「決闘ですわ!」
3時限目の授業が行われている筈の時間、一夏は先の女生徒。英国代表候補生セシリア・オルコットに白い手袋を叩き着けられていた。
事の起こりは数分前にこのクラスの担任である織斑千冬がクラス代表(級長、もしくは学級委員長)を決めると言った事を端を発する。
それにクラスメイトの一人が一夏を推すと、次々と賛同の声が上がった。
当の一夏はやる気も興味も無かったのだが『推薦を受けた者の辞退は認められない』と姉である担任に釘を刺されて憂鬱げな表情を浮かべ、それに気付いた鈴だけが『ご愁傷様』と言いたげに苦笑いしていた。
だが、それを気に入らなかったらしいオルコットはクラス代表がほぼ一夏に決まりかけていた教室内の空気に待ったをかけた。
彼女は最初、『素人が重要な任を負うクラス代表になるのはおかしい』と至極真っ当な事を言ってはいたがその後は一転。一夏を含めた『男性』と言う生物を罵倒し、果ては日本と言う国にまで罵詈雑言を吐き出した所でようやく一夏が口を開いた。
「……言いたい事はそれだけか?」
「なんですの?」
「言いたい事は全部言ったのか、って聞いてンだ。質問に質問で返してンじゃねぇよ三流」
その瞬間、教室内の空気が凍った。
「……今なんと? 三流とは誰の事でしょう?」
「あ? テメェの父親もXY染色体持ってる事も、テメェが今持ってる肩書をくれたモノを作ったのがどこの国の人間かもわかンねぇテメェの事だよ、ド三流」
近くの席のクラスメイト達が一夏を宥めようとするも焼け石に水。
鈴と千冬もオルコットの発言から予想していた事態だが、現実となる前に止めるタイミングを逃してしまったことに頭を抱えた。
「一度ならず二度までも……断じて許せません! 決闘ですわ!!」
「いいぜ、
結果として頭に血が登りきったオルコットの宣戦布告を一夏が了承した形となった。
織斑教諭により日程や時間などの詳細が決められ、ようやく授業が開始されたのだった。
ーーーーーーーーー。
「いーちか、今日1日お疲れ様。帰りましょ」
「………おー」
初日の授業が全て終了した放課後。
慣れない環境に一夏は完全に疲労困憊状態となっていた。
一夏は世界初の男性IS適合者かつ織斑千冬の弟と言うこともあり、授業中は1年1組のクラスメイトに。休み時間の間は他のクラスや上級生の生徒達が一夏の言動を観察するような視線に晒されていたことも手伝いかなりの精神的なストレスが溜まっていた。
「よかった、織斑君まだ教室にいたんですね」
教科書などを鞄にしまい終え、鈴と帰路につこうとした一夏はそこに現れた童顔の眼鏡美人な1年1組の副担任、山田真耶教諭に呼び止められた。
彼女は少々気弱な性格らしく、最初は見た目が
だが、真面目に授業を受けているのを見て認識を改め始めたらしく、『解らない所があれば聞いて下さいね』と気にかけてくれるようにまでなっていた。
そして一夏は気付く由もないが、鈴は山田先生の『とある部分』に対して異常なまでの敵対心を燃やしていたりするが割愛する。
「どうかしたんスか?」
「実は事情が変わりまして、織斑君も今日から寮に入って貰う事になったんです」
本来、男子である一夏は寮の個室が準備できるまでの間は自宅から通学する予定だった。
だが、入学と同じく政府からの要請や護衛の事も含めた結果として急遽入寮が決定したのだ。
「そーなンすか」
急な決定と荷物を取りに行かねばならない事に内心ため息を吐いた。
「荷物なら用意してあるぞ」
「姉……織斑先生?」
山田教諭の後ろから姿を現した実姉である千冬をつい癖で『姉貴』と呼んでしまいそうになるが、学校内でそう呼ぶことは風紀的な意味も含めて良いものではないと判断したので呼び方を正す。
「当面の着替えと携帯の充電器だけだがな、あとこれがお前の部屋の鍵だ。無くさないように注意しろ」
鍵を受け取った一夏は担任2人に礼を言うと今度こそ帰路に着いた。
その道中。
「ねぇねぇ、一夏は何号室なの?」
「ん、鍵には1019って書いてあるな」
「1019?」
聞き返したと思いきや、突然鞄をあさり出した鈴が取り出したのは一夏の持つモノと同じ寮の鍵。
「えへへ〜♪」
ソレと一夏の鍵を数回ほど見比べると急に笑顔になった。
「……何ニヤけてんだ?」
「ふっふっふ〜♪これを見よ!」
「……ほぉ」
一夏に突き付けるように見せた鈴の持つ寮室の鍵。
そこには『1019』と刻まれていた。
「姉貴、もう伯母になるつもりか?」
ーーーーーーーーー。
IS学園学生寮1019号室。
宛がわれた部屋に入った一夏と鈴は一流ホテルを思わせる豪華さに目を丸くしていた。
「ねぇー、一夏見て見て! すごいわよこの部屋!!」
「さすが国立の寮だな」
内装もさる事ながらベッドなどの家具は勿論、シャワー室まで完備した室内を見回す。
「ねぇ、一夏!こっち来て!!」
「ん、どうした?」
鈴に手招きされた先には、多少狭いながらも使い勝手の良さそうな調理場があった。小さいながらも冷蔵庫やその他の調理器具まで用意されたその調理場は料理が趣味な2人にとっては一番の高ポイントだったりする。
「つーかさっきから何ハシャいでンだよ、少しは落ち着けっつの」
ところで、この一流ホテル並の設備を備えたIS学園の学生寮。準備期間などの理由から新入生だからと言って入学前から入寮出来るワケではなかった。
「だってぇ〜、一夏と一緒なんだから嬉しいに決まってるじゃない♪ 一夏もそうでしょ?」
ならば、1カ月前に帰国した鈴が今日までの間どうしていたかと言うと……、
「さぁな。別に今朝までと大差ねーだろ」
今の一夏の言葉からお分かりとは思うが帰国してから今朝までの1カ月、鈴は一夏の家に寝泊まりしていたのだった。
数ヶ月前の受験シーズンの中、試験会場での出来事がきっかけでIS学園に強制入学となった一夏は事前学習としてIS関連の参考書(これも厚さが電話帳並)を渡された。
早ければ小学生から勉強を始める者がいる程に学習する事の多いISについては『基礎だけ』とは言え、受験が終わった直後の時期に始めた一夏の独学では全く時間が足りなかった。
そんな時に以前から連絡のやり取りをしていた鈴から家庭教師の申し出があった。
一夏はその好意を受け、彼女に入学まで住み込み家庭教師を依頼したのが事の顛末である。
「ふふ、一夏ってば照れ屋さんなんだから♪」
「……ヤカマシイ」
浮かれ気味な鈴だったが、そっぽを向いた一夏の次の一言にフリーズした。
「ま、確かに悪くはねーな、これなら約束通り毎日オマエの酢豚食えるし」
「……え?」
視線を鈴に向けると一夏の方を見てさっきよりも目を見開いている様子から余程驚いているらしい。
「……お、覚えててくれたの?」
「あのなぁ……鈴が言ったんだろーが、『料理が上達したら毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』ってよ。こー見えても割りと楽しみにしてんだよ」
「そ、そうなんだ……」
昔交わした子供同士の約束、それを覚えてくれただけでも鈴は嬉しくて泣きそうだった。
思い出して見れば、一夏はその約束を交わした頃から鈴の両親が営んでいた中華料理屋に来る度に毎回彼女の作った、決して上手く出来たとは言えなかったハズの酢豚を食べていた。
具材の大きさがバラバラだったり、火加減を間違えて焦げ臭かったりしても一夏は『酢豚は好物だから』と言って決して残したりする事はなかった。
「ね、ねぇ、一夏?」
「あー?」
「今日は無理だけど、今度酢豚作ってあげるね?」
「……おー」
少し震える声に気付かないフリして一夏は絶対になかったであろう場合の事を口にする。
「つーか、オマエが忘れてたら罰として春巻と餃子と青椒肉絲追加してやろうと思ってたんだけどな」
「そんな事あるワケないじゃない……それに春巻に餃子と青椒肉絲? むしろどんと来いでーす♪」
グシグシと袖口で目元を拭い、抱き着いて来た鈴は花のように笑う。
「オマエはどこのキーボード担当お嬢様だよ?」
「じゃあ、箒って子は作詞兼ベースね。中の人的に」
「なんだよ、中の人って……?」
ーーーーーーーーー。
あれから寮内の食堂で夕飯を済ませた2人が部屋に戻ると、鈴は着替えを纏めて部屋に設置されたシャワー室に入った。
「ねぇ一夏……一緒に入る?」
「……アホ」
ドアの間から顔だけ覗かせてからかうと、予想通りな一夏の反応で鈴は笑っていた。
……返答までの僅かな間はなんなのだろうか。
「覗いちゃダ・メ・だ・ゾ♪」
「さっさと入れ!」
「きゃー、一夏が怒ったー♪」
吠える一夏から逃げるように鈴はシャワー室のドアを閉じた。
「……」
かすかに聞こえて来る水の音と鈴の鼻歌。
なぜか激しくなる心臓の鼓動は数十分後に鈴が上がって来るまで収まる事がなかった。
ーーーーーーーーー。
「お待たせー♪」
「おー……って、髪くらいちゃんと拭けっていつも言ってんだろ。ったく……」
頭に被ったままの少し湿ったタオルを奪った一夏は呆れ口調ながらも、丁寧に鈴の髪を拭き始めた。
更にドライヤーを当てながらのブラッシングも手慣れている。
「一夏ってばやっぱじょうず〜、スッゴくきもちいい〜」
「うるせぇ。風邪ひいてもしらねぇかンな……ホラ、出来たぞ」
「ありがとね、一夏♪」
心地好さに完全に蕩け、幸せそうに笑う鈴と、またもや心臓の鼓動が激しくなった一夏は着替えと自分のタオルをひっ掴むとシャワー室へ逃げるように入って行った。
(ったく……
正直な所、可愛いすぎた。
暴れているような心臓の音はドアの向こうにいる鈴にすら聞こえるのではないかと思うくらいだ。
薄手の寝間着の隙間からみえる風呂上がりで血行が良くなった為に上気してほんのりと桜色に染まった肌と鼻を擽る甘いニオイは一夏の理性に少なくない衝撃を与えた。
昨日までは姉の千冬なり、一夏の悪友であり親友の五反田弾とその妹の蘭が泊まりがけで遊びに来たりしていたが、今日からは家よりも狭い空間で正真正銘の二人きりと言う状況。
一夏は自分の理性がどこまで耐えられるかを考えると今日何度目かのため息を吐いた。
考えても仕方ないとして服を脱いで浴室に入る。
「……冷てぇ」
蛇口を捻り、シャワーから出て来たのは予想に反した冷たい水だった。
「……丁度いいか」
頭を冷やせば多少は落ち着くだろう、と一夏はしばらくシャワーの吐き出す水の冷たさに身を任せた。
ーーーーーーーーー。
風呂から上がった一夏は帰りに自販機で買ったジュースを飲みながら入口寄りのベッドに腰かけた。
頭を冷やすのに時間を取られて少し長めになっていたがとりあえずは大丈夫だ……と思いたい一夏。
「一夏〜、おかえり〜♪」
すると、隣の窓側のベッドにいた鈴が猫のように擦り寄って来た。
「……あちーんすけど」
「お構いなく〜♪」
風呂上がりで確かに体が火照っているのは判る、しかし今熱くなっているのは他でもない抱き着いている鈴のせいだ。
「……オイ」
「なーにー?」
「……あたってる」
「あててるのよ!」
『何が?』『何を?』とは聞いてはいけない。
……ただ一夏好みのサイズとだけは言っておく。
「あのな……俺は男だぞ、襲われるとか考えねぇの?」
一夏も思春期真っ只中の健康な男子であり、膝の上には惚れた相手。
『マジで押し倒していただきます五秒前』だと警告するが鈴は両手で一夏の頬を包むと自分の唇を彼の同じ所に押しあて、柔らかい感触を与えた。
「一夏だったら……いいよ?」
照れか羞恥か頬が上気する鈴が物凄く色っぽく見える。
どうやら一夏の頭は全く冷やせていなかったらしい。
続きはWebで。