戦争は何も生まないなどという戯言を抜かせる人間は幸せだ。自分の立っている足場が何によって築かれた事すら見えていないのだから。
隣人を守るために死ねた人間は幸いだ。例え守られた人間に君の死という十字架を背負わせたとしても。
子供のまま死ねた人間は幸福だ。ほんの少しでも夢と希望を懐いたままに死ねたのだから。
負であれ、正であれ、力と力の衝突は最も多く、上等な結果を生み出せる行為だ。そうでなければ人類が有史以前からも麻薬のように依存し続ける通りがない。
選んで殺すことに何も意味が無いように、選んで助けることにも欠片も意味はない。火を掛けて蹂躙して回る者がいれば、手を差し伸べ奔走する者がいる。そして、その本質は限り無く近い。
100人の命を救えないのなら目の前の命を救え、100人の命を奪えないのなら目の前の命を奪え。どちらも正論なのは明白だ。
憐れみの目を向ければ敵意を剥き出しにする一方、殺意を持って迫れば恐怖に顔を歪める。
武器を持たぬ聖人のために、武器を持つ凡人が警護にあたる。
罪人を裁く法は、同時に罪人を生かす法はでもある。
人の命は皆平等だ。人々に惜しまれつつ拍手喝采の元送られた死者と、道路の邪魔になら無いところに退けられた死者を比べても。
もし、人間を創った神が存在するのならソイツはとんでもない偏愛家だろう。
愛は狂気。信念は怨念。施しは自己満足。殺人は自己犠牲。戦争は不変。
嘘を吐こうと、御託を並べようと、手を伸ばそうと雲にすら届かないように、探求の果てにあるのは大抵、既に決まっている。そして、その事に絶望する。
世界を変えたい訳ではない。世界を壊したいとも思わない。かと言って目の前の命を諦める事も出来ない。だから、人に剣を降り下ろす事に躊躇はない。しかし、その事に快楽を感じないと言えば嘘になる。
下らないが捨てられない正義感、ちっぽけだが良心を削ぐには丁度良い敵対心、全てが終った後に感じる程々の自己満足。
善か悪かで言えば中庸。悪人か善人かで言えば善人。内道か外道かで言えば外道。
それが俺。全てが俺。君の前に転がっている男の正体だ。
君に怨みがあるわけじゃない。だが、君は悪だ。 なぜなら誰もが君を恐れたから。
君は強く美しい、そして震えた。君に止めを刺した時、何れ程の歓喜を覚えるだろうと。
だから俺は君に挑んだ。そして結果はこの通りだ。敗者に決定権はない。後は君の好きにするといい。
「つまんなーい」
壁に血に濡れた背中を預けている俺に対して、彼女はそうバッサリと切り捨てた。
更に大きな溜め息が聞こえ、地面を向いている俺の目に彼女の足が映る。
「一々表現が癇に障るのよ。それに要するにあなたは好きなように助け、好きなように殺し、最後は私に負けて死に場所を見付けた。それだけでしょ?」
その言葉に言い返す言葉が見付からず、ただ顔を上げ、ゆっくりと彼女を見上げた。
血のように鮮やかに赤いチェックスカート、白いシャツの上にスカートと同じ柄のチェックベスト。襟にはひまわりの花弁のような黄色いスカーフ。
碧玉のように淡く光沢を帯び、肩口程で切り揃えられた翠の髪。
赤い瞳と、爬虫類のように縦に細く開いている瞳孔が人間のそれではない事を示している。
振り上げられた俺の血で濡れた日傘が目に映ろうとも自然と恐怖はない。寧ろ、少しでも長く彼女の姿を記憶に留めたかった。
「やっぱりあなたは殺してあーげない」
そう言った彼女は新しい玩具を見付けた子供のような表情を浮かべたが、それすら妖艶に映る。
そして、目の前でしゃがみ込むと俺の手を握りしめた。
これまで価値観の擦れたつまらない生物を踏みにじって来たからだろうか…? 喜劇的な神様のお陰で人をも、神をも愛する事が出来なくなった俺だったが…。
「代わりに私の従者になりなさい」
人生で最初に瞳に映った笑顔の彼女は女神にも等しく思えた。
◆◇◆◇◆◇
今はビオランテへの餌付け……もといゆっかさんとの朝食も終わり、二人で居間のソファーに座りながらゆっかさんが借りてきた鮫映画を見ている最中である。
「ねえ、トオル?」
「はい?」
「こういう映画ってどうして必ず最初に二本足のペットフードが出て来るのかしら?」
「人間が喰われないと話が進みませんからね……」
ビオランテのあんまりな語彙に顔を引き吊らせていると、掛け時計の針が"8:30"を指している事に気が付き、席を立った。
「ちょっと"ふーちゃん"を起こして来ますね」
「はーい」
ゆっかさんの返事を背に、寝坊助を起こす為にリビングから足を進めた。
扉を開けて中に入るとどっかの大妖怪と同じようなピンクの水玉のパジャマを着て、大きなイルカのぬいぐるみを抱いた少女が、ベッドで寝ている。
厚手の布団を捲り、顔を拝見するとゆっかさんと瓜二つの顔が出てきた。やはりいつ見ても俺の遺伝子は完全に駆逐されている。
ご想像の通り、臭い言い回しを使えばふーちゃんら俺とゆっかさんの愛の結晶……すなわちスペースゴジラなのである。
冗談はさておき、娘の名は"風見
とりあえず、ふーちゃんを軽く揺すって起こそう。
「ほら、朝だぞー。 光合成の時間だぞー」
「んー…」
ふーちゃんがパチリと目を開ける。そして、俺を目にした瞬間、ふーちゃんの顔が青くなった。
「ひとりで寝るためのお約束は?」
「土日祝日は朝ご飯にひとりで起きる事…」
「めっ、ひとりで寝たいのならちゃんと守らなきゃダメだぞ」
「うぅ……ごめんなさい」
そう呟きながらふーちゃんはベッドから降りた。
「なんでそんなにゆっ…ママとパパと寝るのが嫌なんだ?」
早くも反抗期なのかと内心ビクビクしていると、ふーちゃんは呆れたような表情になり口を開いた。
「ちがーう、嫌なわけじゃないよ。だってゆっかちゃん寝る時、放してくれないんだもーん」
「ああ……そういうことか…」
ゆっかさんは寝ている間は何かしらを常に抱く習性があり、大概その犠牲になるのは俺か、ふーちゃんか、巨大なぬいぐるみだ。
ちなみにゆっかちゃんとは勿論、ふーちゃんをお腹を痛めて産んだゆっかさんの事である。俺が呼ぶせいで移ったのだろうな……そう呼ぶ度になんだか後ろめたい。実際、ママパパの次に発音した言葉がゆっかで
「じゃあ、今日はツケにしておいてあげよう」
「ツケ?」
「小切手みたいなモノだよ。兎に角、朝ご飯にしよう。後、食べてないのはふーちゃんだけだぞ?」
「ツケー!」
俺はふーちゃんの手を引きながらリビングに戻った。
リビングで余計な事をふーちゃんに吹き込んだという事で、ゆっかさんに腹パンを食らったのは言うまでもない。
◇◆◇◆◇◆
リビングに戻って、朝ご飯をもきゅもきゅ食べるふーちゃんの隣に座り、汚した口を拭くいつもの工程を終えた後、ゆっかさんの隣に座ると映画では既に登場人物の半分程が鮫に頂かれていた。まだ、半分程時間があるというのにこのペースだ。映画としては後半息切れ必死だろう。
「すー…………すー………」
ほら見ろ。TSUTAYAで借りてきた本人のゆっかさんが寝ているレベルだぞ全く………………さてさて…。
俺は一度寝ると中々起きないゆっかさんの特性を利用して遊ぶ事にした。
とりあえず俺よりは小さいゆっかさんを猫のようにそっと抱え上げ、俺の膝の上に乗せてみる。真っ先にゆっかさんからするの仄かな花の香りはどんなアロマキャンドルや香水よりも心地好く鼻孔をくすぐった。
暫くそのまま何をするまでも無く映画を眺めているとゆっかさんが寝言を吐く。
「…ん……トオル…」
「ひゅー、ひゅー、ラブラブー」
俺とゆっかさんの隣に座り、おっさん臭い茶化し方をしてくる我が娘は兎も角、ゆっかさんは夢の中でも俺を呼んでくれているらしい。これは冥利に尽きる。
「…ご飯は………ま…だ…?」
「え……?」
その言葉にそれは無いわこの女…とでも言いたげな絶妙な表情を浮かべるふーちゃん。
……りょ、料理人冥利に尽きるに訂正しておこうか…。
◆◇◆◇◆◇
「すー………すー………」
「………すー………すー」
映画が終わった5分後には食後の牛が2匹に増えていた。こんな愛らしい牛を出荷できるわけもないので二人に毛布を掛けてから鍛冶や、調剤なんかを主に行う為の作業場に行こうかと席を立つ。
丁度、その時に来訪者を告げるベルがなった。幸い……もとい案の定その程度では起きる母娘ではないため、俺は作業場に向かう予定を変更し、玄関へと向かった。
玄関扉の一部の磨りガラスから相手のシルエットや、髪型が見えるため、誰が来たのかは出る前からおおよその検討が付く。
最後に彼に会ったのはいつの事だったかと思い返しながら玄関の鍵を開け、扉を開け放った。
「あ、ども旦那! 久しぶりっす!」
そこにいたのはボストンバッグを下げたオレンジの短髪ぐらいが特長の20代程の青年……。
「久しぶりだな。"りゅーくん"や」
"時計塔の生徒兼執行者の見習い"をやっている"雨生龍之介"だった。
ゆうかりん……花……ついて回る……うっ…頭が…。