それでは、本編であります。
どうぞ!
翌日
開店前。
ケンタウロス娘のソフィアによる朝礼が終え、みんなで肩を組み、円陣を作り、そして彼女の音頭を取って叫ぶ。
「今日も一日、乗り切っていきましょう!」
「「「えいえいおー!」」」」
言い終えた一同は解散、僕は厨房へ移動すると、ポン、と軽く肩を叩かれたことに気付き、振り返る。
「今日もタツミちゃんと頑張ってくださいね、郡司さん」
おっとりとした雰囲気の銀髪ロングヘアーのラミア、リリスが声を掛けてくれた。
「はい。頑張ります」
「もちろん、仕事もだけどタツミちゃんとの関係もね」
リリスが微笑みかけると、僕も笑い返す。
「スパシーバ(ありがとう)。リリスさん」
さて、いざ厨房に出撃しますか、と映画やゲームに登場する兵士が戦場に向かう際のお決まりの台詞を言い放ち、今日の一日が始まる。
時刻は昼までありながらも、店内の席はほぼ満席状態だった。当然だが客が多くなるにつれ、ホールは多忙から戦場と化した一方……こちらもタツミと共闘、死闘を繰り返していた。
―――畜生! ここは魔女の婆さんの呪いか!
戦場と化した厨房で、思わず大好きな某小林劇画キャラのように愚痴を零した。これならM4A1アサルトライフルを持ち、忍従して敵兵と交戦した方がマシかな、と思いつつ作業を続けていると……
「変な事は考えないでやる。心配するな、俺がいるんだから安心しろ」
「……了解」
器用にフライパンを振りながら喋る彼女に対し、肯いた。そして次から次へと来るメニューをただひたすらに作りこなし、時間を見ることすら忘れていった。
―――休憩時間あれほど大勢の客で賑わっていた店内は静まり返り、僕たちは休憩時間を取る。
いつもなら交代しながら昼食を取るが、今日は珍しく多忙であったため、するほど余裕がなかった。
――なお普段は休憩室で食べるのだが、「たまにはホールで食べよう」と意見が出たので一緒に昼食を取るにした一方―――チ~ン、と僕は力果て、口から魂のようなものが抜け出していた。
頭の中が真っ白になる寸前に見えた幻想、草原を見た途端、これが走馬灯なのかと、自分なりに実感していると―――
「……郡司。なんか死にかけているが大丈夫か?」
心配したタツミが声を掛けてくれた。
「何とか大丈夫ですが、どうも食欲が無くて、食べられるとしたらパンぐらいなら……」
そう言っていると、彼女がある物をそっと置いた。
「ほら、仕事の合間に作ってみたんだ。よかったら食ってくれ」
ニッコリと微笑みながら、僕の目の前に置いたのは、ハチミツ独特の甘い香りが漂い、上にはシナモンが少々掛かっているシンプルなフレンチトーストが二枚、それと伴い、カットされたイチゴとバナナ、香りづけにミントが彩りよく盛られていた。また後口をさっぱりさせるための柑橘系の香りが漂う紅茶、アールグレイと共に。
「―――ゴクリ」
先ほどは疲れ果てた故に、食欲など湧くことすらままならなかった今の僕には……ハチミツとシナモンの香りが堪らなかった。
思わず出てきた生唾を飲みこむと、手渡されたナイフとフォークを手に、それで切り分け、フレンチトーストを口に運ぶ。……これは美味い! 疲れた後に甘いものが最高とは、本当だな。
「どうだ? 美味いか?」
僕が食べている最中、タツミが横から顔を覗いた。
「はい、とても!」
「そいつは良かったぜ」
僕は素直な感想を述べ、少し照れたのか顔が赤くなってしまった。
「郡司。顔が赤いけど熱であるのか?」
「えっ、大丈夫ですが」
そんなやり取りをしている僕たちを見かねたのか、ソフィアが口を開いた。
「もうさ、恋人同士だよねこれ」
彼女に続き、ハーピー娘のスーも率直に述べた。
「僕もそう思うよ、羨ましいな」
「そうですね。お二人とも仲がよろしいものですし」
ソフトな口調で、リリスも答えた。
「なっ……! 俺は」
僕たちを見ていた三人は、からかい始めた。
僕はアールグレイを飲んでいたが―――タツミは彼女たちの会話に加わり、恋人関係を否定しているものの、少し顔を赤面しており照れているせいなのか説得力がない。
「だから俺は、郡司とは」
「もう二人とも付き合いなよ、さもないとあたしが貰っていくよ?」
「そ、それはダメだ」
「「「「ガヤガヤ」」」」
等々とそれを聞きながら、そろそろ食器を下げますか。と片づけに入る。
食べ終えた僕は、まだまだ他愛のない会話をしているタツミ達をあとに、厨房へと戻り、そして休憩時間が終わるまで、僕は音楽を聴いた。
本当に、ここに来てからは毎日が楽しくて仕方がない。
『幸せ』と言ってもいい。本当の『幸せ』とは、『こういう事』だったのかな。
随分と『長い逃走』を繰り返してきましたが、それを見つけてくれたのは皆さんのおかげです。
心の中でそう呟き、次の曲を聴くためスマホを操作していると―――
「あのさ、郡司……」
声を掛けてくれたタツミに、僕は「注文ですか?」と訊いたが、彼女は首を振り、否定した。
分からず仕舞いだった僕は、問いかけようとしたら―――
「郡司、ちょっと良いかな?」
ソフィアが僕たちを呼び、言われるがまま彼女の後に付いていく―――するとスーが姿を晒さないよう、ホールの様子を窺っており、彼女の隣にいたリリスは困った表情を浮かべ、心配していた。
「あの、二人ともどうかしたんですか?」
僕が尋ねると、スーが答えた。
「あ、郡司。それが大変なんだ」
「どう大変なのですか?」
「僕たちが昼食を終えて、それに入れ替えるようにお客さんが来たんだけど……」
彼女の答えに続けるように、リリスが答えた。
「……それがあのお客さん、酔っているのか酔っていないのか分かりませんが、来店から早々、郡司さんの名前を呼んでいたのですが、お知り合いですか?」
僕は首を傾げた。ここに務めている事は心理カウンセラー、または短大の頃の親友にしか話していない。
前者は一度訪れた事があるから分かるが、後者は卒業後以降、市外にある車の整備学校に通い、免許取得後は整備工場に働いているから平日に来ることはない。
例え来たとしても早くて前夜、遅くて翌日の朝に連絡してくるはずだ―――
「ちょっと、見ても良いですか?」
その客が気になり、僕は少し顔を晒し様子を見たが、すぐに見るのを止めた。彼を見た瞬間、冷静さを失いそうになるほど、自身の目を疑ってしまった。
息が少し荒く、心臓の鼓動が速く、大きく聞こえる。それと伴うかのように額から冷や汗を搔き、顔が真っ青になった。なん………で。なんで、いま、ここに。
まるで終わらない夢、再び襲い掛かってきた悪夢を見ているように―――逃げたい。走ってここから逃げ出したい。だが、恐怖で体が動けない。
頭の中で、どうしてあの男が。どうして、ここにいるんだ、と木霊する。
自分の中に眠っていた、忘れたくても忘れられない思い出……あの頃の思い出、トラウマがよみがえり始めた。
登場人物紹介は、次回の後書きに記入するのであります。
では、第三話までダスヴィダーニャ(さよならだ)。