天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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な、なんか2日で評価が凄いことに……皆様応援、ありがとうございます。


第5話

ヒステリアと合流して丸一日、今は休暇中だが、ヒステリアはいつ次の任務が言い渡されるか分からない。

 

その為、彼女の提案で急ぐ事を選択した二人は僅か半日で任務地近くまで来るとそこで小休憩を挟み、明け方再び移動、早朝には万全の体制でシルヴィの潜伏地に辿り着いた。

 

 

 

「………ッ」

 

ローズマリーは目的地の光景に絶句する。

 

綺麗な朝日に照らされて、潮風になびく数十の “ソレ”

 

家と家を繋ぐように張られたロープ、そこに洗濯物を干すかのように吊るされていた “ソレ”

 

 

 

 

“ソレ” は頭部と腹部が抉られた数十の死体だった。

 

「酷い、わね」

 

そのあまりの光景にヒステリアも顔が強張る。

 

それなりの期間、戦士をしているがこんな光景を見るのは初めてだったのだ。

 

一体何の為に?

 

そう、疑問に思うヒステリア。

 

彼女は死体を吊るす意味が分からなかった。

 

「……下ろしてあげましょう」

 

ローズマリーがその背から大剣を引き抜きながらそう、ヒステリアに提案する。

 

「…そうね…」

 

ヒステリアはローズマリーの提案に頷いた。

 

そして、彼女も大剣を抜き構える。

 

 

 

「……でも、先ずはアレを倒しましょうか」

 

そう言ってヒステリアは大剣の切っ先を此度の敵に向けた。

 

「ふふ、戦士が来るなんて久しぶりだ」

 

そこにいた者こそが、今回の標的ーー鋭剣のシルヴィだった。

 

シルヴィは腰まである黒髪を風になびかせ、自信に満ちた目でローズマリーとヒステリアを見つめている。

 

そんな彼女を見返してローズマリーとヒステリアは思う。

 

 

かなり、ヤバイと。

 

一見すれば普通の覚醒者だ、少なくとも表面上に現れている妖気の強さはそれ程ではない。

 

だが、二人には……特に妖気探知の訓練をここ数ヶ月していたローズマリーには良く分かる。内包される妖気の強さが表面に現れてるそれとは一線を画すと。

 

 

「僕を討伐しに来たの?」

 

そう、シルヴィが問う。

 

「はい、そうです、シルヴィさんでよろしいですね? 私はローズマリーと申します、今回、あなたを狩る任務を与えられました」

 

それに答え、ローズマリーが名を名乗った。

 

「おや、礼儀正しいんだね、前の子もその前の子も名乗りもしないで斬りかかって来たんだけど、自信の表れかな?」

 

感心感心と笑うシルヴィ、どうやらかなり理性的な方の覚醒者らしい。

 

「はは、自信はあんまりないですね、覚醒体は見てないですけど、どうやらシルヴィさんは私より格上のようですし」

 

シルヴィの言葉をにこやかに否定し、ローズマリーは本音を語った。

 

ローズマリーの任務だからだろうか? ヒステリアは二人の会話に口を挟まない。

 

「……へぇ、実力差が分かってない訳じゃないんだ、まあ、そりゃそうだよね、僕も君達が並の戦士だとは思えないし」

 

シルヴィは少しだけ警戒したように言う。

 

ローズマリー達がしたようにシルヴィもまたローズマリー達を観察していたのだ。

 

「それは光栄です、光栄ついでに質問よろしいですか?」

 

「いいよ」

 

「ありがとうございます……それではお聞きします」

 

 

 

「なぜ、こんな真似を?」

 

にこやかなな笑みを消し去り、まるで、怒りを抑えるように、ことさら静かな声でローズマリーは聞いた。

 

「こんな真似? ……ああ…」

 

そう言ってシルヴィが動く。

 

そして次の瞬間には最も近くにあった遺体の側にシルヴィが立っていた。

 

「「(…疾い)」」

 

ローズマリーとヒステリアが同じ感想を抱いた。

 

シルヴィはまだ覚醒体ではない、しかし、その動きは二人の想定よりかなり速い。

 

戦士時代は鮮血のアガサより少し上、それがヒステリアの評価だったが、どうやら覚醒した事により人間体の実力も大きく向上してしまったらしい。

 

「…これの事ね」

 

そう言って楽しそうに遺体を指すシルヴィ。

 

そんのシルヴィに険しい顔でローズマリーは頷いた。

 

「そうです、なぜ、そんな真似を?」

 

「なぜって、そりゃ、干物を作ってるからよ」

 

「干物?」

 

「そうよ、干物、保存食、だって内臓だけ食べてポイじゃ、もったいないでしょ? 僕、子供の頃から干物が好きだったんだ」

 

そう言い、シルヴィは干した遺体の腕を捻じ切る。そして彼女は躊躇なくソレを自分の口へと運ぶ。

 

ゆっくりと、味わうような咀嚼音がその場に響いた。

 

それにローズマリーとヒステリアは顔を顰めた。そして、二人は改めて思う。理性的に見えても、やはり覚醒者は妖魔側の存在なのだと。

 

「ふふ、美味し」

 

少し恍惚とした表情でシルヴィが言う、戦士はあらゆる任務をこなす為に多くの技能を保有する。

 

その技能、潜入などで使われる一般人の振り、その中の一つに娼婦の眼差しがあるが、シルヴィの表情は正にその見本のようだった。

 

まったく、なぜ今そんな目をするのか?

 

ローズマリーは嫌な事を思い出し顔を引き攣らせる。

 

「どうあなた達も食べてみる?」

 

「…け、結構です」

 

「吐き気がするわ」

 

二人の答えにシルヴィは肩を竦めた。

 

「そう、残念、それで質問は終わり?」

 

「……はい」

 

「そっちのあなたは?」

 

「元からあなたに聞く事なんてないわ」

 

「ふふ、そう、じゃあ、そろそろ」

 

 

 

 

そう、シルヴィが言いかけた瞬間、ヒステリアが動いた。

 

覚醒体になる前に決める。

 

それがヒステリアの狙いだ。

 

強力な踏み込みから一気にトップスピードになった彼女が疾風の如き速度でシルヴィに迫る。

 

だが、シルヴィはナンバー1経験者、彼女は対覚醒者の戦法を熟知している、それ故にヒステリアの狙いを見切ると後方に強く跳躍した。

 

「…く」

 

間に合わない。

 

速度はヒステリアの方が上、だが、ヒステリアが追いつくより先にシルヴィが覚醒体になる。

 

ならばそこに突っ込むのは下策、ヒステリアは追うのを諦め、一旦止まると油断なく大剣を構えた。

 

 

 

身の丈は人の四倍程だろうか?

 

太くて長い、鋭い爪がついた金属のような八本の足に、突撃槍(ランス)を思わせる硬く鋭い二本の腕に、短剣のような四本の腕、それはまるで騎士と蜘蛛が融合したかのような怪物だった。

 

シルヴィは数倍の大きさになった口に残りの腕を放り込むと素早く咀嚼し飲み込んだ。

 

「……不意打ちなんて酷いなぁ、でも、今の踏み込み素晴らしかったよ、僕が戦士時代なら君の速さに嫉妬してただろうね」

 

シルヴィは若干先程より低くなった声でヒステリアを褒める。

 

「……褒め言葉として受けておくわ」

 

それに苦々しい声でヒステリアが答えた。

 

「皮肉で言ってる訳じゃないよ、本気でそう思ったんだ、君達二人は本当に素晴らしい」

 

そう言って、シルヴィは足の一本を背後に振り上げた。

 

猛烈な勢いで走る蹴撃、それをローズマリーは身を逸らして躱す、だが、さらに続けて別の足の蹴りが来る。複数の足から放たれる高速の蹴り、これは体捌きだけでは避けきれない。

 

ローズマリーはその蹴りの内、一つを選んで大剣で受ける。そして、受けた際の反動を利用し、シルヴィから距離を取った。

 

「妖気を読んだのかな? 君は僕の動きを予測してたね、しかも妖力解放なしでその身体能力の高さ、解放したらどれほどになるのかな?」

 

「解放しても大して変わりありませんよ」

 

「本当ぅ? ふふ、まあ、いいや、どちらにしても楽しい戦いになりそうで良かったよ、前回、前々回は覚醒体になるまでもなく全滅だったからね」

 

シルヴィは感覚を確かめるように六本の腕を素振りすると、内一本、突撃槍のようになった右手を後ろに引いた。

 

「二人とも並の戦士じゃないと思ってたけど、もしかしてナンバー1とナンバー2のタッグ?」

 

「いえ、私はナンバー4です」

 

ローズマリーの言葉にシルヴィは少し驚いた顔をした。

 

「え、本当? 今の戦士って凄い高レベルなんだね、じゃあ、そっちの君はナンバー5かナンバー6?」

 

「……失礼ね、私が今のナンバー1よ」

 

「あれ、そうなの? おかしいな、今の戦士ってナンバー1からナンバー4が団子なの?」

 

「その子がナンバー4なのがおかしいのよ」

 

拗ねたようにヒステリアが言った。

 

「ああ、なるほど、そっちの子がナンバー不相応の実力って訳か……いや、焦ったよ、君達レベルが何人も居るのかと思った」

 

そう、告げた直後、シルヴィの身体が爆発した。

 

いや、爆発したと錯覚してしまうほどの妖気が彼女の全身から迸ったのだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

ビリビリ伝わる死の気配にローズマリーの顔から表情が抜け落ちる。

 

無駄な感情に蓋をして、意識全てを闘争へ。

 

極限の集中、ここからは表情を作る余裕すらない。

 

ヒステリアも同様に表情を引き締めていた。

 

「ふふふ、本気で戦うなんていつぶりかなぁ」

 

そんな二人に対してシルヴィは余裕を崩す事なく楽しげに言った。

 

「じゃあ、さっきは言えなかったからね、改めて言うよ」

 

次の瞬間、シルヴィの姿が擦れた。

 

 

 

「さあ、戦闘開始だ」

 

眼前で言われた宣言にヒステリアが驚愕する。

 

あまりにも疾い。

 

「ッ!?」

 

接近と同時に放たれた高速の刺突、突進の勢いすら乗せた突きはヒステリアすら目視困難な超速で彼女の顔面に迫った。

 

「…くっ」

 

ヒステリアはその刺突を「流麗」を用いて辛うじて回避する。

 

ギリギリのタイミングだったのだろう、鮮血が宙を舞う、見ればヒステリアの頬は大きく裂けていた。

 

だが、そんな負傷を無視してヒステリアが最高速で踏み込みと華麗なステップでシルヴィの側面に回り足の一本に斬撃を走らせた。

 

 

響き渡るは澄んだ金属音。

 

シルヴィはヒステリアの斬撃を足の爪で受け止めたのだ。

 

「見事なステップだね、尊敬しちゃうよ」

 

「…く、貴様」

 

最高速の「流麗」にあっさり対応され、ヒステリアの顔が怒りで歪む。

 

ヒステリアは最速の戦士、彼女に取って最速は誇りだ。それ故、例え相手が覚醒者だとしても速度で上回られるのは最大の屈辱だったのだ。

 

「怒ると、隙が出来るよ?」

 

シルヴィの持つ短剣型の二本の腕が高速で走る。

 

「……チッ」

 

舌打ちし、距離を取ろうとするヒステリア、だが、そのヒステリア以上の速度でシルヴィは接近すると、再び超速の刺突を放った。

 

二度目の刺突、これをヒステリアは紙一重で避けた。

 

一度目の時に速度とタイミングを覚えたのだろう、足を殆ど動かさず左に身を反らす高度な回避方法。

 

尋常じゃない戦闘センスだ。

 

そのまま、ヒステリアはお返しに最速の突きを放とうとする。

 

 

 

……しかし。

 

「残念、フェイクだよ」

 

刺突を避ける為、視線を正面に集中したヒステリア、そんな彼女に出来た死角、そこから長い脚が飛び出してきた。

 

「(やられたッ!)」

 

刺突はフェイクだったのだ。

 

突きに意識を向けさせ、蹴りで仕留める。これがシルヴィの狙いだったのだ。

 

通常時なら躱せる攻撃、速いは速いが刺突に比べれば遅い、だが、既に攻撃の体制に入ったヒステリアにコレは躱せない。

 

紙一重で躱させたのは攻撃体制に移らせて、回避行動をさせない為か!?

 

「舐めるなッ!」

 

そこまで悟り、ヒステリアは……攻撃を続行した。

 

 

攻撃は最大の防御、今から回避に動いても、もはや避けようがない。

 

ならば突き進むのみ。

 

限界ギリギリまで妖力解放、ヒステリアは決死の覚悟でシルヴィに踏み込んだ。

 

突きが先か蹴りが先か、判断が難しい状況。

 

だが、初動が遅かった分、少しだけヒステリアが遅い。

 

このままでは、良くて相打ち。

 

そして、相打ちではヒステリアの敗北だ。

 

「(ヤバいッ!)」

 

迫る蹴撃にヒステリアが焦る。

 

しかし、今更止まれない、そもそもヒステリアの選択は間違っていない。

 

ただ、少しだけヒステリアに速度が足りなかっただけだ。

 

 

 

 

その時、シルヴィの身体が大きく傾いた。

 

その影響で軌道が変わり蹴りが大剣の根元に衝突する。

 

横合いから受けた衝撃にヒステリアの身体が宙を舞い、錐揉み回転して吹き飛んだ。

 

「ガッ!?」

 

それと同時に痛みに呻く声が聞こえる、それは紛れもなくシルヴィの声だった。

 

ヒステリアは空中で器用に体制を立て直すと、民家の壁に足から着地、即座にシルヴィを視界に収める。

 

目に映ったのは吹き飛ぶシルヴィ、よく見ればシルヴィの足は一本折れ、蜘蛛の方の胴体が小さく陥没している。その近くにいるのは大剣を振り切ったローズマリーだ。

 

ローズマリーはシルヴィがヒステリアに集中した瞬間を狙って接近、斬る為ではなく、シルヴィの体制を崩す為に大剣の腹で強烈な打撃を放ったのだ。

 

「く、このッ!」

 

良い一撃をもらい怒りを見せるシルヴィ。彼女は地面に足を突き立て即座に体制を立て直すと、地を蹴り砕きローズマリーに迫る。

 

だが、ローズマリーはシルヴィが踏み込んだ瞬間、足が地を離れ方向転換出来ないタイミングを狙って斜め前に踏み込んでいた。

 

二人の視線が衝突する。

 

そして、高速ですれ違うシルヴィとローズマリー、二人はすれ違いながら同時に攻撃、ローズマリーの横薙ぎがシルヴィの足を一本斬り飛ばし、シルヴィの刺突がローズマリーの肩を抉った。

 

「ぐぅ」

 

「ガッ」

 

痛みに顔を顰めながらローズマリーは止まることなく動き続ける。

 

ローズマリーは振り返ってバックステップ、追撃に放たれたシルヴィの足を躱すとちょうど加勢に入ろうとしたヒステリアの隣まで移動した。

 

「……ありがとう、助かったわ」

 

「いえ、当然のことをしたまでです」

 

視線をシルヴィに固定したままローズマリーとヒステリアが会話する。

 

その間にシルヴィは斬られた脚を拾い、再生の為に切断面にくっつける、邪魔したいところだが攻め込む隙がない。

 

ならばこちらも回復に力を回すべきだろう。

 

「……瞬間再生は出来ないみたいね」

 

「そうですね、それだけは救いです」

 

攻め込まれぬよう意識しながら会話を続ける二人、そんな二人の会話にシルヴィが入ってきた。

 

「驚いた、認め難いけど、君達って戦士時代の僕より上なんだね」

 

「当然でしょ、今更気付いたの?」

 

シルヴィの言葉にヒステリアが鼻を鳴らす。

 

それにシルヴィがムッとした。

 

「あれれ、態度デカイなぁ、君はその子の助けがなきゃ僕に殺されてたと思うんだけどなぁ?」

 

「そんなわけないでしょ、たかがナンバー5の覚醒者に私がやられるわけがない」

 

「失礼な、僕はナンバー1だよ」

 

「覚醒した時は5でしょ」

 

殺意が篭った金眼で互いを睨みながら二人は会話を続ける。

 

「……さっきから思ってたけど、君は素直じゃないね、隣の子ーーローズマリーを見習ったらどうだい?」

 

「覚醒者が気安くローズマリーを名前で呼ばないでくれるかしら」

 

「ローズマリー自身が名乗ったんだから良いじゃないか!」

 

「いいえ、良くないわ!」

 

 

なんか、変な事で口論になり始めた。

 

そんな事を思いつつ、ローズマリーはシルヴィの能力を振り返る。

 

シルヴィの武器は速度だ。

 

ヒステリアを超える速度の突進から繰り出される鋭い刺突は高位戦士の動体視力ですら目視困難な超速。

 

真正面から放たれれば避ける自信はない。上手いこと妖気探知による予測で真正面から撃たれないように動いているローズマリーだが、ローズマリーの妖気探知はテレサ程、万能ではい。

 

速度、威力、角度、タイミングを完璧に判断出来るテレサと違い、ローズマリーのそれは “おそらく” 右手から攻撃が来る、みたいな漠然としたものだ。

 

今の所は上手く当たりを引いているが、その内ハズレを引くだろう。

 

それに攻撃手段は刺突だけではない、刺突に比べれば遅いが、ローズマリーの剣速に迫る高速の蹴撃に、まだ使用してない短剣型の四本腕。

 

まったく、嫌になる強さの覚醒者だ。

 

それ故、ローズマリーは迷う。

 

妖力解放すべきだろうか? と。

 

 

妖力解放したローズマリーの力は半端ではない。

 

おそらく、解放すれば目の前のシルヴィに単独、勝利する事も可能だろう。

 

「(……いや、止めよう)」

 

しかし、ローズマリーは自身の考えを打ち消した。

 

確かに解放すれば勝てる、だが、同時にローズマリーは自分を抑え切る自信がなかったのだ。

 

なにせ、訓練生時代、それで失敗したのだから。

 




シルヴィの容姿が分かり辛かったらごめんなさい。

シルヴィは蜘蛛女、アラクネが近ただし、人間部分は甲冑を着た6本腕の戦士ような姿です。

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