今回は、タグに入れた独自解釈の要素があります。苦手な方は読むことをおすすめ出来ません。
中学より広い廊下を歩いていると『1年J組』と書かれている室名札を発見した。
引き戸は半開きのまま放置されている。開けるなら全開にしてほしい。どんくさいやつが当たる可能性が出てくる。
どんくさいワタシは引き戸にぶち当たりたくないので、窪んでいる部分に手を引っ掛けた。
誰も居ないだろうと思っていた教室には、艶のある黒髪を肩まで伸ばしている一人の少女が窓を見ていた。ワタシのいる場所からだと表情を伺うことができない。
少女はワタシに気づいたのか、人懐っこい笑みを浮かべて近づいてきた。
その笑みは、少女の端正な顔立ちと合わさって非常に綺麗な笑みなのだが、中身が無いようなきがした。社交辞令の笑み。相手に良いイメージを与えるだけの笑み。そんな言葉が頭に浮かんだ。
「あれー? まだ、時間じゃないけど...あ、君が噂の優等生ちゃん?」
朗らかな声だと思った一瞬、まばたきをするような一瞬。頭から爪先にかけて井戸水に浸かったような感覚に襲われた。和むはずの声で寒気を覚えるとかワタシの頭はイカれたようだ。家に帰ったら病院に行こう。
あと、噂? なにそれ聞いたことない。
「僕が優等生かどうかは置いといて、噂って何のことだい?」
「んー? 『容姿端麗で文武両道の科拳圧巻。男装癖のある美女が今年総武校入学する』ってやつだよ。それがどうかしたの?」
どうやら、噂の人はワタシではないようだ。何故なら、ワタシは女性ではなく男だ。その人との共通点は受験で満点を取ったくらいしかない。
「どうしたもなにも、僕は男だよ。だから、噂の人は僕じゃな「あ、そうそう。噂されてる人の特徴は、緑色の目と腰まで届く淡い緑色の髪だってさー。珍しいよねー?」
それは言外に『言い訳は見苦しいから、さっさと認めろ』という意味を含んでいるように思えた。何でワタシは浮気がバレたダメ亭主見たいになってるの?
「確かに珍しいね。けど、僕は文武両道でもないし、容姿端麗でもない。ましてや、女性でもないよ。当て填まるのは特徴と科拳圧巻だけだ」
中身ない笑みはそのままで少女の目が鋭く細められた。なんとまぁ器用なものである。
「二つ当て填まったら疑うには充分よ。それに...」
少女は切りの悪いところで言葉を止め、ワタシの耳に指を添えた。引っ張るのかな? それとも千切るのかな? やだ、千切るとか怖いんだけど。
「初対面の人に嘘を付くのは見過ごせませんなー」
案の定耳を引っ張られたのだが痛みはなかった。いや、正確に言うなら痛みは存在したが、それがきにならない程の違和感があった。
ワタシは先ほどの少女の声に『朗らかな声』という印象を受けた。だが、今しがた聞いた声に受けた印象は全く違うものだった。
『失望の色を隠せない、まとわりつくようなどす黒い感情が混じっている声』
何となくだがこれは違和感の正体ではないようなきがする。
前者の声と後者の声。どちらが本音でどちらが偽りか? はたまた全て本音で全てが偽りなのか? ワタシには関係ないので深くは考えないでおこう。それと、目の前の人はとてつもない勘違いをしているようだ。
「君には悪いけど僕は男だよ」
「しつこいなぁ...男子なら上着くらい脱げるよね?」
「脱げるよ」
即答である。むしろ既に脱ぎ始めているまである。
ワタシを女性だと誤認識した人に一番効果がある行動は上着を脱ぐことである。
......中学生の頃体育教師に『女子と男子別れろー』との指示を受け、男子の集団に混じったのだが『おいこら、春坂。お前は女子だろ』などと訳のわからないことを言われ、自分は男子だ、と主張したのだが体育教師は聞く耳を持っていなかった。なので、あまりきは進まなかったが上着を脱ぐことにした。そうしたら体育教師は目を丸くして『あ、あぁ、すまん。俺の間違いだった』と言い自身の間違いを認めてくれた。...それはそれは寒い冬の出来事だった。
ワタシが脱ぎ始めるとは少女は思ってもいなかったのか
「え? 本当に男子なの? え? その見た目で?」
と、困惑している様子が一目でわかる疑問文を口にしていた。
「ね? 男子でしょ?」
ワタシは上着を脱ぎ終えたところで声をかけた。これで、誤解は解けるだろう。
「う、うん。嘘じゃなかったね。...ごめんね、何の意味もなく疑っちゃって」
「慣れてるから大丈夫だよ」
はっきり言うなら慣れてるではなく、対処法を知っているだが。
誤解が解けたなら上着を脱いでいる必要はない。さっさと着てしまおう。
「慣れてるねぇ...あ、名前言ってなかったね。お姉ちゃんうっかり」
少女は体を傾け自分の頭を小突いた。その所作は男子はおろか女子まで魅了するほど可愛らしかった。あざとい、こやつ、あざといぞ。あとお姉ちゃんってなに? 妹でも居るの?
「わたしは雪ノ下陽乃です。気軽に陽乃ちゃんって呼んでね♪」
......うん? 雪ノ下? 雪ノ下建築の? まさか同じクラスとは...関わりたくない。関わりたくないけど、名乗られたら名乗り返さないと。さすがに名前だけでは目を付けられないはずだ。
「僕の名前は春坂春人。よろしく、雪ノ下さん」
初対面の人の名前を呼ぶなどワタシには到底できないし、しようとも思わない。ましてや、ちゃん付けなどもってのほかだ。
名字呼びが不満だったのか雪ノ下さんはリスのように頬を膨らませていた。
「よろしくね。春坂くんの家って旅館みたいなとこ?」
「旅館ってほどでかくはないけど、たぶんそこであってるよ」
さらっと答えてしまったが何で雪ノ下さんが知ってるの? そんな疑問が顔に出ていたのか、雪ノ下さんは豆知識を含んで答えてくれた。
「あの家、結構有名だよ。幽霊屋敷みたいだもん」
有名ってどのくらい有名? リア充たちのネタ話になるくらい? なら有名になるのも仕方がないか。だけど、所詮はネタ話。あの家に幽霊など居ない。霊感ないから適当だけど。
「何かわたしに言うことがあるんじゃない?」
おっと、ワタシとしたことが。礼を言い忘れていたらしい。
「教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。わたしの顔を見て思ったこととかない?」
「顔? そうだね...端正な顔立ちだと思った」
言ってしまえば五つ程あるが、別に言わなくてもいいだろう。
「んー。じゃぁ、違和感とか無かった?」
雪ノ下さんの声が後者の声と重なり、空気が少しひんやりとした。...なるほど。違和感の輪部がぼんやりと見えてきた。雪ノ下さんは前者の声と後者の声を巧みに使い何かを隠している。隠し続けた結果、出来上がってしまったのが中身のない笑み。それは分厚い仮面のようで...ストップ。ストップだワタシ。思考の海に飛び込む前に返事をしなければ。違和感がある、と言えば雪ノ下さんに目を付けられるだろう。それだけは避けたいし、ワタシが踏み込むところではない。なので、ワタシはノーと言おう。
「違和感? 何のことだい?」
言い終えてからワタシは間違いを犯したのだと理解した。この言い方だと惚けているようにしか聞こえない。ワタシは嘘を吐けない性格なのら(嘘)
「惚けないで」
惚けてないです、本当です、とは言えない。事実惚けているのだから言える訳がない。それと口元は歪んでいるのに目が完全に怒ってらっしゃる。
さて、凡ミスが起こしたこの悲劇をどうやって回収しようか? 仕方がない。目を付けられるのを覚悟で本音を言うしかない。
「......違和感は確かにあった。けど、僕の問題じゃない、君の問題だ。それに友人でもない僕が首を突っ込む必要はない」
他人には極力関わらないがワタシのモットーだ。そのモットーのおかげで友人と呼べる人は存在しないけど。
「問題なんて聞いてないよ。わたしが知りたいのは、春坂くんがどこまできづいているのかだよ。ま、わたしのことを問題って言う時点で、だいたい見当が付いたけどね」
見当が付いたならワタシに聞く必要ある? もしかすると、こやつはワタシの口が滑るのを見て愉悦していると? どこの麻婆神父ですか?
しかし、どうやってこの問いに答えようか。輪郭まで見えている。これは少し違うような感じがする。なら...
「何かを隠している」
雪ノ下さんの表情が驚愕に歪んだ。皮肉にも、見当を付けられた先の答えを言ってしまったようだ。喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、理解に苦しむ。
「いつ、きづいたの?」
発せられた声は、少し震えていた。歓喜か、驚愕か。それとも、風邪か。なぜ震えていたかなどワタシに知る術はない。
「『んー。じゃぁ違和感とか無かった?』からだね」
「もしかして、もしかしなくても、声に出てた?」
もう、呆れるほどガッツリと出てました。
ワタシは意を示すため首を縦に振る。そんな些細な動作が笑いのツボに入ったのか、雪ノ下さんは腹を抱えながら『あっははははははっ!』大爆笑をしている。笑いの沸点低すぎない? と訝しげな視線で見ていたら『んんっ』小さな咳払いを一つ。
「春坂くんはすごいね。わたしはいつも通りに話したつもりだけど、そこまで見抜かれるなんて思いもしなかったよ」
よかったー。初対面の人に『何かを隠している』なんて言うのは変態の所行だからね。悪い印象を与えていなくてほっとしたよ。目は付けられただろうけど。
「春坂くんはさぁ...わたしともっとお話したい?」
「したくない」
またしても即答。だが、ワタシの返事など知ったことではないと言わんばかりに、雪ノ下さんは言葉を紡ぎ続ける。
「わたしは春坂くんをもっと知りたいし、もっと話したい。だから...」
雪ノ下さんはワタシの頬を撫で、瞳を覗く。その瞳は、光など一切なく漆のような黒だった。
在り来たりな恋愛小説の主人公だったらここで恋心の一つや二つは抱くのだろう。雪ノ下さんが抱えている問題を解決しようと、文字通り身を粉にして努力をするのだろう。それは、主人公や仲間内に限った話だ。
モブキャラは違う。喜びも、哀しみも描かれない。そして自身の理解者も現れない。ゆえに、ワタシはモブになりたい。あんな喪失感を二度味わうことになるのなら
「毎朝起こしに行ってあげるね♪」
「来ないで」
手を払い、拒絶しても雪ノ下さんに些事なのだろう。こちらからしたらいい迷惑だが。
「うんうん。喜んでるようで陽乃ちゃんは嬉しいよ~」
雪ノ下さんが大袈裟に頷いたせいでシャンプーの良い香りが漂う。
それよりも話が噛み合ってない...
抗議の声をあげようとしたとき、教室の引き戸が軋む音をたてた。
「陽乃ー! もう教室に居たんだ! あの人混みの中捜してたんだよー?」
無駄に高い声を出して入ってきたのは男女混合の四人グループ。各々がぺらぺらと楽しそうに喋っている。
「......ごめんね~? 少しうるさかったから先に来ちゃった~」
聞く限りどこにでも落ちている会話だ。雪ノ下さんと四人グループは友達の関係なんだろう。だが、ワタシの耳は誤魔化せない。雪ノ下は謝る前に小さく舌打ちをしていた。
「あー、邪魔が入っちゃった~。また明日ね、春人くん」
「会いたくないけど、また今度」
息を吐くようにワタシのことを名前で呼び、雪ノ下さんはパタパタと擬音が付きそうな走り方で去っていった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
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では、また次話で会いましょう。