ラブコメ(笑)を書こうと思ったら、シリアス(笑)が出来上がってしまいました。
静かな教室でワタシは今、読書をしている。本のページを捲る音と時計の音が耳に入り、背中から伝わる感触から一人ではないと理解を強制させられる。
背後にいる人物は誰か? ワタシのパーソナルスペースに立ち入るのは一人しかいない。雪ノ下陽乃だ。
その雪ノ下さんは何故かワタシの隣に椅子を置き、ワタシにもたれかかっている。これだけだと背後に来るのは椅子の背凭れだが、ワタシは雪ノ下さんに背を向けて座っている。
「......もうすぐテスト...めんどくさい」
ぼっちはあらゆる事象に心の中で呟く。稀に、呟きが口から溢れてしまう時がある。そして、周囲から漂白剤もビックリな白い目で見られる。ぼっちの宿命とも言えるものだ。
呟きが雪ノ下さんに聞こえてしまったのか、パタンと本を閉じる音が聞こえた。
「まだ、三週間あるけどね」
声には余裕と自信で満ちていた。もしかすると、優秀だけど優等生ではないと言われていたのは雪ノ下さんのことだったのだろうか。
「三週間は有るようで無いものだよ」
カレンダーを覗いたら一ヶ月飛んでいたことはよくある。
「わからない教科があったら教えるよ?」
わからないという訳ではない。
周りが少し煩くなるだけだ。ワタシに期待をする先生も少なからず居る。
「気持ちは嬉しいけど大丈夫だよ」
「あり? もしや春人くん。自信がお有りで?」
「安定の点数を取る自信はあるよ」
「その点数は?」
「満点」
「おぉー、凄い自信だね」
背後から愉快そうな声がした。
「そんな春人くんにゲームを挑みまーす」
ゲーム...最近巷で噂の、負けたら社会の闇にメンタルと体を食われるブラックな圧迫面...ゲームだろうか?
「どんなゲーム?」
「テストのゲームって言ったらあれしかないよ!」
あれってなに? 校長のヅラを誰が剥ぎ取るかってやつ?
こやつ何言ってるの? そんな表情で振り向きながら雪ノ下さんを見たら、驚きを絵に書いたような表情をしていた。
「知らないの? ほら、友達とやらない?」
「知らない。だって、友達居ないし」
「あ...ごめんね、少し配慮が足りなかった...かも」
さっきの態度から一変、しおらしくなる雪ノ下さん。友達が居ないワタシからしたら、友達の必要性を知りたい。
「で、そのゲームってなに?」
「どっちが上の点数を取れるかってゲーム」
それ知ってるよ! 負けたらその人との仲が消え失せるやつでしょ! だって聞いたことあるもん。というか隣の席の人がそれだった。
「そのゲームをして、僕が負けたら何か罰ゲームがあるのかい?」
「春人くんがわたしの所有物になる、これでどう?」
内容が酷い...とにかく誰かが雪ノ下さんに罰ゲームの範囲を教えた方がいい。例えば、駄菓子買ってこいとか、飲み物買ってこいとか、ジャン○買ってきてとかさ。...共通点が罰を与えるしかない。罰ゲームだから仕方ないか。
「雪ノ下さんが負けたら?」
「んー」
雪ノ下さんは顎に手を添え、首を可愛らしくひねっている。雪ノ下さんがその姿勢を取ると、あざといと思う前に、様になっているという感想が勝る。
「春人くんと顔を合わせないとかどう?」
「デメリットよりメリットの方が圧倒的に良いから賛成するね」
我ながら安い人だと思う。お高くとまるよりは幾分ましだろうけど。
「う、うわぁ...そんな露骨に嫌われちゃうとショック受けちゃうなー」
「嫌われる行動しかしてないんだから仕方ないよ」
寝起きに腹を踏むとか、額を引き戸にぶつけるとか、暴力しか受けてない。あと、雪ノ下さんが人目を憚らず腕に引っ付くから常々視線のレーザービームを浴びているワタシなのだ。
「あっははははは! 春人くんってツンデレなんだね! かーいいなー!」
脳内お花畑の雪ノ下さんはワタシの背中をバシバシと爆笑しながら叩く。
男の子に可愛いとか嬉しくもなんともない。
べ、別にカッコいいって言ってほしくないんだからねっ。雪ノ下さんのことなんて考えてないんだからねっ。...ホントに考えてないからね。
「ねぇ、これから毎週勉強会とか開いちゃう? 春人くんのお家で開催しちゃう? むしろ、開催してくれると嬉しいなー!」
いやだなー、開きたくないなー、だけどすることは勉強なんだよなー。
「勉強するだけならどこでしても変わらないと思うけど」
勉強は本来一人でするものだし、学校以外で人が集まると駄弁ってしまうだろう。よってこの勉強会などに意味はない。一人でするからこそ意味があるのだ。
「変わるよ。主に春人くん弄りの効率的な意味で」
「ほら、あれだよ、連絡の一つも無しに雪ノ下さんを家に上げると、統一が驚くから駄目。かといって違う場所でするのも駄目。雪ノ下さんの悪趣味に付き合う道理もないから勉強会を開くのも駄目」
駄目なものは駄目。
「ケチだなぁ...じゃぁ連絡を通せば良いんだね?」
鞄から携帯を取りだし不敵に笑う雪ノ下さん。
え? ちょっと待って。統一の電話番号を知ってるの?
「もしもし、藤堂? 今から遊びに行くからよろしくねー」
『唐突だな、別に来ても構わんが...その場に居る春人はなんて言ってるんだ?』
携帯越しに聞こえる無愛想な声。通話の相手は本当に統一らしい。どこで電話番号入手したんですかね。
「連絡を入れたら良いって言ってるけど」
『なら歓迎してやる』
駄目。歓迎しないで。魔王なんて歓迎しないで。
ワタシの心の悲鳴など知りもしない、いや、この笑顔は理解してやっている、魔王が浮かべる恐怖の笑みだ。
「ありがとー、じゃぁ切るね」
ぷつんと電話が切れたのか、ワタシの生命線が切れたのかわからない音がした。
「連絡...通したよ?」
どこで選択肢を間違えたのかな? と自問自答してる間に家に着いた。これがボスの力か...
行われたのは意外にもしっかりとした勉強会だった。尋問など微塵もなく、交互に問題を出しそれを解く。恐ろしいほどに普通の勉強会。
そんな勉強会を続けること三週間。テスト返却が行われた日。やはり、テストの話題で盛り上がっていた。
「学年一位は雪ノ下さんだってー! 流石だね!」
ワタシの後ろで話をしているグループの一人がそう言った。
今回のテストでの同点一位は二人居る。一人は雪ノ下さん。二人目はワタシこと春坂。残念ながら勝負は引き分けのようだ。
「このくらい余裕だよ。一位はわたし以外にもう一人居るけどね」
「えっと...『噂の』春坂さんだっけ」
やだ、何か厨二病っぽい。
名字の前に噂を付けて通じるということは、それだけ広まっている証拠だ。ワタシ一人の力だけで誤解を解くのは不可能に近いだろう。人の根幹に刻まれたイメージは泥のように汚い。別に女子に間違われようときにしないが生活に支障をきたすなら話は別だ。使える者全部使って何とかする。
「その噂デタラメって知ってる?」
お、まさか誤解を解いてくれるのかな?
「知らなかった...何で雪ノ下さんは知ってるの?」
この調子で進むと更なる誤解が生まれそうな予感...その時は介入しようか。
「見たから知ってるんだよ」
さも当たり前のように雪ノ下さんは答えた。
学年一位さん、主語が抜けてますよ。
「え? 雪ノ下さんが春坂さんに抱き付くのってまさか...」
ワタシ、介入行動を開始する。
「雪ノ下さんが僕の腕に引っ付く理由は知らないけど、君が考えた複雑な事情はないから安心して。これが見たってのは僕の上裸のことだよ」
「な、何で上裸見せたのか聞いてもいい?」
後ろから話し掛けたせいか名も知らない女子は驚いた様子だ。もっとも、雪ノ下さんは不服そうな顔をしていたから気づいていたと思うが。
「雪ノ下さんが僕を女子と勘違いしたから」
「そ、そうなんだー。勘違いされても可笑しくない見た目だからね、じゃぁ雪ノ下さんまた明日」
名も知らない女子は雪ノ下さんに手を振り、足早に引き戸に向かった。これで心の二次被害は抑えた。ちなみに、一次自害は魔王との予期せぬエンカウントだ。
「ばいばーい。...もうちょっとで外堀が埋まる予定だったんだけどなー、綺麗に邪魔されちゃったよ。もーっとさぁ春人くん...空気読んで?」
現在進行形でその予定が進んでいると考えると、落ち着いて昼寝もできない。
「僕は必要な時以外空気を読まない人なんだよ。それよりゲームのことだけど、引き分けだとどうなるのかな?」
「なになにー? そんなにわたしの所有物になりたいのかなー? いつでも歓迎するよー」
「次回に持ち越しってことでいいのかい?」
「そこは空気を読んで『陽乃ちゃんの所有物に......なりたいです』だと思うんだけど?」
「ゴミみたいな空気を読むくらいなら、辞書でも読んでる方がよっぽど有意義だね」
実に読みごたえのある辞書だ。あれで一日は潰せる。
「ゴ、ゴミ...はっきり言われると悲しくなるね」
雪ノ下さんは縮こまって机に伏せ、のを延々と書いている。放っておいたら完全下校の時間まで書いているだろう。あげくに何かをすすり上げる音まで聞こえてくる。立ち位置的にまるで泣かしたような雰囲気が立ち込み初め、J組の数少ない、そして何故か廊下に居る男子達が、某巨人が人間を食う漫画の主人公がマフラーをぐるぐる巻いた人が時々するあの目より恐ろしい目でワタシを睨んでくる。はっきり言って、逃走したい。
「雪ノ下さん」
「ぐすっ...なぁに?」
演技とわかっているが、心配するほどに巧い。いや、実際には泣き真似と頭で理解しているのだが、『泣いていたら?』と胸の奥に罪悪感が芽吹きかけている。
「前言を訂正するよ」
「...じゃぁ、所有物に、なってくれるの?」
その一言に廊下にいた男子達が爆発した。
『俺も雪ノ下さんに言われてぇ!! 悶える一言が欲しい!』とか『雪ノ下さーーん!』と言ってスローで後ろに倒れていたりと、初めてみる光景があった。
「所有物にはならないよ。訂正するのは『ゴミみたいな』って言ったのを『関わりたくないような』だね」
廊下にいた男子達が全員、空気を読めと思った瞬間だろう。
男子の視線は相変わらずだが、雪ノ下さんは顔を上げた。涙のあとはない。あるのは、不変のものがやはり不変だった、と安心している微笑。
「春人くんは変わらないね」
ワタシはそんな簡単に変われない。変わるとしても数年は掛かるだろう。
もっとも、変える機会などモブ志望のワタシにとって不要だ。
「ついてきて」
雪ノ下さんは手を引っ張って教室を後にし、昇降口を下り、正門に出て帰路に着いた。幸いにも顔面強打イベントはなかったが、男子達が煩かった。
「わたしが春人くんを壊したい理由、なんとなく察せた?」
からかうような、されど真剣な声音。
「まったく」
首を横に振る。
雪ノ下さんはワタシを見てため息を一つして、どんよりとした、気分が晴れることのない曇り空を見上げた。
「...出来るだけ早く、見つけて欲しいな」
憂いを含んだ表情で、寂しさと、触れたら溶けてしまう雪のような儚さを含んだ声で、雪ノ下さんの言葉は投げられた。
それにはいつもの耳に響く朗らかさなどない。
ただ、何者にも流されず、無我夢中で隠し続けた自分を見つけて欲しいと、道化を暴いて欲しいと願う心があった。
ワタシは今の言葉を聞き、中学に上がった時に読んだ、一つの小説を思い出した。
空腹感から食事を取ったことのない、猿の笑みを浮かべる幼年期。おそろしく美貌を持ち、道化を見破られても道化を演じるしかなかった青年期。
きっと彼に必要だったのは、心に寄り添ってくれる人だったのだ。
もしも、なんてどうしようもない考えだが、きっと誰もが考えたであろうもしも。
もしも、彼にそんな人が居たのならば、結末は大きく変わったはずだ。
「おーい春人くん?」
思考に没頭していたせいか、雪ノ下さんは目の前で手を振っていた。
「...なんだい?」
「人の話聞いてた?」
半目で睨まれ、遠くから電車の音がする。
「あー、善処するよ」
「よろしい。じゃぁーー」
ガタンガタンと音がする。
久しぶりに『もしも』なんて考えをしたせいか、それとも、馴れ合いではなく、雪ノ下さんの本心を少し聞かされたからか。ワタシは口を滑らせていた。
「ーー確か、君は僕を知りたいって言っていたね」
ガタンガタンと音が近づいてくる。
「え、言ったけど...それがどうーー」
「ーー次いでだから、ワタシを」
ガタンガタンと電車の音がワタシの声を連れ、通りすぎた。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
アドバイスや感想など、お待ちしております。
では、また次話で会いましょう。