シンデレラガールズ短編集   作:アルミ袴

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銀色の彼女……(2/3)

「プロデューサー!」

 高く、澄んだ声が響く。それはそれなりに広いアウトレットモールの、特設ステージスタッフテント脇という雑然とした雰囲気の場所でもまっすぐ俺の耳に届いた。

「おお、凛。奈緒に加蓮も」

 小走り、先ほど声を上げた凛を先頭に、三人組が俺のもとに来る。奈緒が真っ先に口を開いた。

「お、おい、ちひろさんから聞いたんだけどよ……アタシ達の前のステージ……」

「ああ、予定してたユニットの出演は中止になった」

「ほ、ほんとだったんだ……体調不良とか?」

 加蓮の問いには、苦笑いで答える。

「いや、俺にもわからない。この場にいる誰にもわからん。昨日の夜、いきなり出演出来ないって電話をかけてきたらしくて、詳しい事はだんまりだと」

 その内多分、ワイドショーか何かで知る事になるんじゃないかなあなんて言うのは、俺の下世話な予想なので間違っても口にはしない。

「皆、悪いな。ちゃんと俺が説明するべきだったんだろうけど……」

「いいって、……この様子、みてればわかるよ。そんな暇なかったんでしょ?」

「そう言ってもらえると助かるよ、凛」 

 現在時刻は午前九時。クリスマスオンリーライブは午前十一時から。

 突発した事態に対して、対応できる時間はあまりに残り少ない。

 本来は凛達と事務所で集合、一緒に車でここに来る予定だったが、そんな余裕はなかった。彼女達に対する事情説明はちひろさんに任せる事にして、俺はもう明け方からアウトレットモールのスタッフさん達と急造ステージを何とか形にするため、絶賛フル稼働している。

 せめてライブが夕方からならもっと楽だったのに、なんて思うのは既に開始時間をはっきり告知していた以上、愚痴にしかならない。

「ごめん、こうやって話してるのも邪魔だよね? 私達のステージに関しては、元々の予定に三人が歌えるようなクリスマスソングと今度フェスで演る曲を足したくらいだから、そんなに打ち合わせる事もないし」

「……ま、普段だったらそれでも絶対打ち合わせはやるけど、現状、その時間はないから三人に甘える事になるな。すまん。あと、今話してるのは大丈夫だ。俺自身の休憩も兼ねてるから」

「休憩を兼ねてるって……ちゃんと休みなよ、なんて邪魔してる当の私達が言っちゃ駄目なんだろうけど」

「気を遣わせて悪いな。フェスのステージは三人に全力を注ぐから許してくれ」

 俺の言葉に凛は「プロデューサーらしいね」と、小さく微笑みながら頷いた。

 最年少ながらユニットのリーダーに彼女を選んだ事はやはり間違いじゃあなかったと、こういう時に感じる。本当に十五歳かと疑いたくなる肝の座り方だ。

「ところで、プロデューサー。その、私達の前のメインステージを代理で担当する人ってどんな人なの?」

「んー………どんな、か」

 凛の至極当然の問いに、俺はしかし、腕を組んで考え込む。

 あの人を、どう表現したらいいだろうか。

 悩んで、結局。

「秘密だ」

「え?」

「秘密の秘密兵器だ。だから、味方にも内緒だ」

「何言ってんだアンタ……」

 奈緒に呆れの眼を向けられた。まあ、むべなるかな。

「お前達と本番前に会わせる時間は……ないなあ」

 今はバックバンドの人たちと本番の打ち合わせしてもらってて、俺もすぐにそこに合流する。それが終わったら次はゲネ、と行きたいが通常の店舗の並びの中に吹き抜けのような形で作られたホールなのでそれは出来ない。

 一発本番、よって出来る限り彼女には綿密なシミュレートに集中してもらいたいし、俺はそれに付くのはもちろん、その他諸々やるべき事やら備えるべき事やらが山積みだ。

 本番まであと二時間を切っている。引き合わせるなんてとてもじゃないが、無理だ。

「その、大丈夫、……なの? あ、プロデューサーが演るって言うって事は、大丈夫なんだろうけど、あんまりに急なステージだから」

 加蓮のもっともな不安には、笑顔を返して言う。

「ま、大博打だな」

「えっ?」

「はああ!?」

「……プロデューサー?」

 顔を曇らせる加蓮、目を見開く奈緒、訝しげな凛。三様の反応を返す三者。

「拍手喝采の大成功か、目も当てられない大失敗か、そのどっちかだと思う」

「それ、どっちにしたってその次にステージ演るアタシらのプレッシャーすごくないか……?」

「お、勘がいいな」

「勘がいいな、じゃねえ!」

 可愛らしい奈緒の下弱キックをいなしながら、俺は続ける。

「まあまあ、どうなっても責任は俺が持つ。お前達は、折角のクリスマスイベントだ、楽しく演ってくれればいいよ。大丈夫だと思うし」

「なんか、変に気楽だね? こんな状況なのに」

「そう見えるか? そうか、……ま、凛が言うならそうなんだろうな」

「否定しないんだ」

 凛はまだ訝しげな顔を解かない。俺はそんな彼女の眼を見つめる。

「なんかな、俺も、普段だったら、普通だったらもっと焦ってると思うよ。みっともなく浮き足立ってさ、そんなに出来た人間じゃあないからな。……でも、今は、今日はちょっと違うんだ」

「どう違うの?」

「あてられた、って言うべきかなあ。楽しくやればどうにかなるかって、一緒に準備している内になんかそんな気持ちにさせられたんだよ」

 彼女の緩んだ笑顔を思い出して、俺はそんな風に言った。完全に本音だ。

 あれは一種の才能なんだろう、彼女にはそんな力がある。ピリピリしていたスタッフさん達も、なんとなく和やかに、言ってみれば大丈夫だろ、折角だから楽しむかと、そんな気持ちを今は抱いているように見える。

「……凄いんだね、その秘密兵器さん」

「凄い、って言うとなんかちょっと違うんだけどな。ぽや~っとしててほっとけなくて……あ、すまん呼ばれてる」

 話し込み過ぎたか、テントからバックバンドの一人が俺の名を呼び手招きしている。

「凛達にはまた担当のスタッフさんがここに来てくれるから、その人の指示に従ってくれ。何かわからない事があったら連絡を、大丈夫か?」

「……うん」

「じゃあ、頼むな。また後で」

 そう言い残し、俺は彼女、秘密兵器の待つテントの中に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 現在時刻は午前十時五十分。

 いよいよ開演、その十分前である。

 しゃべり声の絶えない客席と裏腹に、緊張感に包まれ静まり返ったステージ脇で、私はため息を吐いた。

「凛? どうした? やっぱり不安か?」

「ん、ごめん。そういうわけじゃないよ」

 心配をかけてしまったのだろう、奈緒がそう声をかけてきた。彼女は言動からするとガサツに見られがちだが、その実、非常に気配りの人だ。

「プロデューサーの事でしょ?」

「加蓮……」

 奈緒の反対隣に立った加蓮が、少しの笑みを浮かべながらそんな事を言った。

「なんか、いつもの、ステージ本番前のプロデューサーとちょっと違ってたもんね。秘密兵器さんがそうさせたのかな」

「かもね」

「凛は、それが悔しい?」

「どうして?」

「私は、ちょっと悔しいから」

「……」

 ふふ、とあくまで笑いながら加蓮は続ける。

「楽しみ半分緊張半分、っていうのがいつものあの人なのに、今日は楽しみ九割緊張一割、だったもんね。……妬けちゃうなあ、正直言って」

「……そうだね。うん」

 自分の心の内を覗いて、私は頷いた。

「妬ける、かな」

「何の話だ?」

「ひゃっ!」

 背後から突然の声。振り向けば、そこには見慣れた男性の姿。

「アンタなあ、脅かさないでくれよ……」

「プロデューサー、心臓止まるかと思ったよ。あ、私が言うとちょっと洒落にならないかな?」

「……驚かせたのは悪かった、洒落になってないから止めてくれ。加蓮の心臓が止まったら、俺のも漏れなく止まっちまうだろうから」

「そ、そう?」

 加蓮は少し、嬉しそうだった。……そこで喜ぶのはどうなのかなと少し思ったけど、口には出さないでおく。

「もう、ステージ始まるね」

「ああ。お客さんもいっぱいだ」

 ステージ脇から見える客席には、一応満席と言って差し支えないくらいの数の人が詰めていた。

 本来演るはずだったユニットが欠席となったというアナウンスは既に入っているのだが、それでも観てくれるというのは、折角来たんだしという思いが大半だろう。……自分たち目当て、という予想は気恥ずかしいのでしなかった事にしておく。

「お客さん、やっぱり盛り上がってはいないね」

 並ぶ顔を見て、私は思わずそんな風にこぼしてしまった。

「ん、まあな。メインのユニットが出ないっていうんなら仕方ないだろうさ」

「だよね……」

「果たしてそれがこれからどう変わるか、いやいや見ものだな」

 プロデューサーは言う。嬉しそうに、まるで悪戯を仕掛けた子供のような顔で。

「……」

 ああ、なるほど。

 加蓮が言っていた通りだ。あの時彼女の言葉に頷きはしたものの、今、私は改めて実感している。

 悔しい、な。

 プロデューサーにこんな顔をさせたのが、自分ではなかった事が。

 やがて開演を告げるアナウンスが流れて。

 ステージの上には既にバックバンドが揃っている。

 司会のスタッフさんがマイクを持ち舞台中央に立って、ひと通りの挨拶を述べた後に本題へ入った。

 

『……さて、本日クリスマスソングオンリーライブですが、告知の通り予定されていたユニットさんの出演はありません。誠に申し訳ありません』

 

 やっぱりか、という嘆息が客席を包む。叫びだしたりする人がいないだけいいのだろうか。いいのだろうが、わかっていた事とはいえ残念な事実をはっきりと宣告され、会場のテンションは目に見えて落ちた。

「プロデューサー、これ、大丈夫なの?」

 加蓮が不安げな声をあげる。しかしプロデューサーは笑みを浮かべたままだ。

「なあに、見てろって」

 やけに自信満々だ。やけっぱちになっているのとも違う。

 秘密兵器。

 一体どんな人が飛び出てくるのか―――。

 

『しかし代わりに、超特別なゲストさんが来て下さいました。遠くグリーンランドからお越しの、なんと現役サンタクロース! イヴさんです! どうぞ!」

 ―――は? という感想は客席と一体だったと思う。

 何? グリーンランド?

 いや、それよりも……現役の、サンタクロース?

 しわくちゃのおじいちゃんでも出てくるのか。いや、それはそれで雰囲気は抜群だろうが、今このステージには残念ながらひどく似つかわしくないだろう。

 何を考えて……なんて思考は、そして今一度固まった。

 たたん、たたん、と、軽快な足音。

「いやあ、許可取るの苦労したぜ。なにせあの大きさの動物だからな、よくオッケー出たもんだ」

 プロデューサーがそんな事を言うのが、意識の端で聞こえた。

 鹿、だろうか。いや、あれは。

「ト、トナカイ?」

 奈緒の呆然とした声。そうだ、あれは多分、トナカイ。なんだか随分とファンシーな顔をしているけれど。

 そして、現れたのはトナカイだけではなかった。ガラガラと、なにかを引く音がする。トナカイの後ろには―――車輪付きのソリ。

 ああそうか、クリスマスのトナカイだもんね。ソリは引いてて当然か。

 奇妙な納得。正しいかどうかは知らないけれど。

 

「ありがとう、ブリッツェン」

 

 やがてステージ中央、スタンドマイクの辺りでとまったトナカイに、そう声がかかる。角度的に中身が見えなかったソリの方からだ。

「あのソリ、結構深い造りだからな。観客の皆さんも、こっちと見えてる部分は大差ない。つまり」

 この瞬間が初のお目見え、だ。

 プロデューサーが言ったタイミングと同時、すっとソリから長い脚が伸びて。

 

『えっと、これがマイクですね。わあ、私の声、とってもおっきいです』

 

 立ち上がり、私達の前にその姿を表したのは老齢の男性ではなく、妙齢の女性だった。

 しかも、

「……なにあれ」

 加蓮が思わずといった声音でこぼす。

 このステージ脇から見る横顔も、そしてステージ後方の大型モニターに大写しになった正面・全身も――。

「綺麗だろ? ちょっと信じられないくらい」

 会場が、大きく大きくどよめいた。誰だあれなんだあれ、すごくないか。そんな言葉があちこちに響く。

「ただ、綺麗なだけじゃない。なんか……なんかすごい」

 馬鹿みたいな感想かもしれないが、私にはそう表現するしかなかった。

 プロデューサーが自信満々に言う通り、異様なほどの美貌。雪のように白い肌、水晶のように輝く瞳が通った鼻筋と共にまるで人形のような均整を保ち、メリハリの効いた豊満な肢体が人間離れした魅力を放つ。

 神秘的という表現がぴったり嵌る、とにかく彼女は美女だった。

 

『ご紹介に預かりました。私、サンタクロースのイヴと申します。今日は、よろしくお願い致します』

 

 身につけたサンタ衣装の一つ、被った帽子をとって頭を下げるイヴさん。

 長い銀髪がさらりと揺れる。……あまりにぴったりだったため疑問にすら思わなかったが、銀とはすごい髪色だ。まず日本人ではないのだろう。

 下げていた頭を戻し、そして彼女はにっこりと微笑む。

「うわ……」

 ずるいなと、そう思わせる笑顔だった。きっとこれはプロデューサーの作戦に違いない。

 本物のトナカイに、非現実的とすら言える美貌。そんなインパクトを続けざまに叩きつけておいて、その上であんな笑み。

 呆れるくらいに善性を丸出しにした、恐れる事や遠ざかる事を馬鹿馬鹿しく思わせる笑み。

 整いすぎたその容姿から感じてしまっていたとっつきにくさ、親しみにくさは、最早完全に、いとも簡単に吹き飛ばされた。

 彼女の笑顔に一拍遅れて、会場が揺れる。万雷の拍手に、色とりどりの歓声。それは思わぬサプライズと、これからへの期待。

 彼女、イヴさんは横目でこちらを、プロデューサーを見ている。プロデューサーは、まだ待て、というように開いた手をかざし。

 会場の空気が落ち着き始めた、その瞬間を見逃さず、握りこぶしを作って下に振った。それは、きっと合図だ。

 

『―――Dashing through the snow, In a one horse open sleigh』

 

 唐突にイヴさんは歌を紡ぐ。まるで弓矢のように鋭く、しかし絹のカーテンのように柔らかに響いたそれは、まだざわついていた人々から声を奪うのに十分だった。

 

『―――O'er the fields we go, Laughing all the way』

 

 そしてバックバンドが演奏を始める。挨拶は一言だけ、トークも無し。いきなりのライブ開始だ。

「これも作戦?」

「ああ」

 問うた私に、プロデューサーはステージのイヴさんを見つめたまま答えた。

 

『―――Bell's on the bobtail ring, Making spirits bright』

 

 英詩とはいえあまりに有名なメロディー、彼女が歌っている曲を知らない人間はきっとこの場にはいないだろう。

【ジングルベル】だ。

 

『―――What fun it to ride and sing』

 

 歌い出しこそ厳かだったものの、演奏が入った途端、曲調は一気に明るくグルーヴィーなものへと様変わりしている。

 

『―――a sleghing song tonight!』

 

 直立不動で歌っていたイヴさんも、今は可愛らしく体を左右に振りながら、手を叩いている。

 

『―――Yeah!』

 

 可愛らしい掛け声を切り込み隊長に、そして曲はサビに入った。

 

『―――Jingle, bells! Jingle, bells! Jingle all the way!』

 

 有名でシンプルなメロディラインだからか、それともイヴさんにつられたのか、観客もちらほらと、やがてほとんどの人がリズムをとって手を叩きだす。

 

『―――Oh, what fun it is to ride, In a One horse open sleigh!』

 

 バンドの演奏もいかにも楽しげで、会場は一気に暖まったと言っていい。

 

『―――Jingle, bells! Jingle, bells! Jingle all the way! Oh, what fun it is to ride, In a one horse open sleigh!』

 

「よし、掴みはばっちりだな」

 満足気なプロデューサー。そんな表情をする資格は文句なしにあるはずなのだが、私の口は思わず毒づいた。

「……ばっちりどころじゃないよ。あんな人いきなり出してくるなんて、心臓に悪い」

「すごいだろ?」

「……すごすぎ」

 彼女は明るく楽しく気楽に歌っているが、実際。

 

『――Dashing through the snow, In a one horse Open sleigh』

 

 ものすごい、技術だ。

 まったく音程にブレがなく、余計な呼吸は一切入れず、十分な声量を保ったまま、アクセントをきっちりつけて、リズムに恐ろしく正確。それでいて、機械のようではなく、生身の暖かさを感じる歌唱。

 色々やるアイドルとはいえ、自分だって一応、歌には妥協をしない姿勢で今までやってきたつもりではいるが、果たして。

「でも、凛達の方が上だぞ」

「……え?」

 まるで、それは見透かしたような。

 そう、悔しいくらいに見透かしたような言葉だった。

「なんで? ……だって」

「あそこに立っているのはな、凛。めっちゃくちゃ綺麗で、めっちゃくちゃ歌が上手くて、めっちゃくちゃ笑顔が親しみやすくて、めっちゃくちゃ今日のイベントにぴったりな能力を持っている、そんなド素人さんだ」

「……ド、ド素人って。でも」

 続いた賛美の最後についたあんまりな表現に、思わず面食らう。

「本当の事さ。最初の掴みこそ神経使って狙ったけど、その後についてはもう、俺が彼女に言ったのは、『楽しく、好きなように歌って下さい。そしたらきっと、見ている人達も楽しいはずです』って、それだけだ」

「それは、それが天性と感性だけで出来るくらいの才能があるって事じゃないの?」

「その通りだが、それだけだ。それはプロじゃない。イヴさんにはな、ステージを作るって意識はないんだ。大勢の前に立って、自分の出来る事をして、それで精一杯なのさ。本当に、ただただやれる事をやってるだけだ。ステージパフォーマンスに関して、全く持ってプロ意識がない。あ、もちろん責めてるんじゃないぞ、それで当たり前なんだから」

 プロデューサーは苦笑する。

「こんな急なライブに出てくれるってだけで御の字なのに、凛が動揺するレベルのものを見せてくれるってんだから、いくら感謝してもしたりないな」

 確かに、……次のステージに向けてかなりいい刺激にはなっている。

「ただな、今はきっとアドレナリン出まくってるから平気だろうけど、こんなレベルのステージは間違っても二時間保たない。一時間半がギリギリだ。だから、凛たちのステージを三十分前倒しで始めて、すまないけど十五分延長してやってもらって、さらに全体のライブ終了を十五分早めて、それで帳尻を合わせてる」

 元々のライブ予定は、メインユニットが二時間・自分達が三十分の構成だった。それをイヴさんが一時間半、自分達が四十五分。足りない十五分は埋めずに終わりを早める。

 それがプロデューサーがこのライブにゴーサインを出せるラインだったのだろう。

「私としては、別にステージが伸びるのは構わないよ。むしろ、プロデューサーが心配しすぎなんじゃないかと思う」

「まあ、そうかもしれないけども。それでも、ステージでの集中した一分間が、普通にレッスンする一時間よりも場合によっては疲れるらしいって事を知ってるからな。明日以降の仕事を思うとちょっと」

 話しているうちに、一曲目が終わったようだった。万雷の拍手が再び響き渡る。

 

「ありがとうございました。えっと、今歌ったのは、とっても有名な『Jingle Bells』っていう曲で、日本でも親しまれていますね。この曲は元々、アメリカの牧師さんが自分の教会でサンクスギビングのお祝いの時に歌おうと作ったものなんです。だから内容も、実はクリスマスについて言及してるところはなくて、ソリで遊ぶ子供達の様子を朴訥に歌っているだけなんですよ」

 

 へええと、会場から声があがる。私も普通に感心して同じような声を漏らしていた。定番のクリスマスソングだから歌詞も当然そういうものだと思っていたのだが、違うのか。

 彼女の流れるような説明は嫌味がなくて、自然と聴き入ってしまう。

 

「さて、次に歌わせて頂くのはですね、これもとっても有名な【Rudolph the Red-Nosed Reindeer】、日本では【赤鼻のトナカイ】って題名で親しまれている曲です。そうそう、歌詞の中に実は、この子の名前が出てきているんですよ、ね、ブリッツェン」

 

 まるで返事をするように、トナカイは頭をイヴさんの体にこすりつける仕草を示した。

 

「それではいきます。皆さんも是非、お手元の歌詞カードを見ながら一緒に歌って下さいね」

 

「うん、完璧だな」

 彼女の姿を見やるプロデューサーは、誇らしげな顔だった。

「……」

 私は手前味噌ながら、大人びているとそんな風に言われる事は多い。

 多いけれど。

「奈緒、加蓮。ライブの打ち合わせ、もうちょっと詰めておこう。お客さんのテンションも把握出来たし」

 やっぱり、まだまだ子供だと、自分では思う。

 私は踵を返し、スタッフテントの中へと歩を進めた。

「イヴさんのステージは、もういいのか?」

「十分見たよ。見せてもらったし魅せてもらった。次は私達が恥ずかしくないものを出す番だから。お客さんとイヴさんに」

 そして何よりプロデューサーに、とは言えなかったけれど。

 正直を言えばそれが本音だ。

「そうか。期待してるぞ。奈緒に加蓮もな」

「わかってるって。……あれと張り合うのかー」

「ちょっとハードル高いけど、やりがいあるね」

 奈緒の言うとおり、加蓮の言うとおりだ。

 私達はこれからイヴさんと張り合わなければならないし、それはやりがいのある事だ。

 だって、悔しかったから。

「何かあったら指示出さなきゃならんから、俺はここでイヴさんを観てるけど大丈夫か?」

「うん」

「そうか」

 そう言って、吸い込まれるようにまたステージに目を向けるプロデューサーは、本当に楽しそうで。

 彼の心は今、間違いなく銀髪のサンタの元にある。

「……」

 無言、ステージと彼から離れながら、今以上の顔をさせてみせると私は胸に誓いを立てる。

 サンタは子供の味方らしいが、もう子供扱いされたくない自分は、どうやら相手取って戦わなければならないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

「イヴさん、大丈夫ですか?」

「は、はい~」

 プロデューサーさんの声になんとか答えながら、しかし立ち上がれない。ステージからはけるところまでは手を振りながらしっかり歩けていたと思うのだが、裏に入るなり、途端、糸が切れたように、がっくりと膝が落ちた。

 私のステージは、一体どれくらいの時間だったのだろう。打ち合わせでは確か一時間半の予定だったが、時間の感覚はびっくりするくらいおかしくなっていて、10分だけだったと言われても信じてしまうし、丸1日だったと聞かされてもそうかと頷いてしまえる。

「…………」

 不思議な経験だった。

 不思議な空間だった。

「どうでしたか?」

 プロデューサーさんが問うてくる。

「えっと、なんか……わからないです」

 馬鹿みたいに、素直に答える。

「歌を歌うのは好きで、それがクリスマスソングなら特に……。でもあんな大勢の前で披露したのはもちろん初めてで。だからとっても緊張して……………なのに」

 思い返す、たくさんの人達の笑顔、歓声、手拍子に拍手。

 それが、自分を中心としたステージに全て向けられていた。

「楽しかったですか?」

「はい!」

 その質問には、何も考えずに答えていた。何も考えずに答えられた。

 まるで魔法のような、麻薬のような、魅惑の時間。

「それはよかった。俺も、すごく楽しかったです」

「本当ですか?」

「はい。貴女を誘ってよかった」

 プロデューサーさんはそう言って、こちらに手を差し出してくれる。握り返して、力を借りて私は立ち上がった。

 そのタイミングと同時。

 ステージから歓声が上がった。

「イヴさん」

「はい?」

「控えのテントに戻って休んでもらっていても大丈夫ですけど、どうしますか?」

「あ、……いえ」

 身体も頭も、文句なしに疲れきっている。だけど。

「ここで観ていてもいいですか?」

 なんとなく、私はそう言っていた。

 その言葉に、プロデューサーさんは嬉しそうに頷いた。

「ええ、もちろん」

 別に深い意味があったわけではない。ただ、自分が立ったステージというのが外からみるとどんな感じだったのか、それが気になっただけだった。

 プロデューサーさんの担当しているという三人の女の子達が、たしか歌と踊りを披露する予定だったと思う。

 今まさに、その娘達はお客さん達に向かって挨拶をしていた。

 リンと名乗った娘は名前の通り凛とした雰囲気で、カレンという娘は確かにどこか儚げで可憐だった。ナオという娘はじゃあ、素直な娘なのだろうか。

 そんな事をつらつらと考えている私の前で、そして洪水が起こった。

「……わ」

 そう、それは洪水という表現をするべきものだった。

 だって、これは抗えない。

「わあ……!」

 彼女達の歌と踊りに、表情と雰囲気に。

 ただただ押し流される。

 メロディが跳ね、リズムが踊り、ハーモニーが繋ぐそのステージは――圧巻だった。

「わあ、……わあわあ、わあ!」

 私の口は壊れたレコードのようにそんな言葉を零し続ける。

 全身だ。全霊だ。彼女たち三人はきっと、持てるもの全てを使ってあんなに輝いているのだ。

 私のステージとは、全然違う。

 ちょっとおこがましい事を言わせてもらえば、きっとお客さんは少しは楽しんでくれていたとは思う。

 一緒になって楽しむ事が出来ていたとは、思う。

 だけど、彼女達は違う。

 一緒にどころか、これはもうきっと一体になっている。

 手を振り身体を揺らし、お客さん達は三人のステージを構成する一つ一つになっている。こんな一体感、私の時にはなかった。

 これが、アイドル。

「ねえ、イヴさん」

 ステージの方を観るプロデューサーさんの眼には、ステージの光が映っている。きっと一粒だって見逃さないのだろう。

「最高でしょ、あいつら」

「……―――はい!」

「これだから止められねえんすよ、この仕事」

 最後のそれは独り言のような声量だった。それが辛うじて私の耳に届いたのは、意識されてのものかはわからないがちょうど一曲目が終わった間隙を突いていたからだ。

 お客さんの顔を見る。揃って、幸せ満開の笑みだった。

 そして二曲目が始まる。男の人も女の人も、子供も大人も、期待にその胸を踊らせているのが伝わってくる。

 ふと、思った。

 私はこんなに人を幸せに出来ているだろうか。

 素敵な一日に素敵な朝を子供達に届ける。私がサンタクロースをしているのは、ただただその時に浮かべてくれるだろう笑顔を想って、だ。

 今までのそれが間違っていたなんて、そんな事は決して思わない。大してキャリアが深いわけじゃないけれど、幾度か経験した仕事には揺るぎない達成感があった。

 だけど。

 だけど。

 幸せを配る仕事は、サンタだけじゃなくって。

「……っ」

 ぶんぶんと頭を振る。

 でも、そうだとしても私はサンタだ!

 これでも、プレゼントを盗まれるような間抜けではあるけれど、サンタなのだ。

 彼女達はアイドル。

 私はサンタ。

 それぞれ、やるべきところでやるべき事をやればいいのだ。それだけだ。

 だから、―――悔しいなんて思うのは、ちょっと違うはずなのだ。

 違う、はずなのだ。

 そして、違うと言うのなら。

「……あ」

 二曲目が終わり、照明が落ちる。暗くなったステージ、かすかに見えるその上でリンという娘がちらりと、でも確かにこちらを見た。いや、正確に言うのなら、私の前のプロデューサーさんを見た。

 ほんの一瞬だけ彼らの目線が交わり、プロデューサーさんが小さく頷く。

 それだけ、たったそれだけ。だけどそこには、確かなコミュニケーションがあった。

 そして実際、ステージの明かりが戻った時の彼女は、先ほどまでにも増して堂々と、まるで大空で翼を広げる鳥のように胸を張ってお客さん達に自らを誇る。

 多分、だけれど。

 彼女は、もっと楽しんでいい? って聞いたんだ。

 そして彼は、もっともっと楽しめ、って答えたんだ。

 そんな気がする。

 深い信頼と強い親愛がきっと彼らを結んでいる。

 だから、違うんだ。

 寂しいなんて思うのは。

 羨ましいなんて思うのは。

 

 私も私の頑張りを、あんな風に誰かに見守っていてもらえたらなんて、そんな事を思うのは。

 

 違うんだ。




次で終わりです。
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