有職転生 - 異世界に来たから謝罪する - 作:妥当な猫の手
魔術教本を読み出してから2日ほど経過していた。
読み始めてから日も変らぬうちに魔術を使ってみたい衝動に駆られて、ルーデウスがしていた様に無詠唱で水の玉を作ろうとした。
しかし、結果は惨敗。
なにせ理論が分からなかったからである。
何をどうすればこれが発生すると言う過程がない。
いや、過程がない事はないのだが……。
魔力。
そもそもその概念が理解できない。
魔術教本に書いてあるのは存在している魔術の情報、それを使うための初級魔術の長ったらしい呪文と魔方陣の書き方を記した物。
魔力について俺が理解できるほどの情報が記載されていない。
そんなミズリカの想像力では何時間粘っても魔術を発生させる事は出来なかった。
だからと言ってそのまま諦めるわけもなく教本に唯一書いてある初級魔術の火球、水球、風の刃の長ったらしい呪文を暗記し、なんとかスムーズに発音させた。
しかし発生しなかった。
ミズリカは軽くショックを受けた。
(俺って魔術の才能ないのかも)
だが諦める事は出来なかった。
なぜならば魔法っていう物には浪漫があるからだ。
なにも無い場所から火や水を生み出すって言うことが、前世でどれほど憧れていたことか。
まぁ、憧れだしたのは医学生として留学から帰ってきて東京で暮らし始めた頃、20歳の頃からではあった。
前世で幼少時は山や田んぼだらけの田舎に生まれ、遊び相手も……幼馴染が一人いたぐらい。
そんな田舎で暮らすのが嫌だった為に必死に勉強をして医者を目指した。
結局は医者になることもできずにトラックの運転手になり、仕事の片手間に色んな小説の世界を大冒険する妄想に勤しんでいた。
何年もトラックを運転しながらそんな事ばかり考えていたわけだから憧れってのも強くなった。
いや、憧れよりも前世での自分を変えるためにも何かのきっかけがほしかったのかもしれない。
---
イスリュはミズリカがプライベート空間でブツブツ魔術の詠唱をしている事に気がついていた。
だが基本的に勉強している時のミズリカに対しては紅茶の時間以外では声をかけることは控えている。
『常に主を立てる為に後ろに付き従い、指示が出れば対応する』
ズルダート王宮での彼女はそうした経験から習慣として身につき、そのように行ってきたからである。
今日もミズリカはぶつぶつと物置と化した一画で魔術を詠唱していた。
当初あの一画を作らせる事には反対した。
イスリュが所要でミグルディアと共に獣人領のチッタウルガル砦より南西の街に買出しに行った日。
寝室に帰ってくると部屋の一画が物置と化していた。
物置を見た瞬間に取り払ったのだがキシリカ様とミズリカお嬢様が砦内の広場から部屋に帰られ、その時にあの物置は二人で作られたものと説明を受け、それを許可するようにお嬢様に説得されてしまった。
薄々と気づいてはいたキシリカ様は王族としての品格が欠落していると。
実際にはイスリュが仕えた魔王が礼式を重んじていただけであって、基本的に魔王というのは人間族の王族と違いキシリカやバーディーガーディーの様な破天荒な性格の持ち主が多い、魔王としての品格などを指摘するのは見当違いな話なのではある。
「はぁ……」
(ミズリカお嬢様のお顔が見えない状況でじっとしているのは辛いわね)
そう思いながらも物置の傍に椅子を設置した。
時折カーテン越しに魔眼を使用して動きを観察したり、声を聞いて和んでいる。
魔眼。
キシリカ・キシリスの十八番と言うべき技術である。
キシリカ自身は戦闘力はそこまでないと言われている。
上位の魔眼を使用すればそこそこ戦える事はできるかも知れないが魔術や武術の才能がないらしい。
いや、正確には制約によって使用する事が出来ないと噂されている。
なぜそういった制約が発生するのかイスリュは詳しくは聞かされていないが、不死のキシリカは生き返る毎に何かしらの制約を受ける事になると親衛隊に所属していた際に小耳にした。
昔聞いた逸話なんかでも第一次ではキシリカは人間族の英雄達と戦っていたという話を聞いた事があった為すんなりと事実なのだろうと理解する事ができた。
どのように戦っていたのかは、語る詩人や童話によって様々で、的を得ていない事象ばかりであり本人に確認を取るしかないのだが、当の本人が当時の事に関して話したがらない。
当時の事実を知る魔王達は英雄によって倒され、長命な種族とてその事実を知るものは逝き絶えている為事実は闇の奥底に沈んでしまっている。
そんな今現在戦闘に向いていないキシリカではあったが、他者に魔眼を付与する事により第二次人魔大戦においておおいに貢献していた。
魔族、獣人族共に適正のある者は魔眼を所持している。
適正と言っても魔術に関して多少なり共心得がある者と言う訳ではあるのだが、もちろん魔術を使えない兵士達にも希望する者がいれば付与してくださっている。
制御が難しいだけあって基本的には下位の魔眼を一つのみ付与する事例がおおいいのではあるが、特級魔術師として魔王に仕えていたイスリュは二つの魔眼を付加された。
一つ目は魔術のさらなる探求の為の魔力眼。
いや正確には上位の魔視眼と言うものなのではあるが基本用途は変らない為呼び方は魔力眼で統一されている。
魔力を直接見ることが出来る眼で魔術の扱いがより洗練される為これを選ぶものは少なくは無い。
魔力眼と違いがあるとすれば魔力の動きが壁越しであろうが感じ取れる事が出来るぐらいであろう。
だが戦場においての策敵能力は断然にあがり夜戦や森での戦闘において役に立つ魔眼として二番目に立候補としてあがる眼である。
ちなみに一番目は透視眼である。
二つ目は予見眼。
上位に予知眼というものも存在するがこちらに関しては戦闘に使えないと判断し選ぶ者は少ない。
予見眼は一瞬先の未来が見え、予知眼に関しては何時間か先や何日か先の自分が危機的状況を垣間見れるというものである。
予知も予見のどちらの眼も扱いが非常に難しく、もらってもまともに使えない魔族達が多く眼帯をしている者は少なくない。
この砦にいる魔眼持ちの34人のうち30人ほども眼帯をしている。
元来この時代においての魔術師の立ち位置はそれほど高くなく、一部の死霊魔術師や特級魔術師以外は魔術を使用できたとしても初級魔術を2~3発つかえば魔力切れをおこしてしまうほどには一般的に普及はしていない。
なので魔術師といっても知識を理解し、それを魔眼に活かしているという者が大半である。
しかしイスリュはそんな並大抵の者では制御すら危うい魔眼を戦闘以外の行為として使用していた。
魔力眼に魔力を集中させ物置の中にいる生物を凝視するという目的の為に。
パラパラと魔力の残り香が漂っている本をパラパラと捲りながら、うつ伏せの状態で呪文を唱えていることが分かった。
呪文の端に水、青、海と言う単語が聞きとれる事から初級魔術のウォーターボールであろうと。
一歳の子供が魔術を習得しようとする。
人間族の子供だとこのような成長速度は異常と言えよう。
もちろん魔族といえど一歳児が自ら勤しんで勉強に励み、さらには魔術を覚えようとするなぞ天才にもほどがある。
人間族などで例えるならば神子と呼ばれる生まれたときから何かしらの能力を有している人物達ぐらいには……。
神子。
有名なところでいうとアスラ王国に所属しているアルデバランと呼ばれる金色の騎士。
どういった原理なのかはいまだに詳しくは分かっていないが、奴に魔術系統の術式は効かないと言う。
もちろん魔族側主戦力の死霊魔術で呼び出した死霊達すら奴に接触すると霧散してしまうらしい。
アルデバランについで有名なのが人間族のギルドに所属しているランスロットと呼ばれる槍の名手。
こちらは種族や状況に関わらず、奴と眼が合うだけで異性を虜にし、従わせる事ができるという恐ろしい男らしい。
魔族側にも男を虜にする事ができる女性の吸血鬼がいるが、ランスロット程の効果は無く、せいぜいが魔族とばれていない状況ならば人間を虜にする事ができる程度である。
女性が戦場でもっとも相対したくない敵である事は間違い無い。
あとは素手で戦場を駆け巡り、手を魔族と獣人の血で真っ赤に染まる事から『血を撒き散らす嵐』と呼ばれている人間。
こちらに関しては情報が少なく名前すら分かっていないが尋常ではない固さと強さから神子だろうと言われている為に本当に神子なのかも定かではないのがいますね。
そんな神子のように特別な能力をお嬢様も持っているのかもしれない。
いや、すでにこの様に一心不乱に勉強している思想こそが神の子として与えられし……。
それはズダルビー様とキシリカ様にたいして失礼になりますね。
ため息をついたイスリュは椅子から立ち上がり、火照った頬を片手で仰ぎながら部屋の窓を開けた。
窓を開けると部屋の中に新鮮な空気が注ぎ込み、気分を落ち着かせることが出来た。
太陽は傾いており、いつのまにか夕刻になっていた。
最近はこの時間になってもキシリカ様は中々帰ってこない。
親衛隊を離れて軍の動きがあまり伝わってこない為、詳しくはなにをしているのか分からないが、転移魔方陣を使って各地を飛びまわっているとミグルディアに聞いていた。
動けない時期が合った際にカバーをしてくれていた他の魔王様達に示しをつける為色々とこなす事があるのでしょう。
出産を迎え今に至るまで5回ほど襲撃はあった。
仕方なくキシリカ城より優秀な人材を砦まで引っ張ってきて警護させ、襲撃を防ぐ毎に回数は減っていきお嬢様が1歳を迎えてからは襲撃は起きていない。
その為、最近では警備を部下に任せ、キシリカ様も動き回る事ができる様になった様ですが、駄々を捏ねるようにミズリカお嬢様と離れるのは本意ではないと言っておられましたがね。
気持ちは分からないでもないですが、ミグルディアが口を酸っぱくして言っている様に魔族の代表としてはもう少し自覚を持ってもらいたいものです。
さてと……。
「お嬢様、切りがいい所でお食事に致しましょう」
「ふぁ? お、おほぉぉ、もうそんな時間なんだぁ」
だらしない声がカーテンの奥から聞こえてきた。
暫く何かを書き記すような動作をした後にモゾモゾとカーテンの下から黒い髪と両手だけが這い出てきて、こちらを向けて手を差し出してきた。
その愛らしさについ抱きしめたくなるのを堪えて手を差し伸べた。
---
魔術の勉強を始めてから時間が経つのが早い。
この感覚は田舎を出てバイトと勉強を両立させていた時の感覚に近い物がある。
自分がしたいと思っていることの為に必死こいてなにかをしている時だ。
前世での目的は医者を目指して、まぁ結局なれなかったんだがな。
じゃあ今は何の為に……。
その理由はわかっている。
前世での夢の為だ。
魔術。
地球にはなかった素晴らしい技術。
これがあれば色んな人間が救える。
なんたって腕や足すらも直す技術なのだ。
極めて行けば死者すら生き返らせることができるかも知れない。
つまる所は俺は医者の夢を諦めきれずにいるわけだ。
この世界だと魔術師になる事になるのかもしれないがな。
だが優先順位的には低くもってこようと思っている。
まず第一に生き残る事。
その為に力が必要になってくる事。
場合によっては医療でも力になるとは思うから手を出そうとは思ってはいるが、とりあえずは絞ろうと思っている。
前世での教訓だが、二つの事を極めようとすると結局は中途半端になってしまう。
二兎追うものは一兎も得ずって言うからな。
いや……でも手広くやる方がこの場合はいいのだろうか?
魔術と武術。
うーん……どうしたもんかなぁ。
屋敷の外、兵舎小屋の横を西側の双璧付近にある大食堂に向かって歩きつつ、両手を組み上に上げて伸びをする。
「最近は熱心になにかなされておりますが、何をされておられるのですか?」
「え? あ~えっと、秘密かなぁ? あ~でも最近行き詰ってるし……」
後ろから尋ねられた事の返答に戸惑った。
この際聞いてしまったほうがいいのかもしれないな。
魔術教本持ってきたのだってイスリュだし、何より魔術を7歳から教わっていたと言う経験から学ぶことが多いかも知れない。
「いや……そうだね。うん。食事が終わったらその事で相談にのってほしいことがあります」
俺は後ろ向きにイスリュを向いた状態で歩きながら真剣な顔をしてそう告げた。
そんな俺に対してイスリュはいつもの笑顔で畏まりましたと一言だけ返事を返してくれた。
先日魔術に関して聞いたので薄々気づいていたのかもしれない。
でもイスリュが使っている魔術って魔方陣が主体だからなぁ。
なんにせよ無詠唱魔術の才能も無く、詠唱でも発動の兆しが無い事だし、魔方陣について学んだほうがいいのは間違い無いだろう。
まぁもしかしたら魔方陣でも使うことができないかも知れないんだけどな。
っといかんいかん。
卑屈になり、心が折れたら前世の俺と同じじゃねぇか。
偉い人が言っていた様に「諦めたらそこで試合終了ですよ」ってな。
ゆっくりと歩きながら大食堂に向かっていると周りに人が少ないことに気がついた。
いつもならばこの時間になっても、ちらほらと訓練場にいる兵士や畑仕事をしている猿のようなヌカ族や騎兵用のトカゲを管理しているルゴニア族などの姿が今は見えない。
遠目にいるのは双璧の見張り台に立っている軽装な兵士ぐらいだろうか。
「イス姉、なんか人少なくない?」
「えぇ、そうですね。いやな予感がしますわ」
いやな予感?
なにか起きたのか?
まさか人間族が……。
そんな不穏な事を考えていると大食堂の中から喧騒が聞こえてくることに気づいた。
漂ってくる雰囲気からは不穏な雰囲気は感じられず、どこか居酒屋なんかで騒いでいる時の賑やかといった感じだ。
みんなで集まって宴会でもしていたのだろうか?
だとすればイスリュには悪い事をしたかもしれないな。
俺の護衛の為に宴会に参加することが出来なかったのだろう。
なんとなく一人で納得しながら大食堂の入り口を潜ると、案の定中はどんちゃん騒ぎだった。
普段は広い大食堂、前世で友達の結婚式場のパーティなんかで見た事のある広さだ。
そんな広いはずの食堂が人で溢れかえっていた。
あっ、いや、人じゃなくて魔族と獣人か。
砦中の兵士達を集めてもここまで詰め込まれた状態は作れないだろうし、なによりも見た事の無い魔族がちらほらと見かける。
この中を歩いていくと身長の低い俺は潰されてしまいそうだ。
「えーっと……どうしよーイス姉ぇぇ!」
声が喧騒でかき消されないように声を大にして尋ねる。
イスリュは肩を竦めながらも俺の手を握って先導するように人垣をかき分けるように進んでいく。
食事を受け取る配給口につくまでにイスリュに離しかける魔族が何人か居た。
それはトカゲ頭の男性であったり、妖艶な格好の女性であったり様々である。
そんな人物達をイスリュは軽く挨拶だけ交わして食事を受け取った。
周りの様子が身長が小さい為いまいち分からないが、厨房からひときわ大きな声が聞こえた。
「フハハハハ! ここで我輩がババンと登場である!」
そんな声に周りから歓声が上がった。
「さすが魔王だ」や「遅刻だぞー!」などの歓声だか罵声だか分からない掛け声ののちに皆が皆その人物を称える為に酒盃を上の掲げた。
この声は恐らくバーディガーディ陛下だろう。
生まれたときに聞いた声、この深みのある声はよく覚えている。
「いきなり静かにならんでよいわ。
まったく、今回の勝利に関してもおぬし等がおらんかったら勝利は導けんかったんじゃぞ?」
勝利?
戦争に勝ったのか?
陛下は中央の最前線に行っていたはず。
ってことは恐らく中央の紛争地帯での戦闘に勝利したと言うことだろう。
そんな陛下の言葉に対して「あたりまえだぁ」「わかってんじゃねぇか」などの罵声が笑い声と共にとんだ。
「よし、これからもその有り余る力を我が友キシリカの為、人間達の横暴を許さぬためにも頼むぞ。フハハハハ!」
再び笑い声で周りが満たされたのちに静寂がおとずれ、皆が声のする方向に酒盃を上げた状態で静止した。
「我らの未来に、乾杯である!」
「乾杯!」
バーディガーディの掛け声と共に食堂にいる全員が酒盃を持ち上げる。
ほとんどの者は酒をそのまま飲みながら再び仲間内で会話に花を咲かせるのであった。
---
一先ず座る場所を探すためにもイスリュは先導してくれながら席を探してくれていた。
しかしどこも魔族と獣人で溢れかえっており座る場所を見つけられなかった。
溢れかえっている為ほとんどの者は立ったままか地べたに座って飲み食いしているのだがな。
だがイスリュとしては「お嬢様に地べたに座らせて食べさせるわけにはいきません」との事で、座る場所を探している。
「えっと……イス姉、どうする?」
「そうですね……もうお部屋で食事をすませましょうか。いえ、ですがさすがにそれは失礼に……」
「ふむ。イスねぇ? 椅子が無いのか? じゃったらここに座るがよい。フハハハハ!」
イスリュと俺が会話している際に声を掛けられた。
黒いボディに高い背。
六本の腕用の民族衣装の様な服を着込んでいる。
不死身の魔王バーディガーディ。
さっきは姿が見えなかったが間近で見ると巨人だ。
「おぉ! ミズリカではないか! 久しいのう! どれどれ我輩が抱っこしてやろう」
そういって俺を巨人が六つの手で掴みかかろうとしたが、イスリュがバーディガーディの六つの手を弾いた。
「触らないでくださいませんか」
え?
イスリュさん?
顔が怖いんですけど。
「どうしたんじゃイスリュ。そのような怖い顔をしておっては美しい顔が台無しであろう?」
「怖い顔。一体なんの話ですか。わたくしの顔はいつもどおりで御座いますよ」
「むっむぅ。まぁ仕方ない。とにかく椅子が無いのならば座らせるがよい」
イスリュの剣幕に飲み込まれながらも優しい陛下は席を譲ってくれた。
だがイスリュは納得していなかった。
むしろバーディガーディの一言で顔つきがさらに険しくなっている。
「イス姉……イス姉とは!! お嬢様が! わたくしを呼称して下さる時の呼び方で御座います!」
「む?」
席を譲った状態で固まっているバーディガーディ。
「わたくしを呼称してくださる呼び方にも関わらずそのような低俗な冗談をよくも!」
「イス……イスリュ! 落ち着いて!」
周りの目がイスリュに集まっていた。
若干雰囲気が悪くなりそうだった。
周りに居たほとんどの魔族達は何が起きたのか分からずにまぁいいかと再び仲間内で騒ぎ出しているが、何人かの魔族達はイスリュが発した言葉に対して、いや、バーディ陛下に対する言葉に対してなのか非難がましい顔をしていた。
「よいよい、お前達も気にするでないぞ。それとイスリュすまんかった。知らんかったとは言えそれは貴様が大事にしておる事だったのだな」
「いえ、わたくしこそ申し訳御座いません」
そう言ったイスリュの顔は若干青ざめていた。
まさかそんなにあの呼び方が気に入っていたのだろうか。
寛容な陛下は周りの剣幕を鎮めそのまま席を俺に譲ってくれた。
そういえばちょっとした騒ぎになりかけたと言うのにキシリカはなにをしているのだろうか?
「えっと、その~バーディガーディ陛下このたびの勝利はおめでとう御座います」
「む……? ぬぉっ! ミズリカはもう喋る事ができるのか!」
「あ、はい」
バーディガーディらしからぬ驚き方に戸惑いながら答えた。
そういえば話せる様になってから会うのは初めてだったな。
「なんと面妖な。ふむ、さすがは我輩の友の子であるな! フハハハハ!」
面妖って……それは褒めてくれているのか?
まったく、愉快な人だ。
「カカカッ! ところでバーディガーディ陛下、私の母が居ないようですが?」
「……なんだその堅苦しい口調はイスリュに教わっておるのか? それに我輩の事はバーディでもおじさんでも好きに呼んでよいぞ? 我輩の友の娘なのだからな!」
「えっ、じゃあ……おじさん」
バーディ陛下は満足そうな表情をしたあとに手に持っていた酒盃をあおった。
ってそうじゃなくてさ。
俺のママについて聞いたんだけど。
「あのーおじさん? ところでママは?」
「む? あぁ……キシリカめ。我輩に王族は会合の際には度肝を抜くタイミングで登場して場をかき乱すべし、と言っておきながら自分はどこに行ったのやら?」
ん?
その話どこかで聞いた事があるような?
原作でそんなこと言ってたのかもしれないな。
そう思っていると天上からパラパラと埃が振ってきた。
バーディガーディの言葉がきっかけだったのかわからないが、唐突にそれは起きた。
いや起こっていた。
周りの魔族や獣人達も上から振ってきた埃に気がついたのか上を見上げた。
「ファーハハハハハ!
妾はキシリカ・キシリス!
人呼んで、魔・界・大・帝!」」
天井に俺の母親がゴキブリのようにくっついていた。
周りの獣人族達は口を開けたまま、まさに度肝を抜かれたという顔をしていた。
中には知っていたのか飽きれている人物もいるが、恐らく親衛隊の人だろう。
お前は忍者か……。
今まで誰もキシリカに気づいていなかった。
恐らくは魔眼ごっこをしている時に見た不明瞭眼によるものだろう。
認識をずらす?
又は認識しずらくさせる魔眼だったかな。
「おぉ、さすがはキシリカであるな! フハハハハ!」
周りの魔族達も皆が皆笑っていた。
さきほどのイスリュの件は無かったかのように雰囲気は晴れた。
イスリュの顔にも笑顔が戻っている。
それを意図して飛び降りてきたのかは分からない。
だがさすがはキシリカだな。
そう思っておく事にしよう。
---
その後振ってきたキシリカは周りを巻き込むように酒を飲みに飲んで暴れ回り、飲み比べに勝利したキシリカを称えて「キッシリカ! キッシリカ! キッシリカ!」などのシュプレヒコールに大層気分が良くなったキシリカが脱ぎだした。
その辺りで母親の醜態が恥ずかしくなっていた俺は、少し飲んでほろ酔いになっているイスリュの手を引いて部屋に戻って行った。
のちにあの宴会をする事になった戦争の事についてキシリカより話を聞いた。
なんでも中央の紛争地帯で魔族は獣魔前線基地にまで押されていたらしい。
そこで魔族率いるキシリカ軍と獣人族を率いるトランジッション軍で両サイドから攻撃を加えて耐えていたらしい。
そこにバーディガーディによる奇策が発動し人間族を追いやる事に成功したのだが、その奇策と言うのが厄介だった。
魔神窟の魔獣の活性化。
それによって地上にまで溢れだした魔獣の対応に魔族側も人間側も手に追われる事になるのだが、魔族側にはルゴニア族、つまりは魔獣を使役する事にたけた種族がいる為被害は最小限で抑えることが出来た。
この奇策により中央の紛争地帯での戦争は何年かは均衡を保つことになり、人間族は頑丈な守りの獣魔共和国付近を避けて主戦場を南地方のレグニッツ草原へと移していくことになる。