天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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ビニール紐「週一更新いけるやん!(フラグ)」


第34話

ーーどうしてこうなった。

 

そう、思ったのは一瞬の事。何故なら答えなんて問うまでもなく分かっているから。そう、自分が悪い、甘く弱い自分が悪いのだ。

 

「…………」

 

テレサは隣の少女を見下ろす。そんなテレサの視線に気付いたのか、少女は無言で、だがニコニコとテレサを見返した。そんな少女の右手はしっかりとテレサの左手と繋がっている。

 

「……はぁ」

 

どうしてこうなった。テレサは溜息を吐いた。いや、本当に理由は分かりきっているのだが。人間、無意味でもこう思わねばばならない時があるのだ。

 

事の顛末を語れば、それほど長くは掛からない。

 

そう、あれはテオの街からの依頼での事だ。近接する町で妖魔を七匹斬った。ここまでは良い。妖魔討伐は五秒で終わる極々簡単な任務だった。しかし、問題はここからだ。最後に斬った妖魔、それが連れていた少女に何故か懐かれてしまったのだ。

 

自分に抱きつこうと突撃を繰り返す少女を華麗に躱し、テレサはコイツはなんだと町長に聞いた。で、町長から返ってきた答えは『良く分からない』だった。

 

町にとっては数少ない子供だろうに、少しばかり冷たくはないだろうか? そんな風に僅かな苛立ちを込めて問うと町長は慌てたように分からない理由を語り出した。

 

なんでも少女はこの町の住人ではなく、妖魔のオモチャ兼非常食として連れ回されていた子供らしい。だから、分からない。しかも、よほど妖魔から酷い扱いを受けたのか、口が聞けなくなってしまったらしく、話を聞く事も出来なかったと町長は零した。

 

そこまで聞き、なるほど、とその時テレサは思った。

 

少女の詳しい境遇は分からない。だが、おそらく自分を救った私を救世主か何かだと考えたのだろう。ならば話は簡単だ。

 

テレサは自分は救世主じゃないと言い捨て、金は他の街から貰っている、礼をしたいならばその少女の面倒を見ろと告げて町を出る。これで問題解決だ。

 

しかし、にも関わらず少女は今、自分の隣にいる。非常に困った事に少女はかなり諦めが悪かったらしい。なんと大人達の手を逃れて自分に着いて来てしまったのだ。まあ、考えるまでもなく厄介払いだろう。町の人間が少女を本気で捕まえようとしなかったのは明らかだ。

 

テレサは苛立った。文句を言ってやろうと思った程だ。だが、テレサは町へ戻らなかった。戻っていちいち話し合うのは面倒だからだ。

 

それで、テレサは走る事にした。まあ、少しばかり気分が悪くなるが、所詮は見ず知らずの子供。それが攫われようが、野たれ死のうが、自分には関係ない。

 

テレサは軽く走って少女を置いて行った。

 

そう、置いて行ったのだ。

 

だが、ここで最大の問題が発生した。なんと、ほんの数歩、走っただけで何故か自分の足が止まってしまったのだ。

 

何故止まる? そう、思ったが足は一向に言う事を聞かない。結果、トテトテと走る少女に僅か一分で追いつかれてしまった。その時の足が動かなくなった感覚。それはまるで張り詰めた見えない紐で自分と少女が繋がっているようだった。

 

それから何度もテレサは少女を撒こうと試みる。しかし、何度やろうとギリギリ人間が視認出来そうな距離まで行くと急に足が鉛のように重くなり、前に踏み出せなくなってしまうのだ。それどころか後方へと強く引かれている気分だった。

 

何故逃げられない? 五度目の失敗を機にテレサは理由を考えた。そこで出て来たのは過去の自分の体験だ。追い掛けるて来る少女に過去の自分を重ねてしまったらしい。テレサは渋々ながらそう結論付けた。

 

トラウマというものだろう。まだ、戦士になる前、最初の実戦折、信頼する相手に逃げられた経験だ。それを思い出した瞬間、脳裏に灼き付いて暫くその光景が頭を離れなかった。

 

「……はぁ」

 

とっくに克服したと思っていたのだが、存外心の傷とは長く残るものらしい。テレサはガリガリと右手で頭を掻く。こうしてテレサは逃げる事を諦めたのだった。

 

 

ーーそれが三日前の話である。

 

「……はあ」

 

そんな風に少女との出会いを振り返り溜息を吐く。すると不意に視線を感じた。見れば少女が見上げている。その顔は不安を……いや、自分を心配しているように見えた。

 

「なんでもない」

 

ぶっきら棒に言うと少女が悲しそうな顔をする。どうにもこの顔にテレサは弱かった。

 

「…………」

 

手が自然と少女の頭へと伸びた。そのままテレサは少女の髪を撫でる。特に撫でるのに理由はない、ちょうど手を置きやす位置にあったからだ。

 

そんな風に聞かれてもいないのに、心の中で誰かに言い訳をしながら頭を撫でていると、思い出した事があった。

 

「……懐かしいな」

 

心地好さそうな少女の顔が、過去の自分と重なった。そう、自分もよく髪を撫でられたのだ。きっと自分もこんな顔をしていたのだろう。

 

「…………」

 

「……ん?」

 

感慨にふけっていると、それに、どうしたの? と聞くように少女が小首を傾げてテレサを見た。

 

「いや、なんでもない、それよりお前は……ああ、そうだ、名前が分からなかったな」

 

テレサが少女を見ると、少女は何かを言おうと口を開く。しかし、出てくるのはヒューヒューという呼気の音だけだった。

 

「…………」

 

悲しそうに下を向く少女、それにテレサはなんとなく、そう、あくまで、なんとなく悪い事をしたような気持ちになった。

 

「名がないのは面倒だな……そうだ、本当の名前が聞けるまで私が仮の名前をつけてやる」

 

そうテレサが告げると、少女は期待するように目を輝かせた。現金な奴だと思う。だが、そんなに期待するな名前なんて付けたことないんだ。

 

キラキラとこちらを見る瞳にたじろぎそうになる。別に威圧されたという訳じゃないのだが、この視線は覚醒者の殺気よりよっぽどテレサに効果的だった。

 

「……変な名でも怒るなよ?」

 

過剰な期待に予防線を張った。それに少女はコクリと少女は首を振る。取り敢えず了承は得た。とは言え、変な名前は付けられない。

 

名前とは重要はものである。仮とは言ったが今日決めたものが一生の付き合いになる可能性だってあるのだから。

 

「…………」

 

柄にもなく緊張している自分がいる。もしかしたらダフル戦並に緊張しているかも知れない。というか緊張なんていつ以来だろうか?

 

『そんなことと どうれつに かたるな!』舌足らずな叫びが何処かから聞こえた気がする。まあ、気の所為だろう。 テレサは珍しく掻いた手汗をマントの裾で然りげ無く拭いた。

 

「そうだな……」

 

この少女にはどんな名が似合うだろう。テレサは考える。

 

アガサは……ただの討伐対象だ。

ヒステリアは……なんか性格が悪くなりそうである。

ローズマリーは……あり得ないな。

 

というかコイツらは全員年上のイメージがあってダメだ。しかも二人は多分存命だ。ただでさえアレなのに、もし出会ってしまったら非常に微妙な気分になる。

 

そもそも会ったことある奴を名前の候補にあげるべきじゃなかった。そう、自分で考えなければ。

 

少女はだいぶ年下だ。年下で共に生活するとすれば娘? いや妹か。自分の妹、それならどんな名が似合う?

 

「…………あ」

 

その時、天啓のようにテレサの頭にその名が浮かんだ。

 

「よし、そうだな、これにしよう」

 

テレサは何時の間にか上を向いていた視線を下げる。すると目が合った。自分が視線を逸らしても少女は目を離さず此方を見上げていたらしい。

 

「…………」

 

そんな少女に言葉が詰まる。緊張する訳だ。戦闘力を求められる事はいくらでもあったが、この手の期待は受けた事がない。

 

だが、何時まで待たせるのは悪い。期待に応えられるかは微妙だが、テレサは意を決してその名を口にする。

 

「クレアなんてどうだ?」

 

少女ーークレアは驚いたような顔をした。それに顔が引き攣りそうになる。どうも失敗したかも知れない。

 

「なんとなく、お前にはその名が、似合う……と、思う」

 

そう告げてテレサは曖昧に微笑んだ。その姿は実に常とは違い実に自信がなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

「ようやく着いたか」

 

瓦礫の山と化した街、それを見て黒い服の男が呟いた。ここはアルキの町。最後にプリシラの妖気が観測された場所だ。

 

「それで、プリシラはここに居るのか?」

 

「はい、少なくともこの付近に居るかと」

 

黒服の質問。それに一人の戦士が答えた。腰まである銀髪を三つ編みにした鋭い目付きの女ーー現ナンバー16のシルムだ。

 

シルムは先導するように黒服の前を歩きながらキョロキョロとアルキの各所に視線を送る。しかし、プリシラが見つからない。なのでシルムは軽く妖力解放し、更に遠方へと目を向ける。

 

ーーそれから数秒後。

 

「…………見つけました。東山中で倒れています。外装は大剣、衣服を含めてなし、呼吸あり、身体についても目立った外傷はありません。後、周囲に細切れの遺骸有り、覚醒者のモノと思われます」

 

あっさりとシルムは目的のプリシラを発見した。

 

『炯眼』それがシルムの二つ名だ。彼女は誰よりも遠方を捉え。誰より優れた動体視力を持つ。その凄まじさたるや平地なら1キロ先の蟻の瞳を見つけ出し、現ナンバー3イレーネの最速剣技『高速剣』すら完璧に見切る。

 

ただ、惜しい事にそれだけの眼を持っていながら、その能力に身体能力がついて来れない。攻撃を完璧に見切れても、反射速度が追いつかず回避が出来ず、相手の隙を見つけて動く頃には隙が消えている。

 

それゆえ、シルムは防御に徹しながら相手の挙動をよく見て、大きな隙が出来るのを待ってはそれを突く……という戦闘スタイルを確立した。

 

しかし、その戦術が使えるのもせいぜい一桁下位レベルの戦士まで。だから彼女はナンバー16に甘んじており、戦力が充実している今は主に妖気で探せない戦士の探索や黒服の補助を仕事としているのだ。

 

「そうか無事か。それは良かった。おい、プリシラを起こして連れて来い」

 

「「はっ!」」

 

黒服の男は背後に付き従う下位構成員達に命令、彼等は指示に素直に従うと、プリシラが居ると言われた山中へ走って行った。

 

「しかし、覚醒者が細切れなのは頂けないな……どの程度の大きさなんだ」

 

「片手から両手に乗りそうなくらいの大きさの肉片が多数落ちています。元が何体の覚醒者だったか、そもそも本当に狩れたかも此処からでは判別出来ません」

 

「……そうか」

 

覚醒者の遺体にはそれなりの使い道がある。だが、あまりそれが細かいと使えなくなってしう。黒服は残念そうに呟いた。

 

「ダーエに頼まれていたんだが、な……まあ、それはいい。しかし、何故プリシラはここに居て覚醒者などを狩っている?」

 

思考を切り替えた黒服が浮かんだ疑問を口にする。別に覚醒者を狩る事を禁止はしていない。だが、プリシラは既に粛清という任務は受けていたのだ。

 

「プリシラはルブルの町でアガサ達と接触したのだろう? なのにどうしてこうなった、どんな過程を経て粛清から覚醒者狩りに任務内容が変化した?」

 

「おそらく粛清者を追う途中で妖気を感知し、狙いを覚醒者へと変えた為かと」

 

シルムの言葉に首を捻る。プリシラは任務を途中で投げ出すような奴ではない。プリシラ担当である黒服はそれをよく分かっていたのだ。

 

「……プリシラは任務に忠実だったはずだが?」

 

「はい、その通りです。しかし、彼女は人一倍、妖魔を憎んでいましたから、それを利用されたのかも知れません」

 

「……なるほど」

 

シルムの説明に確かにそうだ、と黒服は思った。人々の為と謳っているし、そうなるように組織が思考誘導したがやはりプリシラの根幹に有るのは妖魔への憎悪だ。極論すれば任務への誠実も組織に盲目的なのも妖魔を殺せるからに過ぎない。

 

そう、だからだろう。潜在的にプリシラは思っていたのだ。人に近い半妖よりも覚醒者を殺したいと。それ故、プリシラはより優先度の高い覚醒者を狙い、アガサ達を逃したのだ。そう考えれば納得がいく。

 

ーーしかし、それは。

 

「……少々問題だな」

 

黒服は顔を顰める。どれだけ能力が高かろうと追う度に横道に逸れていては、いつまで経っても逃亡者を捕まえられない。アガサとラキア……一桁上位レベルの二人が本気で協力すれば、妖魔や覚醒者を囮にプリシラから逃げ続けるのも不可能ではないのだ。

 

「……確か、ルボルの街でアガサとラキアは妖力解放していたな?」

 

「はい、そう伺っております」

 

「分かった。ならばアガサとラキアの粛清は別の者に任せるか」

 

適材適所、プリシラには望み通り、妖魔、覚醒者を屠る任務を与えよう。黒服は粛清任務からプリシラを外す事を決定した。

 

「それならば龍喰いに追わせてはいかがです?」

 

そう、シルムが提案する。彼女は黒服の補助をする関係上、あまりその存在を認知されていない龍喰いについても詳しかった。

 

「ルボルでアガサとラキアの血液を入手しています。それを使えば対象指定は可能です。奴等なら私情を挟む事は一切ないのでよろしいかと」

 

命令に違えない。プリシラを命令違反で外した事を考えれば無難な選択である。

 

ーーしかし。

 

「いや、龍喰いは使わない」

 

シルムの案に黒服は首を縦には振らなかった。

 

「確かに奴らは私情を挟まない。だが、問題もある。匂いの対象以外を襲わないと言われているが、龍喰いは対象の近くに動く者が居るとそれをターゲットと誤認してしまう」

 

安定した高い戦闘力と覚醒者を上回る再生能力を持つ龍喰いだが、思考がほぼ喰う事で埋まっていて、突発的な事態への対応力はゼロ……まあ、要するにバカなのだ。

 

こういう手合はズル賢い者に良いように踊らされてしまう。そして、アガサとラキアは正にそのズル賢い者の典型だ。はっきり言って相性が悪い。

 

「例えばアガサとラキアか町に潜伏した場合、被害が大きくなる上、町人を囮に逃げられる恐れがある。また、予め自分の血を採取してそれを野生動物にでもかけておけば簡単に龍喰いを誘導する事が出来る」

 

更に言うと、覚醒者だけを襲えといった大雑把なモノなら兎も角、個体指定はそれなりに手間なのだ。深淵級ならまだしもただの逃亡者相手にそんな手間を掛けるのは頂けない。

 

「やはり、妖気が感じられるなら戦士を送るのがベストだろう」

 

「分かりました。では、誰に任せますか? やはりテレサですか?」

 

「いや、テレサではない。ああ、確かに奴なら確実だろう。しかし、ナンバー1ばかりに難しい仕事を任せていては下が育たん。それにテレサの奴は少し前に人間の少女を拾ったらしくてな、こういう任務に良い顔をしないだろう」

 

「人間の少女、ですか……よろしいので?」

 

「…………」

 

正直な所、あまり良くはない。移動速度が極端に減るし、まずあり得ないだろうが、下手に感情移入して人質にされる恐れすらある。はっきり言ってデメリットしかない。

 

だが、そんなデメリットよりも無理やり引き剥がして反感を持たれる方が百倍面倒だ。離叛でもされたら笑えない。

 

「まあ、所詮は気紛れだ。飽きるまでは好きにさせる……さて」

 

黒服は丁度良い高さの瓦礫に目をつけると、汚れを払い腰掛ける。それから彼は懐から丸めた皮用紙を取り出した。それは全戦士の任務状況を記したモノだ。

 

「どれどれ…………」

 

紐を外した。中身を確認する。暇かつ粛清を任せられる戦士を探しているのだ。

 

「……ほう、これは丁度良い、イレーネ、ソフィア、ノエル、エルダの手が空いている。アガサとラキアには奴らにチームを組ませて当たらせよう」

 

ナンバー3〜6で構成された討伐隊、それは中々エゲツないオーダーだった。

 

「……まるで覚醒者狩りのようなメンバーですね」

 

イレーネはプリシラが戦士となる前のナンバー2だ。それもテレサがいなければナンバー1を任せてなんら問題ない極めて強力な戦士である。

 

ソフィア、ノエルもそれぞれ膂力、俊敏性でプリシラに迫るほどのモノを持っており他の能力も総じて高い。

 

そしてエルダは前の三者には劣るもバランスの良い戦士で、妖気感知はテレサに次ぐ。戦闘だけではなく逃亡者を見つけるのにも力を発揮するだろう。

 

このメンバー、深淵級でもなければ上位の覚醒者だろうと軽く屠れる戦力である。控えめに言っても多過ぎだ。そうシルムは思った。

 

「流石にこのメンバーは戦力過多では?」

 

「いや、仮にもアガサは元ナンバー3、ラキアもナンバー10ながら一桁上位並みの力を持っていた。運も在ろうがプリシラからも逃げ切っている。油断は禁物だ。幸い、今は戦力も余っている、もう二、三人追加しても良いが……くっくっく、そこまでしては過剰戦力だろうが、ここらで奴らの逃亡生活に終止符を打ってやろう」

 

もう十分過ぎる程生きただろう。そう言って黒服は酷薄な笑みを浮かべると、皮用紙を懐にしまう。こうしてナンバー3〜6のアガサ、ラキア粛清隊が結成されたのだった。

 

 

 

 








ローズ・エラエラ・ダブル「……出番が来ない」

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