天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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た、大変お待たせ致しました。

申し訳ありません、スランプで書く内容は決まっているのに何故か文に出来ませんでした(汗)


第28話

 

組織に向かいながらローズマリーは思った。

 

ーー風景が変わるのが早い、と。

 

覚醒により、潜在能力が解放され、基礎能力が大きく上昇した為だろうか、ただ普通に、戦士で言う所の妖力解放なしで走っているのだが、以前よりずっと速度が出る。

 

「(力が漲る。それでいて完璧に制御も出来る)」

 

正直、ローズマリーは自分の強化された能力に引き摺られ、慣れるまでは動きがぎこちなくなると思っていた。しかし、蓋を開ければそんな事は全くなく、最初から以前と同等かそれ以上に上手く身体を操れていた。

 

「(そう言えば出会った覚醒者は足が六本だろうと、羽根が有ろうと上手く操れていたな)」

 

身体の変化に対応出来ずおかしな動きをする覚醒者など見たことがなかった。かく言うローズマリーも高速移動中に瞬時に覚醒体の形を変化させる等、超高難易度な身体制御を初見でしており、それでいてその制御を難しくも思わなかった。もしかしたら覚醒すると身体制御能力も上昇するのかも知れない。

 

「(……まあ、なんにせよ扱えないよりはずっと良い)」

 

力は有るだけ望ましい、特にこれからも戦士として生きるつもりのローズマリーは早々覚醒体を晒す事が出来ない、やって良いのは最大でも部分覚醒まで、その点を考えると人間体時の運動能力強化はとても有り難い。

 

ちょっとやそっとの実力ではこの世界では生き残れない、運が悪かったとしか言えないが、最近頻発した格上との戦いから改めてこの世界で生き残る難しさを知ったローズマリー。

 

彼女は以前よりも力を蓄えるのに積極的だった。

 

「(……しかし、それにして、速度も力もいくらでも引き出せそうだ)」

 

ーー今ならテレサちゃんにも勝てるかも。

 

思わずそんな考えが浮かぶほど、能力の上昇率が高かった。お互い妖力解放なしという条件なら高確率で勝てると思う。おそらく妖力解放したテレサ相手でも良い勝負が出来る筈だ。

 

もちろん、ローズマリーが覚醒体となり、テレサが覚醒しない事が最低条件だが。

 

「(……って、いやいや、なんで私はテレサちゃんと戦う事を考えている?)」

 

覚醒して無駄に好戦的になっているのかも知れない。ローズマリーは無意味な想像を首を振って消しさると、一人、組織へと足を早めた。

 

そこで本来感知出来る筈もない遠方から強い妖気が流れて来た。

 

「む……っ」

 

自分の知らない、だがこの距離ですら分かる大きさの妖気。その大きさは明らかに深淵を超え、あのラファエラにすら匹敵している。そんな妖気の持ち主は一人しかあり得ない。

 

「これは……あの黒い子か」

 

ローズマリーはこの妖気が黒い少女ーーダフルのものだ、と確信した。

 

「なるほど、やっぱり妖気も強いか」

 

納得の呟きをローズマリーが漏らす。おおよそ、妖気の強さと身体能力の高さは比例する。ならばこの妖気の強さも当然だ。

 

「…………」

 

流れてくる妖気の強さにローズマリーは顔を引き締める。

 

一度、黒い少女と相対したローズマリーだが、あの時は妖気を消す薬の影響で相手の身体能力しか分からなかった。

 

だが、その妖気を知れた今なら分かる、この妖気の持ち主の実力が。そして考える、ダフルの事を。

 

「(やはり、尋常じゃなく強い)」

 

ーー今の自分なら勝てるだろうか?

 

ある程度、妖気と身体能力を知れた今、この距離からでもダフルのおおよその力が分かる、ラファエラの発言を考慮して考えれば間違いなくダフルはラファエラ以上の戦闘力を持っているはずだ。

 

「(……なら、難しいかな? でも不可能ではないはず)」

 

ダフルと戦えばかなり拮抗した勝負になる、そうローズマリーは考えた。ダフルの技量にもよるが少なくとも容易く負けるとは思わない。そして、もし、同等ないし若干劣る程度のの戦闘力差ならば持久戦に持ち込んで勝てる。自身の再生能力を加味してローズマリーはそう予測を立てる。

 

ーーだが、その予測はあくまでローズマリーが全力を出せればの話だ。

 

「(……ああ、マズイなぁ)」

 

ローズマリーの顔に小さな焦燥が浮かぶ。

 

妖気を感じるのは丁度、彼女の進行方向、東の果て、つまり組織がある方角だ。考えるまでもない、ダフルは明らかに組織を潰そうとしている。

 

そして、組織にはテレサが居る。このままでは、テレサとダフルが戦う事になる。ローズマリーの見立ててでは二人の力はほぼ互角。だが、ダフルの近く高確率でリフルが居る。

 

いかにテレサとはいえ、深淵と深淵超えを同時に相手取るのは不可能に近い、このままではテレサが危ない。

 

「(他の妖気は……分からないか、仕方ないそもそも遠いし、なにより黒い子の妖気が強烈過ぎる。でもなんにしても今、本部で強いのはテレサちゃんくらいのはず……あんまり時間がない。このままじゃ間に合わない)」

 

ラファエラと戦ってから、二日が経過し、脅威的な速度で南の地を抜けたローズマリーだが、逆に言えばまだ、東の地に入ってすぐの地点なのだ。

 

今のスピードで走っても組織まで丸一日は掛かる。そんな経っては戦いが終わってしまう。

 

「(この妖気は持ち主から放たれて、それなりの時間が経っているはず)」

 

音や光と同じく、妖気にもまた、伝達速度が存在する。ローズマリーは妖気がどれくらいの早さで空間を伝わるか知らないが、感覚的に音より大幅に早いとは思えない。

 

要するに、星の光と同じだ。ここに届いた妖気はかなり前に放たれたモノ、ここまで妖気が届くという事は、既に戦いが始まっている可能が高い。

 

それ故、もしかしたら今更向かっても遅いのかも知れない。

 

ーー間に合わない、行っても無駄だ。

 

ーー着いたら着いたら覚醒体を解除して戦わないといけない。

 

ーー人間体で戦う気か? それは自殺行為だ。

 

そんな思考が浮かんでは消えていく。そして、それはどれも正しい事だった……しかし。

 

「とか、考えるて諦める位ならはじめから組織に戻ったりしないんだよね」

 

ローズマリーの全身から凄まじい妖気が迸った。

 

組織にバレる覚悟をする、隠すつもりが早速これとはローズマリーは思わず苦笑した。

 

しかし、この選択に間違いはない、なにせ、ローズマリーが組織に戻ろうとするのはテレサやヒステリアという親しい者が居るからだ、当然、組織に正体を隠すよりもテレサの命の方が重要だ。

 

「(最悪この一件を対処したら逃げれば良いしね)」

 

ローズマリーは決意を固めると、瞬時に覚醒体へ変身。膨大な妖力と再生能力にモノを言わせ足裏から連続で杭を射出、地に穿った杭の反動で一気に加速、閃光のような疾さで一直線に突き進んだ。

 

 

 

 

ーーのだが。

 

全力疾走を開始した僅か数秒後、ダフル以上に大きな、そしてよく知る妖気が現れ、ダフルと戦い始めると、20分と掛からず、決着が着いてしまった。

 

「ええ〜、うそぉ」

 

その勝者はよく知る妖気の持ち主ーー言うまでもなくテレサである。

 

要するに、テレサがダフルに、勝った。そして今、彼女は敗走するおそらくリフルと思われるダフルに似た妖気を追撃中という状況だった。

 

「(……いや、テレサちゃん強過ぎなんですけど)」

 

思わず思考が軽くなる。

 

ダフルとテレサの実力は互角か少しテレサが不利とローズマリーは予想していた。リフルが居ては勝ち目がないとすら思っていた。しかし、その予想を覆し普通にテレサがダフル達に勝ってしまった。

 

「(あの子とそんなに実力差があった?……いや、実力が近いのは確かか。例え、互角同士の戦いでも短時間で勝負が決まれば勝者に余裕が残るはず、あ、でも、リフルさんも居たわけだからやっぱり実力差があった?)」

 

なんにしても急ぐ必要はなくなった。ローズマリーが覚醒体を解き、速度を緩める。

 

ダフルとテレサによる妖気の嵐が収まり、二人以外の妖気も感じる事が出来るようになった。どうやら本当にテレサは一人でダフル達を相手取り勝利してしまったらしい。

 

そう、としか思えなかった。なにせ覚醒者以外で感じる妖気はテレサと組織本部にいる訓練生のみなのだから。

 

「(ここから組織はかなり距離がある、多分、覚醒は発覚しなかっただろう)」

 

テレサとダフルの妖気のおかげでローズマリーの妖気はそこまで目立たなかった。もしかしたらローズマリーの妖気を感知した戦士が居るかも知れないが、覚醒体を見られて居なければ言い訳は出来る。

 

「(まあ、とにかくテレサちゃんが無事で良かった)」

 

テレサがリフルを追撃中の為、まだ完全に安心は出来ないが、リフル相手なら先ずテレサが勝つだろう。深淵相手に随分な言い様だが、二人の妖気の強さの差からその予想はまず間違いない。

 

「……はぁ」

 

肩の荷が下りたようにローズマリーが安堵の息を漏らす。

 

ーーすると、それに続くように彼女の腹がくぅと鳴った。

 

 

 

 

 

「勝負……あった、わね」

 

地に倒れたリフルが弱々しく、だが安心したような声色で言った。彼女の宣言通り、勝負は決した。

 

ーーリフルの敗北という形で。

 

倒れ伏すリフルの下半身は寸断され、既に覚醒体の維持もできなくなっている。まだ喋れるのは流石の生命力だが、それも時間の問題、遠からず声は止まり、そして、命を終えるだろう。

 

まあ、当然の結果だ。ダフルの戦闘力はリフルを遥かに上回っていた。そして、そのダフルをテレサは破った。この時点でリフルに勝ち目は薄い……例えテレサにダメージが残っていたとしても。

 

だからこそ、リフルは時間稼ぎに徹した、逃した二人を追わせない為に、そして、その企みは見事に成功した。

 

「……ふふ」

 

「…………」

 

満足そうにリフルが笑い、それに対しテレサは無言で顔を顰める。テレサの視線はリフルではなく、自身の下半身に注がれている。

 

テレサの視界には本来在るべきものが欠如している。そう、テレサの右脚は膝から下が消失していた。

 

それは防戦に徹したリフルが最後の最後に見せた捨て身の反撃、今まさに致命傷を与えられている最中、絶対に避けきれないタイミングを見切り放たれた敗北前提のカウンター、その成果だ。

 

歴戦の強者たるリフルが自身の命を囮としたそれが見事にテレサを捉え、彼女の足を斬り裂いたのだ。

 

「……ロクでもない当て方」

 

テレサが苦々しい声で漏らす。それにリフルはさも心外そうな声色で答える。

 

「あたしだって、不本意なのよ」

 

でも、ああでもしないと当たらないんだもの、そうリフルは続けると、いきなり咳き込み大量の血を吐いた。蒸せ返るような鉄の匂いがテレサの鼻を打ち、テレサは更に顔を顰めるも、すぐに表情を消す。

 

自分にはやるべき事がある。

 

ゆっくりと、警戒しながらテレサが倒れたリフルに近付く、接近したテレサに弱ったリフルは視線だけを向ける。

 

ーー目と目が合った。

 

「…………」

 

「…………」

 

視線が合ってから数秒、テレサはゆっくり大剣を持ち上げる。リフルはノーリアクション、油断を誘っているのか、あるいは動ける余力がないのか。

 

だが、なんにしてもテレサがする事は変わらない。

 

テレサは意を決し振り上げた大剣を真っ直ぐ振り下ろす。それでもリフルは動かない。

 

結果、テレサの大剣はなんの妨害もなくリフルの首に斬り落とした。予想した反撃はなく斬撃は狙い違わずリフルを捉え彼女の命を刈り取った。最後の接触で完全に力を使い果たしていたのだろう。

 

「…………」

 

だが、そんな動かない相手を斬ったにも関わらず、片足で力が入りきらなかったせいか、本来その重さ故にあまり感じない肉と骨を裂く手応えが大剣を伝いテレサの腕を痺れさせた。嫌な感触だ。

 

手に残る不快な感触、カタカタと大剣が音を立てる。気付くと、腕が少し震えていた。そういえば命を奪うのは初めてだった。

 

「ちっ」

 

テレサは舌打ちし唇を噛みしめる。すると体の震えは治まった。戦士となる上で動揺の抑え方は訓練済みだ。

 

まあ、だからと言って平気というわけではないが。

 

「…………」

 

テレサは目を閉じ黙祷を捧げると、リフルから意識を切る。それからテレサは大剣を杖代わりに片足とは思えぬ素早い動きで少し離れた場所に落ちた自身の右足を拾い上げ、再生作業に入った。

 

しかし、再生に入ったは良いが、なかなか接続が上手くいかない。切断面が荒い為だ。時間が掛かりそうな斬り口、おそらくリフルが狙ったのだろう。厄介な置き土産だ。

 

再生を続けながらテレサはダフルの妖気を探る。すると妖気すぐに見つかった。しかし、既にかなりの距離を稼がれている。このままのペースでは足がくっつく頃には追いつけない距離になりそうだ。

 

ーー追いながら再生する?

 

そんな思考が脳裏を掠める。しかし、テレサは即座にそれを否定した。流石に片足を再生させながら追うよりも向こうが逃げる方が速いし、再生をしくじる可能性が高い。

 

およそ戦闘における死角のない天才であるテレサだが、彼女は攻撃タイプの戦士、防御タイプと違い四肢の接続は出来るが一から再生する事は出来ない。この接続を失敗すれば一生に関わるハンデを負う。

 

「…………」

 

ダフルは多少無理してでも仕留めたい所だが、今は傷を癒すのが先決。テレサはダフルを逃すリスクと足を失うリスクを天秤に掛け再生を取ると、潔く追跡を諦め再生に集中した。

 

 

 

 

「これだから戦士は面白い」

 

そう呟き、ダーエはとびきりの素敵なプレゼントを貰った子供のような会心の笑みを浮かべた。

 

「……どこがだ」

 

そんなダーエに彼の背後からリムトがランプを片手に現れ言う。珍しい事にリムトの顔には僅かばかり疲れが見えた。

 

まあ、仕方あるまい、組織壊滅の危機だったのだから。

 

「おや、避難されなかったのですか?」

 

現れたリムトに意外そうな顔をするダーエ、それも当然、組織の幹部は挙って船に乗り込み、この大陸から逃げ出す準備をしていた、その為てっきりリムトも船に居るものと思っていたのだ。

 

「最高責任者が逃げる訳にも行くまい」

 

「なるほど、確かに」

 

リムトの言葉に納得するとダーエは視線をリムトから地面に転がる肉塊に向けた。

 

「それにしても興味深い、まさかリフルが子を産むとは」

 

「……それは確かな話なのか?」

 

ダーエの言葉にリムトが疑問を挟む。

 

「覚醒者が子を産むのか?」

 

当然の疑問だ、リムトが組織の長となって数十年初めて聞いた話なのだから。

 

「はい、元々、男の覚醒者が生殖能力を持っているのは分かっていました。ならば低い確率ではありますが子供が生まれる可能もありましょう、また、外見、能力、リフルの態度からこの個体がリフルの子なのは間違いないかと」

 

ダーエが興奮したように早口でまくしたてる。

 

「…………」

 

良くない兆候だ。ダーエが興奮している時はロクなことが起きない、否、ロクな事を起こさないが正確か。嫌な予感に頭が痛む。リムトは片手で頭を押さえた。

 

「しかし、深淵を超える程の力を持った存在が生まれるとは、しかも、その者すら超える戦士が居ようとは夢にも思いませんでした。いやはや、やはりこうした予想外の自体は面白い、正直ヒステリアの実力が妖魔の肉の限界値と愚考しておりました、くくく、もう一度徹底して研究せねば」

 

「最強の戦士を一人を作るのではなく、強い戦士を複数作れ」

 

「より強い戦士を作るのも、重要でしょう?」

 

「……あまりに強過ぎても面倒なだけだ」

 

戦士の平均レベルが上がるのは嬉しいが、特出して強い戦士は管理が面倒だ。そういう者は大抵素行が悪く、扱いが難しい。

 

そして、今回の戦士は歴代でも最も管理が難しくなるだろう。なにせ、深淵以上の実力が確定している。万が一反逆などされては目も当てられない。

 

ーーストッパーが必要だ。

 

「……ダーエ、早急に戦力の増強を図れ」

 

「おや、早急にですと予算が嵩みますが宜しいので?」

 

「構わん、リフルは此処に来るまでに相当数の戦士を潰しているはず、ローズマリーはまだ分からんがそれ以外の一桁上位が全滅したこの現状は不味い」

 

「くくく、ですが、その損失が霞む程の戦士が生まれたではありませんか?」

 

「……分かっているだろう、増強理由はアレが反逆した時の抑止力だ」

 

つまり、テレサが反逆しても崩れない戦力を用意しろと、リムトは言っているのだ。

 

「……くくく」

 

そんなリムトの言葉にダーエは浮かべていた笑みを深める。

 

「分かりました。しかし、残念ながらあのレベル相手には普通の戦士や龍喰いを何体揃えても太刀打ち出来ません」

 

何が嬉しいのか、笑みを浮かべたままダーエは首を振る。

 

「……お前は戦士の可能性を見誤っていたのだろう、ならば龍喰いの可能性もそうなのではないか?」

 

「それを言われては耳が痛い。ですが、早急となりますと今まで通りのやり方では難しいと言わざるを得ませんな」

 

「……そうか」

 

リムトは重苦しく息を吐いた。

 

「それで、お前は普通ではないやり方を試したいと」

 

「はい、その通りでごさいます」

 

「ふん、で、お前は今度は何がしたい」

 

「……くくく」

 

その言葉が聞きたかった。ダーエはその言葉を待っていたのだ。彼は地を照らすように手に持ったランプを置くとゆっくりとその場にしゃがみ込み。

 

「早速ですがコレを使うつもりです……宜しいですね」

 

そう言って、落ちていた肉塊ーーダフルの下半身を指差した。

 


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