荒い息が小さく空気を震わせる。
「はっ、はあ、はぁ……はぁ」
足を止め、アデライドが座り込む。
ここはコール平原のど真ん中、高い木々が存在しないここは奇襲はされないが身を隠すにはあまりに不適切な場所だった。
しかし、ここで休まねば死にかねない、ローズマリーの拳により重要な臓器がいくつか潰されてしまっている。これは覚醒者にとっても重症だ。特に元攻撃型のアデライドには。
アデライドは覚醒体を解き、人型に戻る。覚醒体は戦闘力が大きく上がる代わりに妖気の消耗が激しく怪我の治癒には向かないからだ。
「ぐっ……が……」
呻きを漏らし、アデライドが自らの腹を撫でた。触る事で妖気の集中を促進させ治癒力を高めているのだ。
妖気を集中する事で、抉れた腹部が目に見える早さで癒えていく、この様子なら命に別状はないだろう。
「…………」
傷を癒しながらアデライドは周囲を見回す。いつもならしない行動、だがローズマリーは最後に妖気を消す薬を使っていた。その為、接近を知るには彼女を視界に捉えなければならないのだ。
幸い、今の所、ローズマリーの影はない。
「……ふぅ」
安堵の溜息を漏らすアデライド。
「……はぁ、お腹すいた」
そして、安心すると腹が減って来た。
先程までグシャグシャだった胃が空腹を訴えるのは、調子が良く感じるが実際ダメージの回復には食事が一番。
ここらでエネルギー補給がしたいところだ。
「どこで腹を満たそうか」
アデライドは立ち上がって歩き出す。捨てて来た人質に後ろ髪を引かれるも、当然あの場には戻らない。当たり前だなんの為に捨てたと思っている。
前に前に足を進めながら時折後ろを振り返りローズマリーが追って来ないか確かめる。空腹だからと警戒を解いてはならない。
まあ、最後に見た様子から追っては来れないと思う。むしろトドメを刺す事も可能だったかも知れない。
だが、そんな気は全く起きなかった。
なぜならアデライドは恐れてしまったのだあのローズマリーを。
「……ほんと、化物だったわ」
アデライドはローズマリーの戦いを振りを思い出す。
卓越した剣技に、異常に高いパワーとスピード、その上、妖気は馬鹿げた強さ、全くもって理不尽な敵だった。
人質がいなければーーそしてローズマリーの情報を持っていなければ、今頃、彼女の前で屍を晒していただろう。
本当にアデライドは運が良かった。
彼女は知っていたのだローズマリーは妖力解放が人より苦手で早い段階で制御を失うと、だから使った、妖力操作による他人の妖気の引き上げを。
結果は上々、霊剣発動の為に身体に入れていた妖気、それを媒体にローズマリーの妖気を引き上げ暴走させる事に成功した。
ただ、成功したは良いが、予想を遥かに上回る強大な妖気を恐れてしまったのがいけなかった。大ダメージを負っていた事もあり、致命の隙を晒すローズマリーを攻撃せず、霊剣を発動し逃げ出してしまった。
まあ、アデライドの場合は例えローズマリーを恐れずとも逃げ出していたかも知れない、そもそもアデライドはローズマリーを憎んでいる訳ではない、命を狙われなければ、戦う気など元からない。故に危険を犯してまでトドメを刺す気はなかった。
元々、ローズマリーが人質を見捨てる様な性格だったら人質を盾に逃げ出す算段を立てていたのだから。
「本当、金輪際会いたくないわね」
アデライドは身震いすると、一度立ち止まり手で腹を押す。
痛みはない。
ようやくローズマリーから与えられた傷が完治したのだ。
「…………よし」
これなら大丈夫。アデライドは歩くのを止め、強く大地を踏みしめ走す。
……そこで、彼女は一つの人影を見つけた。
「よし」
時を同じくして、物の影からアガサが小さく呟いた。
彼女はローズマリーとアデライドの戦いが始まってからずっと薬で妖気を消し、街中に潜んでいたのだ。
「……悪いわね」
アガサが聞こえる筈もない謝罪を口にする。
彼女の視線の先にはローズマリーが倒れていた。時々身動ぎする事から彼女が生きている事は確定している。だが、距離がある為、意識があるかは分からない。
ここは近づくべきだろう。
「…………」
しかし、アガサは動かない。
だって怖いから。
薬を飲んでいた為、正確には判断出来ないが見た所ローズマリーはまた暴走しそうになった。そんな状態のローズマリーにアガサは近付きたくない。出来れば正気か判別してから接近したいのだ。
「(さて、どうする)」
内心でアガサは今後について悩む。
元々あった作戦ではアガサが不意を打つ予定だった。薬で妖気が消えている為に奇襲が容易で、尚且妖気同調が必要な霊剣対策にもなる。そんな簡単だがそこそこ使える作戦だった。
だが、アガサは奇襲をかけなかった。
それにはいくつか理由がある。人質が邪魔でタイミングが掴めなかったとか、アデライドが油断してなかったから仕掛けられなかったとかだ。
まあ、最も大きな理由はアガサの個人的な作戦『命を大事に』の方が優先だったのでそちらを発動させただけなのだ。
なにせ妖気を消す薬は有用だが、代わりに使用すると妖力解放出来なくなり、妖気感知も出来なくなる。並みの覚醒者相手なら問題ないが、相手は戦士時代にほぼ互角の力を持ったアデライド、その覚醒者にそんな状態で奇襲とかリスクが高過ぎる。
アガサは出来るだけ危険な行為を事はしたくなかった。
だからアガサはローズマリーが一人で勝てなかった場合、人質がいたので倒せなかったと組織に報告するつもりだった。
この失敗でナンバーが落ちるかも知れないが別にそれでも良い。正直、ナンバーが落ちるのはありがたかった。この頃、アガサはナンバーに拘るのに疲れてきたのだ。
もちろんナンバーに対する思い入れはまだある。だが、命を賭ける程ではなくなった。ならば尊敬はされども難易度が高い任務ばかりの一桁ナンバーより、尊敬はされないが侮られもしない、それでいて覚醒者討伐のリーダーにもされないナンバー15くらいの方が魅力的だ。
「………もう少し様子を見よう」
そう言ってアガサはまた物陰に隠れた。
アデライドを追う気は皆無であり、ローズマリーに駆け寄る気もまた同じ。
アガサは戦闘狂でもなければ自殺志願者でもない。故に彼女は一人隠れ続ける。
無理しない事、それが長生きの秘訣なのだから。
妖力暴走から数刻、太陽が地平にその身を隠した頃、ようやくローズマリーは動き出した。
「…………」
ローズマリーは立ち上がり、そしてよろめいた。手足の痺れが酷いのだ。ローズマリーは倒れないよう意識しながら一歩一歩、小さく前進し街の中へと戻った。
街に戻ったローズマリーは民家の壁に手を突きながら進む、安全に休める場所を探しているのだ。
「…………」
歩くローズマリーはやはり無言、溜息の一つも漏らさず、彼女は安全な場所を目指す。
その途中で街人の遺体が目に入った。
遺体の顔は皆、揃って恐怖で強張っている。
後で、埋葬してあげなければ。そう思い、ローズマリーは壁から手を離すと、その遺体一人の側にしゃがみ込み、虚ろに見開かれた目を閉じると。
その血に塗れた “腹部” に手を伸ばし……。
「……あ、お」
そこで、背後からの声にハッとなって振り返る。
そこに居たのは、先程、アデライドに投擲された少女だった。
そういえば、草原に転がしたままだった。妖力暴走のせいで頭から完全に抜け落ちていた。
「放っておいてごめん……痛い所はない?」
ローズマリーは忘れてしまった事を恥て謝ると少女に怪我の有無を問う。
「…………」
だが、少女はローズマリーの質問に答えない。それにローズマリーが首を傾げる再度問い掛ける。
「どうしたの? 何処か痛い『…お母…さん』」
言葉の途中で、少女がローズマリーの背後を見つめ呆然とした風に呟いた。
「…………」
ガツンと頭を殴られたような気がした。
少女はローズマリーを押しのけるように前出ると遺体に縋り付く。少女の決壊した感情が涙となって地を濡らす。
その光景の前にローズマリーは言葉を掛ける事が出来なかった。
アデライドがどうなったか分からない現状、このまま放置するのは危険だ。しかし、だからと言って、なんと声を掛ければ良いのか分からない。
他人からの同情なんて、耐え難い現実の前では意味をなくす。
そう、母の死を悲しむ少女に掛けられ言葉なんてない、だから声など掛けられない。
どんな言葉も気休めにしかならないし、その気休めの言葉すらローズマリーの頭には浮かばなかったのだから。
「…………」
胸が酷く苦しい。
人の死には慣れているつもりだった。
実際、死体なら何度も見たし、その中にはまだ幼い子供もいた。そんな彼等を見てローズマリーは悲しんだが、ここまで胸が締め付けられるような思いはしなかった。
だが、母の死を悲しむ少女という構図が、“誰か” に重なったのだ。それが原因でこれほど苦しいのだ。
ザッと、いう音が足元から響く、それは後退したローズマリーの足が立てた音だ。
そして、その音を聞いた為か、少女が嗚咽を漏らしながら振り返る。
「…………」
涙で濡れた赤い瞳がローズマリーを射抜く。その視線がまるでお前のせいだと責めていようで。
それが怖くてローズマリーは逃げ出した。
自分の行動が理解出来なかった。怖がる要素などない、少女にローズマリーを害する事など不可能なのだから。
だが、足は勝手に前へと動く。そのままローズマリーは少女の視線から逃れる建物の陰に駆け込んだ。
そこには何故かアガサが座って休んでおり、彼女は突然現れたたローズマリーに驚愕し顔を引き攣らせた。
「げぇ、あ、いや…え、バレた?……ちょ、ごめん、いや、サボった訳じゃなくで、ちょっとアデライドを見失っちゃったというか、人質が居たからというか、そもそも一人じゃ無理ってか……本当にすいません、だから喰わないで下さいマジで!」
急にとりみだし謝りだしたアガサにローズマリーが面食らう。
それと同時に少女の視線から感じた恐怖が和らいだのが分かった。
「…………」
「いや、本当ごめん、いや、でも、私が一人で覚醒したアデライドに挑むのってちょっと無謀じゃない? だから、これは仕方ないと言いますか」
「…………」
「ほら、普通にあのアデライドと戦ったら死にそうだったし……あの、何か言ってくれない? ちょっと怖いんだけど、いきなり噛み付いたりしないよね?」
「……はぁ、いえ、すいません、ちょっと混乱していました」
ローズマリーはそう言うと、半ば倒れるようにアガサの隣に座り込んだ。
「きゃっ! え、なにあなたまだ調子悪いの?」
「手足に力が入り辛いです。でもそれだけですよ」
「そ、そう? なら良いんだけど……本当に大丈夫?」
「はい、大丈夫です。心配をおかけして申し訳ありません……ええと、それで、アデライドさんはどうなりました?」
正直、ローズマリーは驚いていて先程アガサが言った内容を半分も聞いていなかったのだ。
だが、アガサはそれをわざと自分を追い詰める為に態と聞いていなかったフリをしていると勘違い。
冷や汗を流して再び彼女は言い訳を始めた。
「い、いや〜、ほら、いくら怪我しててもナンバー4の覚醒者の単独でとか、常識的に無理でしょ、だから戦わなかったのは正しい判断と言いますか…」
「あれ? 最後、アデライドさんは隙だらけだったと思いますし、それに結構いいダメージを与えたんですが、本当に勝てませんでしたか?」
「…………」
「…………」
「…………多分、勝てなかった」
スーと、視線を逸らしながらアガサが言った。どうやら勝算はあったようだ。
「(なるほど、私と会った時に色々言っていたのは、アデライドさんと戦わなかった言い訳か)」
ここでようやく、ローズマリーはアガサが勝てる可能性があったのにアデライドを追わなかったという事を理解する。
そして、ジト目でローズマリーがアガサを見つめた。すると、アガサはプルプル震え出した。
なんか、虐めているみたいだ。
「本当だから、多分勝てなかったから! いや、確かに勝算はあったわよ? でも、四割くらいだから!」
「……そうですね、確かにそれはキツかったですよね。薬で妖力解放も妖気感知も出来なかったんですから相手が本当に深手を負ってるか判断が難しかったですもんね」
「そ、そうなのよ、実は瀕死の演技かもしれなかったしね!」
「…………」
うわ、白々しいなぁ、絶対瀕死だって分かってましたよね? とローズマリーは思ったが、口には出さない。
実際の所、作戦を考えたのは自分だし、アデライドを逃したのも自分だ。冷静になれば分かる事、いくら大きなダメージを与えたとはいえ、一桁上位の、それも人質を取った覚醒者に単独で挑ませるのは酷だったのだ。
そして、それを考えれば先程自分が言った言葉は責任の薄い相手への八つ当たりでしかない。
「……すいません、考えてみればその通りでした。そもそも作戦が穴だらけでしたね、しかも途中で私は戦闘不能になってしまうし」
「……そうよ、正直、あなたが倒れた時は何事かと思ったわ」
「いやぁ、実はアデライドさんの妖気操作を喰らってしまったようで、危うく覚醒する所でした」
「…………」
アガサがサッとローズマリーから距離を取った。
「……流石に露骨過ぎません?」
「ごめんなさい。でも怖いからもうちょっと離れてくれるかしら?」
「もう十分離れてますよ」
「まだ、全然足りないわ」
本当にそう思っているらしく、アガサはジリジリとローズマリーを警戒しながら大通りへと後退して行く。
そんなアガサにローズマリーは溜息を吐いた。
「……はぁ、分かりました。思う存分離れて下さい。ただ一つお願いがあるんですが」
「お、お願い?」
警戒したようにアガサが聞く。
「無茶な事じゃないんで、そんな嫌そうに聞かないで下さい」
「そ、そう、なら良いんだけど、それで内容は?」
「街を出て直ぐの所に、もしかしたらアデライドさんが人質にしていた人達の生き残りが居るかも知れないので見てきてくれませんか? ちょっと私は今手足が痺れていて動き辛いので」
そう言って震える手を見せてくるローズマリー。
それを確認し、アガサはローズマリーの頼みを受諾する。
「分かったわ……でも、アデライドが戻って来ないわよね?」
「多分大丈夫だと思いますよ、人質を使うような人ですから勝算が低いのにわざ強敵がいる場所に戻るとは思えません」
「それもそうね、じゃあ、行くわね」
一刻も早く離れたいのか、アガサは直ぐに大通りへと出て行った。
「……そんな嫌ですか?」
気持ちは分かる。いつ爆発するか分からない爆弾が有ればローズマリーだって近付かない。
だが、爆弾側からすればそんな態度は結構くるものがあるのだ。
「……はぁ」
またローズマリーは重い息を吐き出さして、全身の力を抜く。
「あ、ローズマリー?」
それと同時に何故かアガサが戻って来た。
「あれ、どうかしました?」
「聞き忘れたんだけど、街の外のよね、街の中は探さなくていいわよね?」
「広場に生存者が居なければ後で良いと思います」
「そう、じゃあ大通りにいる女の子とドレスを着た女は声掛けなくて良いかしら?」
「……女の子というのは女性の遺体の側にいる子ですか?」
「そうよ」
「……あの子はもう少し放っておいて下さい、多分、母親とお別れの途中なので、ドレスの人は………ドレスの人?」
ローズマリーが疑問の声を上げた。
「ドレスなんて着ている人が居るんですか?」
「居るわよ、女の子に近付いている所ね」
「…………人質の中にそんな人居ましたか?」
「居なかったわね、もしかしたら隠れていたのかしら?」
「ドレス姿で?」
嫌な予感がする。
ローズマリーは震える身体に鞭を打って立ち上がる、アガサが地味にローズマリーから距離を取るが。そこは気にしない。
ローズマリーと建物の陰から大通りを覗く。
確かに居た、長い髪をツインテールに纏めたドレス姿の女性が。
「………ッ!?」
ドレス姿の女性を見た瞬間、寒気と悪寒がローズマリーの背筋を貫いた。
直感が告げるアレは人間じゃないと。
ローズマリーは建物の影から飛び出すと、道落ちていた大剣を拾い上げ、女性へと駆け出した。
「ローズマリーッ!?」
状況が分かっていないのだろう。驚愕の叫びをアガサが上げるが、今はそれがありがたい。
ーー状況を理解したらアガサは逃げ兼ねないからだ。
万全には程遠いが、それでも凄まじい速度のローズマリー。
「……フッ!」
彼女は即座に女性へと詰め寄ると問答無用、上段から両手で持って大剣を振り下した。
「ちょっ!?」
ローズマリーの暴挙にアガサが目を剥く。
だが、次の瞬間、アガサの目は別の理由により更に見開かれる。
それはローズマリーの暴挙が止まったせいだった。
「あら、いきなり危ないわね」
そう言ってドレス姿の女性が微笑む。
ーー上段から振り下ろされた大剣を
「くっ!」
ローズマリーが全力で力を込める。だが、まるで動かない。如何にコンディションが悪いとはいえこれは完全に力負けしている。
仕方なく、ローズマリー左手を大剣から離し、すぐ側に居た少女の襟首を掴み、振り向かず背後のアガサ目掛けて投擲した。
ろくに狙いをつけられなかった為に、ややアガサから離れた方向に飛んだ少女。その少女を危ういタイミングでアガサがキャッチする。
「その子を連れて逃げて下さいッ!」
ローズマリーが叫ぶ。それと同時に再び大剣を両手持ちに、そして効力が切れ掛かった薬による妖気の抑圧を爆発的に高まった妖気で消し飛ばし、妖力解放。
コンディションを万全へと戻し、更に妖力解放により身体能力を上昇させると渾身の力で大剣を押す。
「む?」
女性の顔に小さな驚きが生まれる。右手が下へと動いているせいだ。
「へぇ」
感心したように呟くと、女性はバックステップでローズマリーから距離を取る。その動きは速い、あのシルヴィを想起するほどに。
「…………」
ローズマリーは油断なく大剣を構えると、アガサが逃げる足音を聞き僅かに安堵する。迷いない素晴らしい逃げ足だったからだ。
「(これなら逃げる時間くらいは稼げそうだ)」
ローズマリーは大剣を下ろす。
「ん?」
自ら隙を作るローズマリーの行動に女性は首を傾げるが、彼女は攻撃は仕掛けない。
仕掛ける必要がないと思っているのだろう。
「(思った通りだ)」
女性から迸る妖気を読んである程度予測はついていた。相手はあまり絡め手は使わない。特に同格以下の相手には。
……まあ、裏を返せばローズマリーですら同格と認識されていないのだが。
「初めまして、私はローズマリーと申します。先程はいきなり襲い掛かってしまい申し訳ありません」
ローズマリーは時間を稼ぐ為、そして自身に課したルールを守る為、腰を折って挨拶をした。
「あら、礼儀がなってない子かと思ったのだけど」
「すみません、先程は余裕がありませんでした」
「あら、じゃあ、今はあるのかしら?」
「………ご冗談を」
「ふふ、そうね、それくらいは分かるわよね、いいわよ許してあげる……ああ、自己紹介がまだだったわね」
そう言って女性はクルリと回ると、片足を斜め後ろに引き、ドレスの裾を軽く持ち上げ、深く腰を折った美しいお辞儀をした。
「私はルシエラ、あなたに聞きたい事があるのだけど」
そう言って女性ーールシエラは。
『深淵の者』南のルシエラはローズマリーを見上げて微笑んだ。
地の文「アデライドは運が良かった」
アデライド「…………」