万物の願いをかなえる聖杯を奪い合う争い、聖杯戦争。今は数十年に一度、俺らの住む冬木市を舞台に行われるものを取り上げる。
聖杯を求める七人のマスターと、彼らと契約した七騎のサーヴァント、それぞれセイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカー、アサシン、キャスターがその覇権を競う。
他の六組が排除された結果、最後に残った一組にのみ、聖杯を手にし、願いを叶える権利が与えられる。
勝利のためには、マスターか、そのサーヴァントを倒す。もしくはマスターの令呪を無効化し、強制的にマスターとしての資格を失わせることが必要となる。なお、サーヴァントを失ったマスターとマスターを失ったサーヴァントが契約を交わし、再び参戦する事も可能。
「どうっすか? 最高にCOOLなイベントっすよね!」
何やら楽しそうにこの冬木で行われると言う聖杯戦争について簡潔に語る青年。
彼の名は雨生龍之介。数年前にふーちゃんとゆっかさんを襲おうとしたが、文字通りの半殺しにされた若者である。
その後、ゆっかさんを前にしても臆せずに血だらけのまま何故か感謝をし、ゆっかさんを激しく慕った事でゆっかさんに気に入られた事がそもそもの始まりだ。
彼が魔術師の才能を持っていた事も幸いしたのだろう。魔術を教えるということをしてみたかったらしい。
勿論、ゆっかさんがである。
ゆっかさんはああ見えて魔法使いでもあるとかなんとか。まあ、妖怪なら使えても何ら不思議は無いだろう……ビームとか撃つし。とは言え、ゆっかさん基準の魔法使いとは一体何百年前の話なのかわかったものではないがな。多分、今に当て嵌めれば魔術使いとなるだろう。
なんでもオーディンと魔術比べをして勝った等と言っていたがそれの真偽の程は不明である。ゆっかさんには言えないが、どうせ勝負の途中で殴り合いにでも発展し、ゆっかさんが勝ったのでは無いかと俺は思っていたりする。
ちなみに、ゆっかさんは他人の料理のどんな些細な事でも文句を付ける程几帳面で、はいかいいえの二択の下に殴り飛ばすという三択目があるのが独創的で、社会と参照した自分のモラルに反する人間に対して暴行を行うことを良いことだと思っているような社会性溢れる妖怪だ。
話が逸れたな。要はゆっかさんが可愛いという話は置いておいて、俺は魔術っぽい何かは使えない事もないが、魔術回路なんて素敵な物は搭載していない身体だ。りゅーくんが羨ましくないと言えば嘘になるが、その代わりに俺はりゅーくんに武器の扱いや、相手を殺すための身体の動かし方などを教える担当をしていた。
そんな経験を経て、現在りゅーくんは時計塔で、学生兼執行者見習いをしているのである。
電話でゆっかさんがゼルレなんたらという名の昔馴染みに"優しく頼み込んで"入れて貰ったらしいのだが……昔、一体何をしでかしたのかを調べるのは止めておいた方が良いだろう。知ったところで誰も得はしない。
「初耳だな…」
「そりゃ、前にやったのは60年も前ですからね」
それなら流石に俺は普通に産まれてないな……ふむ。
「なんで私を見るのかしら?」
………膝の上でまだ眠っているふーちゃんを抱いているゆっかさんを見たが、ゆっかさんも知らないと言った様子だ。まあ、極東の田舎と言っても差し支えない程度の場所で行われる儀式を知っている方が少数か。あくまでもゆっかさんは趣味と攻撃程度に魔術を行使する魔術使いだからな。
「で? ゆっかさんはどうします?」
この街で行われる事だ。やや街からは離れたここが戦火にならないとも限らないだろう。ならば一番は触らぬ神に祟りなしだ。終わるまでは旅行にでも行くとするか…。
「うーん、やっぱり三騎士をサーヴァントにしたいわね。トオルは何がいい?」
「え?」
「流石姐さん! 話がわかるぅ!」
あ、既に参加する気ですかそうですか……。まあ、ゆっかさんは大半の死徒27祖程度なら素手で倒せそうな程強いので大した問題でもないか…。
「それは兎も角、参加するにしてもどうするんだ?」
「それが問題っすよねー。俺はもう願いとか無いですし」
なんでもサーヴァントの召喚に必要な令呪は、聖杯戦争で御三家と呼ばれる魔術家を除けば聖杯へ掛ける願いを持ち、魔術回路を有する者が選ばれるそうだ。
今のりゅーくんに聖杯を使ってまで叶えたい願いがあるとは思えないし、俺はそもそも魔術回路を持っていない。
「ゆっかさんは聖杯に掛ける程の願いとか…」
ゆっかさんにも一応、聞こうと思ったが聞くまでもないな。いつも通りなら"私がコップひとつに頼み事をするような狂人に見えるの?"とか言われるのがオチだろう。
「あら? 令呪ってこの赤い印の事かしら?」
ですよねー。ゆっかさんならそう言うと思…っ………て?
ゆっかさんが手をパーのまま突き出して力を込めると甲に紋章が浮き上がった。西洋の家紋のような複雑な紋章だ。
「変な印だったから隠していたのだけれど…」
「んー……」
「あら? 起こしちゃったわね」
ゆっかさんがソファーから立ち上がる為に膝の上のふーちゃんを退けようとした直後、ふーちゃんが伸びをしながら起床した。
「おはようございます! お嬢!」
「あ、りゅーくんだ」
ふーちゃんと目があった瞬間にいっそ清々しいほど綺麗なお辞儀をするりゅーくん。
「なんで帰ってきたの?」
「それはですね…」
首を傾げながら、俺が言われたら心にグサリと突き刺さるであろう、子供特有の歯に衣着せぬ物言いをするふーちゃんに対し、りゅーくんは再び口を開いた。
「私、バーサーカーが欲しい! がおー!」
りゅーくんから聖杯戦争の事細かな概要を聞いたふーちゃんはそんなことを言い出した。
「いや、話を聞く限り、別に聖杯戦争は好きな使い魔を貰うイベントでは無くてね……」
「がおー!」
妙な声をあげているふーちゃん。全く誰だこんな娘に育てたのは? 親の顔が見てみたいな!
まあ、冗談はさておき、使い魔と言えば使い魔なのだから間違ってはいないとは思うが…。
「ちなみにどんなバーサーカーが欲しいんだ?」
「モケーレ・ムベンベ!」
人ですら無かった! おのれTBS! 娘をこんなんにしやがって!
ふーちゃんは暫く床を見つめてから上を見上げ、上目遣いでゆっかさんを見つめる。
「ダメ…?」
「………………ッ!」
それを受けたゆっかさんの目は見開かれ、全身をわなわなと震わせた。言葉には出していないが萌え苦しんでいるのだろう。昔は威厳に満ちていた気がするが、今では形無しである。
「龍之介、バーサーカーはどうやって召喚するのかしら?」
「あー、えーと……このメモにまとめておきま」
その直後、ゆっかさんはりゅーくんからメモ書きを引ったくると、それに暫く目を通してからふーちゃんに笑顔を向けた。
「お母さんに任せなさい」
「やったぁ!」
ゆっかさん……相変わらずふーちゃんには甘いな…。でもふーちゃん、UMAは無理だ…。
◇◆◇◆◇◆
ゆっかさんがドタコンを発揮し始めてから30分程たった頃。密閉空間だか、空気の流れの無い空間だかが望ましいらしいので半地下にある俺の作業場に4人で集まっていた。
30分も掛かった理由は、部屋の中央で儀式をしたいと何事も形から入りたがる性格をしているゆっかさんが言い出したため、無駄に模様替えをするハメになったからである。
「トオル、水銀」
「すいぎーん!」
「水銀ですか? アマルガム用なら幾らかありますけど」
「ならそれでいいわ」
そう言うとゆっかさんは鍛冶台の上にある短剣を一本掴み取る。そして、薬師台の上に置いてある半分ほど水銀の入った1Lビーカーの上に手首を置くと短剣で手首に…。
「おっと、ふーちゃんにはまだ早い」
「ふみゅ!?」
とりあえず、ふーちゃんの目を覆って自主規制を掛けることにした。あー、あー、ゆっかさんの手首から鮮やかな液体が…。
ある程度体液を絞り出すとゆっかさんの手首の傷は、逆再生映像でも見ているかように修復された。
ゆっかさんはビーカーに溜まった水銀と、自分の体液を料理でもしているかのような手付きで混ぜ始める。
「……ところでりゅーくんや。ゆっかさんの血で魔方陣を描いても問題ないのか?」
ゆっかさんは大妖怪である。モケーレ・ムベンベより珍しいUMAなのである。
つまりは存在そのものが神秘の生き物だ。血の一滴ですら最高位の魔術素材になるだろう。それどころかゆっかさんの血液は一切劣化しないので魔術触媒にすら可能だ。現にりゅーくんの魔術礼装はゆっかさんの血をふんだんに使って作製したため、同年代の魔術師の魔術礼装と比べても逸脱しているとかなんとか。
まあ、同じ英語3文字ならゆっかさんの場合、
次の瞬間、薄くゆっかさんの血が付いた短剣が頬を掠めた。そして、私の後方の壁でびぃーんと金属が突き立ち空気を震わせる音が遅れて聞こえる。
…………ゆっかさんって悟り妖怪かなんかなんじゃないのか…?
「あー………大丈夫じゃないですか? たぶん」
うろ覚えなのかよ……メモも信用できたものじゃないな。
「出来たわ」
水銀とゆっかさんの血が混ざり、光沢のある深紅の絵の具のような物体が完成したようだ。ゆっかさん血は物理法則すら無視するらしい。
「書くわよ」
「私もやるー」
ゆっかさんと、ふーちゃんはお絵描きでもするような表情で、魔方陣を地面に描き始めた。
ああ……俺の作業場の床が血と水銀だらけに…掃除どうすんだこれ…まあ、俺がやることになるんだな…。
◇◆◇◆◇◆
「なあ、りゅーくんや」
「なんすか旦那?」
「本当に…これで合ってるんだよな?」
目の前には何やら腰に手を当ててどうだと言わんばかりの誇らしげな表情をしている母と娘がいる。
そして、ゆっかさんが描き上げた渾身の作品はと言うと、どう見てもメモにある魔方陣からは掛け離れたさらに複雑な模様をしており、大きさもメモに書いてある通りなら倍はある魔方陣のような何かである。
ふーちゃん画伯の作品は魔方陣の隅っこの余白にこれでもかと描かれた棒人間の群れである。ただでさえ、複雑怪奇な魔方陣が棒人間のアクセントにより見事な悪魔合体を見せていた。
それにしても棒人間と言うのは人間と言っているが欠片も人の要素がないな。手足は胴の長さに比べて不自然に長く、顔は目も鼻も口も無い。どちらかと言えば最も簡単に書ける化け物だと俺は思うの。
まあ、現実逃避はこの辺にしておくか…。
「…………魔方陣無しでも召喚出来るらしいっすよ」
せめて、目を合わせやがれ魔術師見習い。
「でも魔方陣はCOOL! もう悪魔召喚レベルの儀式っすよこれ!」
そうだなCOOLだな。もうなんでもいいや。
「魔方陣のアレンジに何か意味はあるんですか?」
「私の勘が正しければこれで、"二重召喚"のスキルをサーヴァントに付けれるわ」
ゆっかさんに聞くと誇らしげな表情でそう返してきた。なるほどゆっかさんもちゃんと何かしら考えて………………勘?
何か聞こえた気がするが多分、気のせいだろう。もう、触媒がどうとか野暮な事は聞かない。ただ、喚んだ瞬間、作業場が大破するようなサーヴァントだけは喚ばないでくれと名前も思い浮かばないどこかの神に祈るばかりだ。
ゆっかさんは魔方陣の端に立ち、ゆっくりと口を開いた。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ
閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。
――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍ゆべし……」
あ、噛んだ。
ゆっかさんは思わず口の端を歪めた俺に対し、どこからともなく取り出した日傘で俺を床に沈めると、澄まし顔のまま所定の位置に戻り、何事も無かったかのように儀式を再開した。
「汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
次の瞬間、魔方陣から魔術のまの字すらかすらない俺ですら感じる程莫大で、ドス黒い魔力の渦が巻き起こる。
「おお! おお…! すげぇ…! すげぇよ!」
今だけは未知という歓喜に震えているりゅーくんに全面的に同意だ。日頃からゆっかさんの妖力は見慣れているが、これはそれとは方向性が全く違う。より、暗く、黒く、狂気的だ。
そして、渦が晴れると喚び出されたサーヴァントの姿が映る。
それを目にした俺らは絶句する。そのサーヴァントの容姿は人と呼ぶにはあまりにも異質だった。
それは黒いスーツと白いシャツを着た一見紳士的なサーヴァントだ。
だが、3mはあろうかという異様な背の高さをしていながら痩せ過ぎで、手足が異様に長い。
そして、最大の特徴はその上にある頭には、髪も耳も目も鼻も口も無いことだ。
明らかに人間ではない。人間の形をした怪物。それは魔方陣に描かれた棒人間と良く似ているようにも思えた。
「へぇ……あなた、随分面白いサーヴァントね。バーサーカーとしては当たりの方かしら?」
唯一、このサーヴァントのステータスが見えているであろうゆっかさんがそう呟く。
バーサーカーは声の主のゆっかさんを見下ろすと、そのまま暫く動かなくなった。
1分は無いが、30秒ほど過ぎると、バーサーカーに変化が起きる。サーヴァントの身体が小刻みに震えているのだ。
突然、バーサーカーは天に手掲げるように手を広げ、顔にあたる部分も天井を見上げた。
『■■■■□■■□□■■!!!!!!』
その直後、バーサーカーからテレビのスノーノイズを大音量で流したような到底人の声ではない異音が響き渡る。
その声は耳ではなくダイレクトに脳へ響いているらしく、耳を塞ごうとも音量が変わらない。
一頻り咆哮を終えたサーヴァントは手を降ろすとゆっかさんの前に跪いた。さらに片手を自身の胸に当てた。それは誠実さを現す行為に他ならない。
狂化により、理性を失っているハズのバーサーカーならばまず出来ない芸当だろう。 いや、理性を持ったバーサーカーと解釈すべきか。
「従順ね。気に入ったわ」
「何てお名前なの?」
流石に怖かったのか召喚されてから俺の影に隠れて成り行きを見ていたふーちゃんは、バーサーカーの敵意のない態度に心を開いたのか、ゆっかさんの隣に行き、そんなことを呟く。
それを聞いたゆっかさんは屈んでふーちゃんに耳打ちすると、背中を軽く押す。
ふーちゃんは未だに片手を自身の胸に手を当てながら跪いているバーサーカーの前に出ると笑顔になり、元気良く挨拶をした。
「よろしくね! "スレンダーマン"さん!」
聞き覚えの無い名のバーサーカーをサーヴァントとし、聖杯戦争という名のゆっかさんの暇潰しは幕を開けるのだった。