紅夜の入院生活してから、とうとう7日目になった。今日をもって、紅夜は退院し、本土に戻ってくる(と、皆は思っている)のだ。
「それじゃあ2人共、行ってくるね」
何時もの白い装束のような服を着て、紅夜の家の玄関から外に出た黒姫が、靴箱に立っている2人にそう言った。
今日は紅夜が退院する日であり、尚且つ、本土へと向かう連絡船が出る日。そのため、黒姫は本土へと、紅夜を迎えに行くつもりなのだ。
「ええ。行ってらっしゃい」
「隊長によろしく言っといてくれよな、レッド1」
金髪の女性に続いて、右目に赤い眼帯をした女性が言う。
「分かってるって。じゃあ行ってきます」
2人に見送られ、黒姫は本土へ向かう連絡船への乗り場へと向かうのであった。
「遂に………………遂にこの日がやって来た!」
視点を移して此処は紅夜が入院している病院。
ベッドの上に立った紅夜はカーテンを開き、その勢いで、未だ纏められていない緑髪を翻させる。
「おっ!朝っぱらから元気だねぇ、紅夜君」
「あ、扇先生。おはようございます」
病室に入ってきた元樹が笑いながら声を掛けると、紅夜はベッドから降りて挨拶した。
「ああ、おはよう。入院生活最後の夜はどうだった?良く眠れたかい?」
「ええ、勿論。何時も通り、思いっきり寝てましたよ」
紅夜がそう答えると、元樹は意外そうな表情を浮かべた。
「おや、そうなのかい?僕はてっきり、退院するのが嬉しすぎて眠れなかったとか言われると思ってたんだけどね」
「遠足や運動会を前にした小学生じゃあるまいし………………」
「確かに」
そう言って、2人は軽く笑い合った。
そうしている内に時は流れ、食堂が開く時間となり、2人は病室を出て食堂へと向かった。
「へぇ~、退院したら大型二輪の免許を………………」
「ええ。家に廃車状態から修理した陸王があるんですけど、親父が『場所取るから、早く免許取って持っていけ』って五月蝿くて」
「それはそれは、大変だねぇ………」
食堂に着いた2人は朝食を摂りながら、紅夜が退院した後、何をするかについて話していた。
退院したら直ぐ、大型二輪の免許を取る事になっていると話す紅夜に元樹が感嘆の声を溢すと、紅夜は苦笑を浮かべながら、そうなった理由を語る。
それを聞いた元樹は、また苦笑を浮かべていた。
「それもそうだけど、君が退院するとなれば、君の友達は喜ぶだろうね。初日と2日目に来た娘は、特に」
「………ああ、静馬ですか………まぁ、彼奴は一番喜んでくれそうですね。だけど………」
「?」
途中から表情を曇らせる紅夜に、元樹は首を傾げた。
「退院しても、直ぐ学園艦に戻るって訳じゃないからなぁ~。免許取るために、暫くは東京の家で暮らさなきゃならんし」
「あらら………………こりゃ、下手したら彼女、泣くかもね」
「ですね~」
そんな会話を繰り広げながら、2人は朝食を平らげて返却口へと戻し、元樹は仕事へ、紅夜は病室へと向かうのであった。
さて、視点を移して、此処は大洗女子学園の体育館。其所では今、全校集会が開かれており、みほ達あんこうチームが壇上に上がり、此度の戦車道全国大会決勝戦での活躍を表彰されていた。
《普通Ⅰ科2年A組、西住 みほ、五十鈴 華、武部 沙織、冷泉 麻子。普通Ⅱ科2年C組、秋山 優花里。以上の5名を、必修選択科目、戦車道の全国大会において、非常に優秀な成績を納めた者として表彰し、戦車道成績優秀者における特典を与えられる者とする》
壇上に立っている学園長がそう言うと、集められた生徒全員から盛大な拍手が贈られる。
5人を代表して、みほが表彰状を受け取った途端、拍手はより大きなものとなった。
《尚、この壇上には居ないが、普通Ⅰ科2年A組、六条 深雪、竹村 千早。普通Ⅱ科2年C組、須藤 静馬、草薙 雅、武内 和美、如月 亜子、水島 紀子の7名も、同様に優秀な成績を納めた者として、戦車道成績優秀者における特典を与えられる者とする》
学園長が続けて言うと、また同じように拍手が起こるが、拍手を贈っている、戦車道を受講していない生徒達からは、静馬達が戦車道をしている事についての驚きを含んだコメントが漏れ出す。
「ねぇねぇ、須藤さん達って戦車道やってたんだね」
「意外だよね~」
「そういや須藤さん達って元々、昔有名だった戦車道同好会チームのメンバーだったらしいよ~」
「マジで?」
「うん。おまけにそのチーム、引退するまでの間に42連勝する程の凄腕チームだったらしいわよ?戦車道の雑誌買ってきた姉から聞いたもん」
「それなら、戦車道成績優秀者になるのも納得よね~」
あちこちから聞こえてくるコメントに、レッド・フラッグの女性メンバーは、一気に有名になってしまった事について苦笑を浮かべていた。
「何か、一気に有名人になっちゃったわね~、私達。1学期始まったばかりの頃は、極々普通の女子高生だったのに………………」
「まぁ、そうもなるでしょうよ。だってあの決勝戦、テレビで生中継されてたんでしょ?それに優勝したんだし、そのついでとばかりにレッド・フラッグの事まで放送されたんだから、それ見て私等の事を知ったって生徒も、居ないとは言えないわ」
話し掛けてきた亜子に、雅はそう返した。
「ねぇ静馬、アンタはどうおも………………あー、駄目だわコリャ」
自分の斜め後方に座る静馬に話し掛けようとする雅だが、静馬の様子を見た途端に話し掛けるのを止めてしまった。
当の本人は、三角座りで膝に顔を埋め、擦り付けていたのだ。
「ね、ねぇ雅。静馬は一体どうしたの?具合でも悪いの?」
表情をひきつらせながら訊ねる亜子に、雅は苦笑を浮かべながら言った。
「あー、いや。別に具合悪いって訳じゃないんだけど、えっと………………ゴメン、亜子。それについては後で話すわ。此処で話したら他の連中に聞かれるし」
「オッケー」
小声でそう言い合い、2人は残りの集会が終わるのを待った。
「うぅ~、紅夜ぁ………………」
教室に戻ると、窓側の席に座っている静馬は机に突っ伏していた。
静馬とは反対に、廊下側の席に座っている亜子と雅は、そんな静馬を見ながら話していた。
「紅夜が暫く帰ってこない?なんでよ?今日退院でしょ?」
「そうなんだけど………………今朝、紅夜からLINEが来て、『バイクの免許取らなきゃ駄目だから、後2週間は帰ってこれない』って言われたらしいのよ」
「成る程、それであんなにまで落ち込んじゃってるって訳ね」
「そう。それに、ただでさえ退院直後の紅夜に会えないってのに、会えない期間がさらに延ばされたってなりゃ、静馬だったらああなるってモンよ」
苦笑を浮かべ、未だに机に突っ伏している静馬へと視線を向けながら言う亜子に、雅はそう付け加える。
「そうそう。そういや学校に行く前の事なんだけど…………」
「ん?何かあったの?」
その直後に話題を振りかけてきた雅に、亜子は視線を向ける。
「その時、黒姫から電話があったのよ。紅夜の家の電話でね。まぁ、スマホは紅夜が持ってるから、家の電話を使うってのが当然だけど」
「黒姫から?それで、あの娘は何て言ってたの?」
「えーっと、確か………………」
そう言いかけ、黒姫が言っていた事を言おうとした時だった。
「へぇ~、面白そうな話をしてるじゃない。私も交ぜてくれないかしら?」
2人の横から、そんな声が聞こえてきた。聞き違える筈の無い、彼女等の乗る戦車の車長からの声だった。
「ねぇ、雅?黒姫から電話があったそうじゃない。何て言われたの?」
「そ、それは………………」
作られた笑顔を張り付けた静馬の顔が迫り、雅は額から大量の冷や汗を流していた。
「(どうしよう?言っても私に直接的害は無いんだけど、これ言ったら間違いなく、静馬は怒るわ……だってスッゴい明るい声で、『今日で退院するご主人様を迎えにいってくる♪』って言ってたんだもの……でも、言わなかったら言わなかったで後が怖い………………ゴメンね、黒姫。私も、命だけは惜しいのよ………………)」
内心で、今は連絡船に乗っているであろう黒姫にそう謝り、雅は黒姫が言っていた事を話した。
「――――って言ってたんだけど………………ん?静馬?」
「ふっ…………フフフフフ………………」
雅からの話を聞いた静馬は顔を俯けて肩を震わせながら、不気味な笑みを浮かべていた。
そして、不意に廊下へと歩き出そうとする。
「ちょちょちょ!?ちょっと待ちなさいよ静馬!アンタ何処行くつもりなのよ!?」
突拍子も無い静馬の行動に驚きながら、亜子は静馬の腕を掴んで引き留め、何処に行くつもりなのかと問い詰める。
「うん?別に大した事でもないわよ?ちょぉ~っと、悪い子乗せた船を他の乗員乗客もろとも海の藻屑にするだけだから。この対艦ミサイル――《ハープーン》――でね♪」
「おい、ちょっと待てぇぇぇぇえええええっ!!!お前なんでハープーンなんぞ持ってんだよ!?後そんなモンどっから出しやがった!?てか、なんで持てるんだよ!?いやいやいや、んな事言ってる場合じゃねぇ!先ず落ち着け!」
何処からともなく取り出したハープーンをバットのように担いでいる静馬に、完全に口調を乱してツッコミの嵐をぶつける雅。
だが、当の静馬は相変わらず笑みを浮かべていた。
「落ち着いてるわよ?この学園艦ごと連絡船を沈めてやろうと思える程に」
「全ッッッ然落ち着いてねぇよ!?誰かコイツを止めろぉぉぉぉおおおおおおおっ!!!」
最早ハイライトすら失った目で言う静馬に、雅は盛大にツッコミを入れた。
その後、静馬を正気に戻すには、担任が教室に戻ってくるまで掛かったらしい。
その頃、紅夜は暇潰しのために、病院の裏に来ていた。
其所では草木が生い茂っており、キャンプすら出来そうである。
その中で一際大きな木を見つけた紅夜は、その木の真下に来ると、腰を下ろして木に凭れ掛かり、ゆっくりと目を閉じ、そのまま寝息を立て始めた。
「やぁ、こんな所で寝ていたんだね。君の病室に行ったら君が居なかったから、少し探し回ってしまったよ」
紅夜が寝息を立て始めてから数分後、其所に1人の少女がやって来た。
ジャージを思わせるようなシャツに、太股ぐらいの丈のスカートを履いて帽子を被った、ストレートロングの茶髪を持つ少女だった。
彼女の名はミカ、継続高校戦車道チームの隊長にして、大洗市の喫茶店に来た際、テログループに人質に取られていた少女である。
ミカは紅夜の隣でしゃがみ、眠っている彼の横顔を眺める。
「良く眠っているね。これなら、多少の悪戯をしても起きなさそうだ」
ミカはそう言いながら、紅夜の頬を軽くつつく。
頬をつつかれている紅夜は起きる気配を見せず、相変わらず気持ち良さそうに寝息を立てていた。
それを微笑ましそうに見ながら、ミカは紅夜の隣に座り込み、再び彼の寝顔を眺める。
「私を助けてくれた時や試合の時とはうってかわって、無防備な寝顔だね。これじゃあ、誰かに寝込みを襲われても、文句言えないよ?」
そう言いながら、ミカは紅夜の肩に寄り掛かろうとするのだが、それよりも早く、紅夜の方からミカに寄り掛かった。
「あぁっ………………」
いきなり寄り掛かられた事に、ミカは小さく声を上げて頬を染める。
視線を横に向けると、紅夜が先程よりさらに気持ち良さそうに寝息を立てている。
「こ、紅夜…………んんっ」
紅夜の息がくすぐったく思われたミカは、頬を染めながら身を捩らせる。
流石に起こすのは悪いと思ったミカは、紅夜を起こさないように注意しつつ、紅夜の頭に優しく両手を添え、ゆっくりと、自分の肩から、柔らかい太股へと移動させた。
所謂、膝枕である。
「ゴメンね、紅夜。流石にくすぐったかったから、少し移動させてもらったよ」
ミカはそう言いながら、紅夜の頭を優しく撫でる。
寝ながら感じ取っているのか、紅夜の頬が緩んだ。
「ッ!?」
それを見たミカの頬が、一気に赤くなる。
「可愛い………可愛いよ、紅夜………」
そう言って、ミカは紅夜への愛しさを募らせる。
「ああ、駄目だ………もう、我慢出来ないよ………」
ミカはそう言うと、自らの顔を紅夜の顔へと近づけ、その唇にキスを贈った。
「せめて、こうしている間だけは、君は私のものだよ」
そう言って、ミカはもう一度、紅夜にキスを贈るのであった。