その日、中国から転校して来た一人の女の子が数人の男子生徒にからかわれていた。
まだ来日して日の浅い少女は日本語に慣れていない為に何を言われているかはよく解っていないようだが、復数人に囲まれて何やら騒がれている事に完全に怯えていた。
言葉のよく解らない異国で頼れる人が誰一人としていない、とても不安な状態であろう少女に対する行為は一夏にとって不快でしかなかった。
「オイ」
この頃一夏は既に姉の千冬から、
『お前の問答無用な有言実行さ加減は長所だが、同時に短所だ。時と場合をしっかり見極めてから行動するようにな』
そう言われていた。その姉の言葉をよく解らずにいた一夏だが、ただ『とてつもなく喧嘩っ早い』とだけは自覚していた。
「テメーら、さっきからうっせーンだよ。少し黙れ」
故の行動。正義感なんて大層なモノじゃ決してない。
「なんだよ織斑、ソイツに味方すんのかよ!?」
味方も何も無い。集団は邪魔されたことが気に入らないらしい。
だが、それは近くで胸糞悪い
非常に気分を害されたから黙らせてやろうと思った、本当にただソレだけのはずだった。
「あ、解った。お前、ソイツの事好きなんだろ!」
突拍子のない、本当にワケのわからない事を言い出して騒ぎ出す集団。
しかしこの後の一夏自身が一番、本当にワケが解らない事を言っていた。
「あぁ、そうだな。反論もまともに出来なさそーな
『そんなんじゃない』と答えればよかった筈だ。だが、なぜそう言ったのかは一夏自信も覚えていない。
一夏に矛先を変えた集団が『ナマイキだ!』だの『調子に乗るな!』、『カッコつけてんじゃねーよ!』などと喚き立てているがそんな事はどうでもいい。
その少女もその時は一夏が何を言ったのかあまり理解出来ていなかったようでもあるし、覚えてないだろう。
一夏自身、今ならともかく何故あの時『好意』を表すような言葉を発したのかはよく解らない。
気が付けば始まっていた多対一の喧嘩は『多』の方が全員逃げ出す、つまり一夏の勝利と言う形で
「……また、ねーちゃんに怒られる」
一夏は姉に頭が上がらない。
物心つく前に両親が蒸発だか失踪だかをして以来、幼い一夏の親代わりであった姉に怒られるのは今でも怖い。
理由が理由なだけに怒られる事はないのだろうが一夏はどうやって謝るかを考え始めた。
そんな彼に事の成り行きを眺めているしかできなかった少女が恐る恐ると言ったように声をかけて来た。
「あ……アリガト」
不慣れだ、と判る日本語で言われた感謝の言葉。
「……別に礼言われるよーな事してねーし、俺が勝手にケンカしただけだ」
「それでも、アリガト!」
ついさっきまで泣きそうだった少女は、すごく嬉しそうな眩しい程の笑顔になっていた。
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ふと目を開くと、一夏は自分が今まで夢を見ていたことを自覚した。
(随分懐かしい夢だな……)
一夏と鈴は夢に見た事がきっかけとなり、気が付けば一緒にいるのが当然になっていた。
とある事が切っ掛けで一夏が鈴に『好きだ』と告げたのは中学一年の冬。ソレを受け入れてくれた彼女と2人の時間が増え始めた頃、彼女が家庭の事情で故郷の中国に帰る事になった時は流石に凹んだ。
高校は中国への留学も本気で考えたが『姉への負担を増やしたくない』との考えと鈴本人からの説得から断念。
その矢先に判明した適性反応の所有とそれに伴うIS学園入学の決定、そして代表候補生になった彼女との再会。
そんな6年間は何かしらの物語なのではないか、と一夏は思う。
「あ、起きた?」
「……あー」
だが、そんな非現実的な夢物語にすら感じられたソレこそがただの想像であり、一緒にいる事が現実だと安心させてくれる笑顔がそこにあった。
「そろそろ始まるから起こそっかなって思ってたトコ。……随分よく寝てたけど、夜眠れないの?」
今日はクラス代表であるオルコットの最初の仕事である学年別クラス対抗戦が催される日だった事を思い出す。
それと同時に鈴を見上げている事から察するに、彼女の膝を枕に居眠りしていたらしい事も理解する。
「……別に、誰かサンの近くが居心地良いから熟睡しちまうだけだから心配すんな」
「……そっか」
ニコニコしながら一夏の髪を撫でる鈴もどこ嬉しそうな表情を浮かべていた。
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数時間後、対抗戦はオルコットが1回戦目の2組代表、そして決勝で3組代表を難無く破って優勝した。そんな彼女は今回の優勝に納得していない所があるらしい。
「何がそんな気に入らねーんだ?」
「実は3組の代表は不戦勝で決勝に進んでたの知ってるわよね?」
頷きで返す一夏は不戦敗となった4組代表は風邪でもひいて休んだのだろう、と予想するもそれは外れだった。
「対戦相手だった4組の代表が出場しなかったのは……いや、『できなかった』って言うのが正しいのかしらね。機体がなかったんだって」
「機体がない?」
頷いた鈴が聞いた話によると4組の代表は日本の代表候補生でもあるのだが専用機が未完成だったために今回の対抗戦への参加が不可能だったそうだ。
「つまり実力で勝った訳じゃねー、とか愚痴ってるワケか……ま、どーでもいーけどな」
詳しい事情を知らない一夏は4組の、そして自国代表候補生の機体が未完成な理由の一端が自分にもある事など露とも知らずに数日後に控えた連休の予定を考える……ハズだった。
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アリーナの天蓋を光の柱が突き破ったのは全試合を終えたクラス代表の生徒達が控えとなるピットに引き上げた直後の事だった。
「な、何!?」
「……地震じゃねーのは確かだな」
突然の爆発と轟音。そして小さくない振動に鈴だけでなくほぼ全生徒が軽度の恐慌状態に陥る。
「原因は……アイツか」
「アイツって……何よ、アレ!?」
一夏の視線の先、つい数十分前まで試合が行われていたアリーナの中央に全身が装甲に覆われた黒いISが浮遊していた。
「十中八九ISだろうな。しかもシャレになんねー
一夏達がいるアリーナは現行で世界最強の戦闘兵器であるISを起動させる事が可能な学園内で唯一の場所である。そのISが試合、つまり戦闘を行う事もあるこの施設にはISの攻撃にも耐えられなくてはならない。
その為、ISに搭載されている防御機能『フィールド・バリア』をより強化したシステムを突破出来る兵器は『IS』以外にはなく、しかも一夏の読み通り一般的な競技用のモノより高い出力の武装が施されている。
すなわち……、
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「「敵だ」」
姉は管制塔で、弟は観覧席で。同じアリーナ内の離れた場所で姉弟はそっくりな鋭い眼に映る黒いISを同時にそう断定した。
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「敵、ですか……」
同時刻、アリーナの官制室内は教員達の対応に追われる喧騒が溢れている。その中で山田教諭は千冬の発言にどこか納得しながら聞き返した。
「該当する機体情報もなく、こちらからの通信にも応答なし。それどころか公共の施設の天井を破壊して来訪する者を『御客様』とは私は呼べないな」
一息置いてから、寄せられた報告を元に千冬は冷静に指示を出した。
「生徒達の避難を最優先。各教員は訓練機を装着後、識別不能機を迎撃」
即座に指示を実行させようとする山田教諭だったが、その指令を伝達させる事はできなかった。
「ダメです!全システム制御できません!隔壁、及び全ゲートが完全に閉鎖され、教員が訓練機のある格納庫への移動すらできません!!」
「なるほど、侵入と同時かそれ以前にここを掌握したか……ん?」
「これは……」
侵入者の手際の良さに感心していた千冬、掌握されたシステムの奪取を試みていた山田教諭の目には全く無かった識別不能機からの応答とも取れる
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「御指名は俺か……」
管制室だけでなく、アリーナに存在する全てのモニターに識別不能機の視点からと思われる織斑一夏が映されていた。
「な、なんで一夏の事見てんのよ?」
「さぁな、大方どっかの国だか企業だかが俺を好き勝手出来ねー分の八つ当たりでもしに来たんだろ」
さも面倒臭さそうに言いながら一夏は携帯を取り出した。
『私だ。用件は解っている……やれ』
「了解」
数コールもしない内に携帯から聞こえた声は世界最強のIS操縦士であり、現在・担任教師である姉のモノだ。即座に白式を右腕のみ部分展開し、同時に『高周波レーザー刀・村雨』を呼び出す。光の刃を思わせる重金属粒子の刀で未確認機体によるハッキングで施錠されている扉を切断しようとした。が、
「皆、ここから落ち着いて避難して!」
しかしそれは『嫁』とその忠実なる『龍』によってなされていた。纏った『龍』と共に開けた扉から生徒達が避難して行くのを見送る彼女は凛とした声で宣言した。
「一夏、アタシも一緒に行くわ!」
『龍』の名は『
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自らの目標に宣戦布告した『未確認機体』はアリーナの中央で静かに相手が来るのを待っていた。
『……』
「待たせたな」
己に与えられた目標である『白式』とその操縦士の『織斑一夏』を搭載されたセンサーが捉える。
「アンタがどこの誰だか知らないけど一夏に何の用よ!?」
その横には中国製IS『甲龍』を纏う代表候補生『凰鈴音』。過度な武装を持つ正体不明機が一夏を目的としていることに彼女は警戒心を持つと同時に敵愾心を顕にしている。
2人が共にいる事は必然的に自らに対して2人掛かりで来る事を示しているが未確認機は何の反応も見せない。
「アタシ達2人にビビってんのかしら?」
「もしくは2人掛かりでも負ける事ないって余裕かもな」
鈴は二対一組の青龍刀『双天牙月』を、一夏は唯一の武装である刀をそれぞれ構えると、それに呼応する様に未確認機は漆黒の装甲から突き出た砲口を二人に向ける。放たれた閃光が戦闘の開始を告げた。
「なんて熱量………」
「掠り傷じゃ済まなそーだな」
完全に回避した2人が感じる閃光による熱風がその威力の高さを再認させる。回避できても、ISを纏っていなければどうなっていたかを考える鈴の背中に冷たい汗が流れる。
「鈴」
「な、何?」
「俺の背中、お前に預ける」
「了解!」
一夏の一言で、不安に揺れていた鈴の瞳に再び闘志の炎が燃え上がった。
「いくぞ」
「やってやるわよ!」
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『喰らいなさい!』
鈴の愛機・甲龍は両肩部に備えた固有武装から『衝撃砲《龍砲》』を放ち、『衝撃』と言う不可視の砲弾が未確認機の装甲に牙を立てる。
『……シッ!』
全身に備えたブースターによるあり得ない程の加速で回避するが、しかしその先にはその行動と方向を読んでいたかのように待ち構えていた白式の斬撃が未確認機を捉えた。
1人は専用機を与えられた代表候補生であり、ある程度の訓練期間と戦闘の経験を持っている。さらに彼女の機体は母国の最先端の技術を費やした世界最新鋭のモノであるが故にあの未確認ISとも互角以上に戦えていることは理解出来る。
しかし、あの場にいるもう1人とその機体は別だ。数ヶ月前に適正が発覚した基礎程度の技術しかない男性操縦士と10年程前に作られた『欠陥機』とされた機体。
そんな組み合わせでは誰がどう考えてもまともな戦闘が出来るはずもなく、『代表候補生の足を引っ張り、撃墜されるのが関の山だ』と未確認機体は予測していた。
だが実際には幼なじみ兼婚約者(?)同士であることや、機体を受領した後は一緒に訓練をしていたことも手伝い、ほぼ完璧なコンビネーションを見せる2人。圧倒される未確認機体の反撃の砲撃は何もない空間を撃ち抜くだけに終わった。
主人公機であるハズの白式があまり活躍していない謎。