先日、初めてご感想を頂きました。ありがとうございます。嬉しかったです。
長々と続いたプロローグですが、今回で終了です。
体育館では、並べ終えた椅子に総武校のワタシを除いた全生徒が、姿勢を正して座っている。その中でも一際目立っている女子がいる。言わずもがな雪ノ下陽乃だ。ただ、座っているだけなのに気品が漂い、近寄り難いが柔和な笑みで見事に打ち消されている。
何で笑顔なの? 疑問と共に再度視線を向けたら目が会った。驚きのあまり飛び上がりそうになったが人目があるのにそんな失態はできるはずもない。ワタシの考えを知っているのか知らないのかわからないが、雪ノ下さんは手をひらひらと振った。ワタシにどうしろと? 無視ですね、無視します。
無視をしたのがきに入らなかったのか、雪ノ下さんは頬を膨らませていた。まるで、リスのようだ。この感想を抱いたのは二回目だけど、雪ノ下さんはリスになりたいのかな? 本人に言ったら叩かれそう。
『入学生総代から挨拶があります。』
マイクを通じて耳に届いた現生徒会長の声。それを合図にワタシは短い階段を上がり壇上に立つ。
ワタシの容姿が例の噂に該当するせいか、生徒たちは少しざわざわし始めた。『あいつ、噂の奴じゃね』だの『わー美人』やら『綺麗な髪の毛ー。ハーフかな?』色とりどりの小話が聞こえる。その一つに、『あれ、雪ノ下さんから手を振られて無視した奴だよな』聞き捨てならないものが混じっていた。言っていることは正しいけど今言うことじゃないよね。
雪ノ下陽乃を嫌っている人はこの場に殆ど居ないだろう。むしろ、好いている人の方が圧倒的に多い。そんな人を無視したと言われれば更にざわざわする訳でありまして...
『え! 雪ノ下さんを無視したのか、あいつ』人を殺せそうな視線で睨み付けてくる人も居れば、『雪ノ下ちゃんを無視した...だと?』虚ろな視線を投げてくる人も居た。別に珍しくない光景だ。何度も体験している。対処法もある。無かったら恥を掻くだけだろう。
「本日は、私たち新入生のために盛大な入学式を催して頂き、まことにありがとうございます」
小話の勢いはどこに行ったのやら。今や体育館内は静まり返っている。この場で話して良いのは壇上に立っているワタシだけ。それを知らしめるために口を切ったのだ。
「春のあたたかい光が私たちの体を包んでいるなか、歴史ある総武高等学校に無事入学できたことを、心から嬉しく思います。私たちは、この学校で過ごせる三年間に、この学校で学べる三年間に、胸を大きく膨らませております」
「最後になりますが、校長先生並びに諸先生方、そして先輩方にはあたたかいご指導と、お導きのほど、よろしくお願い申し上げます。以上を持ちまして、私の宣誓の言葉とさせていただきます。本日は、まことにありがとうございました」
堅苦しい文を言い終えて一歩下がり、お辞儀をする。パチパチと軽くもなく、重くもない拍手の音がワタシを労ってくれている様なきがした。
壁際まで撤退したらワタシの仕事は終わり。目を瞑っていても問題ない。さっさと家に帰って布団に潜りたい...
「お疲れさん。結構よかったぞ」
ワタシの意識を覚ましたのは主語の抜けている声だった。あれから壁にもたれ掛かって、立ちながらうたた寝をしていたらしい。周りを見渡せば教師方がせっせと片付けをしている。入学式は終わったらしい。クラスのSHLも終わったと認識して構わないだろう。
「...ありがとう。片付けは手伝った方がいいのかい?」
「せわーないけん、きにすんな。お前はさっさと家に帰れ。んで寝ろ」
ワタシは寝ろと言われるほど、眠そうな顔をしているのかな? なら、お言葉に甘えて帰るとしよう。
正門に出て、これからの社蓄生活に窮屈な思いを感じ、なんとなく背伸びをしていたら『おつかれー』と朗らかな声と共に背部を、アルミ缶の冷たさに強襲された。
「いやー、こんなとこで会うなんて奇遇ですな~」
.........。
「ガン無視されるなんて陽乃ちゃんは悲しいな~」
悲しんでいる様子が微塵も無い声音で『よよよよ』と泣き真似をする自称陽乃ちゃん。
誰ですか? 雪ノ下陽乃なんて人名ワタシ知らないのです。セールスなら違うとこに行ってほしいのです。
「無視だなんてひどいな~。手を振ったのに返してくれないなんてひどいな~。陽乃ちゃんのガラスの心は粉々だなー」
いい加減無視するのやめたらどうなの? 話し相手さん。前半の方はまだよかったけど後半、声笑ってなかったよ? 棒読みでしたよ? 完全に怒ってらっしゃるよ?
「現実逃避は見苦しいよ、春人くん?」
「僕に話しかけていたんだね。全くわからなかったよ」
自分でも驚くほど棒読みだった。
振り返って見ると、にっこり笑顔の雪ノ下さんがいた。あぁ、こやつは静かに怒るタイプの人だとワタシは理解した。
「まーた、しらばっくれて...。わたしの心は大変傷付きました。よって償いを命じます」
にっこり笑顔で手を腰に当て、大袈裟に胸を張るめんどくさい人。お金を払えと言われたら走って逃げよう。全力で。
「償いは、わたしを駅まで送ること、いいね?」
上目遣いでねだるように強要する雪ノ下さん。
いつもなら良いよと言えるのだが、如何せん家に帰りたい気持ちが勝っているので断ろう。償い? マッ缶で充分。
「よくない。償いならマッ缶でするから断るね」
「ま、答えなんていらないけど」
聞かない、じゃなくていらないときたか。じゃあ、後は行動に移すのみ。ワタシが住んでいる家は駅とは正反対の位置にある。だから...
「腕引っ張るのやめてくれない?」
「......離してもいいけど逃げたらダメだよ」
君の問題に対してかな? それともこの場のこと? どちらにせよ。
「他人に願うにしてはそれは少し身勝手だと僕は思うね」
腕の力が弱まり、仮面が崩れた。目は口ほどに物を言うとは正にこの事だ。雪ノ下さんの瞳がワタシに訴えている。『そこまできづいておいて、知らない振りをするのか?』と痛いほどに訴えかけている。君のことなんてワタシには関係ない。なら、知らない振りをしても別に良いだろう?
「......。そうだね、春人くんの言う通りだよ」
声を掻き消すように、道路を車が走りうまく聞き取れなかったが、次の言葉は嫌になるほどはっきりと聞こえた。
「言う通りだけど、わたしは春人くんに逃げないで欲しいから、こんなことを提案しちゃうね」
「春人くんが逃げたら、J組のみんなにあることないこと吹き込んじゃう」
「わかった。めんどくさいけど送ってあげるよ」
雪ノ下さんが提案したことは、ワタシの
「理解が速くて助かるな~」
先ほどとは違い、いたずらが成功した子供のような笑みを溢す雪ノ下さん。無邪気な笑みもできるんだね。いたずらの規模がえげつないけど。
「明日、何時に起こしに行ってほしい?」
わ、忘れてなかったんだー。話題がそれに移らなかったからてっきり忘れていたのかと...何で覚えてたの?
「来ないでほしいけど、来るなら七時で。五、六時辺りはさすがに無理」
別に来るとわかっているのなら五、六時でもワタシは平気だが、統一が怒る可能性がある。統一が怒るとワタシの胃が悲惨なことになる。
これは、数年前のことだ。父さんと統一がお酒を飲んでいる時、些細なことで喧嘩が起きてしまった。理由は忘れてしまったが、どうでもいいことだったのを覚えている。その喧嘩で統一が怒ってしまった。結果、起こったのが兵糧攻めだ。ワタシに。三日間ご飯抜き。八つ当たりもここまで来ると笑えてくる。
「じゃぁ、六時に行くね」
語尾に『♪』が付きそうなほど、テンション高めでふざけたことを言う
「駄目。絶対に駄目。来るなら七時以降に『来て』」
にひひと擬音が見える笑顔をワタシに向ける悪魔。君は次に『言質は取ったからね』という。言質くらいあげるよ。意味ないだろうし。それにしても笑顔の種類って意外と多いんだね。
「言質は取ったから、『迷惑だー』なんて言わないでよ?」
言うな、と言われたら逆に言いたくなるのが人の性でありまして...
「迷わッ...」
空気を読んで、迷惑だ! と言おうとしたらワタシの足の小指部分に、雪ノ下さんの踵が添えられた。
「あり? 急に黙ってどうしたの? 『迷わッ...』の続きは言わなくて大丈夫?」
あ、悪魔め...こやつは絶対に確信犯だ。
「だ、大丈夫だよ」
ワタシはひきつった顔で答えるしかなかった。ワタシの顔を見て何を思い、何を満足したのか理解できないが、雪ノ下さんは満足げに微笑んでいる。
「ここまで送ってくれてありがとね」
きづいたら駅に着いていた。学校から駅までの距離って短いんだね。もっと長いと思ってたよ。
「どういたしまして」
「これからの三年間が楽しみで待ちきれないな~」
唐突に雪ノ下さんの口から溢れた呟きは、本当に楽しみだと言った感じだ。
「な、何が楽しみなのかな?」
だからこそ、疑問を挟まずにはいられなかった。『ワタシを弄れるからー』はやめてほしい。
「春人くんで遊べるから楽しみなんだよ」
ワタシの予想の斜め四十五度に飛んだ解答どうもありがとう。もうやだこの人。お家に引き籠りたい...。
「たぶん、わたしは春人くんを壊すと思う」
......もうやめて! ワタシのライフはゼロよ! もうとっくにワタシは壊れてるの!
「その時に謝るのはきに入らないから、今のうちに謝っておくね。ごめんね」
今、謝られても対応に困るんだけど? っていう当たり前な感想が、唇までにゅるっと出てきそうになったが、なんとか呑み込んだ。
雪ノ下さんは、ワタシの返事を待たずに人波へと消えていった。やけに楽しそうな雰囲気を出して、スキップというおまけ付きで。
さらば、
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
私の語彙能力の無さが見に染みる思いです。
アドバイスや、感想を送っていただいたら幸いです。
では、また次話で会いましょう。