天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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ただ一言。



お待たせいたしました。


第31話

走り抜けた剣閃が妖魔の腕を断ち斬った。クルクルと赤い飛沫を飛び散らせながら舞う右腕。それをすり抜けるように避け、女性が驚く妖魔に二の太刀を浴びせた。

 

肩口から銀の刃ががスルリと入る。大剣はまるで水を斬るように速度を落とすことなく、妖魔の身体を鮮やかに両断した。

 

「ば、バカな!?」

 

棒立ちの下半身を残し、重力に引かれた上半身がドチャリと落ちる。大剣が見えなかったのか、ここでようやく斬られた事を知覚した妖魔が驚愕の声をあげ、そんな妖魔を冷めた銀眼で女性が見下ろしていた。

 

「な、なんだ! なんなんだっ、お前はッ!?」

 

致命傷を受けた妖魔はあまりの実力差にあり得ないモノ見るような目で女性を見上げる。それを不快に思ったのか、女性の足が妖魔の後頭部を踏みつけた。

 

「ぐぎゅあッ」

 

瞬間、ゴキッという鈍い音とビチャリという水を撒いたような音が重なって聞こえた。石畳と鉄製の靴に挟まれた妖魔の頭が圧力に耐え切れず砕け散ったのだ。

 

「きゃっ!?」

「うわっ」

 

漏れ出た脳髄と鮮血が道を赤く染める。妖魔の凄惨な最後に町民達が悲鳴を上げた。しかし、そんな周囲に女性は特に興味を示さずにただ濁った体液が石畳を赤く濡らすのを見つめていた。

 

「…………」

 

それから、暫しの間、感情の読めない目で妖魔の遺体を見つめた女性だが、彼女はおもむろに視線を上げると大剣を振り払い血を落とした。赤い飛沫が町人達に掛かるが、彼等は震えるばかりで文句の一つも言えなかった。

 

「仕事は成した」

 

大剣を背負いそう言い放つと女性が町の外へと歩き出す。

 

「お、お待ち下さい」

 

そんな女性に慌てた声が掛けられた。この町の町長だ。彼は小走りで近付くと重そうな皮袋を女性へ真っ直ぐ差し出した。

 

「こ、こちらが今回の報酬です」

 

「ああ、それはいらんよ」

 

振り返りそう町長に告げる女性、妖魔を斬り殺した直後にも関わらず感情を読めない人形のような微笑は、町長が震え上がるほど冷たく美しかった。

 

「後から怪しい黒服が回収にやって来る。報酬はそいつに渡すといい」

 

「は……はい」

 

それだけの情報では渡し間違える。そう、町長は思ったが、口から出たのは短く掠れた肯定の言葉だった。

 

受け渡しの疑問よりも、町長は早くこのクレイモアに町を出てもらいたい、そう町長の心が体に訴えた結果だろう。

 

「…………」

 

女性はもう良いな、と無言で周囲を見回した。その視線から町人達は目を逸らす。どうやら質問はないらしい。女性はマントを翻し歩みを再開、凍りつく空気を気にせず今度こそこの町を後にした。

 

 

 

 

町を出てしばらく、女性は淀みない歩調で進んでいたが、不意にその足を止めた。進行方向から黒ローブを纏う人間が現れたからだ。

 

「終わったか? テレサ」

 

止まった女性ーーテレサに接近し、黒服が問いを投げかける。そんな黒服にテレサは興味無さげな目を向けた。

 

「それを問う意味があるのか?」

 

「フッ……確かに歴代最強の戦士に言うセリフではなかったな」

 

黒服の称賛の言葉にやはり興味がないのか、テレサは軽く流して話を促す。

 

「それで、お前が来たという事は次の任務か?」

 

「ああ」

 

「ふーん、内容は?」

 

あまり乗り気に見えないテレサの様子に黒服は苦笑を漏らした。

 

「粛清任務だ」

 

「粛清?」

 

珍しい内容にテレサの眉がピクリと動く。

 

「ああ、対象は十二年前、組織襲撃のどさくさに紛れて逃亡した元ナンバー3のアガサと元ナンバー10のラキアだ」

 

「……ああ、そんな奴らも居たな」

 

印象が薄く顔が出てこないが、確かにその名には聞き覚えがあった。特にアガサには何かしらこのとでバカにされた様な気がする。

テレサはアガサとラキアの顔を思い出そうとし、ちょうど、同時期に失った二人の顔が頭をよぎり小さく顔を歪めた。

 

「どうした?」

 

「……いや、なんでもない。それでそいつらの似顔絵はあるか?」

 

苦い思い出に蓋をし、テレサが聞く。それに黒服は首を小さく横に振った。

 

「いや、ない」

 

「そうか、なら、他を当たれ。顔が分からん」

 

「……会った事がなかったか?」

 

不審そうに黒服が問う。嘘をついたと思ったののだろう、実に心外な事だ。

 

「会った事はある……だが顔を覚えていない」

 

きっぱり言い切るテレサ、その言葉に嘘がないと判断したのか、黒服は疑念混じりの顔から一転、顔一面に呆れを浮かべた。

 

「……足並みを揃えろとはまで言わんが、同じ戦士なのだから面識があるなら顔くらい覚えろ」

 

黒服からの忠告にテレサが小さく息を吐く。

 

「そう言うなよ、会ったと言っても十年以上前に一度きりだ。しかも、丁度、そいつらの百倍印象に残る奴らと戦ってたんだ、頭に残るわけがないだろ? むしろ名前に覚えがある事が奇跡だな」

 

最初の敵にしてテレサのそれなりに長い戦士生活の中でも断トツで強い覚醒者ーーダフルとリフルはそれだけ印象深い相手だった。

 

あの戦いは今でも良く覚えている。自分がアレだけ手古摺ったのは後にも先にもあの二者だけなのだから。

 

「そういう訳だ、仕事を振るのは構わんが似顔絵でも用意してくれ」

 

「………はぁ」

 

悪びれもしない明け透けなテレサの態度に黒服が溜息を吐いた。

 

「今の戦士で奴らの顔を直接見た事があるのはお前だけなんだがなぁ」

 

「そいつは残念だったな、まあ、この手の任務は慣れてないから振られても時間が掛かる。それに、そいつらはとっくに妖気が消えてるだろうからな顔が分かっても探すのは難しい。だから失敗しても文句は言うなよ」

 

あんまりな物言いだが、テレサの判断は妥当だった。数年間、妖力解放しないで過ごした戦士は妖気を発しなくなる。それは次、妖力解放するまでの限定的な状態に過ぎない。だがアガサ、ラキアは共にそれなりの実力を持っている。

 

そんな者達が任務がない現状で妖気解放する事態など稀だ。故に、今、二人は高確率で妖気を感じない。いや、リフル一派の襲撃により一時的に組織の機能が麻痺した事を差し引いても十年以上も粛清を逃れていたのだ、確実に今、二人は妖気を発していない。

 

そして、妖気感知という広範囲を探索する術を使えない現状で、視覚に頼り逃げ隠れする戦士を見つけ出すのはテレサからしても困難極まりない、もし、フードなどで顔を隠されたらお手上げだ。

 

「なんだ、見つける自信がないのか?」

 

「出来る事と出来ない事の区別くらいつくさ、というか粛清なんて別に任務にして特定の奴に振らないで、戦士全員に似顔絵配って見つけ次第殺せそうなら殺せとでも言っとけば良いんじゃないか?」

 

「そうか……では、この任務は他の者に振るとしよう」

 

「私の話を聞いていたか?」

 

「ああ、聞いていたとも。だから、この任務はお前ではなく他の者に振る」

 

「……あてがあるのか?」

 

「ふふ、何も手掛かりは顔と妖気だけじゃない……例えば臭いとかな」

 

「そうか、でも匂いねぇ、犬かそいつは」

 

「はは、犬か言い得て妙だな、確かに奴は犬のように組織に忠実だな……まあ、この話はもういい、お前には別の任務をやる」

 

黒服がローブの内側から巻かれた皮用紙を取り出した。担当の戦士に振る依頼の一覧だ。

 

「別に無理にくれなくてもいいんだが?」

 

「ナンバー1を遊ばせとくなんて勿体無いだろ……良し、次の任務はここから西に歩いて二日、テオの町からの依頼だ」

 

「はいはい、それで他に情報は?」

 

「欲しいのか?」

 

その黒服の言葉に、そう言えば要らないなとテレサは思った。

 

「ん? ……いや、別に」

 

「そうだ、お前のやる事は変わらない。妖魔が何匹いようが相手が覚醒者だろうが同じだ。見つけて殺せ……それだけだ」

 

話は終わりだ。そう、示すように皮用紙を懐に仕舞い、黒服がテレサに背を向け歩き出した。

 

「はいはい、了解、ボス」

 

去って行く黒服にやる気なさげな敬礼をしたテレサ、彼女は懐から一つの飴玉を取り出しそれを口に放る。口の中を飴玉が転がる度に甘味が広がる。

 

「……テオの町か」

 

まだ行った事のない町だった。テレサは腰のポーチから地図を取り出し、さっと目的地を確認する散歩するような足取りで歩き出した。

 

 

 

 

カァン、っと小気味好い音と共に縦に薪が割れ、二つに別れたそれが切り株から転がり地面に落ちた。

 

「……あ〜暇ねぇ〜」

 

切り株に腰を下ろしたアガサが愚痴をこぼす。時間が余って仕方がない。まだ、正午にもなっていないのに今日のノルマが終わってしまった。別に労働に勤しむ気はないがやる事がないのは正直辛い。

 

手持ち無沙汰を紛らわす様にアガサは斧代わりに使っていた大剣を見つめる。戦士時代からの相棒は未だに刃毀れ一つなく、その刀身に映る自分の姿もまたこの大剣を得た日から大差ない姿をしている。改めて自分が人間ではないと実感した。

 

「…………はぁ」

 

なんとなく憂鬱になる。そんな気分が溜息として漏れた。何か面白い事はないものか? 大剣から視線を外したアガサが東の空を見上げた。

 

組織を離れてから既に十年以上が経過した。当初、強力な追手から逃げ続ける過酷な生活を想像していたアガサだが、蓋を開けてみれば逃亡生活は平和そのものであった。

 

その理由は組織の匂いがしない土地ばかりを選んで移動した事でも、大量の妖気を消す薬を持っていたからでもない。

 

そんな、平和を送れた訳、それは組織に離反者を追う余裕がなかったからだ。途中で逃げ出し為、詳細は分からなかったが、あのリフル一派の襲撃が余程堪えたのだろう、然もありなん、アガサは半ば本気で組織が潰れると信じていた。それくらいリフル達の戦力は圧倒的で歴代屈指のナンバー1、流麗のヒステリアが居てもどうにもならない脅威だった。

 

そして、そんな襲撃があったにも関わらず組織が壊滅しなかった理由は明らかだ。あの異常に強い訓練生ーーテレサが居たからだ。

 

「…………」

 

襲撃から十年以上が経過している。例え、当時の一桁ナンバー全てが襲撃で消えていたとしても、テレサを筆頭に既に新たな戦士達が台頭している頃だろう。つまり、もう戦力的にアガサを追う事は可能なのだ。最悪、テレサがやって来るかも知れない。今はアガサにとってあまり良くない状況と言えた。

 

「……暇過ぎて死にそう」

 

しかし、それが分かっていながらアガサに危機感はなかった。今更追手など来ないだろうし、例え来たとしても年月を経て妖気が消えた自分を探し出すことは出来ない。そう、アガサは楽観している。

 

だからこそ、アガサは暇なのである。

 

「はぁ、やる事ないのがこんな苦痛だなんて知らなかったわ」

 

「なぁに、独りで喋ってるんですか?」

 

またも漏れた独り言、それに応える声が背後からやって来た。無造作にアガサが振り向く。そこに居たのは一人の女だ。そこらの村娘のような、それでいてよく見ると動き易いように改良された服を着た女。同時期に組織から逃げ出した戦士ーーラキアだ。

 

肩口で切り揃えられた銀髪を揺らし自分に近寄るラキア。そんな彼女を見てアガサは思った事を口にした。

 

「絶望的に似合わないわね、その服」

 

別に、嫌味で言った訳ではない。ただ本気で似合っていない。村娘ですよ〜と主張する普通の服に対して銀髪銀眼は少しばかり異質過ぎた。まあ、アガサの中で銀髪は戦士という固定観念が強いせいかも知れないが。

 

「仕方ないでしょう、銀髪に合う服なんて少ないんですから」

 

アガサの言葉にラキアはジト目でそう返す。お前も似たような服着てるだろ、と。その目が語っていた。

 

「それで、まだお昼前なのにそんな黄昏ちゃってどうしたんです?」

 

「黄昏もするわよ、だって暇なんだから」

 

左手で薪の一本を弄りながらアガサが言う。

 

「じゃあ、前倒しで今日の訓練でもします?」

 

「あ〜、訓練はいいわ、面倒くさい」

 

「……あんまり、気を抜いてると何処かで痛い目見ますよ」

 

「はは、大丈夫でしょ」

 

申し訳程度に周囲を探りながらアガサは言った。ここ数年、妖気感知を鍛え続けている、その方面で優秀だったラキアの指導もありアガサは戦士時代よりも格段に感知出来る範囲を伸ばしている。だからこんな適当でも索敵範囲は並みの戦士より広いのだ。

 

「ーーほら、近くに妖気は感じないでしょ? 仮に戦士か覚醒者が来たとしてもこっちは妖気が消えてるんだから向こうが気付く前に逃げれるわよ」

 

「……まあ、そうなんですけどね」

 

消極的にラキアが同意する。特殊な任務で妖気を消す薬を飲んだ戦士と鉢合わせる事がないとは言い切れないが、こちらは髪を染め変装しているので傍目から外見で元戦士と気付かれる可能性は低い。そもそもアガサとラキアの顔を知る戦士も限られている。

 

そして、もし、粛清者がやって来たとしても逃げるのは可能だとラキアも考えていた。実戦から遠退いた二人だがなにも遊んでいた訳ではない。アガサを見ると若干断言を憚られるが、二人は有事を考え、次いでに有り余った時間を潰す為、毎日の訓練は積んでいる、実力は戦士時代を維持どころか、若干向上している、その確信が二人にはあった。

 

「でも、油断は死に繋がりますよ」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「はぁ……もう、良いです」

 

ラキア諦めた。これは一度痛い目に合わないと治らないだろう。出来れば痛い目に合う時は自分を巻き込まないで欲しい。

 

「それより何か面白い事ない?」

 

「ありませんよ」

 

切り株に腰掛けながら足をプラつかせるアガサに、ラキアは投げやりに答えた。

 

「まあ、そりゃないわよね、同じ生活してるんだから……それにしても普通の人ってこの暇をどうやって潰してるのかしら」

 

特に良い答えを期待していなかったのか、アガサはあっさり話題を変える。そんなアガサの質問に、ラキアは少し考えてから答えた。

 

「…………むしろ暇なんてないんじゃないですか?」

 

半妖と普通の人間は違う。一日三十分も眠れば充分で大きな怪我を負わねば数日食事を抜いても問題ない半妖に対し、人間は食事睡眠に多くの時間を費やさねばならない。ここに日々の労働が加われば暇な時間は殆どなくなる。

 

殆どの人間は退屈を感じる間も無く日々が過ぎ去っていくのだろう。

 

「ああ〜、そういえば普通は毎日食事と睡眠が必要なんだっけ?」

 

「何言ってるんですか、昔は私達もそうだったでしょうに」

 

「まあ、ね。でも昔過ぎて忘れたわ」

 

「……確かにそうですね」

 

「ええ」

 

「…………」

 

「…………」

 

話題がなくなった。

 

当たり前と言えば当たり前だ。山奥での二人だけの生活、それで何を語れと言うのだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

黙った二人の間を風が吹き抜ける。木々の葉が揺れ、サワサワと音を立ててこすれ合う。耳を澄ませば鳥の囁きが聞こえる。繁殖期の為か、鳴き声の質少し違う。空は晴れ渡り、輝く太陽が天から森を照らしている。

 

そんな大自然を前に二人は思った。

 

ーー実に退屈だ、と。

 

「……本当になんか面白い事ない? このままだと暇に殺されそうなんだけど」

 

「それは大変ですね、では組織に特攻でもしたらどうです? 少なくとも暇には殺されませんよ」

 

「それのどこが面白いのよ」

 

「傍目から見る分には中々面白いかも知れませんよ?」

 

「……趣味悪いわぁ」

 

精神を疑うような目で見てくるアガサに、ラキアは冗談ですと肩を竦めた。

 

「なら、面白いかは分かりませんが、買い物なんてどうですか? ちょうど塩が切れそうなんですよ」

 

「ああ、それは良いわね」

 

アガサは手に持った薪を倉庫に放り投げ立ち上がった。

 

「今すぐ行きましょう、次いでにお酒も飲んで来ない?」

 

「良いですね、久しぶりに飲みますか。あ、でも町に行くならちゃんと髪を染めないとダメですからね」

 

ラキアの忠告を聞いた途端、動きを止めて顔を顰めたアガサ。

 

「……あれ、ベタつくから嫌なんだけど」

 

どうやら染める気がなかったらしい。

 

「濃く塗り過ぎなんですよ、銀髪には見えない程度の軽い染めで良いですからして下さい」

 

「……染めなくてもフードを被ればいいでしょ」

 

「真昼間から深くフードなんて被ってたら、私は不審者ですよ〜、やましい事してますよ〜と宣伝してるようなものじゃないですか」

 

それに不審者は買物でも酒場でも足元見られるんですよ、とラキアは続ける。

 

「あ〜、でもお金なら結構あるでしょ、少しくらい多めに払っても大丈夫じゃない?」

 

アガサとラキアは二度ほど戦士のフリをして妖魔を倒し街を救った事がある。その際の謝礼がまだかなり残っていた。だから多少ボッタクられても問題ない、そう言って尚も食い下がるアガサにラキアは首を横に振った。

 

「ダメです。節約出来る時にしないといざという時に無くなります。それに怪しい奴だと思われたくもありません、気持ち良く飲めないじゃないですか」

 

「むぅ……分かったわよ」

 

確かに不審者扱いは気分が悪い。ついに折れたアガサが渋々といった様子で立ち上がると櫛と髪染めを手に井戸の方へ歩き出した。そんな子供っぽいアガサにラキアは苦笑を漏らした。

 

 

 

 

髪を染めて出発、隠れ家から走って三十分、アガサとラキアはルボルの街に来ていた。山間に有りながらも聖地ラボナにほど近いこの街は南からやって来る巡礼者が立ち寄る事も多くそれなりに栄えている。

 

四方を山に囲まれたルボルは物価がやや高いが、逃げ隠れするのに適しており、聖都が近い事もあり大陸でも特にクレイモアに対する風当たりが強い。その為、組織の影響力も少ない。アガサ達にとってこの街は絶好の補充地点だった。

 

「はぁ、予想外でしたね」

 

「ったく、ムカつくわ」

 

残念そうなラキアの言葉、それにアガサが不機嫌な顔で答える。道中にトラブルはなかった。天気が良く、戦士、妖魔、覚醒者の妖気を一度も感じなかった。ルボルに到着してからの買物もスムーズかつ不良品を掴まされる事もなし、此処までは実に順調だった。

 

ーーしかし、問題はここからだった。

 

なんと街の酒場が巡礼者の一団により貸切状態となり使えなかったのだ。

 

「巡礼者が昼から酒なんて飲むなっての」

 

不貞腐れて愚痴るアガサ、よほど酒を楽しみにしていたのだろう隣を歩く彼女は態とらしく足音を立てて苛立ちを発散させていて、そんな彼女の態度にラキアは苦笑を深めた。

 

「まあ、ラボナに着いたら巡礼者はお酒を飲めませんからね、飲める内に飲んどきたいんでしょう」

 

「それにしたって今から聖地に洗礼に行こうって奴らが酒浸りってどういうことよ」

 

「巡礼者って言っても人間ですからね……それにあの人達は巡礼の旅が出来るくらいお金に恵まれた人達ですから、むしろ普通の人より欲が強いんじゃないですか? 私達を怪しい目で見てましたし」

 

酒場で向けられた視線を思い出し、肩を竦めたラキアが、お酌をするなら酒場に入れたんじゃないですかね、と続けた。

 

「冗談、良い男ならまだしも酒臭いおっさんの相手なんてゴメンだわ」

 

「はは、そうですよね、でも、求めてくれるだけマシじゃないですかあんな視線を向けられるなんて戦士時代なら考えられませんでしたよ」

 

「ハッ、あんなハゲ達に求められても寒気がするだけよ…………で、どうする? しばらく酒場は使えなそうだけど」

 

微妙な表情でアガサが言った。その顔から読み取れる内容は『酒は飲みたい、だが、待つのは嫌だ』と言ったところか? 長年の付き合いからラキアはそう判断した。

 

「そうですねぇ……」

 

ラキアは自分の背負う荷物を見る。調味料に長期間保つ嗜好品、それから趣味の裁縫に使う布と糸……そして、念の為持って来た大剣とそれを隠す大きなバック。こんな大荷物で長時間街をぶらつくの目立つ事この上ない。

 

「……残念ですが、荷物もありますし今日はもう帰りませんか? なんでしたらお酒は明日でも来れば良いですし」

 

「……うーん」

 

ラキアの提案にアガサは考える素振りをする。それから数秒、諦めがついたのか残念そうに顔で頷いた。

 

「まあ、仕方がないか。買物だけでも多少の気分転換になったし、今日は帰りましょう」

 

お酒は明日飲めばいい。不貞腐れて落としていた目線を上げ、アガサが同意した。

 

ーー丁度その時。

 

「見つけました」

 

二人の背後から声が掛かる。

 

「「…………」」

 

慌てず騒がず、しかし、素早くアガサとラキアが振り返る。そこには清潔そうなローブを着た一人の少女がいた。

 

「なっ」

 

少女の姿を確認し、アガサが小さく呻く。見えたのだ。半妖由来の優れた視力がローブの奥に隠れた瞳と髪の色を暴いたのだ。

 

ーー暴かれた色、それは銀。

 

そして、その配色が示すのは。

 

「初めてお目にかかります」

 

軽い挨拶と共に少女がローブを脱ぎ捨てる。途端に往来を歩く人々の目が少女に集中した。

 

「私、最近ナンバー2の印を受けたプリシラと言います」

 

そう言って少女ーープリシラは露わになった銀の双眸を鋭く細め、流れるように背にした大剣を引き抜き、そして。

 

「ぶしつけで申し訳ありませんが、お二人の首をいただきにまいりました」

 

真っ直ぐと、その銀の切先を二人に向けた。

 




ピンチですね(他人事

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