クレイモアとは妖魔の血肉を取り込んだ、半人半妖の存在である。
彼女達は常人より遥かに優れた運動能力と大抵のケガを傷跡も残さず回復できる高い治癒力を持ち、それでいて、非常に少食で一週間程度なら飲まず食わずでも身体機能に影響が無い。
体温を調節し極寒の環境にも耐え得るし、年月を経ても老衰せず若々しい肉体を保つ。
そんな実に優秀な戦士である。
だが、その程度ではダメなのだ。
組織が求めるのはその程度の存在ではない。
彼等の目的を考えれば、常人より遙かに優れるのではなく “化物” より遙かに優れなければ意味がないのだ。
ただ、勿論、戦士で組織の理想を満たすレベルの戦士が居ない訳ではない。
中には化物以上の力を持つ戦士も生まれる。だがそれは偶然だったり元から才能があったりと数百人に対して僅か数人の割合、それではダメなのだ。
全ての戦士がーーいや、作られる全ての半妖が化物以上でなければならない。
そう、せめて、誰もが中位の覚醒者くらいの力を持っていなければいけない。
しかし、それを実現するには妖魔の血肉では力不足だった。
ならばどうする?
簡単だ、妖魔に近くより強い化物の血肉を使えば良い。
急激な緩急が残像を生む。
残像を囮に滑らかな動きでヒステリアがシルヴィの背後に回り、斬撃を放った。
……しかし、
「ふふ、どうやらそろそろ限界みたいだね」
切り裂いたのはシルヴィの残像だ。
シルヴィはヒステリアのお株を奪う、流麗な動きで彼女の裏をかくと、大剣の空振りで隙が出来たヒステリアに痛烈な蹴撃を叩き込んだ。
「…ごふ!?」
脇腹に直撃した蹴りが肋骨を纏めて砕く、そのままヒステリアは地面と平行に蹴り飛ばされ町と外を区切る強固な壁に背中から突っ込んだ。
「かはっ!」
背中を強打し肺の空気が勢い良く吐き出される。空気に混じりヒステリアの口からは少量の血が吐き出された。
……そんなヒステリアに、
「それっ!」
シルヴィが容赦なく追撃する。
ヒステリアが地に落ちる前に高速の突きが彼女に襲いかかった。
猛烈な勢いで放たれた刺突、ヒステリアは辛うじて突きと自分との間に大剣を滑り込ませた。
轟音が辺りに響く。
刺突に押される形で大剣の腹と壁とのサンドイッチとなったヒステリア。
それから数瞬後、その尋常じゃない突きの威力に壁が壊れる。
大剣が手から離れ、投げ出されたヒステリアがゴロゴロと町の外へと転がっていく。そんな彼女に追いつき、シルヴィは潰さぬ程度にヒステリアを踏みつけた。
小さな呻き声がヒステリアから漏れる。彼女は虫の息だった。
「……ふぅ、疲れた」
そうシルヴィが呟いた。その声にはやりきった感がある。それは久しくしていない強者との一対一の戦いに勝利したが故であろう。
戦いは終始シルヴィが押していたが、危ない場面が何回かあった。シルヴィに大きな怪我はないものの小さな傷なら幾つかある、その傷があるのはどこも急所だ。
もし、回避が少し遅れていたら。
もし、まともに食らっていたら。
今、倒れているのはシルヴィだったかも知れない。そう思わせる程、ヒステリアとシルヴィの実力は拮抗していたのだ。
「…危なかったよ、君にもう少し持久力があれば負けていたのは僕だったかも知れない」
「が…こ、の」
拘束を解こうとヒステリアが必死にもがく。
だが、彼女にはもう、手加減したシルヴィの足を振り払う力も残っていなかった。
「充実した時間だった。本当に、こんなに楽しい戦いは覚醒してから味わった事がなかったよ」
「……ふ、ん、まっ、たく、うれしくない、わね」
シルヴィの賞賛にヒステリアは途切れ途切れの言葉で毒づいた。
「はは、そう突っぱねるなよ、本気の本気で褒めてるんだ、君は強かった」
「うる、さい」
「はぁ、君はこの状況でも変わらないんだね」
シルヴィは頑なな態度のヒステリアに溜息を漏らした。
「…まあ、自分を曲げないのはナンバー1らしいくて良いと思うよ」
シルヴィはどこか羨望しているように言うと突撃槍をヒステリアに向けた。
「(これで、終わり?)」
自分に向けられた槍を見上げヒステリアは思った。
私は特別だから死なない。そう考えていた自分がいる。
訓練生時代から飛び抜けて強く、今まで戦い続けてきたが苦戦した事なんて数えるほどしかない。
そして、その苦戦も必ず乗り越えられる程度のモノ。
それだけヒステリアは強かった。
だから、ヒステリアは思っていた。自分は特別であり絶対に死なない存在だと。
だが、そんなモノは錯覚だった。
死が目の前に迫って初めて気づいた。
確かに自分は特別だった。でも、絶対に死なないほどは特別ではなかったのだと。
「(ああ、こんな事になるなら、あの子について行かなきゃ良かったかな? )」
そんな思いが頭に浮かぶ。
だが、それは直ぐに否定された。
「(……いや、いずれ死ぬならせめて美しく終わりたい、そう、思えば友達を守ろうと格上に挑んで負けるなんて、死に様としては中々美しい最期じゃない)」
そんな自分の考えにヒステリアは心の内で小さく笑う。
「じゃあね、ヒステリア」
「…気安く、呼ぶな」
やはり変わらぬヒステリアの態度に苦笑し、シルヴィは構えた槍を大きく引きーーそこでこちらに向かう強大な妖気を感じ取った。
「……この妖気はローズマリー?」
シルヴィが怪訝そうに言う。
イマイチ自信がなさそうなのは妖気の質があまりにも戦士とはかけ離れていたからだ。
先ほど少しの間だけ感じたローズマリー妖気、その時も何かおかしな気がしたが、今ならはっきりおかしいと思った理由が分かる。
この妖気の質は覚醒者のソレなのだ。
「覚醒した? ……いえ、元々覚醒していたの?」
シルヴィが足の下のヒステリアに問う。
だが、ヒステリアは目を見開き、町から迸る妖気の方を見つめていた。
「……なるほど、君にも秘密だった訳だ、妖気を常に抑えていたのは戦士と組織に覚醒者と悟られない為かな」
「嘘、そんな、はずないわ」
ヒステリアが愕然としたように呟く。
その時、町中から轟々とした地響きが響き……次の瞬間、空から一つの影がシルヴィとヒステリアの近くに降り立った。
それはローズマリーだ。
高所からの着地した為だろう、彼女の足元が陥没する。
だが、陥没した地面に対しローズマリーに怪我はなかった。
「……ここまで跳んだの? 凄いね」
そう言いながらシルヴィはローズマリーを観察する。
身長は170前後、肩口まである銀髪に爛々と輝く金の瞳、整った顔立ちは凛々しく、だが、どこか幼さを感じさせる。ボロボロとなった衣服から覗く手足は細く、あの豪腕の持ち主とは思えない。
「(何も、変わってない?)」
シルヴィは金眼になった以外変化がないローズマリーに首を傾げた。
妖気の質は相変わらず覚醒者のソレだ。だが、ローズマリーは覚醒体にもならずただ瞳を金に染めているだけだった。
ローズマリーが覚醒者ならこの場面で覚醒体にならないのはおかしい。
「(よく見なさい、覚醒なんてしてないじゃない)」
不審に思うシルヴィとは逆にヒステリアは安堵していた。
ローズマリーの姿は妖力解放した戦士のソレだ。おそらく解放率は30%、顔つきが変わる直前辺りまでの解放なのだろう。
だが、30%でも感じる妖力の力強さはヒステリアの50%に匹敵する。
先のローズマリーの体調不良から考えると、ローズマリーが妖力解放したがらなかったのはおそらく、強大過ぎる妖力に自分の身体がついて行けないから。
そう、ヒステリアは考えた……自分の都合の良いように。
「……良かった、もう動けるのね」
ヒステリアがローズマリーに話しかけた。
だが、
「…………」
ローズマリーは答えない。
それどころか、
「(私を、見ていない?)」
そう、ローズマリーはヒステリアを見ていないのだ。瀕死となりシルヴィに押さえつけれているヒステリアを見てすらいないのだ。
確かにヒステリアに視線を向ければシルヴィに隙を晒さすだろう。だが、一瞥すらしないのはさすがにおかしい。
その様子に先の安堵を消し飛ばす凶悪な悪寒をヒステリアは感じた。
「君、覚醒したんじゃないの?」
「…………」
ローズマリーはシルヴィの問いにも答えない。
そして、ローズマリーはゆっくりとシルヴィに向かい歩き出す。
やはり彼女は瀕死のヒステリアに目もくれない。その視線はただシルヴィに固定されている。
そんなローズマリーの姿を見て何故かシルヴィの背筋に冷たいものが走った。
「ねぇ、何か言いなよ」
「…………」
「見えないの? その子、君を守ろうとこんなにボロボロになったんだよ」
「…………」
「大剣はどうしたの? まさか素手で戦う気?」
「…………」
そのままローズマリーは歩いてシルヴィの間合いに入った。
隙だらけだ。
当然、隙だらけなら攻撃する。
三本の短剣が閃光と化す、一瞬で伸びたシルヴィの腕がローズマリーの胸と胴体を貫いた。
心臓、肺、肝臓、重要な臓器を三つも壊した。
これは例え防御型だとしても致命傷だ。
「ローズマリー!?」
ヒステリアが悲鳴を上げた。
「…………」
ヒステリアの悲鳴に初めてローズマリーは彼女を見る。
だが、彼女はすぐにヒステリアから視線を逸らし自分を貫く三本の腕を凝視した。
「……狂っちゃったの?」
あっけな気なく致命傷を与えられたローズマリーに首を傾げるシルヴィ。
たった今感じた悪寒はなんだったのか?
そんな事をシルヴィが、考えた時、ローズマリーが左右の手で二本の腕を握る。
「……いっ」
同時に鋭い痛みがシルヴィに襲いかかった。
痛みの発生場所は腕の中間、ちょうどローズマリーが握っている部分だ。
急ぎシルヴィは自らの腕を見る。すると自分の腕は半ばから刃に断たれたように斬れていた。
「……ッ!?」
「うぐぅ!?」
それを見てシルヴィはバックステップ、踏みつけられていたヒステリアがその衝撃で意識を失う。
もしかしたら死んだかも知れない。
シルヴィは密かにヒステリアを殺すのは槍と決めていたのだが。そんな事を気にしていられなくなった。
ここに来て、シルヴィが感じる悪寒が爆発的に高まる。
ローズマリーから漂う妖気の強さが増した。
いや、正確には増している、それもとんでもない勢いだ。
「……冗談だよね」
覚醒してから忘れていた死の気配、それが盛大に襲いかかりシルヴィの心臓が早鐘のように鳴り始めた。
「…………」
ローズマリーの腹部から大量の血が溢れる。
一息に腹部から腕を引き抜かれ、ただでさえ大きな傷口が更に大きくなったのだ。
だが、そんなローズマリーの腹に開いた大穴が見る見る内に塞がっていく。
そして数秒後、傷口は綺麗さっぱり消え去った。血の跡がなければそこに大穴があったと信じられないほど完全に。
「…………」
ローズマリーは寸断され自分に刺さったままの二本の腕を無造作に引き抜く。
やはりその傷もほんの数秒で消える。
元防御型の覚醒者に匹敵……いや、凌駕する再生力だ。
そして、ローズマリーは引き抜いたシルヴィの腕を口元に運ぶと、
……躊躇なく嚙りついた。
ボロボロと一部を地面に落としながら、頑強な外殻に覆われた腕がローズマリーの口の中に消えていく。
それを見て、シルヴィは自分の判断ミスを知った。
「……はぁ、意地なんて張らず、あの時、殺しておくべきだったか」
覚醒者かは分からない、だが、断じて普通の戦士ではない。
自らの腕を食べるローズマリーを冷や汗交じりに見つめながらシルヴィは残った刺突槍と短剣の腕を構えた。
戦う気なのだ。
未知の相手だ、普通ならここは一旦退くべきだろう。
「……逃げるのは性に合わないんだよね」
だが、シルヴィは元ナンバー1のプライドがある。そのプライドがシルヴィから逃げるという選択を消し去った。
「ーーフッ!」
シルヴィが地を蹴り一直線に踏み込んだ。
狙いは顔面。
風を貫き、刺突槍がローズマリーの顔に迫る。
その刺突をローズマリーは左手で掴んだ。金属が引き千切れるような異音が響く。
だが、槍はそれでも止まらない。
手の内で槍が滑る、そのまま速度を落としながらも槍がローズマリーの顔面へ。
そんな槍に対しローズマリーは大きく口を開いた。
ガキンという、金属音がローズマリーの顔面から鳴った。
そして、シルヴィの刺突が止まる。ローズマリーは槍が自分に到達する直前、槍の穂先に噛みついたのだ。
「く、この悪食め!」
シルヴィはローズマリーを振り払うために全力で腕に力を入れる。
だが、動かない。まるで万力に挟まれたようにシルヴィの腕は停止していた。
冷静に観察すればローズマリーの爪と指が刃のように硬化し槍に突き刺さいる。
「(部分覚醒!? やはり覚醒しているのか?)」
一部だけを覚醒させる能力、稀に戦士でも使える者が出るが基本は覚醒が使うモノだ。
「チッ」
この固定は力技では解けない。
シルヴィは瞬時にそう判断すると即座に足を振り上げる。
すくい上げるように走った蹴撃がローズマリーの腕に直撃。嫌な音を響かせて彼女の右手を蹴り砕いた。
「ーーシッ!」
この一撃で自由となったシルヴィが妖力を腕に集中、渾身の連続突きを放った。
四本の腕から走る高速の刺突の嵐。ソレが閃光のようにローズマリーに迫る。
「…………」
だが、そんな刺突の嵐にローズマリーは突っ込み、
潜り抜けた。
「なっ!?」
驚愕の声を漏らすシルヴィ。
当たり前だ、今のは明らかに無謀な行為だったのだから。
あの連続突きに避ける隙など全くなかった。だから潜り抜けるなんて不可能な筈だった。
しかし、ローズマリーは潜り抜けた。
その身に降り注ぐ刺突の雨、この連撃に対しローズマリーは頭に当たるモノだけを避け、それ以外は完全に無視した。
結果、ほぼ一直線にシルヴィに接近したローズマリーは突きを潜り抜ける代償に多数の刺突をその身に受け、穴ぼこだらけになってしまった。
だが、一直線に向かった故に攻撃に晒される時間は極短時間、それは普通の戦士や覚醒者では無謀な行為でも、異常な再生能力を持ったローズマリーには最善の行為だったのだ。
「…くっ」
自分の攻撃を凌ぎ。眼前にいるローズマリーが残った左腕を大きく引き、それを放つ。
高速の槍と化した抜手がシルヴィに迫る。
ーー避けねば。
そう、シルヴィは思うが動けない。連続突き後の硬直と驚愕による僅かな思考停止が攻撃を避ける時間を奪ったのだ。
そして、ズブリと肉に埋まる嫌な音が小さく響いた。
「が、ぐっあ」
鋭利な刃物のように……否、鋭利な刃物そのものと化したローズマリーの右手が槍のように伸び、シルヴィを貫いた。
それはシルヴィの短剣とそっくりだった。
「ぼく、をまね…て?」
「…………」
その時、身体の中で何かが蠢く気配がした。
「待っ」
待って、そうシルヴィが言おうとした瞬間、幾つもの巨大な棘が彼女の身体を突き破り顔を出す。
「あ…が、が…か」
意味の無い声がシルヴィの口から漏れた。見れば棘の一本が彼女の後頭部から突き出ている。
これは覚醒者でも致命傷だ。
そのまま、シルヴィの巨体が揺らぎ地に倒れ伏す。
それからシルヴィは二度と動かなくなった。元ナンバー1の覚醒者とは思えぬ呆気ない最期であった。
「…………」
シルヴィが倒れると同時にローズマリーも地に転がる。
当たり前だがシルヴィの連続突きに突っ込んだ代償は大きい。最初の勢いが死んでなかったから攻撃に持ち込めただけでローズマリーは立つ事も出来ない身体になっていたのだ。
「…………」
だが、そんな身体も30秒で完治する。
ローズマリーの全身の肉が蠢き、あり得ない再生能力で身体を修復し終えると。ゆっくりとシルヴィの遺体に覆いかぶさった。
冒涜的な音が辺りに小さく鳴り出した。
「…ぐ」
鈍痛でヒステリアは目を覚ました。
「……?」
ヒステリアは今まで自分が何をしていたのか分からなかった。
状況判断が遅いのも仕方ない。
戦士になってそれなりに長いが彼女は戦闘中に意識を失ったことが無いからだ。
「………ッ!?」
暫く呆然とした後、ようやくヒステリアは意識を失う前の状況を思い出した。そして、彼女は全身を襲う鈍痛を無視して立ち上がる。
「ぐ…なんで、生きてるの? じゃあローズマリーが勝ったの?」
あの状況で意識を失う、それ即ち死と同義である。それでも自分が生きているのはローズマリーが勝ったからだ。
そう、判断したヒステリアはローズマリーを探す為、辺りにを素早く見回した。
ローズマリーは直ぐに見つかった。彼女はほんの20メートルも離れていない場所で倒れこんでいた。
「ローズマリー!」
ヒステリアが安心したような声を上げる。
見た所、ローズマリーに怪我がないからだ。
そのまま、彼女は嬉しそうにローズマリーに近づき、
「…………」
二歩目で足を止めた。
何か、重要な事を忘れている。
自分がシルヴィに組み敷かれている時、その時、現れたローズマリーはどこかおかしかった。
そして、シルヴィはなんと言った?
そう、確かローズマリーが覚醒しているとか。
「…………」
ヒステリアはローズマリーをしっかりと見た。
彼女に大きな怪我は見当たらないーーだが、彼女の腹はまるで出産前の妊婦のように膨らんでいる。
そして、ローズマリーの周りには赤黒い多数の肉片が転がっていた。
「…………」
再び、ヒステリアは歩き出すーーただし、自分の大剣を拾う為に。
やらなければならない事は分かっていた。
もう、意識はしっかりとしている。先程はシルヴィの攻撃で朦朧としていた。
だから自分に都合の良い答えを出した。
だが、冷静になった今だから分かる。ローズマリーから漂う暗く澱んだ底知れぬ強大な妖気に。
この妖気の質は紛れもなく覚醒者のモノ、それもあのシルヴィすら圧倒する未だ嘗て感じた事ないレベルの妖気だ。
もしかしたら今いる覚醒者の中で最も強いのでは?
そう、思ってしまう程、ローズマリーが秘める妖気は絶大だった。
「…………」
転がっていた大剣を拾い、ヒステリアは一歩一歩ゆっくりとローズマリーに近づく。
怪我のせいか? それともこれからやる事の為か? 手に持つ大剣がやけに重かった。
「……ローズマリー」
ヒステリアがローズマリーの下まで到着した。
ローズマリーは眠っている、怖い夢でも見ているのか、苦悶の表情を浮かべていた。その表情を見て、無性に彼女を起こしてあげたくなるも、寸前でそれを押さえる。
もし、起こしてしまえば勝ち目などないからだ。
「…………」
無言で、ヒステリアは大剣を振り上げる。カタカタと揺れる大剣が自分の迷いだと知りながらも彼女はソレを断ち斬る決意を固めた。
「(ああ、そういえば一度似たような事があったわね)」
ヒステリアは思い出す、数年前、黒の書を送られた相手の事を。
接点の薄い相手だったが、その戦士はヒステリアに憧れていた。だから “限界” を向かえた時、覚醒してしまう前にヒステリアに終わらせて欲しかったと言っていた。
ローズマリーも同じ状況ならソレを選んだだろうか?
「……ごめんなさい、間に合わなくて」
そう小さく呟き、ヒステリアは歯を噛み締める。
……そして、
彼女は大剣を振り下ろした。
何事にもプロトタイプというのが存在しますよね。
例えば、クレイモアで言えばアリシアのプロトタイプであるルシエラ。
ローズマリーもそのプロトタイプです。