マスターエラー   作:回覧板

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エラー12

 軽快に響く重たい音が断続的かつ連続的に聞こえてくる。それはBRS(ビーアールエス)が作戦開始したということを何よりもよく表している。

 ハクとかいとは見張りのいなくなった入口から中に侵入する。舞台脇に移動する方法は簡単だ、なんせこの舞台は『初音ミク』が作って歌い続け、『初音ミク』のために残されたような場所なのだから。もちろんそのバックグラウンドを音で埋めていたかいともその道を知っている。

「参ったねぇ、こんなあたしでも五年間歩んだら忘れなくなるものなんだねぇ」

「バカか、まっすぐなんだ、間違えるほうがおかしい」

「そうかい?」ハクは念のためにかぶる予定だった袋を頭から被り、「あたしは間違えるよ? バカだからねぇ」

 袋で隠れていても分かる、今ハクはもの凄く頼りない顔をしていることだろう。

 みんなの夢のために歌い、バグに犯され、破滅したハク、そんな自分が、諦めて、逃げて、避け続けたことをしようとしている。理想に届かないかもしれない、前のように失敗してしまうかもしれない、自分の歌が、――魂が、壊されてしまうかもしれない。もしかしたらバグが致命的な部分まで犯し、二度と再起動できなくなるかもしれない。

 壊れることは覚悟している。今まで酒で騙し騙し繋げてきたのだ、それでも限界は確実に近付いているだろう。――だからそれはいい。問題は結果を知ることが出来ないことだ。

「お前、まさか前のように歌えるか不安なのか?」

「当たり前さ」ハクを入れた袋が折れる、中で自分を抱いているのだろう、「あたしはずっと不安の中で歌ってきたんだよ?」

 その告白にはかいとが驚いた。

 あれだけの歌を歌って不安なんて何一つないと思っていた、少なくとも不安に思うようなことは何もないと思っていた。

「ずっと理想の為に歌ってきた、自分自身のすべてをかけて歌ってきたんだ」だからね、「それでも叶わなかった他人の夢を叶えるということが、今更叶えられるなんて思えないんだよ。――あたしはこんなにも弱いからね」

 袋は折れたまま、前に進もうとはしない。きっとハク一人なら永遠に立ち止まったままだっただろう。

 ――だけど、ここにはかいとがいる。

「バカが」

 それは決して一つの意味しか含まないような軽い言葉なんかじゃない。万感の思いを詰めた重たい言葉だ。

「お前は理想を達成した。誰かの願いを叶えることに成功してる」勢いのまま、かいとは袋の中のハクを抱きしめる、「俺の夢を、叶えてくれたのはお前だろう?」

「でもそのためにあんたは自分のパートナーを捨てただろう?」

 抵抗こそしないが、袋は固くて動かない。受け入れるのを怖がっているかのように。

 それでもかいとは離さない。ハクの胸がひしゃげて互いのお腹がくっつくくらい力強く抱きしめる。

「確かに俺はルカとのコンビを止めた。けど捨てたなんと思ってもない。いつかきっと、ルカがお前のような歌を歌えるまで待つって約束したんだ。あいつは諦めてない、だから俺達はまだパートナーだ」

 ルカとかいとは同時に廃棄世界(スクラップランド)に落ちてきた。そしてペアを組んで歌い始めた。けれどかいとの音はルカの歌を潰してしまうため、かいとはいつも自分を抑えてギターを弾いていた、それが当たり前になっていた。そこに、――『初音ミク』は表れた。なんの伴奏も無く、外れたような音で歌いだした。――世界が飲み込まれた。たった一人、破滅的な欠損を抱えた音が周り全ての人間を魅了したのだ。ルカでさえその音の虜になった。だが、――かいとは違った。かいとはその音に挑戦してみたくなった、自分の音がどれだけあの音に届くのかと。――強迫的な感情は抑えていたものを外し、瞬く間に膨れ上がった。

 気付いたら二人のライブになっていた。音が届いたかどうかは覚えていないが、あの時響いた拍手の轟音と楽しかったという余韻、そしてルカの寂しそうな笑みは忘れない。

「一回しか言わないからよく聞け。俺はお前に歌って欲しいんじゃない、お前と一緒に響かせたいんだ。俺達の音を!」

 すぐには返答は響かなかった。

 だが、やがて、袋がごそごそと動き、下の口から伸びた手がかいとの頬に添えられた直後、袋越しに柔らかい感触がかいとの唇を襲った。

「これで最後さ」虚をつかれて力が抜けたかいとの腕からするりと抜け出し、「これからはルカと歩んでいきな」

 それは拒絶というものかもしれない。かいとは途絶えそうな関係を保つために何か声をかけようとして、それは意外なことにハクからきた。

「でも、たまにはあたしとライブしてくれよ?」

「はっ、望むところだ!」

 きっと笑っている。

 そうだ、このまま歌おう。

 二人はこのままが最高なのだから。

 そうして二人は舞台脇へと到着した。

 

 

     ♪     ♪

 

 

 ――だ~めだめよ♪――

 歌が会場に響いている。ルカがステージで踊り、観衆がそれに併せてゆらりゆらりと揺れている。がくぽはその様子を上部に取り付けられた照明用の部屋から見下ろしていた。

「うんうん、さすがルカで御座るな、拙者の見込んだ通り、こんな場所でライブを出来るようになったで御座る」

 顔は笑っている。がくぽにとってはルカも面倒を見ている内の一人で、可愛い可愛いアイドルの卵といったところだ。

 そのライブをこれから壊すことになるのだ。残念なことにがくぽは躊躇いなくそれをすることが出来る。その手の感情がプログラムから欠落してしまっているからだ。

 けれどまだしない。まだ全然盛り上がっていないからだ。

「一番盛り上がった時、めちゃくちゃにするのが一番燃え上がるで御座るからな」

 がくぽはその時が来るまで静かに待機する。周りには気絶して倒れているオペレーター達がいるが、知ったことではないという立場を貫く。事実がくぽはなんとも思っていないのだから。

 ふと、観衆の方に目を向けたがくぽは、その中に一人、赤い髪をした見知った人物を見つけた。

「さて、彼女は何を思ってどんな行動をするで御座るかな? 拙者を楽しませてくれるで御座るかな?」

 彼女は未知の器だ。まだ大きいか小さいかも分からない、箱に詰められた器。それを開けてみたいと思わないことはない。開けて中身の器を確かめてみたい。――けれど、どうやらその役目はハクがすることになったようだ。

「惜しいで御座るなあ。あの器を量るのは拙者がしたかったで御座る。まぁしかし、ハクがあれほど興味をしめしたのも珍しいで御座るな。いつも街から離れて人に興味を持たないようにしてたはずで御座ったのに」がくぽは目を細め、ミクを見つめる、「ミクは拙者にはない何かを持っているので御座るかな。それは悔しいで御座る」

 その昔、ハクがハクとなって初めてがくぽの店にやってきた時、全てが根本から変わっている気がした。服は割けて肌を露出し、髪はぼさぼさに乱れて、挙げ句掠れたような声しか出せていなかった。幸い酒を飲むと掠れた声は治ったが、もう歌えるような気力はなくなって、酒に溺れていった。その日からハクは酒を浴びるように飲み、依存していった。まるで世界の救いが酒であるかのように。

 そしてハクは、――歌うことを止めていた。

「拙者がもっとしっかりしておれば、ハクも歌い続けていただろうに」

 あの日からがくぽはずっとその事を悔いていた。

 そのハクが自ら望んで、また歌うために舞台に立つと言ったのだ。それが嬉しくない訳がない。

 そしてその復活の舞台を輝かせるのは他の誰でもない、自分だけの特権だとがくぽは確信している。

「自分もすっかり初音ミクの虜で御座るなあ。ミクのことだけはどうでもいいと切り捨てられんで御座る」

 自分に呆れながらも、それでもやっぱり笑うしかない。プログラムそのものが欠落してしまっているはずなのに、確かにプログラムが回復しているような気がしてしまう。本当はそんなことはないのに、届けられた魂が共鳴を求めるように響き広がるのだ。

 それが『初音ミク』の歌声であり、五年間もこの廃棄世界(スクラップランド)を盛り上げ続けた核たるものだ。聞いた者は聞いたもの同士で心に残った魂が共鳴しあい、聞かなかった者すら巻き込んで広がっていく。あの時はまさに廃棄世界(スクラップランド)そのものが一つの生物のようなものだったのだ。

「今日からまた始まるで御座るか? 拙者達を巻き込んだあの荒れ狂うような日々が。初音ミクが巻き起こす怒濤の旋風が」

 さぁ盛り上がってきた。

 今こそ始めようじゃないか。

 初音ミクの再誕を。

 がくぽは照明を、音響を、全て消した。当然ルカの声は聞こえなくなり、観衆達も何がどうしたと騒ぎ、苛立ち始める。

「頼むで御座るよ」

 がくぽはゆっくりと照明を明るくしていく。

 ステージの上にいるのは派手な衣装に身を包んでいたルカじゃなく、白いワンピースをきたハクになっていた。その後ろにかいとがギターを構えていた。

 かいとの手が動く。その手が弦に触れる間近で、ハクは口を開いた。

 ――みっくみくにしてやんよ!――

 それは怒声にも似た、歌の始まりだった。

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