来た道を戻って表通りに出たミクは首を回して中心部を探す。出てすぐまっすぐと町を分断している大通り、一方は道の向こうに高く聳え立つ建物があり、もう一方には何も見えない。しかしミクにはどっちが中心部なのかわからない。
「どうした、もう話は終わったのか?」
悩んでいると両脇に執事服に身を包んだ青年に連れられたかいとが横からミクに話しかけた。連行されていると言った方が良いかもしれない。
「何か忘れたのですか?」
「忘れただけなら戻ってこないんだけどな。まあいいさ。っで、これからどこに行くんだ?」
「中心部、と言うところです」
「そうか。多分地下鉄なら迷子になるだろうな。この道を真っ直ぐ高い建物に向かって歩けばいい、なら中心部に行ける。ああ、ついでにルカのライブ会場もあるな、行きたかったら行けばいい」
「ありがとう」
ミクがとりあえず礼を言うと、かいとは連れられて地下のバーへ戻っていった。
さて行きましょうかと足を進ませようとして、ミクは音を聞いた、ザワザワとした喧騒の向こうによく聞いた音が混ざっているのを。馬の蹄が地面を叩くようなパカパカという音。
中心部とは逆、ほどほどに人がいて道はほどほどに埋まっているのだが、そこをまるで割ってい入るかのように馬車が走って来た。馬車は人を避けない、しかし人はまるで無意識のように道を開け、馬車に道を譲っているようではないが現実は譲っている。
なるほど、理由は分からないがそういうプログラムが組み込まれているのだろう。
パカパカカタコト、馬車は歩き迫り、そしてミクの前で動きを止めた。扉が開いてミクを誘う。中からはいつもの音楽が流れてくる。生まれた時からミクにプログラムされていた歌、きっとハクが歌い続けた歌が流れてくる。
誘いに乗ってミクは馬車に乗り込んだ。扉はしまり、外界と内界が分け隔てられミクに向けられた視線がなくなった。
代わりに、中の一人から視線を受けるハメになった。左脇に極太の棍棒を彷彿させる銃を、右脇に見るからに業物と理解させる刀を、それぞれ置いて、黒の眼帯で左眼を覆い代わりに右眼でミクを見つめる、漆黒のコートに全身を包み込んだ女がそこにいた。とても億劫そうに欠伸をして、乗り込んだミクに対する興味以外の興味はまるでないようだ。かく言うミクは女に興味を示さない、ただ眼帯が格好いいとは思った。
「馬車に乗れる廃棄物(スクラップ)は久方振りである。名前はあるか?」
女はミクを見ながら尊大な態度で聞いた。
「初音ミク」
「初音ミク……。我輩の記憶では旧知の仲に同姓同名のものがいるのだが、気のせいではあるまいな?」
ヒュオと風が切れた。
ミクの目には行動の全てを見て認識することが叶わず、後付けで当然の事実として女が刀をとりミクに突きつけている状況が完成した。僅か一ミリ足らず、少しでも振動があっただけで、いや、ミクが動いただけでさえ或いは、そんな距離。
そんな中にあってミクには焦りはない。突きつけられている刀が生む当然の結果を、想像することが出来ないからだ。
「あなたは?」
「我輩には名前はない。故に友等は仮の名を用意した。ブラックロックシューター、または短くBRS(ビーアールエス)、それが我輩を指す」
「分かりました。初めまして、ブラックロックシューター」
「BRS(ビーアールエス)で構わん。こちらの質問に答えて貰おうか」
「本人より貰いました」
「……なるほど、ようやく我輩が役目を果たす時が来たようだ」
くつくつと楽しそうな含み笑いして左腕に鈍重な銃を接続する。持つのではなく接続、二の腕全てを銃の中に差し込みんでデータを繋ぎ合わせている。そうすることで標準を合わせる時間を短縮させるためだ。
さらに右腕に刀を握ったBRS(ビーアールエス)はスクッと立ち上がる。すると馬車は緩やかに止まって扉を開けた。
完全に止まった馬車から漆黒の戦士が降り、地面に足をつけたままでミクの事を見上げた。
「我輩は我輩の成すべき事をするのである。故に――貴殿は貴殿の成すべき事をするがよい」
「成すべき事……、BRS(ビーアールエス)、それは何なのでしょう?」
「それは貴殿が見つけることで、我輩が知る余地はあるまい。ただ一つ言える事は深く考えん事である。思考は本能を鈍らせる、故に成すべき事は思考からでは生まれん、貴殿が感じるままに行動するがよい。我輩はすべてをもって初音ミクという個体を守り抜くのである、それが我輩という個体に最初に刻まれた信念なのだ」
「……分かるときがきますか?」
「必ずや。故に今は行くがよい。その道の果てに答えがあるやもしれん」 BRS(ビーアールエス)は馬車の扉を閉め、どこかに歩いていく。馬車が走ってきた道を戻っているようだ。
ミクは街の景色を視界にいれた。
いつもより広くなった視界はやがてまた狭くなった。
パカパカカタコトと馬の蹄が地面を叩く音だけが響き続ける。
♪ ♪
「何やってんだ」
「見て分からないのかい? 解放感を味わってるのさ。私なんかの裸は見られても価値あるものじゃないからね」
「そうか」
かいとは再び舞い戻ってきたバーを奥まで進み、かつて作戦部屋と呼んで入り浸っていた部屋に足を運んだ。するとそこで裸になってぐーたらしているハクを見つけたのだ。
かいとは特に気にすることもなく、というわけにはいかず、夢の詰まった柔らかそうな双丘に目を奪われながらも、適当に空いている地面に座る。すると椅子に座って机にうなだれているハクを見上げる形になる。
デカい乳だ、かいとはそんな事を思った。そういえばあいつもデカかったなとも。
「聞かないのかい? あたしがなんでまた歌おうとするか、そのつまらない理由を」
「必要ない。お前が歌うから俺が弾く、それ以上の理由はないだろう?」
「ははっ、違いないね」ハクはつっぷしたまま声だけで答え、「あたしが歌うからあんたが弾く、最初の約束さ。まだ覚えててくれたのかい?」
「忘れるかよ。俺はあの時初めてギターを弾くのが楽しいって感じたんだ、忘れるわけがない」
かいとは呼吸に合わせて揺れるハクのデカい双丘を眺めながら、昔を思い出すように言う。
ハクは答えなかった。突っ伏したまま何も喋らずにいた。そうすることしか出来なかったのかもしれない。
ハクにとっても忘れられない約束なのだ。なぜならハクにとってかいとは初めて、自分の歌で楽しいと言ってくれたのだから。だからハクは誰が何て言おうとかいとの音で歌い続けた、歌い続けることが出来たのだ。
「なら聞いてくれるかい?」ハクは顔を上げ、真剣な目をかいとに向けて、「あたしが歌おうとするつまらない理由を」
かいとは答えなかった。ただ何もしないことで肯定した。
ハクはそのことが分かっているので、そのまま話をする。
「あたしは歌でみんなの願いが叶うと証明しようとした、あたし自身の願いを叶えることでね」だけどさ、「そんなに甘くはなかった。所詮はあたしなんかの歌、みんなの願いを叶えるには足りてなかったのさ」
悔しそうに、でも仕方なさそうにハクは言う。
そこでかいとは口を開いた。
「ハク自身の願いも叶わなかったのか?」
それは単なる疑問だった。みんなの願いが叶うことを言う為に自分の願いを叶えようとしたハク自身の願い、それが叶ったのかどうかはさっきの会話ではわからなかった。
「あたしの願いは叶ったのさ。歌って歌って歌い続けて、それでも何の願いも叶えられなくて、挫折して放浪して、――死のうと思って。荒野の果てであたしは見つけた、あたしが落ちてきた場所を。そして、自分より大切にしていたマスターの写真を。私はマスターに会えたのさ」
自分だけ願いが叶ってしまった、誰の願いも証明出来なかった自分が自分の願いだけを叶えてしまった。ハクはそれが嫌でしょうがなかった。
「あたしだけ叶っちまった。だから後悔してた。それにみんなはもうあたしがいなくても願いに向かって歩けるようになってたから、あたしは歌う必要が無くなってしまった」でもさ、「あたしは歌わなくっちゃいけなくなった。あたしと同様マスターを求めているはずの子を見つけてしまったから。誰の願いも叶えられなかったあたしだけど、たった一人、同じ境遇の願いくらいは証明したかったのさ」
「それが歌う理由か」かいとは視線を胸から顔に上げ、ハクと視線をぶつけ、「本当につまらない理由だ。だが充分過ぎる理由だな」
「だろう?」
クックッと二人で笑う。
どんなライブになるか、今から楽しみで仕様がない。きっと最低で最高なライブになるだろう。だがそれでいい。
もとより二人はそれぞれ最低、片や歌を潰す音、片や音を巻き込む歌。しかし二人で作るのは最高の曲、誰にも真似できない二人にしか出来ない曲。もう一度この世界に、廃棄世界(スクラップランド)に熱い魂を響かせよう。