした。
数ヵ月前に起きた大戦から、少しの間世界は静かになったがまた元の喧騒を取り戻しつつあった。しかし今のエレアにとっては障害にすらならぬ話である。
相対する機械の群れ。最早見慣れた光景であったが、それが突然破砕したのだ。
第三者による乱入と考えるのが聡明と判断し、エレアは辺りを見渡して――ある一人の青年の姿を捉えた。
それは記憶の中にある人物と合致する。
彼女が最も敬愛している人物で、誰よりも目標としている人。
声が出るよりも先に、エレアは彼の下へと走っていた。
「……そうなんだ。父さんも大変なんだね」
「あぁ、色々とな」
エレアが拠点としている住居で、アインはアルカと共に彼女へ今回の経緯を話していた。
彼女の隠れ家である拠点は地下にある施設にしては中々に広く、隠れ家としての役割が非常に優れている。
アインの事情を知ったエレアは少しばかり考えを巡らせる。
彼女とて外見こそは年相応の少女だが、その実力は僅かな間とはいえ世界を相手取る事すら可能なほどだ。
「あ、そうだそうだ。確かアレがあったかな」
部屋の奥にある棚を漁るエレア。何やら銃やらナイフやらが煩雑に投げられていたが、そこは目を瞑るとしよう。
そうして彼女が取り出したのは、白銀のレガースだった。それも下腿全てを覆える程のレガースである。
それはかなりの実力を持つ武器だ。アインから見ても、破格の威力を保持しているであろう事は簡単に分かる。
「父さん、コレ持って行って。私が持ってても、思い出とかあってあんまり使わないと思うし」
「……待て、それは」
この世界の――彼女と血が繋がったアインが使っていた物ではないのか。
そう言おうとしたアインに向けて、エレアは答える。
「父さんの一番大事なモノはもう私に受け継がれているから。武器や力より、もっともっと大切な、胸を張って誇れるような心があるから」
「……大切なモノ、か」
エレアの目に強がりは無い。この武器を手放す事に何の迷いも無いのだ。
彼女の言葉が、アインの記憶に深く刻まれていく。
見つかりそうで、見つからない何かが僅かに見えてきた気がした。
「絶対に勝ってね、父さん。負けちゃダメだよ」
「あぁ、約束するよ」
微笑むエレアの表情に、アインも微笑で答えた。
まずは一つ。このレガースは恐らく、バージルの持っていない力。
そして渡る世界は後一つ。
かつてアインが憑依し、亡国機業と戦いを繰り広げた世界である。
「……ふう」
「んだ、いきなり溜息かよ一夏?」
「いや、俺にも色々とあるんだよ桜崎」
アリーナの管制室で、一夏は小さく溜息を吐いた。
IS学園に復学してから凡そ一ヶ月。
いきなりあちこちからの引っ張りだこになり、一部の者には泣きつかれる始末だった。
無論、最初は戸惑ったが不思議とすぐに慣れたのは僥倖だったと言うべきか。
現在アリーナでは箒と鈴が模擬戦を繰り広げている最中である。
「ま、あれから一ヶ月だ。それで慣れるお前がすげぇよ」
「おい、桜崎。俺達にお客さんだ」
管制室の扉から声を掛けて来る天道。
彼の表情はどこか面白げに笑っていた。
少なくとも桜崎には見当もつかない。
この場所へ来客として訪れるのならば、それなりに顔の売れた人間であるはずだが。
「アインが来たぞ」
瞬間、桜崎は凄まじい速度で椅子から立ち上がった。
アインとアルカがIS学園に入れる口実を作ったのは『IS企業の関係者』と言う名乗り文句である。無論嘘だが。
彼の事を知っている二人ならば、きっと上手く話を合わせてくれるだろう。
会議室で彼らが話したのはまず再会する前の事についてだった。
織斑一夏が戻って来た事、それによって起きた騒動など、他愛も無い会話を交える。
「……そういいや、エナがお前に会いたがってきたぞ。何か渡しそびれた物があるってな」
「そうか、じゃあ今から会ってみるとする。アルカ、二人に説明を頼めるか。オレはエナに会いに行く」
「分かりました」
部屋を出ていくアインを見送り、アルカは二人と目線を交えた。
「まずお礼を申し上げます。この世界でのアイン様のお力になっていただきありがとうございました」
「あー、えーと、いいって事です……よ?」
「えぇ、俺達もアイツに助けられましたから」
二人の言葉にアルカは微笑を浮かべ、安心したように息を吐く。
そして不意に表情を引き締めさせ、目線を鋭くさせた。
「――厚かましい頼みですが、お二方のISコアを解析させていただいてもよろしいでしょうか」
アインの腕に付けられた腕章、IS学園への入校許可証は、生徒や教員ではない人物がIS学園に入る事を一時的に許された証である。
ISコアの気配を探っていけば、エナを見つけるのはそう難しい話ではないだろう。
「……久しぶり、か」
「そうだな、お前の事は二人から聞いていたぞアイン」
人気のない廊下。そこにエナがいた。
今のアインと同じ白のロングコートを羽織っており、腰には刀を差している。
かつてこの世界に迷い込んだアインと激闘を繰り広げた彼女。だが結局彼女も、己の道を貫く事は叶わなかった。
歩んでいた道に得る物が何もないと悟った時、果たして最後まで歩ける者は何人いるのか。
「何故ここに来たのかは聞かん。お前にもお前の戦いがあるのだろう」
「……有難いな」
「持って行け。コレはお前のモノだ。私がそう決めた」
エナから差し出されたのは、彼女が持っていた刀だ。
あの世界で、アインが亡国機業本部へ強襲を掛ける時、彼女から受け取ったモノ。
だがそれは彼がマドカへ渡し、結局エナのところに戻ってきたのだ。
「悪いが返せるモノは無いぞ」
「不要だ。それがお前の力になるのなら何もいらん」
エナから刀を受け取る。
その重みと秘めた力は、明らかに他の武器とは一線を画していた。篠ノ之束が作成した武器でも、この刀に適いはしないだろう。
この刀身ならば、バージルの猛攻を受け止める事が可能な筈だ。
「――それは多くのISコアを吸収してきた。お前が何と戦うつもりなのかは分からないが、助けにはなるはずだ」
その刀を体内に圧縮し、アインは何度か手を握りしめる。
エレアとエナから貰った二つの武器。これならば、十分バージルと互角だ。
だがまだ足りない。
決定的な何かが、見つからない。
「お前は何を迷っている」
「迷う……?」
「顔を見れば分かる。私とて武人の端暮れだ、お前の目はまだ何かを迷っている」
何に迷っているのかは分からない。
それでも、エナの言葉がしっくりと来た。
「お前は千冬姉さんの家族だろう。ならば、何が大事か分かるはずだ」
――途端、アインが息をのむ。
見つけたのだ。
アインとバージルの明確な差を。
似ている彼らに異なった、たった一つの小さな答えを。
「……あぁ、分かった。ようやく分かったよ」
自身の手をもう一度強く握りしめる。
答えなど、とうの昔に見つけていたではないか。
「ありがとう、エナ」
「……さっさと行け」
顔を背けたエナに、アインは今度こそ振り返らず、片手だけ挙げて去っていった。
元の世界に戻り、アインは亡国機業の一室で来るべき事を待ち受けていた。
バージルからのコンタクトを待つ。今度こそ、彼は決して邪魔者が入らない場所を戦いに選ぶはずだ。そこで決着をつける。
「……これでやっと互角、か」
桜崎のIS『レッドレイン』と天道のIS『音風』をオリジナルとして、アルカが作り上げたコピータイプのISコア。
それをアインが自身の力として取り込んだのだ。レッドレインの力は、銃弾の威力上昇。そして音風の力は、高速機動が可能と言ったところである。これに加え、エナから貰った刀とエレアのレガースがあれば、勝てない戦いではない。
「……アイン様、バージルの座標を補足しました」
「分かった。アルカ、転送を頼む」
刀を腰に差し、レガースを足に展開。左手にソードオフしたショットガンを持ち、アインは臨戦態勢を整える。
「アイン様……」
「勝つよ。必ず勝って、生き残る。だからそんな顔をするな、アルカ」
「……はい、お気をつけて」
そうして――彼は