「具体的にはどんなライブだ?」
「知らないね。あたしが歌って、あんたが弾く。それと同じくライブを決めるのは」
「拙者の役目に御座る。まだ裸で御座ったか」
戻ってきたがくぽはまだ裸のままのハクの姿を見て呆れ、手に持っていた純白のワンピースを机に置き、手に持った巻かれている包帯を伸ばす。ハクは何をするか理解しているのか、言われる前に両手を上げて万歳のポーズを取る。がくぽはハクの胸の頂点に包帯を当てて締める。すると胸は窪み、丁度四つ胸があるんじゃないかという感じになった。
ハクは一瞬だけ苦しそうにするが、がくぽのが数回巻くと苦しさはどこかへいったのか、普通の顔に戻って包帯を巻き終わったのを確認すると手を下ろした。
「キツすぎやしないかい? 前はもう少し優しかった気がするよ。まさか小さい方が好みなのかい?」
「ハクのおっぱいは常に発展途上で御座るな、会う度に高度成長で御座る。ちなみに拙者、おっぱいに貴賤はつけんたちで御座る」
包帯を結んで止め、他の包帯の下に巻き込ませる。次にがくぽが取り出したのは純白の下着だった。それを丁寧にハク穿かせ、その上で付け根部分を包帯で巻いていく。意味は特にない、いつもやっているから今日もやる、そんな感じだ。
ハクはその間あまり動かなかったし、かいとは目を閉じ興味すら持っていない。
下準備を終わらせたがくぽは今度は机の上に置いていた純白のワンピースをハクに着せる。
「幼すぎないかい、この服は」
「拙者、熟女からロリまでいけるので心配ご無用で御座る」
どこまで本気なのか、それは本人しか分からないことだが、誰も気にするものはいない。誰も興味すら湧かないことなのだ。
純白のワンピースを着せられたハクはくるりと一回転して見せ、着心地動き心地を確かめる。
「問題無い。頼りないあたしの動きにも合ってる」
「良かったで御座る。それじゃあ今からライブの説明をするで御座る」
「間に合ったみたいだな」
かいとは顔も上げずに呟いた。
すると、部屋の扉を開けて黒い重武装を持って左目を眼帯で隠した女が入ってきた。
「我輩を呼ぶということは、つまり、再開するのだな?」
「そうだよ、あたし達は全員揃わなきゃ歌わない、決めたじゃないか。あたしの弱い頭でも忘れない単純な約束だ」
「ということは久々に名乗ることが出来るで御座るな。祝杯はするで御座るか?」
「そうだな、じゃあハク、頼んだ」
「面倒だね」しかしハクは楽しそうにコップに酒を並々と酌み、「『VOCALOID』再結成に、――乾杯!」
グイッと煽る。しかし全ては飲まずにコップをかいとに回す。かいとはちょびっとしか飲まずにがくぽに回し、がくぽもちょびっとしか飲まずにBRS(ビーアールエス)に回した。最後にBRS(ビーアールエス)が残りを一気に飲み干して、ここに『VOCALOID』は再結成したのだ。
「じゃあ聞こうか。今回の標的と我輩がなすべきことを」
刀を振りかざしたBRS(ビーアールエス)は大胆不敵に笑い、がくぽに先を促す。
促されたがくぽはやれやれと首を振り、空になっている酒ツボをひっくり返して座る。BRS(ビーアールエス)は直立不動で、微動な振れすらない。
「BRS(ビーアールエス)には警備隊の混乱をしてもらいたいで御座る。適当に暴れて引きつけてくれればいいで御座るが、やりすぎないようにだけ注意するで御座るよ。その後拙者達三人は潜入した後また分かれるで御座る。念の為ハクには布を被って正体が分からないようにするで御座るから、かいとはちゃんとハクを誘導して会場脇まで移動、そこで合図があるまで待機で御座る。拙者は分かれた後、コントロール室を占拠して舞台の光を全てシャットダウンするで御座る。それを合図にハクとかいとは歌い始めるといいで御座る。拙者が補助を全てするで御座るから」
ハクは酒を飲み、かいとは目を開け、BRS(ビーアールエス)は頷く。それぞれがそれぞれの合図を受けて、がくぽは最後に最も重要なことを告げる。
「今回の標的は、巡音ルカの『ルカルカ★ナイトフィーバー』で御座る」
また、全員が応えた。
♪ ♪
パカパカカタコトと人混みをもろともせずに馬車が闊歩する。
その音が止んだ。何やら賑わっているところで、馬車の扉は開かれた。ミクは気の向くままに降りた。
――目が合った。
眼前、人垣の向こうに桃色の髪を持った女性が立ってミクの方を見ていた。ミクのこと以外は目に入っていないのか、目は動かず確かにミクのことだけ見ている。ミクは見返しているだけで何も行動しなかった。すると桃色の髪の女性が近付いてきた。
「馬車に乗って来る人は久し振りね、あなたは誰かしら?」
「ミクです」
「ミク……」
桃色の髪の女性はしばらく考えるようにしてから、ミクの手を取って引っ張る。
「少し中で……」
「その前にあなたは名前を教えてくれませんか?」
「それも中で話すわ。ここじゃ人目に付きすぎるからね」
ミクは引っ張られるまま付いていき、建物の奥の奥に入っていく。一番奥、まるで控え室のような場所に連れていかれたミクは適当に椅子を見つけて座った。桃色の髪の女性も対面する場所に座り足を組む。
「あなた……本当の名前は?」
「初音ミク」
「間違いないのよね? あの初音ミクで」
「いえ、本当の初音ミクから名前だけ貰いました」ミクは端的に告げ、「それではあなたの名前を教えてください」
「私は巡音ルカ。っていうか、このコンサートに来たのに私を知らないなんて……」
視覚的な情報データが聴覚的な情報データに負けるタイプのプログラムがあるのかしら? ルカは首を傾げてそう呟いた。
何を言っているのか分からないミクはとりあえずルカを眺めてみる。改めて見ると綺麗な女性、長く桃色の髪は結わずして整っている。さらにハクに追随するかのような胸に、薄く化粧が施された端正な顔に薄い桃色の口紅が良く映えていた。
そしてやっぱり、声が透き通って綺麗だった。
一通り頭を捻り終わったのか、ルカは顔を上げてミクを見る。視線が重なった。ルカは首を傾げ、ミクは何故首を傾げるのかと首を傾げた。
「何か付いてる?」
「綺麗な声だと思いました」
「ありがと。あなたも十分綺麗よ」
「ありがとう」
外では準備が急ぎで行われているのか、騒がしく物を運ぶ音がしている。
そんなことは気にもしないが、その騒音は、どこかかいとの音のようにミクには思えて、少し気持ちが弾んだ。
「外の音はかいとの音と似ていますね」だから声に出して確認する、「何か想いを伝えようとしているみたいです」
「かいとにも会ったんだ……。彼、私のことなんか言ってた?」
「あなたを待っていると、そう言ってました」
「そう」ルカは安心したように、「まだ待っててくれてるんだ……」
ほんのちょっと哀愁が漂うくらいしみじみとした調子の言葉。きっと当人達にしか分からないようなものが込められているのだろう。ミクでなくとも分からない気持ちが、電子体としては本来有り得ないようなバグが、備わっているのだと。
待っててくれるような人、ミクはズタズタになった視覚情報のデバックに一人の男性を見た。今にも泣きそうな顔をして、悲しそうに笑ったその表情が、酷いノイズの中で浮かぶ。それはハクに見せて貰ったマスターと全く同一人物であることは、微かにしか見えない断片の情報だけでも知ることが出来た。
そのことが分かると、ミクは自分の頬に冷たいものが伝わる感覚を読み取った。それが何を現す汁なのかは分からない。
ただ、――何だかとても、足りない感じがした。何かは、ミクには分からなかったが。
「さて」ルカはゆっくりと立ち上がる、「そろそろライブが始まるわ。私はもう行くわね」
「はい」
頷いてミクも立ち上がる。このまま会場に向かおうとしたのだが、どうやら回り込まないといけないようだ。
「裏口が先にあるから、そこから出て入口に回るの。そしたら入口でチケットを渡して入ってくればいいわ」
懇切丁寧に説明してくれたルカに頭を下げ、指し示された場所に行く。するとそこには外に続く扉があり、そこからミクは簡単に外に出る事ができた。