天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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原作より気弱なアガサ。

原作通り、度胸が凄いダーエ。


第8話

澄んだ金属音が鳴り響いた。

 

見ればヒステリアの大剣が同じ大剣に止められている。

 

それにヒステリアが驚いた。

 

「アガサ!? でも妖気なんて全然……妖気を消す薬か」

 

疑問を抱き勝手に自己解決したヒステリア。そんな彼女に睨まれてアガサはすくみ上がった。

 

「……なんのつもり、なんで私の邪魔をするの?」

 

「う…わ、私だって邪魔なんかしたくないわよ! でも、あいつが止めろって言ったのよぉッ!」

 

そう叫びアガサが鍔迫り合いの状態から全力でヒステリアを押す。

 

ヒステリアはそれに逆らわず後ろに飛んだ。

 

「……あいつ? あいつって誰?」

 

ヒステリアは軽やかに着地、大剣を構えたままアガサに質問する。

 

「私だ」

 

その質問に答えたのはアガサではなかった。

 

「……ダーエ、なぜあなたがここに?」

 

組織の最高研究者の登場にヒステリアの眉がピクリと動く。

 

何か、裏がある。何故なら本来研究者である彼がこんな場所まで出張ってくるはずないのだから。

 

「なに、ローズマリーが任務をしっかりこなしているか観察しに来たのだよ」

 

くっくっくと笑い、ダーエはヒステリアの質問に答える。

 

それを聞いて、ヒステリアが殺気立った。

 

「まさか…この任務、あなたが回したの?」

 

「その通りだ」

 

殺気が高まった。

 

高まったのは殺気だけではない、妖力もだ。

 

強大な妖気の発露にアガサの顔が盛大に引き攣る。

 

今、アガサは妖気を感知出来ない。にも関わらず、ヤバイと感じるほどヒステリアの雰囲気は苛烈だった。

 

「(な、なんで私がこんな目に合うのよ!?)」

 

アガサが内心で自分の不幸を叫ぶ。

 

ないと思うが……思いたいが、もしも、ヒステリアがダーエに襲いかかった場合、護衛である自分がヒステリアに立ち向かわねばならない。

 

だが、アガサはこのヒステリア相手に1分保たせる自信もなかった。

 

というか、生き残れる自信がなかった。

 

「なぜ、こんな無茶な任務をローズマリーに与えた」

 

静かだが怒りに満ちた声でヒステリアが問い詰める。

 

そんなヒステリアにダーエは肩を竦めた。

 

「無茶な任務? どこがだ」

 

「どこが、ですって…ふざけないで、まさかナンバー1の経験がある覚醒者の単独討伐が無茶じゃないと言うつもり?」

 

そのヒステリアの質問にダーエはニヤリと口を歪めた。

 

「もちろん、そう言うつもりだ」

 

殺気が爆発した。

 

「ーーッ! 貴様」

 

「あーストップ! ストップ! 待って! 待ちなさいヒステリアッ!」

 

 

アガサが今にもダーエに襲いかかりそうなヒステリアを必死に止める。

 

それによりヒステリアは動きを止めるが代わりに収束した妖気と殺気をダーエに放つ。

 

放たれた殺意がダーエの顔を叩く。だが、それに対しダーエは更に口を歪め、楽し気な笑みを浮かべた。

 

「なぜ怒る? ちゃんとローズマリーは任務を遂行出来たではないか」

 

「遂行出来た!? この子、覚醒しちゃったじゃない!」

 

激しい怒りを纏いヒステリアが叫んだ。

 

この場に渦巻くヒステリアの殺意は最早敵対者に放つレベルのモノになっている。

 

「(……も、もうダメかも?)」

 

アガサは諦めの境地に達すると、ただ強く大剣を握り正眼に構えた。

 

そんなアガサを他所にヒステリアとダーエの会話は続く。

 

「そう見えるのか? こいつは覚醒していないぞ」

 

「……何を言っている? この妖気の質は覚醒者のソレだぞ」

 

お前は戦士じゃないから分からないんだ。

 

そう、ヒステリアが、つけ加える。

 

だが、そう言われてもダーエは小揺るぎもしない。

 

彼は組織の誰よりも戦士について詳しい自信があったのだ、それこそ当の戦士自身よりも。

 

「……ふむ、ならば証拠を見せよう、アガサ、ローズマリーを起こせ」

 

「うぇっ!?」

 

突然の無茶振りにアガサの顔を青くした。

 

アガサに取ってヒステリアと戦う決意よりローズマリーを起こす決意の方が数段持つのが難い。

 

何せ、アガサはダーエと共にシルヴィ捕食のシーンを目の当たりにしている。

 

そのシーンを見て彼女がローズマリーに抱いた感想は覚醒者を超えた化物ーー悪魔だ。眠れる悪魔を起こすなんて真似、彼女には出来ない。

 

むしろ、内心ではヒステリアにローズマリーを殺して欲しいと思っているくらいだ。

 

「……じょ、冗談よね? こんな化物を起こしたらこの場の全員喰い殺されるわよ!」

 

恐怖から肩を震わせ、アガサは無茶を言うダーエに涙目で振り返った。

 

そんなアガサを殺す目でヒステリアが睨んでいる。ローズマリーを侮辱され怒っているのだ。ただ、涙目で焦るなアガサはそれに気づかない。

 

それ果たしてそれは幸か不幸か? この場に置いては幸と言えるかも知れない。既にアガサの心労はピークを迎えているのだから。

 

「問題ない、例えローズマリーが暴走状態でも……いや、むしろ暴走状態の方が安全かも知れん、何せ、その時は妖魔と覚醒者だけを殺すように条件づけしてある」

 

「なっ!?」

 

「えっ!?」

 

そのダーエの言葉に戦士二人は愕然とした。

 

「……なにそれ、どういう事?」

 

ヒステリアが強い不信感を持った声を発した。

 

「くっくっく、こいつは根本からお前達とは違うというだけだ」

 

含みのある言葉にただでさえ苛立っていたヒステリアが更に苛立つ。

 

これ以上刺激するな、そうアガサは冷や汗を流しながら思った。

 

「ちゃんと説明しなさい」

 

「ふふ、そう焦るな、先ずはローズマリーを起こそうじゃないか」

 

「…………」

 

その言葉に少しだけヒステリアの怒りが収まる。

 

ちゃんと説明がされる、そう確信したのだ。

 

なぜ確信したかといえば、話したくて仕方がない、そうダーエの顔に書いてあるからだ。研究者というのは得てして自分の作品を他人に自慢したがる生き物なのだ。

 

「さぁ、アガサ、ローズマリーを起こせ!」

 

そう、ダーエが珍しくテンション高めに命令を下した。

 

しかし、そんなダーエにアガサは全力で首を横に振った。

 

「い、嫌よ、そんな自殺みたいな真似!」

 

「……はぁ、お前、本当にナンバー2か?」

 

興が削がれた。そんな顔でダーエは溜息を吐くと、周りにいる下級構成員の一人に声をかけた。

 

「……しょうがない、おい、そこのお前」

 

「わ、私でしょうか?」

 

「そうだ、お前だ、ローズマリーを起こせ」

 

拒否権はない、そうつけ加えるダーエ。

 

下っ端の辛い所である。

 

「……りょ、了解しました」

 

青い顔の下っ端が意を決し、恐る恐る、ローズマリーに近付く。

 

その時、ローズマリーが寝返りをうった。

 

「……っ!」

 

下っ端は恐怖のあまり息を荒げる。

 

「はあ、はあ……だ、大丈夫だ、俺なら出来る、出来るッ!」

 

だが彼は命令実行の為に自分を鼓舞すると、倒れる彼女にゆっくりと、

 

 

 

……足を伸ばし、ツンツンと蹴った。

 

 

その時、凄まじいキレの「流麗」が炸裂。

 

ヒステリアが一瞬にしてアガサの横を通過する。アガサは反応すら出来ない。そのままヒステリアはローズマリーの下に到達すると、彼女を蹴った下っ端を殴り飛した。

 

「ぐはっ!?」

 

吹っ飛んだ下っ端がゴロゴロと地を転がり、そして止まる。

 

「…………」

 

彼はピクリとも動かなくなった。

 

「おいおい、殺してないだろうな? お前を粛清せねばならなくなるぞ」

 

倒れた男をどうでも良さそうに見た後、ダーエがヒステリアに軽く注意する。

 

「……死なない程度には手加減したわよ」

 

そう吐き捨てるとヒステリアはしゃがみ込んでローズマリーの肩を軽く揺らした。

 

「おやおや、お前が起こすのか? お前に信じさせる為にそいつに起させようとしたのだが」

 

「……覚醒してないんでしょ?」

 

「ああ、していない」

 

「なら、私が起こすわ……それが友達の役目よ」

 

それだけ言うと再びヒステリアはローズマリーの、肩を揺らし、耳元で優しい囁いた。

 

「起きて、ローズマリー」

 

「…………」

 

反応がない。

 

「ローズマリー」

 

「…………」

 

反応がない。

 

「ローズマリー!」

 

「…………」

 

やっぱり反応がない。

 

 

「………起きないんだけど」

 

ヒステリアが恨めしそうにダーエを睨んだ。

 

「…ふむ? 久しく使っていなかった妖力解放で消耗したようだ。相手が深淵に近い力の持ち主だったのもそれに拍車をかけたのだろう」

 

ダーエがスタスタとローズマリーの下へ歩くと、そのまましゃがみ込み、無造作に彼女の瞼を指でこじ開けた。

 

ローズマリーの瞳は未だに鮮やかな金色だった。

 

「……乱暴にするな」

 

「過保護だな、お前はこいつの母親か? ……まあ、安心しろ、ローズマリーは頭さえ無事ならどんな怪我も欠損も治す再生能力がある。多少乱暴に扱っても問題ない」

 

「そう言う問題じゃない!」

 

ヒステリアが声を荒げて抗議した。

 

それにダーエはうんざりした顔をする。

 

「はぁ、昔と性格が変わってないか? …性格が変化するのは良くあることだが、少々急に変わり過ぎだと思うぞ? まあ、これ以上お前の機嫌を損ねるのも良くないか、ローズマリーについて説明しよう」

 

「前置きは良いわ、早く言いなさい」

 

「くっくっく、そうかそうか、しかし、本人の許可なくコレを話すのは心苦しいな」

 

ダーエは心にもない事を口にした。

 

だが、その言葉にヒステリアがピクリと反応する。

 

「…………」

 

「どうした? いきなり黙り込んで」

 

ダーエは怪訝な顔でヒステリアに問う。

 

今の今まで自分に噛みついていたヒステリアが急に静かになったからだ。

 

「………やっぱり、話さなくていいわ」

 

ヒステリアはダーエの問いには答えず、ただ説明は不要だと口にした。

 

「おや、聞きたかったのではないかな?」

 

「必要ないわ、ローズマリーに聞くから」

 

「そうか、だがローズマリーが素直に話すとは思えんが?」

 

「それでもいいわ、話したくない事の一つや二つ、誰にでもあるもの……この子が覚醒してないならそれでいいの、気になるけど、無理に理由を聞く必要はない」

 

「……そうか」

 

ダーエが少し残念そうな声で言う。彼はローズマリーの説明がしたくて堪らなかったのだろう。

 

「ではヒステリア、ローズマリーを私の馬車まで運べ、運び終えたらお前とアガサは西の街、スコダに向かえ、そこで新たな任務がある」

 

「私もって事は覚醒者狩り?」

 

「その通りだ」

 

「……ナンバー1とナンバー2のタッグてこと? 随分物騒な任務のようね」

 

「くっくっく、シルヴィに比べれば大した事ない相手だよ、だが、数が多くてな、アガサは覚醒者を逃さぬ為のオマケだ」

 

ダーエはローズマリーの秘密の代わりに任務の詳細を話し出した。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

静かにローズマリーは目を覚ました。

 

眼に映る天井には見覚えがある。使い古された名台詞が言えなかった。

 

「起きたか」

 

そんな時、ローズマリーの耳を聞き慣れたしわがれ声が叩いた。

 

この声の持ち主は、

 

「ダーエさん?」

 

そう、組織の研究者であるダーエだ。

 

「久しぶりだなローズマリー」

 

「はい、お久しぶりです、半年振りくらいでしょうか?」

 

「ああ、それくらいになるな」

 

和やかに話す二人、何処と無く祖父と孫のようなだ。それは研究の為、組織に来てかずっとダーエの元に居たからだろう。

 

ダーエとローズマリーの付き合いは今年で六年になる。

 

そして、ダーエはローズマリーの恩人でもあった。

 

「それで、状況が分からないんですけど……なんで私は寝台に裸で拘束されてるんですかねぇ」

 

少し恥ずかしそうにローズマリーが言う。

 

隠したいのだが、拘束されて隠せない、普通なら軽く壊せる拘束具もなぜか上手く身体に力が入らず解くことが出来なかった。

 

特殊な麻酔か何かを打たれたのかも知れない。

 

「……ふむ、やはりまだ慣れんのか、似たような事ならこの5年で何度もしたと思うのだが?」

 

「いやいや、これって慣れるものじゃないですから」

 

「そうか? 他の戦士達は慣れたものだぞ?」

 

そう言ってダーエはローズマリーの “綺麗な” 腹部を指でなぞった。

 

「ひゃ!? ちょ、ダーエさん!」

 

羞恥心とくすぐったいさで変な声をローズマリーがあげた。

 

その顔はかなり赤い。

 

「くっくっく、やはりお前は不思議な奴だ。普通は、ある程度人格形成が終わる思春期を迎える前から似た状況に晒され続ければ、自然と羞恥心が薄くなるはず…なのだがなぁ」

 

ダーエは興味深気にローズマリーを観察した。

 

それにローズマリーは冷や汗を流す。

 

「……ま、まぁ、私は人格形成が人より早かったんですよ」

 

「そんなものか?」

 

「そんなものです」

 

「……そうか、少々納得いかないが、まあ、それはおいおい追求するとしよう」

 

「……追求するんですか?」

 

「疑問があれば追求する、それが研究者と言うものだ……だが先ずは状況を教えてやろう。お前はシルヴィ討伐を覚えているか?」

 

「シルヴィ、討伐?」

 

それにローズマリーは首を傾げ、次の瞬間、顔が強張った。

 

「………教えて下さい、ヒステリアさんはどうなりました? 生きて、ますよね?」

 

それは懇願するような、震える声だった。

 

それを見てダーエは大袈裟な奴だと思う。

 

「ああ、生きているぞ」

 

それを聞き、ローズマリーは胸を撫で下ろした。

 

「はぁ、良かった」

 

「ああ、私も嬉しいよ、ヒステリアは私の最高傑作の一つだからな、シルヴィ討伐について行った時は少し焦った」

 

そう、全く焦ってないようにダーエが言う。

 

ここでローズマリーはある事に気がついた。

 

「もしかして、シルヴィさんの討伐を回したのって、ダーエさんですか?」

 

「その通りだ」

 

「………それって私に妖力解放させる為、ですか?」

 

「然り、よく分かったな」

 

「いや、だってダーエさんて会う度に妖力解放しろってうるさいですし」

 

「データが欲しかったのだよ、今後の為にな」

 

ダーエが悪びれもせず言う。それにローズマリーは顔を顰めた。

 

「まだ作る気なんですか……私みたいな化物を」

 

責めるようにダーエに問うローズマリー。

 

彼女の声は自嘲に満ちていた。

 

「そうだ」

 

そんなローズマリーの問いにダーエは肯定する。

 

「血と肉への渇望しかない怪物ではなく、お前のような理性ある成功体を作りたい、これが上手くいけば飛躍的に戦士の質が増す、そしてそれは人々の平和に繋がるのだ」

 

そう、明らかに悪人としか思えない笑みを浮かべ、ダーエが口触りの良い言葉を口にした。

 

それは誰が聞いても建前だと分かる理由だった。

 

「そんなこと言って、実は自分が研究したいだけですよね?」

 

「まあ、否定はせんよ、研究者の性だ許せ」

 

そう言って笑みを浮かべると、ダーエがローズマリーの拘束を解いた。

 

「……私の身体を弄るのは千歩譲って許しますが、成功もしない手術を他の子に施さないでくれますか?」

 

拘束されていた手首の調子を確かめながらローズマリーが強めに言う、それはさて置き、彼女はさりげなく秘部を手足で隠している。

 

やはりまだ恥ずかしいらしい。

 

「もう少しデータが欲しいな、私の言いつけ通り、お前が素直に妖力解放するなら考えるが?」

 

「…………」

 

「…………10%までなら、良いですよ」

 

長い沈黙の後、嫌そうにローズマリーが告げた。

 

だがそれにダーエは首を振る。

 

「それではダメだ、少なくとも20%まで解放しなければ意味がない」

 

「理性のない怪物がお好みで? 喰い殺されてしまいますよ?……う」

 

自分で言って気分が悪くなったのか、ローズマリーは青い顔で口元を押さえた。

 

「問題ない、理性が飛んでいる時、お前が襲うのは覚醒者と妖魔だけだ、そう私が条件づけした」

 

「え……初耳なんですが?」

 

そんな重要な情報、早く言え。

 

ローズマリーがジト目でダーエを睨んだ。

 

「初めて言ったからな」

 

睨むローズマリーを前にダーエは平然と言ってのけた。

 

相変わらず凄まじい度胸である。

 

「いつの間に、そんな事を?」

 

「くっくっく、お前は私の可愛い作品だ。それくらいの安全装置は施している、まあ、もし不要だと言うなら外すことも可能だが?」

 

「いえ、そのままでお願いいたします」

 

ローズマリーは即答する。まあ、当然だ。

 

「そうか、外してみるのも面白そうだったのだがな」

 

「そんな危険な事を面白がらないで下さい」

 

「くっくっく、冗談だ私もまだ死にたくない。それでどうする? 妖力解放するか? しないのか? 私はどちらでも良いぞ」

 

「…………」

 

その問いにローズマリーは少し迷った後、

 

 

「………しません」

 

こう答えた。

 

「まあ、そう答えるだろうな」

 

その答えを予想していたのか、ダーエが当然とばかりに頷く。

 

「そりゃそうです、だって例え私が妖力解放しても約束守りませんよね?」

 

「ふむ、その通りだ。書面にも記されていない、しかも戦士との口約束など守る必要がないからな」

 

「ダーエさん、最低です」

 

「今に始まった事でもあるまい……だが、まあ、しばらくは新しい実験体は作らないつもりだ」

 

毎日毎日、飽きもせず戦士の観察、作成、研究をしているダーエのまさかの発言にローズマリーが目を丸くした。

 

「え?……あ、ありがとうございます、でも、なんでですか? 研究狂いのダーエさんらしくもない。あ、いや、本当にこのまま作らないでもらいたいんですけど」

 

余計な事を言ってしまった。そう思いローズマリーは急いで作らないで欲しい旨を付け足す。

 

そのローズマリーの問いに良くぞ聞いてくれたと言わんばかりにダーエの笑みが深まった。

 

「くく、実はこの二ヶ月、お前から取ったデータ解析が忙しくてな、新たな実験体を作るのはそれが終わってからだ」

 

「はい?……二ヶ月? それにデータってなんですか?」

 

疑問を抱きローズマリーが首を傾げた。

 

「ああ、まだこれも言ってなかった。お前は二ヶ月間眠っていたのだよ、しかも最初の一週間は妖力解放しっ放しでな」

 

「……………」

 

それを聞き、ローズマリーは絶句した。

 

「……………本当ですか?」

 

ようやく再起動してローズマリーがすぐ嘘をつくダーエに真偽を問う。

 

その問いにダーエは嬉しそうに頷いた。

 

「嘘ではない、おかげで大量のデータが手に入った」

 

そう言ってダーエは色々な数値が書かれた紙をヒラヒラと振る。それがローズマリーのデータらしい。

 

「……なんか、その紙に私の胸囲とかが書いてあるんですが、必要事項ですか、それ?」

 

「ん? ああ、再生力の実験でなお前の胸を削り取ってみた、その結果と経過が書かれているのだよ」

 

「人が寝てる間に何てことしてくれてんですかッ!?」

 

なんでもない風にとんでもない事を言うダーエ、そんな彼にローズマリーは猛抗議した。

 

「そういうのは許可を取って下さい!」

 

「なんだ、聞けば許してもらえたのか?」

 

「もちろん拒否します」

 

「だろうな、だから意識がない時にすました」

 

「ダーエさん、あなた最低です」

 

「それはさっきも聞いたよ、それに再生したから問題あるまい、しかも、再生する度にお前の胸は僅かに大きくなるようだぞ? もし、胸の小ささに悩んでいるなら妖力解放して抉れば簡単にバストアップが望めるぞ。良かったな」

 

「な、なんて要らない情報だ」

 

「そうか? 年頃の女は胸の小ささを気にすると聞いたのだが、情報が間違っていたか」

 

「はぁ……まあ、一般的にはそうかも知れません、でも私には不要です」

 

馬鹿らしくなったのかローズマリーは溜息を吐き寝台から降りる。そして、近くに落ちていたボロボロの服を拾った。

 

おそらくローズマリーが一ヶ月前着用していた服だ。

 

「……ダーエさん、新しい服ってありますか?」

 

赤黒い汚れが付着した穴ぼこだらけの服を広げながらローズマリーがダーエに聞いた。

 

まあ、結果は分かっている。多分、予備の服なんて用意していないだろう。

 

「ないな」

 

「ですよねー」

 

ローズマリーの予想通りだった。

 

それに少しだけ落ち込むとローズマリーは布切れを纏い、手術室から出て行こうとする。

 

「おや、もう行くのか?」

 

「もうもなにも二ヶ月もここに居たんでしょう?」

 

「二ヶ月しかだ、一生ここにいても構わんよ」

 

そう言ってダーエが手招きをする。

 

そんなダーエがローズマリーには地獄に誘う悪魔にしか見えなかった。

 

「は、はは、それプロポーズですか?」

 

「いいや、残念ながら私は既婚者だ」

 

 

今日一番の驚愕がローズマリーに襲いかかった。

 

聞き間違いか? ローズマリーが自分の耳を指でほじくった。

 

ほじくりすぎて少し血が出た。

 

「…………き、既婚者? そ、それはさすがに嘘、ですよね?」

 

信じられない事実を知ってしまった。そんな顔でローズマリーが聞き返す。

 

「くっくっく、さてな、信じる信じないはお前に任せるよ」

 

そんなローズマリーに否定も肯定もせずダーエはただ笑った。

 

それが気になりダーエを追求しようとローズマリーが口を開き……やはり止める。

 

今はやるべき事があるのだ。

 

「き、気になりが、まあいいです。それでは私はこれで」

 

「なんだ、本当にもう行くのか?」

 

「はい、ヒステリアさんに会いたいんで」

 

「向こうはお前に会いたいと思わないかも知れんぞ」

 

言葉の刃がローズマリーの胸に突き刺さった。

 

「………う、なんで、そういう事言いますかねぇ、それくらい分かってますよ」

 

少しだけ殺気を込めてローズマリーが言う。

 

だが、ヒステリアの本気の殺意にすら笑顔を崩さなかったダーエに、そんな微弱な殺気など痛くも痒くもない。

 

「悪いな、ついお前を見ていると揶揄いたくなる」

 

「……揶揄っていいネタと悪いネタがありますよ」

 

「くっくっく、悪いと言っているだろう? まあ、ヒステリアについては大丈夫だ、ヒステリアはお前を心配していたよ」

 

「………そうですか」

 

そう呟き、ローズマリーはダーエに一礼すると、手術室を出て行った。

 

彼女の横顔はやけに嬉しそうだった。

 

 

 

「………さて、私もデータ収集に戻るか」

 

ダーエはローズマリーを、見送ると椅子から立ち上がる。

 

そして、彼は手術室の奥、カーテンで区切られたそこに踏み入った。

 

 

 

 

 

「さてはて、せっかく得たこれをどう使うべきかな?」

 

そう呟き、ダーエは奥に安置されていた複数の “首のない” 女性の身体を愛おしげに撫でるのだった。

 

 




ヒステリア「この、エロジジイめッ!」

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