天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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少し短めです。


第30話

雪に覆われた大地。白に支配されたそこに紅い雫が飛び散った。遅れて倒れた巨体が細切れとなりボトボトと雪を赤黒く汚す。

 

「……しつこいな」

 

そう巨人型の覚醒者の胸に生えた杭が呟く。

 

「…………」

 

そんな杭に答えず、黒髪黒目の女が巨人目掛けて踏み込んだ。

 

迎撃の為、巨人が蛇腹剣のような触手を振るう。だが、攻撃に合わせ女が急加速、触手は何も捉える事なく虚空を斬り裂き、代わりに白銀の大剣が杭諸共、巨人を両断する。勝負ありだ。

 

「…………」

 

しかし、敵は巨人だけではない。多種多様の覚醒者の群れが一糸乱れぬ動きで女目掛けて襲い掛かる。

 

いずれも体に杭を生やした覚醒者達は一分の隙もない完璧なコンビネーションで攻撃を繰り出す。それは正に阿吽の呼吸、まるで思考を共有しているよ異様な動きだ。

 

拳、触手、刃、そして杭。それらが互いの隙を補いながら、回避コースを潰し女に殺到する。その包囲網に逃げ場はない。

 

ーー故に、女は網に穴を開けた。

 

正面から来た巨拳に女が拳を合わせる。そのサイズ差大人と赤子のおよそ三倍、質量差は数十倍。女の行動は普通に考えて無謀な愚行だ。

 

しかし、そんな愚行があっさりこの状況を打破してしまう。絶望的なウェイト差を軽々と乗り越え女の拳が覚醒者の巨拳を粉砕、破壊は拳に留まらず衝撃に耐えきれなかった右腕が根元から吹き飛んだ。

 

「…………」

 

女の拳の威力に覚醒者が後方へと弾かれる。

 

そのまま女は前進し、包囲網から逃れると、地を蹴り跳躍。片腕を失った覚醒の顔面に足裏を叩き込んだ。直後爆散する覚醒者の頭部。それに続いて、女を包囲していた覚醒者の頭が次々と破砕、雪原に真っ赤な花を咲かせた。

 

女がした事は単純。蹴りの反動で他の覚醒者の頭へ跳躍し、またそこを蹴り砕き、跳躍、順番に頭を粉砕していっただけだ。

 

だが単純ではあるがそれは言う程容易くない。硬い頭蓋骨を一撃で潰す絶大な筋力に、覚醒者に姿を補足されない圧倒的な速力、そして高速運動を制御する抜群の身体バランスと空間把握能力を要求される絶技だ。

 

「…………」

 

ドン、覚醒者の遺骸に降り立った女が鋭い眼光を走らせる。視線の先には残り十数体となった覚醒者。そのどれもが一桁下位の戦士では手に負えない力を持っている。

 

だが、そんな覚醒者の群れを恐れる事なく、女ーーローズマリーは、真っ直ぐ彼等に踏み、ほんの数分で殲滅した。

 

 

 

 

 

ーー今回はかなり痛いな。

 

大木の裏、半ば雪に埋もれたラファエラが内心で愚痴をこぼす。

 

予想以上にローズマリーの妨害が酷く、南に行けば南に、西に行けば西に、そして北に行けば北に。覚醒してから約一年。ダフルを倒す為の戦力集めに奔走しているラファエラは事ある毎にローズマリーに邪魔をされていた。

 

ラファエラは完璧に妖気を消す事が出来る。だが、生物を侵食、支配する時は少なくない妖気が漏れてしまう。その妖気を感知し、何処からともなくローズマリーが現れ、せっかく支配した覚醒者達を潰してしまうのだ。

 

逃げるのはそれ程難しくない。妖気を完璧に消せばローズマリーでも補足出来ないのだがら。

 

しかし、そこで逃げられるのはラファエラだけ。ラファエラは妖気を外へ逃がさぬ事が可能だが、支配した覚醒者達はそれが出来ない。しかも、ある程度距離が近くないと覚醒者達を操れず、離れ過ぎるとただの木偶人形と成り果てる。

 

そうなっても距離を詰めれば再び支配が出来るが、支配が解けてからある程度時間が経つと人形は生命活動を停止してしまう。故に遠方に戦力を隠して置くことは不可能なのだ。

 

その為、ラファエラは毎回大所帯で移動せざるを得ず、それは必然的にローズマリーからも見つかり易くなり……と、戦力を集めれば集めるほどローズマリーに容易に発見される悪循環が出来てしまっていた。

 

そして、今回、その悪循環を断つべく、ラファエラは前々から狙っていた単体でも充分戦力になる存在。北の深淵イースレイの支配に乗り出した。

 

南で大規模な動きを見せ、それでローズマリーを釣り、細心の注意を払いつつ一気に北へ移動。見事にローズマリーを引っ掛け、単身イースレイを取り込みに来たラファエラだったのだが、流石は原初にして最後の深淵と言うべきか、イースレイは彼我の戦力差を素早く見切り、配下の覚醒者を囮にギリギリの所だがラファエラから逃げ果せたのだ。

 

で、そのイースレイを追おうとした所、入れ違いでローズマリーが出現。せっかく支配した数十の覚醒者達を残らず殲滅、結果、ラファエラは白銀の大地を幽鬼のようにフラつくローズマリーから隠れているのだ。

 

「(……しつこいな)」

 

覚醒者達を殲滅してから結構な時間が経ったが、未だラファエラを探すローズマリーの妖気を感じる。その妖気はローズマリーの感情を表しているのか激しく波打っていた。この波長は良く知っている自身がダフルに向けるモノと同一だから。

 

相当根に持ってるな、とラファエラは思った。今日で四度目の接触だが、最初を除き、ここ三回、ローズマリーは殆ど会話に応じずラファエラを全力で殺しに来ている、それはもう完璧に徹底的になんとしても殺すと考えているように見える。

 

ダフルという同格以上の他者が居る、漁夫の利を狙われかねない現状で、消耗を厭わぬその姿勢は捨て身の様にすら感じられた。

 

「(一度目の接触から二度目の間に何かあったか? なんにしてもこのままでは戦力が集まらない。ここは先にローズマリーを排除するべきか?……いや、単純な戦闘力は向こうが上、やはりもう少し様子を)」

 

そんな考えをラファエラが巡らせているとローズマリーの妖気に変化が有った。

 

ドンっと大気が揺れ雪が大きく舞い上がる。それは強大な妖気が物理現象に転化した証、ローズマリーが覚醒体となった余波だ。

 

「(このタイミングで?)」

 

急な覚醒体への移行にラファエラが疑問を抱く。

 

ローズマリーは先程まで一貫して人間体で……それも妖気を極力抑えて戦っていた。答えは考えるまでもない、力の温存の為だ。

 

一の力で倒せる敵を十の力で倒すのは無駄、近くに自身と同格の敵が潜んでいる状況で覚醒体にならないのは本来なら自殺行為に等しい。しかし、ローズマリーに限ればそれは当てはまらない。

 

圧倒的な変身速度を持つローズマリーは後手に回っても覚醒体への移行が間に合うのだ。しかも、頭以外は弱点が無い為、不意打ちの対応も容易で、実際、前々回、逃げる振りをして妖気消して強襲したラファエラにあっさり対応していた。

 

そんな彼女が覚醒体になった。力の浪費を抑える為にラファエラ本体を見つけるまで戦法を取っていた、全ての力をラファエラ討滅に使う為に温存してローズマリーがだ。

 

ーーそれは、つまり。

 

雪を跳ね除け、ラファエラが木陰から飛び出る。次の瞬間、白銀の刺突がたった今ラファエラが隠れていた木を粉微塵にした。

 

「ちっ」

 

どういう訳か、妖気を隠した此方の位置を察知したローズマリーにラファエラが舌打ちした。とにかく、このままではマズイ。覚醒体となる時間を稼ぐ為、ラファエラは後退しながら質問する。

 

「なぜ、こちらの位置が分かった?」

 

油断なく下がりながら問うラファエラ。しかし、当然と言うべきか、それに対するローズマリーの返答は五つの刺突だった。

 

ローズマリーの左手。その五指が鋭く伸びてラファエラを襲う。覚醒者どころか妖魔すら使う実にポピュラーな攻撃だ。

 

「くっ」

 

だが、その攻撃速度と威力は桁外れ、四本まではギリギリ回避するも一発避け損ない肩口から左腕を抉り取られてしまう。

片腕を失い僅かに体勢を崩すラファエラ。倒れはしないが速度が落ちる。そこに空かさずローズマリーが追撃する。足裏を巨大化させ、滑らぬように柔らかい雪を押して加速。一気にラファエラを大剣の間合いに捉えた。

 

そして、閃光のような斬撃が放たれる。

 

「ッ!」

 

紫電一閃、頭上から白雷のように迫る大剣、それにラファエラが残る右腕を振り上げた。覚醒途中の巨腕と白銀の大剣が激突、だが大剣は殆ど拮抗を許さず腕を断ち斬り、止まる事なくラファエラの胸に接触、鮮血が舞い飛んだ。

 

「ぐぅ」

 

胸を深く斬られたラファエラ、それでも動きを止めないのは流石だが、ローズマリーは既に次の攻撃に入っている。降り注ぐ雪を消し飛ばし、翻った大剣が再度ラファエラに襲い掛かった。

 

それをラファエラは避けようとする。だが、速度差からまるで間に合わない。出来た事は斬られる対象を胴体から脚に移しただけ。

 

「がっ」

 

肉を断ち斬る嫌な音と共にラファエラの右脚が身体から滑り落ちる。片脚を失い倒れそうになるラファエラ。そんな彼女にローズマリーは容赦なく次の攻撃を繰り出した。

 

左手を突き出しラファエラに向ける。その掌に数十の細く鋭い突起が生まれ、それが一気に解き放たれた。先の指を用いた刺突、それの応用だ。

 

串刺しにせんと鋭利な針が一直線に突き進む。その攻撃をラファエラは背から生えた骨の翼を盾に凌ぐ。しかし、幾つかの刺突は翼をすり抜けラファエラの身体に突き刺さった。

 

更に、突き立った針はラファエラの身体を貫通した途端、その先端が肥大化、彼女を逃さぬように返しを作りしっかり拘束する。

 

「ッ……!」

 

「終わりだ」

 

ここに来て、ローズマリーが初めて口を開く。彼女はラファエラをしっかり押さえ込み、万全の体勢で大剣振るう。

 

唸る剛剣。両腕を失くし、棘に縫い止められたラファエラにはこれを凌ぐ術がない。そして、天より落ちる大剣が動けないラファエラに接触し。

 

その右肩を斬り飛ばした。

 

「がっ」

 

「ちぃ」

 

ローズマリーが忌々しそうに舌打ちする。これでラファエラを仕留めるつもりが叶わなかったから。横合いから突然来た衝撃に狙いを外されたから。

 

その衝撃はラファエラの左腕……正確には左腕が変化したルシエラのコピー体のタックルが起こしたものだ。

 

万が一に備え、ラファエラは四肢が切り離された時、コピー体となるように仕組んでいたのだ。

 

コピーがローズマリーに抱きつきその動きを止める。そこに残りの斬り落とされた四肢がコピー体に変身、ローズマリーを羽交い締めにした。

 

その隙にラファエラは四肢を再生、爪で棘を斬り裂くと、束縛を逃れ覚醒体へと変身する。膨大な妖気が物理現象に転化され、発生した風が、舞い落ちる雪の軌跡を歪める。

 

次の瞬間、現れたのは山のような巨人、それがラファエラの覚醒体だ。

 

「ふっ!」

 

変身した彼女は今正に拘束を弾き飛ばしたローズマリーをコピーごと蹴り飛ばす。コピー体が砕け散り、ローズマリーが小石のように吹き飛んだ。

 

しかし、ローズマリーに目立ったダメージはない、直撃の瞬間、左腕を盾状に巨大化させ防御したのだ。

 

「…………」

 

弾き飛ばされながら、ローズマリーは左腕を元に戻す。更に彼女は背から翼を生やすと飛ばされる体勢をそれで制御し、ある程度安定した瞬間、強く強く羽ばたいた。

 

凄まじい膂力で振られた翼が暴風を巻き起こす。発生した風が木々を揺らす。ローズマリーはその力を持って天高く上昇、そして次の瞬間、方向転換。重力加速を加えラファエラ目掛けて突っ込んだ。

 

「…………」

 

最高速に達したローズマリー。その瞬間、彼女は羽を畳み、左腕を突き出すとランスへと変換。自らを黒い流星と化し、一直線に襲い掛かった。

 

ローズマリーの速度は先の追撃よりも遥かに速い。

 

絶対の死角たる真上から、尚且つ目視不可能な速度で迫る攻撃。これの対処は深淵とて十に一度出来るかどうかだ。

 

しかし、そんな攻撃にラファエラは慌てない。何故なら彼女は深淵超え、一割とはいえ深淵に防ぐ事が可能な攻撃、凌げない筈がないからだ。

 

尋常ではない妖力が、天を衝く巨躯をあり得ない速度で動かす。巨大からは考えられない俊敏さを発揮したラファエラは頭部を狙ったローズマリーの突撃を避け、それで終わらず同時に拳を突き上げた。

 

しかし、ローズマリーもまた深淵超え、この程度で如何にかなる彼女ではない。ローズマリーは直撃の瞬間回転し、両足を槍のよう鋭く変化させラファエラの拳に突き立てた。それにより拳に張り付くと、翼を鋭い触手に変化、肉に突き立て、ラファエラの腕を駆け出した。

 

「ちっ」

 

頭を目指し駆けるローズマリー。それに舌打ちし、ラファエラは腕を変化させる。丁度、ローズマリーが踏み込んだ皮膚に穴が開く。そこに足を取られたローズマリー。ラファエラは即座に穴の淵に歯が生やし、ガッチリ足を拘束する。

 

そして、ローズマリーの動きを止めたラファエラは即座に巨大な手でローズマリーを覆うと爆縮するような勢いで握り締めた。

 

「ぐぅ」

 

苦悶の声がローズマリーから漏れる。あまりの握力に身体が軋む、更に指の腹から生えた無数の杭が半ば自壊しながらも鋼に勝る肉体を貫きローズマリーにダメージを与えるのだ。

 

ーーしかも

 

「(なんだ、これは)」

 

ダメージとは別に血を吸われるように感覚がローズマリーを襲う。まるで生命そのものを奪われているような不快感。

 

「……ぐぅ、ああああっ!!」

 

危機感を感じたローズマリーは渾身の力でラファエラの手を押し広げ、身体と手の間に空間を作ると、拘束された足を切り離し全身に刃を生やして高速回転。ラファエラの手を切り刻み束縛から脱し、触手をラファエラの頭に打ち込み固定、触手を縮め、その勢いを利用し頭へ突進する。

 

しかし、その行動は僅かばかり遅かった。

 

「くっ」

 

ローズマリーが頭に届く数瞬前、ラファエラの頭に準備された十数本の杭が、全方位目掛け射出、そして、ローズマリーが頭へ到達した瞬間、頭に巨大な口が生まれローズマリーを丸呑みした。

 

 

 

 

 

耳を塞ぎたくなる破砕音と共に体液が周囲に飛び散った。

 

「…………」

 

ベタベタと張り付く血と肉片を落としながらローズマリーがラファエラの体内から脱出する。

 

「(また、逃した)」

 

暗い表情でローズマリーが視線を落とす。ラファエラを取り逃がしたのはこれで四度目、今回も良い所まで追い詰めたのだが、最後の最後に逃げられてしまった。

 

「……はぁ」

 

気が滅入って仕方がない。純粋な戦闘力では勝っているのに、逃走を許してしまう。それ程、ラファエラの能力は逃走に向いていた。

 

妖気を完全に消す能力に、遠隔操作可能かつ数十、数百と生成可能なデコイ。そして自身を杭とし、それを遠方へと飛ばす射出能力、この三つが合わったせいでラファエラは逃走能力はズバ抜けて高いのだ。

 

しかも、代わりに戦闘力が低いのかと問われれば否だ。一対一の実力はローズマリー方が高い、それは間違いないが、その差はかなり小さい。

 

天を衝く巨大を支える圧倒的な筋力、そこから繰り出される攻撃は強力でまともに喰らえばローズマリーとてタダでは済まない、それに加え他者を侵食、支配する力に今回新たに発覚した生命力を略奪されるような能力、逃走用で挙げたデコイの戦闘力も侮れず、妖気を消しての不意打ちはかなり凶悪だ。

 

「…………」

 

ラファエラが近くに居るなら妖気を消されても “匂い” である程度位置は分かる。しかし、このままでは、ラファエラを追っても取り逃がし続けるし、運が悪ければ返り討ちに合うだろう。

 

「…………」

 

やり方を変えねば殺せない。ローズマリーは今後の戦法を考えながら北の大地を後にした。


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