ISはその存在を世界中に刻みつけた『白騎士事件』と言う事件のあと、その創造者である篠ノ之束により世界中に公表された。
宇宙開発を目的として開発されたISだが『白騎士事件』に於いて示されたその性能を各国は見逃すはずもなかった。
各国の政府はISを主要戦力に転用。その数と性能、そしてそれを操る操縦者の才能が戦力の差を示す指標となった。
しかし、戦争となることを危惧した良識ある者達により『ISの戦闘目的の使用を制限する』と言う南極条約が締結され、ISはスポーツの種目としてその性能を示すこととなった。
国立IS学園には発祥の国である日本は勿論、世界各国で入学を希望する女子学生は多い。そのため倍率は決して低いものではない。ただ各国の代表候補生であれば当人の意思と自国の推薦状などにより優先的に入学試験を受けることが可能である。
そんなIS学園の新入生の中に代表候補生よりも優先して入学を許可された者がいた。
その生徒は普通の高校を受験しようと複数の学校の合同試験会場となっていた多目的ホールに来ていた。だが、偶然IS学園の試験に迷い混んでしまった生徒は運命の悪戯により『男』であるにも関わらずISを起動させてしまった。
そのニュースは世界に衝撃を与えた。
青年の身柄の安全のためにも日本政府はその青年を女子しかいないはずの学舎、IS学園へ強制的に入学させることを決定した。
その青年、織斑一夏は今日から3年間通うことになる学園の廊下を自分達が所属する教室に向かって歩いていた。
「………なんかスゲェ見られてンすけど」
「そりゃそーでしょ、女子校なハズの
一夏の隣を歩く中国代表候補生・凰鈴音のいう通り、『世界初の男性IS適合者』として一躍時の人となった一夏の存在は確かに目立つ。しかし、今だけはその事は理由として成立していなかった。
「………ぜってーソレだけじゃねーし、具体的に言えばどっかの誰かさんが原因だろ」
明言はしなくとも一夏の視線が隣のツインテール娘に注がれる。
「うーん………一夏の寝癖はアタシが今朝ちゃんと直したわよね?」
的外れな回答を真面目な表情で返す本人に一夏はがっくりと項垂れた。
「寝癖じゃねーよ………原因はどー考えてもお前だろ」
「なんでアタシなのよ?」
「………お前、今『何しながら』歩いてるか言ってみろ」
思わぬ指摘、と言った風に首を傾げる鈴に対して一夏は溜め息混じりに状況の確認を促す。
「えーと………一夏の腕に抱き付きながら歩いてるけど………何かおかしい?」
「どー考えてもソレが原因だろ………わかったらさっさと離れろ、くっつかれてっと歩きづれぇンだよ」
「お構い無くー♪」
『俺が構うンだよ』とツッコミたい一夏だが、じゃれついてくる鈴には何を言っても通用しない。ソレがわかるのも長い付き合いと理解があるためだった。
「……たかがクラスが一緒なくらいで元気なモンですねぇ、オイ」
今から少し前、登校した2人がクラス割りを確認すると揃って1年1組の所属となっていた。
その結果に鈴のテンションはMAXを超え、今なお上昇していた。
「だって3年間同じ学校で、しかも一緒のクラスになれたんだからテンション上がるに決まってるじゃない♪」
確かに1カ月前まで彼女は海を越えて母方の実家のある中国にいた。
たった1年とは言え、恋仲である一夏と離れていたその期間は鈴にとって一日千秋どころか万秋にすら感じられた。しかし、鈴は一夏に会いたい一心で必死にISの勉強と努力を重ねた。
『優秀なIS操縦士となれば日本のIS学園に留学できる、そうすればもう一度一夏に会える』と信じて。
そうして得られた努力の結果がこんなに早く、しかも『一緒の学校の同じクラスに通える』と言うオマケ付きで実を結んだともなれば彼女の機嫌がいいのも頷けると言うモノだ。
「まぁ、アタシは恋愛は
「あー、そーですかー」
鼻歌まで歌い出す鈴とは対照的に一夏はいつものように冷淡な反応である。
「あ、そうだ。ねぇ、話は変わるんだけど1つだけ言っておきたいんだけど、いい?」
「あー?」
「いい一夏? 浮気なんてしたら許さないんだからね!」
人差し指で一夏の頬をジト目でつつく。
「ンだよ、急に浮気って……心配しなくても二股かけれる程器用でもねーし、俺みてーなヤツに好き好んで絡んでくる物好きなんざ滅多にいねーだろ」
本人はこう言うが、少々鋭い目付きではあるが端整な顔立ち。
口調も荒く、粗野な部分が目立つが根は善人な一夏は中学時代の女子人気はかなり高かった。
それに加えて今や世界中に名の知れた存在となった一夏に(彼の性格的に無意味だろうが)
それ故に釘を刺そうとした鈴だったが……要らぬ心配なようである。
「まぁね♪アタシは一夏の事大好きだし、一夏もそうでしょ♪」
鈴の屈託のない笑顔に一夏の心臓は高鳴る。
「……知るかンなモン、それによくそんなハズカシーセリフ言えンな、ある意味感心するよ」
照れ隠しにからかうような事を言う一夏だが、鈴に図星を突かれた一夏が現在可能な最大限の反抗がこれだった。
「なんか、そこはかとなーくバカにされてるよーな気がするんだけど?」
知ってか知らずか、ソレに反応する鈴と一緒にいる時間。
「ベツニソンナコトアリマセンヨ」
一夏はこんな事で『この学園に入って良かった』と思う自分を『我ながら現金なヤツだ』と内心自嘲した。
「もぉー、一夏のイヂワル!」
「へいへい」
そんなやり取りをしている間に2人は迷う事もなく、無事『1年1組』のプレートのある教室に到着した。
ーーーーーーーーー。
新年度初のホームルームを副担任である山田真耶教諭の司会進行により、現在は生徒達の自己紹介が行われていた。
「はい、ありがとうございました。それでは次に………お、織斑君。織斑一夏君、お願いします」
「………はい」
自己紹介を進行している山田教諭の声が今までと異なり、多少震えて上擦っていることに違和感を覚えながらも名前を呼ばれた一夏は返事をして起立する。席が列の先頭であるのもあり、先刻から注がれていた視線が一気に収束する。
「織斑一夏………です。至らない点が多いが、改善するよう努力するつもりだ………です。以後よろしく」
一夏が一礼して着席したところで1年1組の教室に入室してきた1人の女性の姿に一夏と鈴は驚いた。
「山田先生、遅くなった上にHRまで任せてしまってすまなかった」
「いえ、私も副担任ですし当然のことです」
山田教諭に笑顔でそう返された相手は教壇に立つ。その女性の姿に他の生徒達はなにやらざわついている。
「諸君、私が君達の担任となる織斑千冬だ。私の役目は諸君らの才覚を君達自身の力で最大限にまで引き出すための切っ掛けを与えることだ。そのために全力でことに当たる故、諸君らにも全力で私に着いて来て貰いたい。以上だ」
ISの世界大会『モンド・グロッソ』。
その第1回優勝者である織斑千冬。『
黄色い悲鳴が教室内に満ちる中、織斑教諭に対する憧れの言葉が生徒達のそれぞれの口から語られる。
織斑教諭は毎年のことながら一向に収まる気配のない喧騒に溜め息を吐き、山田教諭は苦笑しながら織斑教諭が憧憬を抱くに相応しい人間であることに同意していた。
その後、なんとか落ち着きを取り戻させた織斑教諭は自己紹介の続きを促し、全員が自己紹介を終えた後に早速授業を開始するのだった。
ーーーーーーーーー。
「一夏、大丈夫?」
「………なんとかな」
最初の授業が終わった休み時間、鈴は早くもグロッキーになっている一夏に労いの言葉をかけていた。
ある意味専門学校でもあるIS学園の授業内容は専門用語やISに纏わる法律が多数存在しており、配付されたテキストや参考書は電話帳と見間違うレベルだ。
しかし、一夏達は別のことに意識と思考を奪われていた。
「それにしても姉貴がここで先生やってたとか、マジで驚いたぜ」
「ホントよね……でも千冬さんの経歴を考えれば不思議じゃないかも」
「……まぁな。けど姉貴は昔から面倒見はいいし、物事の教えかたとかも上手いから向いてるのかもな」
2人がよく知っているように話し、一夏に至っては『姉』と呼ぶ人物。織斑千冬はISに関わる者でその名を知らない者はいない。
2人の所属する1年1組の担任となったその人は一夏の実姉にして、鈴にとっても未来の
「ホント、世の中何があるかわかんないわねー……」
「そーだなー……」
姉が担任となることは勿論、自分がその生徒になることは予想すら出来なかった。
幼い頃。世界にISが登場し、姉がそれと深い関わりを持ったこと。
その弟である自分を姉と比較した評価でしか見ない人間から傷付けられたことも少なくない。
しかし、最も心を許す鈴と巡り会えたことや1年間の別離と再会。そんな世界でも一夏は『悪い世界ではない』と感じていた。
「それに狭いわよね。箒って言ったっけ、あの娘?」
「あぁ、篠ノ之箒だ」
篠ノ之箒とは一夏が鈴と会う前に知り合ったもう1人の幼なじみであり、千冬と共に通っていた剣道道場の師範の娘。かつての同門の門下生同士だった。
クラス割りで名前を見つけ、教室に入った直後その姿を見付けた一夏は箒に挨拶をしようとした。しかし、威嚇するかのような目付きで睨まれた後はそのまま顔を背けられたので取り敢えず時間と距離を開ける事にした。
「……浮気はダメだからね」
「だからねぇっつの」
そんな夫婦漫才を繰り広げる2人に近付く人影があった。
「ちょっとよろしくて?」
「……何か用か?」
一夏に話しかけて来たのは金髪の女(男は一夏だけなので当たり前なのだが)生徒だった。
彼女は一夏の反応が気に入らなかったらしく、大袈裟に驚いた後は優秀であるらしい自分に声をかけられたのならば相応の態度があるべきだと主張した。
「……つーか、誰だテメェ」
「セシリア・オルコット、イギリスの代表候補生よ。一夏も自己紹介聞いてたでしょ?」
明らかに見下して来る相手に睨み返す一夏にすかさず険悪な空気を察した鈴がフォローを入れる。
「知ってる、ジョーダンだ」
「笑えませんわね、もう少しセンスを磨かれた方がよろしくてよ?」
「大きな世話だ」
正直、一夏はISが登場してから蔓延している『世界最強兵器であるISは女性にしか動かせない。つまり女性は無条件に全員偉く、男は皆奴隷』という認識と『女尊男卑』に染まった社会風潮が広まっていた。
それを当然とする目の前にいるタイプの人間が嫌いだった。
それは一夏にとって『IS』とその評価が織斑千冬とその友人であり、ISの生みの親である篠ノ之束。
その2人の血と汗と努力の結晶だと思っている事に由来する。
そしてそれをなんの関係もない人間がISの齎す恩恵を好き勝手に行使する事は一夏にしてみれば尊敬する2人の努力をバカにされている気分になるのだ。
本来なら話すことすら嫌なタイプの人間である眼前の人物にキレずにいるのは彼女が持つ鈴と同じ『代表候補生』の肩書きに反応していたからだ。
国の代表やその候補生とは大抵、世界に467しかないISコアの1つを『専用機』と言う形で国から個人に授与される。だが、その資格を得るには生半可な努力ではない事を一夏は知っていた。
睨み合う事数分、丁度授業開始の予鈴が鳴ると『また後で来る』と言い残して去っていくオルコット。
「……なぁ、なンだアレ?」
「さぁ……じゃ、また後でね」
取り敢えず、授業の為に鈴も席に戻って行くのを見送りながら一夏は教科書とノート、そして電話帳のような参考書を開いた。
うちの嫁な鈴ちゃんは一夏のフォローに余念がありません。