今回は大量に伏線を投入してみました。
駄文ですが、お付き合い頂ければ幸いです。
「約束通り起こしに来たよー!」
いつもならノックで起きる時間に、ワタシの耳元で響いた朗らかな声。
「......うるさいなぁ」
寝起きに頭に響くほどの音量で起こされ、眉間に皺を寄せ雪ノ下さんを睨み、如何にもワタシ不機嫌です、そんな感じの表情をしているが雪ノ下さんの興味はワタシではなく部屋にあるようで、部屋の隅々を見渡すように見ている。
「春人くんの寝顔も面白かったけど、この部屋の方がもっと面白いね!」
ちょっと? 人の寝顔が面白いってどういうこと? まさか涎が?
口元に手を伸ばし確認するが、何ら変わり無い、普段の肌がそこにあるだけだった。
そんなワタシを見て口角を少し上げる雪ノ下さん。
「大丈夫。涎は出てないよ」
雪ノ下さんの目がワタシを見透かそうとするように細められた。細めすぎて糸目にならないといいね。
「人の部屋と本棚はその人の心を表すんだってさ」
ワタシに語りかけるように、そして自分に言い聞かせるように、雪ノ下さんは言う。
「この部屋は狂気的なものを感じるほど何も無いね。さっきの考え方で行くと、春人くんの心は何も映してないのかな? そもそも、君に心なんてあるの?」
む、難しいことを聞くなー...寝起きに考えるにしては重すぎる。機械じゃないんだから心くらいあると思うけど、今一感情と心の違いがわからない。
「心くらい、あるよ...たぶん」
言っている途中あくびが出てしまい、中途半端に答えてしまった。
あくびを見て、雪ノ下さんはワタシが寝惚けているのを察したのか、手で口元を隠し、くすっと笑いこの場を誤魔化した。
「眠いなら三十分くらい添い寝してあげるよ?」
「遠慮するね」
二度寝。なんと耽美な響きなのだろうか。そちらに傾くことが出来たらどれだけ幸せになれるのだろうか。ま、幸せなのは寝る前と、寝ている時だけで起きたら地獄なのだが。
「え~、ノリ悪いな~」
ノリで地獄を見ろとか何気に鬼畜ですね、雪ノ下さん。
「雪ノ下さんは朝ご飯食べたの?」
食堂には、ワタシのご飯が並べられていることだろう。が、一応客人である雪ノ下さんが食べていないのなら、自分だけ食べるのは失礼だ。
「雪ノ下さんじゃなくて陽乃だよ。は、る、の。はい復唱」
「雪ノ下さんは朝ご飯食べたの?」
「強情ですな。ご飯は食べてきたよ。あ、食べてなかったら春人くんが手料理をご馳走してくれたとか?」
ワタシの料理はレンジでチンと書いて料理と読む。卵焼きなら作れるけど。
「お茶漬けなら出すよ?」
「早く帰れって言いたいのかな」
「なんなら、お茶でも用意しようか? 具体的には二杯くらい」
「.........」
無言の笑みを浮かべて、雪ノ下さんはワタシの腹に足を置いた。心なしか、雪ノ下さんの端正な顔のこめかみに一本の青筋が走っている幻を見た。本当に幻?
「いだだだだだっ」
雪ノ下さんは腹に置いている足に力を入れ、グリグリと黒光りする六本足の先輩を踏み潰すかのように足を動かした。やめてっ! 両断されちゃう!
「『好きだよ陽乃』って呟いたらやめてあげるよ?」
「無理無理、絶対無理」
思考する前に口が勝手に動いてしまった。や、やばい。青筋が二本に。
「えいっ」
掛け声は可愛らしいが、行っていることは残虐だ。ワタシの腹に置く足が一本追加された。つまるところ、雪ノ下さんはワタシの腹に乗っているのだ。
「いだだだだだだだだだだっ」
ワタシの悲鳴を聞いて雪ノ下さんは満足そうな表情をしている。先日、雪ノ下さんから壊します宣言を受けたワタシだが、事の重さをやっと理解できた。雪ノ下さんはワタシを精神的に壊すのではなく、物理的に壊そうとしているらしい。
「やっぱり春人くんには難しかったか~。じゃぁ、名前で呼んでくれたらやめるね♪」
「むr」
あ、危ない。また口が勝手に動くところだった。今度拒否したら、雪ノ下さんはワタシの腹の上で跳び跳ねるだろう。もうこいつ、嗜虐心溢れる魔王だろ。(白目)
「は、はるのんさん。どいてくれるかな?」
「はるのんじゃないよ、陽乃だよ」
陽乃じゃないよ、魔王だよ。頭の中でそんな風に変換できてしまった。く、くそぉぅ、名前で呼ぶしかモブキャラ志望のワタシは救済できないのか。
「陽乃」
我ながら完璧に言えた。気持ちが入ってないのも完璧。
「もうちょっと気持ちを込めて」
「いい加減どいてくれないかな? お腹空いたんだけど」
完璧。気持ちを込めて言った。ワタシの今の気持ちは、遅刻間際で渋滞にはまった入社したてのサラリーマンだ。
「ちぇ~、つまんないの。春人くん弄りに填まりすぎて忘れてたけど、統一から『食事の用意が出来た』って伝言預かってるよ」
「聞きたいことが一つあるんだけど...聞いていいかい?」
「体重以外なら答えてあげる」
聞きたいのは雪ノ下さんのことじゃないんだ。
「統一の名前を知る必要あったの?」
「もちろん。だってこれから毎日遊びに来るんだよ? なら、ある程度は仲良くならないとね」
これから毎日腹を踏まれるんだね。今日から上体起こしを始めようと誓ったワタシである。
「えいっ」
再び、可愛らしい掛け声で腹の上から飛び降りる雪ノ下さん。たぶん、ワタシの腹筋は今ので死んだと思う。
「早く起きないとご飯冷めちゃうよ?」
笑顔でワタシに手を伸ばす雪ノ下さん。手を貸すという意味だろうか? 今までの行動からすると、手を借りる、腰を上げたら手が離される、尻餅を突く、それを見て魔王は笑う、黄金パターンの完成。へ、長年人を観察し続けたワタシの推理力を舐めるでない。
裏と言える程の裏ではない裏をワタシなりに解釈し、手を借りずに布団から出た。雪ノ下さんは差し出した腕を見て固まっている。あ、あれ? ワタシ何か変なことしました?
「もしかすると、途中で離すと思ったの?」
「思った」
ワタシの返答が触れてはいけない線に触れたのか、雪ノ下さんは悲しげな表情をつくった。胸に込みげてくるモノはなにもない。
「...わたしにも良心はあるからね」
良心ある人が寝起きの人の腹に乗るとかどこの世紀末ですか?
「ほら、早く行こ?」
立ち上がったワタシの手を取り、駆け足でドアに向かう雪ノ下さん。......布団たとんでないんだけど。
されるがままに引っ張られて、連れてこられた食堂。長方形のテーブルに置かれている卵焼きと白米。いつもの光景だ。
「......そんなに見られると食べにくいんだけど」
悲しげな表情はどこえやら。笑顔で頬杖をつき、ワタシの顔を凝視してくる雪ノ下さんを除けば、だが。
「春人くんの幸せそうな顔を見てるとつい、頬が緩むんだ~」
それはもう、幸せですとも。だって、好物の卵焼きを食べてるんだからね。
「ねぇ、わたしと卵焼きどっちが好き?」
「もちろん、卵焼き」
比べるまでもない。卵焼きだ。絶対に卵焼きだ。好物を越えて生活の一部と言っても過言ではない。
「......そっか」
わかりきったことのように呟かれた言葉は寂しさが含まれていたが、諦観はない。逆に、何かを成し遂げようとするやる気があった。
それ以降の会話はなく、卵焼きを幸せそうに食べるワタシと、それを笑顔で見る雪ノ下さんという奇妙な空間が出来上がった。ワタシは今、生物の授業で観察される生き物の気持ちを知った。
食器を片付け自室に戻り、布団に潜ることなく布団をたとみ、さぁ制服に着替えよう、と思い行動しようとしたらワタシに声が掛かった。
「春人くんってどこで勉強してるの?」
「ここじゃない部屋」
真面目に答える必要などなぁい。
「じゃぁ、学校に持っていく鞄はどこに置いてるの?」
「ここじゃない部屋」
真面目に答える必要などなぁい。
「...じゃぁ、筆記用具はどこに置いてるの?」
真面目に答える必要など...
「わかった、答えるから手に取った目覚まし時計を離して」
こめかみに青筋を走らせた雪ノ下さんは、硬質な
「やっぱり離さなくて良いや。うん。書斎だよ、書斎」
本棚には攻略済みの問題集と参考書と薄いアルバムしかないが。
「へー」
興味ありげに聞いたくせに返答はどうでもよさそう。まるで次に本命のチョコを渡そうとしてる女子のようだ。間違っても
「陽乃ちゃんは誤魔化そうとした理由が聞きたいでーす」
ワタシの足下で綺麗な正座をして、何も持っていない手を可愛らしく挙手する雪ノ下さん。
誤魔化すのに理由なんて必要ないと思います。
「何となくだよ」
言いきった瞬間。ワタシの小指が天に召された。
「お望み通り離したよー」
............はっ、危ない。もう少しで小指の巻き添えを食らって、ワタシまで天に召されるとこだった。しばらく下を向かないでおこう。そうだ。きっとそれが良い。
「早く着替えないと遅刻しちゃうぞ? 優等生くん」
もしも遅刻したのなら、遅刻した理由は、魔王に遭遇してフルボッコにされてたと書こう。
「着替えるから、廊下に出るか目を瞑ってくれるかな?」
「え~、あの時の大胆さはどこに行ったの?」
何? 見たいの? 別にワタシは構わないけど...女の子としてどうなのか小一時間話したいね。
「にしても春人くんって見た目によらず筋肉質だよね」
筋肉質? 筋肉質って腹筋八パックの人のことじゃないの?
「筋肉質って初めて言われたんだけど...どうやって返せば良いの?」
「ありがとう、で良いんじゃない? それか『愛してるよ、陽乃』でも良いよ。むしろ推奨」
にんまり笑顔の横で人差し指を立てる雪ノ下さん。
ご飯を食べる前に聞いた戯言よりレベルアップしてる...。前半、採用。後半、無視。
「ありがとう」
そして着替え完了。ふ、ワタシの特技の一つに早着替えという役立たずなものがあるのだよ。
「雪ノ下さん。僕は今から洗面所に行って歯を磨くけど、君はどこで待ちたい?」
「書斎」
一秒の遅れもなく返ってきた返事。雪ノ下さんが書斎を選ぶことは何となくわかっていた。雪ノ下さんはワタシの本棚に興味を持っていることが会話で読み取れたからね。本棚と部屋は人の心が表れるらしい。つまり、雪ノ下さんはワタシの心を知り尽くしたいと見た。だが、ワタシの本棚にはつまらないものしかない。雪ノ下さんはそれを見てきっと、『つまらない人』というレッテルをワタシに張るだろう。張ってくれて結構。つまらない人と誰が一緒に居たい? 誰も居たくないはずだ。ワタシという人間の底が知れたら、向こうから離れてくれるだろう。
「案内するから着いてきて」
「......」
雪ノ下さんは考え事をしているのか、腕をくみ俯いている。美人さんがやると凄く絵になっている。風景が殺風景だが。
ワタシは、向こうから離れてくれるという希望が甘かったと知ることはなく、ドアノブに手を掛けた。
『ぎぃい』と古めかしいドアが軋む音と共に、ワタシと雪ノ下さんは書斎に入った。ここもまた、殺風景。部屋の広さは六畳ほどで、木目が綺麗な机の上に鞄が一つ。今日配布される教科書が机の上を占領することだろう。それと背凭れのない椅子があり、壁に沿うように二つの本棚が置いてある。一つの本棚にはワタシがさっき言った物が入っており、もう一つの本棚には何も入ってない。
「...へぇ。面白い部屋だね」
視線はワタシに向いていない。雪ノ下さんが見ているのはただ一つ。本棚だ。
「本を漁るのは良いけどちゃんと直してね」
「了かーい。のんびりしとくから、春人くんも急がないでいいよ」
急ぎますとも。君は一応、客人なんだから。
「本当に歯磨きしたの?」
あれから、たったの三十秒。ワタシは書斎に戻っていた。そんなワタシを訝しげに見てくる問題集を片手に持った雪ノ下さん。
「したよ」
もちろん、したとも。歯磨きと呼べないほど適当だけど。
雪ノ下さんは何を呆れたのか、短いため息を一つした。
「春人くんってわたしと同い年だよね」
「十五なら同い年だね」
「その十五歳の春人少年は、何で高三の問題集を解こうとしてるのかな?」
少年ジ○ンプと同じくらいの分厚さの問題集をワタシの前に『これが目に入らぬか~!』ばかりに見せてくる雪ノ下さん。解こうとしている、ではなく五年ほど前に解き終えたが正しいのだが、別に言わなくてもいいだろう。めんどくさいし。
「暇潰し」
雪ノ下さんは肩を竦め、問題集のページをパラパラと見ている。パラパラと流して冊子が終わりに近づくほど、雪ノ下さんの口は笑っているのに、目が徐々に細められていく。疲れないのかな?
「春人くんって賢いんだね」
ワタシが賢い? 笑えない冗談だね。
「僕に賢いなんて言葉は似合わないよ。似合うとしたら、小賢しい」
雪ノ下さんの笑みがさらに深くなった。予想していた答えとまるで一緒と言わんばかりの笑顔。どうやらワタシは、誘導尋問に引っ掛かったらしい。
「わたしと春人くんは似てるね」
似てないです。ワタシは分厚い仮面を被ってないです。
「どこが似てるのかな?」
これもまた、誘導尋問なんだろう。
「春人くんの言葉を借りると、わたしは何かを隠している。君は何かから逃げている。ほら、何か似てると思わない?」
逃げてるとしたら、それは君からだよ。
「表面上は似てないけど、本質は一緒って言いたいのかな?」
雪ノ下さんはこくりと頷いた。
このまま腹の探りあいを続けているとよくない。具体的には、ワタシの口が墓穴を掘るかもしれない。これから雪ノ下さんと話すときは口にガムテープでも張ろっかな。
なんてことを考えていたら、雪ノ下さんは本を片付けに本棚に向かった。今日は助かったらしい。だが、三年間。下手をしたらもっと長い時間。頭の痛くなるような尋問が行われると思うと、うっかり頭の血管が切れそうになる。
「今日はこのくらいにしてあげる。だって時間はいっぱいあるからね♪」
いくら長い時間と言っても終わりはくる。絶対に。その時まで耐えるとしよう。雪ノ下さんが離れてくれることを祈りながら。
鞄を持ち、家を出て出口に鍵を掛けたら、ワタシの左手に柔らかい衝撃が走った。何事? と思い左手を見たら、雪ノ下さんがワタシの手を抱き枕にしていた。
言葉に出さなくても拒絶をする方法なぞいくらでもある。これがその一つ。嫌そうな顔にため息を付けて、肩を竦めたら殴りたくなるほどイラッとくる奴の出来上がり。
「春人くんが隠してることを知っても、わたしは拒絶されない限り離れないよ」
渾身の出来栄えのイラつく表情を無視し、ワタシの心を的確にくりぬいてくる雪ノ下さん。何で離れてくれないんですかね...それとワタシ、遠回しに拒絶しているんですけど、矛盾しているんですけど。
「拒絶したら本当に離れてくれるの?」
「うん」
「じゃぁ、離れて」
「却下」
「飽きたら?」
返答はなく、雪ノ下さんは手でゴミを投げ捨てる動作をした。
知ってたよ。君は良くも悪くも我が強いからね。遭遇してそんな経過していないワタシがわかるほど、我が強い。それを通すことが可能だから厄介ここに極まりだね。
左手に新たな荷物を持ち、歩き馴れた道に足を進めた。
ワタシは自分が決めたことしかしないし、自分の道しか進まない。その道に二人目が入る場所は決して存在しない。ワタシは一人になるためだったら、自分の心を欺き、女子の恋心を粉砕するだろう。それでもいつか、遠くない未来で、決定的な間違いをするだろう、してしまうのだろう。
その時、ワタシはどうするのだろうか。
答えは未だに見つかってない。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
アドバイスや感想など、お待ちしております。気楽に投げてくださいね、堅苦しく返しますので。
では、また次話で会いましょう。