シンデレラガールズ短編集   作:アルミ袴

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作中に出てくる歌は著作権切れのものを使用させて頂いています。


銀色の彼女……(1/3)

 頭痛がする。年末迫った寒さのせいか、忙しさのせいか……それとも。

「あの~、あなた様はどちら様でしょうかぁ?」

 目の前に広がる、意味の分からない光景のせいか。

「……? あの~?」

「いや、別にどちら様でもないんですが……」

「そ、そうですか……くしゅんっ! うう……日本の冬も寒いのね~ブリッツェン…」

 目の前、路地の壁際に座り込む、やけに愛嬌のある顔立ちをした鹿のような動物に抱きついている彼女は、ダンボールで申し訳程度に隠してはいるものの――。

 寒いも何も、どう見ても全裸だった。12月の中旬、ちょっと冒険心が過ぎるファッションだ。

「……」

 無言、俺は目頭を指で揉み込む。疲れているのかもしれない。

 仕事帰り、アパートの最寄り駅から降りて、今日はもう一刻も早く寝たいからと薄暗いため普段は使わない路地裏のショートカットコースを歩いてみたところ、これである。

 街灯もまともにないせいかはっきり見えるわけではないが、抜けるような白肌に輝く銀髪、金色めいた瞳……と、まるでファンタジー世界から抜けだしてきたかのような神々しささえ感じさせる風貌の美しい女性が、涙目で全裸。でかい鹿付き、ダンボールを添えて。

 何なんだ。

 普段一癖も二癖もある連中と仕事をしてはいるものの、さすがにこれは脳の処理が追いつかない。

「……くしゅんっ」

 二度目の、女性のくしゃみ。可愛らしくはあるものの、それはやはり、可哀想だった。

 コートを着込んだ自分だって寒いのに、彼女は繰り返し言うが、全裸だ。

 ともすればコミカルに見えてしまうかもしれないが、こんな寒空の下では普通に命の危機である。

「あの、とりあえず、これ着てて下さい」

「え? あ……」

 返事を聞く前に、放るようにして俺は自分のコートを彼女に羽織らせた。

「……質問、というか確認なんですけど、その格好は趣味でやられているわけではないんですよね?」

「趣味? ……ち、違いますよ~!」

 よかった、違うんだ。

「盗られちゃったんです~! プレゼントと一緒に! ああ~プレゼント……どうしよう」

「……プレゼント?」

「はい! 子どもたちへのプレゼントです!」

 涙目鼻声、彼女は続ける。

「うう~、私の服はもうともかくとしても……子どもたちへのプレゼントだけは……あれだけは……」

 ……何の話だろうか。というか、女性が路上において全裸になっておきながら"自分の服はともかくとして"なんて言う状況が存在するのか。

「よくわかりませんが……、とにかく大事なものがあって、それを盗られてしまったと」

「はい……」

 まさか現代日本で追い剥ぎに遭ったわけでもあるまいし、結果的になぜ全裸なのか、そこにはまだ繋がらないが。

「……それを着て、ちょっと待ってて下さい。いいですか、動いちゃ駄目ですよ」

「え?」

「あと、そんな格好ですから、状態ですから、誰かに声を掛けられても反応したり、あまつさえホイホイついていったりしたら駄目ですよ」

「わ、わかりました……えっと?」

「あ、声を掛けてきたのが警察の方だったらもちろんいいですけど」

 ……というか、そうか。

 警察か。

 まずは連絡すべき――だろうか。こんな状態の女性を発見してしまったのだから。

 なんて悩んでいると。

「け、……警察の方は、ちょっと」

「……え?」

「その、出来れば、お世話にはなりたくないなあ……って」

「……そうなんですか」

 応える自分の声のトーンは、一段階低くなっていた。

 やばい案件に首を突っ込んでしまったか。

「違います! ちゃ、ちゃんと入国手続きは踏んでますよ! そういうのは大丈夫です! 協会が根回ししてくれてますから! ただ、その、忙しいこの時期にこんな事態になってるって事が知られると、色々迷惑かけちゃいますから、連絡が行かないように警察の方とかには……えっと……」

 俺の顔と声から訝しんでいる事を察したのか、女性はわたわたと何やらそんな説明をくれたが、正直、なるほど納得安心だというそうわけにはいかなかった。

 だって、なんだよ、協会って。

「いいや……とにかく、待ってて下さいね」

 この場から一旦離れて自分の考えを整理するという目的も込み、俺は改めてそう言い残し、女性を置いて路地裏から大通りへ戻る。

 小走り、5分もかけずに深夜まで営業している有名チェーン量販店に入った。物に溢れかえった煩雑な店内を進み、目当てのコーナーで目当ての品を買い込む。一部の物には多少の躊躇はあったが、この際そんな事言っていられない。

 手早く店を出、買い物袋を下げてまた先の路地裏へと戻る。

 そんなに長い時間待たせたわけではないが、はたしてあの人はいるだろうか。

 なんとなく、疲れている俺の見た幻だったんじゃないかって、そんな風にさえ……。

「あっ!」

 思っていたのだが、杞憂だったようだ。路地裏に踏み込んだ瞬間、声が上がった。

「いえ、そうでした。ん、んん……」

「……?」

 しかし、近づいてみてもなぜか女性は視線を合わせず、口を手で抑えている。何してるんだ。

「あのー」

「ん~……」

 ……ああ、そうか。

「声を掛けられても反応するなって、言ったのは俺ですから俺は例外と考えて下さい。それで、あれはもう解除でいいです」

「あ、そうでしたか~」

 やっぱりか。女性は俺が言ったことを律儀に守っていたらしい。

 しかし何だろうな、話せば話すほど、この人からアホの香りが漂ってくるのは。

 そして困った事に、知れば知るほど彼女を放っておく気はどんどん失せていく。

「あの、これを」

「え、はい」

 とにかくと、買い物袋を女性に差し出す。

「っ!」

「あれ、どうかしました~?」

「……いえ」

 どうかしたも何も。動物に抱きついていたから肝心な部分はきちんと隠されていた彼女の身体が、俺から袋を受け取ろうとしたせいで色々露わになって。

 とっさに目は逸らしたものの、バツが悪い。

 この人は気にしないのだろうかそういう事は。

 純粋過ぎるというか、何だか危なっかしい。

 ああ、くそ、本当に放って置けない。

「あ! こ、これは……」

「タグとかは切ってもらってるので、すぐに着られるようになってます。後ろ向いているんで、どうぞ」

「い、いいんですか~!」

「どうぞどうぞ。安物ですし」

「うあ~! ありがとうございます~!」

 言ったとおり、即座に俺は後ろを向いて目を瞑った。明らかに俺がそうするよりも先に色々丸見えになりそうな姿勢で服を着こみ始めていたのは、あまりに寒かったからだと思いたい。そうでなく素なのだとしたら、本当に深刻なレベルで天然な感じになってしまう。

 幻想的な見た目も加えると、うちの事務所にいる連中と並べても負けないくらいに強いキャラクターだ。

「あったかいいいい~。うわ~うわ~、ありがとうございます~! うわ~!」

「着終わりました?」

「はいっ!」

 それを聞いて彼女の方へ向き直ると、言葉通り、俺の買ってきた品々――スニーカーに靴下、上下黒のスウェットに明るい白のダウンジャケットを着込んでいた。躊躇しつつ買った下着も、おそらくちゃんと付けてくれているだろう。

「サイズとか大丈夫ですか? 一応、合うようなのを選んできたんですが」

「はいっ、ばっちりです! ……でも、あの、私、お代を……今すぐには、ちょっと……」

「ああ、いいですいいです。まあ、もし気になるのであれば、色々落ち着いた後に連絡下さい」

 言いつつ、彼女に自分の連絡先を知らせる意味で名刺を渡すも、特に見返りは気にしていなかった。

 全身の衣類を揃えたとはいえ量販店の品、大した出費ではないし、特段散財癖もないため金に困っているわけでもない。

「はい、必ず~! 色々ありがとうございます~!」

「いえいえ」

「これで、とりあえずちゃんと人前に出られます! 待っててねブリッツェン、クリスマスまでにプレゼント代、ちゃんとどこかで稼いでくるから」

「……待った」

 彼女の台詞、後半の俺に向けられたものではない部分に反応、俺は痛みのひどくなった頭に手を当てながら尋ねる。

「待った、何ですって?」

「……? あの、ですから、どこかで雇って頂いて、お金を……」

「……アテはあるんですか?」

「特にありませんけど……」

「……それ以前に、住居とか、今着ているもの以外の服とか、食べ物とか、そういうもののアテは?」

「あ、ありませんけど……」

 絶句。

 本日再び、眉間を指で揉み込みつつ、問う。

「最後にもう一つ、今、現金の持ち合わせは?」

「あ、ありません」

「……」

 いや、すげえな。

 流暢な日本語を喋ってはいるものの、見た感じ確実に日本人ではない。つまり、彼女にとってここはおそらく異国で。

 そこで宿なし服なし文なし、何をどう出来るアテもなし、と。

 詰んでないか、それ。

「どうしたのブリッツェン、お腹空いた? 待っててね、すぐにお金稼いでくるからっ!」

 なのに、このポジティブさ。

 すごいと思うのと同時に、当たり前ながら尋常じゃない危うさを感じる。

 仮に、彼女がこのまま街へ出て職探しに向かったとしよう。どうなるだろうか。

 もし運が良ければ、どこでも追い返されて結局働けないだろう。

 もし運が悪ければ、この見た目と純粋さを利用されて、所謂"そういうお店"で働くことになるだろう。

 そして残念ながら、ここらへんに"そういうお店"は割りと存在する。そして、ピカピカとド派手な看板で自己主張するその姿に、この女性が何も知らずにふらふらと寄って行く様は、ありありと目に浮かんだ。

「……あの、いいですか?」

「はい?」

「今更ですけど、やっぱり洋服のお代を今請求する事にします」

「え、あ、もちろんそれは、……ご、ごめんなさい、でも、あの」

「大丈夫です、体ですぐに払えますから」

 

 

 

 

 

 

「お、おじゃましまーす……」

「どうぞどうぞ。炬燵に入って待っていて下さい、すぐに飲み物用意しますから」

 言いながら、エアコンのスイッチを入れて部屋を温める。なんとなく、沈黙してしまった時の対策としてテレビもうるさくない音量で付けておいた。

「いえいえ、そんなお構いなく!」

「駄目です、体冷えてるんですから。『俺の部屋に来て話を聞く、その間はなるべく俺の言う事に従う』、服の支払い代わりに承諾しましたよね? 飲んで下さい」

「そ、そうでした……わかりました!」

 そうでした、じゃないだろ。内心、俺は大きくため息を吐いた。

 会って間もない男のそんな要求を呑んで、ホイホイと部屋に上がる。なんの警戒心もなしに。

 ありえない。

 そんな要求をしたのは自分だが、それでもそう思えて仕方がなかった。

 最初に見つけたのが自分で良かった、なんて思ってしまうのは会って十分二十分の人間に対しては入れ込み過ぎな感想だ。

 もちろんそんなつもりはないが、犯されたっておかしくはない状況下だと彼女はわかっているのだろうか。

「わあ~あったか~い……」

 ……わかってないんだろうなあ。炬燵に入って頬を緩めるその姿には微笑ましさと、やっぱり頭痛を覚えた。

「さて」

 彼女にコーヒーを出しつつ、俺は対面に座り込む。

「……あー、その」

 ていうか、あれだな。

 すごい美人だな、この人。

 暗がりで見た分にもそんな風には思っていたが、はっきりと灯りの下で見ると凄まじい。ファンタジーの物語から飛び出てきたみたいな美貌だ。

「はい、なんでしょうか~」

 そのくせ、このノーガードな笑顔である。

 ああくそ、……可愛いな。

 反則だろ、こんなの。

 気を取り直すように、咳払い一つ失礼してから俺は始めた。

「まず、お名前から聞かせてもらっていいですか? あ、俺は……」

 とりあえず礼儀として自分の名前も名乗っておく。渡した名刺にも書いてあったが、あの路地の暗さでは見えてなかったろう。

 次は彼女の番だ。見た目北欧系に見えるが、どうなんだろうか。

「私は、イヴ・サンタクロースと申します」

「ん? ああ、芸名とかそういうのではなくて」

「いえ、本名ですよ?」

「え?」

「え?」

 え?

 本名?

「すみません、もう一度言ってもらっていいですか?」

「イヴ・サンタクロースです」

「冗談でしょ?」

「え、いえ?」

 答える彼女の眼は、疑うこちらの心が痛くなってくるくらいに純粋で、まるで一点の曇りもなく。

「わかった、わかりました。すみません疑っちゃって、えっと、サンタクロースさん?」

「イヴで結構ですよっ。あ、ちなみにあのトナカイの子はブリッツェンです」

 へー、トナカイだったんだ。鹿だと思った。

 ……サンタはともかくトナカイは実在する、んだよな? 日本の街中にいるものなのかどうかは置いといて。

「とってもいい子なんですよ! お利口ですしっ」

「まあ、利口そうなのは確かですね……」

 件のトナカイ、ブリッツェンは流石に部屋に入れてやれないので、俺の車の中にいる。暴れられたらどうしようかと冷や冷やしたのだが、実に大人しく主人―――イブさんの言う事を聞き、つつがなくシートを畳んだ車内に収まった。

「それで、トナカイ連れてイヴさんは一体何をしてたんですか?」

 夜道に全裸で、という言葉は飲み込んだ。

「それがですね~、フィンランドから日本に着いたはいいものの、なにせ長時間の飛行でしたから私もブリッツェンも疲れてしまって……どうしました?」

「……いえ、続けて下さい」

 細かい突っ込みを入れていたら、いや決して細かくはないのだがとにかく、いちいち話の腰を折っていたらキリがない。

「それで、あまり目立つところにいるわけにもいかないので、とりあえず路地裏で一息吐いていましたら、その、ウトウトとしちゃいまして。でもほら、路上で寝ちゃったら駄目じゃないですか、寒くて風邪引いちゃうかもしれないですから」

 妙齢の女性が路上で寝ちゃったら駄目な理由は他にも大切なものがあるが、とりあえず頷いておく。

「だから、ほら、寒いから眠いんだと思って。それで、裸になってブリッツェンとくっつけば暖かくなるかなって、服を脱いだはいいんですけど、……暖かくなったらそれはそれでやっぱり眠くて、結局寝ちゃって……」

 えへへと恥ずかしげに笑う彼女に、俺もなるほどそうですよねとそんな笑みを返す。それ以外どうしろ言うんだ、こんなアホな話に。

「寝ちゃったのはほんの一瞬、だったと、思うんですけど、……起きたら、置いてあった洋服と一緒に荷物……プレゼントも全部なくなってて……」

「………それは、不運でしたね」

 なんとか絞り出せた言葉はそんなもの。だって彼女は確かに不運で、そしてとても幸運だったのだから。

 このルックスであそこまで無防備の極地な格好でいて、乱暴を働かれなかったというのは日本の治安も捨てたものじゃあないぞ。

 まあ、でかいトナカイにひっついていた、というのも理由としては大きそうだが。

「それで、イヴさんはその盗まれてしまったプレゼントを買い直すためにお金が必要、と」

「はい!」

「……サンタクロース、なんでしたっけ?」

「はい!」

 元気に笑顔で返されるものの、どう解釈したらいいものか。

 というか。

「確かにもうクリスマス前ですけど……まだちょっと早いですよね?」

 今日は十二月の十四日。本番までまだ日がある。

「……その、ちょっと気がはやってしまったというか」

 恥ずかしそうに彼女は答えた。

 いつ頃来るのが相場なのか、そもそもサンタクロースだというのを信じていいのか等など疑問も浮かぶが、苦笑しながらの俺の口から出たのは違う言葉だった。

「【あわてんぼうのサンタクロース】、みたいですね」

 クリスマスソングとしてはど定番もど定番、かの有名なあの歌だ。

 つい、ぽつりと、何の考えもなしに放った言葉。

「【あわてんぼうのサンタクロース】! 私、あの曲大好きです~! 日本のクリスマスソングなのであんまり他の国では聞きませんが」

「あ、そうなんですか。なんか外国の原曲があるもんだと」

「違いますよ~。あれは日本産のクリスマスソングです」

「詳しいですね」

「サンタですからっ」

 得意げに豊満な胸を張った彼女。そういう仕草も、だから会ったばかりの男にふたりきりの部屋でするには無防備だ。

「サンタって、クリスマスソングに詳しいんですか?」

「個人差もありますが、やっぱりサンタですから」

「へええ」

 そんな会話を交わしていると、テレビからいかにもクリスマスといった音楽が流れてきた。番組の一コーナー、そのBGMのようだ。

 曲名は、確か……。

「―――We Wish You a Merry Christmas」

 そう、そうだ、『We Wish You a Merry Christmas』。

 なんて思考は、しかし頭の隅の隅に追いやられていた。

「―――We Wish You a Merry Christmas」

 そうする事がまったく自然なように、するりと彼女は歌声を紡いでいて。

 にこにこと笑顔で、リズムを取るように体を揺らしていて。

 ご機嫌無邪気の極みのような様相で。

「………」

 俺は、絶句するしかなかった。

「―――We Wish You a Merry Christmas, and a Happy New Year」

 雪のように純白で、しかし儚くはなく。

 氷のように透き通って、しかし冷たくはなく。

 光のように眩しくて、しかし確かにここにある。

(………嘘だろ)

「―――Good tidings we bring to you and your kin」

 馬鹿みたいに魅力的で、信じられないくらいテクニカルな。

 冗談じみた歌唱力。

 まるでお伽話に出てくる妖精か何かのようだった。

「―――We wish you a Merry Christmas and a Happy New Year」

 陽気に歌う彼女を前に、俺は姿勢を正して全神経を研ぎ澄ませる。

 これでも、耳は肥えている。仕事柄、歌で食ってる連中とは毎日のように顔を合わせているからだ。

 そして、目だって肥えている。これまた仕事柄、ルックスで勝負している連中と毎日角突き合わせるいるからだ。

 それなのに。

「―――Oh bring us some figgy pudding」

 惹きつけられて、止まない。

「うわ……」

「―――Oh bring us some……はい、なんですかっ?」

「あ、……いえ」

 無意識に声が溢れてしまい、それに反応したイヴさんは歌うのを止めてしまう。

 それを素直に純粋に、惜しいと悔やんだ。

 もっと、聴いてみたいと思った。

 もっと、聴いていたいと思った。

 それは歌声だけでなく、歌う姿も同様だ。

 もっと、魅入られていたかった。

「……その、イヴさんは、サンタクロース、なんですよね?」

「はいっ!」

「そのお仕事を、どう思ってますか?」

「私の生き甲斐そのものですねっ、私、サンタをやるために生まれてきたと思ってます」

 迷いのない声。曇りのない瞳。

「……そうですか」

 もしも、もしもの話だ。

 もしも彼女が、ただの留学生か何かで。

 もしも将来に対し、何も明確な夢やビジョンを持っていなかったら。

 俺は、間違いなく迷いなく……。

「素敵な仕事ですよね、サンタって」

「はいっ」

 彼女の笑みに、俺も微笑を返して、小さく頭を振る。

 強引なスカウトは柄じゃない。……なんて言ったら、同僚たちに総突っ込みを入れられそうだが、あくまで主観的には、当人の夢を無視してまで引き込むのは無しとしている。

「そういえば、何のお仕事をされているんですか? すみません、名刺は暗くて読めなくて……」

「あ、俺ですか? 俺は……ええっと、アイドルってわかります?」

「はい! テレビに出て、可愛い格好や格好良い衣装で歌ったり踊ったりする子達ですよね」

「ええ、大体その理解で合ってます。で、俺はそういう子達のプロデュースをしています」

「ぷろでゅーす……?」

 小首をかしげるイヴさん。何気ない仕草も可愛らしいと思ってしまうのは、届かない花を惜しむが故か。

「簡単に言うと、彼女たちが歌ったり踊ったりする機会を作ったり、彼女たちがより魅力的に歌ったり踊ったり出来るようにサポートする…まあ、裏方ですよ。雑用みたいなところもありますし。基本的には何でもやりますからね」

 特にうちの会社にはマネージャーという概念が存在しないため、本当に何でも屋に近い。幸い、会社としての事務作業は事務員のちひろさんがいるためやらずに済んでいるが。

「そのお仕事、お好きなんですね」

 唐突に、そんな言葉が投げられる。

「え?」

「そんな顔してます」

「……そうですかね」

 思わず頬に手を当ててしまう。緩んででもいただろうか。だとしたら、少し恥ずかしい。

「まあ、俺の事はともかく、とにかく、イヴさんの今後ですよ」

 咳払い一つ、俺は話を変える。

「あ、はい……」

「……いいですか? まずこれは言っておきたいんですが、確たる住所、きちんとした身なり、ある程度の資産、まともな身分証明もない人間がほいほいとまとまったお金を稼げるような国ではありません、日本は」

「……ええと、その」

「協会とやらの後ろ盾も、連絡できない―――したくないというのなら使えないんでしょう? だったら、そういう事になります」

「で、でも! 誠心誠意お願いすれば雇って頂けるところだって!」

「ないとは言いません。と言うか、あなたの容姿であればすぐにでもある程度大きな額のお金を手に入れる事の出来る労働はあります。……ですが、相応の内容になります」

 相応の内容、それを俺は彼女へセクハラにならない程度の詳しさで伝えた。

「……え、え、………ええ、と………」

「俺個人としては、まあ売り手買い手相応が同意の元やっているのであれば別にどうとは思いません。職業に貴賎なし、とも言いますしね。ですが、貴方にそれをやる覚悟はありますか?」

「…………」

 問いに、イヴさんは顔を真っ赤にして俯いた。羞恥心の鈍そうな彼女にも流石に効いたらしい。これが答えと見ていいだろう。

「イヴさん。わかったら……」

「でも……私は、プレゼントを届けなければいけないんです」

 それは、揺れていながらなお芯を失わない、不思議な強さを持った口調だった。

「だって、子どもたちが待っています。だって、私はサンタです」

「……」

「協会はこの時期、とても忙しいんです。一年で一番忙しいんです。私の大失態にフォローを回したら、きっと他の地域の子どもたちが悲しい思いをします。それは、いけません」

 テーブルの上、彼女の白い手が、さらにその色みを追い出すように固く握られる。

「だから、私は、……何を、してでも」

「それは」

 反射で彼女の言葉を遮ろうとした、その瞬間だった。

 ピリリリリリ、と、響き渡ったのは無機質な電子音。事務所の子達に味気が無いつまらない、さらに言えばなぜ自分たちの曲を使わない……とさり気なく非難轟々の、俺の携帯の着信音だ。

 黒塗りガラケータイプといかにも仕事用といった風体のそれを開き、ディスプレイを確認すると事務所の番号。

「あ、あの、お構いなく、どうぞ!」

「……すみません、それじゃあ」

 大事な話をしてはいたものの、ここはイヴさんのお言葉に甘え、出る事にする。

 なぜなら、もう時間帯が日付も変わろうかという深さだからだ。

 そこに連絡というのは穏やかでない、緊急性を有した要件と見ていいだろう。

 電話相手は、俺より遅くまで事務所に残っていた唯一の人物だろう。

「はい、何かありましたか、ちひろさん」

「何かあっちゃいました、プロデューサーさん」

 我が346プロダクションの誇る異様に有能な事務員こと千川ちひろさんだ。彼女の声は、珍しく疲れた音色をしていた。

「すみません、遅くに。でももうこのタイミングじゃなきゃ間に合わなくって」

 そんな台詞を聴いて血の気が引かないほど、俺は肝が据わっていなかった。

 このタイミングじゃなきゃ、間に合わない?

「明日のイベントあるじゃないですか、凛ちゃん達が出る予定の」

「ああはい、アウトレットモールのミニライブ」

 都市郊外の、とある大型アウトレットモール。

 そこがクリスマスイベント第一弾と銘打ち、人気アイドルを招いてトークとライブを……という趣旨の催しを行う事になったらしく、その"人気アイドル"の内の一組として我が事務所の渋谷凛、神谷奈緒、北条加蓮の三人ユニットにお呼びがかかった次第である。

 凛、奈緒、そして加蓮は、"人気アイドル"に大とか有名とか、ましてや国民的だとか、そこらへんの言葉が追加されて紹介されれば気後れするし、はっきり言ってまだまだ力不足だと思ってしまうが、新進気鋭の、くらいだったらありだと言えるくらいの三人である。

 ミニライブとは言え、件のアウトレットモールはかなりの人気スポットだ。その大きさゆえ場所こそ都市郊外だが、集客はかなりある。プレスも来るし、いい仕事を取れたものだと浮かれていたのだが。

「それが、何か問題でも? ……まさか、取り消しとか?」

 不手際でもあったか、恐る恐るの問いには、苦い声が帰ってきた。

「いえ、ある意味で、言ってしまえばその逆です」

「逆……? え、まさか」

「いやあ察しが良いですね、さすが」

 俺は眉根を寄せる。背には冷たい汗が流れた。嘘だろ、だって。

「明日ですよ? ……無理でしょ」

「詳細を聞いて下さい。まあ……聞いても同じ事を言うと思いますけど」

 聞きたくなかった。しかし聞かないわけにはいかなかった。

 明日うちが演る三十分程度のミニライブ、あれは言ってしまえば締めのゲストコーナーだ。

 アウトレットモールのクリスマスイベントとしては、その前、二時間ほどぶっ続けで行うクリスマスソング・オンリーライブがメインとなる。

 そしてそれは、業界ではうちよりよっぽど力のある某事務所のアイドルが担当する、ことになっている、……はずだ。

「急遽、キャンセルですって。理由は言えないとの事で。今日になって、というか、ついさっき、アウトレットモール側に連絡があったみたいです」

「今、この土壇場で?」

「はい……」

「……それで」

「うちに話が回ってきました。もうバックバンドからステージに宣伝までやる事はやってしまっている、空く二時間をどうにか埋めてくれ、と」

 俺は手帳を取り出し素早く自分の事務所の所属アイドルの予定を確認した。

 それが無駄な事だとわかってはいても。

「いやいやちひろさん、いける子なんていませんよ。そもそも、二時間のステージなんていきなりやれるもんじゃないですし、特に今回みたいな場合は」

「まあ、そうですよね……自分たちの持ち歌じゃなくて、クリスマスソングですからね。基本はメジャーものとは言え、曲数が曲数です。歌詞やメロディーを全部頭に入れるとなると、付け焼刃じゃとてもじゃないですが」

「それに、トークも挟むでしょう? その歌の詩の意味やら、そんな事を解説する……」

「ええ。宣伝ポスターやチラシにばっちり売り文句として書いてありますから、まさか飛ばすわけにもいきません」

「……」

「…………」

 沈黙。目を瞑る。

 どうにか、やれそうな人材は。そう思いながらもう一度、うちの子達を思い浮かべて。

「……明日ですよ? いや、もう今日か。……無理でしょ」

 結局、俺はそう言った。話している間に日付は変わっていた。ライブ当日だ。

「というか、……まあ、本来ステージを担当するはずだった子達のドタキャンについては、いいとして」

 おそらく、ライブに出すどころではない事態になったのだろう。事故や病気だったらそれはお気の毒だし、仕方ないと思えるが……。

 なんとなく、週刊誌を賑わすような理由なんじゃないかと俺の勘は言っている。何回か打ち合わせで顔を合わせたし、他の仕事で一緒になった事もあるのだが、少々そういう危うさのある子達だったからだ。

 だから、それはいい。もう、仕方ない。

「だけど、代わりを出さないって言うのは勝手過ぎませんかね、向こうさん」

 仕方ないが、それはフォローをしなくても良いということと、これは微塵もイコールではないはずだ。少なくとも、大人の間では。

 俺の言葉に、ため息を落としてからちひろさんは言う。

「アウトレットモールの運営さんも、あっちの事務所にそんな事言われても困る、代わりはちゃんと寄こしてくれって粘ったらしいんですけど」

「……あそこはプライド高いですが、じゃあ」

「はい……金は払うって、その一点張りだったそうです」

 自分たちの持ち歌は出せないライブ、しかも予備知識の必要なトーク入り、となると急遽代役を立ててもお粗末な結果となるのは目に見えている。

 他の所属アイドルと、そして事務所の名前に傷が付くのを嫌ったのだろう。

「業界内で信用失ってもいいのかな……ていや、そもそもあそこは力押しが、力推しがメインだし、いいのか」

「でしょうねえ。痛いし痒いでしょうけど、痛くて痒い程度でしょうね」

「大手様はいいねえ」

 まあそう言ったものの、俺にはたとえ大手の会社にいようとそういうやり口は出来そうにない。そんなやり方でアイドル達を売ってもきっと虚しいだけだろうから。

 そんな青い台詞、もちろん口にはしないが。

「さて、プロデューサーさん。現実問題、どうします?」

「……んん」

「うちは、我が事務所は、どっちかって言うと被害者ですよ。ミニライブに招かれて、受けて契約して準備してきて、そして今、自分たちの落ち度でないところでそれをひっくり返され無に帰されかけてる。泣き付かれてはいるものの、怒ってもいい立場です」

 事務員ながら、なぜか契約と商談のエキスパートでもある彼女は―――いや、契約と商談のエキスパートながら、なぜか事務員でもあるちひろさんはそんな風に言った。

 つまり彼女がそういうからには、そう思ってもいいのだろう。

「あっち、アウトレットモール側は、具体的にはどんな要求を?」

「二時間、本来のクリスマスソングオンリーライブの分も、その後の出番だけの予定だった凛ちゃん達に引き受けてほしいとの事で」

「やっぱりそうなるよなあ。だけど、……タイミングが」

 クリスマスソングオンリーを完璧に何とか出来るわけでは決してない。

 しかし、誤魔化し誤魔化しのステージで、あの子達の持ち歌の時間を多めに割いてもらって……なんて事をすれば、やれないわけではない。

 だが。

「本番のクリスマスフェス、ですか」

「ええ」

 件のクリスマスライブの向こう、凛達は大きなフェスを控えている。それは12月24日のイヴに行われる、有名アイドル達がこぞって参加する祭典、クリスマスフェス。ここ最近はそれに合わせてきっちり仕上げてきたし、言ってしまえばクリスマスライブのゲスト出演だって、そのための最終調整という意味合いがないと言えば嘘になる。

「……大フェス直前に緊急の仕事入れたりすれば混乱させますし、それでもしもの事があって自信でも失ったら目も当てられない」

「慎重な良い判断だと思います、私もそれには賛成です。ではどうしましょう、断りの電話を入れるなら早くした方がいいですからね。そうなるとゲストライブは中止か、ミニライブって事でそこだけやるか、それは微妙なところですけど」

「……うーん」

 俺は唸る。

 まあ。

 まあまあ。

 普段なら、いつもどおりなら、もう既に断りの電話をかける段階に入っている。クリスマスソングライブについては諦めてもらい、うちがやるはずだったライブについてあちらの意向を伺いつつやるかやらないか決める……といったところまで既に進めているだろう。

「ねえ、プロデューサーさん……もったいぶらないでくださいよ。何か、考えがあるんですよね?」

「……考え、というか」

 そして、この激動の芸能界で新規事務所を必死こいて運営している相方らしく、さすがと言うべきだろう慧眼で、ちひろさんはそれを見抜いてきている。

「私としてはそれに縋りたいなあ、なんて思ってるんですけど」

「……なんかですねえ、逆に状況が出来過ぎていて、懐疑的になっているというか。なんとかなりそうな公算が割りとあるだけに、ちょっと躊躇、というか」

「め、珍しくはっきりしない物言いですね」

「ううん……、すみません、ちょっと待ってて下さい」

 断りを入れて一旦携帯を置き、俺は鞄から当日の資料を引っ張りだした。

 その中から紙切れ一枚を引っ張り出す。

 セットリストだ。

「……イヴさん、ごめんなさい少しお話いいですか?」

 そしては俺は、彼女に声をかける。

「……んん、……あ、はい! なんでしょうか~」

 こたつの天板に頬を乗せてすっかり寛ぎ状態、まどろんでいた様子の彼女は背筋を伸ばして顔をこちらに向けて緩い笑顔。

「あの、【もろびとこぞりて】って……」

「【Joy to the World】! いい曲ですよねえ!」

 すぐさま、英語の原題が出てきた。続いて軽やかに歌い始める。

「【聖しこの夜】」

「定番ですね!」

「【サンタが街にやってくる】」

「サンタとしては唄わずにはいられない歌ですよ~!」

「【赤鼻のトナカイ】」

「【Rudolph the Red Nosed Reindeer】、ですね~。大好きです~!」

 まあここらへんは本当に超定番で、俺でもすぐにメロディが浮かぶ程度ではある。

 次に挙げるものからちょっと、わからないものが多くなる。

「【もみの木】」

「【O Tannenbaum】! 【O Christmas Tree】の方が通りがいいですかね~? 日本語歌詞は、たしかパターンがいくつか」

「【御使いうたいて】」

「【What Child Is This?】ですか~。ちょっと悲しい感じの、でもすごく綺麗な曲調で素敵ですよね~」

「【アデステ・フィデレス】」

「【Adeste Fideles】、発祥に諸説ある曲ですね」

 ……うーん。

「イヴさん」

「はい?」

 俺は他にも沢山の曲が書き連ねられたセットリストを彼女に手渡す。

「この中で、歌詞を全部覚えてて、由緒とかを説明出来て、かつ歌える曲ってどれくらいあります?」

「ええっと……」

 俺の我ながらハードルのやたら高い問いに、イヴさんはぱっちりとした眼で曲目を上から下までなめらかに追って、なんでもないような口調で答えた。

「あ、全部ですね~」

「……ほんとに?」

「はい~、サンタですから~」

 疑うのが馬鹿らしくなる笑顔。

「ちなみに、歌えるっていうのは、何語版で?」

「原語から主要な訳語まで大体は歌えますよ~。私は特に担当が日本ですから、日本語版があるものはちゃんと原語と日本語で歌えます~」

「なるほど」

 十二時を回って、現在の日付は十二月十五日。クリスマスにはまだ遠く。

 俺はもう二十歳はとうに過ぎていて。プレゼントをもらうには大分薹が立っているけれど。

「イヴさん」

「はい?」

「いいお仕事があるんですけど、どうですか?」

 時期的には早すぎて、歳的には遅すぎる、これはクリスマスプレゼントなのかもしれないと、そんな事をサンタを名乗る女性を前に、思った。




全三話構成のうちの一話目です。

なお、別名義で公開していたものの再投稿になります。元は削除済み。
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