天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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エヴァの暴走モードは勝利フラグ。


第6話

「くっくっく、始まったか」

 

そう、黒服の男ーー組織最高の研究員ダーエが楽し気に呟いた。

 

ダーエは焼け爛れ瞼を失った左目で、眼下で行われる戦いを観察すると何事かを手元の紙に書き込んでいく。

 

そんなダーエに話しかける者がいる。

 

「こ、こんなに近くまで来て大丈夫なの?」

 

鮮血のアガサだ。

 

彼女はナンバー2と思えぬ、不安そうな声と表情でダーエにそう聞いた。

 

情けないが、それも仕方あるまい、アガサの眼下の戦いはそれほど常軌を逸していたのだ。

 

それこそ一桁ナンバーでも瞬殺されかねない程に。

 

「…はぁ」

 

だが、そんなアガサが気に入らなかったのかダーエは戦いから目を逸らさずに溜息を漏らした。

 

「大丈夫にするのがお前の仕事だろう?」

 

「じ、自信がないんだけど」

 

「何もアレが襲って来たら戦えと言っているわけではない、妖気を消す薬は飲んでいるだろう? もし発見されたら私を抱えて逃げろ、囮はコイツ等がやる」

 

え、マジですかッ!?

 

そんな表情で周りにいる組織の下級構成員がダーエを見つめた。

 

「で、でもあんなのに追いかけられたら私じゃ」

 

それでも不安を拭えぬアガサ。

 

「……はぁ、もういい黙れ、お前と喋っていると興が削がれる」

 

そんな不安そうなアガサを一蹴し、ダーエは完全に意識を戦いに集中する。

 

アガサが涙目でまだ何かを言っていた。だが、そんなアガサを無視してダーエは戦いをーーローズマリーを観察する。

 

何せ、ローズマリーにこの依頼を回したのはダーエなのだから。

 

「さあ、見せてくれ…新たな戦士の可能性を」

 

独り言のように、ダーエが聞こえる筈ない距離からローズマリーに語りかける。

 

静かながらもその声は興奮と期待に満ちていた。

 

 

 

「…………」

 

そんなダーエの声を聞きながら、アガサと下級構成員は願った。どうか自分の出番が回ってきませんようにと。

 

 

 

 

 

 

 

動いたのは同時だった。

 

ローズマリーとヒステリアはシルヴィに一気に接近すると、彼女の間合いにギリギリ入らない地点で弾けるように左右に分かれた。

 

そして、二人はシルヴィに苛烈な剣撃を走らせた。

 

「おっと」

 

その左右からの攻撃にシルヴィはあっさり対応する。

 

彼女は下半身の蜘蛛の目でローズマリーを、上半身の人型の目でヒステリアを追い、二人の剣閃を持ち上げた足の爪で受け止めた。

 

「…ちっ」

 

「…くっ」

 

攻撃失敗。だが、二人の動きは止まらない。

 

シルヴィの隙を作ろうと、めまぐるしく立ち位置を変えながら、ローズマリーとヒステリアが苛烈な連撃をシルヴィに仕掛ける。

 

「ふふ、甘い甘い」

 

それでもシルヴィには通じない。彼女は剣撃一つ一つをその六本の腕で丁寧に落して防ぐ、いや、それどころか彼女はこの状況で反撃に転じた。

 

シルヴィは攻撃に対する防御を短剣型の四本腕に任せると、突撃槍で刺突の雨を二人に降らせる。

 

刺突は一撃一撃が高速かつ強力、一つだろうと直撃すれば致命傷は避けられまい。

 

「(ち、面倒な…ここは下がるべき?)」

 

「(避けきれないかも、防御を固める?)」

 

 

そんな考えがヒステリアとローズマリーの頭に浮かび、すぐに消えた。

 

防戦に回ったら押し切られる、ならばこちらも攻めねばなるまい。

 

「…ふっ!」

 

「…はっ!」

 

 

短く鋭い呼気を発し、渾身の力を大剣に込める。

 

そして、さらなる速さを得た大剣が連続突きを迎え撃った。

 

刺突と斬撃が激突し、衝撃波が巻き起こる。

 

槍と剣の接触で火花が辺りに舞い飛んだ。それは互いの命を奪わんとする熾烈な斬り合いの始まりだった。

 

「はあああああッ!!」

 

「セイッ!!」

 

二人が攻める。

 

「…ふふ」

 

シルヴィも攻める。

 

下位の戦士では目視も叶わぬ速度の攻防、そこに達した攻撃の数々が互いを殺さんと牙をむく。

 

剣撃の余波が不可視の鉄槌と化し廃墟を揺らし、刺突の風切り音がガラスを砕く。三人の戦いで滅びた街が壊れていく。

 

それは並の戦士や覚醒者では立ち入る事さえ許されない、そんな異常なレベルの戦いだった。

 

 

「楽しいね、本当に楽しいよ!」

 

熾烈な戦いに興じながらシルヴィが声を上げる。

 

それは余裕の証明だった。

 

この攻防、ほぼ互角に見えるがそれはシルヴィが意図的にそうしているからに過ぎないのだ。

 

そう、シルヴィはまだ全力ではない。

 

深淵級、数いる覚醒者の中でも最強に近いシルヴィの実力は歴代五指に入るナンバー1、流麗のヒステリアと、そのヒステリアに匹敵する天稟のローズマリー、そんな二人の力を合わせてなお上回る。

 

それほどシルヴィは強いのだ。

 

「ふふ、さて、速度を上げるよ準備は良い?」

 

「ち…この程度余裕よ」

 

シルヴィの言葉に強がりを返しながらヒステリアは更に妖力を解放した。

 

それにより、ヒステリアの体格が一回り大きくなる。

 

自分の身体に舌打ちしつつ、ヒステリアは速度を高める。今までギリギリのラインと設定していた解放率40%、それを超えた解放率50%だ。

 

「…むっ」

 

一気に上がった速度と力にシルヴィの顔色が変わる。

 

どうやら予想以上だったらしい。

 

「へぇ、まだ本気じゃなかったんだ、なんですぐに使わなかったの?」

 

「……ここまで出したくなかったのよ」

 

その言葉にヒステリアが苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

戦士は妖力解放50%を超えると筋肉が肥大する。個人差はあるがそれはどの戦士も変わらない。

 

そこまで解放してしまうと体格が良くなり醜くなってしまう、それが堪らなく嫌だった。だからこそ、今の今までヒステリアは力を抑えていたのだ。

 

「出したくなかった? ふふ、手加減は強者の特権だよ? 君は強者だけど、僕に対してそれをするのは傲慢じゃないかな?」

 

「ちっとも傲慢じゃないわ、だって私、あなたよりも強いもの」

 

「はは、凄い自信だね、その自信、何時までも持つか試して上げるよ……まあ、その前に」

 

背後から迫るローズマリーの斬撃、それをシルヴィは軽々と躱し、口の端を吊り上げた。

 

そしてシルヴィは巨大に似合わぬ高速かつ繊細な動きでローズマリーの背後に回ると攻撃を外され身体が泳いだ彼女に狙いを定める。

 

「…くっ」

 

ローズマリーは急ぎ体勢の立て直しを図る。

 

だが遅い。

 

万全の迎撃体勢に入る前に、シルヴィの苛烈な連撃がローズマリーに襲いかかった。

 

「く…つ、う」

 

六本の腕から放たれる突きと斬撃のラッシュ、頭、心臓、そして腹部、それら急所を狙った連撃がローズマリーを削っていく。

 

「いっ、ツゥゥ!」

 

「…く、このッ!」

 

シルヴィのラッシュはヒステリアの妨害により一瞬で終わる。

 

だが、その一瞬が命取りだった。

 

一瞬で放たれ、一瞬で通り過ぎた嵐、その被害はあまりに甚大だった。

 

ローズマリーの身体から絶えず赤い血が流れる。

 

全身に多数の傷を負ったローズマリー、その傷はどれ酷い有様だった。

 

高い身体能力を誇るローズマリーだが、彼女は素の速さでヒステリアに若干劣る。しかも彼女は妖力解放していないのだ、その為、妖力解放しているヒステリアと比べてその速度は二段は遅い。

 

妖気による先読みがあるとは言え、そんなローズマリーが、崩れた体勢でヒステリア以上速度を持つシルヴィのラッシュに晒されればこうなるのは必然だった。

 

「ろ、ローズマリーッ!?」

 

悲痛な叫びをヒステリアが発した。

 

現状ヒステリアは大きな隙を晒して入るが、そんなことは気にならなかった。

 

何せ、たった一人の友達が致命傷に近い怪我を負ってしまったのだから。

 

 

左腕を肘から失い、脇腹を深く抉られ、頬骨が砕け片耳が削がれている。その他にも小さな傷は数え切れない。そんな見るも無残な姿となったローズマリー。

 

戦力半減どころか立っている事さえ難しい重症だった。

 

「正直、君からリタイアなのは意外だったよ」

 

そう、少し拍子抜けしたようにシルヴィが言う。最初の感触からシルヴィはヒステリアよりもむしろローズマリーの方が厄介だと感じていた。

 

それ故に出た感想だった。

 

「君の間違いは妖力解放しなかったことだ。君クラスの力の持ち主なら妖力解放すればもっと戦えたはずだよ」

 

もはや勝負は決した。そう言わんばかりの表情でシルヴィがローズマリーに話しかける。

 

その時、ローズマリーから強い妖気が迸る。

 

見れば彼女の目は鮮やかな金に染まっている。それは妖力を解放した証だった。

 

「……ふ、ふふ…ふ、ふははははは!」

 

そんローズマリーをシルヴィが嘲笑する。当然だ、何故なら既にローズマリーは瀕死の重症を負っている、今更解放したところで何が出来る?

 

「何してるの? 何してるの? え、君ってもしかして馬鹿なの?」

 

 

「…………」

 

それに答えずローズマリーは爛々と眼を輝かせシルヴィに向い踏み込んだ。

 

その動きに嘲笑を浮かべていたシルヴィと悲壮な表情だったヒステリアが揃って驚愕する。

 

「えっ!?」

 

「なっ!?」

 

なぜならローズマリーの動きは重症を負いながらも先ほどよりも速かったからだ。

 

彼女は一直線に向かうと見せかけ、数回ステップを踏む、そして流れるように身を翻し、シルヴィの背後に回るとその動きと連動させて大剣を振った。

 

ローズマリーの剛腕に遠心力すら加えた大剣が猛然とシルヴィに迫る。その一撃に合わせシルヴィは足を振り上げた。

 

正確無比、シルヴィは高速で走る大剣の腹を蹴り上げ、攻撃を回避、そして彼女は攻撃を弾かれ体制を崩すローズマリーに短剣型の腕を向ける。

 

その時、悪寒がローズマリー背を貫いた。

 

咄嗟に身を捻るローズマリー、そんな彼女に向かい短剣型の腕が高速で “伸びた”

 

本来の長さの数倍、そして突撃槍以上の速度で伸びた短剣が身を逸らしたローズマリーの左肩に接触、肩口から残った左腕を斬り飛ばし地面に突き刺さった。

 

そう、目立つ二本の突撃槍ではない、シルヴィ最速の武器は短剣型の四本腕なのだ。

 

「…ぐぅ」

 

痛みに呻くローズマリー。彼女はバックステップでシルヴィから距離を取ると片手で大剣を正眼に構えた。

 

致命傷と思われた脇腹の怪我、歪ながらそれが今の攻防の間に塞がっている。顔の怪我もそうだ、耳が再生し、そこに皮が出来始めている。

 

そして、たった今切り落とされた左肩の肉が蠢き、そこから枝を伸ばすように肉が盛り上がっていく。

 

シルヴィは顔に驚愕を張り付けてその様子をただ見つめた。

 

「…………」

 

そして、見つめる事十数秒、ローズマリーの最初怪我は完璧に治癒し、皮膚こそないが大まかに左腕も再生してしまった。

 

とんでもない再生能力である。

 

そんなローズマリーの再生能力にシルヴィが警戒した。

 

「……防御型?」

 

そう、シルヴィが呟いた。

 

防御型とは戦士のタイプの事である。

 

戦士には大きく分けて二つタイプがある。

 

一つは攻撃型、その名の通り攻撃能力に優れる者が多く、歴代ナンバー1の殆どがこのタイプに分類される。

 

そして、もう一つが防御型、回復能力に優れ、攻撃型には出来ない完全な四肢の再生が出来、攻撃型では致命傷に近い内臓破壊すらモノによって治癒可能なタイプである。

 

ローズマリーはこの防御型に分類される。そう、シルヴィは推測した……いや、しかけたのだ。

 

「うんうん、そんなはずない。金眼になる程度の解放だけで覚醒者の僕を超える再生能力…そんなのは明らかに異常だ、君は一体なんなんだ?」

 

「…………」

 

その問いかけにローズマリーは答えない。

 

いや、答えられないが正確か。彼女は砕けるほど強く歯を噛み締め、何かを必死に抑え込もうとしているようだった。

 

「なんでこの場面でまた、妖気を沈めてるの? 訳がわからないよ……でも、なんか、君はヤバそうだな」

 

シルヴィは得体の知れない危機感をローズマリーから感じた。

 

「危ないものは消さないとね」

 

そう言ってシルヴィは短剣の照準をローズマリーに合わせる、先は一本だったが今度は四本だ。

 

「だから早めに死んッ!?」

 

シルヴィが真横に跳ぶ、つい今しがたまでシルヴィの胴体があった位置を大剣が通過した。

 

ヒステリアの一撃だ。

 

ヒステリアは鋭い舌打ちをした後、ローズマリーを守るように彼女の前で大剣を構えた。

 

「いたた、その子に意識を向け過ぎたか」

 

シルヴィは浅く斬られた背中を見て己の不注意を苦笑する。そして、彼女は自分に傷を負わせたヒステリアに苦言を漏らした。

 

「それにしても君はナンバー1のくせに不意打ちが多くない? 最強が不意打ちばかりなのは下に示しがつかないよ」

 

「ふん、無視するのがいけないのよ、私、無視されるのが一番嫌いなの」

 

シルヴィの苦言に悪びれもせずヒステリアが吐き捨てた。

 

「うわ、なにその発言、自意識過剰……まあ、良いよ、望み通り君をメインで相手してあげる、どうやらその子はまだ動けないようだからね」

 

そう言ってシルヴィはニヤリと笑った。

 

「……ッ!」

 

その言葉を否定しようローズマリーが一本足を踏み出し、その瞬間、彼女は膝をついた。

 

彼女は金から銀に戻った目で、自分の身体を見る。

 

その身には既に怪我はない。

 

だが、全身に力が入らない、これ怪我の影響ではなく、妖力を解放したあとそれを抑え込む、たったそれだけで起こった現象だった。

 

ローズマリーは己の不甲斐なさに弱々しく拳を握った。

 

「ローズマリー」

 

そんなローズマリーにヒステリアが優しく声をかけた。

 

「少し休んでなさい」

 

「ヒ、ステリア、さん」

 

「私はあなたがどういう状態か分からない、でも無理してることだけは分かるわ、だから休みなさい、こいつの相手は私がする」

 

そう言い切りヒステリア真っ直ぐと大剣をシルヴィに向けた。

 

「へぇ、言ってくれるね、メインとは言ったけど正気? 君一人で僕の相手が務まるとでも?」

「そう、です、ヒステリア、さんだけじゃ」

 

愚かだと揶揄して言うシルヴィ、無茶だと止めるローズマリー。

 

「舐めるな」

 

そんな二つの意見をヒステリアは一刀両断した。

 

「もう一度言うわ、こいつの相手は私がする。心配しなくていいわ、たかが元ナンバー5覚醒者、そんな奴に私が負けるはずないもの」

 

そう自信満々に言い切るヒステリア、その言葉にシルヴィが反論する。

 

「もう、だからさっきも言ったでしょ、僕はナンバー1の覚醒者だって」

 

「ふん、利き手を失ったくらいでナンバー5まで落ちる弱っちいナンバー1でしょ? そんなのそこらの覚醒者と変わりないわ」

 

その挑発にシルヴィの顔が引き攣った。

 

「……本当に君は口が悪いね、いいよ、じゃあ、無知な君に教えてあげる、戦士と覚醒者の絶望的な力の差をね」

 

「……ふん、着いて来なさい」

 

そう言ってヒステリアが走り出した。

 

「あれ、その子を無防備にしていいの?」

 

そう、短剣型の腕をローズマリーに向けながらシルヴィが言った。

 

しかし、そんなシルヴィの行動にヒステリアは動揺しない。

 

「あら、ナンバー1は不意打ちしないんでしょ、それともやっぱりナンバー5だからあなたはするのかしら?」

 

「……言ってみただけだよ、ムカつく奴だな」

 

そう会話を交えるとローズマリーを置いて二人は風のように離れて行った。

 

 

 

「どう、しよう」

 

身体の不調とは別の要因でローズマリーの顔が青くなる。

 

このままではヒステリアが危ない。

 

確かにヒステリアは強い。

 

歴代ナンバー1の中でも五指に入ると言われたその力はそんじょそこらの覚醒者では相手にすらならない。

 

だが、アレはダメだ。

 

鋭剣のシルヴィ。元ナンバー1の覚醒者、アレはそこらの覚醒者とは格が違う。戦ってみて分かった、アレにヒステリア単独で勝利するのは困難だと。

 

「くっ」

 

歯を噛み締め、膝に手を置き、ローズマリーは立ち上がる。

 

ふらつく意識に、力の入らぬ身体、コンディションは最悪だ。

 

「くっそ、このポンコツ!」

 

ローズマリーは平手で自分の太腿を叩く、だが、痛みは感じるも力がまるで入らない。

 

こんな状態では足手纏いにもなれない。

 

遠くで強大な妖気同士がぶつかり合う。

 

妖気の強さからヒステリアが更にもう10%ほど妖力を解放したようだ。

 

「……ヒステリアさん」

 

ローズマリーは聞こえてくる剣戟の音に焦る。よく聞いた音だ。あの音は大剣で攻撃を受ける音だ、大剣で攻撃する音ではない。

 

つまり妖力を引き上げながらもヒステリアは既に押されている。

 

「…………」

 

どうすればいい。ローズマリーは必死に考えた。

 

体調は一向に良くなる気がしない、いや、少しずつ良くはなっている、だが遅い、あまりにも遅い、しかも、良くなる順番が頭、耳、口と上から回復してきている。

 

「(口が回るからどうなる? 挑発でもしろと? 耳が良くなった? それがあの戦いに役立つのか? くそっ! 回復するならまず足からにしろ!)」

 

ローズマリーは内心で自分の身体に文句を垂れた。

 

だが文句を言っても仕方がない。今はこの状況を打破しなければ。

 

「どうしよう」

 

同じ言葉を繰り返す。

 

方法がない。

 

「…………」

 

いや、嘘だ、方法ならある。だがローズマリーには決意がないのだ。

 

ローズマリーは知っている。この最低のコンディションを一発で絶好調まで引き上げる方法を。

 

それは本当に簡単な事だ。

 

ただすればいい。

 

 

もう一度、妖力解放すればいい。

 

「…………」

 

ローズマリーはじっと自らの掌を見つめる。

 

その掌は先ほどよりも震えている、恐怖の所為だ。

 

「…耐えられる? 」

 

そう、ローズマリーは自らに問いかけた。

 

おそらく、シルヴィに勝つには最低でも30%は妖力を解放しなければならない。

 

だが、先程の解放は10%だ。それを死ぬ気で抑え込んだから、こんなコンディションになった。先程の三倍、果たしてそれを抑え込めるだろうか?

 

「…………」

 

いや、それどころか、まずシルヴィに向かって行けるのだろうか?

 

ローズマリーの妖力解放は他の戦士とは違う。彼女のソレは特殊なのだ。

 

普通の戦士は妖力解放70%を超えると意識混濁が起こり80%で “戻れなくなる” つまり覚醒してしまう。

 

だが、ローズマリーの場合は違う。

 

彼女の場合、20%で意識混濁が起こる、そして、何%で覚醒するかまだ分かっていない。

 

いや、もしかしたら覚醒すらしないのかも知れない。

 

「…………」

 

遠くで聞こえる剣戟の音に肉を裂く音が混じり出した。

 

限界だ。もう、時間がない。

 

「…………」

 

自分を助ける為に来てくれたヒステリア。

 

そんな彼女を見殺しにするのか?

 

 

そんな事、出来る筈がない。

 

ローズマリーは唇を噛んだ、歯が皮膚を破り、口内に血が溢れるが構わず噛んだ。

 

 

 

そして、彼女は決意を固める。

 

 

「……ああ、もう、本当に頼むよ、お願いだからヒステリアさんだけは襲わないでね」

 

泣きそうな顔で自分に言うローズマリー。

 

彼女は再び妖力を解放した。

 

敵はシルヴィ。

 

敵はシルヴィ。

 

敵はシルヴィ。

 

敵はシルヴィ。

 

念じるように自身に刷り込むようにローズマリーは何度も何度も言い聞かせる。

 

そして、ローズマリーの瞳が金に染まった。

 

彼女はそこから徐々に妖力を上げていく。

 

 

 

……しかし。

 

「……あ」

 

妖力が20%を超えた辺りで不意にローズマリーの意識がブラックアウトした。

 

 

 

 

 

意識が途切れる寸前、口に溢れる血の味が酷く美味しく彼女は感じた。

 

それは久しぶりに感じた懐かしい味だった。

 

 

 




クレイモアの暴走モードは……

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