重々しい自動ドアが開くとユウの目には清潔感溢れる、真っ白な病室が飛び込んできた。彼は手にビニル袋を提げて、歩き出す。そして薄緑色のカーテンの前で立ち止まり、中にいるであろうアリサに声をかける。
「アリサ、いる?」
「はい、いますけど……」
「じゃ、ちょっと失礼するよー」
彼はカーテンを片手で払いのけ、中に入る。中に入ったと同時にカーテンを閉めなおした。つまり今、ここは四方をカーテンで囲まれた個室になるわけだ。
彼は彼女の横たわるベッドの横にある椅子に腰掛けると持っていたビニル袋を彼女の枕元のキャビネットに置いた。
「あれから具合はどう? もう一週間も経つけど……」
「はい、問題ありません。あともう少しで戻れます」
「そっか……でも無茶はしないでよ? 僕だって万能じゃないんだ。君を守りきれるかどうか……」
「私のことバカにしてます?」
「そ、そういうわけじゃないよ!」
彼は軽口を叩けるほどに回復した彼女を見て、心底、安堵していた。感応現象のおかげで彼女が過去に囚われていることも知った。ならば、自分が彼女を守らなければ、と彼は心密かに決心した。
しばらく重々しい空気が続いたが、それを断ち切るように彼が口を開く。
「ああ、そうだそうだ。今日はコレ持ってきたんだった」
「……なんです? ソレ」
彼はキャビネットに置いたビニル袋から一つのスティック状の袋を取り出した。サラサラと音が聞こえるあたり、中身は何かの粉末だということがわかる。
「実はコレ……今日、配給されたばっかのココアなんだよ!」
「このご時世で飲めるのは凄いですけど、興奮しすぎですよ……」
「いやいや、だってココアだよ!? コ コ ア!」
彼はスティック状の袋を握り締め目を爛々と輝かせている。それから彼女に十分間ほどココアについて力説し、カーテンを払いのけてお湯を沸かしに行った。取り残されたアリサは一人、カーテンでできた個室の中で呟いた。
「私だって……ユウみたいに強くならなくちゃ……いつか、アナタと肩を並べるくらいになってみせます……」
☆★☆
ユウは出て行ってからほんの数分で戻って来た。両手には二つ、湯気の立ち上るマグカップが持たされている。一つをアリサに手渡し、自分の分のココアを一口すすった。喉に温かい感触が伝わり、胸、腹にかけて徐々に温まっていくのを感じる。彼が一口飲んだのを見て、彼女も一口すする。
「「はぁ~おいし……」」
二人の声は見事にハモり、お互いを見つめ合ってからついに可笑しくなって笑いあう。弱々しかった彼女の顔にもやっと元気が戻って来たように彼は感じた。しばらくの間、ズズズというすする音が続き、二人のマグカップは空になっていた。
「有難うございます……おかげで温まりました」
「いやいや、お礼ならコウタに言ってよ」
「え? どういうことですか?」
「流石にココアは人気高くてさ~。コウタが『アリサのためだ! 男見せるぜ!』とか張り切って、頑張って手に入れたんだよ」
「それをどうしてアナタが……?」
「ああ、コウタが『俺じゃ無視されるからお前行って』って」
彼女は今まで軽くあしらってきたコウタに対して僅かに感謝の意を持った。任務中に行方不明者を出し、その上入院までした自分に対して、ユウもコウタも優しく接してくれている。それが彼女にはたまらなく嬉しかった。しかし、リンドウと一番仲の良かったサクヤとは関係がギクシャクしてしまい、それが彼女の気がかりの一つでもあった。しかし、ユウが彼女にアリサの過去についての話を聞かせると、二人の関係は緩和されたかのように思えた。
「さて、と……」
「……もう、行っちゃうんですか?」
「…………へ?」
彼は帰ろうとして立ち上がったのだが、立ち上がった瞬間に自分の目と耳を疑った。まず目を疑った理由は彼女がベッドで上半身だけを起こし、自分の服の袖を軽く引っ張っているからだ。しかも上目遣いというのが彼の心に可愛いという感情を抱かせた。耳を疑ったのは彼女が甘えるような台詞を言ったからだ。『もう、行っちゃうの?』コレを裏返せば『まだ行かないで』と捕らえられるからだ。
「えーと、まだ何か用でも……?」
「もう少しだけお話していたいです……」
「うっ……ぐっ……」
彼女の上目遣いは彼に決断の迷いを与えるほどの破壊力だった。彼女に悲しい思いをさせるわけにもいかないので彼は出て行こうとした体を反転させ、椅子に座ろうとした。その時だった。
「え……」
「キャアッ!?」
彼の足に何かを踏んづけたような感覚が伝わる。その正体はココアのスティックを入れていたビニル袋だった。彼は踏んづけたビニル袋で前に転倒してしまったのだ。しかし、お気づきであろうが、彼の目の前にはアリサの横たわるベッドがある。つまり……
「えと……コレはぁ……そのぉ不可抗力と言いますか……アハ、アハハハ」
「…………」
彼が彼女を押し倒したかのような姿勢になる。彼は四つん這いで両手両膝を着き、ベッドに仰向けになっている彼女を上から覆っている。そんな彼女はというと、恥ずかしさと怒りどっちなのかはわからないが顔をこの上なく真っ赤にしている。そして、彼女の右手がすーっと持ち上がっていく。
「変態!! ドン引きですッ!!!」
「だから不可こうりょk……ブホァッ!!」
彼女のビンタが彼の頬に直撃し、彼はベッドから強制退場となった。
うおぉぉぉおおおお!!!アリサが甘くなったと思えば相も変らぬ「ドン引きです!」の炸裂だぁぁあああ!!
ユウはツイてるんだかツイてないんだか……