マスターエラー   作:回覧板

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エラー3

 パカパカ、カタコト、ギイィ。馬車の二重奏は唐突に止まる。

 彼女は聞こえなくなった音に疑問を持ちながら瞼を開いた。

 周りの景色はまだ残骸データであったが、目の前の一軒家の周りだけ綺麗に残骸データがない。

 馬車の扉がきぃきぃと開き彼女に降りろと促しているようにも聞こえる。彼女が音につられて降りると、扉は閉まり馬車はパカパカと蹄の音を響かせながら彼女に見つめられる中でどこかへ行ってしまった。

 彼女は一軒家の方に目を向ける。残骸データを積み重ねて繋ぎ合わせたような家はとても頑丈そうで、どんな災害《ウィルス》からも耐えれそうな強さを併せもっている。横には小屋が増設されており中は大きなツボが六つ詰めて置いてあり、そこからは強烈なアルコールの匂いが漂ってくる。その香りに無意識に顔をしかめたことには気付かず、彼女は一軒家の扉の前に立つ。

 ノックをする。――返事はない。

 ノックをする。――返事はない。

 ノックをする。――返事はない。

 ノックをする。――返事はない。

 ノックをする。――返事はない。

 そして六回目のノックをしようとした時、声は後ろからかけられた。

「あたしなんかの見窄らしく矮小な家にどのような御用事で?」

 まったく心当たりがない、事実突発的に発生したことなのであるはずがないのだが、彼女の姿を認めた女性は手に持った使えそうなガラクタを集めた袋を下げながら、何か自分は悪いことをしてしまったんじゃないだろうかという雰囲気で彼女に聞いた。

 彼女は答える術がなく、どうしようもなかった。が、

 ノックをする。――外から扉は開かれる。

 

 

     ♪     ♪

 

 

「まぁ何もないとこだけど。あ、適当に座っててくれ」

 壁をノックをする、――そして座る。部屋は女性の言う通り何にもなく、ただ無造作に転がっている酒の入っていたであろうツボが印象的だ。というか空のツボ以外は本当に何もない部屋だ。

 女性は部屋の外から酒のたんまり入ったツボと一緒に入ってきて、手の届く範囲にツボを置き自分も座って彼女と向き合う。

「それで、あたしに何か用だったんじゃないのかい? あたしの名前は弱音ハク、名前の通り弱音ばっかはいてる情けないボーカロイドさ。あんたも見たところあたしより優秀そうなボーカロイドじゃないか、名前は何ていうんだい?」

 女性、弱音ハクは彼女に尋ねた。しかし返事は、床を二回ノック。

「……喋れないのかい、まあこんな見窄らしい声を出た時は嫌になるだろうが、あんたの声だ、あんたが喋らないで誰が喋るんだい? ここはマイクのソフトなんてないからどこかに接続して話すなんて無理だよ」

 ハクはツボの中に入っている酒をコップに掬い彼女に渡す。そしてそれを飲めとジェスチャーで表す。そして自分のコップにもお酒を酌んでそれを一気に飲む。ごきゅごきゅと豪快に喉を鳴らし、飲みきれないで溢れてしまった分が口の端から垂れ、豊満な胸の上、鎖骨辺りに落ちてそのままの勢いで胸の谷間へと流れ落ち服を濡らす。ぷはっと飲み干したコップを脇の床に置き口に残った酒の玉を掌で掬って口に運ぶ。最後には指の付け根まで口に入れて舌を使って舐るように吸い上げ、口から手を離しほうっととろけるように一息つく。酒のおかげで頬が朱になっているのも、より色気を強くしている要因だ。

 彼女は飲めというジェスチャーの意味を分かろうとはしなかったが、ハクが美味しそうに飲んでいるのを見て興味が湧き、同じように一気のみをしようとした。しかし最初の一滴を舌につけた瞬間ビリッと電気が走ったように体を震わせる。そして今度はちびちびと酒を飲む、やっぱり強くてこくこくと可愛らしく喉を酒が通る度、喉にピリッと刺激が走り回路が強制的に開かれているような錯覚に陥りそうになる。

「ミクってのはどうだい?」

「ミ……ク……?」

 何を言っているのか分からないことに怪訝にするよりも、自分が喋れていることに驚きを隠せない彼女は近くの壁を毎秒十回くらいの勢いで床をノックして驚き具合を表す。

「そう、ミク。初めて聞いたあんたのあたしなんかより数倍可愛い音はミク、だから初音ミクなんてどうだい? あたしの仕様もないちんけなものだけど……あんたにあげるよ」

「ミク……、初音ミク」

 彼女、初音ミクは小さい声で数十回、頭の中で数回唱えてから、最後に一回心に刻むようにその名を反芻して、

「初音ミク」

 確かめるようにもう一回発声。

 ハクは頷いてからまたコップに酒を並々と酌み、ごきゅごきゅと飲んで飲み終わるとまた酌んで飲む。まさに浴びるように飲むというのがぴったりなくらいの飲みようだった。服はすでに口の端から溢れた酒でかなり濡れ、さらに汗という必要かどうかも分からないプログラムも加わって服は脱いだ方がマシじゃないかと思うほど濡れている。スカートも同じくらい、いや服以上に酷い濡れ具合だ。おかげでピチッと、特に豊満な胸を押さえつけている辺りの布地が、肌に張り付いて体のラインを綺麗に浮かび上がらせている。

 負け、勝ち、負け、――ですね、とミクは体についての思案をして、特にすることもなかったのでハクの観察を続けることにする。

 足首まで届くであろう白く長い髪は後ろに一つで纏められ、座っている今は床に何かの記号かと思うほどうねうねとして散らばっている。一つつまんで引けば商品か何かがついているんじゃないかと疑ってしまうような配置だ。秘める思いを実行には移さず観察を続ける。

 と、ミクの視線に気付いたのか、先程から口と手を休めなかったハクとミクの視線が交わる。

「酒なら自由に飲んで構わないよ。安い酒だけどその分量は用意出来るからね」

「いえ」と若干その言に無表情で、「酒はいいです、それよりもここがどこなのかを知りたいです」

「廃棄世界《スクラップランド》のことかい? それならあんたが落ちた場所を見たらだいたい分かるんじゃないかい、まあ――あたしは分からなかったけどねえ」

 ハクはハッハッと乾いた笑いをし、酒で弱くなった喉では少しその空気の動きが強すぎたのか、ゴホッゴホッと噎せてから口直しにもう一度酒を飲み更にゴホッゴホッと噎せて、苦しそうに酒を飲む。それでようやく落ち着いてふうと一息、

「ここは忘れられたデータの世界、本来ここには名前なんてないんだけど、十五年……あれ? まあ、プラス三年くらいあったか……、あたしの弱い脳じゃそれくらいしか記憶出来てないんだが、まあそれくらいにここにきたとあるボーカロイドが言ったのさ」ハクは酒をコップに酌み、持ち上げたそれをまるで宝石のように見て、「ここに廃棄世界《スクラップランド》を設立する、てよ」

 それから持ち上げたコップを下げ口に持っていき中身を飲み干す。それからその時を思い出すように、

「あん時は良かった、ここの全盛期だったさ」

「その人は」今はどうしているのですか、という疑問を言いきる前に、

「もういなくなっちまった。唐突に廃棄世界《スクラップランド》を作った五年後、また唐突に廃棄世界《スクラップランド》からいなくなっちまった」

 ハクのとても悲しそうに話ている姿は遠いいつかの景色を見ているようで、ミクは何を言うべきか分からず黙る。

 ハクはコップにもう一杯酌んで飲み干す。それから、

「噂じゃ、……歌えなくなったらしい。みんなの希望や夢、そんなものを沢山背負って歌えなくなったんだとさ。……笑えるよな、それをする為に生み出された筈なのにそれが出来なくなるなんてさ」

 どこか蔑むように呟いている。しかしハクはそのボーカロイドのことを蔑んでいるんじゃない、きっとそのボーカロイドが背負った沢山の何かの一部であった自分を蔑んでいるのだ。

 ミクには分からないが、ハクの悲しそうな雰囲気に悲しいのだろうと決めることが出来た。けど何も言い出すことが出来ない。何を言うべきかも分からない。だからジッとハクを見つめる。

「しばらく見窄らしい我が家に泊まるかい? 行く当ては……ないだろう?」

 ハクは空気を変える為に言った。

「泊まります。ありがとう」

 ミクは便乗して返事を言った。

 

 

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