ちなみにオリキャラのISコンセプトは以下の通り
桜崎→重装甲高火力のロマン型
天道→速度重視の紙装甲ロマン型
……あれ?
曇天の空の下、乱れる雨に打たれながら一人の少年がぼんやりと空を見ていた。空は人の心を表すと言うが、まさしくその空はまるで少年の心のようだ。
年端も行かぬその体や顔には擦り傷があちこちに出来ていて、その姿から彼がどんな境遇を歩んできたのかは容易に想像が付く。
死と言う物を彼はまだ理解できない。だが、まもなく終わりが訪れる事だけは感じていた。
抗う力も生き残ろうとする理性も何一つ残されておらず、それは言うなれば人形だ。
人である事をすべて無くした、形だけの存在。
“お前も一人か”
少年から見て斜向かいに人影が見える。
それはたおやかな女の姿だった。
傘を差しておらず、雨に打たれるがままになっている。
手にしている木刀には血がついており、服の随所が擦り切れているところを見ると大喧嘩をやらかした後だったらしい。
少年は彼女の言葉にゆっくりと顔を上げる。
“――”
“……そうか”
女は木刀を持ち替えて、少年に右手を差し出す。
彼は彼女の顔と手を何度も見比べ、その瞳をじっと見ていた。
“一緒に来るか”
“――”
少年が手を取った時、女は少しだけ笑みを見せて彼を抱き締める。
それは少年が生きている中で初めて感じた温もりだった。
「――!」
覚醒した意識とは別に、視界はぼんやりとしており未だに薄暗い。
先ほどまでの光景を夢だと知るのに、少しの時間を要した。
「今のは……!」
この世界の織斑一夏の記憶だろうか。
夢の内容を纏めると捨て子となっていたところを織斑千冬に拾われたと言う事である。
だがそれでは納得がいかない。
何故アレだけ織斑千冬は荒れ果てていたのか――そして夢の中でいっていた言葉。
“お前も一人か”
この世界の織斑一夏は誘拐されていないのかもしれない。
そうだとすれば――織斑千冬は二連覇を成し遂げたのか。
だがそれはありえる筈のない結末だ。
この世界の織斑千冬も二連覇を果たせていない。
でなければ、何故織斑一夏はIS学園の一部の女子から疎まれているのか説明が付かないからである。
喧伝された話と言うのは、人伝だとしてもそれだけで真実味を帯びるのだ。世間の大方はそれに疑問すら呈せず、ただ淡々と受け入れるだけ。
そんな事を悟り、思わず舌打ちを漏らす。
「……訳が分からん」
不明瞭な感覚に苛立ちを覚えながら、外へ出る支度を済ませる。
いつもの日課となっている早朝の修行であり、少しでもアインであった頃の経験を引き出せる体に近づける必要があるのだ。
クラス代表決定戦まで後三日。
それまでに行っている放課後の訓練と言えば、楯無との組み手、訓練機を使用してのシャルロットと鈴によるISの指導、箒との剣道の練習――後はアルカから聞いた操縦する時の感覚についてだ。
いつも戦場で顔を合わせる事になる兵器であるが故に、その情報を知っておくに越した事はないと彼女から忠告を受けたのだ。
“アイン様、瞬時加速にも種類がある事をご存知でしょうか?”
“……? いや、あまり分からん”
“二段階瞬時加速などがその代表例です。瞬時加速の際、消費エネルギーの軽減と速度の増加と言うメリットがあります”
“厄介だな。その、二段階瞬時加速と瞬時加速をバラバラに使われたら対処が面倒だ”
“音で判別が可能です。二段階瞬時加速は通常の瞬時加速に比べて発動時の音が大きくなります”
“どんな音だ?”
“瞬時加速がズヒュゥ、二段階瞬時加速がドヒャァ……といった感じになっています”
“……聞いたオレが悪かった”
「……アルカ」
彼女の声が、今はとても愛しい。
これほど大きな支えになってくれている事にどうして今まで気づけなかったのか。
傍にいてくれるのを当然と言う考えが間違っているなど、とうの昔に分かっていると言うのに。
「……」
廊下へ出ても尚、その苛立ちは消えず不愉快な泥の蟠りとなって心の内を汚すだけ。
仄かな光を頼りに、一夏は外へ出るべく歩みを進める。
「誰かいるんですか?」
「……誰だ」
少女らしい声が聞こえ、本能的に身構える。暗い場所には余りにも不相応な声音である。
学生服の内側に忍ばせていたナイフに手を伸ばし、いつでも引き抜けるようにして静かににじり寄る。
「そ、その声は織斑君ですよね」
「……山田先生?」
見られてはまずいとナイフを鞘に戻す。
音も無く刃が鞘の内側に入り込んだ感触と共に、一夏は前を向いた。
「織斑君、もしかして寝れないんですか?」
「クラス代表決定戦が近いので」
修行の事を悟られては色々と厄介だ。
特に彼女は織斑千冬と繋がりが強い。もしも脅迫されれば簡単に情報を漏らす可能性も否定しきれない。
「やっぱり、そうですよね。織斑君の活躍は聞いてますよ。放課後はいつもアリーナで刻限寸前になるまでISの練習をしてるって。その上、生徒会も頑張ってる。私はこれだけでも織斑君を立派な人に成長していると実感出来ます」
「……俺はそこまでの人間とは思えませんが。ところで……これから山田先生は?」
「あ、はい。丁度織斑君に渡したかった物があるんです。えっと……これ、どうぞ」
渡されたのはペットボトルに詰められた青色の液体だった。
一見では、劇物にも見えない。ただの栄養剤のようにも思える。
「栄養ドリンクです。ISを操縦する前にコレを飲めば多分、動かしやすくなりますよ。私も結構、愛飲してましたから」
「……ありがとうございます」
「それじゃあ代表決定戦、頑張ってくださいね」
そう言って、山田真耶は再び暗がりの奥へと消えていった。
一夏は手渡されたドリンクに目を向ける。
ラベルも何も無いが、彼女ならば十分信用に値するだろう。
そう考えて、一夏は修行すべく外へと向かった。
「……ちげぇよなぁ」
桜崎は独りでに呟く。天道と一夏は生徒会の仕事があるため、既に部屋を出て行ってしまい今は彼一人しか残っていない。
こうなるのなら、自分も生徒会に入っておくべきだったかと意味の無い後悔を溢す。
今、桜崎を悩ませているのは織斑一夏についてだ。
少なくともこの世界は彼の知る世界は余りに異なるのである。
――つまり、桜崎紅夜は俗に言われる転生者だ。しかし前世のどこで死んだのかと言う記憶は曖昧だが、死んだと言う感触だけが生々しく感じられるだけだ。
どういった経緯で、この世界に来たのかは不明だがこうしてもう一つの生に引っかかる事が出来た以上、それはやはり堪能しなければもったいない物なのだ。
インフィニット・ストラトス――この世界は前世で読んだ本にあった内容と非常に酷似している。だが少なからず違う点もあった。
まず自分と同じ境遇の者がいる事である。天道と言う男もまた、桜崎と同様転生者であり更識の家と同格の身分を誇るほどの家系の生まれだ。ただしその分桜崎より彼が取れる自由時間は少ない。
そして次に転入生として入ってくるはずのシャルロット・デュノアと凰鈴音が既に入学している事である。しかもシャルロットは愛人の子などではなくデュノア社の正当な後継者であり、鈴は両親が離婚しておらず箒と一夏の幼馴染となっている。
これが最後だが、一夏の性格が入学式の日、別人のように変化したのだ。桜崎とて一夏の幼馴染兼親友である。彼の事は一通り理解しているのだ。だが今の彼の性格を豹変とするには何かが違う。
「……憑依って考えるのが当然かね」
だがそれにしては、彼は人物の名前を覚えている。
姉である千冬がどういう人間であるのかも知っているし、箒との付き合い方も分かっている。これらは織斑一夏でなければ出来ない事だ。
そして天道から聞いたことだが、年の割には大人びた思考と人の範疇を越えた戦闘能力の持ち主らしい。あの楯無とやりあって、一度もまともな一撃を受けた事が無いと言う。
「ま、しばらく様子見としますか」
無論、桜崎の中での一夏は明快な少年だったが現実はまったく違う。
今の彼はまるで心ここに在らずと言ったように見えるのだ。
「それにしてもアイツ、あんなに厨二チックだったかなぁ」
一夏の性格は一部に対しては女子受けがいいが大方の女子からは忌避されている。直接手を出されないのは、彼の瞳が鋭利な抜き身の刃に見えるからだろう。彼の眼光はひょっとしたら千冬よりも鋭いかもしれない。
そしてとにかく気配を消すのが上手い。気がつけば後ろに立っていたなどザラである。
そこまで考えて、桜崎は思考を中断した。
「ダーメだこりゃ。考えりゃ考えるほど訳分かんねぇ」
背中に感じるベッドの柔らかさが酷く恋しく思えた。
クラス代表決定戦当日のアリーナは満員に等しかった。
観客席のほとんどは一年生及び二年の女子が占めている有様であり、まさしく人込みと呼ぶに相応である。
既にアリーナには三機のISが滞空していた。
一機は青いカラーリングであり、辺りを旋回しているビットと手にしている長身のライフルが特徴的であるブルー・ティアーズ。操縦者はセシリア・オルコット。
一機は赤と黒のカラーリングが施され、片手に二門ずつ計四門のガトリングと背面に展開された複数のミサイルポッドは放たれる時をまだかまだかと待ち続けている。他の機体と比べてそれは余りにも巨躯であり、最早空を飛ぶ戦車と言う表現がぴったりだ。そのISの名称はレッド・レイン。操縦者は桜崎紅夜。
一機は緑と青のカラーリング、マシンガンとブレードを所持したスピードタイプのIS。その銘を音風と言う。操縦者は天道覇龍。
三者三様なISが滞空する中、一夏は自身の専用機が到着するのを待っていた。
壁に背中を預け、目を閉じて幾度も無く脳内でISの操縦をイメージしている。既に何回繰り返したのかは彼にも明らかではない。だが、その心に慢心が無い事だけは確かである。
かつて復讐に身を委ねていた頃、スコール達と共にIS学園へ強襲を掛けた時アリーナで六機のISを相手取った。あの時の感覚を体で思い出していれば、少しでも優位に立ち回る事が出来るはずだ。
「織斑、お前の専用機が届いたぞ。こっちに来い」
「分かった」
千冬の後に続き、一夏は格納庫へ入る。
薄暗い部屋の中央に鎮座する待機状態のIS、白式。
それを見て、何故か懐かしさを感じた。
一次移行が終わっていないため、カラーリングはまだ黒一色だが使う内に彼の知る白式へと変化していくだろう。
千冬に言われるまでも無く、彼はそのISに手を触れる。
――瞬間、世界が変転した。
その光景には見覚えがある。
満月が君臨する夜空から降り注ぐ細雪。
年期の入った神社は、どこか時の流れの虚しさを感じさせる。
「……君は」
「久しぶりね」
篠ノ之道場の縁側に、一人の少女が座っていた。
あの頃と変わらない容姿で、少し寂しげに微笑みながら。
「あぁ、生憎時流は分からんがな」
「ふふっ、貴方が変わっていなくて安心した」
彼女の隣に座る。
あの時と風景は何も変わっていない。
ただ――己が過ごしている世界が、余りにも変わりすぎただけ。
日常などその変化の連続と変わりないのに、虚しさを感じるのは何故だろうか。
「聞きたい事がある」
「うん、どうして貴方が織斑一夏の意識になってるって事かな」
「……あぁ、それがどうしても分からない」
彼とて狂ってしまいそうだった。
周りは彼を知っていると言うのに、彼は周りを知らない。
その食い違いがどうしても歯がゆかった。
誰にも相談する事すら出来ず、ただ自分が積み重ねた経験で何とか誤魔化すフリしか出来なかった。
「それはきっと、矛盾を感じたから」
「……矛盾?」
「貴方の世界では織斑一夏は二人いた。でも確かな理由があったから、二人とも生きている。だけどこの世界の織斑一夏は中身が先に果ててしまった。体は生きてるのに、中身が無い。だからその中身に当てはまる物を入れる。個人は世界に一人だから、普通の人は見つからず中身に釣られて体も死んでしまう。だけど――」
「――オレは織斑一夏と認識されていない織斑一夏だから、呼び出された」
つまりアインと言う男は、織斑一夏の紛い物として見られているという事だ。
その事実に彼は溜め息をつく。
今の彼にかつてのような執着は無い。それ故に何の思い残しも無い。
自分一人が闇に埋もれる事で、大勢の人が幸せに暮らせる未来が待っているのならそれでいいのだから。
「でも名前が同じと言う理由だけじゃ、今の貴方のような事は有りえない」
「……何?」
「それ以上は私からは言えない。ここから先は貴方が知る必要がある」
少女はそう言って、夜空に煌く満月を見る。
彼女は観測者でしかない。
見ることしか出来ない存在。彼女に世界を変えるような強い力など無いのだ。
ほんの僅かな確率で一人の運命を変える事が出来る。彼女が持つ力は人が持っている力と大差ない。
そんな彼女の心境を察して、彼は最後の話へと場を進める。
「最後に聞いておきたい。もし俺がアインとして戦おうとすれば、どうなる」
「……きっと体が耐え切れないわ。アインとして戦えば戦うほど、その体は確かな終わりへと歩を進めていく。毒のように全身に回って、貴方の体を喰らい尽くしていく」
「……」
アインとして戦えば死ぬ。
つまり生き延びたければ織斑一夏として戦わなければならない。
それが今の彼に掛けられた呪い。
自分自身の業から生まれた事を皮肉れば、その言葉が相当だろう。
「……」
彼は立ち上がり、道場の出口へと歩き出す。
知りたい事は十分知れた。
後は丸投げされた厄介ごとを全て片付ければいい。
その時きっと、この呪いも終わるだろうから。
「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
「……あぁ」
「貴方は――この世界でどんな未来を作りたいの?」
「――アインという織斑一夏が求めていた理想を果たす」
息苦しい水の底にいるような感覚だった。
手を伸ばしても何も変わらない。
あの日から断絶された世界の色は全て消えうせて、堕ちた底の香りだけが鼻に突く。
誰かを守りたかった。
自分が選んだと思っていた理想は、全てあの人から真似た不良品。でもそれしか残されていなかった。
「傲慢だと思われても構わない」
ここにいる
だからそうして生きてきた。
誰かを踏み躙る事でしか、己の生きている証を残せない。
そんな世界が当たり前のようになっていた。
「身勝手だと思われてもいい」
だが、その世界で得た物がある。
あの頃と変わらぬように、守りたいと思った人がいる。守りたいと思った物がある。
それだけは失いたくなかった。
例え世界を敵に回したとしても構わない。
初めて一人の人間を、心の底から守りたいと思ったのだから。
だから――戦う。
「織斑一夏が消えたとしても、彼女達が笑顔でいられるような未来を目指す」
そうして彼は歩き出す。
決意を胸に、迷い無く足を踏み出して。
「そうね、貴方が貴方である限りきっとその願いは叶うのかもしれない」
「……」
「ISのコアは人の意志を力に変える。世界が違っていても、人の思いはその壁を越える」
「……」
「貴方は一人じゃない。貴方が戦っているなら、アルカもきっと傍にいるはずだから」
少女の言葉に、彼はありがとうと呟いて――その世界を受け入れた。
目を開ける。
眼前に広がるのはハイパーセンサーによる全方位の視界。スラスター、ロックオン機能及びPIC稼動は正常範囲。
ISを展開していると理解する。
まるで自分の体の一部に感じられた。
右手に展開している雪片の刀身、その先端まで感覚が研ぎ澄まされている。
量産機とはまったく違う感触だ。
「――」
思わず笑い声が零れる。
まさか自分が恨んでいた物を自分が操る破目になるとは、どういった皮肉だろうか。
いや恨んでいたと言うよりも、八つ当たりと言った方が正確だっただろう。
「行くぞ、白式。如何せん俺では不相応かもしれんが、こうなってしまった以上は大人しく諦めてくれ」
格納庫からアリーナへのハッチは開いている。
三機が滞空するところへ、一夏はスラスターを噴かせて猛然と飛び立った。
「……既に一次移行を終えただと?」
千冬はアリーナにいる四機のIS反応が全て一次移行を終えている事を気づいた。
一次移行はISの性能を操縦者に適応させるシステムであり、一夏の専用機『白式』は最適化という過程を経てから、一次移行を終えるはずだった。
つまり一夏はその最適化を省略して、一次移行へ至ったのである。
これも男がISを使ったが故に為せる技なのだろうか。
「……まぁ、色々と常識外れな一夏君だしね」
管制室で同室見学していた楯無の言葉に、数名が疑問を呈する視線を送る。
それに気づかないのは、彼女が図太い神経を有しているからである。天晴れ。
「さて、重装備火力に優れた桜崎、速度と剣術に優れた天道、ビットとライフルの死角から正確無比な狙撃を行うオルコット。どいつも一筋縄では届かんぞ、一夏」
弟の身を案じて、彼女はそう呟いた。
それはきっと、心の底ではほんの少しでも彼の姉でありたいと願う衝動から生まれた言葉なのだろう。
「……」
既にそこは戦場である。
場所の指定などどこにもない。敵と認知しあう者と出会い、互いに戦える武装と理由があればそれだけで戦場と戦争は簡単に生まれる。
一夏は誰と戦闘を行うべきか、静かに視線を行き渡らせていた。零落白夜で三人まとめて落とすのが理想的だが、現実はそう甘くない。
今の白式にとって最大の武器は二段階瞬時加速による高速機動戦が可能である事だ。これだけでもかなりの牽制になる。武装が雪片だけと言うのは何とも言えないが使い慣れた剣だという事だけでも不幸中の幸いと言ったところだ。
「――よぅ、一夏」
天道の声が響く。ハイパーセンサーがその音を聞き逃さない。
声音の奥に潜む微かな高揚を、確かに感じた。
「今度は俺とやろうぜ」
天道のIS、音風が急加速する。スラスターの音も極限まで落とされているため、その動きに音と言う物は追従しているかどうかすら分からない。
だが、一夏とてただの一般人ではない。
数々のISを単身生身で落とし、最早人類の天敵も同然の人間である。
今の彼が天道の機動を予測するなど、赤子の手を捻るようなものだった。
「――ッ!」
交わされる剣戟。白式と音風は剣を混じらせる音だけが響く。物理的法則の断末魔となる金属音を撒き散らし、高速機動を繰り返しながら、二機のISはアリーナの地表へと降り立つ。
「……天道の野郎、あぁ見えて一番血の色が濃いからなぁ」
桜崎はガトリングの銃口をブルー・ティアーズへ向ける。
「って事だ。余り者同士で一曲とかどうよ、セシリア・ウォルコット」
「えぇ、私には役不足ですわね。歪な殿方は好みではありませんの。後、セシリア・オルコットです。そこをお間違えなく」
「……マジかよ、締まらねぇなオイ」
悪態を吐きながら、桜崎は両手の銃口をブルー・ティアーズへと固定する。
同時にブルー・ティアーズのビットもレッド・レインを捉える。
「ま、おっぱじめるか!」
「えぇ、参りなさい桜崎紅夜。貴方のレッド・レインと私のブルー・ティアーズ、どちらかがこの空にふさわしいのか、教えて差し上げましょう!」
「……まったく、どうしてアイツの周りにはあんな厄介者が多いのか不思議でならん」
そう吐き捨てて千冬はアリーナの地上と空中で繰り広げられている戦いを見ていた。
地上では織斑一夏と天道覇龍、両者が持つブレードを主軸とした高速機動戦。空中では実弾兵器主体の桜崎紅夜とビーム兵器主体のセシリア・オルコットによる凄まじい弾幕戦。
余りにも正反対な戦闘スタイルによる戦い。あらゆる戦法を極限まで鍛え上げた者達によって作り出される光景は、まさしく人知の極地に生まれた美だ。
この戦いはアリーナのビデオでも録画されており、その価値は今から数十年先不動の立場を築いていくだろう。目の前の光景は、ISを操る者全てが目指す到達点に他ならない。
「……ふむ、それじゃあお姉さんから軽く問題出しちゃおうか」
楽しそうな声を挙げる楯無が、管制室で観戦していた箒とシャルロットに視線を向ける。
「今、地上で行われているのは一夏君と天道君によるブレードを使った斬り合い。だけど、アレははっきり言って試合なんて生温いものじゃないわ。どうしてか分かる?」
シャルロットはブレードの動きに目を回しているだけだが、箒は両者の視線の動きを捉えていた。
散らされる火花の刹那に二人は幾度と無く視線を交えている。
「……二人とも、殺すつもりでやっているからですか」
「えぇ、正解。本気の殺し合いよ、アレ。下手すれば死人が出るかもしれないけど」
「だ、だったら止めないと行けないじゃないですか!」
シャルロットの言葉に、楯無は笑顔を崩さずに即答する。さも当然かと言った口調は彼女は自慢げに語った。
「大丈夫よ、天道君も一夏君もちゃんと引き際を分かってるわ。じゃないとあそこまで戦える訳がないもの。でしょ、織斑先生」
「……あぁ、お前如きに言われるのは癪だが間違っていない」
「お褒め頂き光栄です。さて、じゃあ次は桜崎君とオルコットちゃんの戦いと行きましょうか」
一見すれば二人ともほとんど動いていない。
ただ弾丸やビームをひたすら発砲し続けているだけであり、そこに躊躇と言った要素は皆無だ。
「実はアレも二人に相当な実力があるからこそ、出来る事なのよ。どうしてでしょうか?」
「……」
「……無駄な発砲が一つも無いからですか」
「ピンポーン」
シャルロットの言葉に箒は放たれているビームと実弾の軌道を見る。
目を凝らせば微かに二つの存在が相殺されている光景が見えたが、シャルロットの言葉が無ければその事にすら気づかなかっただろう。
そしてもう一つ。桜崎の持つガトリングは両腕に備え付けられているタイプであり、操縦者の腕へダイレクトに反動を与える。それに関わらず、桜崎の照準は一切揺らいでいないのだ。
「まぁ、桜崎君も天道君に鍛えられてたみたいだから不思議はないのよね。それにしても……」
楯無の視線は一夏へ向けられていた。
天道の持つマシンガンから放たれる銃弾を、彼は一歩もその場から動かず剣を振る動作だけで全てを凌ぐ。さらに動きが加速し、両者のブレードが激突。そこから高速の剣戟が掻き鳴らされた。
「一夏君ってホント、強いわね。戦いのセンスがあるのは何となく分かってたけど」
一夏はあの天道を相手にして、拮抗もしくは微かに優勢の立場を保っている。それは一夏と交戦し、天道の実力を知る楯無だからこそ理解する事が出来る事実だ。
だからこそ、一夏の異常さを感じる事が出来る。
天道や楯無の実力は、幼い頃から鍛えられてきた成果によって完成されたモノだ。故に彼らの力は他の生徒達よりも一枚抜きん出ており、IS学園では二人を越える生徒など存在しないと思われていた。
だが一夏は違う。楯無と生身で交戦し互角の戦いを繰り広げ、天道とISで斬りあって拮抗する状態にまで達している。その要因に運が良い、調子が悪いなどと言う事は有りえない。
その目は戦士の目である。数々の過酷な鍛錬を生き抜いてきた猛者こそが辿り着ける境地だ。同じ者にしか感じられない気迫が滲み出ている。
「……そろそろ、状況が動くわね」
雪片の刀身が音風の機体を捉える。だが振り下ろす前にマシンガンで反撃され、背後へと飛びのく。
幾度と無くそれで間合いを空けられたが、既に一夏はそれを見切っていた。
天道は熟練したISの搭乗者だ。それは戦場で鍛えられた戦士の動きも同然である。
故に一夏にとっては時間さえ掛ければ次の行動が予測つくのだ。自分ならどうするかを相手の動きに当てはめ、弱点を突けるような戦法を繰り返せばいい。
「!」
スラスターを噴かせ、二段階瞬時加速を使用し一気に距離を詰める。マシンガンの銃口よりも体勢をさらに深くし、抉りこむようにして肉薄する。
既にマシンガンを使うには、その間合いは余りにも短い。
「ちっ!」
零落白夜を発動させる。
安全装置を解除しておけば、振るうだけでシールドを無力化する対ISの絶対兵装。
それを一夏は躊躇無く、振り下ろした。
「……せめてアイツの前じゃいい格好したかったんだがなぁ」
シールドエネルギーがゼロになった音風を展開したまま、天道は深く溜め息をつく。
ISを扱った試合には、格納庫に戻るためのエネルギーが予備バッテリーとして操縦者に手渡されており、エネルギーがゼロになって動けない場合その予備バッテリーを使って格納庫まで戻るエネルギーを得るのである。
「一夏、今度はISじゃなくて生身でやりあおうや」
「……気が向いたらな」
格納庫まで飛び去っていく天道を見送って、一夏は滞空したまま壮絶な弾幕を展開している二機のISを見る。
セシリアが僅かに押されており、このままだと桜崎とぶつかる事になるだろう。
そして白式はビーム兵器ならともかく実弾兵器の相性は最悪だ。
だとすれば次に沈めるべき相手は迷うまでも無い。
「恨むなよ」
零落白夜を起動させ、その獲物を落とすべく一夏はスラスターを噴かせた。
「撃つだけなんて品がありませんわね!」
「ハッ! ワリィが俺に剣の才能なんて無くてよ! 天道や一夏みたいにブレードを扱う器用さなんてどこにもねぇんだわ!」
両手のガトリングは一度引き金を引いてからまた一度もトリガーから指を放されていない。
だが、桜崎の腕はまったくと言っていいほど悲鳴を挙げていなかった。
あの二人の横に並ぶと言うのならこの程度で根など挙げていられない。
「まだまだ行けるぜ! そうだろ、レッド・レインッ!」
背中のミサイルポットが展開され、そこから複数のミサイルが射出される。――しかも両手のガトリングは発砲した状態のままだ。
それから考える反動は凄まじいはず。だが、桜崎は少しも後退していない。
ビットのビームでミサイルを迎撃するが、ガトリングから吐き出された弾丸は一切止まってくれない。
シールドエネルギーを次々と削られ、ハイパーセンサーにアラートが響く。
「ッ! なんて非常識……!」
「ハッ、この程度で驚かれちゃまだ困る! こっからが本番――」
「――あぁ、悪いが打ち止めだ」
ザンと何かを斬るような音が響く。
次の瞬間、桜崎の展開していたIS武装は全て光の粒子へと姿を変え、レッド・レインは地表へと落下していった。
「……はい?」
「悪いが、白式はお前と相性が悪い。先に沈めさせてもらった」
すまんな桜崎、と悪びれもせず片手を挙げた親友の姿に彼はしばらく茫然とした後叫ぶ。
「嘘だろぉぉぉぉッ!」
「何だ、親友には情をかけると思ったが案外そつなくこなすじゃないか」
千冬の口調は微かに喜びを含めており、それは一夏がここまで勝ち残ったと言う自信故にだろう。
人はそれをブラコンとか呼んだりするが、目の前で口にすれば間違いなく殺されるので誰も口にする者はいなかった。
「……ま、まぁ桜崎君には申し訳ないけど一夏君の選択が普通よね」
「そ、そうなんですか?」
「えぇ、桜崎君のバトルスタイルは文字通り砲台よ。鍛えられた技術なんてない。そのISに装備されている武装を最大限に使って力技で押し切る。それが彼のやり方でしょうね。案外、単純そうに見えるけどその効果は絶大よ。多分私でも苦戦を強いられるわ」
「……はい、多分僕も苦戦を強いられます」
桜崎のやり方は極単純なものだ。圧倒的な火力を全面的に押し出し、ただそれをぶつけるだけ。
だがそのバトルスタイルを受け入れるのは並大抵の精神では叶わない。
早い話、才能が無いと決め付けられそれを受け入れているような物だ。
才能が無いと言われれば人は自分に無い才能を築き上げるべく努力する。
しかし桜崎紅夜と言う少年が選んだのは、その才能の無さを受け入れ自分に合った戦闘スタイルを構築する事だった。
最も自分に最適な戦法で、自分が最大限に扱える武装を詰めるだけ詰め込む。
何の芸も品格も知恵も無いと言われればそうであるが、戦場ではそれら戦略的優位など無い。戦う者にとって戦場とは生き残ることこそが全てだ。
だからこそ、桜崎の戦闘スタイルはあらゆる戦況に対して非常に相性がいい。
「今年の一年生は過去最強かもしれませんね、織斑先生」
「……あぁ、厄介事を持ち込んでくる回数もダントツかもしれんがな」
「……容赦がありませんわね」
「ここは戦場だ。アイツもそれぐらいの覚悟はあるだろう。……多分」
一夏の最後の言葉にセシリアはクスリと微笑む。
その意味に納得がいかず一夏は首をかしげた。
「何がおかしい?」
「いえ……貴方が羨ましいのです、織斑一夏。この一週間で分かりましたわ」
「……羨ましい? 俺が?」
「えぇ、貴方の傍には様々な方々がいる。私はそれをブリュンヒルデの弟だからと思っていました。ですが、そんな事はまったく関係なかった」
「……」
「貴方には人を惹き付ける力がある。それは貴方しか持っていない力なのです」
「……」
脳裏に師である女性の顔が浮かぶ。
彼女は言った。
“いいか、戦場はどこも地獄だ。軽いも重いも無い。長いも短いも無い。人が殺し殺されあう。これからお前が歩む場所はそこだ”
過酷な鍛錬。
それを全て終えた後、彼女はそう語った。
失うなと。
“人である事を忘れるな。アンタがどこにいようと何であろうと、人として生きて人として学んだ事を絶対に覚えろ”
当時はまったく分からなかった。
当然の事を当然と受け入れられなかった。
こうして織斑一夏として真っ当な日常に放り込まれたからこそ、彼女の言葉の意味が分かる。
「……違う、それは力じゃない。心だ」
「……」
「人として生きて、人として学んだ事を覚えろ。俺を鍛えてくれた人はそう言った」
「……」
「その言葉を聞いた時、俺はまったく意味が分からなかった。だけど今は分かる」
大きく遠回りしたものだと思う。
受け入れればそれだけでよかったはずの物を全て投げ捨てて多くを殺してきたのだから。
失ったモノは余りにも多すぎた。
得たモノは余りにも少なかった。
だからこそ――残されたモノを大切にしなければならない。
もう二度と、自分を見失わないように。
「自分の生き方に誇りを持て。あの人は俺にそう言いたかったんだろう」
「……今の一夏さんは、自分の生き方に誇りを持っているのですか」
「あぁ、後悔はしていない。あの人の弟で良かったと、織斑として生きる事が出来て、何一つやり直したいと思った事はない」
「……」
セシリアはふぅと息をついて、手に持っているビームライフルを構える。
「一夏さん、この戦いは長引きすぎました。いい加減決着をつけなければ私達も飽きてしまうでしょう」
「だろうな」
「ですから、次で終わらせましょう。そちらの方が互いに全力を惜しみなく出せますわ。私は今から貴方に――遍歴全てを賭けて挑みます」
「……あぁ、分かった。ならばこれで終わらせる」
一夏は空中から地上へと降り立ち、静かに息を整える。
両手を雪片に沿え、刀身を地面に向ける。
エネルギーをスラスターに集中させ、残りのシールドエネルギーも全てを回す。
絶対防御が発動する限界まで残しておけばそれで十分だ。
脳内にイメージするのは金属の歯車。
その回転をさらに加速させ、一夏はエネルギーの充填を高めていく。
セシリアの銃口がチャージを開始する。
周囲に浮遊するビットも同じようにその砲身へエネルギーを溜めている。
桜崎との戦いで何機かは破壊されており、既にその数は四つに減っていた。
「――」
目を見開く。
二段階瞬時加速を維持したままさらに加速する。
世界全てを置き去りにするような速度で、さらに加速する。
一筋の閃光――常人では視認不可能の光速へと総身を変えて、白式はエネルギーを爆発させる。彼我の距離を一気に詰めるその姿は、まるで破壊の嵐だった。
唸る零落白夜。
顔の隣を過ぎていくビットの攻撃。それに一切動じず、少しも怯まずただ目の前の敵を倒すべく、身を滾らせる。
セシリアの指がビームライフルのトリガーに触れる。
既に射線は一夏へ固定されており、必中は確実。ただし触れる事が出来ればの話であるが。
「――!」
振りぬく。
たった一振り。
それが永遠の如く感じられる。
「俺の勝ちだ」
「――えぇ、そうみたいですわね」
どうして声が聞こえているかは分からない。
だが言葉だけが聞こえる。
だから口にする。
「もし叶うなら、次は一対一の真剣勝負をしてみたいものです」
「あぁ、いつか貴方との再戦を期待している。その時まで互いに、実力を高めておこう」
ほんの僅か。
時間にしても記憶として振り返っても、それは刹那の事だっただろう。
だが、それは一夏とセシリアにとって不滅の会話となったに違いない。
『勝者、織斑一夏』
それはほんの僅かな差だった。
一夏もビットによる攻撃を被弾しており、セシリアのビームが当たっていたのならばその結末は違っていただろう。
単純な見方をするなら、ただ一夏の運が良かっただけなのかもしれない。
だが、そんな事を口にする人物はいない。
その戦いには誇りがあった。思いがあった。一人一人の人生の片鱗が微かに顔を覗かせて、ただ苛烈に熾烈に勝利を競い合った。
アリーナの観客席の一部から小さな拍手が沸く。それはやがて次々と伝染していき、アリーナ全体に響く巨大な拍手へと姿を変えた。
管制室からその様子を見ていた千冬は小さく安堵の息をついて、ガラス越しに一夏を見る。
「……馬鹿者が。余計な心配をさせるんじゃない」
その表情はブリュンヒルデと呼ばれた戦士の顔ではなく、ただ一心に家族の身を案じる一人の女だった。
「はい、お疲れ様でした皆さん。本当に素晴らしい試合でしたよ!」
控え室に戻った四人は山田真耶からスポーツドリンクを受け取って、休憩を取るべく休んでいる。
いくらISとはいえ、操縦者にとってその飛行を利用した移動ですら大きな負担となる。
生身の人間が耐えられる限界などたかがしれているのだ。
既に搭乗していたISは整備に出してあり、数日経てば元通りになって持ち主の元に戻ってくるだろう。
他の三人が晴れやかな表情をしているのに対し、一夏はどこか曇っていた。
何かとても大切な事を忘れているような気がする。
戦いの高揚と緊張で、気がつけば頭から放り出していた事。
「織斑君、クラス代表おめでとうございます」
「……あ」
やっちまった。
そう思ったとき、既に一夏のクラス代表は誰にとっても揺るがぬ強固なモノへ成り果てていたのである。
それを察した天道が一夏の肩に手を置き、非常にいい笑顔で呟く。
「プギャー」
「……」
とりあえずこの苛立ちを鍛錬でぶつける事にしようと決めて、一夏は天道の脇腹に鋭いボディーブローを入れるべく力を込めた。
控え室でまた生身での激戦が繰り広げられたのは完全なる余談である。