今回も伏線投入回です。
駄文ですが、お付き合い頂ければ幸いです。
ワタシが居る部屋に魔王が進軍を行った日から数日が経った今、ワタシは倒れそうである。身体的な意味ではなく、精神的な意味だ。
ワタシの特技が腐るほどあるように、苦手なことも腐るほどある。その苦手なことに掃除という項目がある。苦手なだけで、時間を掛ければ出来ないことはない。
「...どうしてこうなったのかな」
今は使われていない特別棟の一室に存在している、"少し"なんて言葉で通らない大量の埃とゴミの集団を目前に、ワタシは嘆いた。
......時間は五分前に遡る。この日最後の終業のチャイムが鳴り、猫背のけだるげな雰囲気を出している担任が退室する前にワタシは声を掛けた。
『ねね、使ってない教室とかってあるかい?』
ワタシは未来永劫ぼっちを貫くつもりだ。それには家族以外の他者を寄せ付けない空間が必須。今まで自室がそれだったが、嗜虐心溢れる魔王様が意図的にぶち壊したので替えがいる。要点を纏めてしまえば、魔王様が知らない隠しステージが必要なのだ。
『一室だけあるが、何に使うか聞いても良いか?』
不審な視線をワタシに向ける担任。
『(睡眠)学習だよ』
『感心感心。勉強くらい家で出来るだろうが、そこんとこはどうよ?』
半笑いで痛いところを突く担任。勉強くらい家で出来るんだけど、恐ろしいことに魔王が強襲してくるんだよ。
どう説明をしたら良いかわからず、顔を渋らせていると、担任は妥協案を出した。
『お前もお前で事情があるんだろ? わかってるさ。一応貸し出すが物とか壊すなよ。だが、ただで貸すのはきに食わん。条件を一つだす。貸し出す部屋は"少し"汚い。本来はおじさんが掃除する所だが、お前が掃除してくれ。それが呑めないなら貸せんな』
"少し"汚いだけなら、掃除が苦手なワタシでも出来るはずだ。あと、この担任はワタシと同様にめんどくがり屋なのだろう。
『その条件、呑ませてもらうね』
猫背の担任はにやけ顔を作り、ポケットから鍵を出し、ワタシに投げた。
『場所は特別棟。鍵の返却は完全下校の時間まで。そいじゃ掃除行ってこい』
ワタシの背中を強引に押し、特別棟に繋がる廊下に出た。特別棟の何階なのかな?
......思い出してみたら完全に自業自得だった。これからは、あのテンプレ的な詐欺師の風貌をした担任の言うことをワタシは信じない。とか言って結局信じるような失態を晒さないと、胸に刻んだワタシである。
現実逃避をしても何も起こらない。起こるとしたら、担任に私怨を募らせるだけだ。
ワタシは近くにある掃除用具が入っているロッカーを開け、ほうきと塵取りを手に取り、ゴミの排除を開始した。
掃除を開始して約一時間。年末に行われる大掃除並みの仕事量を一人でこなし、あともう一息、という所で引き戸が埃を盛大に撒き散らしながら開かれた。そんなとこにも埃があったのか...駆逐してやるッ!
「こんなとこに居たんだー。捜したんだよ? 春人くん」
...駆逐されてやるッ!
この『捜したんだよ?』が、『逃げちゃダメだよ?』に聞こえるワタシはもう末期だ。大人しく家に引き籠ろう。
「春人くんはこんな埃っぽい場所で何してるのかな?」
「掃除」
「お、さっすが優等生くん。ボランティアかね?」
ワタシの頬を人差し指で突き刺す雪ノ下さん。効果音を付けるなら、『ペシッ』じゃなくて『グサッ』が正しい。
「そうだよ」
「見え見えの嘘だね」
薄っぺらい笑みを浮かべてワタシの嘘を見抜く雪ノ下さん。
バレたか。他の人なら騙せる自信あったんだけどなー。あれ? 担任よりワタシの方が詐欺師っぽい?
「わかった理由を聞いて良いかい?」
今後の参考のためにも一応聞いておきたい。
「だって、春人くんが自分にメリットのない行動するわけないじゃん」
まともな理由を期待したワタシがバカでした。この前は、悪い印象を与えていなくて安心したけど、良い印象も与えてなかったらしい。考えるとこれって悪い印象じゃないの?
「僕でも善意での行動はするよ」
......たぶん。行動はするけど善意があるかとか、悪意があるとか、あんまり考えないんだよね。
「ふーん。春人くんがここを掃除する理由を当ててあげる」
綺麗な唇からは想像も付かない、鳥肌がたつほど低い声でワタシの心を掴む雪ノ下さん。実際に掴まれているのは頬だが、握り潰されないか心配で堪らない。
これは事実確認のようなもの。決して、以心伝心だね、うふふ、のようなラブコメ展開ではない。
「外れてるだろうけど言ってみて」
雪ノ下さんは絶対に当てる。
今の言葉は、意味のない小枝の備えに過ぎない。
「一人になれる場所が消えたから新しくつくるため」
低い声に一つの楽しみが含まれた。
絶句。驚きのあまり声が出ない、という状況に初めて陥った。本当に一声も出せない。当てられるだろうと腹を括ったが、はっきりしないことを言われるのだと勝手に思っていた。今までの有象無象がそうだったから。
雪ノ下陽乃は違う。明確に、鮮明に、ワタシのことなどお見通しだと、その上でワタシを壊すと宣言していたのだ。
「春人くんの反応を見る限りだと当たりでしょ?」
絶対の確信を持って雪ノ下さんはワタシに問うた。
「............ハズレだよ、ハ、ズ、レ」
こんな場面で真逆のことを言って何が悪い? そんな風に開き直らないと、雪ノ下さんの話相手はつとまらない。なにこの滅茶苦茶。
「春人くんってウソつき?」
「人並みに嘘を吐くよ」
「その基準になった人達は一日に三回嘘を吐くの?」
「吐くときは吐くと思うよ。年中嘘を吐いてる人も居るし」
皮肉を込めてそう言った。
ワタシはこれ以上話すつもりはないので、掃除を再開した。
時計が秒針を刻む音が、綺麗になった教室を彩る唯一の音。雪ノ下さんは意外にも話かけて来なかった。
「...良い音だね」
何かに浸るように瞑目していた雪ノ下さんは、辛うじて聞こえる声量で呟いた。
「時計の音なんていつでも聞けるだろうに」
「そうだね、時計の音はいつでも聞けるけど」
教室の床が軽やかに軋み、ワタシの背後で止まった。後ろの正面だーあれ? やべ、ワタシだ。
「春人くんが壊れていく音なんて滅多に聞けないよ」
雪ノ下さんはワタシの背骨をなぞるように、触れる。
そ、そりゃぁね? 良い音かもしれないけどね? す、少しというか、か、かなり悪趣味じゃないかな?
「それはどんな音なんだい?」
ワタシはワタシが壊れる音なんて聞いたこともない。聞きたくもないが、気になってしまうのがワタシだ。
「春人くんがむせび泣く音」
自分から聞いておいてあれだが、最悪の音だった。
「比喩表現だよ、比喩表現」
「違う表現の仕方があったと思うんだけど...」
「急に春人くんの嫌そうな顔を見たくなってね」
う、うわぁ...さすが魔王様。考えることがぶっ飛んでらっしゃる。
「そうだ」
何か思い付いたように、ぽんっと手を打つ雪ノ下さんの傍にいつの間にか、自販機で買ってきたと思われる飲み物があった。
「その顔をもっと見たいから時々この場所に来てあげるね!」
少し、現実から目を背けるとしよう。ワタシは確か『隠しステージ』なるものを例えで作ると言ったが、これがフラグとなっていたらしい。隠しステージはいつか攻略されるもの。たとえ、攻略は行われずとも、いつかは発見されるもの。結論を言う。このままだと、魔王様にボコられてしまう。ピンチだ。某ゲームで、天才軍師にやられた時並みにピンチだ。
「来ないでいいよ」
言っても無駄だろうけど。
「ほい」
雪ノ下さんは、スポーツ飲料水のペットボトルをワタシに投げた。これを受け取ったら『○○モンゲットだぜ』とお約束のセリフを言うのだろうか。言わないよね。
「掃除お疲れさま!」
雪ノ下さんは万人どころか、見るもの全てに愛されそうな笑顔を向ける。そんなにワタシを毒殺したいらしい。
「これ奢り?」
奢りと受け取って良いのだろうか。後々、『あの時奢ったから奢り返してくれ』と、ならないのだろうか? ワタシは経験したことないけど見てるだけで疲れてくる。
「陽乃ちゃんからの奢りでーす」
「毒入りでしょ?」
確認したら脛をいい笑顔で蹴られた。
まろを蹴るなんて酷いでおじゃる!
「毒なんて入れてないからね」
飲むのを渋りまくるワタシ。
「信用出来ないなら先に飲んであげるね!」
のどが乾いていたのか、ペットボトルを器用に奪い取る雪ノ下さん。
その綺麗な唇をつけて、雪ノ下さんは勢いよく半分ほど飲んだ。
「ほら、大丈夫でしょ」
キャップを閉じ、ワタシに投げてきた。この流れで行くと飲む以外の選択肢はない。あまりのど乾いてないんだけど...飲むしかないか。
ワタシは一歩下がり、滝飲みで飲む。雪ノ下さんは笑顔で二歩歩み寄り、ペットボトルを押そうとする。ワタシはペットボトルを無言で離す。
「何で話したのー?」
「のどがあまり乾いてないから」
「なら仕方ないね」
意外と潔かった。もっと、良家生まれの人は駄々をこねると思っていたが、偏見だったようだ。
「鍵返しに行くから早く帰ってくれるかい」
「おっけー、正門で待ってるから早く来てよー?」
あ、あっれー? 話が見事に噛み合ってない...
雪ノ下さんはとてとてと走り、引き戸の向こう側に消えた。
三、三分くらいのんびりしても構わないよね? と椅子に手を伸ばした時、ガラガラーと引き戸が軋みをあげ、ひょこりと顔を出した雪ノ下さん。
「三分くらいなら...とか考えないでね、春人くん?」
「い、いやだなー、ぼ、僕がそ、そ、そんなこと考えるはずがないよ」
思いがけない一言に、声が裏返り、雪ノ下さんの逆方向に目を逸らしてしまった。
不審なワタシを見た雪ノ下さんは、こう、うまくは表現できないが、顔は笑っているのに恐怖心が顔を出す、そんな笑みを浮かべていた。
「その顔は考えてたのかね?」
「考えてないこともないです」
恐怖のあまり変な言葉遣いになってしまった。恐いです。すごく恐いです。
怯えていると、片方の手首を掴まれた。反射的に振りほどこうとするが、雪ノ下さんの端正な顔が目の前に来たので仰け反ることになった。
「ほら、鍵返すんでしょ?」
仰け反った状態のワタシを引っ張り、引き戸に向かう魔王様。だけど、こんな状態のワタシを急に引っ張ったらどうなるか、目に見えてるわけですよ。というか、目の前から迫ってるわけですよ。
ごんっ! 痛々しい音と同時にワタシの額に衝撃が走り、雪ノ下さんは振り返った。
「因果応報ってやつだね!」
その顔はやはり、ほくそ笑んでいた。
ワタシは再確認する。この学校には妖怪が一人と魔王様が一人、居る。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
アドバイスや感想など、首を長くしてお待ちしております。
では、また次話で会いましょう。