「好きなんですッ!! 私とお付き合いしてくださいッ!!」
たった今、アリサがユウに向けて放った渾身の一言である。その言葉は今までのどの言葉よりも彼の心に深く残っただろう。何故なら、この先ずっと、その言葉を忘れていない彼がいるはずだからだ。しかし、今は今。彼は彼女の気持ちの返答に迷っていた。
「…………えっとぉ……そのぉ……ごめん、もう一回最初から……」
「な、何でですかッ!?」
「心の準備ができていないと言いますか何と言いますか……」
「と、とにかく! 私は自分の思いのままを言いましたッ!! それだけですからッ!! 本気ですよ……?」
潤んだ瞳でこちらを見てくるアリサに思わずユウは言葉を詰まらせる。彼女の時折見せるこういった表情が可愛らしく思えたからだった。彼は一度、外界と自分の世界に区切りを付け、瞑想に入る。どの返答が最適なのか、その答えが出るまで考え込む。
「………………」
「……あ、あの……ユ……ウ……?」
「………………」
「ちょ、ちょっと聞いてます?」
「………………」
「……あ、あのぉ…………」
腕を組み、若干俯いて考え込むユウに対してアリサは彼から何らかの返事をもらおうと話しかける。しかし、彼は考え込むばかりで何一つとして口にしない。
アリサがユウに話しかけるのを諦め、ため息をついたときだった。
「…………よし、わかったッ!!!」
「きゃっ!? な、何ですか急に……」
ユウは両目をしっかりと見開き、大声をあげた。そして、そのまま彼はベッドからゆっくりと這い出てアリサの目の前に凛と立つ。二人の身長差はかなりあるのでアリサがユウを見上げるかたちになる。
上から見下ろす彼はゆっくりと口を開いた。
「アリサ……僕も君のことが好きみたいだ……」
「…………え?」
「アリサといる時間はすごく楽しいし、二人っきりなら尚、楽しい。そんな自分に気づいたんだ。やっぱり自分にとって大切な人は案外……近くにいるのかもしれないね」
「じゃ、じゃあさっきの返事は…………」
「うん、もちろんOKだよ」
ユウが優しく微笑みながらアリサに返答すると彼女は花が咲いたような笑顔を見せ、彼の胸に飛び込んだ。しかし、相手はボロボロの怪我人なわけで。
「痛った……痛いよ、アリサ」
「す、すみません……嬉しくて、つい……」
アリサは反省の色を浮かばせつつも頬を赤く染め、嬉しさと恥ずかしさを隠しきれていないようだった。そんな彼女を見て、ユウはとても微笑ましい気持ちになったのだろう。彼女の頭をグリグリとまるで子供に接するように撫でる。
二人が顔を見合わせ笑っていると病室の入り口の方から何かが落ちるような音がした。
「……コウタ…………」
「お、おい……ユウ……じょ、冗談だろ? 冗談なんだろ? 俺をからかう冗談だよな?」
「見てたのか……悪いけどこれは冗談じゃない。僕たちは本気なんだ」
「わ、私もです……ずっと思い続けてきたから……」
「そうか……そうだったのか……」
入り口には膝を折り、膝立ちになっているコウタがいた。さっきの音は彼が膝を床に着いた音だろう。どうやら事の一部始終を見ていたようだ。二人の本心だけの言葉を聞き、彼は少し俯き、唇を噛み締めている。前髪のせいで目元が見えず、表情すらも読み取れない。
「そっか……じゃあお祝い……しなきゃ……だな……」
「コウタ……もしかして……ごめん、気持ちに気づいてあげられなくて……お前も僕と同じなのか」
「え? もしかしてコウタも私のこと……」
「……俺、皆に伝えてくるよ……お祝いだって……」
持ち上げたコウタの顔には二筋の雫が零れていた。きっと心の底からこみ上げてくる感情は彼でさえも抑えきれなかったのだ。
いつも冗談のようにアリサが好き、と言っていた。しかし、彼女が誰かのものになって初めてわかった。自分が本気でアリサが好きだと。だからこそコウタは涙を流していても口元だけは笑顔でいたのだろう。
コウタは立ち上がり、走っていった。二人の制止さえも振り切って。
「僕、コウタと話てくるよ……アリサはここにいて」
「で、でもそんな身体じゃ……」
「男は面と向かって話さなきゃ、お互いの本心がわからない生き物なんだよ」
ユウは入院服を着たまま、ベッドに立て掛けてあった杖を手に取り、片足を引きずりながらコウタの後を追っていった。
★☆★
この日はもう夕方にさしかかっていて、フェンリル極東支部屋上は真っ赤に染め上げられていた。その屋上に長く影法師を伸ばす二人の男が向かい合っていた。
「ユウ……どうしてここがわかったんだ……」
「お前……ハァ……ここから見る景色が……グッ……好きだって言ってたから……」
「何もそんな身体で……何のために来たんだよ」
「ほら……ゥグッ……お前も僕も不器用だからさ……ハァハァ……面と向かって話さなきゃ……っ痛……わからないだろ?」
「そんなことで……もうわかってんだよ!! お前はアリサが好きでアリサもお前が好きで……両思いの二人に俺が入る隙なんて無かったんだよッ!!」
コウタの目からまたしても涙が零れる。雫は夕日に照らされてまるで宝石のように彼の頬で光っている。それと同じくしてユウの首筋や額には大量の汗が吹き出ている。走ったからなどではない。こみ上げてくる激痛に耐えているからだ。そうしている今も彼の入院服の所々から血が滲み出している。
「でも……お前もアリサのことが……ッガハァ!!」
「ユウッ!! おい、大丈夫かッ!? バカ野朗、無茶ばっかしてッ!!」
ついにユウは口から血を吐き出し、その場に倒れこんだ。すぐさまコウタは彼の元に走り、そっと抱きかかえるようにする。
「お前もアリサのことが好きならそれでいいじゃないか……胸を張りなよ……ゲホッ……確かに僕はアリサが好きだ……その気持ちはお前もなんだろ……ゲホッゴホッグッ!!」
「ユウッ!! ……確かにお前の言うとおりだ。俺はアリサが好きだ。だったら、アリサのことを応援してあげるべきだったんだな。例えアリサがお前のとこに行ってもそれでアリサが幸せなら本望だって思ってたの忘れてた……」
「そうか……良かった……その返事がゲホッ!!!」
「ただし……その代わり、アリサは不幸にしたら許さねぇからな!」
「ああ……わかってるさ……」
その時のコウタの涙は枯れ果て、いつもの彼らしくにこやかに笑っていた。コウタは吐血で汚れた入院服のユウをおぶり、病室へと急いだ。
★☆★
「ユウッ!! ユウッ!!!」
「新人クンッ!! 君はそんなことで死んじゃうような人じゃないでしょ!!」
「ああ、そうだぞ!! いつもの化け物っぷりはどこにいったんだ!!」
「クソッタレ……まだリンドウも見つかってないんだぞ……」
出血多量で再度、救急搬送されたユウは手術を行い、ベッドに横になっていた。二週間もの時間が過ぎたが彼は一向に目覚めなかった。そんなある日、彼の容態が急変した。呼吸が更に深くなり、脈拍も下がっているとのことだった。彼の所属である第一部隊の面々が彼の元に集まっていた。
病室の入り口から医師が一人入ってきた。その医師を確認するや否や、アリサは医師に詰め寄った。
「先生っ!! ユウは……ユウはどうなってしまうんですかッ!!」
「お、落ち着いてください。別に心配は要りませんよ。彼、相当疲労困憊していたようです。おかげで体力が劇的に低くなっていました」
「じゃ、じゃあユウは大丈夫なんだなッ!! 俺らのとこに戻って来るんだなッ!」
「はい……しかし、休養を兼ねて長い間、入院してもらいますがね」
「はぁ、良かったわねアリサ。新人クンもこういうときばっか弱いのね」
「戻ってきてもらわないと俺らが困る……」
医師の言葉を聞いて安心したのか、アリサ以外の三人は眠りについているユウに声を掛けて病室を出て行った。
「ユウ……本当に良かった……しばらく休んでいてください……あなたは無茶しすぎです……」
アリサは腰を浮かせ、前かがみになる。ゆっくりと頭を下げていく。その重力に従うように彼女の銀色の髪が垂れていく。そして、そのまま顔をユウに近づけていく。
「次、目が覚めたら……いっぱいお話しましょうね……」
アリサは自分の唇をユウの唇に重ね合わせた。時間にして十秒程だった。長いような、短いような。区切りのつかない時間だった。それでも彼女は心の底からこみ上げてくる喜びに、思わず口元を緩めた。そして、微笑んだまま上機嫌で病室を後にした。
「……ァ…………リ……サ………………?」
病室に響いた、乾いた声を誰も聞くことはなかった。
今回は書いていて、作者自身、とても楽しかったです……