バージルは灰色の空を見上げる。
戦いの惨禍により生まれた灰色の空がこの世界から消え去るのはいつの日か。
この世界に日差しが差し込むには後どれくらいかかるのだろう。
「スコール……」
守れなかった。
弱かったが故に、力が無かったが為に。
大切な人たちを失った。
そんな彼女達が愛していたこの世界を守るには一体どうすればいい。
――力だ。
それが無ければ何も守れない。だが過剰な力は人を愛せない。
ならそれでいい。
もうこの道を引き返す事は出来ない。
善悪などで量れる程、この信念は薄汚れてはいない。
別の世界のアルカがこの場所を特定しているはずだ。
ならばそこで、決着をつける。
「――来たか」
バージルがいた場所は、亡国機業本部の屋上だった。
アインも見慣れたはずの光景だったが、そこは彼の知る風景とは全く異なる。
空は灰色で、屋上の床は所々に弾痕や斬撃の跡が残っておりこの場所の周辺で激戦が繰り広げられたことを示していた。
この世界は彼の世界だ。織斑一夏を殺したことにより、世界を巻き込む大戦が繰り広げられた未来。
一つ間違えれば、アインも歩みかねない未来だった。
「言葉はいらないな。オレとお前の戦う事象に、理由は不要だ」
アインが刀を抜き、両足にレガースを展開する。ショットガンはまだだ。バージルの解放が来るまで温存しておく。
「そうだな」
瞬間、バージルの姿が霞む。
以前ではただ攪乱されるばかりだった、今は違う。
冷静に戦況を見据えれば、その剣筋は予測できる。
「ッ!」
背後からの剣の強襲。
防ぐ時間は無い。だが刀を動かす必要は無いのだ。
エレアから貰ったレガース。
強烈な殺意を目印にし、アインは振り抜かれた刀身を蹴って弾く。
強敵から奪った僅かな空隙。そこに反撃を入れようとして――アインは即座に離脱した。
「――!」
バージルの左手に泥を纏う篭手を視認したからである。アレに捕まれば終わりだ。
泥が床へ叩き付けられると、アインの立っていた場所を次々と槍の如く貫いていく。
――だが、天道のIS『音風』をオリジナルとした機動力があれば回避など容易い。宙を何度も蹴って、十分な距離を稼ぐ。
「――跪け!」
バージルの左腕から繰り出される泥の光線。
回避しようとしても尚、追尾して捕えて来る厄介な攻撃だ。
無論、その対処も十分に用意してある。
左手にショットガンを展開し、その銃口に十分なエネルギーを充填させる。
桜崎のIS『レッドレイン』は銃に富んだ性能を持つISであり、それ故に使用が可能となったチャージショットだ。
並のISならば一発で破壊する程の威力を持つ散弾が、泥と衝突しその威力を相殺する。
「――」
消えゆく泥の残滓を突っ切り、バージルが黒き剣をアイン目がけて振り下ろす。
前は束の作った刀ごと破壊された。しかし今、アインの手にはエナから継いだ刀がある。
――斯くして、彼女が愛用していたであろう武具は見事に、バージルの剣を受け止めた。
「何……!?」
「やられっ放しは好きじゃない」
右足で繰り出されるハイキック。それはバージルを怯ませるには十分な威力と速度だった。
ショットガンを発砲し、完全にバージルの姿勢を崩してから刀による斬撃へと移る。袈裟に振り下ろす刹那の一閃。
今までのアインならばここで仕留めたと思っていたが、今は違う。
相手は自分とは違う道を選んだ己。ならばいつ、こちらの予想を超える動きをしてきてもおかしくは無い。
その予想は見事にアインの命を救った。
彼が再び離脱した途端、バージルが体勢を立て直し、強襲へと移ったのだ。決して立て直す事は叶わないと言うのに、それを無視して彼は自身を奮起させる。
その覚悟と信念は、彼以外に穢せるモノではない。
「――!」
アインは即座に反撃へと移行する。
このままでは力を手に入れたとしても防戦一方になるのがオチだ。
右手に意識を込め、大剣を発現させる。
解放状態においてはバージルの方が上だ。それは長時間に渡る解放が可能だからである。アルカの力を取り込んだが故に可能な技。
しかし破壊力においてはアインが上である。彼の力は短時間しか制御しきれない。それは解放の力が凄まじいからであり、それを制御してしまえば力は格段に劣ってしまう。
アインとバージル――両者が持つ黒き剣が激突し、その余波によって生まれた凄まじい衝撃が、彼らを飲み込んでいった。
「ここは……」
アインは解放状態を納め、刀を手にしたまま辺りを見渡した。
空は相変わらず灰色をしているが、その周囲の風景は違う。崩さった瓦礫に、吹き荒れる風。言葉にするならばまさしく無人の荒野。
そこはかつてアインでもなければ一夏でもない少年が見た光景。
長い間囚われていた彼が久方ぶりに見た、地獄の底。
この場所から全てが始まったのだ。
「――何の因果か、オレ達はここで決着をつける事になったようだ」
バージルが刃の刀身をアインへと向ける。
彼は傷こそ負っているが未だに戦意は消えていない。それはアインもまた同様である。
「そのISコアを渡せ、コレが最後の通告だ」
左手を差し出すバージルに、アインはかつての少年を幻視する。
敵であるのだから容赦なく斬ればいいであろうに、彼は言葉による説得を―それが無意味とは知っていても―行った。
アインと言う存在の中にある善性は、どちらにも残っているのだ。ただ歩んだ道程が違っただけの話。
「断る。お前にはお前のISコアがあるだろう」
「アインと言う存在が持つISコアは無類の力を持つ。それでなければ意味が無い」
「……オレ達がどんなに力を手に入れたとしても、スコール達や千冬姉は変わらない」
バージルの顔が僅かに歪む。
怒りだ。彼が失った大切な人たち。
その喪失の傷跡は今なおもバージルを傷つけている。
「お前は黙っていろ!」
黒き剣を発現させ、バージルが斬りかかる。
同じようにアインもまた剣を発現させ、バージルへとその剣を振り下ろした。
――互いの右手で振り下ろされた刀身は、互いの左手で受け止められていた。
血が地面へと零れていく。
だがどちらも決して後退せず、力も緩めない。
言うなればそれは、魂の咆哮だった。
「スコールや千冬姉を誇りとするのなら――」
“父さんの一番大事なモノはもう私に受け継がれているから。武器や力より、もっともっと大切な、胸を張って誇れるような心があるから”
「
“お前は千冬姉さんの家族だろう。ならば、何が大事か分かるはずだ”
「もっと大切な――気高き魂だ!」
二人が同時に背後へと飛び退く。
アインは解放した姿を体内に納め、刀を抜きバージルへと刀身を向ける。
「だから、お前を止める。――それが彼女達の願いだ」
バージルはその言葉に少しだけ息を止め、そして小さく笑いだした。
彼もまた刀を抜き、その刃をアインへと向ける。
「オレが彼女達を誇るべきなら」
“ん、そんなの決まってるだろう。二度目の正直だ。もう二度とあんな真似は繰り返さない。例え私がどうなろうとも、お前だけは守って見せるさ”
「それは力を手にして初めて遂げる事が出来る」
“なら、私たちと共に行きましょう。亡国機業――それが貴方の家族よ”
「オレの生き様は渇望ではなく贖罪だ」
“――返せ。オレを、織斑一夏だったはずの全てを――返せ”
「だから、お前を殺す。――それが彼女達の意思だ」
そして二人は悟る。
最早この激突は避けられない運命だと。
例え何があろうともこの二人が同じ道を歩む事など在り得ない。
「……同じ人間なのにな」
「あぁ、そうだな」
同じ名を持ちながら決して相容れない二人は、その手に刃を握りしめ、地を蹴った。
何度刃をぶつけ合ったか、何度斬り合ったのか――そんな事はもうどうでもいい話だ。
譲れないモノがある。ただそのためだけに戦う。
その戦いは復讐によって為された戦いではない。
彼らの誇りによって生み出された決闘である。
「――」
アインの刃がバージルの剣と交錯する。
続けざまに振るわれる二撃目を空中へ跳躍して躱す。
そこから再度、もう一段宙を蹴って高く跳び、バージルとは逆の反対へ急降下する。
アインが剣を解放する。バージルもまた同じように剣を解放している。
互いの泥によって生み出された漆黒の闇。
それを貫くように、二人は剣を突き出し突進する。
闇を貫く漆黒の螺旋が激突した。
――刹那、バージルが片膝を着く。
ほんの僅かにアインの方が鋭かっただけ。もし一つ間違えればバージルの剣がアインを穿っていただろう。
その偏差が、二人の運命を今度こそ断ったのだ。
「――オレが、負けるのか」
剣を支えにバージルは息を切らす。
アインは彼を見下ろしたまま、剣を向ける。
「立て、次で終わらせる」
彼の言葉にバージルは立ち上がり、アインへ剣を構える。
二人ともまったく同じ構えであった。
剣も同じ。容姿も同じ。
ならば違うのは――ただ歩んできた運命だけ。
二人の青年は雄叫びを挙げながら、剣を振るう。
そうして二人が交錯し――ただ生き残った青年はその剣を地面へと突き刺した。
「……やはり、これがオレの末路か」
アインは刀を鞘に納め、脇腹を押さえたバージルを見る。
最早致命傷は明らかだ。手当てしようにも助かる訳が無い。
「……」
「――いや、これでいい。これでようやく、眠る事が出来る」
思えば長い人生だった。
殺し続け、血を浴び続けて来た時間の方が長かった。話し声よりも断末魔を聞く方がはるかに多かった。
バージルは立ち上がり、アインを見る。
「お前は生きろ。彼女達を誇りとするのならば、その魂を決して穢すな」
沈黙を以て答える。
それに満足したのか、バージルは灰色の空へ手を伸ばしながら、ゆっくりと背後へ倒れていく。
「――」
最期に彼女の名を呼んで――彼は消滅した。光の粒子となり、灰色の空へと吸い込まれるようにして、消えていった。
彼が立っていた場所にはISコアだけが残されている。綺麗な球体であるはずのISコアは大部分が擦り切れていて、それはまるで彼の生き方を現していたかのようだった。
「……」
回収する必要は無い。
あれは彼だけのモノだ。
そうしてアインが背を向け立ち去ろうとした時声がした。
『これでようやく、あの方が眠りにつく事が出来ます。ありがとうございました』
聞きなれた彼女の声。
そして何かが割れたような音が響いた。
背後を向けば、地面に転がっていたはずのISコアが砕け散っている。
「……」
彼も彼女達の元へ行けたのだろうか。
――そこまで考えてアインは頭を振った。
彼はただ帰るべきところに帰っただけ。たったそれだけの話だ。
今のアインにも帰る場所があるのだから、そこへ戻らなくては。
――そうして、彼の長い戦いはようやく終わりを迎えた。
目を開けると隣には女性がいた。見慣れたような初めて会ったような。そんな不思議な感覚が少年の心を染めていく。だが彼女の事を問うつもりにはならなかった。
月明かりが二人を照らす。
白い闇に包まれながら、彼女はぼんやりと呟いた。
「私はな家族を守れなかった」
「……」
「何、そう気にするな。遠い昔の話だよ。もう二度と繰り返さないと決めた昔話だ。……私は昔から誰かに守る事に憧れていた」
そう語る彼女の酷く寂しげな姿。
頭が痛い。何かを思い出せそうで思い出せない。
「それくらい私は家族を愛していた。その志に劣らない奇跡があるのなら、その思いに負けない力があるのなら、必ずその願いは叶うだろう。……本気でそう信じ込んでいたよ」
ただの小娘なのにな、と付け加えて彼女は力なく笑った。
頭が痛む。何か言わなくてはならない。思い出さなくてはならない。
だが何故こうも言葉が出てこないのか。
「結局私が感じたのは、無力さと現実の過酷さだ。誰一人守ろうとはしなかった癖に、私はただ絶望していたな。まったく……せめて一つでも足掻いていたならその資格はあっただろうに」
「……」
「ん、そんなの決まってるだろう。二度目の正直だ。もう二度とあんな真似は繰り返さない。例え私がどうなろうとも、お前だけは守って見せるさ」
――途端、頭痛が嘘のように遠のいていった。
思い出した。
自分が何であったのか、どのような思いを抱いていたのか。
「だったら、オレが守るよ」
「何?」
「遅くなった。この場所を思い出すまで何度も何度も遠回りしてきた」
瞬間、彼女の表情に笑みが零れる。
ようやく、ようやく出会えた。
永い旅の末に、やっとたどり着いた。
「――ただいま」
「――お帰り」
彼の旅は終わりを告げる。
そしてまた新しい旅が始まるのだ。
白髪の少女と白髪の少年がいた。
二人はその光景を見て、互いに目線を交わらせる。
そうして困ったように笑ってから、手を繋いでその場からゆっくりと遠ざかり、消えていった。
完結はしましたが「IS-refrain-」自体が完結したわけではありません。
まだR-18(未完)が残っています。
実は後者の話を考えようにも、前者の話ばかりが浮かぶんですよね。だったらもう完結させるしかないだろと。
「ラストミッション」編は色々と詰め込んだ突貫作業になりましたが、個人的には満足しています。
……何やら幕切れのいい言葉が思い浮かばないのでこの言葉を以て、この作品の最後を飾らせていただきたいと思います。
「IS-refrain-」掲載から凡そ1年、ご精読くださりありがとうございました!