狂戦士様、ありがとうございます。
“俺は、いつかお前を越えて見せる”
その言葉を誓ったのは、誰に向けてだっただろうか。
越える――その言葉の意味を、ただ分かっていただけで理解などしていなかった。
その一言を呪いへと変えて。
その誓約を義務へと変えて。
やがて忘却の泥に沈んだ後も――己を縛り付けているなど知らずに。
記憶の破片を深い泥から探り当てるには、それはあまりにもちっぽけだった。
任務を告げるスコールの表情はどこか青い。
余裕など介在する余地も無いのではないかと思わせた。
それはまだ二年しか彼女を見ていないとは言え、アインでさえはっきりと感じ取れる。
「……アイン、今回の任務を言い渡すわね」
「元気が無いな、スコール」
「……貴方には気分の悪い話よ。今回の目的は
アインの体がピクリと反応した。
皆殺しと言う言葉が、彼の記憶を呼び覚ます。
あの時の研究所で殺しつくした無数の亡骸が――じっと彼を見つめている光景。
まだ十二の少年にとって、それは余りにも強烈だった。
「何で、殺す?」
「IS基地となっているところで少年らしき人物が確認されたわ。IS施設なのに少年がいるのは、何か引っかからない?」
「……まさか」
「そう、貴方と同じ境遇の二人目が作られている可能性がある。だから研究員を皆殺しにする必要があるの。研究員を殺した上で、その少年の身柄を拘束及び殺害――これは貴方にしか出来ない任務よ。同じ境遇を抱いた貴方にしか」
「……」
アインの心に過ぎるのは、かつて自分が憧れていたもう一人の幼馴染の面影だった。
自分よりも強く、そしていつも高みにいたような人物――だが、もう会えることも無ければ気づいてもらえる事も無い。
その事実が、刃となって彼の心に鋭く突き刺さった。
「……アイン、ごめんなさい」
「……いいんだスコール。恨まれるのは、慣れてる」
目的地上空を滞空しているヘリの中で、アインは自身の人間構造を疑い始めていた。
あれほど殺すことを嫌っていた自分が、このような多くの人を殺す作戦に出ると言うのはまだ何とか許容できる。
だが――それに抵抗を持たないと言うのは一体どういう事なのだろうか。
スコールの暗い表情が、脳裏を駆けた。
「……」
「アイン様、まもなく作戦開始時刻に入ります。私はここから基地へハッキングをするため、手が放せない状況になるので行動を確認しておきましょう。まずアイン様が基地へ奇襲をかけると同時に内部にいた諜報員がISを起動し、基地を内部から破壊。外部から攻める方々と連携し基地を壊滅させる――このような手筈になっております」
「……あぁ」
アルカの声は努めて冷静だった。
彼女もまたこの任務に異を唱えたかったのだろうが、アインのためにそれらを蔑ろにしてまで任務への参加を申し出たのだ。
彼女達の思いを無駄には出来ない。
両手に握り締めた短機関銃がいつもより重く感じる。
もう二度とこの手から離れないのではないかと思わせるほど、指は銃把を強く握っていた。
ジレンマに考えを巡らせる余裕などない。
「行動開始前のカウントに入ります。五」
ヘリのプロペラ音が響く。
眼下の彼方に広がる膨大な基地――この全てを今から殺しつくすのだ。
上層部の命令だからこそ逆らえない。
「四」
それはアインが最も嫌っていた事ではなかったか。
だが自分がやらなければ、誰かが彼らを殺さなければならないのだ。
殺さないと言う選択肢など――最初から無かった。
「三」
ドアを開ける。
冷たい冷気が総身を包み込む。
両手の銃を眼前に持ち上げて、目を瞑る。
「二」
覚悟を決めたはずだ。
織斑一夏からアインへと名前を変えた時、全てをその心に仕舞いこむと。
ならば――迷う事自体がおかしいのではないか。
「一」
目を開く。
まだ、まだ分からない。
それでもやらなければならない。
何より決めたはずだ。
あの時、己が失った全てをこの手に取り戻すために――戦うと。
「零」
その言葉が紡がれると共に、アインは遥か彼方に見える基地へと飛び降りた。
基地へ銃弾の雨が降り注ぐ。
両手の短機関銃から放たれる弾丸は研究員や軍人を次々と撃ち抜いていった。
そのまま地面に着地し、反動で揺れる両手を無理やり押さえ込みながら再び弾丸をばら撒く。
銃弾が機材を破壊した衝撃で火花が散り、やがてその火花が誘爆して基地の一角を炎上させる。
外部から聞こえる悲鳴。
既に侵攻作戦は開始している。
爆音と悲鳴が響く。
だがアインに彼らを思う余裕は無い。
今の彼の脳裏には過去のトラウマが焼きついている。
“code.1俺の言う事に従え”
“さっさとしろよ、ガキ”
“ほら、早くしないと君の体を鉛弾が傷つけるぞ?”
「ああぁぁぁッッ!!」
絶叫する。
剥がれ落ちぬ恐怖から逃げるかのように走る。
両手にナイフを構え、銃口を向ける軍人の首へ振るう。
鮮血が、アインの総身を濡らした。
基地の中はまるであの時の地獄のようだった。
白いロングコートと白の長髪、そして自分の頬を返り血に染めたままアインは基地の中に目的の人物を探していた。
残る場所はIS整備室のみ。
ここは様々な機材が厳重に置かれている。
無論、それはその機材が危険物だからに他ならない。
先ほど見かけた書類では、IS整備室は床や天井が脆くなっており近々改装工事に取り掛かる予定だったらしい。
このような事態の中で逃げる場所としては余りにも不向きだと予測して、アインはIS整備室を行くのを後回しにしていた。
しらみつぶしに向かう中、消去法で辿り着いたのが結局のところこの部屋だったと言うわけである。
炎が辺りを蹂躙する中、燻る黒煙の彼方に少年の姿を見つける。
血溜りを容赦なく踏み抜いて、機械のように彼の元へと向かう。
彼の傍らには瓦礫に潰された人間の死体が二つ、恐らく彼に縁の深い人物と見て相違ない。
少年は、こちらを見るとゆっくりと立ち上がった。
その瞬間――何故か少年の表情に見覚えがある気がした。
彼に問いかけたい気持ちが湧き出た時に、スコールの悲しげな表情が心を過ぎる。
自分の感情で彼女に迷惑などかける訳には行かない。
少年は傍にあったISに触れる。
「このISが目的か?」
その瞬間、彼が触れたISが展開する。
男に展開できるはずも無いISが――起動した。
そして、アインは驚愕の感情の中に一つの答えを確認する。
手遅れだった――。
少年にISが使える以上、その体に何らかの原因があるのは明らかだろう。
左手に短機関銃を発現させる。
“……ならもう眠れ。後の事はオレが引き受ける”
殺さなければならない。
彼が――自分のような道を歩む前に。
果たして、短機関銃から浴びせられる火線を少年は難なく避けていた。
その事はアインの計算の範疇であり、右手には既にタンフォリオ・ラプターが展開されている。
既に弾丸は装填済み。後は着地地点と空隙を推し量り、避けようのない至近距離から撃てばそれだけで決着が着く。
タンフォリオ・ラプターの照準を合わせようと右腕を動かす。
だが、本能が咄嗟に回避を優先させた。
首をずらした瞬間、元々顔があった場所をナイフが通りすぎていく。
発砲の瞬間を妨害された。
ISが加速する。
振りかぶられたISブレード――今発砲すれば間違いなく相打ちだ。
“――動きが速い!?”
それは起動したばかりのISにしては有りえない速さを誇っていた。
背後へ跳躍しながら、左手の短機関銃で動きを封じ込める。
致命傷となる場所だけがISブレードの腹が受け止められていた。
アインは今の自分の状況を分析する。
どうやら相手もこちらの手の内を伺っているらしく動いてこない。
“今確認した武装はナイフとISブレードの二つ。恐らく遠距離に特化した武装は無い。だが動きが従来のISに比べて異常に速い分、銃での戦闘は苦戦を強いられる……”
両手の銃を消し、アインは両手にナイフを展開する。
あえて近接戦闘に持ち込み真っ向からの斬りあいで仕留める。
基地の中でも危険度が一番高いIS整備室での発砲は出来れば控えた方がいいだろう。
周りにあるドラム缶や機材などに引火し、部屋の崩壊を速める事態になってしまう。
ならば近接戦闘で確実に仕留める方が、勝率が遥かに上がる。
少年もまたアインが展開したナイフを見て、ナイフを展開していた。
カレンの教えを思い出す。
“ナイフみたいな至近距離での戦闘は純粋にどちらが速く反応出来るかだ。もし一歩でも出遅れたら負ける。それが白兵戦の心得だよ。間違っても思考を邪魔するな”
アインが踏み出すと同時に、少年も同じように踏み出す。
ナイフの刃が交錯した。
四つの刀身が鎬を削りあい、火花の飛沫を撒き散らす。
現在の優勢は徐々にアインへと傾いていた。
少年の体が煙を吸いすぎて、反応速度が鈍って来ているのだ。
ISコアを埋め込まれたアインの体は黒煙程度ならそこらの空気と何ら変わりない。
余程高濃度のガスでもない限り、彼の体には一切通用しない。
少年の額に汗が滲む。
ナイフが触れ合う。あと少しで仕留められる。
その瞬間、少年の手からナイフが落ちた。
こぼれ落ちたわけではなく、自意識による放棄――意図が読めず行動が曖昧になる。
その瞬間、少年はアインの懐へと踏み込んでいた。
彼の胸に手を添えた――掌底。
少年が使った物をアインはまだ知る由も無かったが、中国拳法の中に剄と呼ばれる技術がある。
彼が使ったのは浸透剄と言う名の技術であり、これは相手が例えどれほど堅強な物に覆われていようとそれを無視して体内に衝撃を叩き込む事が出来る技だ。
ISに展開された状態で放たれた事もあり、アインの体は藁屑も同然のように吹き飛んで壁へと激突した。
その弾みに彼の傍らにあったドラム缶が倒れ、オイルが漏れる。
零れ出たオイルが向かう先は――業火。
引火した火がオイルを辿り、ドラム缶へと着火して爆発する。
さらにその衝撃で天井が崩落し、無数の瓦礫がアインへと降り注いだ。
激痛が彼の全身を苦しめる。
左腕の感覚が鈍い。
恐らく瓦礫の重みで潰されたのだろう。
全身から至る所が出血しており、数箇所には重度の火傷もある。
これほどの重傷を負ったのは何年ぶりだろうか。
二年前に味わった地獄に匹敵するかもしれない。
遠のく意識を叱責する。
血が溢れ出すのを躊躇せず、彼は残った僅かな感覚で左腕を握り締めた。
“――死ねない”
妹の顔が浮かぶ。
アルカの顔が浮かぶ。
オータムの顔が浮かぶ。
スコールの顔が浮かぶ。
あの誓いをここで破るのか。
全てを裏切って眠りにつくのか。
――終われない。
“――まだ、終わってないッ!”
残された右腕でナイフを発現し、投擲する。
瓦礫の中を縫って飛来したナイフは少年の頬を切り裂いた。
全身に発破をかけて、瓦礫を吹き飛ばす。
白いロングコートが翻り、炎を薙いだ。
燃え盛っていた右腕を振り払い、火を振り払う。
同時に鮮血が飛沫となって飛び散った。
右腕にタンフォリオ・ラプターを発現。この距離ならば外さない。だが左腕からは血が溢れている。
左腕の出血は夥しく、治療せねば数日は動けないに違いない。
つまりここで少年を仕留めなければ、アインは彼に殺される。
まさしく一髪千鈞の覚悟だった。
灼熱の香りを五感全てで感じ取りながら、右腕で照準を合わせる。
少年が疾走する。
振りかぶられたISブレード。
炎の閃きによる紫電が、刀身を艶めかせる。
先ほどは相打ちだったが、今回は純粋にどちらが速いかの勝負である。
弾丸は既に装填済み。
後は、放つだけ。
その弾丸が命中しさえすれば、間違いなく少年を一撃で絶命するだろう。
だが、二人は気づいていなかった。
先ほどの衝撃と戦闘の余波で整備室全体が崩れかかっている事など知るはずも無い。
アインの指が銃爪を引き絞るその刹那――
整備室全体が崩落して、二人を飲み込んだ。
「……っ」
「気分はいかがですか、アイン様」
冷たい金属床で目が醒めた。
着ていた服の上半身は脱がされており、至る所に包帯が巻かれている。
左腕を見れば、ISコアの再生治療によって元通りになりつつある腕の姿があった。
感覚こそまだ無いが、後数分もすればやがて完治するだろう。
腕の再生に全力を注いでいるせいからか、出血は治まっておらず純白だったはずの包帯全体を赤く染め上げていた。
アルカが手当てしてくれたのだろう。
「左腕に埋まっていた瓦礫などは取り除いておきました。ですがアイン様への通信が途切れてから三時間近くが経過しています」
「三時間……」
「はい、スコール様は大慌てでした。帰還したらまずはアイン様だけが彼女の部屋に来るようにと」
「……分かった」
苦痛が渦巻く左腕を庇いながら機内の椅子に座る。
整備室で激闘を繰り広げた少年の姿。
それをどこかで見た事があるような気がする。
奪われた
遠い遠い昔に、どこかで。
だが、亡国機業に生きている今きっとどこかでめぐり合う機会もあるだろう。
彼が生きていればの話であるが。
「……アルカ」
「はい」
「少し、眠る」
「分かりました。本部に到着したら知らせますのでゆっくりとお休みください」
「……ありがとう」
眠い。
久々に動いたせいか、それとも重傷を負ったせいか。
だけどもうどうでも良かった。
今は、今だけはゆっくりと眠ろう。
そうして、少年は静かな澱みへ落ちていった。
アインはアリーナを見渡す。
篠ノ之箒、撃墜。凰鈴音、撃墜。セシリア・オルコット撃墜。シャルロット・デュノア、撃墜。ラウラ・ボーデヴィッヒ、撃墜。
残っているのは織斑一夏と黒崎仭の二名。
「……」
ふと自分の心の中にある
ずっと心の底を這いずる違和感の正体が見える。
気がつけば、言葉が口を動かしていた。
「……ようやく、思い出した。何でオレはお前を忘れていたのか」
「何だ? 何を言っている?」
何故今まで忘れていたのだろうか。
あれほど憧憬の火を灯していた存在を、何故――。
「オレはただお前を越えたいと願っていた。憧れるばかりで、力を求めなかった。……まさかこんな末路で再会するとは思わなかったけどな」
体内の力を解放する。
黒い泥が、その総身を包み込んだ。
五感の全てを、何かが支配していく。
「まさか―――そんな―――」
ずっと願っていた。
もしも、お前を越えられるのなら――。
全てを守る奇跡がこの手に宿れば――。
「お前が――――本物の織斑一夏だったのか!?」
右手に鮮血の刃が握られる。
左手の篭手には、溢れ出すエネルギーが渦巻き始めていた。
遠い過去に交わした誓い。だがそれは叶わなかった。
しかし幾ばくかの歳月が経った今、こうしてその
この全てが運命によって手繰られた答えであるのなら。
この戦いの結末ですらも、また必然なのだろう。
だから――勝たねばならない。
己の全てをかけて。
「――」
血のような色をした瞳で、黒崎仭を見据える。
ブレードを構えた。
かつて彼と何度も試合を交えていたかのような時の構えで。
左手を刀身に添える。
自分が織斑一夏の名前を取り戻し、目指していた者へと追いつく。
ただ――勝つ。
彼女達のためだけに。
「あの時のお前に――オレは追いつけたのか」
同時に足が地を弾く。
黒き弾丸となって、彼は刃を振り上げる。
「お前……これしかなかったのか……」
ISブレードが刃を交える。
刃が激突し、血のような火花が辺りに散った。
ちなみに感想ですが、中々楽しかったです。
他の方の主人公と自分の主人公の絡みを考えるのは、新鮮な思いを抱きましたね。
自分の力量を弁えず言えば、他の作者様とも絡みたいと思いました。
それでは最後に読んでくれた読者の方と、話をいただけた狂戦士様に惜しみない感謝を。