天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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あくまで噂されてるだけですからね?(イレーネさんを見ながら


第38話

 

 

「あのお猿さん、何をしてるのかしら!」

 

ノエルが先行して少ししてからの事、ソフィアが苛立たった声をあげた。彼女の苛立ちを示すように、一歩一歩、地面に足がつく度に不必要な程大きな足音が鳴っている。ああやって苛立ちを発散しているのだろう。

 

「……妙だな」

 

ソフィアに続き、イレーネも訝しげに顔を顰めた。良い感じに先行していたノエルの妖気。その動きが変なのだ。一直線に走っていた状況から一転、今、ノエルは細かく一定の範囲内を動き回っている。まるで何かと戦うように。

 

「……妖気を消した戦士とでも戦っているのか?」

 

そう、自分で呟くも、イレーネはその線も薄いと感じていた。粛清対象に現役戦士の仲間が居るなんて報告はないし、万が一居たとしてもノエルは一桁上位の戦士だ。妖力解放している彼女を妖気を消した状況で相手に出来る者はほんの一握りしか存在しない。

 

戦士で言えばテレサ、プリシラ、イレーネ、ソフィアのみだ。この内、テレサを除いて全ての者の位置は把握出来ている。多人数の戦士や覚醒者が妖気を消して相手にしているとも考え難い。

 

だからこそ、ノエルの変調に得心がいかない。何故止まる? 走りを止めた理由が分からない。イレーネは並走するエルダに視線を向けた。

 

「エルダ、何か妖気を感じるか?」

 

「妖気については何も……ただ、微妙に違和感があります」

 

そう、言ってエルダは片目を瞑りなにやら難しい顔をすると、残った眼をノエルが居る方へと向ける。

 

「違和感?」

 

「はい、上手く説明出来ないのですが、妖気とも呼べない微細な空気、なんと言いますか、妖気を消す薬を飲んだ直後の放射されていた妖気の残滓のような……とにかくそんな不自然な空気を感じます」

 

「つまり、薬を飲んだ何者かが居ると?」

 

「かも、知れません。しかし、そうでないとしても何者かと戦っているのは確かだと思います。このノエルさんの妖気の流れは激しく剣を振っているソレです」

 

「……交戦中か」

 

「はい、あくまで多分ですが」

 

「そうか、ならば早く合流しよう」

 

「まったく、世話が焼けるわね、足止め係が足止めされてどうすつもりなのかしら?」

 

ソフィアがやれやれといった調子で笑い。そんな彼女をイレーネが窘めた。

 

「そう言うな、相手は強敵かも知れない。これは一人で先行させた私のミスだ」

 

「……ノエルさんが不甲斐ないだけだと思いますが?」

 

「例え、そうだとしてもそこまで考えてなかった私が悪い。まあ、それより時間がない。あまり時間を掛けては粛清対象に逃げられる。さっさとノエルに合流し、あいつが足止めされた理由を排除、その後、全力でアガサ達を追うぞ」

 

そうイレーネが言った瞬間だった。斜め前方から複数の杭が飛んで来たのは。

 

「なに?」

 

驚きながら、イレーネが抜刀する。抜き放たれた刃が霞むような速さで走り、迫る杭を斬り落とした。

 

「……まるで妖気を感じなかったぞ?」

 

イレーネは油断なく大剣を構え、杭が来た方向を睨む。既にソフィアもエルダも散開し戦闘体勢に入っている。

 

果たしてそこから現れたのは、何の変哲も無い、普通の男だった。

 

「…………」

 

一歩、二歩と歩き辛そうに森から出て来る仕草は鈍臭く、まるで妖気を感じない事から脅威を感じない。

 

「気を付けて下さい!」

 

しかし、そんな中、エルダが逸早く警告の声をあげた。

 

「覚醒者です」

 

「覚醒者?」

 

エルダの言葉にソフィアが疑問を抱く。イレーネだってそうだ。この距離でもまるで妖気を感じないのだから。

 

「間違いないのか?」

 

「はい、この距離でようやく分かりました。極小の妖気が彼から漂っています。その質は紛れもなく覚醒者のモノです」

 

「でも。アレは男よね」

 

そう、ソフィアが言う通り、相手は男だった。戦士は全員が女、つまり男の覚醒者はあり得ないと言いたいのだろう。

 

だが、イレーネはかつて男の戦士が居た事を知っている。故に試す事にした。

 

「…………」

 

イレーネは男へと踏み出した。後方でソフィアとノエルが驚いているが構いはしない。そのまま接近し相手を間合いに捉えると大剣を一閃。しかし、男は先程までの鈍臭い仕草が嘘のように、素早く大剣を回避した。

 

「なるほど」

 

これでイレーネは確信する。今のは人が反応出来る速さではなかった。それどころか妖魔でも厳しい速度。つまり、少なくともコイツは人ではない。

 

イレーネは手加減を止める。強く地を蹴り、後方に逃れた男に即座に追い付き、大剣を閃かせた。

 

斜め下からの斬り上げが男の右手を斬り落とす。だが、そんな重症に男は声一つあげない。彼は虚ろな目をイレーネに向けると、二の腕から先が消えた右手をイレーネに突き付ける。その傷口の一部が盛り上がり突起物が生まれた。

 

「最初のはコレか」

 

先の攻撃の正体を看破したイレーネ。彼女は突起物が杭として射出される刹那、右腕に妖気を集中する。

 

ーー直後、イレーネの右手が消えた。

 

「…………」

 

男が急に動きを止める。

 

「……行くぞ」

 

そんな男に背を向け、イレーネが二人に指示を出す。遅れて、フラリと男が後ろに倒れ込み、その過程で男の身体は細々した肉片となり、地面にボトボトと落ちた。

 

一瞬の早業、戦士最速の剣捌きと噂されるイレーネの面目躍如だった。

 

 

 

 

 

何かがーー水気を多分に含んだ何かが、弾け飛んだ音がした。

 

「は?」

 

思わず呆然とした声が口から溢れる。背後からドレスの女を羽交い締めしようと動いたアガサ。そんな彼女の右手があっさり爆せたのだ。

 

「アガサさんッ!?」

 

ラキアが焦り顔で叫ぶ。二人とも状況が理解出来ない。衝撃で尻餅を着いたアガサが自分の腕を見る。見間違いではなかった。やはり、アガサの右手は肘から先が消えている。遅れて宙を舞っていた大剣が地面に落ち、ガランと音を立てて地面に転がった。

 

「………ガッあっ!」

 

だいぶ遅れて、傷口から焼けるような痛みが走る。反射的にアガサは左手で右腕を抑えて止血。妖気を右手に集めて再生を図る。

 

「どうして分かったんだ?」

 

再生作業に入ったアガサ。そんな彼女にドレスの女が右手を振り抜いた体勢で問い掛ける。女の右手にはそのドレスよりも赤い血がベッタリと付着していた。

 

「…………」

 

サッと傷口から痛みが引き、代わりに氷水に浸かったような寒気に襲われる。それは恐怖から来る寒気。絶対絶命に陥った時だけに感じる特有のものだった。

 

「どうして分かったんだ?」

 

質問に答えないアガサ。それを聞こえなかったと判断したのか、女が同じ質問を繰り返す。しかし、恐怖と驚きでまともな言葉が出て来ない。アガサはただただ、女の姿を見上げる事しか出来なかった。

 

「…………ッ」

 

女とアガサから距離を置いたまま、ラキアの足が凍り付く。

 

状況は未だ不明。質問の意味も分からない。しかし、一つだけ分かった事がある。それは自分達がヤバイ奴に触れてしまった。それだけは確かだった。

 

「聞こえなかったか? だから何故私が覚醒者だと分かった? 妖気は完全に消していたはずだが?」

 

今後の参考に聞きたい。そう、ドレスの女は続けた。それを聞いて、あ、やっぱり覚醒者なんだ、と場違いな感想がアガサの頭に浮かぶ。おそらく現実逃避だろう。

 

「外見か? 匂いか? 雰囲気か? お前達は正式な戦士という感じではないな、離反したのか? ならば何故私と接触した?」

 

「…………」

 

矢継ぎ早にされる質問。それに答えぬままアガサはズリズリと後退する。少し離れた場所ではラキアが大剣を構えている。しかし、その重心は後方に偏っており、完全に腰が引けていた。

 

「何も答えないか……」

 

顎に手を置き、考える女。その間、アガサはゆっくりと女から離れている。そこでハッ、とラキアが何かに気が付いた。

 

「まあ、良いだろう、答えないなら勝手に……」

 

「後ろッ!」

 

女の話の途中で入った、短く鋭い警告。それにアガサが反応する。形振り構わず地を転がり。直後、彼女が座り込んでいた場所に大剣が落ちて来た。

 

プリシラに追い付かれたのだ。

 

「シィッ!」

 

「くっ」

 

地に着く前に大剣が翻り、低空の横薙ぎがアガサの顔面を狙う。回避出来ない。アガサは苦し紛れに残った左手を振り回す。それが奇跡的に斬撃の軌道を変えた。

 

「あぐぅ」

 

しかし、そこで手詰まり。左手が歪に千切れる。素手で攻撃を防いだ代償だ。これでアガサは両手を失った。そこに三度振るわれる刃。陽光を映した大剣が、断罪の一撃となり降って来る。

 

もはや、防御すら出来ない。無言の殺意と共に閃いた銀光が吸い込まれるようにアガサの脳部に迫り、そして。

 

「悪いが取り込み中なんだ」

 

ーーピタリと止まった。

 

無造作に動いたドレスの女。その右手に止められてしまったから。

 

「「「ッ!?」」」

 

アガサ、ラキア、そしてプリシラ。その三者が驚愕を露わにする。特にプリシラのそれは他の二者より大きかった。

 

それも当然。手心は加えていない。接近を隠す為、妖気を隠していたが、アレは紛れもなく無解放で放ちうる本気の斬撃だったのだ。

 

なのに、女はプリシラの本気をあっさり防いで見せた。それはつまり、コイツがとんでもなく強いと言う事に他ならない。

 

「………ッ」

 

両手に力を込め体重を乗せる。しかし、腕がプルプル震えるだけで大剣は一向に動かない。万力のように鍔を握る女の右手がプリシラの力に勝っているのだ。

 

そんなプリシラと女の攻防を隙と見るや、アガサは転がって逃げ出した。プリシラが悔しげに呻く。

 

「くっ……あなたは、何ですッ!」

 

奥歯を噛み締め、燃えるような瞳で女を射抜く。そんなプリシラの視線を女は涼しい顔で受け止める。

 

「何か、か。ここは誰だと問う所だと思うが? ……まあ、そうだな」

 

そう言って女は品定めするような目でプリシラを見ると。

 

「私はただの覚醒者だよ」

 

何でもない風に自身の事を覚醒者と告げた。

 

「ッ!」

 

女の宣言を受けて、プリシラがターゲットを変更する。足を振り上げ女の顔面を狙う。女は半歩下がりこれを回避。しかし、大剣の拘束が緩んだ。

 

プリシラは接近に際し抑えていた妖気を解放。筋力を高めると腕を捻り女の手を大剣から引き剥がす。これで大剣は自由となった。相手は先の回避により若干反応が遅い。好機!

 

「セイッ!」

 

プリシラは女より早く攻撃姿勢を整えると、大剣を真横に薙いだ。

 

ちょうど、首を寸断する軌道で走った斬閃が女に迫る。だが、これでも女の余裕は崩れない。素早く持ち上げた右手で大剣の腹を叩き、斬撃を弾いてしまう。

 

「良い威力だ。少し腕が痺れたよ」

 

「黙れッ!」

 

そう言って女が笑った。ちょっとだけ驚いた顔をしているあたり、本気で感心しているのかも知れない。だが、それはプリシラからすれば挑発にしか見えないし、聞こえなかった。

 

「ガァアァアッ!!」

 

プリシラが吠え、妖力を引き上げる。瞬間、威圧感が跳ね上がり、彼女の瞳が黄金に輝いた。

 

「ほぅ」

 

轟ーーっと大気が渦巻く。高位覚醒者を上回る妖気の発露。それに女が感嘆の息を漏らした。同時にプリシラが動く。

 

踏み込んだ右足を起点に腰を捻る。その捻りを使い、担ぐように構えた大剣を存分に加速。女目掛けて袈裟斬りを放つ。

 

女はこれを受けきれないと判断。バックステップで躱すも、ドレスの裾が僅かに舞った。かなり速度が上がっている。

 

「これは、なかなか」

 

女の口が弧を描く。その笑顔が頭に来る。プリシラは暴力的に地を蹴ると、後方に逃れた女に刺突を繰り出した。

 

押し出された空気が軋み、悲鳴を上げる。精緻にして目も眩むほど疾い突きだ。それが身体の中心目掛けて突き進む。

 

「そこはやめてくれ」

 

狙われた箇所を見るや、女は急に真顔になった。彼女は右足を起点に身体を大きく捻る。その動きに女を串刺しにする筈だった鋒が脇腹を掠めて終わる。

 

更に女は避ける体勢を利用し半回転。刺突を躱され体勢が泳いだプリシラに後ろ回し蹴りを放った。

 

「グガッ!?」

 

鉄槌の様な一撃。加速した踵がガラ空きだったプリシラの左脇腹に着弾。肉を潰して背骨を砕き、彼女を砲弾のように蹴り飛ばす。

 

そのままプリシラは木々をへし折り、森の奥へと消えて行った。

 

「……さてと」

 

消えたプリシラを見送ると、女は優雅さすら感じる動きで、持ち上げた足を地に下ろし、膝を曲げる。狙いはこっそり逃げ出したアガサとラキアだ。

 

ドンっと地が凹み、女の身体が加速。ほんの数秒でアガサ達を抜き去り、ステップと共に振り返り、白い顔の二人を通せんぼ。ドレスの乱れを手早く直し口を開いた。

 

「では、聞かせて……」

「あの戦士から逃げる為の人質にしようと思ってました!」

 

「うん?」

 

しかし、そんな女の言葉に被せるようにラキアが声を張り上げた。

 

「ちょっ、ラキア!?」

 

いきなりの暴露にアガサが悲鳴染みた声で責めてくるが、それを無視してラキアはアガサの後頭部を掴むと共に女に頭を下げた。

 

「妖気がなかったのであなたが覚醒者だとは気が付きませんでした! だから人質にしようと襲い掛かりました。すいません! 見逃して下さいッ!」

 

ラキアの行動、その意図を察したアガサがそれに追随する。

 

「……お願いします! もうしません、本当、もうしませんから助けて下さい! 死にたくありませんッ!」

 

「…………」

 

お願いしますお願いしますと必死に頭を下げる二人に女は少し困惑した。逃亡も抵抗も不可能と悟ったからの行動だろうが、ここまでストレートに命乞いされたのは初めての事だったから。

 

助命を乞うという行為は簡単なようで難しい。コレをするには恥ずかしさや悔しさ、恨みやプライド、それらに蓋をしてでも生き残りたいという強い生存欲求が必要なのだ。そして、戦士はこの生存欲求が普通の人より薄い。悲惨な生い立ちが多く、自分が化物だと無意識に思っている戦士達は、そこまでして生き残りたいと思わないのだ。

 

ある意味、戦士は綺麗好きと言える。既に汚れきった生涯だが、彼女達は泥臭い行為でこれ以上それを汚したくないのだ。だから、彼女達は汚く生きるよりは、綺麗に死ぬ事を望む、高位ナンバーになればなるほどその傾向は強かった。

 

しかし、どうやらその傾向にアガサとラキアは当て嵌まらないらしい。アガサはナンバー2経験者。そう女は記憶している。ラキアのナンバーは知らないが、動きから見て一桁上位レベルの力は持っている。低いナンバーというのはあり得ない。おそらく3〜6、あるいは特殊なナンバーである10といった所だ。

 

そんな戦士として上位に居た彼女達なのだが、プライドとか戦士の吟醸はないのだろうか? そう女は思った。

 

「……気付かれた思ったのは私の勘違いか」

 

「は、はい。い、言い辛いのですが……」

 

「…………そうか、事情は分かった」

 

恐る恐る、様子を伺うアガサとラキア。それに女は息を吐いた。そして、女は道を開ける。

 

「行っていいぞ」

 

アガサとラキアが信じられないものを見るような目をした。

 

「え、ほ、本当? 後ろか刺したりしない?」

 

「……疑い深いな、そうして欲しいならそうするが?」

 

「滅相もありません!」

 

そう言うや否やアガサ達女を避けて駆け出した。二人は走りながらも時々こちらの様子を伺うようにチラッと振り向く。その目は疑惑の色がある。

 

まあ、本来なら見逃したりはしないので当然だ。一桁上位を覚醒させれば場合によれば戦力として数えられるし、自分に襲い掛かって来た相手だ。戦力にしないならサックっと殺してしまうのが後腐れがなくて良い。

 

だが、今回、女はそうしなかった。これは女の気紛れと、上等で確実に戦力になる対象を自分の前に連れて来てくれたアガサ達への礼だ。

 

「……小魚に夢中で大物を逃したら笑えないしな」

 

女はアガサ達を見送ると視線を二人からプリシラが消えた方角へと戻す。瞬間、森の中から更なる妖気の猛り共にプリシラが飛び出して来た。

 

「ガアッアアァッ!!」

 

黄金の瞳を爛々の輝かせ、顔付きが変わったプリシラが右手一本で大剣を振る。女は腰を落として斬撃を潜ると、抜手をプリシラに放った。それをプリシラは左腕でガード。爪が指ごとプリシラの肉に埋まる。女はそこから根を伸ばすようにプリシラを侵食、身体の支配しに動く。

 

しかし、なかなか根が伸びない。強力な妖気が女の支配に抵抗しているのだ。そこにプリシラの蹴りが飛んで来た。

 

抉るように突き出された足先。速度の増したこの蹴りは至近距離からでは避けられない。女は左腕を盾に踏ん張る。凄まじい衝撃、バキリと鳴った二の腕、そこは完全に折れていた。

 

「……やるな」

 

見た目に反して強靭な自身の腕、それがたったの一発でお釈迦になってしまった。その上、相手は支配を跳ね除ける程の妖気を持っている。女からしても強いと言える強敵だ。

 

ーーしかし、だからそ。

 

「素晴らしい」

 

真っ赤な唇が弧を描く。これくらい強くなければ意味がないのだ。続けて放たれたプリシラの左ストレートを折れた腕で受け止める。そして今度は踏ん張る事なく、威力を流すように後退。一旦プリシラから距離を取った。

 

相手は驚く程に強い。だが、それで良い。素晴らしい逸材だ。女は怪しい笑みを浮かべる。

 

ここまでの戦いで確信した。コイツを支配すれば申し分ない戦力になる。もしかしたら、今の絶望的状況をひっくり返す事が出来るかも知れない。

 

しかし、今のままではプリシラを支配出来ない。ならば多少のリスクは払わねば。女の身体から仄暗い妖気が滲み出る。ついに女が隠した力を開示したのだ。

 

「手早く済ませよう。邪魔が入らぬ内にな」

 

絶望的に大きく、そして禍々しい妖気。それを迸らせながら女ーーラファエラは迫るプリシラを迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

「…………」

 

腕の中のクレアにテレサが問い掛ける。それにコクリとクレアが頷頷いた。咄嗟にかなりの速度で動いてしまったが、どうやら怪我はないらしい。テレサはクレアの様子に安堵すると、視線を大岩に向けた。

 

民家程もある巨石は幾人かを巻き込み、大通りを塞ぐように減り込んでいる。その周囲では犠牲になった者の関係者が、呆然と真っ赤に染まった岩の下を見つめたり、悲鳴をあげて岩を持ち上げようと足掻いている。

 

「……ちっ どこのどいつだ」

 

胸糞悪い光景を見せられ、舌打ちする。テレサは岩が飛んで来た方角を睨んだ。すると、青い空に黒い点を発見する。それは徐々に大きくなっていた……第二陣だ。

 

轟然と大気を押し退け、矢のような速度で岩が飛んでくる。冗談のような光景だ。

 

「……くそっ!」

 

テレサが視線を背後に走らせ悪態をついた。速度、タイミング的に彼女が回避するのは容易い。だが、テレサが避けては町人に犠牲が出る。

 

故に避けない。テレサは飛来した岩目掛けて跳ぶと、刃でなく腹を向け大剣を一閃。掬い上げるように放った一撃が怪音と共に、悪夢の魔弾を打ち砕く。

 

テレサの大剣にて割られた巨石はその身を数百の破片へと変貌させ、彼女が狙った通り、町を避けるように降り注いだ。

 

これで町への被害は最小限で済む。テレサは岩を砕いた反動で錐揉み回転しながらも、自身が成した結果に満足した。

 

ーーしかし。

「……ッ!?」

 

攻撃はこれで終わりではなかった。宙を回るテレサ。その視界に新たな黒点が映り込んだのだ。それは当然のようにまた巨石。

 

それも、矢なんて可愛いレベルの速度じゃない。グングンと近付く大岩は先の三倍以上に疾く見える。しかも、今度の狙いは町ではなくテレサだ。

 

つまり、これまでの岩はテレサを空へと誘い込む為の手を抜いた囮、彼女がまともに動けぬ状況に持っていく為の布石だったのだ。

 

「ちぃ、やってくれるっ!」

 

良いように動かされた。テレサは大剣を振り、その反動で回転を弱めると超絶の体捌きで即座に体勢を整える。そして、僅かに妖力解放。瞬間的に増した筋力で持って自身に迫った大岩を一刀両断した。

 

二つに分かれた巨石が遥か後方へと飛んで行く。テレサは大剣を翼のように振り、空気を捉え加速、落下速度を速め半ば追突するような勢いで地に向かう。

 

「クレアッ! 何処でも良い、物陰に隠れてろ!」

 

落下しながらテレサが叫ぶ。狙われているのは自分だ。それは岩の動きで分かっている。故にここを離れなければならない。テレサはグルンっと一回転、地面に足から降り立っと、膝を曲げ衝撃を吸収。そのままバネのように伸ばし加速、超高速で走り出す。

 

「テレサッ!!」

 

そんな声が後ろから聞こえた気がしたが、あえてテレサは答えなかった。

 

風よりも疾く走りながらテレサは考える。今回の仕立人の事を。空から目を凝らしたが敵影は発見出来なかった。つまり、相手はこちらの視覚外から攻撃していた訳だ。

 

「まったく、面倒なのが来たもんだ」

 

テレサが誰に言うでもなく呟く。

 

自身の視覚の外から、民家程もある巨岩を軽々届かせる筋力。その上、こちらが動く度に次の投擲を軌道修正する精密性、これの仕立人は間違いなく化物だ。

 

それも自分が知る化物だ。

 

目で見えずとも妖気なら分かる。テレサが走り出してから急に覚えのある妖気が発生した。まるでコッチ居るぞと主張するように。

 

よく分かる。隠していた妖気を曝け出したのはは完全な誘いだ。会ったのはずっと前に一度きり。しかし、この妖気の記憶は鮮明に残っている。とびきり強大で、肌をピリつかせるプレッシャーを放つこの持ち主は、以前取り逃がした過去最強の敵だった。

 

「リベンジのつもりか?」

 

そう漏らしテレサは一度目を閉じ、そして開く。クレアとの旅で緩んだ精神。それを意識的に引き締める為に。この相手に気の緩みは命取りだ。

 

森を抜け、草原を越え、岩場に突入しーーーー見えた。

 

切り出されたように不自然に欠けた岩山。それを背に黒髪の女が立っている。覚醒者の外見年齢は覚醒時から変化しないと聞くが、どうやら、アレは例外らしい。女はどこで手に入れたのか組織御用達の大剣を右手に持っていた。

 

「ハッ、戦士の真似事か?」

 

そう言って笑い。テレサは速度を緩める事なく、黒髪の女ーーダフルに突っ込んだ。

 







さすがはアガ・ラキ! 並(普通)の戦士にはでき(ry

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