IS-refrain- 外伝   作:ソン

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主人公が誰か分からなくなってきたぞ……。


アンコール・リフレイン4

 

 

 復讐。

 その道に、幸福などありはしない。

 もし復讐で人が幸福になれるのなら――貴方はきっと生きていないだろう。

 

 

 

 

「さっさと立ちな。時間は止まらないし戦場は待ってくれない。置いていかれたら死ぬだけだぞ」

 

 銀髪の女性が、ナイフを片手に一人の少年へ言葉を投げていた。

 少年の服装は古ぼけた軍服であり、それは彼の容姿に比較すると酷くミスマッチである。

 体の随所には血が滲んでおり、それを拭う事も忘れて彼は息を荒げていた。

 白髪の髪が鼓動に合わせて大きく揺れる。

 

「!」

 

 渾身の力で振り下ろすナイフ。

 だが女性はそれを簡単に受け流して、少年の鳩尾へ柄の打突を入れる。

 

「馬鹿が。さっきも言っただろう、動きを予測させてどうする。常に相手の数手先を見据えろ」

「……分か……ってる」

 

 もう一度彼女へナイフを構えようとして、倒れこむ。

 体が悲鳴を挙げており、全身の筋肉は火で焼かれているかのように熱い。

 女性はそれを見て大きく溜め息をついた。

 

「……はぁ、お前は一撃のバラツキが激しすぎる。それじゃあ論外だ。常に敵へ一定以上の致命を与えられるように威力を調整しろ。運良くなんて期待するなドアホ」

「……」

 

 女性は少年の傍に座り込むと、そのまま彼の使っていたナイフを拾って研ぎ始める。

 その意図が分からず、少年は視線だけで疑問を呈した。

 

「あぁ、アンタに使いやすいようにナイフを削ってるのさ。グリップが変わればそれだけで切れ味も大きく変わる。一応、アタシはアンタの師匠だからね。これぐらいはしてやらないとダメだろう」

 

 彼女の鍛錬はいつも過酷だった。

 だがそれでも一度たりとも見放した事はない。

 一度家族と名前を全て失った少年にとって、彼女の存在は非常に大きかった。

 

「そうだな、アンタがアタシの扱きを全部耐えたら特注のナイフでも贈ってやろうかねぇ。ま、アルカの作る作品には負けるだろうけど」

 

 そういって彼女は小さく微笑んだ。

 彼女は少年に家族のように接してくれた。

 迷っていれば言葉を送り、鈍っていれば苛烈な光景を用意する。

 だからこそ、少年には分からなかった。

 彼女はどうして自分にここまでしてくれているのか。

 

「ん? ……そんなの考えるまでもないだろう。自分の鍛えた弟子には精一杯長生きしてほしい。それが師匠として当然の思いだろうに」

 

 そう言って、彼女はほらとナイフを差し出す。

 少年の呼吸も既に回復しており、立てあがって彼女のナイフを握る。

 そのグリップは以前よりも手に染み付くような感触があり、遥かに使いやすくなっていた。

 

「さて、やるぞ。正直者が馬鹿見るなんて下らない世界を変えてやろうじゃないか」

 

 カレン・ボーデヴィッヒの心得は一人の少年に対し大きな影響を与えた。

 彼女達が報われるような世界にしたい。

 そう、純粋な思いを抱くほどに。

 

 

 

 

 クラス代表も決定し、近づく学年別トーナメントの日―ちなみに開催されるのは六月中旬である―。

 学年別トーナメントとはクラスの括りが無く、腕に自信がある者は参加する事が出来るイベントである。

 無論、一夏、セシリア、桜崎、天道、シャルロットの五人は参戦を確定させており鈴も含めれば六人。これだけで専用機を持たぬ生徒達は参加を躊躇するだろう。

 セシリア、シャルロット、鈴は国家代表候補生であり一夏、桜崎、天道の三人はクラス代表決定戦の時に圧倒的な力を見せ付けた。

 一年一組の話題はその学年別トーナメントで持ちきりとなっており、生徒達の間では誰が勝つかが主なテーマとなっている。

 

「いやぁ、人気者ですなぁ俺たち」

「浮かれてると足元をすくわれるぞ、桜崎」

「うわ、ノリ悪ッ!」

 

 桜崎の調子は相変わらず、天道の様子も変わっていない。

 何でも天道は楯無の嘘泣きに悩まされているらしく、目の下に軽い隈が出来ていた。

 自分の席に座ったまま、一夏は空を見る。

 今朝見た夢は、カレンから鍛錬を受けている頃の記憶だった。

 何一つ知らなかった自分に、生き残る術を教えてくれた人。

 今の一夏がこうして戦えているのも彼女の教えがある故にだ。

 

「……ボーデヴィッヒ?」

 

 ふと違和感に気づく。

 大事な何かを忘れている。

 ――彼女の名が何かに支えた。

 

“アタシの娘、ラウラ・ボーデヴィッヒだ”

 

 あの戦いの前日、カレンから聞いた過去の話。

 彼女の娘、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 IS学園にいるはずの彼女がいないということは恐らく途中からIS学園に来たのだろう。

 福音戦の時は彼女の姿はあった。だがクラス対抗戦――無人機を利用した奇襲の時はいなかったはずだ。

 だとすればこのタイミングで彼女が来る可能性は高い。

 

「……楯無に相談してみるか」

 

 不安要素はあるが、それでもIS学園に精通している彼女や天道に聞いてみるのも悪くない。

 一夏は結論を出した後、情報を集めるべく桜崎達がいるところへ歩いていった。

 

 

 

 

 千冬の話を分割した思考で聞きながら、一夏は日課となりつつある情報の整理を行う。

 まず徐々に分かってきたことだが、ISを起動する時不思議な違和感を感じるのだ。言うなれば銃や刀などの武装を展開する感じに近い。

 天道や桜崎、シャルロットや箒、鈴、セシリアなどにも聞いてみたがどうやらその違和感は織斑一夏にしかないらしい。元々自分は異常なのかもしれないと判断し、結論は先送りにしているが、恐らくこの世界の一夏の出生に一枚噛んでいるのは間違いない。

 そして――やはり亡国機業との戦いは避けられないのだろうか。

 何らかが原因で、スコールやカレンが元々いなければまだマシな方だ。

 だがもしも彼女達がいた場合――きっとまともにはなれない。

 そして何より、カレンがいた場合間違いなく勝てない。彼女の実力は体で理解している。

 大抵の人間では彼女に勝つ事は出来ないだろう。桜崎の物量戦法が辛うじて通用するかどうかだ。

 もう一つ考えるとすれば、それはこの世界のアインがいるかどうか。もしいるとすれば、それは一夏が相手取るしかない。数あるISでも太刀打ち出来るかどうか怪しいところだ。何よりその時のアインは狂っている。力尽くで黙らせる他ないだろう。

 

“待てよ”

 

 だとすればアルカがいないのはどう理由だろうか。

 もしこの世界にアルカがいたとすれば、もしかすると手を貸してくれるかもしれない。

 

“……いや、それは無いな。彼女が裏切る事は有りえない”

 

 やはり自分で何とかする他無い。

 あの時彼女が言った織斑一夏として為すべきを為す。

 恐らくそれを果たせば、元の世界に帰還出来るのだろう。

 

「貴様が織斑一夏か」

「……」

 

 掛けられた声と視線に顔を上げる。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ、その面影は確かに彼女に似ていた。

 

「答えろ、貴様が織斑一夏か」

「だったらどうする」

 

 右の頬を狙ったビンタ。彼女の右手首を左手で掴む。

 視線、殺気、力――それはカレンと比べれば歴然とした差だ。

 

「……」

「……」

「放せ」

 

 ラウラの言葉に何の迷いも無く、左手を放す。

 彼女は鼻を鳴らして自身の席へと歩いていく。

 一夏は一度も彼女を見る事無く、ただ思考の底へ己を沈めていた。

 

 

 

 

 

「失礼します」

「あら、一夏君。昼休みに来るなんて珍しいわね」

 

 寧ろ来れば必ずと言っていいほど生徒会室にいる楯無の方が気になるが、そんな疑問を飲み込んで一夏は息をつく。

 ここに来たのは彼女が間違いなく知っているであろう事。そして一般人には知りえない話だ。無論聞けば、疑いの目を掛けられるだろう。

 だが時間が無い。使える情報源が余りにも少ないのだ。

 

「楯無さん、率直に聞きます」

「はいはい、何かしら?」

「亡国機業についての情報を知りませんか」

「――」

 

 一気に雰囲気が豹変する。

 のどかな空気は一変して冷氷の如く、凍りついた空気へと姿を変えた。

 

「どこでその話を?」

「亡国機業のついての情報です。暗部を束ねる楯無さんなら何か知っていると思うので」

「答えなさい、一夏君。どこで亡国機業なんて聞いたの?」

「……」

 

 楯無は傍にあった扇子に手を触れ――それを一夏の首元に突きつけた。

 

「分かってる? 貴方が今から踏み込もうとしているところはこういうところ。いくら貴方が強いと言っても、死ねば終わりなのよ」

「俺にも目的があります」

「誰かを守るって事よね。悪いけど、やめておきなさい。子供の遊びで人の命は守れない」

 

 彼女の目は酷く冷たい。

 いつかの学園祭で彼女と交戦した時よりも幾ばくかマシではあるが。

 

「――」

「それでも引き下がらないのね。……じゃあ」

 

 楯無はカッターナイフを一夏に渡す。

 その鋭利な刃は市販の物よりもさらに研がれている。

 この切れ味は間違いなく戦闘を意識した造りだ。

 

「それで貴方は亡国機業を潰せる?」

「……」

 

 たった一人に何が出来る――楯無はそう言いたいのだろう。

 だがそれでもやるしかないのだ。

 後ろには下がれないのだから。

 

「どうすれば、認めてくれますか」

「……強情なのね、一夏君。何度も言うけど――」

「――構わん。持ってけ、一夏」

 

 掃除用具ロッカーから天道が出てくる。

 何故そこから出てきたと問いたいところだが、生憎そんな空気でもない。

 

「天道、分かってるの? これは」

「あのブリュンヒルデの弟だぞ。ここまで強請りに来るんだ。そう簡単に帰るわけが無い」

「……そうかもしれないけど」

 

 近くの机の引き出しからプリントの束を出し、それを一夏へ渡す。

 紙には亡国機業によって引き起こされたとされる事件、及び襲撃、構成員の予測までもが綴られていた。

 

「助かる」

「後で付き合えよ」

 

 一枚目。とあるIS開発の研究所が襲撃されていた。

 外部には警備用のIS数機があったが全滅。全て鋭利な刃物で斬られた痕跡がある。

 

“刃物……? 俺の時は銃しか使っていないはずだが”

 

 二枚目へと移る。IS、サイレント・ゼフィルスが何者かにより強奪。警備していたISは全て切断された後があり不明。

 これはマドカの機体である。強奪したのは記憶に無いが、それでも彼女が使っていた事は忘れない。

 

“また刃物……”

 

 三枚目へと移る。そこには被害規模などが大まかに記されており、IS関係の場所が数多く襲撃されている。その一部には一夏も見覚えがある。

 四枚目。今度は写真が貼られており、目を凝らせば白い服を着た人物が刀を持ってどこかへと向かっている光景だった。

 

“……”

 

 まずここで二つ確信する。

 アインと呼べる人物は存在している。そして間違いなく、単身生身でISを倒す事が可能だ。

 そして――この世界にアルカはいない。

 もし彼女がいるならば、まず写真が取られていること自体がおかしい。何らかの形でデータごと処分されているはずだ。

 可能性としてありえるのは、カレンがいない可能性である。

 まず銃弾を使ったと思われる現場が一つも無い。必ずどこかには近接武器が含まれている。

 カレンが扱うのはIS専用のハンドガンやマシンガンなどであり、近接武器は一切使用しない。ナイフがギリギリのラインだが、それでも自ら好んで使ったりはしないはずだ。

 そして前述の写真に映っている白い人物。これは間違いなく少女だ。

 だとすれば千冬には妹が二人いる事になる。

 

「……天道、一つ聞きたい。亡国機業が執拗に狙っている場所は?」

「まだIS関連の施設ばっかだ。だがこのまま放置しておけば確実に力を蓄えてくるな。そして写真を見る限り分かると思うが、その白い女は単身でISを撃墜している。世界各国はこぞって、そいつの行方を追っていると共に各地のIS施設に厳戒態勢が発令されたばかりだ」

「最終目標はここだと?」

「あぁ、間違いない。連中、IS学園に戦争を仕掛けてくるつもりだ。出来ることなら早めに先手を打ちたいんだが、その女がネックでな。ISを相手取れるカラクリが解けない事には手の出しようが無い。やっても無駄な犠牲が増えるだけだ」

 

 一夏の考えに証拠はない。

 だが、確信こそある。

 あの少女はアインと言う人間と同じだ。

 失った果てに狂い続けている。歪んだまま、捻られたまま彼女は多くの人命を手に掛けていくのだろう。

 

 ――助けなければならない。

 

 復讐――その道に幸福などありはしないのだから。

 

「亡国機業の代表的な幹部を教えてくれ」

「……スコール・ミューゼル、亡国機業の中でも相当な地位にいるとされる女だ。おまけにかなりの実力者と来ていて頭も切れる。既にコイツの発案した作戦で各国は深刻な被害を被ってるのさ。目撃した国家代表数名が取り掛かりにISを展開したらしいんだが、全員死亡が確認された。――言葉通り一筋縄じゃ無理だ。

例の女も恐らく、コイツの部下だ。せめて無能なヤツが扱ってくれたら幸運なんだがな」

「……そうか」

 

 だとすればオータムも含まれているのだろう。

 カレンは――今のところそれらしい情報は無い。

 ナターシャはまだ銀の福音に携わっている頃のはずだ。

 

「いいのか、一夏。アイツら待たせて結構時間が経ってるぞ」

「あぁ、礼を言う」

 

 資料を天道へ返し、一夏は一切振り返る事無く生徒会室を出て行く。

 そうして足音が遠のいてから、二人は地面に座り込んだ。

 

「……楯無、お前アイツを怒らせたのか?」

「うーん……でも一夏君だったら怒らなさそうだったんだけど」

 

 楯無は一夏が資料を見ている時、一切言葉を発していない。

 いや正確に言えば発する事が出来なかったのだ。

 目を通していく一夏の雰囲気はまるで別人のようだった。

 恐らく、あの一夏を前にして喋れるのは天道くらいのものだろう。

 

「それにしても、アイツが一般人とは到底思えないな。亡国機業なんて言葉、誰に聞いたものやら」

「篠ノ之博士って点もありえなさそうじゃないのよね。でも初見の割りには資料を読む速度、異常なほど早かったと思わない?」

「……同感だ。まるで熟知していたようだったな」

 

 天道は溜め息をついて、生徒会室の窓からグラウンドを見下ろす。

 

「……嫌な予感がするな」

 

 だというのに、空の破片は少しも色褪せていなかった。

 ちなみに掃除ロッカーの中は隠し通路になっており、そこから学園全体へ移動する事が可能になっている。

 発案者は楯無、実行者は天道である。

 それでいいのか、生徒会。

 

 

 

 

「一夏っー!」

「ん……鈴か」

 

 一夏の視線の先に見えたのはツインテールの少女、凰鈴音だ。まるで動物を思わせるような容姿や言動はどこかマドカと似通っている。

 

「アンタ、ビンタされかけたってホント?」

「……あぁ、ラウラの事か。本当だ、怪我はしてないし途中で防いだ。彼女を責めないでやってくれ」

「でもねぇ、アンタほら男じゃない。男のIS操縦者が暴力沙汰に巻き込まれるなんてシャレにならない事態なのよ」

「未遂だ。次また来ようが問題ない」

「はぁ、アンタそんなに強情だったかしら。……っと、そんな事より」

 

 鈴の指先が一夏の眉間に突きつけられる。

 彼女はニコリと笑う。その八重歯が妖しく輝いたような気がした。

 

「一夏、覚悟しなさいよ。次の学年別トーナメント、アタシが堂々と勝って見せるから」

「……何だ、藪から棒に」

「あのね! もう学園中、次のトーナメントは一組が優勝するって決まりきってる雰囲気なのよ! 分かる?」

 

 早い話、浮かれるなと言う注意兼宣戦布告という訳だ。

 彼女が勝気な性格だと言う事はとうの昔に理解している。

 

「まぁ、次のトーナメントはタッグ戦みたいだからね。どうしてもって言うなら付き合ってあげるけど?」

「……考えておくよ」

「フフン、それでこそ倒しがいがあるってものよね。覚悟しなさいよ、一夏」

 

 そう言って去っていく鈴音の姿を見送る。

 彼女の言ったとおり、学年別トーナメントはタッグマッチだ。だからこそパートナーの選択は慎重に行う必要がある。

 まず篠ノ之箒だが、今のところ彼女に参戦の意志があるかどうかだ。量産機が専用機に勝つには、やはり操縦者の差が無ければならない。不参加が濃厚だろう。

 次にセシリア・オルコット。ビットによる援護は期待出来るが一対一に持ち込まれた時どう対処出来るか。ビットとライフルの同時射撃をこなせるが、ビーム兵器を無力化できる専用機が無いとも限らない。

 シャルロット・デュノア。彼女の専用機は武装が非常に豊富であり遠近の切り替えが早い。銃器を使うため、彼女の考えは一夏にも予測がつきやすく息を合わせた行動が取りやすい。あらゆるISと対峙しても、優勢で立ち回る事が可能だろう。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。今の所、一夏に嫌悪感を抱いているため組む事は無いだろうが停止結界はやはり厄介。一度掴まれば脱出は困難だが不可能ではない。やはり軍用ISだけありその性能は他と一線を異なる。

 桜崎紅夜。タッグとしては非常に頼もしいが自滅しそうだから却下。というか誤射が怖い。

 天道覇龍。ブレードとマシンガン、機体コンセプトも白式と似ているため相手の弱点を突きづらい。

 凰鈴音。衝撃砲と双天牙月の破壊力は魅力的だがやはり誤射が怖い。味方にも見えない弾丸と言うのはそれだけで動きを阻害させるのだ。

 

「……やはりシャルロットか」

 

 アインとして銃器を操っていた経験もあるため、彼女との相性が一番いいだろう。

 そう結論付けて、一夏は話を持ちかけるべくシャルロットのいるところへ向かった。

 

 

 

 

 結果として上手く話は成功し、彼女との受付も済ませた。

 後は戦いに向けて淡々と修行を進めるのみである。

 既に数ヶ月も鍛錬を重ねていれば、いい加減体も慣れてくる。

 さすがにアインのような肉体にはならないだろうが、少しでも近づける事は出来るはずだ。

 倒立したままの体勢で何度も腕立てを繰り返す。身体バランスと腕力の強化を同時に行うカレンから習った方法である。

 既に始めてから数十分が経過しているが、まだ体の方は悲鳴すら挙げていない。

 

「よっ、精が出るな」

「……天道、生徒会はどうした?」

「終わらせてきたに決まってるだろ。サボってアイツに押し付けるような人間じゃねぇよ俺は」

 

 天道は何故か竹刀を二本持っていた。

 見るからにそれは上質な一品であり、どうして二本も持ち歩いているのか。

 それを察する事が出来ないほど、一夏は愚鈍ではない。

 

「覚えてるか? クラス代表戦の時」

「あぁ、言ってたな」

 

 生身でし合うと言うセリフ。

 天道はそれを片時も忘れていなかったのだ。

 

「俺さ、自分でも思うが本当に子供みたいな性格してんだ。勝負にムキになったりとかな」

「……なるほど、つまり以前よりも本気でいくと?」

「当たり前だろ」

 

 天道から投げられた竹刀を受け取り、二人はほぼ同時に構える。

 一夏の構えは正眼。基本にして最強とされる構え。

 天道の構えは、構えと言うには何とも崩れているがその気配に隙は無い。迂闊に打ち込もうモノならカウンターを喰らうのが眼に見えている。

 駆ける二人。

 竹刀が交錯し、激しい音を鳴らした。

 

 

 

 

「……フン」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは寮の裏手へ向かっていた。

 IS学園の生徒はどれも彼女の好む人柄ではない。

 まるでISをアクセサリーかファッションのように思っている。

 何より彼女が気に入らないのが織斑千冬の弟である、織斑一夏の存在だ。

 あの男の本質がまるで見えない。

 間違いなく他の生徒とは一線を画している。

 眼光、立ち振る舞い、視線。その全てが戦場を見てきたかのようだった。

 それが酷く気に入らない。

 だとすればあの男は、織斑千冬の二連覇を妨害するが為にわざと誘拐されたというのか。

 

「ええい……!」

 

 苛立ちをどこへぶつけるか模索し始めた時、ふと打突音が聞こえた。

 一回だけではない。何度も何度も響く。

 寮の裏側へ顔を覗かせたとき、ラウラはすぐに顔を引っ込めた。

 

“あれは確か……天道覇龍か”

 

 何ともふざけた名前だと思っていたが何やら襲名するタイプの名前らしく彼の本名は不明である。更識と同じく、複数の暗部を束ねているところであり天道家の情報の早さと正確さは軍事レベルに匹敵するとすら言われている。

 織斑一夏と彼が竹刀で打ち合っていた。

 その動きに規則など無い。剣道と言うよりも殺し合いの真似事と呼んだほうがしっくり来るだろう。

 だが両者の目は本気だ。

 どちらも獣のような目をしており、その動きは時間と共に加速してきている。

 何度ぶつかり合ったか分からない。

 ただわかる事と言えば、戦っている本人よりも先に道具が悲鳴を挙げている事だろう。

 やがてメキメキと派手な音を立てて、二人の竹刀はほぼ同時に折れた。

 

 

 

 

「……あちゃあ、もうちょっと頑丈にしとけばよかったか。悪いな、こんなカタチで終わらせて」

「構わない。いい経験になった。礼を言う」

 

 一夏から折れた竹刀を受け取ってその場を去る時、天道は背中越しに一夏へ問う。

 

「お前、本当に織斑一夏か?」

「あぁ、何がどうあれ俺は織斑一夏だよ」

「……そうかい」

 

 去る天道を見送る事もせず、一夏は手を組む。

 やがて足音が聞こえなくなった後、その視線はもう一人の人間へと向けられた。

 

 

 

 

「出て来い。さっきから気づいている」

 

 物陰から出てきたラウラの姿に、一夏は一切動じない。

 彼女は沈黙したまま、一夏の手前まで歩きただ静かに彼の目を見据える。

 

「……お前は何者だ」

 

 ラウラの記憶には齟齬が起きていた。

 事前にドイツで調べた情報――特に戦闘に関しては素人と何ら変わりないはずだ。

 だがあの戦いを見る限りそうとは思えない。

 

「……どういう意味だ」

「お前は何者かと聞いている」

「……」

 

 一夏は何も答えず、ラウラの横を通り抜けようとする。

 瞬時――彼女の何かがぷつりと切れた。

 腰に挿してあるサバイバルナイフの柄に手を当てて一夏へそれを振りぬく。

 だが、腕は途中で止められその刃は彼へ届いていない。

 

「分かりやすい殺気だな。それで軍人とは、笑わせる」

「貴様ッ……!」

 

 続けて振りかぶられた二撃目、上体を逸らすようにして避ける。

 似ている。カレンの振る軌道に。

 だが速度は違う。威力は違う。リーチは違う。

 何より――彼女の動きは予測が出来なかった。

 

「そら、行くぞ」

 

 制服の内側からナイフを抜き、ラウラへと振るう。

 眼前手前まで伸ばした一撃。

 それはカレンが相手ならばカウンターを喰らい、地面に叩き付けられているほど愚直な軌道だ。

 ラウラはそれを己の刃で受け流す。

 

「ふざけるな! 貴様如きが、教官の二連覇を邪魔した貴様が!」

 

 再度振るわれる刃。

 ――だが間に割り込んだ何者かが二人を投げ飛ばす。

 投げ飛ばされた二人は同時に受身を取って、その場に着地した。

 

「貴様ら、何をしたか分かっているだろうな」

「教官……」

「……」

「織斑、ボーデヴィッヒ。お前たちは危険行為をしたとみなして数日間の謹慎処分を下す」

「ですが、この男は教官の威光を――」

「二度は言わんぞ、小娘」

「……分かりました」

 

 立ち去るラウラを見届けた後、千冬もまた一夏へ同様の視線を送る。

 彼女の眉間には軽い皺が出来ており、よほど腹に据えかねる事があったらしい。

 ナイフを学生服の内側に納める。

 

「……没収しないんですね」

「今は学校外だ、面倒くさい言い方はやめていい。お前には特例で護身としての持ち込みが許可されている。ブリュンヒルデの弟と言う厄介な触れ込みのせいでな」

 

 彼女の口調こそ軽かったが、言葉の重みまで見抜けない訳はない。

 何よりも彼女が自信の肩書きを疎ましく思っているはずだ。

 

「すまなかった、一夏。アイツが私に盲信だとは、予測もしてなかった」

「……構わない。執着は本人ですら気がつかないうちに始まっている物だ」

「そうか……。一夏、お前に頼みがある」

 

 そう言って千冬は頭を下げる。

 その光景が、既視感として甦る。

 

「ラウラを助けてやってくれ。既に私の手じゃどうにもならん。アイツの暴走を抑えるのが精一杯だ」

「分かっている。やる事はやるつもりだ。俺と同じ道は歩ませない」

「……何?」

 

 一夏の言葉に、千冬が疑問を呈する。

 最後の台詞が彼女に迷いを抱かせた。

 

「一夏、私がいない二年間……お前に何があった」

「……」

 

 その質問の答えすら考えようとせず、一夏は足を進める。

 千冬にとっていつも見慣れているはずの姿が、遠く感じた。

 

「俺は貴方の弟だ。何があったとしてもそれだけは忘れない」

「一夏……」

 

 何と声を掛けるべきか分からない。

 まるで彼女から全て離れていくような背中。

 千冬にとって失った末に得た物が再び消えてしまう感覚。

 そうして織斑一夏は、何も言わずただ千冬の元から去っていった。

 

 

 

 

「……桜崎の推測は正しいか」

 

 盗聴器から会話を聞いていた天道は、一夏と千冬の齟齬に納得を持った。

 あれは間違いなく、織斑一夏でない誰かが意識を持って行動している。

 だとすれば――。

 

「こりゃ、イレギュラーな事態になりそうだ」

 

 

 

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