天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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前話の後書きでルシエラが死ぬと書いたな……あれは嘘だ。


《注意》

時系列捏造。

時系列改変。

一部キャラ強化。


第17話

張り詰めた緊張感がその場を支配した。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

二言三言言葉を交わし、その後、無言となったリフルとルシエラ、そんな深淵二体に挟まれたローズマリーはゆっくりと、静かに膝を曲げた。

 

彼女の選択は決まっている。

 

というより選択肢はそれしかない……その選択とは。

 

 

 

ーー逃亡だ。

 

ダンッ、と地が弾ける。力を溜め込んだローズマリーが踏み切った結果だ。

 

ローズマリーは一歩目から最高速に達すると、風のように駆け出した。

 

その時、ローズマリーとルシエラを囲っていたリフルの触手が動く。

 

あるものは斬撃、あるものは刺突、そしてあるものは殴打、触手はその帯のような形状を生かし、不規則かつ予測困難な動きでローズマリーを襲う。

 

「…………ッ!」

 

今、妖気読みは使えない。

 

ローズマリーは目を見開き、極限まで集中、自身に迫る多数の触手、その軌道を見切り最も手薄な位置を見つけ出すと、そこに火の輪を潜るように突っ込んだ。

 

右足で踏み切り、限りなく地面と平行に、そう、まるで矢が飛ぶような体制となるローズマリー。彼女は飛びながら身体を回転、自身に当たる少数の触手をその手で叩き強引に包囲網に穴を開ける。

 

そして、小さな切り傷を受けつつも、ローズマリーは触手の檻を貫き飛び込み前転、小さく素早い回転から即座に両足で踏切、再び最高速へと達すると逃亡を強行した。

 

そして、ローズマリーは。

 

背後に現れたルシエラに囚われた。

 

「なっ!?」

 

「集中するのは良いけど私を忘れてるわよ」

 

決して忘れていた訳ではない、妖気が感じられない為、動きを読めなかったのだ。

 

キュッ、とルシエラの右手がローズマリーの腰を掴む。

 

……握り潰される! そうローズマリーは思った。

 

しかし、ルシエラはそれほど強く握らない、むしろローズマリーを労わるように優しく掴んで来る。

 

「(え、なぜ優しく?)」

 

その事にローズマリーは疑問を抱く、この体制とルシエラの筋力ならローズマリーの胴体を握り潰す事も余裕なのに。

 

その疑問はすぐに解消された。

 

「じゃ、頑張ってね」

 

ルシエラがそうローズマリーに囁くと、彼女を持った右手を後ろに大きく引く。

 

「ちょ、まっ」

 

その行動でローズマリーはルシエラの狙いを悟る。だが、悟ったところで対処出来るかは別問題。

 

次の瞬間、ローズマリーという弾丸がリフル目掛けて放たれた。

 

同時にルシエラが踵を返し走り出す。どうやらこの場でリフルとぶつかる気はないようだ。

 

「や、ばっ!」

 

風圧で声が上手く発せない。

 

それもその筈、今のローズマリーは音速を超えているのだから。

 

超高速で飛来するローズマリー、彼女は回る視界の中で何本かの触手が自身に迫るのを確認、慌てて手足でそれを弾き、リフルの顔まで到達する。

 

そして、どうせならとローズマリーはリフルの頭に回転かかと落としを叩き込み、その動きと連動し頭を踏みつけ更に加速、この場から一目散に逃げ出した。

 

「…………」

 

ビキビキ、という音が背後から聞こえる。

 

これは戦士や覚醒者、彼らが妖力解放時、膨れ上がる肉体が皮膚を突き破らんとした際に起こる特有の音、それが出る時は。

 

「………殺す」

 

大抵、相手が怒っている時。

 

リフルは若干陥没した頭をビキビキ言わせながらローズマリーを追い掛け始めた。

 

 

 

 

「(なぜ私!?)」

 

森をジグザグに走り、降り注ぐ触手の群れを躱しながらローズマリーが内心で呻いた。

 

確かに自分はリフルの頭を足蹴りにした。怒って当然だろう。しかし、会話の内容からリフルがここに来たのルシエラを倒し南の地手に入れる為。

 

それ故、リフルはこっそりとルシエラに近付いた。

 

なのにここで自分を狙うのはおかしい、普通ならどう考えても第一目標であるルシエラを襲うべき場面の筈だ。

 

「あ、あの〜リフルさん?」

 

木の葉に隠れ、木々を盾に触手を躱しながらローズマリーがリフルに声を掛ける。

 

「なにかしら?」

 

そのローズマリーの声に反応し、リフルが刺突の雨を降らせながら問い返す、当然の行動だ。

 

追ってる敵の位置が分かれば攻撃する。

 

ローズマリーだってそうする。

 

故にローズマリーは声を掛けた瞬間、予め横に大きく飛んでいた。おかげで無傷で大量の槍を避けられた。

 

「質問なんですが、なぜルシエラさんを追わないんですか?」

 

「……あなたの方がムカつくからよ」

 

「いや、そんな子供みたいな」

 

そう会話を交わしながらリフルが長大な触手を一閃、数十本の木々が纏めて斬り飛ばされる。だが、それでもローズマリーは無傷。

 

最初の接触以外未だローズマリーは傷を負っていない。

 

「(……あれ、案外いける?)」

 

リフルの攻撃を前に、ローズマリーが思った。

 

巨体にも関わらずリフルの動きは速い、覚醒者の中でもトップクラスだろう。

 

しかし、単純な速度ならルシエラやシルヴィの方が上だ。

 

それは攻撃速度も同じ、広範囲攻撃を得意とする反面、若干運動速度は他の深淵に劣るのかも知れない。

 

「(これなら、逃げ切れる)」

 

ここは障害物に溢れた森だ。リフルの攻撃は軽々と木を斬り飛ばせるが、木に当たる度に僅かに速度が落ちる。

 

更に木のおかげで攻撃が来る位置が予め分かる。その上、今ローズマリーは妖気を発しない。だから彼女を捉える為、リフルは鬱蒼と草木が生い茂る森の中、高速で駆けるローズマリーを目視してから攻撃しなければならない。

 

それはかなりの至難、人が草むらの中で鼠を追うようなものだ。

 

「(……む)」

 

空気の流れが変わる。

 

すると刺突の雨が再び降って来た。

 

だが、一つとしてローズマリーの直撃コースには落ちない。それはリフルがローズマリーを目で追えていない証拠だった。

 

「(なるほど、私の位置が分からないから広範囲に大雑把な攻撃をしているわけか)」

 

今のリフルはローズマリーの位置を音だけで判断しているわけだ。

 

これはどうしても狙いが甘くなる。だから身体能力が落ちたローズマリーにも余裕があるのだ。

 

おそらくリフルが得意な戦闘スタイルはその長大な身体を生かした待ち構えて迎え撃つスタイル。

 

弱点である上半身を高所に置き、敵には敢えて自分の身体を足場に弱点へ向かわせ、その足元から攻撃、なんて事をするのかも知れない。

 

「(まともに戦ったらとんでもなく苦戦するだろなぁ………でも)」

 

この森というフィールドで逃走を図るとしたらルシエラより随分と楽。

 

戦闘力はルシエラと互角でも、追い駆けっこをするならリフルの方がマシ、そうローズマリーは結論付けた。

 

……結論付けたついでに。

 

「(その目的を考えなければ)」

 

降り注ぐ触手の群れを躱しながら、ローズマリーがリフルの狙いを考える。

 

「(ムカつくから自分を追っている……という答えはあまりに幼稚過ぎる。きっと別に理由がある)」

 

覚醒体前の外見は十代半ばだが、実年齢は70を超えるリフルだ。そんな理由でルシエラよりローズマリーを優先する筈がない。

 

もっと深い理由がある筈だ。

 

「(森の中でルシエラさんを追い掛けても追いつけないと思ったから?……あり得るな、でもなにか違う)」

 

もし、これが答えならもっとリフルは焦るか苛立っている。きっと別の答えがある。

 

「(ルシエラさんと相対して敵対の愚を知った? もう一人の深淵に隙を晒さない為? 切り札の深淵に近いという仲間が間に合わなかった? ……それとも、仲間の実力が実は深淵以上(・・・・・・)とか?)」

 

最後の考えに、いやまさかなとローズマリーは首を振る。

 

深淵とは歴代のナンバー1戦士が覚醒してしまった最悪の存在、その実力は凡百の覚醒者とは比較にならず高位覚醒者とも一線を画す。

 

しかも、深淵達は全員が歴代のナンバー1の中でも上位に食い込む実力者だったと聞く、それを上回る覚醒者なんてあり得ない。

 

「(……そう、あり得る筈がない、今確認されている深淵以外でナンバー1が覚醒した事例はない、ナンバー1以上の実力者かも知れなかったなんて戦士が覚醒したという話も聞かないし)」

 

他にあり得るとしたら巨大な才能を秘めながら、下位ナンバーに甘んじていた者が覚醒したとかか? だが、これも可能は低い。

 

あれこれとローズマリーは考える。

 

そうしている内に再び空気の流れが変わる。

 

広範囲攻撃の前兆だ。

 

「あーもー、ちょこまか、ちょこまか!…こうなったら…」

 

リフルから莫大な妖気が迸る、妖気を感じ取れない今のローズマリーにも分かるレベル、この妖気にローズマリーは一度立ち止まり木々に隠れながらリフルを観察した。

 

するとリフルは籠のようだった下半身の触手が解け、地面近くまで来た上半身にグルグルと巻きついていた……これはマズイ。

 

「この一帯ごと斬り飛ばす!」

 

次の瞬間、リフルがその場で駒のように回転、同時に巻きついていた触手が円を描くように全方位に放たれた。

 

触手の帯が鋼刃となって縦横無尽に駆け巡る。この一撃のみリフルの触手の長さは先程の数倍まで伸び。

 

そして、鋼の竜巻と化した触手の群れが森の全てを斬り飛ばした。

 

 

 

十数秒後。

 

 

 

 

「み〜つけた」

 

覚醒体を解いたリフルが、幼さの残った笑顔でーー今から虫の足を捥ごうとする子供のような笑顔で言った。

 

「うわー、見つかっちゃった」

 

そんなリフルに対しローズマリーが冷や汗混じりの棒読みで返す。

 

数百本…いや、千本以上の木が一気に伐採され、森の一角に巨大な空き地が出来ている。リフルの超広範囲攻撃の結果だ。

 

「…………」

 

正直言ってローズマリーはリフルを舐めていた。このまま、逃げ切れるだろうなぁ、じゃあ、目的を考えなきゃ、とか考えている時点で甘過ぎたのだ。

 

相手は深淵、甘く見るべきではなかった、得意不得意が有ろうと彼等は圧倒的な力を持った覚醒者達の頂点なのだから。

 

「梃子摺らせてくれたわね、でも、もう見失わないわ」

 

「……でしょうね、こんな綺麗さっぱり木がなくなっては隠れられませんからね」

 

そう言いつつローズマリーはリフルが覚醒体を解いた理由を予測する

 

「(覚醒体を解いたのは今の攻撃で消耗したから……なんて理由ならいいんだけど、多分、上から見下ろすのでなく視線の高さを合わせ、木々が視界の邪魔にならなくする為かな?)」

 

木々より高い覚醒体は周囲を見渡せる反面、森の中を覗くのが困難だった。

 

だが、同じ高さの目線となればかなりの距離を離さないと目視されてしまう。例えこの空き地から再び森に入っても今まで通りに逃げるのは難しいだろう。

 

「(ああ、完全にミスったなぁ、これは死んだかな?……でも)」

 

逃げられる可能性はゼロではない。

 

いや、むしろまだ可能性は高い。

 

空き地は出来たが、依然として平原より逃げ易いのは確かだ。そして、それ以外にも大きな勝算がある。

 

ローズマリーの鼻が独特の香りを嗅ぎ取っていた。

 

それは塩辛い磯の香り、そう、おそらくもう少しで海なのだ。そこまで逃げればなんとかなる。

 

ーーそして、なんとかなるなら。

 

 

 

「(リフルさんに自分を追った真意を聞こう)」

 

ローズマリーはリフルに視線を向けて話し掛けた。

 

「……リフルさんって冥土の土産を相手にあげるタイプですか?」

 

「いきなりなに?」

 

「いえ、ただルシエラさんじゃなくて私を追った理由を知りたくて」

 

「あなたの方がムカつくからって言ったでしょ」

 

「うわ、ひどい……でもそれは本当の理由じゃないんでしょう?」

 

ローズマリーとリフルの視線が交差する。

 

「…………」

 

「…………」

 

暫し無言で見つめ合う二人。先に根負けしたのはリフルだった。

 

「はぁ……いいわ、特別に教えてあげる、あなたを狙ったのは強い戦士を減らす為よ、近々組織に襲撃をかけるつもりだからね」

 

「なるほど、でも、この地に来たって事は組織の前にルシエラさん……いえ、他の深淵を全て倒す気なんですよね? ルシエラさんを追わないのはおかしいんじゃないですか?」

 

「ふふ、そうね、でもルシエラならあたしの仲間が追ってるから大丈夫よ」

 

「それは私を優先する理由になりません、仲間を何人向かわせたか知りませんが、万全を期すならリフルさんは自身がルシエラさんを追うべきでは? 優先順位としては私よりもルシエラさんの方がずっと上の筈ですし」

 

ローズマリーの言葉にリフルが肩をプルプルと震わせる。

 

「………ふふ…ふふふふふ、優先順位ねぇ」

 

おかしくて堪らない、そんな声色でリフルが言った。

 

「………何か変な事を言いましたか?」

 

「ふふ、いえ、普通そう考えるわよね」

 

「どういう意味です?」

 

「そのままの意味よ、じゃあ、あたしからも聞くけど……あたしがルシエラよりあなたを優先した(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と、どうしてあなたは判断したの?」

 

「…………」

 

その言葉にまさか、とういう考えがローズマリーに生まれた。有ってはならない思考が脳内を支配した。

 

「……それは、深淵であるあなた自身が私を追って来たからですよ」

 

その思考のせいで硬くなった声でローズマリーが言う。

 

そんなローズマリーを見てリフルは笑みを深めた。

 

「あら、あたしが追うと優先順位が絶対高いの?」

 

「…………」

 

「ふふ、もう気付いてるんでしょ? いえ、最初から可能性として考えてはいたでしょう?」

 

そう、もうローズマリーは気付いている。気付きたくなかったが。

 

「……まさか、本当に?」

 

「ええ、そうよ」

 

リフルは堂々と取って置きの自慢話をするように両手を広げ、こう言った。

 

 

「あたしはあなたよりルシエラを優先した、つまり、あなたに向けた戦力(あたし)よりルシエラに向かわせた戦力()の方が上なのよ……ほら、ちょうど来たわ、ふふ、あなた失敗したわよ、すぐに逃げてればまだ助かったかも知れないのに」

 

そう言って楽し気にリフルがローズマリーの右側を指す。その方向にローズマリーは身体ごと顔を向けた。

 

それはリフルに隙を大きな晒す行為、だが、そうしなければならない気がした。

 

リフルの指した方向から蒸せ返る程濃い死臭が漂って来たのだから。

 

 

「ギニャギニャ」

 

 

そう、言って “黒い” 少女とルシエラが現れた。

 

いや、違う。

 

 

ルシエラの生首(・・・・・・・)を両手に抱える黒い少女が現れた。

 

その少女を見てローズマリーは凍りつく。

 

ルシエラの頭を持っていたから……ではない、まるでテレサと相対したようなーーいや、テレサ以上(・・・・・)の存在と相対したような、覆しようのない絶対的な差を感じたからだ。

 

 

「ただいま、おかーさん」

 

少女はトテトテとリフルへと駆け寄って彼女に抱きついた。

 

ぼとりと、ルシエラの生首が地に落ち。だが、それをリフルも黒い少女も気にしなかった。

 

「ええ、おかえりなさい。どうだったルシエラは?」

 

リフルは少女を愛おしそうに抱き返しながら聞いてくる。

 

「うーん、まあまあかな? あんまりつよくなかった……でもほらみて、ねこだよ、ねこ! ギニャギニャ」

 

黒い少女は地面からルシエラの生首を拾い上げ、顎を開閉させながら猫の鳴き真似をする。

 

「ふふ、そう、楽しめたようでなによりだわ」

 

「うん、でも、おとーさんもいっしょに、これたらよかったのにね」

 

「ダフはダメよ、ノロマだし妖気を消すのも下手糞だから」

 

「ええ〜おかーさんひどい、おとーさんはのろまじゃないもん!」

 

「ふふ、そうね、ごめんなさい……じゃあ、お詫びにあたしのオモチャをあげるわ、好きにしていいわよ」

 

そう言ってリフルはローズマリーを指した。

 

「え、いいの?」

 

「ええ、いいわよ、ふふ、しっかり……壊すのよ」

 

その会話を聞いた瞬間、ハッとなると、ローズマリーが弾かれたように駆け出した。彼女は一気に最高速に乗ると、必死に足を動かす。

 

そんなローズマリーに。

 

「ほら逃げるわよ」

 

「はーい……つかまえた」

 

という少女の声が真後ろから聞こえて来た。

 

 

 

思わず振り返るローズマリー。するとそこにはリフルに抱きしめられていたはずの黒い少女がいつの間にか居て。

 

「……ッ!?」

 

「あなた、おそいね」

 

そう言って笑い、少女は緩やかな動きで拳を引く。

 

そして、次の瞬間、ローズマリーは大空を舞っていた。

 

「……え?」

 

グルグルと回る視界、状況が分からない。遅れて激痛が胸元からする。見れば、ローズマリーの身体は頭と首、そして右胸の一部を残し消失していた。

 

「(殴…られ、た!?)」

 

拳が全く見えなかった。いや、あまりの衝撃に記憶が飛んだのかも知れない。

 

「(とにかく、再生しないと)」

 

ローズマリーは妖力解放しようする。

 

だが、解放出来ない。

 

「(あ、薬)」

 

そこで思い出した。自分が妖気を消す薬を飲んでいた事を。

 

「(くっ、このままじゃ死ぬ…なんとか、薬を抜かないと)」

 

クレイモアはアルコールや毒素を自らの意思で弾く事が出来る、これを応用すれば薬の効果を打ち消せるかも知れない。

 

ローズマリーは必死に薬を排除して行く。

 

すると徐々にだが、薬の効果が消え始めた。

 

 

「(よし、このまま、一気に!)」

 

「ねぇ、なにしてるの?」

 

そう、黒い少女が聞いてくる。少女は自身の髪をリフルに似た、帯状の触手にし、それを羽ばたかせて飛んでいた。

 

「…………」

 

「さいせい、しないの?」

 

「…………」

 

「……そう」

 

唖然としているローズマリーを見て、黒い少女がつまらなそうに拳を構えた。

 

狙いは顔面、攻撃が来る。

 

「…………」

 

 

防ぐ?

 

 

……無理。

 

 

避ける?

 

 

…………無理。

 

 

耐える?

 

 

………………無理。

 

 

 

………………………………………………。

 

 

 

 

「(……終わった)」

 

ローズマリーの諦めと同時に拳が放たれた。

 

走馬灯のようにスローになるその視界、その中ですら少女の拳は疾い。

 

そのまま少女の右ストレートがローズマリーに迫る。

 

ーーその時。

 

「あ」

 

少女がローズマリーの後方を見て驚いたように目を丸くした。

 

この行為でパンチの軌道が僅かに変わる。

 

そして、少女の拳はローズマリーの “首元” に直撃、ローズマリーの頭から下を消し飛ばしその衝撃で彼女の頭を遥か彼方へと弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

「ちゃんとトドメは刺せた?」

 

自らの元に帰ってきた少女にリフルが聞いた。

 

「…………」

 

しかし、その問いに黒い少女は答えず、ガッとリフルの手を握り、彼女を引っ張り走り出した。

 

「ちょ、ど、どうしたの!?」

 

「きて!」

 

そう興奮気味に言って少女は、リフルを “ソレ” の前へと連れて行った。

 

「……ああ、なるほど」

 

連れて来られたリフルはようやく自分の娘の行動に納得した。

 

そう言えばこの子は “ソレ" を見た事がなかったと。

 

 

 

「ねぇ、ねぇ、おかーさん、このおおきな、みずたまりってなに!?」

 

そう無邪気に、興味津々な様子で少女はリフルに聞く。

 

そんな娘が愛しくてリフルは微笑み少女の頭に手を乗せると “ソレ” の名前を告げた。

 

「ふふ、これはね、海って言うのよ」

 

「う、み?」

 

「そう、海よ」

 

「うみ、うみね!」

 

「ふふ……ところでちゃんとオモチャは壊したかしら?」

 

「あ! ……うーん、わかんない」

 

「そう、まあ、仕方ないわね」

 

「……ごめんなさい」

 

「ふふ、いいのよ、別に大した問題でもないから」

 

「(どうせ、この子の敵にはなり得ないのだから)」

 

口には出さないが、絶対の自信をリフルは持っている。

 

そもそもルシエラの排除すら念の為に過ぎないのだ。

 

リフルは自分の覚醒体に姿に似た、黒い少女の頭に手を乗せる。

 

「さあ帰りましょう “ダフル” お父さんが家で待ってるわ」

 

「うん!」

 

そう言ってリフルは黒い少女ーーダフルの頭をひと撫でし、彼女の手を引いて歩き出した。

 






今話の前書きでルシエラが死なないと書いたな……あれが嘘だ。


ダフル「なんであなしの、なまえはダフルなの?」

リフル「……ダフが、二人の名前から取ろうとか言うから」


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