IS-refrain- 外伝   作:ソン

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もしかすると自分はとんでもない地雷を踏み抜いてしまったのかもしれない……。
近頃、そう思うようになってきました。


アンコール・リフレイン2

 もしかすれば元通りになっているかもしれない、という淡い期待は徒労に終わった。

 浅い眠気から甦った後落胆の息をこぼしながら、一夏は部屋を見る。

 空はまだ薄暗く、黎明の時まではまだまだ時間が掛かりそうなほどである。

 爆睡している桜崎と布団を被った時から体勢がほとんど変わっていない天道の二人に気づかれようにしてまだ闇の晴れぬ外へ向かう。

 今、確かめるべき事があったからだ。

 この世界で知らなければならないこと。

 

「……」

 

 IS学園の制服に着替えて、時計を見る。

 まだ朝日すら顔を出しておらず外は暗い。

 ならば十分好都合だ。

 

 

 

 

 深夜のIS学園を周るのはこの世界が初めてである。

 冷えるような寒さなど、感じるのは久しい。

 余り人目につかない暗い片隅で、一夏は精神を集中させる。

 この世界でアインとしての力を使えるかどうか。

 もしもそれが可能ならば、生き抜ける心算は大幅に上昇する。

 目を閉じ、手に握り締める銃のカタチをイメージ、感触及びその重みを手の中に引きずり出す。

 イメージするは黒き銃。その名称はタンフォリオ・ラプター。

 彼の手足と言っても過言ではないほど使い込んだあの銃の感触は、徒手の今でもはっきりと思い出せる。いや、正確には染み付いているといった方が正しいのかもしれない。

 

「……っ!」

 

 激痛が走る。

 肌が、神経が、血管が、バチバチと電気に焼かれていくような感覚が迸る。

 手の中に生まれる鋼の感触。肉の焼けるような錯覚が五感を襲う。

 視界を過ぎるのは研究所での実験。

 トラウマが心を揺さぶり、集中しようとする精神を次々と削砕する。

 まるで自分の肉体を、数多の獣に咀嚼されているような不愉快な激痛が全身を蝕む。

 

「っ、はぁっ……!」

 

 手の中に生まれかけていた感覚が消えうせる。

 予想以上に体力を消耗したせいか地面に座り込む。

 どうやらアインとして扱えるのは経験だけであり、武器やそのほかはまったく期待出来ない。

 出せない事はないが、リアルタイムの戦場で使うには余りにも無防備だ。これならばまだ無手で戦った方が効率が良い。

 だがこの体の能力も、あくまでこの世界の織斑一夏を基準にしているため、思うような動きが出来ない。

 痛みこそ消えたはずだが体が一向に動こうとしないのが決定的な証拠だ。

 

「……まずは鍛えるのが先か」

 

 放課後の予定を考える。

 鍛えるとすれば頼りになるのは――更識楯無。

 だが今の一夏にコンタクトを取る手段は無い。

 あるとすれば天道だが、いきなり楯無の事を聞き出すにはまだ関係は浅い。

 向こう側から接触してくれるのを待つしかないだろう。

 

「……くそっ」

 

 自分がどれだけ彼女達のおかげで動けており、生き抜く事が出来たのか――。

 一夏は改めて彼女達へ強い感謝の念を知る。

 闇夜を見上げた。

 煌々の輝きを誇る月はいつしか彼女と見た時のような美しさを秘めていた。

 それがまるで鏡のように見えて、月の中に一人の少年の姿が見えたような気がする。

 

「――分かってる、分かってるさ」

 

 遠い昔、約束した。

 その約束を破るわけにはいかない。

 もしそうでなければ、何のために生きているのだろう。

 そんな下らない自問自答に埋もれてしまいそうだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏っ」

「一夏!」

 

 この世界の織斑一夏の情報を頭に叩き込んだ翌朝、教室に来た一夏を待ち受けていたのは二人の少女だった。

 金髪の少女と黒髪の少女。

 アルバムで見た写真と桜崎及び天道から教えてもらった情報を照らし合わせて、二人の名前を思い出させる。

 

「……おはよう。箒、シャルロット」

「え、あ、あぁおはよう……じゃなくてっ」

 

 バンと両手を机に叩きつけるシャルロットの姿は、まるで小動物が暴れているかのような光景だ。

 何というかハムスターみたいな動物がバンバンと机を叩いているイメージがある。

 瞬時、脳裏に駆け抜けたのは怒っている時のマドカの姿であった。

 確かに似ていると、心の隅で納得する。

 

「お前が昨日、私達の話に耳を傾けなかった事だ!」

 

 一夏に人差し指を突きつける箒に、どこか心の底が懐かしく感じる。

 だが今は感傷に浸るときではない。

 振舞わねばならない。

 彼らの知る織斑一夏として。

 この世界に亡国機業のアインなど不要なのだから。

 

「――」

「……ふっ」

 

 桜崎にどうするべきか目線で助けを求めると一笑され、視線を逸らされた。

 ちなみに天道は最初から我関せずの姿勢であり助力など望む事すら出来ない。

 

「……すまなかった。昨日はちょっと考え事をしていたんだ。IS学園には同性も少ないからな。これから気をつけるよ」

「え、う、うん。ならいいんだよ、一夏」

「う、うむ。私もそれで構わない。後、一夏」

「どうした?」

「お前……そんな喋り方だったか?」

 

 箒の指摘は一夏の知り合いであるなら確かに誰もが気にするところだ。

 アインとしての喋り方が身についてしまい、既に一夏の喋り方ではなくなってしまっている。

 これをどう説明するべきか――何も考えが思いつかない。

 

「箒、シャルロット。一夏はちょっと昨日頭打って喋り方がおかしくなったんだ」

 

 突然割り込んできた第三者の声。

 見れば天道が助け舟を入れてくれていた。

 

「おう、俺ら二人で昨日一夏と話しててな。箒達に無用な心配を掛けたくなかったんだとさ」

「そ、そうなの!?」

 

 シャルロットが一夏の両肩に手を置き、彼を真近で覗き込む。

 思えば彼女を近くで見るのはこれが初めてであり、親しく接する機会などまったく無かった。

 

「一夏、異常とかない? 気分とかは?」

「……あ、あぁ問題ないよ」

「ホントに? 具合が悪くなったらすぐに言ってね」

 

 むぅと唸り声を挙げる箒の様子に僅かに頬が緩む。

 このような日常を体験したのはどれほど久しかったのだろうか。

 

「やかましいですわ、貴方がた」

 

 棘のある物言い、その声音が一夏の記憶から一人の人間を引っ張り出す。

 

「……セシリア・オルコット?」

「あら、私を知っているとは関心ですわね。後はお口がもう少し静かでしたら完璧でしてよ?」

 

 記憶とかなり深い齟齬が生じる。

 果たして彼の知るセシリア・オルコットとはこんな慢心な人柄だったのだろうか。

 だが以前の織斑一夏を知らない人間であるのならば、十分接しやすい。

 

「あぁ、気をつける。忠告すまない」

「そうだな、オルコットの言うとおりだ」

 

 振り向けば、そこに鎮座しているのはクラス担任こと織斑千冬の姿だった。

 何故だかその表情は怒りに満ちているようであり、目の下には軽い隈が見える。

 昨日何かしたかと考え――ようやく答えに至った。

 

“お前には山ほど説教がある”

 

 早い話、寮長室へ顔を出していなかったのだ。

 もしも彼女がそれで一日中起きていたというのなら、これほどの苛立ちについて説明がつく。

 

「……」

「織斑、遺言があるなら聞くぞ」

「……いえ、何も」

 

 数秒後、一年一組の教室に凄まじい打撲音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……そりゃ怒るわな。一晩中待ちぼうけ喰らったら誰だってキレる」

 

 桜崎の言葉に、一夏はただ頷く事しか出来ない。

 ホームルームが終わり、一限目を終えた後の休み時間は本来ならば女子生徒達の快活な会話が聞こえてきたのだろうが、織斑千冬の憤怒の怒りがちらついているせいか今教室に響いている声量は桜崎のみである。

 

「よく気絶しなかったな一夏。俺だったら多分死んでる」

 

 天道の言葉も尤もである。

 千冬が振るった一撃は落雷でも起きたかと錯覚させるほどの音を響かせた。

 もしもこれが一夏(アイン)で無かったのなら本当に気絶しているところだろう。いや気絶ならば幸運であるのかもしれない。

 

「千冬さん、いつもより苛立っていたが……。本当にお前にあんな殴り方をするのだろうか」

「……どういう意味だ?」

「多分箒が言いたいのは、千冬さんの様子がおかしいんじゃないかなって事だよ」

 

 シャルロットの一言で一夏は状況を悟る。

 つまり千冬は一夏の異変に気がついているのだ。

 だがそれを言い出せず、その一夏とどう接すればいいのか分からないからこそ苛立っている。

 

「……今度、もう一度話してみる。すまないな、余計な心配させて」

 

 「遠慮すんなって」と笑う桜崎。「お前だから仕方ない」と肩をすくめる天道。「精進しろ、一夏」と励ます箒。「いつでも頼ってね」と受けて入れてくれるシャルロット。

 この世界の織斑一夏は仲間と言う存在に恵まれている。

 もしもあの時の彼に今のような親友がいれば――あれほどの遠回りをしなくてすんだもかもしれない。

 

「授業を始めるぞ! 席に着け!」

 

 二限目の授業担当は織斑千冬。

 まさしく桜崎達の言っていた話題はタイムリーだった。

 

 

 

 

 

「……あぁ、そう言えばクラス代表を決めていなかったな」

 

 忘れていた、とでも言い出しそうな表情をして千冬が呟く。

 既に授業範囲は終えており、後は適当に自習をさせようと思っていたがこれは好都合だ。

 

「この際だからさっさと決めるぞ。クラス代表については生徒手帳にかいてある。知らんヤツは今読め」

 

 ちらりと一夏に視線を向ける千冬だが、既に彼の頭の中にはIS学園に対するありとあらゆる情報が叩き込まれている。

 今そこに一人で行けと言われても、彼は迷うことなくそこへ行けるだろう。

 

「……ふむ、なら立候補及び推薦で決める事にしよう。各々、好きな人物を」

「あの……織斑先生」

「どうかしたのか、山田君」

 

 恐る恐る手を挙げる山田真耶の姿。どうやら彼女も先ほど一夏へ叩き込まれた一撃がトラウマになりかけているらしい。

 

「それだと、言い出せない人がいるかも知れないので紙に書いて調べる投票式……と言うのはどうでしょうか?」

「……なるほど、一理あるな。山田君、その紙とやらの用意は?」

「ちゃ、ちゃんと終えてあります」

「助かる。私が半分を配ろう、山田君は残りを頼む。話は聞いたな、書き終えた者から私のところに持って来い。全員分集まったところで集計する」

 

 脳裏に推薦すべき人物を思い描く。

 桜崎紅夜――実力は未知数。飄々とした態度だがその奥には何かが隠れている。

 天道覇龍――名前は些か奇妙だが、どうやら襲名される名前であり楯無と同じような継承ならばその実力は遥かに高い。ただし本人が面倒ごとを嫌っている事と裏で暗躍している可能性がある事を考慮すると推薦しない方が懸命。

 あの二人を外すとすれば残るはセシリア・オルコットかシャルロット・デュノアの二人だろう。

 天道から聞いた情報だと、二人は国家代表候補生でありその実力はIS学園一年生の内部でも突出している。

 そのどちらかを選ぶとすれば――シャルロット・デュノアの方が賢明だろう。

 セシリア・オルコットには少々の慢心が見られる。

 

「……」

 

 ぎこちない手付きで彼女の名前を書き、千冬の元へと持っていく。

 鋭い眼光が突き刺さるが何も言わず、ただ頭を軽く下げてから自分の席へと戻る。

 無論、下手な行動を取ればそれだけで一層雰囲気は悪化するだろう。

 だから何も出来ず、ただ受け入れる事しか出来ない。例え世界は変わっても、彼にとってはあの織斑千冬と同じなのだから。

 席に着きながらこれからの行動を再び思案し直す。

 まず自分を強化する必要がある。武器は使えなくとも、アインとして数々の戦場を渡り歩き生き残ってきた経験は底に染み付いており、その経験に基づく通りに体を動かせるなら、それだけで生存力は遥かに上昇する。

 

“――だとすれば”

 

 頼れるのが明白であるのは天道か楯無の二択になる。

 そして出来ればコンタクトを取りたいのは楯無の方だ。彼女とは戦場で何度も巡り合った事があり、その方が体がなれるのも早い可能性が高い。

 

「集計が完了した。山田君、公表を」

「はい、その……三人に票が別れました」

「という事だ。……その三人は言わなくても分かるだろう。織斑、桜崎、天道。お前らの内、誰かがする事になる。ちなみに専用機は既に製作依頼が下りているから、不戦敗は無いぞ、安心しろ」

 

 思わず深い溜め息が零れそうになるのを堪えた。どうにも織斑一夏に待ち受けている出来事は回避不能のモノばかりらしい。

 

「織斑先生、俺は……」

「――お待ちください、納得行きませんわ」

 

 渇いた音を立てて、セシリア・オルコットが立ち上がる。

 

「何故男性などをクラス代表に推薦するのですか? 私には到底理解できませんわ。極東の猿芸など既に旧世の遺物でしてよ」

「……へぇ、言ってくれるじゃねぇか。金髪ロールが」

 

 不適な笑みを見せる桜崎は、どこかこの状況を楽しんでいるような雰囲気を醸し出していた。

 気のせいか天道も少し口元が緩んでいるような気がする。

 あの二人は何だかんだで気が合ってるのではないだろうか。

 

「真実は真実ですわ。貴方がたなど、私の足元に及ばないでしょうに」

「ハッ、さすが英国。傲慢さだけはピカイチだ」

「……私の祖国を侮辱しましたわね?」

「テメェこそ、世界中の男を侮辱したじゃねぇか。何だ、お前の世界では女しか生きていないのか。そりゃ可哀そうに」

「ならば貴方がたが私に証明してくれまして? 男と言う劣等種がどこまで這い上がれるのか、見せていただきたいものですわ」

「……一夏、何か言ってやれ」

 

 別に言う事など何も無いと言うのが一夏の意見である。

 セシリア・オルコットの世界がどうなろうと自分に知ったことではない。

 増してやそれが今のところ、世界に影響しているわけでもない分放置しても問題は無いのだ。

 寧ろ、彼がここでクラス代表に選ばれ表での行動が取りづらくなり、あらゆる事に対して後手に回る事になってしまう。

 何とかして今の状況を切り抜けれねばと、思考を回転させる。

 

「何も言わないと情けないですわね」

「……いや言うべき事が無いだけだ」

「……どういうことかしら?」

「お前の意見など俺にとってはどうでもいい事だと言っている」

 

 その言葉はセシリアにとって挑発に等しい。

 自尊心が高い彼女は自分が見下される事を酷く嫌う。

 それが男であるなら尚更だろう。

 

「……それは宣戦布告と受け取りますわよ?」

「好きにしろ。今のお前には興味も湧かん」

「――そこまでだ、後は来週の週末に行われるクラス代表決定戦で決める」

 

 クラス代表決定戦。

 一クラスの中にクラス代表が複数名現れた場合、それらからたった一人を決めるために行われるイベントである。

 無論クラス代表が一人であれば、そのクラスには代表決定戦などない。

 一年生の実力を測る試金石的な意味合いもあるため、このクラス代表決定戦は非常に大きな意味を持っているのである。

 

「織斑、桜崎、天道、オルコット。この四人で行われるバトルロイヤルだ。なおデュノアは私情によりクラス代表へ選出する事はできない。デュノアを選んでいた者は死票とする」

 

 先に言え、と言葉が出る寸前で押し留めた自分を一夏は素直に感心していた。

 彼女はデュノア社の御曹司的存在でもある。

 元の世界では愛人の子と言う生まれだったが、この世界では正式な跡取りらしい。

 この世界の織斑一夏とは既に知り合いであり、アルバムにも彼女の姿が映っている写真があった。

 

「……」

「なお、今日の放課後から四人にはアリーナの特別使用が認められる。天道、桜崎、オルコットには支援企業及び本国から既に専用機が到着している。今日中にでも扱えるぞ。織斑、お前の専用機は現在発注している途中だ。だが打鉄もしくはラファールの使用が許可されている。もしアリーナを使う時は私に言え」

「……分かりました」

 

 また随分と面倒くさい事になったと、一夏は内心毒づく。

 ともかく何とかして楯無とコンタクトを取る必要がある。そうしなければ来るべき時に何も出来ない無能も同然だ。

 ちらりと視線を向ければその壁には部活の一覧が記名された用紙が貼り付けられていた。

 その中に一つ、天啓なる文字が映る。

 

“生徒会”

 

「……」

 

 色々と気にする事はあるが、今最優先すべき事は経験を活かせる環境を用意する事だろう。

 真実を知るにはまず生還せねば話にならないのだ。

 今の織斑一夏は迷い子も同然なのだから。

 

 

 

 

 

 放課後、桜崎と箒、シャルロットの三人を先に返して後、一夏はある場所へ足を運んでいた。

 黄昏の光に照らされながら、一夏はその部屋の前に立つ。

 部屋のプレート名は“生徒会室”と記されており、その中の人物に用事がある。

 少なくとも身近の人物から咎められはするだろうが、何とか分かってもらうしかない。

 息を吐き、扉をノックするために手を近づけた。

 

 

 

 

 

 

 そこは言わば修練場だろう。

 薄暗い地下に作られたその広場はただ一人の少女の為に設けられたといっても良い。

 その少女――エナは刀を鞘に収めたまま静かに瞑想している。

 闇の中佇むその姿は、まるで滑らかな刃身を想起させる。

 白いコートが暗黒の光を反射するせいか、彼女の姿は幻影のようだった。

 

「――!」

 

 振りぬかれる刃。

 鞘から抜刀された刹那、人に見立てて作られた人形の四肢が切断される。

 頭部、首、胴体、腹部――淡々となます斬りにする彼女の目には恍惚と言った感情は無い。

 いつものように斬っただけ。

 やがて人形が文字通り欠片となった後、彼女は刀を納める。

 

「……スコール、何の用事だ」

「えぇ、そろそろ貴方に極東に向かってもらう用意をしてほしいと思って」

 

 金髪の女が柔らかな笑みを浮かべて、壁に背中を預けていた。

 互いに心の底で警戒しながら、二人は目線を交わらせる。

 

「計画だな」

「そうよ。まだ用意だから実行ではない。覚えておきなさい。貴方がもし勝手な行動をしたらどうなるかは分かっているわよね?」

「……ちっ」

 

 じゃあね、と言いながら去っていく女の後ろ姿を見届ける。

 エナは積もった欠片の前に立つと、それを砕かんと刀を振り下ろす。

 自身の気が治まるまでただ只管、何度も。

 

 

 

 

 

「さぁ、一夏君。いつでもどうぞ」

 

 胴着姿の彼女に対し、一夏は癖になりかけているかもしれない溜め息をつく。

 生徒会室に入り事前に考えていた発言をした所、楯無が「私のお目に適ったらオーケーって事でどう?」と口にしたのが切欠である。

 天道は呆れ、布仏虚は最早我関せずとでも言い出しそうな雰囲気を纏わせていた。

 たった一つの目的にここまで苦労するのはどれくらい久しいだろうか、と場違いな事を考えながら一夏は構える。

 同時にその思考は戦闘に適する状態へ変貌する。

視界は眼に映る全てを逃さんと動き、四肢は洗練された技術を一片の残骸まで駆使するべく人知の寮外を超えて稼動される。

 構え――本来は刀を持った時にこそ発揮される古武術。

 アルカとカレンの二人に鍛えられた力、アインと言う戦闘機械の基盤が作動する。

 それを察したのか、楯無の表情から余裕と言った余分な物が全て消えうせ一人の戦士として、彼女もまた己を切り替える。

 今ここに相打つべくは人でなく、人の形をした凶器だ。ただ目の前を破砕すべき洗練された技術を極限まで研鑽したモノ。

 立会人及び他人が立ち入らないように規制していた天道と布仏も戦場の空気を感じて、思わず個と言う自身を見失っていた。

 

「――!」

 

 一夏が踏み込む。床の材木が摩擦により悲鳴を挙げ、それを証に彼の体は常外の技を与えられる。

 その歩幅は以前よりも浅い上に遅い。格段に下がっていたがそれでも尚、人が行うにしては異常すぎる速さ。もしこれが並みの人間であるのなら、何をされたのかすら気づかずに為すがままとなるだろう。

 だがこの場にいるのは上質な戦士のみ。幾多の戦場を歩み、その経験を骨髄の芯まで染み込ませた人外である。

 楯無もまたカウンターを打つべく右肘を前へ構え、身を屈めて足を踏み出していた。凄まじい速度で迫ってきたのなら、それを利用した反撃を用意してやればよいだけの話。少なくとも楯無はその一撃で決着がつくだろうと思っていた。

 

「っ!」

 

 一夏の姿が眼前から消えた。

 同時に楯無は現状を悟る。一夏は楯無からのカウンターを視認し、直前で攻撃進路を変えたのだ。彼女の一撃の直前で側面へと足を蹴っただけの話。それをあっさりと行うその実力に、楯無は一夏の評価を改めるしかない。

 背後へ回し蹴りを行うも、既に一夏は倒立前転を繰り返して大きく間合いを広げていた。

 

「……っ」

 

 ここで楯無はようやく違和感に気づく。

 一夏の様子がおかしい。

 あれほどの動きは研鑽されたが故に行える領域の絶技。

 だが今の彼はあの一回で呼吸を激しくしていた。

 腕と足も微かに震えており、疲労を精神力で補っているのだろう。

 それを抑え付けてまで彼はこの場に来ている。

 今の彼には純然たる目的が在るのだろう。その瞳はまるで鋼のようだ。折れる事を知らず曲がる事を拒む――それを感じて、楯無は深く息をつく。

 

「一夏君、私は一つ貴方に謝らないといけない」

「……」

「私は少し前まで貴方を素人だと思ってたわ。ISを扱える一般人だとね。そんな思い込みで貴方を決め付けて本当にごめんなさい。貴方にも貴方の目的があるのよね、例え自分の全てを擲ってでも達しなければならないコトが」

「……」

「だからこそ、ここからは私も本気を出すわ」

「……ここは戦場。ただ戦うことしか出来ない者が辿り着く場所。言葉は――不要です」

 

 楯無が跳ねる。

 その速度は凄まじく、先ほど空けた間合いもほとんど詰められている。

 一夏はここで戦闘方針を切り替えた。回避重視から防御重視に。思うように動けないこの体で回避を行うには、消耗する体力が余りにも過剰すぎる。

 彼女の腕が振りぬかれる。

 常人なら視認すら叶わぬであろう手刀を右腕で止める。痺れる腕に鞭を打って続けざまに繰り出される顎下への掌底。風を巻いて迫る一撃を、背後へ跳ぶ事で避ける。彼女の手が鼻先を掠めるが、今の一夏には既に脅威として度外視されていた。

 一夏の体が沈む。楯無の両足を狙っての下段回し蹴り。瞬時、彼の頬を蹴り上げられた足が掠める。ほぼ同時に行われた攻防一体の動き。

 再度一夏が仕掛けるべく構えようとした時、一つの声が響いた。

 

「そこまで!」

 

 間に割って入った天道が一夏の手を押える。

 

「……」

「これ以上やったら本気の殺し合いになるぞ。頼むから、部活内部での殺し合いはやめてくれ」

 

 一息ついた天道が手を放す。

 戦闘中はあまり気づかなかったが、息切れが激しくしばらくは動けそうにない。筋肉も数箇所が金切り声を鳴らしている。

 視界が霞む光景など、とても久しく思えた。

 

「それにしても強いのね、一夏君。ホント、びっくりしちゃった」

「……」

 

 答えようとするが、言葉にならずただ口から空気が漏れるだけ。

 やはり経験を活かせる体に近づかねば戦えない。

 

「一夏、生徒会に入りたいって言ってたよな?」

「あぁ……」

「喜べ、お前は晴れて生徒会の一員だよ。織斑先生への報告は俺が済ませておく。今はゆっくり休んどけ」

 

 そう言って部屋を出て行く天道を見送りながら、一夏は床へと寝転がる。

 ひとまず今、優先すべき環境は整えた。

 後は真実を追究し、その答えに辿り着くだけ。

 例えその先に、避けようのない現実が待ち受けていようとも。

 

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