筋トレをする時は鍛えている箇所に意識を集中力させるのが良い。
そう、彼女は聞いたことがある。
「スゥーーふうっ」
息を止めると毛細血管を傷つける恐れがある、その為、息を止めたりしない。
膝を曲げる時に吸い、伸ばす時に吐く。
それが筋トレの時にすべき息遣いである。
「………ふぅ」
指定回数のスクワットが終了した。重りを支える肩と両腕、そして意識している両足が燃える様に熱い、しかし、ここで休んではいけない。
彼女は担いでいた大岩を落とすと、すかさずダッシュ。
高重量の重りを使った筋トレだけでは動きが遅くなってしまう。ゆっくりとした動きで鍛えられたモノだ、当然、その筋肉はゆっくりとした動きの際、最も力を発揮する。
だが、それではダメだ。
彼女が欲しいのはそんなゆっくりとしたモノではない。彼女が欲しいのは速くて強い、戦いで役立つ筋力なのだから。
「はぁ、はぁ、はぁ……ああ、疲れた」
今日も独り言が口から漏れた。
この頃彼女はよく独り言を言ってしまう、悪い癖だがどうにも彼女は止められないのだった。
「…………」
地に転がってるせいか、背中が微妙に痛い。しかし、動く気が起きない。ちょっと頑張り過ぎたようだ。
「ああ、疲れたなぁ」
大地に身を任せ、時々吹く、涼しい風を感じながら、のんびりと青い空を見上げる。
今日は雲一つない快晴だった。
「ふあぁ」
彼女は、一つ大きな欠伸すると、全身の力を抜き瞼を閉じた。
それから数十分後、いつもより多めに休んだ彼女は、ゆっくりと立ち上がり、全身についた汚れを払う。
そして、地に刺していた大剣を引き抜き、山を下りて行くのだった。
輪廻転生という言葉がある。
簡単に言えば、魂はあの世とこの世を行き来しており、人間は何度も別の人間となり死と生まれ変わりを繰り返している、という事を指す言葉である。
そして、彼女ーーローズマリーは、その輪廻転生を体験した者である。
彼女は前世、日本という島国で暮らすごく普通……かはともかく探せばそれなりにいる日本男子だった。
学生時代は朝から晩まで部活に打ち込み、社会に出てから勉強不足を痛感し、初めて出来た彼女に初デートの前にフラれてショック死する、そんな、どこにでもありそうな一生を経て彼は転生し彼女となったのだ。
「…………」
下山し街に戻ったローズマリーに多くの視線が寄せられる。
「(ふふ、実は私はちょっとした有名人で、街の人気者なのですよ!)」
「(まあ、嘘ですけどね)」
内心で見栄を張り勝手に落ち込むローズマリー。有名人は有名人でも彼女は人気者ではなく嫌われ者だった。
なぜ嫌われているかと言うと、彼女の職業がちょっと特殊でかなりヤバイ物だからである。
クレイモアーー彼女はそう呼ばれる戦士の一人だった。
クレイモアとはこの世界に古くから存在する「妖魔」を狩る者、日夜人々の生活を守る正義の味方である。
と、ローズマリーは思いたかった。だが、実際は違う。
「クレイモア……まだ、この街に居たのかよ」
「怖いわ、早く他の街に行ってくれないかしら」
「(ああ、また陰口が聞こえる)」
クレイモアは人間離れした知覚能力を持つ。それ故、小さな声の内緒話も割と簡単に聞こえてしまうのだ。
「(もう少し音量を落として下さい、バッチリ聞こえてます、もう、泣きそうです。メンタル弱いんで本当止めて下さいお願い致します)」
なんでもない表情を装いつつ、内心で泣きそうになりながらローズマリーは陰口が止むように願った。
ーー次の瞬間。
「止めろよ」
「ッ!?」
そんな彼女の願いが届いたのか一人の男性が陰口を叩いていた二人を制止する。
「(なにあの人の超イケメン的な行動ッ! もう、あの人が主人公で私が可哀想なヒロインのファンタジー小説が出来るんじゃないかってレベルのジャストタイミング助け舟! 私がTS転生者じゃなかったら惚れてたね絶対)」
思わずローズマリーは歓喜の表情を浮かべその男の方を向いた。
丁度その時。
「聞こえたら殺されるぞ」
そう、男は言った。
「(……ですよねー、助け舟じゃないですよね〜、うん知ってた。多分こうなるって分かってた)」
歓喜から一転、失意のドン底に叩き落とされたローズマリー。彼女はちょっぴり涙目になりながら、自分と目が合い、悲鳴を上げて逃げて行った男を見送った。
先も述べたが、この世界には「妖魔」というモノが存在する。
妖魔は人に化け、人を喰らう人類の捕食者だ。その力は人間を遥かに上回り人と同程度の知能を持っている。
そう、妖魔は遥か古より存在する人類最悪の天敵だった。
そして、その妖魔に対抗する組織こそ、ローズマリーが就いているクレイモアなのだ。
まあ、もっとも、本来ローズマリーが所属する組織に名前はない、クレイモアと呼ばれるのは組織の戦士であるローズマリー達が例外なく抜き身を大剣を背負っているからそう呼ばれているに過ぎない。
で、なぜローズマリーが街の住人達から恐れ嫌われているかというと彼女達クレイモアが半人半妖の戦士だからだ。
毒を以て毒を制する。人を超えた妖魔に対抗する為に、人体改造によって妖魔の血肉を取り入れ生まれた戦士、それがクレイモアなのである。
「いらっしゃい、ませ」
俯いたまま、宿屋に到着したローズマリー。
そんな彼女に引き攣った笑顔で挨拶する看板娘。
酷い対応だがコレでもマシになった方なのだ。何故ならローズマリーが最初に泊まった時など「ヒィ、た、食べないで下さいッ!」と言って慌てていたほどなのだ。
引き攣ったモノとは言え笑顔で出迎え出来たのは大きな進歩である。
ローズマリーは少しだけ嬉しい気持ちを抱きながら懐からスティック状の硬貨ーーベラー硬貨を少し多めに取り出し娘さんに手渡した。
「今週もお願い致します」
「は、はい」
その行動に娘さんの顔の引き攣りが強くなる。
「(むぅ? 口調が固かったか? それとも笑顔が足りなかったか?)」
そんな事をローズマリーが考えていると、店の奥から一人の中年男性が現れた。
この店の店主である。
「カーサッ!」
そして店主は焦ったように、ローズマリーが看板娘に渡した硬貨を引っ手繰る。
そして、それを震える手でローズマリーに突き返した。
「も、申し訳ありません、お客様に泊まられると商売上がったりでして……他の宿屋に泊まっていただけやすか?」
店主の表情は恐怖の中に「言ってやったぞ!」といった感じの小さな誇らしさを秘めた顔だった。
「……(ねえ、そんなに怖いの? 私ってそんなに怖いの? 自分で言うのはアレだけど容姿的にはなかなか良いモノを持ってると思うんだけど? 愛想も別に悪くないよね?)」
困ったローズマリーは取り敢えず、無言で、頬を掻きながら、無害ですとアピールしてみた。
それを見た店主の顔が盛大に引き攣った。
どうやら粘ってもダメらしい。
「はぁ」
思わずローズマリーが溜息を吐く。それに店主の肩がビクリと大きく跳ねた。看板娘は顔を真っ青にして震えだした。
「(そこまでか? そこまで私は怖いのか?)」
ローズマリーは表情を昏くしながらベラー硬貨受け取ると、トボトボと宿を出て街の外へと向かった。
何故なら、この街、宿屋はこの一件だけだからである。
「今日は野宿か、野宿嫌いのお前にしては珍しい。くっくっく、もしかして宿屋を追い出されたか?」
「……どうでも良い事でしょう」
街の外の森で、虚ろな瞳で焚き火を焚いていたローズマリーの下に組織の使いがやって来た。
サングラスを掛けたニヤニヤ笑いが特徴の胡散臭い男、確か名前はルヴル、そんな感じの名前だとローズマリーは記憶していた。
彼が来たのはおそらく次の任務を伝える為だろう。
「それもそうだな、では本題に入るとしよう……此処から南に歩いて5日程行った所にあるカラルという街で依頼があった」
「了解しました。妖魔の数は分かりますか?」
「さてな、それは行って確かめてくれ、まあ、何体いようとお前の敵ではないだろう」
何匹いようと敵ではない、信頼故に言っているのではなく他人ごとだと思っているからだろう。
ローズマリーが死んだところで代わりはいくらでもいるのだから。
「…………」
そんなルヴルにローズマリーは軽く抗議の視線を向ける。すると彼は肩を竦め、苦笑した。
「そう、睨むな、嘘は言っていないだろう? それとも一桁ナンバーともあろう者が妖魔如きに遅れをとると?」
「……場合によってはとるでしょう、戦いは何が起こるか分かりません」
クレイモアの戦士は1〜47のナンバーが振られている。
組織はこの大陸を47の地域に分け、クレイモアもそれに合わせ各地域に1人ずつ配備しているのだ。そして、このナンバーは各クレイモアの戦闘能力の優劣を示す。
例外はあるが、基本的にナンバーの数が若い程、その実力は高く、受け持つ地域の危険度も高い。
このナンバーをアイデンティティーにしている戦士も多いが、別に番号が若くなろうと待遇に差は殆どない。
いや、むしろナンバーが若いほどデメリットが発生する。何故なら番号が若くなるほど危険な任務をやらされる可能性が高まるのだから。
それ故、ローズマリーはこの番号制があまり好きではなかった。
「ほう、数体いると勝つ自信がないのか?」
「ええ、そうです。一桁ナンバーと言っても私は印を受けてからまだ半年のヒヨっ子ですから、出来れば一人では戦いたくない」
「怖がりな事だ、しかし、この任務はお前一人用だ、増援はない。まあ、とにかく頼んだぞ、出来れば明後日中に片付けろ」
「……歩いて5日程行った先の街と聞きましたが?」
「走ればいいだろう? 化物のお前なら半日も掛かるまい」
それだけ言うとルヴルはそのまま去っていた。
「………はぁ、もう寝よう」
ルヴルの言葉に気分を害したローズマリー。彼女はリックから毛布を取り出し、それを地面に綺麗に敷いた。
これがローズマリーのベッドである。
普通に考えると心許ない寝具だ。しかし、クレイモアは極寒の地で裸になって熟睡しても風邪すら引かない超人的な……いや、人外的な体温調整能力を持っている。
それ故に、毛布一枚あるだけでクレイモアにとっては全く問題ない、寝るには充分過ぎる環境なのだ。
「…………」
ローズマリーはそのままゴロンと毛布の上に寝転がり、いつものように空を見上げた。
「今日は星が綺麗だな」
彼女の小さな呟きは夜の森の中へと消える。
そして、ローズマリーは満点の星空の下、眠くなるまでひたすら空を見上げ続けるのだった。
カラル街には半日どころか、数時間で到着した。
行く途中、かなりの速度で長距離を走ったが、今の所、ローズマリーは疲れは感じていない。
半人半妖のクレイモアは数十Kmの距離を全力疾走する事が可能なほど体力に優れ、例え疲労しても人間の数倍、数十倍の回復速度を誇る。
そして、ローズマリーはそのクレイモアの中でもピカイチの身体能力を持っている。だからこそ歩いて5日の距離をたった数時間で走破するという芸当が出来たのだろう。
ーーしかし。
「……遅かったか」
悲しそうにローズマリーが呟いた。
ローズマリーの目に映るのは破壊し尽くされた街並、そして転がる無数の亡骸、どうやら彼女は間に合わなかったらしい。
「(生存者も、居ないか?)」
気配を探りながら慎重に進むローズマリー。
しかし、探せど探せど、見つかるのは死体ばかり、どうやら完全に生存者はいないようだ。
「…………はぁ」
街の広場でローズマリーは疲れたような溜息を零した。
妖魔から街を守る為に、急いで駆けつけたらこの有様。肉体面はまだしも、これでは心が疲れてしまう。
「……なんでこうなるかなぁ」
ローズマリーはそんな愚痴を言いながら振り返る。
そして、そんな彼女の視線の先に一人の黒髪の女性立っていた。
「ふふ、お疲れのようね」
その女性は全裸だった。
彼女は艶めかしい仕草で自分の指を舐めながらローズマリーに話し掛ける。
その姿は娼婦を思わせるほど妖艶だ。ローズマリーが前世通りの性別だったら思わず襲い掛かってしまったかもしれない。
もっとも、それは女性が人間の内蔵を片手に持っていなければの話だが。
「ええ、疲れてしまいましたよ、なんでこんなマネをしたんですか?」
「こんなマネ? 街の住人を皆殺しにした事? それならこいつらが組織に連絡しちゃったからよ、せっかくゆっくり楽しもうとしたのに、やんなっちゃうわ、だから一気に食べさっさと消えるつもりだったの」
そう言って笑う女性。
そんな彼女を、見てローズマリーはまた溜息を吐いた。
「はぁ、それならなぜ、あなたはまだこの街に居るんですか?」
「そんなの、あなたがノコノコ一人で来たからよ」
「私が来たから?」
「そうよ、あなた、覚醒者狩りで来たんでしょう? 一人で先に来たのは街の住人を助ける為に先行したせい、違う?」
ふふん、と鼻を鳴らし得意気に言う女性。
そんな彼女に苦笑してローズマリーは首を振った。
「いえ、違います」
「え、違うの?」
不思議そうに首を傾げる女性。
こう見ると、普通の人間に見えるものだ。
「私の任務は妖魔討伐です。
「あら、本当? あなた運がないのねぇ」
「全くです、帰って適当な情報を寄越した黒服を殴りたい気分です」
「ふふ、その気持ち分かるわぁ、私も戦士時代にいっぱい黒服には嫌な思いをさせられたもの、でもごめんなさい、あなたは黒服を殴れないわ、だって私、あなたを生かして帰すつもりはないもの」
その言葉と共に、女性の姿が変わっていく。
ボコボコと、肉が膨らむような異音が響き、急速に巨大化、そして異形化していく女性。
「…………」
こうはなるまい。
そんな思いを抱きながら、ローズマリーは背中の大剣を引き抜いた。
それと同時に変身を終えた女性。彼女は唯一変わらない顔に楽しい気な笑みを作ると、余裕の態度でローズマリーに話し掛けた。
「ふふ、待ってくれてありがとう」
そう言って女性ーーいや、異形の怪物はローズマリーを見下ろした。
巨大な鎌と化した両腕、前足が生え昆虫のようになった4本の足、そして、背中に生えた鉄鞭の如き巨大な触手。
そう、それはまるで、人とカマキリが混じり合ったかのような異形化の怪物だった。
その怪物の名は覚醒者という。
覚醒者、それはクレイモアの成れの果て、妖魔の力に負け、妖魔となってしまう、最低の現象にして、その結果生み出される人も妖魔も超えた最悪の化物だ。
覚醒者は個体差が、激しく一体一体で強さに大きな差があるが、例外なくは強大な戦闘力を持っている。
それこそ妖魔とは比べ物にならいほどに。
それ故、覚醒者を討伐する際は、一桁ナンバーの戦士を含めた複数のクレイモアでチームを組んで任務に当たる。
つまり、ローズマリーは最低でも並のクレイモア数人分以上の戦力を持つ怪物を一人で相手にしなければならないのだ。
「ふふ、どう、私の覚醒体は? 結構この姿は気に入ってるんだけど、あなたからはどう見えるかしら?」
両手の鎌を砥ぎ合わせながら覚醒者はローズマリーに感想を聞く。
その仕草は子供の頃、捕まえたカマキリそっくりで、こんな状況にも関わらず、ローズマリーの胸に懐古の念が湧き上がってきた。
「………そうですね、私はカマキリは好きな昆虫なので、なかなかカッコ良いと思いますよ」
昔を懐かしみ、ローズマリーはしみじみとした口調で感想を述べた。
それに覚醒者は意外そうな顔をした後、大きく顔をほころばせる。
「あら、嬉しい! なかなかこの姿の良さを分かってくれる人がいないのよね」
「そうですか、それは良かった」
「ええ、本当に良かったわ、お礼はなにが良いかしら? そうねぇ、何か願いがあったら行ってみて」
「じゃあ、見逃して下さい」
「それはダメ」
即答である。
ローズマリーはその答えに大きく肩を落とした。
「ですよねー……では、あなたの名前を教えていただけますか?」
「良いわよ、私は組織の元No.16、名前はマルタよ、そういうあなたは?」
「私はローズマリーと申します」
「そう、ローズマリーね、覚えたわ……ありがとうローズマリー、あなたのおかげで久しぶりにまともな会話が出来たわ」
そう、マルタは楽しそうに、しかし、どこか寂し気に言うと全身から強い妖気を放出した。
ついに戦闘に入るつもりらしい。
「じゃあねローズマリー、来世ではもっとも良い人生を送れると良いわね」
そう言って、マルタは大きく鎌を振り上げる。
それに対しローズマリーは動かない。彼女はただ大剣を正眼に構えて落ち着いた表情でマルタを見ている。
これにマルタは疑問を覚えたが、諦めたのだろうと判断、一撃で終わらせる為に渾身の力を込めて両鎌をローズマリーに振り下ろす。
轟音が廃墟の街に響き渡った。
「…うそ、でしょ」
呆然としたようにマルタが呟いた。
彼女の視線は地面の遥か上で停止した自分の鎌に釘付けだ。
確かに渾身の力を込めた筈だった。今も力は抜いてない。なのに、何故、何故、鎌が止まっている?
マルタは強い危機感を抱きながら鎌の下に視線を走らせた。
そこには大剣を頭上に掲げ、二本の鎌を受け止めるローズマリー、彼女は変わらない銀の瞳でマルタを見つめ、優しく微笑んでいた。
「な、なんで、お前は生きているッ!?」
「私は覚醒者と戦う時に決めていることがあるんです」
マルタの問いには答えず、ローズマリーは穏やかな声で話し始めた。
「一つは名前を聞いてあげること」
マルタは、鎌だけでは勝てないと判断、両鎌で地にローズマリーを押しつけながら背中に生える巨大な触手で彼女を攻撃した。
これに対し、ローズマリーは大剣から片手を放す。
そして、彼女は片手で両鎌を止めながら自分に迫る巨大な触手を左手一本で叩き落とした。
「一つは名前を教えてあげること」
「なぁ!?」
驚愕に目を見開くマルタ、そんな彼女を尻目にローズマリーは再び大剣を両手で持つと、小さく膝を曲げ、一気に伸ばす。
「ふっ!」
それだけの動きで、マルタの両鎌が跳ねあげられ、彼女の体勢が大きく崩れた。
「あっ」
思わず間抜けな声がマルタから漏れる。
その時既に、ローズマリーは滑るように大きく一歩、マルタに近づくと、踏み込む動きに連動した無駄のない動きで大剣を脇に構えていた。
「ま、待っ」
「そして、最後の一つは、絶対、覚醒者を蔑まないことだ」
瞬間、解き放たれた斬撃が、目にも映らぬ高速でマルタの身体を両断した。
それは一瞬の出来事だった。
「何をしているんだ?」
ルヴルは地面に座り込み、黙々と木を削るローズマリーに問い掛けた。
「お墓を作っています」
「墓? そこに転がる覚醒者のか?」
「そうです」
答えながらローズマリーはせっせと大剣で木を彫っていた。木に彫られているのはマルタの文字。どうやら墓石の代わりらしい。
「止めておけ、そんな事をして何になる?」
「まあ、なんにもならないでしょうね」
バカにしたように言うルヴルにあっさり頷くローズマリー、そんな彼女にルヴルは困惑した。
「……では、なぜそんなモノを作る?」
「自己満足ですよ」
「自己満足?」
「ええ、作りたいから作る。ただ、それだけです」
ルヴルの疑問にそう答えたローズマリーは予め掘っていた大穴にマルタの遺体を優しく置くとそっとそこに土を被せていく。
「…………」
そんなローズマリーの行為に思うところがあるのかルヴルは無言で彼女を見つめ続けた。
「はい、完成」
盛り上がった土の上、墓石代わりの木を置いた簡単な墓地が出来上がる。それを前に、ローズマリーは静かに目を瞑り両手を合わせた。
「………お待たせしました」
それから数秒後、ローズマリーは満足気に頷くと、ゆっくり振り返りルヴルを見つめる。
追悼の余韻が残っているのか、未だ優しい気な目をしているローズマリー。
そんな、視線に晒され、なんとなくやり辛くなったルヴルはいつもより若干早口で話を始めた。
「次の任務だ。ここより北に3日ほどのスルトの街、そこで受けた依頼だ」
「また、覚醒者とかじゃありませんよね?」
そう言って胡乱な目を向けるローズマリー、ようやくいつも通りに戻ったか、ルヴルは内心でホッと息をつくと、彼特有の胡散臭い笑みを浮かべる。
さっきまでの優しい目は少しばかり、彼には居心地が悪かったのだ。
「さてな、だが、大抵の覚醒者ならば、お前の敵ではないだろう?」
「いやいや、ハードル上がってません? あと、そう言ってフラグ立てるの止めてくれませんか?」
「フラグ? 旗がどうした?」
「あ、いえ、なんでもありません」
どこか慌てたように誤魔化すローズマリー、それに疑問を覚えるも、どうでもいいことかと、ルヴルは割り切った。
「そうか、なら良い。これは明日中に片付けろ」
「………人使い荒くありません?」
「人を使った覚えはないなぁ」
そう言って笑うルヴルにローズマリーはむっとした。
「はいはい、分かりました、分かりました。では出発しますので私はこれで」
「もう向かうのか?」
「ここで野宿はしたくないので」
「くっくっく、そうか、そう言うならそういう事にしておこう」
「………では、さようなら」
そう言って、ローズマリーは走り出した。
「………ふん、仕事熱心な戦士だよ、お前はな」
ルヴルはそう呟くと別の戦士に任務を伝える為、馬でその場を離れて行った。
この場に残されたのは木で出来た、小さな複数の墓だけだった。
ちょっとメインの方が上手くいかないので息抜きに書きました。続くかは未定です。