天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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……アガサちゃんの勇姿をご覧下さい。


第32話

歩いて二日、そう言われた通りテレサがテオの町に着いたのは二日後の事だった。

走ればもっと早く着いたし、もしかしたら犠牲者を減らせたかも知れない。

 

しかし、それが分かっていながらテレサはのんびり歩いた。テレサは妖魔が斬りたくて仕方ないタイプの戦士ではないし、正義感に溢れても居なかったから。

 

そもそもテレサは大して人間が好きではない、むしろ嫌いとも言っても過言ではなかった。

 

なにせテレサにーーいや、戦士に向けられる人々の視線の殆どに軽蔑と恐怖が滲んでいたから。別に感謝など求めていないが、大金と引き換えとはいえ一応は命を救っているのだ、組織や戦士を不気味に感じる感情も理解は出来るが、もう少しマシな対応をしてはどうだ? と戦士に成り立ての頃、何度となく思った。

 

まあ、それは昔の事、時を経て大人になった今は人々の態度に思う所はなく、納得すらしている。

 

ただ、それでも一度嫌いになった対象を好きになる事が出来ず、今日、テレサは向けられた態度に相応な態度で仕事に臨んでいる、そしてそれは多くの戦士が同じだった。

 

 

 

「……さて」

 

呟いて、テレサが町に入る。ここに来るまでに感じた妖気は七つ、いずれも弱小な妖魔のものだ。弱過ぎて遊べそうにない。

 

最近、あまりに歯応えのない相手ばかりなのであえて一撃で仕留めずに戦うゲームをしていたがそれも前回で飽きた。

 

こういう時は。

 

「(さっさと終わらせて寝るか)」

 

テレサは目視と妖気の位置で七匹の妖魔を一瞬で見つけ。

 

そして、動いた。

 

軽い一歩で人々と妖魔の動体視力を置き去りにすると、最寄りの妖魔を両断、更に未だ人間に擬態している三匹を立て続けに斬り捨て一時停止。

 

街に悲鳴が響き渡る。随分と反応が遅い。おそらくここは平和ボケした町なのだろう。そうテレサは思った。

 

ここで、妖魔に動きがある。このままではマズイと焦りだしたのか、残り三匹の妖魔の内二匹がようやく戦闘状態になった。最後の一匹はやり過ごすつもりか? 人間に擬態したままさりげなく幼い少女を盾にしている。まだ気付かれていないと思っているらしい、実に浅はかで愚かな事だ。

 

「遅いんだよなぁ、私の姿を視認した瞬間から全力で備えなきゃ」

「「グギァアッ!」」

 

酷薄な微笑と共に思った事を口にするテレサ。そんな彼女の話が終わる前に二匹の妖魔が襲い掛かっていた。一応奇襲するくらいの頭はあったらしい。だが、その動きはテレサから見てあまりに遅過ぎた。

 

「……フッ」

 

妖魔のトロさに憐れみ混じりの失笑を漏らすテレサ。彼女は迫る攻撃を楽々回避し、そのまま擦れ違い様に大剣を二振り、それだけで妖魔は真っ二つに斬り分けられて絶命した。

 

「もし生まれ変わったら次はもっと工夫するんだなーーまあ、もっとも」

 

再び、人々と妖魔の目からテレサが消える。

 

「お前たちじゃ何をどう足掻いても結果は変わらないだろがな」

 

テレサが少女を盾にする妖魔の背後に現れた。そして、その時には既に攻撃は終わっている。

 

次の瞬間、妖魔の身体が正面の皮一枚残して二つに開く。

 

縦に破られた妖魔の身体から大量の血肉が溢れる。それに当たらぬようにテレサは横に一歩ズレた。

 

「本当にめでたい町だ……七匹もの妖魔にいいように居座られているとはな」

 

そう言って笑うテレサ。

 

ーーそんなテレサを一人の少女が見つめていた。

 

 

 

 

街の往来は予期せぬクレイモアの出現に騒ついていた。だが、それ以上にアガサとラキアは混乱していた。なにせこの距離でも妖気を感じないのだから。

 

「(薬で妖気を消している? いや、彼女の目は銀色。薬を使えば一時的に銀眼は失われるはず、私達と同じ時間経過で妖気を消した? ……いや、それよりも今はどう対応するか考えなきゃ)」

 

ラキアが脳内で妖気を感じない理由の候補を挙げていくが、それよりも重要な事を思い出し、アガサにアイコンタクトを取る。

 

「ナンバー2ですって?」

 

しかし、ラキアの視線に気付かずに、アガサの口からそんな呟きが漏れた。

 

「(ああ、余計な事を!)」

 

動揺したせいだろう、アガサもそれを口にしてからすぐに『しまった』という顔をしていたから。そのアガサの行動にラキアは内心頭を抱える。たった今、白を切るという選択肢が消えたのだ。

 

最初にナンバー2という言葉に反応したのがいけない。なにせ、クレイモアが自分の首を取りに来たという、一般人からしたらあり得ないレベルでヤバイ内容を差し置いて、組織関係者以外には何を指すのかよくわからない言葉に注目したのだ。もう、『はい、自分が粛清対象で合ってます!』と名乗り出たようなものだ。

 

ーーその証拠に。

 

「やはり、アガサさんとラキアさんで間違いないんですね?」

 

鋭いながらも僅かに揺れていた瞳が、敵意一色に染まっている。プリシラの目は既に二人がターゲットだと確信していた。

 

「……ごめん、ミスったわ」

 

これはもうダメだ。そう、理解し開き直ったアガサが荷物を捨てリュックから大剣を取り出した。そんなアガサにラキアは溜息を吐いた。

 

「……はぁ、次は気を付けて下さいよ」

 

事ここに至っては仕方がない。そもそも誤魔化せる可能性は低かった、そう思いラキアは気持ちを切り替えると、アガサと同じく荷物を捨てる。勿体無いが我慢だ、荷物を惜しんで命を落とすなど馬鹿らしい。

 

ラキアは右手で大剣を構え。フリーの左手でアガサの背を叩いた。それは予め決めていたボディタッチによる意思疎通、そしてこれは。

 

「(戦いますか? それとも逃げますか?)」

 

という内容の質問だった。

 

「…………」

 

プリシラから目を離さぬまま、アガサはほんの数瞬考えると、靴の間を詰めるように爪先で地面を二回叩いた。それが意味するのは『戦闘』だ。

 

「…………」

 

逃亡よりも危険を伴う選択、しかし、その意見にはラキアも賛成だった。ここでプリシラを倒すのがベスト、少なくともそうラキアは思っている。

 

妖気を感じない事、二人に対する追手なのに組織に一人で送り込まれた事、そしてナンバー2という肩書き……確かに、プリシラは色々と厄介そうな相手である。だが、ここで逃げては次は仲間を連れて自分達の前に現れるかも知れない。

 

今日遭遇したのは偶然でたまたま、本当に運が悪く鉢合わせてしまったなら良いが、甘い想定はしない方が無難だ。おそらく組織は妖気が消えた戦士を探す方法を確立している。ならばここで逃すのは悪手、削れる内に少しでも組織の戦力を減らすのが今後の生存に繋がる。

 

そして、更に言えば、確率はやや低いがこちらを追う事が出来るのがプリシラだけという可能性もある。もし、プリシラが特別で自分達を見つけた方法が彼女にしか出来ない事だとしたら尚更逃がせない。ここで彼女を消せば追われる心配が一気に減るのだから。

 

「(だからこそ、一般人を装って後ろからズブリといきたかったんですけどね)」

 

ラキアはアガサの背中を恨めしそうに見た後、腰の辺りを二回叩く。自分も戦う事に賛成だと伝えたのだ。そのままラキアはアガサの斜め後ろに移動すると暫く此方を伺っていたプリシラに質問を投げかけた。

 

「プリシラと言いましたね、一つ聞きたいんだけど、どうやって私達を見つけたの?」

 

嘘を吐くか黙秘か、何にしてもまず答えが返らない質問だ。しかし、聞くだけならタダである。少しでも答えが返る可能性があるなら聞く価値がある。例え嘘を言われても何かしらの手掛かりが掴めるかも知れないし。

 

「匂いを追いました」

 

などと思っていたのだが、プリシラはあっさりと答えた。ついでに彼女は腰のポーチから二枚の布の切れ端を出して掲げる。その切れ端は戦士の衣服の一部に見えた。

 

「…………」

 

プリシラの声色、表情、行動からは嘘を吐いたように見えない。七割方本当の事を言っている。これで妖気さえ読めれば嘘ではないと断言出来たのだが少々残念であるが、これが本当なら朗報だ。

 

人間を超えた五感を持つの半妖だが、匂いのみを辿り遠くの相手を探すなんて真似はまず出来ない。つまり、プリシラが特別なだけの可能性が高く、他の戦士は自分達を探せない。

 

ここで彼女を倒せれば見返りは大きい。

 

ーーしかし、それにしても。

 

「あっさりと教えてくれるのね」

 

ラキアが疑問を述べた。そこが少しラキアには引っかかる。嘘を吐いていないように感じるのに情報を漏らすのになんの躊躇もないのだ。

 

「そんなに重要な事じゃないので」

 

「…………」

 

この言葉にも強がりや嘘の類は感じられない。しかし、まあ、プリシラが言った内容は大切でない筈がない。此方を追う方法が分かったなら対策が立てられる。例えば匂いならばある程度消す方法が思いつく。

 

「はぁ? 重要じゃない? そんな訳ないでしょ」

 

アガサはこの情報の大切さが分かっているのだろう、それを簡単に教えたプリシラの顔を呆れたように見た。

 

「それよりも私もお二人に聞きたい事があったんです」

 

しかし、そんなアガサの眼差しを物ともせず、プリシラが真っ直ぐ二人に問うた。

 

「なぜ、組織を守るという重大な任務を放棄して逃げたのですか?」

 

「なぜって、そりゃ、逃げなきゃ死ぬような状況だったからよ、なんで逃げたか聞いてないの?」

 

「聞いてます、組織に深淵の者が攻めて来た時に逃げ出したと」

 

「なら、理解出来るでしょ」

 

「いえ、出来ません」

 

「はぁ?」

 

コイツ馬鹿か?……アガサの顔はそんな事を思っている風だった。

 

「だってそんなの普通の事じゃないですか、私たちの任務はどれも死と隣り合わせでしょう?」

 

「……あんたはあの場に居なかったから分からないだろうけど、アレは特別危険だったのよ」

 

あの敵をあの妖気を知らないから言えるのだ。そう続けるアガサの顔に青筋が浮かんでいる。あの状況を普通の任務と一緒にされたのがイラついたのだろう、かく言うラキアも体験もせずにアレを普通などと称して貰いたくなかった。

 

「それでも逃げるべきじゃなかった。組織が潰れてしまったら誰が妖魔を倒すのです?」

 

「…………」

 

「…………」

 

その言葉に、アガサとラキアは黙り込む。誰も倒せはしないだろう。妖魔は未だしも覚醒者を倒せる人間など存在しないと断言出来る。

 

「私たちの役割は人々の平穏のために妖魔を殲滅すること、そのために自らの命を削り戦うのです」

 

自明の理を語るかの如く、プリシラがスラスラと自分の意見を……いや、組織の建前を口にする。それは確かに正しいように聞こえた。

 

しかし、それは組織と人々にとって正しいだけだ。ラキアとアガサにとっては正しくはない。

 

「それなのに、その私たちが危険だからと逃げるなんて、組織が今まで築き上げてきた人々の信頼を失う許されざる行為です」

 

「……人々の信頼ですか」

 

ラキアは小さく漏らすと、意識をプリシラに向けたまま、サッと事の顛末を見守る周囲を見回した。人々の反応の大きさは様々だが、どう見てもクレイモアを好意的に見ている視線はない。

 

「そう、人々の信頼です」

 

だが、どうやらプリシラにはこの視線が信頼に見えるらしい、随分と組織に刷り込まれたものである。

 

「ですから申し訳ありませんが、組織の命に従い、お二人の首をからせていただきます」

 

話はこれまでプリシラは膝を曲げ、左脇に抱えるように大剣を構えた。その場の緊張が高まる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

そして、数秒後、プリシラが動いた。

 

低い体勢で一気に接近したプリシラが上体を起き上がらせながら大剣を斜めに斬り上げる。狙いはアガサだ。

 

「フン」

 

鼻を鳴らし、アガサが迎撃に移る。彼女は自分に向かって来るのを良い事に、両足を開きどっしりと構え腰の捻りを最大限利用した袈裟斬りを放つ。アガサ渾身の一撃だ。

 

高速の大剣同士が二人の中心で接触。その瞬間、甲高い激音が鳴り響き、民家のガラス窓が大きく震えた。

 

「うわぁ!?」

 

大剣の交差が生んだ衝撃に町人の悲鳴を上げる。

 

しかし、声を上げたのは町人だけではなかった。

 

「ぐぅ!?」

 

アガサの口から苦悶が漏れる。腕を痺れさせる重い手応え、斬撃の威力で負けた彼女が大きく後方に飛ばされた。しかし、そんなアガサに対しプリシラは全く振れずに斬撃を終えている。アガサの斬撃を物ともしないその姿は彼女が圧倒的パワーと驚異のボディバランスの持ち主だという事を如実に示していた。

 

「…………」

 

アガサに打ち勝ったプリシラ、そんな彼女の目に銀の切先が映る。ラキアの大剣だ。手加減抜きで手心無し、攻撃直後の硬直を狙った一撃。それが真っ直ぐとプリシラ目掛けて突き進む。

 

ーーしかし、当たらない。

 

胸の中心を抉る筈の切先が横に逸れた。剣の柄から離したプリシラの左手、その手首に装備された籠手が大剣の腹を叩き、刺突の軌道を逸らしたのだ。更にその直後。

 

バキボキと骨が折れる嫌な音が聞こえた。

 

「ガハッ」

 

ラキアの口から鮮血混じりの呻き声が漏れた。見ればプリシラの膝がラキアの腹にめり込んでいる、刺突の対処と同時に放ったカウンターだ。

 

足が地を離れ、くの字に曲がって吹き飛ぶラキア。そんな彼女を追ってプリシラが地を蹴った。即座に間合いを詰めたプリシラが未だ地に降り立てないラキアに大剣を走らせる。直後、凄まじい衝撃がラキアの身体を貫いた。

 

「ぐぅう」

 

辛うじて大剣を引き戻して盾にするが、まるで威力を削れなかった。無理な体勢で受けた左腕がへし折れ、大剣の腹と接していた左肩が陥没する、衝撃は肩を伝い内臓へと及び一瞬だが心臓すら停止した。そのまま彼女は小石のように弾き飛ばされてしまう。

 

数秒間、地面と平行に飛んだラキアが重力に引かれ地に接触、大きくバウンドし、ゴロゴロとボールのように転がる。そんな回る視界の中にプリシラの姿が大きく映った。彼女は肩に担ぐように持った大剣を今にも振り下ろそうとしている。

 

ーー回避は出来ない。

 

そして、次の瞬間、死を覚悟したラキアの視界に二筋(・・)の銀閃が走った。鋼を打った大きくも澄んだ音がラキアの耳を鳴らす。

 

「早く立ちなさい!」

 

そんな声と共にラキアの視界にアガサの背中が現れすぐに小さくなる。まだ、勢いが止まらないのだ。そのままラキアは街を囲う塀へと激突、それでようやく動きを止めた。

 

「ッ……」

 

ダメージで息が詰まる、身じろぎする事すら苦痛だ。しかし、このまま蹲っているわけにもいかない。ラキアは震える手足に力を込めてなんとか立ち上がる。

 

しかし、そこが限界だった。鉛のように重くなった身体は一歩として足を動かす事を許さない。ラキアは大剣を杖に身体の回復を待つ。その間にもアガサとプリシラは激しい剣戟を繰り広げていた。

 

「こ、こいつッ!」

 

いや、繰り広げていたというのは語弊がある。ダメージで揺れる視界に映るアガサは凌ぐのがやっとの様子。彼女は一方的に打ち込まれる斬撃を必死の形相で捌いていた。

 

「…………」

 

大きな妖気を感じる。久しく忘れていたアガサの妖気だ。しかし、それに対しプリシラからは相変わらず妖気を感じない。これはつまり、アガサは妖力解放しても無解放のプリシラに及ばないという事だ。

 

一振り、二振り、三振り、一手毎にアガサの劣勢が強まる。その身には既に幾つもの傷が刻まれていた。防御に徹してすらコレだ。これは早く加勢に入らなければアガサが殺られる。

 

今後の逃亡が難しくなるがそうも言ってられない。一瞬の躊躇の後、ラキアも妖気を解放する。ダメージが高速で抜け、傷が癒えていく。そして数秒後、走れるだけ回復したラキアが無理を押して地を蹴った。

 

不自然に身体が揺れる、まだ足がガタつき解放前よりも速度が遅い。たったの一撃でこのザマとは。甘い想定を軽々と超えたプリシラの圧倒的力にさっさと逃げればよかったと後悔する。どうやらアガサの油断癖が移ってしまったらしい。自分もこの十二年で随分と物事を楽観的に考えるようになってしまったようだ。ラキアはこの場を生きて逃れたら、早急にこの癖を治すと誓った。

 

「ハァッ!」

 

転がされて空いた距離を大回りで詰め、ラキアがプリシラの背後から斬り掛かった。

 

斜めに走った大剣がプリシラに迫るがその斬撃は視認すらせずに回避されてしまう。当然だ。こんなコンディションで放つ攻撃、このレベルの相手には軽く対処される。

 

だが、それで良い。そんな事は分かっていた。

 

ラキアの攻撃を避ける動き、それにより一旦プリシラの猛攻が止む。そう、これが狙いだ。だからあえて攻撃時、より自分に意識が行くように声を出したのだから。

 

「……ッ!」

 

ラキアが作った隙、そこを突き、防戦一方となっていたアガサが反撃に出た。アガサの顔が妖気で歪む、瞬間的に妖力解放率を引き上げ肉体能力を高めたのだ。

 

アガサは素早く腰で溜めを作り、プリシラの軸足目掛けて大剣を振る。鋭くコンパクトに振られた大剣。威力よりも速度を重視した一撃だ。

 

しかし、それよりなお相手は疾かった。プリシラは半歩下がると重心を逆足に移し、地から足を持ち上げる。尋常じゃない反射神経と運動センスだ。

 

「くっ」

 

持ち上げられた足の下を虚しく通過する大剣。攻撃を外した事に悪態をつきそうになったアガサ。そんなアガサの口を止めるように彼女の鼻面をプリシラの爪先が撃ち抜いた。

 

「〜〜ッッ!?」

 

鼻が潰され二つの穴から鮮血が吹き出る。避ける次いでに放たれたとは思えぬ痛烈な蹴撃だ。自慢の顔を台無しされたアガサが大きく後方に吹き飛び、大きく一回転、ビタンと痛そうな音を立てて地面に落ち、そのまま動きを止めた。そんなアガサの妖気は急速に弱まっている。

 

ーー更に。

 

「かはっ」

 

呻き声がプリシラの背後から漏れた。それを発したのはラキアだ。彼女の腹には大剣の柄頭が突き刺さっていた。アガサに合わせて攻撃しようと大剣を振りかぶったのだが、それが裏目に出てしまった。

 

「…………」

 

プリシラが大剣を引く、するとズブリと音を立てて尖った柄頭がラキアの腹から抜けた。すると栓を外したように彼女の腹部から夥しい血が溢れ出す。

 

「…………」

 

プリシラの大剣という支えを失ったラキアが一歩、二歩とフラ付きながら後退、そして六歩目に達した瞬間、切れた人形のようにへたり込んでしまう。その口からはポタポタと涎と血が混じった液体が垂れていた。

 

ーー動けない。

 

動きたいが、動けない、腹が熱く他が冷たい。内臓を潰された、この感覚は致命傷に近い、だが、まだ間に合う。ラキアは限界近くまで妖力解放し、必死に傷口の再生を図る。

 

そんな隙だらけの彼女に向かい、悠々とした態度でプリシラが歩み寄る。

 

「終わりですね」

 

プリシラが言う、その通りだ。

 

「…………」

 

抵抗の術がない。防御タイプのラキアだが、短時間で内臓を再生する事は出来ない。死なない程度に癒すだけでも最低二分は掛かる。

 

どうすればいい? 必死に思考を回し打開策を考える。しかし、有効な策など出て来ない。

 

身体はダメージで動かず、妖力の大半を回復に回して、妖気同調による幻覚を見せる余裕などない、そもそも妖気を感じない相手に同調など出来ないし、口八丁で誤魔化せる状況でもない。アガサに助けを求めようにも彼女の妖気は既に消えて感じない。あの蹴りで脳をやられてしまったのかも知れない。

 

走馬灯のように次々と策が浮かんでは現実の前に消えていく、そして結局、ラキアは何も出来ぬままプリシラが目の前までやって来るのを許してしまう。

 

「…………」

 

プリシラがゆっくりと大剣を振り上げた。陽光を反射した刀身が眩く光る、それはまるで裁きを下す断罪の聖剣の如き輝きだった。

 

「言い残す事はありますか?」

 

最後の情けなのか、プリシラがそう聞いてくる。それは最後のチャンスでもあった。ラキアは少しでも時間を稼ごうと口を開いた。

 

 

「死にたく、ない」

 

しかし、出て来たのはそんな言葉だった。

 

「…………ごめんなさい」

 

そして、刃は振り下ろされる。

 

 

 

鮮血が舞う。続いて真っ赤なシャワーが降り注ぎ、身体を濡らす。それはとても鉄臭く、そして熱かった。

 

「あ、が」

 

口から漏れる意味を成さぬ音、しかし、それは驚いているように聞こえた。

 

 

ーーそう、ラキアには聞こえた。

 

「ゆだん、じだばね」

 

聞き辛いダミ声が耳に届く、それにラキアは上を向く。目に飛び込んで来たのは赤く濡れた銀の切先。それはプリシラの胸から生えていた。

 

「な、んで? 妖気は」

 

大剣を振り下ろそうとした姿勢で、背後から貫かれたプリシラが驚愕の声をあげる。それはラキアも聞きたい。確かにアガサの妖気は完全に消えていた。そして一度解放した妖気を完全に消す事は数年かけねば出来ない。即座にそれをするには死ぬか。

 

ーー薬を飲むしかない。

 

「……あ」

 

ラキアが答えに思い至ったと同時にアガサが大剣を抉りながら引き抜く、更なる鮮血がラキアに降り注ぐ。アガサは抜いた剣を構えた。

 

「ぐ、がぁあ!」

 

顔を歪めたプリシラが叫びをあげ、振り返りながら大剣を振る。しかし、それよりもアガサの方が速い。

 

「あ゛あ゛あ゛ああ、アッッ!!」

 

血を吐くような雄叫びをあげ、アガサが剣を乱舞する。袈裟斬り、右薙ぎ、逆袈裟、銀光が何度も舞い、閃いた刃が肉を裂き、そして。

 

プリシラの身体はバラバラに斬り分けられた。

 






アガサ「所詮は成り立て、私の敵じゃないわ(ドヤ顔)」
プリシラ「(ビキビキ)」

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