仮面ライダードライブ 「なぜ筆者はあの第47話で満足できなかったのか」 作:ブラッディ
原作:仮面ライダードライブ
タグ:仮面ライダードライブ 原作改編 if 最終決戦 臨死体験 仮面ライダーゴースト は登場しません
そこに現れたのは三人の仮面ライダー。
ある男の声に導かれる進ノ介に、人機の雌雄を決する熱き決戦が待ち受ける。
これは、『仮面ライダー』と『ロイミュード』が迎えたもうひとつの結末。
※今更ですが、仮面ライダードライブ第47話ネタ。
※三途の川っぽいところの件~ハート死亡までを私好みにするとこうなる、というお話。
「防御不能…計画ノ遂行不能…我ハ……」
狂科学者。邪悪な天才。諸悪の根元――『蛮野 天十朗』の野望は、今、ビルを包む大爆発のなかに潰えた。
息子を愚弄し、友を利用し、全てを見下し続けた男の企みの結晶『シグマサーキュラー』は、全世界を制止させ全ての人間を支配しようとした。
そんな最後の悪の結晶は、魂のギアを限界まで上げた二人、いや三人の戦士――『仮面ライダードライブ』と、『ハート・ロイミュード』によって、この世から消えた。
機械の人形でさえ持っている心。それすら持たない哀れな木偶に、友の想いを受け継いだ熱き二つの心の炎を消すことなどできやしないのだ。
しかし。
「進ノ介!?」
『ドライブ』のベルト――己の罪を灌ぎ世界を守ろうとする科学者の魂を機会の身に宿す、『ドライブドライバー』が叫ぶ。
進ノ介――熱い刑事魂で事件に立ち向かってきた刑事『泊 進ノ介』は、事件解決を目前に、力尽きようとしていた。
「泊進ノ介……!」
ロイミュードたちを友と呼び、どんな人間よりも正しく強い、人の心を持つ『ハート』の呼び声。
だが進ノ介は、それに応えることさえできず……大きく仰け反るように、爆発して風穴の空いた『特防センタービル』最上階から、落下した。
目を覚ましたとき、進ノ介は奇妙な森の中にいた。
「……ここは……」
都市部にある『特防センタービル』にいたのに、こんなところいるはずはない。……いや、あそこにいたからこそ、ここに来たのだとすれば……。
白々しいほどの自然音と水音が不安を掻き立てる。
嫌な予感を感じながら、それでも進ノ介は歩もうとする。
もう二度と、
すると正面に、
進ノ介は足を進める。
そのとき。
「待て! それ以上先に行ってはいけない!」
とても聞き覚えの静止の声。不思議と、聞くだけで安心するような。
そして、ずっと昔に失ったような。
声の主を探すために進ノ介が振り返ったとき、その足をなにかが掴んだ。
見ると、背後の靄から伸びた腕が進ノ介の足を掴み、
驚愕する進ノ介は、その腕を咄嗟に振り払う。
腕の主は、進ノ介の前にその全身を現した。
靄から現れたのは、三体もの、倒したはずのロイミュードたち。
腕の剣が凶悪な『ソード・ロイミュード』。
赤いフードを被ったような『シーフ・ロイミュード』。
黄金に超進化した『フリーズ・ロイミュード』。
いずれも、進ノ介にとって因縁浅からぬ敵だ。
一人は、進ノ介の最初のバディが逮捕した警察官殺しの異名をもつ凶悪犯の怪物。バディを狙う奴との対決が、戦いを新たなターンに導いたのだ。
一人は、つまらない嫉妬によって進ノ介の父の命を奪った男が機械生命体と手を組み暴走した姿。
一人は、進ノ介の父の死の真相を隠蔽し、日本の中枢近くにまで上り詰めて暗躍し、一度は進ノ介自身の命をも奪った最強クラスの怪物。
全て、進ノ介が乗り越え、倒したはずのロイミュード。今残るロイミュードはハートのみのはず。……そんな彼らが進ノ介を引きずり込もうとするなら、それは、ここが他ならぬ『あの世』の入り口だからか?
しかし、当然ながら、進ノ介の思考を奴等は待ってはくれない。
三体のロイミュードは、恨みを晴らさんとばかり、こぞって進ノ介へ攻撃を加え始める!
シーフの拳が背中を叩き、ソードの膝が腹を打ち、フリーズの手が進ノ介を吹き飛ばす。
進ノ介には為す術がなかった。ここには、進ノ介とともに戦ってくれた相棒、『ベルトさん』がいない。苦し紛れに繰り出した反撃も全く効果を生まなかった。
万事休す。このままでは、彼らの仲間入りをするしかない。
折角、ここまで戦い抜いたのに。まだ、進ノ介の世界には『ハート』が残っている。彼に、それに『彼女』に……バディに伝えたいことがある。だから。
「だから、俺はこんなところでクラッシュしてるわけにはいかない!」
その叫びが、『天の意思』とでもいうべきものに届いたのか。
黒の、赤の、黄色のミニカーが、どこからともなく飛来した。
三体のロイミュードは、空中に道路を作り出しながら走ってきた三台の『シフトカー』に散々に轢かれた末、火花を全身から散らしながら吹っ飛んだ。
進ノ介にとっては、見慣れた光景。それはいつだって、進之介の、そして人々の危機を救ってきてくれた。
そして、今も。
「よく言った! 泊 進ノ介!」
三台の『シフトカー』が甲高い音をたてながら、高速で進ノ介の横をすり抜け、背後に走り抜けたとき。この一年ずっと、誰よりも近くから聞き続けた声が、進ノ介の名を呼んだ。
三台のシフトカーは、進ノ介の記憶にあるものだった。全て印象深い、世界の危機を何度も救ってくれた力。
進ノ介は、まるで『
黄色いシフトカー『シフトネクストスペシャル』は、白い服を纏う青年の手に。
黒いシフトカー『シフトスピード プロトタイプ』は、紫色のライダースジャケットを身につけた青年の手に。
そして、赤いシフトカー『シフトトライドロン』は、黒いコートと、サングラスをつけた初老の男性の手に。
「君のその意思は、明日へと駆け抜けるための、アクセルになるだろう!」
紛れもない、進ノ介にとって欠かせない、忘れ得ないその者たち。
そう、ここが『彼岸』だとしたら。そこにいるのは、なにも悪の怪物だけではない。
先に逝った正義の魂もまた、ここに辿り着いているのだから。
進ノ介を救うため、彼らは今、ここに来た。
万感の想いを込めて、進ノ介はその名を呼んだ。
「エイジ……! チェイス! ベルトさん!!」
未来で進ノ介の正義を継いで戦い、死んでしまったという男。結局会えなかったが、その心は進ノ介とともに世界を守り抜いたまだ見ぬ息子、『泊 エイジ』。
世界のため。人のため。友のため。愛のため。機械の身で、進之介がなにもできないときから戦い続け、人知れず世界を守り抜いてくれた仲間。この最後の戦いでも、最期まで『ダチ』を守って逝った、生真面目なロイミュード000、『チェイス』。
そして、友に裏切られ、図らずも世界を脅かす敵を作り出してしまったことを気に病み、ロイミュードの襲撃に際し自身の人格と心をベルトに移して死んでしまった男。この一年、自身の罪を自身の手で灌ぐため、進ノ介の『ドライブ』にどこまでも付き合ってくれた相棒、『クリム・スタインベルト』。
あまりのことに絶句する進ノ介に、彼らは頷きかけ、進ノ介にも見慣れた
「剛が俺をダチと呼んでくれた以上、俺にはもう、悔いはない。だが、進ノ介。お前にはまだ、守ってもらわなくてはならない。俺の後を引き継いでな」
チェイスは、いつもの無表情と、抑揚に乏しい言葉とともに、過去に着けていたベルトを着ける。
「もう、父さんたちのすぐそこに、平和な未来があるよ。ここから帰れれば、僕とも、すぐに会えるから。それはきっと、この僕ではないだろうけど」
エイジは、力強い言葉とともに、寂しそうでもあり、そしてどこか嬉しそうな顔で、未来で着けていたベルトを着ける。
「ありがとう、泊 進ノ介。『
クリムは、鷹揚に微笑み、頷きながらメッセージを託すと、表情を引き締めて、我が手で作り出したベルトを着ける。
今、三本の『ドライブドライバー』が、三人の手で起動する。
「父さん、行って! 『あの人』が父さんを連れて行ってくれる! ここは僕たちが引き受ける!」
聞き慣れた待機音を、自分の腰以外から三つも同時に聞くことの、なんと不思議なことか。
「お前と最期に言葉を交わせてよかった。霧子と剛、それにハートにも、よろしく頼む」
闘志を漲らせる彼らの、なんと頼もしいことか。
「OK? 進ノ介。では、Start! Our Engine!」
今この場において、彼らに
『Fire! All Engine!』
チェイスは、エイジは、クリムは、大きく腕で円を描くようなポーズをとり、腕に出現した『シフトブレス』に、それぞれの手でシフトカーを挿入した。
「「「変身!!」」」
シフトブレスに挿入されギアレバーのようになったシフトカーを、三人は一気に押し上げた!
『『『DRIVE!』』』
『Taaaaaaaaype SPEED!!』
『Taaaaaaaaype SPECIAL!!』
『Taaaaaaaaype TRIDERON!!』
三人は、赤の、紫の、黄色と黒の、エネルギーに包まれる。
エネルギーが形成したアーマーをそれぞれ身にまとい、飛来した三本の太い光の輪をその身に纏うと、そこにいたのは、三人の戦士。
『初代仮面ライダー』。世界を最初に守った黒い仮面の英雄。『仮面ライダープロトドライブ タイププロトスピード』。
黒い体に黄色いライン。20年後の力と使命を現代の正義の力と併せ、この世界を守る戦士。『仮面ライダードライブ タイプスペシャル』。
人間の心と体に、ドライブドライバーに納められたクリムの心と、機械化したクリムの肉体とも言える特殊車両『トライドロン』をも一体化させた『仮面ライダードライブ』の最強の姿。その赤い仮面に幾重の赤い輪を浮かべた目は、進之介から
三体のロイミュードに対するは、過去の、未来の、そして現代の、『仮面ライダードライブ』!
『仮面ライダードライブ』たちは、思い思いのポーズで戦意を高めると、クリムが代表して進ノ介に告げた。
「進ノ介、100年ほどしたらまた会おう。今度は、君の方が私より年老いていることを期待するよ」
「ベル……いや、クリム!」
チェイスもエイジも、進ノ介に頷きかけた。
進ノ介は、少し下を向いて迷っていたが、やがて顔をあげ、別れを告げた。
「ありがとう! 『仮面ライダー』!!」
そして、進ノ介は踵を返すと走り出す。
にわかに始まった背後の激闘の気配にも振り返らず、真っ直ぐに駆けていった。
三体のロイミュードは、当然、慌てて進ノ介の背を追おうとした。それは、未練か、執念か、怨恨か。
しかし、『仮面ライダー』はそれを許さない。
『Come on! SOLAR! WINTER! COMMERCIAL!Taiya Kakimazeeeel! WETHER REPORT!』。
『タイプトライドロン』が腕の『シフトトライドロン』を操作すると、そこから三つのタイヤが涌き出すように出現し、腕を軸に『タイプトライドロン』の肩のタイヤへと移動、一体化する。
『タイプトライドロン』は、シフトカーたちの能力を混合する『タイヤ カキマゼール』と呼ばれる能力を持つ。『タイプトライドロン』が作り出したのは、『バーニングソーラー』の光と熱に、『ロードウィンター』の風と冷気をかけあわせ、『カラフルコマーシャル』の能力で自在に投影することで周囲の天候を支配する『ウェザーリポート』だ。
その能力により、ロイミュードたちと仮面ライダーたちの周りに乱反射する光と冷気の竜巻が発生した。
さながら戦いのリングのような竜巻の中で、怒りと屈辱に戦慄く怪物たち。対し、三人の戦士達は互いに頷きあうと、はたと敵を睨みつける。
各自がファイティングポーズをとり、そして。
「「「さあ、ひとっ走り付き合えよ!!」」」
決めゼリフを言うが早いか、『仮面ライダードライブ』は息を揃えて、三体のロイミュードに飛びかかった。
『プロトスピード』は『ソード』に。
『スペシャル』は『シーフ』に。
『トライドロン』は『フリーズ』に。
正確な技術と流れるような連打で滅多打ちにあうフリーズ。
『タイプトライドロン』は、危なげのない戦いで超進化態のフリーズを圧倒する。
『ドライブシステム』は、ロイミュードやシフトカーの核『コアドライビア』のパワーに、クリムの精神が耐えられず暴走する危険を孕んでいたことで考案されたシステムだった。ベルトに内蔵させたクリム自身の精神と、『コアドライビア』に耐えられる『超人』泊 進ノ介の精神。二人の精神をもって『コアドライビア』を制御し、その力を正しく引き出すことで、システムは完成する。
……が、この場において、そんな理屈は枝葉末節だ。
『
『仮面ライダー』として世界を守り抜いてくれた英雄、そして相棒、進ノ介。己の贖罪に付き合わせたことで負わなくてもいい重荷を背負っても走り抜いてくれた彼を守るための、この一度きりの戦い。
ちんけな暴走が起ころうはずがない。
それも、今のクリムは魂そのものだ。
だから、
「私のエンジンは、かつてないほどに燃えているぞ……!」
全身の排熱が示す圧倒的な『クリム・スタインベルト』の心の炎。吹き出す蒸気のままに蹴り出した足は、フリーズの冷気をものともせず、その身を焼き尽くす!
超スピードに翻弄され、ガードもとれずにモロに顔面を蹴飛ばされるシーフ。
『タイプスペシャル』は、異次元のスピードでシーフを圧倒していた。
元より『シーフ・ロイミュード』は、過去に縛られた男の悪しき欲望が産んだ怪物。対し、『仮面ライダードライブ タイプスペシャル』は、20年以上も未来を走る力を受け継ぐ正義の希望の戦士だ。歴然とした差が生まれて当然であろう。
シーフの触手が『タイプスペシャル』を縛り付けようとするが、『タイプスペシャル』はそのすべてを見切る。ひとつたりともその身に擦らせることさえできず、シーフは『タイプスペシャル』の接近を許す。
ならばと、シーフは高速で振り回して『タイプスペシャル』を打ち据えようとする。数本の触手が壁に見えるほどの圧倒的な悪意の奔流。だが『タイプスペシャル』は足を止めない。地獄のような未来で戦い続けてきた彼が、そんなものを臆する理由はない。そんな壁を恐れるエイジではない! 『タイプスペシャル』は残像が見えるほどの超スピードでその全てを潜り抜け、一気にシーフの目前に迫った。
未来へと進み続けた『泊』一家の正義が、ゆがんだ過去に足踏みし続けた浅ましき悪意の鼻先へ、再び『時』をつきつける。
「中身がいないみたいだけど、お爺さんの仇なんだってな。お前のせいで僕はお爺さんには会えず終いだよ!」
エイジの怒りが拳の嵐となって、シーフを、それを生み出した悪を断罪する!
堅実に押さえつけられ、そこに重い拳を叩き込まれるソード。
『プロトドライブ』は、この世界の『仮面ライダー』の中で最も性能が低い。しかし、この世界の『仮面ライダー』の中で、最も戦闘経験豊富なのがチェイスだ。ロイミュードの相手はお手のもの。
一方のソードも、負けじと組みついてくる。『仮面ライダーチェイサー』としてのチェイスに倒されたソードは、その雪辱戦として、さらなる怒りを燃やしているのだ。
が、そんな動機などチェイスの知ったことではない。膝蹴りと腕力でソードを引き剥がした『プロトドライブ』は、その顔を殴り飛ばすと、倒れ込んだところに追撃しよう足を踏み出し…………ふと、立ち止まった。
その場に立ち尽くしていた『プロトドライブ』は、やがて姿勢をただすと、咳払いをひとつ。
そして相手を指差し、
「……
次いで片掌にもう片方の拳を叩きつけ、
「……
さらに大仰な振りで片手をあげて、
「……いずれも……!」
最後に両腕を広げながら、
「チェイ、サー!」
ソードが困惑して立ち尽くしている。
「仮面ライダー――」
が、そんな反応は意に介さず、前屈みになって右腕をぶんぶん振り回し、
「――プロト、」
大きく足を振り上げ、今にも大股に踏み出そうとする立ち姿勢から、
「――ドラァイブ!!」
体を大きく開く決めポーズ。
親指、人差し指、中指を伸ばした手を振ると、どこからかイグニッション音が鳴る。
一見、意味不明にもみえるこれは、しかし、チェイス自身にとっては大きな意味があった。
『
チェイスは、彼と『ダチ』になれた今だからこそ、これをやってみたかったのだった。
それがどうしたとばかり腕の剣で切りかかってきたソードは、更にキレを増した『プロトドライブ』の動きにいなされ、その勢いのままウェザーリポートが出現させた竜巻の壁に放り込まれる。哀れ、『プロトドライブ』を切断するはずの剣は竜巻に削られて、丸ごと無くなってしまった。
仮面の下でご満悦のチェイスは、愕然とするソードの肩を掴んで引き戻すと、ぐるりと振り回して立ち位置を逆転させ、竜巻のフィールドの中心部分へとソードを蹴り飛ばす。
それと同時に、『タイプトライドロン』と『タイプスペシャル』もまた目の前のロイミュードたちに蹴りを入れると、三体のロイミュードは竜巻の中央あたりで衝突し、折り重なるように昏倒した。
圧倒的な『仮面ライダー』の力。泊 進ノ介という男に連なる絆。護ろうとする強さ。
折り重なったロイミュードを三方から取り囲む『仮面ライダードライブ』は、少しの遅れもなく同時に、シフトブレスを操作する。
『『『Hissaaaatsu!』』』
示し合わせたわけでもないのに完璧にシンクロする動き。ただの偶然の産物か、あるいはコアドライビアの共鳴か。
『『『 Full Throttle! 』』』
否、あえて言うなら、そう。
『SPEED!!』
『SPECIAL!!』
『TRIDERON!!』
これは、『正義』の共鳴だ!
狼狽し身を寄せ合うロイミュードたちに対し、チェイスは、クリムは、エイジは、合わせ鏡のように同じように腰を落とし、高まるエネルギーを身にまとう。
エネルギーが高まりきったことを感じとると、一息とともに、武者震いに身を震わせる。
三人は同時に地面を蹴立て、舞い上がる土埃より早く、高く、鋭く跳躍。
腹の奥から吐き出す気合いの叫びとともに、跳び蹴りの姿勢をとる。
それはまるで、悪を貫く三本の断罪の槍。
三体の怪物に、その槍が一本ずつ突き刺さる。
『ライダーキック』。
だが、彼らのドライブは、一度のアタックで終わりはしない。
あえて蹴りを擦らせるように当てると、そのまま後ろに抜け、竜巻を蹴って体を
右から『タイプトライドロン』が蹴りに来たと思えば、左から『タイプスペシャル』の足が突き刺さり、ほとんど同時に後ろから『プロトドライブ』の蹴りに身を抉られ、次の瞬間にはまた『タイプトライドロン』が前から跳んでくる。
その速度足るや、まるで竜巻のなかを三本の帯が飛び交っているかのよう。三体のロイミュードはきりきり舞いだ。赤と黒と紫の帯にがんじがらめに巻き取られ、火花を絶えず散らして、動くことさえ叶わない。
通常は周囲を円運動でドリフトするトライドロンにより、蹴りを乱反射させる『仮面ライダードライブ タイプスピード』のライダーキック、『スピードロップ』。
トライドロンと融合した『タイプトライドロン』では使えないそのド派手な必殺技を、タイヤカキマゼール『ウェザーリポート』の竜巻で代用し、三人で見舞うこの技。
三人の仮面ライダードライブによる『トリプルライダーキック』。
名付けて、『トライトルネードロップ』!
三体のロイミュードが悉く百回も蹴られたとき、ついに『仮面ライダードライブ』は、竜巻を蹴る足に力を込め、一層高く跳び上がる。
全身の力を振り絞る雄叫びとともに、トップギアを超えたコアドライビアのエネルギーが、その伸ばした右足に集中する。
そして。
三つのライダーキックは、三体の亡霊をあるべき場所へと送り返し。
「ここまで来ればもうすぐだ。急げ!」
謎の声に案内され、進ノ介は走っていた。
鬱蒼とした森のような場所はもうなくなり、今や辺り一面が真っ白な謎の場所だ。
謎の声に謎の場所。謎のロイミュードに謎の『仮面ライダードライブ』。
進ノ介の頭はエンスト寸前だった。
なによりも分からないのが、
(この声は……間違いなく……きっと……)
ソード、フリーズ、シーフ。破壊したロイミュードたちが現れて、チェイス、クリム、エイジと、死んだ仲間が現れた。
ここが
進ノ介の中で、事態の理解の線は既に
「さあ、ここから先は俺には案内できない。あとはお前次第だ。まっすぐ走れば、お前のいるべき場所へ帰れるだろう」
この声にかけてもらった、数々の言葉を覚えている。
励ましの言葉を覚えている。
夢の言葉を覚えている。
叱る言葉も、心配の言葉も、導きの言葉も、優しい言葉も。
そして、誇りの言葉も。
眼前の光景は、旅路の終わりを迎えるに相応しい情景を成していた。これほど白い空間だというのに、進ノ介の前から光が差していることがわかる。
この先に行けば、帰るべき場所へ帰れる。つまり進ノ介は、意識を取り戻すということだ。そうなれば、次にここに来るのはいつになるだろう?
ふと、迷子の道案内も警察官の大事な仕事だ、と『彼』が言っていたのを思い出す。
「……なぁ、最後に聞かせてくれよ。あんた、一体誰なんだ?」
考えるのをやめて絞り出した進ノ介の問いかけに、声の主は、
「そんなこと、気にしてる時間はないだろう?」
とだけ、素っ気なく答えた。
確かにそうかもしれない。ここは、潔く別れるべきなのかもしれない。答え合わせはちゃんと進ノ介が死んだとき。そのときなら、落ち着いて語り合うことができるだろう。
それに、刑事の勘が、こいつはちゃんと答える気がないなと告げていた。証拠を集めて口を割らせるしかないタイプの相手だ。勿論、ここではそんな時間もないし、増して物証なんてあり得ない。
今の進ノ介の語り合うべき相手は、向こうにいるはずのハートだ。そして、霧子とベルトさんのはずだ。
進ノ介は、
「なら、今度はカツ丼でも食べながらにするよ」
と、捨て台詞のように、ジョークとしても冴えてないことを言いながら、歩を進めた。
踏み締める度に、足の感覚がしっかりしてくるのに、頭の感覚は鈍くなっている気がする。全身の痛みも大きくなってきた。拭い去れない無念さと、よりにもよって一番知りたかったことが分からないという気持ちの悪さに、目眩がする。
目眩がいよいよ大きくなったとき、声は、進ノ介の背中に一言、言った。
「お前は、
進ノ介は歩みを止めた。
『市民を守る使命をもつ警察官』。
それは、警察官としての、父のポリシー。
もはや疑う余地はない。声の主は『その人』に違いなかった。
思わず振り返った進ノ介が目にしたのは、
制服でこちらに敬礼する、父『泊 英介』の姿だった。
彼に会えたら、言いたいと思っていたことは山ほどあった。
あなたが去ってから、母も自分も苦労した。
あなたに憧れて警察官になった。
あなたを殺した真犯人を捕まえた。
あなたの同僚が今の上司だ。
あなたと違って、最高のバディと一緒に頑張れてる。
だがそれは、父の姿を見た瞬間、どうでもよくなってしまった。
父と息子としてではない。尊敬する警察官の大先輩が、同じ警察官として、進ノ介に敬礼している。
姿勢を正して、引き締まった顔で、胸を張り。
それは、どんな言葉よりも雄弁に、進ノ介の心にメッセージを伝えていた。
胸に込み上げたものを、進ノ介は、言葉にできなかった。言葉にしようとしても、喉がひきつけを起こしたように、振るわない。
だから進ノ介も、警察官らしく応えた。
二人の『泊刑事』は、光の中で敬礼を交わした。
白くボヤけていく視界の先で、父が、確かに誇らしげに微笑んだ気がした。
はっと、進ノ介は目を開いた。
硬いアスファルトの上に寝ているようだ。
雨に濡れたようで、全身ずぶ濡れだ。
しかし、雨が止んだのか、屋内に引っ張られたのか、今は雨が降ってきてはいない。
『進ノ介!? 霧子、進ノ介の意識が戻ったぞ!!』
「泊さん!? 泊さん、しっかりしてください!」
聞きなれた声が聞こえた。
その一つは向こうでも聞いた声だ。しかし、それよりは幾分かメカニカルな音響である。尤も、それは当然、声の主がメカニカルだからだが。
進ノ介は、彼らの名を呼んだ。
「霧子……? "ベルトさん"!?」
クリム・スタインベルトの精神を収めたベルト『ドライブドライバー』と、今の進ノ介のバディ『詩島 霧子』は安堵の息をついた。
戻ってきた、という実感が沸く。
……いや、『戻ってきた』というが、自分は本当に『どこかへ行っていていた』のかだろうか?
「……あの『仮面ライダー』たちは……夢だったのか……?」
チェイス、エイジ、クリム。並び立つ三人のドライブ。そして父。当然ながら、あそこでの出来事は、ここには気配さえない。
現実の空間にその光景を投影しかけたそのとき。
「……よお。お目覚めだな」
後ろから声がかけられた。そこにいたのは。
「ハート!?」
壁に背を預けて座っていたのは、ロイミュード002、108体いたロイミュードたちの最後の生き残り、『ハート・ロイミュード』だ。
赤いコートも黒髪もびしょ濡れ。しかしいつもの笑みを浮かべて、進ノ介を見ている。
『ビルから落ちた君を、ハートが間一髪で助けてくれたのだ』
「そのあと、二人を発見した私とクリムが屋内に運び込んで、とりあえず『マッドドクター』で治療しました。本当は本物の救急車を呼びたいのですが、グローバルフリーズの影響で、どこも一時的に機能が麻痺していますから」
"ベルトさん"と霧子が解説する。ここは特防センタービルの一階らしい。また、シフトブレスには、死ぬほどの激痛を伴う治療能力をもつ『マッドドクター』がセットされていた。……逆に、『マッドドクター』の治療で意識が戻らないとは、自分は本当にまずかったのではないかと、進ノ介は改めて戦いた。
そんな進ノ介に、ハートは吐き捨てるように言った。
「蛮野の野望は砕いた。実に無粋な野望だった。人間をロイミュードに近付けてどうする? 俺たちが人間に近付いて超えるべきなのに」
そして冷笑。それは、蛮野に対してか。それとも、そんな野望に付き合わされて全滅の憂き目にあった自身や仲間……
進ノ介は、自然に答えていた。
「もうとっくに超えてるよ、お前たちは」
それを聞くいたハートは、一瞬、目を見張る。
そして、口元に笑みを浮かべながら、ゆっくりと目を閉じる。胸にあふれるなにかに堪えるように。
痛み。悼み。あるいは……。
やがて立ち上がったハートは、進ノ介を見下ろした。
「メディックも死んだ。残るロイミュードは俺一人だ」
その姿は、雨に濡れたせいか、いつもより少し小さく見えた。いや、いつもが大きく見えていただけで、今の大きさこそがハートなのか。
進ノ介の感慨を余所に、ハートは拳を胸の前に掲げ、抑揚を押さえた口を開いた。
「さあ、約束通り決着だ。泊 進之介」
突然の宣戦に、進ノ介は驚愕のあまり目を見開く。
霧子も身を強張らせ、"ベルトさん"も『なんだと!?』と声をあげ、電飾のような顔模様をチカチカさせた。
「なんでだ? 蛮野天十郎という最悪の存在も倒した。グローバル・フリーズももう起こせない。俺たちにもう、戦う理由なんかないはずだ!」
一同を代表した進ノ介の問いかけに、あれほどの熱をもっていたはずのハートが、今は温度を感じさせない声で応えた
「俺たちは……
ハートは語気を強める。堪える様子はなおも深い。しかし、なにかに急かされているかのようにも見えた。あるいは、それが最期の希望であるかのようにも。
進ノ介には本気で訳がわからなかった。
「それは、ロイミュードが罪を犯すからだ! でも、お前は今更そんなことしないだろ!?」
進ノ介は、無理矢理起き上がって、ハートの胸ぐらに掴みかかった。
「俺はここまで戦ってきて気付いた! 本当の悪は、人間の心のなかにしかない! ロイミュードは、それをなぞっただけの、犠牲者みたいなものだ! 俺たち人間がそれを理解した今なら……!」
「だからなんだというんだ!?」
ほとんど叫ぶように思いのたけをぶつける進ノ介に、ハートも叫び返すように応え、胸ぐらの手を払い除ける。
掴みかかる支えを失った進ノ介はわずかによろめくが、すんでのところで体勢を保ち、男同士、どこまでもまっすぐな視線を交わす。
そんなハートと進ノ介を、霧子が沈痛な面持ちで見守っていた。
「だから……今なら、きっとお前たちとも……お前ともやっていけるはずだ! チェイスに続いてお前まで失いたくないんだよ!」
『ハートにも、よろしく頼む』。あの場所での、チェイスの言付けが脳裏を過る。あれはどういう意味で言ったのだろう。こうなることを知っていたのだろうか。あの鉄面皮を思っても、答えはでない。あるのは、目の前の状況への反発だけだ。
進ノ介とハートが火花を散らしていると、口を開いたのは、"ベルトさん"だった。
『進ノ介……戦おう、ハートと』
二人の反応の違いは劇的だった。ハートは、僅かに微笑んだが、進ノ介は、まさに信じられないという愕然とした表情を浮かべ、崩れ落ちるように膝をつく。
「なんでだよ……」
進ノ介は、すがりつくように手を伸ばす。地べたにおかれた"ベルトさん"を手に取ると、その視界が電飾顔の赤で染まるほど近くに持ち上げて、激しく揺さぶるようにしながら激情をぶつける。
「なんでだよ! "ベルトさん"もわかってるだろ!? 今の俺たちなら……!」
『それは不可能だよ、進ノ介。我々とハートは、ともに生きてはいけない』
"ベルトさん"は、にべもなかった。
だが、一年の付き合いがあり、取り調べのノウハウもある刑事の進ノ介は、"ベルトさん"の声色に哀しみの色を感じ取った。ロイミュードと人間は交わらないから、なんてことではない。ロイミュードは敵だから、でもない。"ベルトさん"は、もっと別の意味で、「ともに生きてはいけない」と口にしたような気がした。
そのとき、進ノ介の脳に、なにかが
「まさかハート、お前……本当はもう……」
恐る恐ると顔をあげ、上擦った声で問いかける進ノ介。
ハートは、観念したように微笑んだ。
「本来は、107人の……いや
ハートは、徐にコートの襟に手をかけ、乱暴に開いた。
その胸は、中の回路が剥き出しになって、絶えず火花が散っている。
傍目にも、それがただの回路のショートだとは、とても思えなかった。
『ここまでの戦いで、ハートは既にコアに致命傷を受けていたのだ』
"ベルトさん"の説明に、進ノ介は、シグマサーキュラーとの戦いを思い出す。劣勢に陥ったとき、ハートの胸を、床から生えた爪が刺し貫いた瞬間があった。
あのとき、ハートは、致命傷を負ったというのか。そして、メディックの治癒も受けられないまま、戦い続けたというのか。
「『マッドドクター』も試したのですが……時間の問題としか……」
「外傷は完全に治してくれたが、コアは一時的に接ぐ程度が限界らしい。どうにせよ、長くは持たないだろう。ロイミュードの癒しの女神は、人間の力を上回っていたというわけだ」
口を開きかけた進ノ介を遮る様に霧子が口を開く。まさに、進ノ介が提案しようとしたことを否定する。彼女達が駆けつけてから、進ノ介が目を覚ますまでどれだけあったのかは知らないが、既に試していたということ。進ノ介は、悄然としながらも、口を閉じるしかない。
その様子を見ながら、ハートは不思議と嬉しくなる。癒しの力を持つロイミュード『メディック』は、損傷したコアを治すことさえできた。メディックの力は、シフトカー『マッドドクター』の力を上回っていたのだ。108人の友たちのなかで最も愛した彼女が、明確に人間を超えていたことを、ハートは心底誇りに思った。
一方、進ノ介は意気消沈し、とうとう下を向いてしまった。彼はどうしても、ここでハートと戦う気にはなれなかった。
なぜなら、彼は警察官だから。
これまでのロイミュード事件は、ロイミュードが悪事を働くから戦えた。ロイミュードたちは、人間をコピーし、社会を混乱させ、犠牲者を生み、そして人間の法では裁けない。だから、仮面ライダーとして、進ノ介は戦ってきた。
だが、いまや、その認識は正しいとはいえない。彼らに悪事を働かせるのは、彼ら自身の悪意ではなく、コピーした人間の悪意であった。その全ての元を正せど、結局、悪意の権化のような人間が諸悪の根元なのだ。『蛮野天十郎』という、人の皮さえ脱ぎ捨てた悪魔が。
それではロイミュードは、人間に振り回された被害者だ。既に主犯を裁いたのに、なぜ、被害者まで裁かなくてはならない。
ハートと敵として戦うことは幾度もあった。だが、進ノ介自身、ハートを悪だと思ったことは一度もない。いつも正々堂々としていて、仲間思いのいいやつだ。そんなやつと今更戦うなんて。それも、致命傷を負って永くは保たないとわかっているのにだ。
警察官として、そんなことはできない。人間として、そんなことはしたくない。漸く分かったのだ。
だが、"ベルトさん"はそうではなかった。進ノ介の、やりきれない思いはよく分かってなお、"ベルトさん"は、あえて、再度促した。
『戦ってやってくれないか、進ノ介』
進ノ介が"ベルトさん"を見た。
放っておいたら、また一年前のエンスト状態に戻りそうな顔だ、と"ベルトさん"は思った。
『私は、彼を、彼の望んだ方法で送ってやりたい。自分の望まない形で死ぬのがどれだけ無念なことか、私はよく知っている。……それを教えてくれたのは、皮肉なことに、彼自身だったがね』
進ノ介の、アイドリング状態の頭のなかで、宥めるようなその言葉がなんども反響した。
様子が変わった進ノ介を見て、ハートは、畳み掛けるように言った。
「俺を破壊したのがあの木偶人形だなんて冗談じゃない。俺は、戦う喜びとともに去りたい。俺を倒したのは、俺の認める人間だったと思っていたい。蛮野の不細工な遺品などでなく、クリム・スタインベルトの遺した『仮面ライダー』だったと」
進ノ介は、父の亡骸を思い出す。父の死に顔は、最後まで悪に立ち向かえたと、満足していただろうか。それとも、悪の尻尾を掴んでいられなかったと、悔いていただろうか。
「泊さん」
霧子は、ただ、進ノ介の名を呼んだ。
そして進ノ介に、その両手を差し出した。
そこにあったのは、皆にとって見慣れたもの。
『ドライブ』が『タイプフォーミュラ』や『タイプトライドロン』を手に入れてから、進ノ介が使うことはほとんどなくなったもの。
そして、ハートに、初めて戦いの喜びを教えてくれたもの。
それは、蛮野天十郎を倒した、霧子の弟『詩島 剛』から託された、シグナルバイクとシフトカーによるサイドカー状のシフトカー。
『シフトデッドヒート』。
ハートと戦うために。ハートの熱を受け止めるために。
そのために作られた、このシフトカーならば。
ハートの
見詰める進ノ介に、霧子は、ゆっくりと頷きかけた。
進ノ介の心のエンジンに、火がともる音がした。
「……わかった」
右手で、霧子の掌から『シフトデッドヒート』を受け取った。
霧子は、「気をつけて」とだけ言った。
左手で、傍らの『ドライブドライバー』を取り上げた。
"ベルトさん"は、あえて、『OK、進ノ介。Start Your Engine!』と、いつもの通り、号令をかけた。
両足で、立ち上がる。ハートと向かい合う。
ハートは、その姿に、強烈なエンジン音を幻聴した。そして、気づく。そのエンジン音は、進ノ介の姿だけでなく、この胸の、壊れかけのコアからも響いてきたのだと。
ハートは、久しぶりに、満面に顔を綻ばせ、宿敵の闘志に、真っ向から対峙した。
二人が向かい合ったまま、ゆっくりと外に歩み出す。
最初はゆっくりとでも、その身が逸るに任せ、二人は段々と足を速める。
横歩き。小走り、そして走駆へ。
「……ひとつ、訂正してくれ」
「なに……?」
二人は、水たまりを蹴立て、外に出た。
依然、雨は降り続いていた。
「俺たちは人間の悪意に振り回されて戦っていた訳じゃない。確かにそういう友もいたが……断じて、人間のコピーに徹していたわけじゃない」
「……」
頭を、肩を、全身を。乾きかけていた二人の体を、雨は、あっという間に、濡らす。
まるで、二人の熱をさまそうとでもしているかのように。
あるいは、二人の戦いを嘆くかのように。
「俺たちは、人間の劣化品なんかじゃない。ロイミュードとしての誇りと意思で戦ってきたんだ。俺たちの戦いは、その思いも、悪意すらも! 俺たちの手で手に入れ、示してきた、紛れもないロイミュードだけのものだ!」
だが、二人は、止まらない。どちらからともなく、彼らはそれぞれのギアを、戦いへと引き上げていく。
ハートが、胸の前で腕をX字にクロスさせると、その身から莫大な熱が吹き出す。
「訂正しろ、泊 進ノ介! 俺たちは被害者なんかじゃない! 紛れもない加害者……いや! 人間の……誇り高き敵だ!!」
ハートの胸が、圧力に耐えかねた排気管のように、あるいは血飛沫のように、勢いよく蒸気を吹き出すが、彼は僅かに呻くだけで、それをクロスさせた腕で押さえ込んだ。
誇りにかけて、弱さを見せない。それはハートの矜持であり、最期の意地だ。
「……確かにそうだ。お前は、いや、ロイミュードたちはみんな、いつもそうだった。人間の悪意は悪意として、お前たちはお前たちとして……」
受けて立つ進ノ介は、動きの一つ一つを噛み締めるように、腰に装着した『ドライブドライバー』のイグニッションを捻る。
「なら俺も……戦士としてだけじゃない……刑事としても……」
『シフトデッドヒート』のサイドカーに、シグナルバイク部分を折り込む。
もはや体に染み付いた、当たり前の動き。
「一っ走り付き合ってやる! お前の、ロイミュードの、
――これは、敵を倒す戦いではない。
――これは、悪を裁く戦いではない。
進ノ介は、車さながらのアイドリング音に促されるように、大きく両腕を回して、左腕のシフトブレスへと、『シフトデッドヒート』を挿入する。
「お前が俺を討つか、ともに相討つか。決着の時だ……人間……!!」
――これは、人間に挑む戦いではない。
――これは、友達を守る戦いではない。
ハートは、高まる熱とともに、勢いよく両腕を開くと、胸からの一筋とは比べ物にならない蒸気を全身から吹き出しながら、その力を行き渡らせる。
これが、ラストコール。
進ノ介は、一年分の戦いの全てを込めた言葉を叫び。
ハートは、生と友へ想いを込めた魂の雄叫びを上げる。
「変身ッ!」
迸る赤いエネルギーに包まれ、進ノ介は二人分の姿を分けあった英雄の形態へと、変身する。
「はぁあああああああああっ!!!」
金色の光を放って、ハートは機械染みつつも、生物であると全身から訴える、怪物の姿へと、変貌する。
『DRIVE! Taaaaaaaaype DEAD HEAT!!』
――これは、ハートという最後のロイミュードを、見送るための戦い。
――そして、ロイミュードの最後の
白と赤の戦士。肩と胸に二つのタイヤ。『
『仮面ライダードライブ タイプ・デッドヒート』
金と赤の戦士。頭に大きなハートの意匠。胸元に大きな傷。『
『ハート・ロイミュード』
相向かい立つ両雄。
今、最期の戦いが始まる――!
暫し、構えて睨み合う二人の間に、張り詰める緊張。
緊張とともに高まる二人の熱が、雨に濡れた周囲を乾かし、景色を歪ませる。見守る霧子の体も、あっというまに乾いてしまった。二人の間だけ、雨が降りることができず、空中で蒸発していく。
ぶつかりあい、相互の温度をあげて、周囲のものへも、その熱を伝えていく。その二人の熱は、まるで、二人の熱き姿そのもののようだと、"ベルトさん"は思った。
思えば、"ベルトさん"の命を奪ったのは、目の前のハートだ。進ノ介よりも因縁の根は深いのかもしれない。これは、進ノ介の手を借りた敵討ち、ともいえる。だが、そういう感慨は、不思議と浮かんでこなかった。
ただ、"ベルトさん"は、ハートを送り出すという、ひとつの目的のために、力を注ごうとしていた。回路の中にある心でも、コアドライビアを引き出す力となると、知っていたから。
雨足が、僅かに弱まった。
名残を惜しむような沈黙は、それほどの時間を待たなかった。
見届けるためにビルから出てきた霧子の立ち止まるパンプスの音は、ハンドル剣より鋭く、緊張の糸を絶ち切った。
「……付き合ってもらって悪いが……思った以上にガタがきているようだ。なるべくならもっと……だが、一撃で決めよう!」
「あぁ、お前の好きにしろ。どこまでも付き合ってやるよ、『ハート・ロイミュード』!!」
「ならばいくぞ、『仮面ライダードライブ』!!」
意思は決まった。
『ドライブ』は、殊更に大きくシフトブレスを操作した。
『DEAD HEAT!!』
『ドライブ』とハートは、身を屈めると、魂から振り絞るような声をあげ、『デッドヒート』と『デッドゾーン』の限界へと、熱を高めていく。
過去、幾度もの戦いでも到達しなかった次元へ。
周囲のフェンスや街頭、近くの芝生、果てはコンクリートまでが赤熱化し、溶け出す。一帯はまるで火山の噴火口のようだ。
もはや、霧子の裸眼では見ていられないほどの熱。
睨み合いは、いつの間にか、体を動かさず、武器も拳も介さない、声と熱だけをぶつけあう戦いに変わっていた。見えるほどに高まった二人の熱が、熱き波動として幾度となく放たれ、何度もぶつかり合って、絶え間なく炎のような衝撃波を撒き散らす。
戦いはとっくに始まっていたのだ。
「いいぞ……! もっとだ、もっと高みへ……!!」
際限なく高まる喜びがハートをさらに昂らせる。
もはや、いざとなれば『デッドゾーン』を止めると約束した
これが最期。今のハートには、最期の最後に、全てを出しきって戦えるという喜びより優先するものなどない。邪魔するものも、止めるものも、いなくなったのだから。……それが少しだけ、寂しいけど。
だから、その寂しさを焼き尽くすくらい、今まで一度もいったところのない場所までいこう。
「泊 進ノ介! 俺の、最初で最期の『オーバー・デッドゾーン』……どこまでも付き合ってくれ!!」
際限なく高まる熱が進ノ介を焼き、苦しめる。
ハートの熱だけではない。『デッドヒート』の熱もまた、装着する進ノ介を蒸し焼きにする。
人間の体に、この熱の戦いは耐えられない。このままでは、早晩、脱水症状どころか、ミイラのように干からびて死ぬことになるだろう。
だが、『仮面ライダー』として、進ノ介は、ロイミュードから逃げることはできない。そして、ハートへの敬意として、受けてたった、この最期の勝負に無様を見せられない。
そして、"ベルトさん"は、そんな進ノ介と己を鼓舞するように、叫んだ。
『進ノ介! ハートがこれで最期というなら、私たちのドライブもこれで最後だ! 私と君のハイブリッドエンジンは、こんなものではないはずだ!』
「……あぁ! 見せてやろう! 俺たちの、『オーバー・デッドヒート』を!!」
それに応えて、『ドライブ』は、シフトカーを呼び出し、シフトブレスに装着した。
『FLARE!』
オレンジのシフトカーの名は、『マックスフレア』。
ここぞというとき、いつだって進ノ介らの力になってくれた、信頼するシフトカー。
『フレア』に導かれて飛来した燃える橙の炎のタイヤを、『タイプデッドヒート』は、一片の戸惑いもなく胸に受け入れた。
熱には熱を。それ以上の熱には、更なる熱を!
『Fla Fla Fla Fla Fla Fla FLARE!!』
文字通り死ぬほどの熱に、さらに熱を足す自殺行為。
だが、それはハートも同じ事。死ぬ気の熱には、同じ死ぬ気の熱で応えなければ、敵うはずはない。
高まる熱の奔流が、危うく霧子を炭にしようとしたとき、シフトカーたちが集まって、二人を囲んでドームを作るように宙を走りだす。
二人の間に高まっていた熱は、シフトカーたちの作り出す結界に封じられた。
まるで別空間に、二人が閉じ込められたかのようだ。
この決闘に横入りなど不要。煩わしい外の様子など、もはやわからない。進ノ介にはハートしか見えないし、ハートには進ノ介しか感じない。
そんな二人のありのままを見守るのは、クリム・スタインベルトただ一人。
そして、不意に、決着の瞬間は訪れた。
ハートの胸が、大きく爆ぜたのだ。
驚く進ノ介を尻目に、ハートは小揺るぎもせず、大きく息を吐き出しながら、噛み締めるように言った。
「……ここだ……ここが俺の、臨界……ロイミュードの力の臨界を超えた……!! ロイミュードは、マシンの限界を超えられる……!!!」
魂そのもののように吹き出す蒸気を貫くほどに輝く黄金の体を、迸る赤熱光の煌めきが彩ったその姿。『通常進化態』の体色と、『超進化態』の体色の両方が共存したその姿こそ、ハートの生きてきた歴史の総集。
それはまた、『
その紅の光は、機械では流れない、生き物の生きている証――血流にも似る。
彼こそは、ロイミュードの心をまとめ上げる最強の王者にして、ロイミュードの歴史をまとめ上げる最後の戦士。
機械生命体の定められし限界を超えた、『ハート・ロイミュード 総終進化態』!!
一方、『ドライブ』の体は、熱どころか、既に真っ赤な炎が立ち上がっている。
ハートがロイミュードの限界を超えたというなら、進ノ介もまた、とっくに人間の肉体の限界を超えたところにある。
ロイミュードと人間の決着。それは互いに、ロイミュードと人間の進化の粋を見せる戦いとなっていた。
『……これで、正真正銘、Last Drive……だね』
「あぁ……いくぞ、"ベルトさん"……ハート!!」
「来い……クリム・スタインベルト……泊 進ノ介……我が宿敵、『仮面ライダー』!!」
『Hissaaaatsu! Full Throttle! FLARE!!』
『ドライブ』は、全身を屈めると、高まったエネルギーを足に集中させながら、炎を靡かせて突進する。
ハートは、それを見て、嬉しげに笑う気配を見せながら、握った拳に紅と黄金のエネルギーを集め出す。
これで決着だ。
命を燃やす『オーバー・デッドヒート』と、命が輝く『オーバー・デッドゾーン』の決戦。
ほんの数十分前にシグマサーキュラーを粉砕した「俺たちの『オーバー・ドライブ』」が、今、互いに向けられている。
そして然る後、どちらかが、あるいは両方が、消える――
『ドライブ』は、突進の助走から、地球の自転を止めんばかりの威力で思いきり地面を蹴って跳躍。空中から、片足を突き出す。
ハートは、蒸気の渦巻きとともに大気を歪ませ、紅をまとって黄金に輝かせた右拳を顔の横に構え、迎撃体制を整える。
「『だぁあああああああああああああ!!!」』
『ドライブ・タイプデッドヒート』の必殺技、『フレア』と『デッドヒート』、そして、燃え上がる進ノ介と"ベルトさん"の熱い心と覚悟。
極限まで高めてたどり着いた『オーバー・デッドヒート』の熱とエネルギーを、全身ごと叩き込む、最後の『ライダーキック』。
『オーバー・フレア・デッドヒートドロップ』!
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
迎え撃つは、なんの変鉄もない拳。だが、そこに、矜持と誇りと、亡き友らへの思いを。そしてなにより、今戦えること、この最強のライバルに全てを引き出せることへの喜びが、恐るべきエネルギーとして注ぎ込まれている。その黄金の輝きは、空気さえ焼き尽くす最上の『オーバー・デッドゾーン』の拳だ!
もはや、止めることは不可能。
約半年前。
『デッドヒート』と『デッドゾーン』が命を燃やさんばかりにぶつかり合ったとき。
二人は、『魔進チェイサー』に、すんでのところで止められた。チェイスは、ハートが冷静さを失うと、その頭を冷やす約束をしていたのだ。
今はもう、『オーバー・デッドヒート』と『オーバー・デッドゾーン』のぶつかりあいを、止める者はいない。
いや、仮にいたとしても、邪魔でしかない。例え、彼ら自身の理性であったとしても。
文字通り命を燃やす、人と機械の雌雄を決するこの一騎討ちに、不粋な仲裁は不用。
故に。
「「『はぁあああああああああああああああああああ!!!」」』
灼熱の脚と、焦熱の腕は、交差した。
暴熱の嵐の中に、霧子は見た。
焦熱の腕は、『フレア』のタイヤを深く抉り。
灼熱の足が、
重加速現象が起こったのか。
妙にゆっくりと、片膝をついて着地した『ドライブ』の背後。
ハートが大きくのけぞった。
「よかった……最期の一撃まで……もった……っ」
『ドライブ』が、着地した体勢のまま、顔を上げる。
背後のハートが仰向けに倒れ込み。
そして。
『ドライブ』の背を、巨大な爆発が焼いた。
それは、戦いの終わりを告げる、鐘の音だった。
「……これで……俺たちは全滅だ」
「泊 進ノ介……お前だけでも……覚えておいてくれないか……っ」
爆発したのは、ハートのボディではなかった。ぶつかりあい、高まり続けた熱とエネルギー、膨張した空気と分子が、二つの『オーバー・ドライブ』の衝突により、炸裂したのだ。
だが、『ライダーキック』を真っ向から胸に受けたハートは、致命傷だった。
元々、致命傷に縫合で無理矢理動かしていたようなものだ。それが、『仮面ライダードライブ』とのぶつかり合いで、今度こそ、トドメをさされた形。
ハートは、煤にまみれ、全身がボロボロで横たわる。
傍に座り込んでいる、これまたボロボロの進ノ介と、目と目を見あっていた。
「ロイミュードという……この星のっ、新たな生命になろうとした奴等がいたことを……!」
戦いは、はっきりと、ハートに喜びを与えてくれた。
悔いはない。あの一撃に全てをかけ、敗れた。シグマサーキュラーではなく、ハートが認めた最強の敵『仮面ライダードライブ』の手で、壊れることができる。
なのに、涙が出るのを止められない。寂しいのか、無念なのか、悔しいのか、嬉しいのか、怖いのか。ハートは、ここへきて、自分の
「ハート……!」
進ノ介も泣いていた。霧子も。
横たわるハートのすぐ傍に膝をついて、ハートの言葉を聞いている。その最期のメッセージを。
「……あたりまえだ。忘れるもんかっ」
頼まれたって忘れられない。この一年の出会いと別れ、戦いと日常は、とても濃かった。そのなかで、ロイミュードたちとの戦いは、その思いは、痛いほどに進ノ介の奥に刻まれていた。
進ノ介は、忘れないだろう。
仲間のために命をかけて散った奴を。
悪意に染まって愛を失っても、最後に癒しを与えて逝った女神を。
熱い心を、自分の存在への確かな誇りと、信念と、友情に燃やし、全てに挑んだ男のことを。
人間に挑戦した、機械仕掛けの戦士たち、この歴史のほんの一瞬に輝いた、この生き物たちを。
それを聞き、ハートは、いよいよ涙を止められなかった。
「ありがとう……っ。最期の最後に……っ」
泣き笑い。ハートは、引き攣る咽と、動かなくなっていく鋼の体を、必死に動かした。
最期の、最高の喜びを伝えるために。
「っ……友達が……っ、一人増えた……! 初めての……っ、人間の……!」
喘ぎながら。泣きながら。笑いながら。
友のために戦い続け、108しかいない友を失い続けた男は、最期に、戦いの中で、新たな友を得たのだ。
その最上の喜びを抱いて。
ハートは、全身を、粉のように散花させていった。
最後に遺された、罅だらけの赤い「002」のコアもまた――
空へと、還っていった。
『……Nice Drive……ハート』
"ベルトさん"は、己の命を奪った遺恨を水に流し、ハートに、惜しみ無い賛辞を送った。ハートの悪も、善も、戦いも、友も。全てを生んだ者の一人として。
それは、まるで、父と子のように。
"ベルトさん"の言葉は、届いただろうか。
ハートと同じほど泣いて、必死の思いで彼の最期を看取った進ノ介は、やがて、シフトブレスに目をやった。
警察官として。『仮面ライダー』として。彼には、状況を宣言する義務があった。
「午後三時三十二分……」
静かに、そして、なるだけ平坦に。
「ロイミュード、全108体……」
進ノ介は、告げた。
「撲滅、完了」
言って、進ノ介は、ゆるりと立ち上がった。
霧子がそれに寄り添って支えようとするが、寸前で思い直した。
進ノ介は、敬礼を送っていた。
ロイミュードたちに。
ロイミュード事件の被害者たちに。
ロイミュード撲滅に尽力してくれた仲間たちに。
ロイミュードと戦い抜いた仮面ライダーたちに。
進ノ介は、ただ、警察官の儀に従い、黙して、敬礼を送っていた。
霧子も、自然とそれに続いた。
父がロイミュードの産みの親で。
グローバル・フリーズの夜の被害者で。
仮面ライダーに救われた最初の一人で。
クリム・スタインベルトと出会い。
仮面ライダーのバディで、仮面ライダーの姉で、仮面ライダーの因縁の人で。
時に支え、時に支えられ、時に救い、時に対立し。
思えば、霧子もまた、奇妙な縁故に、ロイミュードの全てを見届けたのだ。
その全てへの、礼だった。
『ついに……か』
"ベルトさん"は、思わず、呟いた。
いつの間にか、雨は上がっていた。
ハートが去り、熱を冷ます必要がなくなったから。
ハートが逝き、嘆く涙が枯れたから。
その代わり、空には、虹がかかっていた。
ハートを。メディックを。チェイスを。ブレンを。
全てのロイミュードを。その被害者を。その悪意の根元をも。
等しく、逝くべき場所へと連れていく、空の架け橋が。
『全てが……終わった』
以降は本編の事件解決ありがとう→ベルトさんさようなら、に続きます
ゴースト出すくらいならチェイス出せよ!!次の週に『ゴーストの事件』があったんだからいいだろうが!
どうせ三途の川の畔まで行ったんなら泊親父出せよ!!
と思ったのが全てのきっかけ。
クリムとエイジまで出したのは正直調子に乗ってやっちまったと思う。
あと、原作は、ハートが人間に近付いたという表現としての、あの形だった(相手が人間に近付いたから、警察官である進ノ介からは攻撃出来なかった)と思います。
こちらでは、それこそ、不粋と思いながらも、あえて、『ロイミュード』と『仮面ライダー』の決着に、あくまで終始させました。
最期の一撃をもたせてあげたかったので、マッドドクターに感謝。
追記
今になってエイジはタイプネクストでよかったなと思いだした。
いや、進ノ介とエイジの一体化した姿、その進み続けた『時』の集大成ともいえるタイプスペシャルが、英介の時を止めた仁良=シーフをたたく組み合わせは全く後悔してませんが、単純にタイプネクストがヒーローしてる姿をまっとうに描いてもよかったなと。