「さあさあ、食べて食べて!」
「「は、はぁ……………」」
杏達に案内され、生徒会室へとやって来た紅夜とみほは、部屋の真ん中に置かれた炬燵に入り、生徒会メンバーの3人と彼等5人で、杏が作ったと言うあんこう鍋を囲んでいた。
ガスコンロの火を受けて、鍋の中身がグツグツと音を立てている。
「いやぁ~、やっぱ寒くなったらあんこう鍋食べるに限るねぇ~」
上着を羽織った杏はそう言って、袖をヒラヒラと揺らす。
「あんこう鍋って、そんなにも人気なんですか?」
「そんなに言う程人気と言う訳でもないが……………まぁ、大洗はあんこうで有名だからな、殆んどの家庭で食べられている」
首を傾げて言う紅夜に、桃が答える。
「成る程ね……………それで角谷さん」
「ん~?何だい?」
既に具をよそおうとしていたのか、箸を鍋に近づけていた杏が紅夜の方を向く。
「俺と西住さんを此処に連れてきた理由って、何ですか?」
「「「……………」」」
紅夜がそう訊ねると、何故か杏だけでなく桃や柚子も黙りこくってしまう。そんな3人の様子に、紅夜の疑問はますます深まっていった。
その様子を見た杏は柚子に目配せし、その意図を読み取った柚子は紅夜とみほのお椀を取り、具をよそっていく。
当の2人はその事に気づいていないようで、未だに疑問を投げ掛けようとしていたが、杏がそれを阻むかのように話を切り出した。
「まあ、それもそうだけどさ……………やっぱ先ずは鍋っしょ、鍋!もう私等お腹ペッコペコだからさ!」
「え?いや、あの……………」
「はい、長門君の分。それから西住さんも」
納得出来ないとばかりに紅夜が言おうとするものの、具をよそい終えた柚子が2人のお椀を差し出す。
「あ、どうも……………」
「ありがとうございます」
いきなりの事に戸惑いながらも、取り敢えず礼を言った2人はお椀を受け取り、具を口に運ぶ。
「あ、これ結構美味いな……………」
気に入ったのか、具を口に運びながら紅夜がそんな感想を溢すと、杏が嬉しそうな表情を浮かべて言った。
「そうでしょー?あんこう鍋をより美味くするための隠し味でね……………」
「いや、レシピとかは良いですから、そろそろ本題の方を……………」
だが、話の内容を聞こうとしたみほが遮り、またしても場が微妙な雰囲気に包まれてしまう。
「えっと……………長門君、おかわりする?」
「あ、貰います」
場の雰囲気を変えようとしたのか、紅夜のお椀が空になったのを見た柚子がそう言うと、紅夜はそれを受け、お椀を渡す。
「え、紅夜君……………?」
その場の雰囲気も気にせず、あんこう鍋を楽しみ始めた紅夜に、みほは驚いたような表情を浮かべながら言う。
「まあまあ西住さん、取り敢えずはあんこう鍋を楽しもうぜ。結構美味いから、さっさとおかわり貰わねえと、お前の分も俺が食っちまうぜ?」
そう言い返し、紅夜は無邪気な笑みを浮かべた。
そう言われたみほは、取り敢えずは紅夜の言う事に従おうと、具を口に運んでいく。
みほの注意が杏が言った『話』から『あんこう鍋』に逸れ生徒会の3人は、心の中で、紅夜に礼を言った。
「それでさぁ、紅夜君」
其所へ、杏がまた話を切り出した。
「ん?何ですか?」
「紅夜君達の現役時代の話を聞かせてよ。私等って今年で戦車道始めたばっかだからさ~、ベテランからの意見を聞きたいんだよ」
「あー、まあ良いですよ」
そうして、紅夜は現役時代の思出話を始めるのであった。
「まぁ、そういやだけどさぁ~」
それから約2時間後、鍋の中身が空になり、一服しているところへ、杏が口を開いた。
「紅夜君、このチームに入ってから不満とかって無い?」
「え?いきなり何ですか?」
突拍子も無い質問に、紅夜は戸惑いながら聞き返す。
「いやさ……………紅夜君のチームってさ、連盟の勝手な判断で同好会チームのリストから除名されて、一時期は戦車道の世界から放り出されて、それが原因で戦車道の表舞台から全面的にシャットアウトしちゃった訳じゃん?」
「あー、そういやそんな事も言いましたね」
まるで昔の事を懐かしむかのように、紅夜は言った。
「其所へ私等がやって来て、『君等の実力が欲しいから此方のチームに入って』、なんて無茶言って、試合して、んでもって私が紅夜君に色々言って、結局此処のチームに入ってくれたじゃん?つまり私等、君等の事なんて考えずに自分等の事情に巻き込んじゃったんじゃないかなって……………そう思ってたんだ」
何時もの大物感漂う雰囲気は何処へやら、すっかり小さくなった杏はそう言い、紅夜の方を見る。
「君等だってさ、《大洗女子学園所属》なんて前置詞付けられて、まるで三国志とかみたいな客将みたく試合に出るより、ちゃんとした《RED FLAG》ってチームとして、独立して試合したいとか、思ったりしてたんじゃないの?」
「……………」
杏にそう言われ、紅夜は黙ってしまう。確かに、そう思う事もあった----否、現在もそう思っている。だが彼としては、今の状態も結構気に入っている。
そんな2つの思いもあり、紅夜は返答に困っていた。
「ゴメン、意地悪な質問しちゃったね」
そう言って、杏は謝った。
「あ、そういや私等の色々な写真とかあるんだよ。この際だから見てって!」
杏はそう言うと、沢山の写真が入ったアルバムを持ってきて広げた。
最初のページには、生徒会メンバーの3人が、笑ってピースサインを向けながら校門の前で写っている写真があった。
「おお、コレ見てよ!河嶋が笑ってる!」
「か、会長!そんなもの見せないでください!」
普段は見せない意外な表情を見られたのか恥ずかしいのか、桃は赤面しながら言う。
「ええ~?可愛いのにな~。あの時の桃ちゃん」
「だから!その名前で呼ぶなと昔から言ってるだろ!」
何時もの言い合いを繰り広げる2人を見て、紅夜は微笑ましげに笑っていた。
他にも、体育祭や校外学習、学園祭、合唱コンクール、修学旅行、はたまた何かの行事なのか、泥んこプロレス大会と言う競技で杏に技を決められている桃や、海に遊びに行ったのか、バズーカ砲のような特大水鉄砲で、杏が柚子に大量の水を浴びせ、その後ろでは大波で吹っ飛ばされている桃が写っている写真が続々と出てきた。
様々な表情が写っていたが、全員楽しそうな雰囲気が伝わってきていた。
「楽しかったな、あの時は……………」
「……………そうですね」
「本当に……楽しかった………」
何時もは口調のキツい無愛想な雰囲気を感じさせる桃でさえ穏やかな表情を浮かべ、3人は当時を懐かしんでいた。
「3人って、今年度で卒業……………なんですよね?」
紅夜が言うと、3人は頷く。
紅夜は写真に写る楽しそうな3人と、今こうやって、自分の前で過去の思い出を懐かしんでいる現実の3人を見比べると、少しの間、目を瞑った。
「……………長門?」
そんな紅夜の様子に、桃が不思議そうに声をかけるが、紅夜は何も答えず、ただ黙って目を瞑っているだけだ。
そして紅夜は、ゆっくりと目を開けた。
ルビーのように鮮やかな赤い瞳に、決意の炎を宿して……………
「……………全国大会、絶対に優勝しようぜ。俺もお前等のチームの一員なんだ、絶対に優勝の舞台に上げてやるよ。観客の歓声、思いっきり浴びようぜ」
先程までの敬語は消え失せ、紅夜は言った。
「「「……………」」」
そんな紅夜を見た3人は、互いに顔を見合わせ、誰からともなく頷いた。
「「「勿論!」」」
そうして、3人揃って返事を返し、その場に居る者全員が笑う。
家族の団欒のような空間が、その生徒会室に広がっていた。
「……………ありがとう、紅夜君」
そんな中で、杏は小さな声で紅夜に感謝の言葉を呟いていた。
「いやぁ~、すっかり遅くなっちまったな~」
「うん、あれこれやってる間に、もう8時半になっちゃってるよ」
あの後、杏達が後片付け全てを引き受けてしまい、そのまま帰る事になった紅夜とみほは、校門を出て家路についていた。
帰る方向が一緒と言うのもあるが、生徒会室を出る時に杏が、
『暗い夜道なんだから、か弱い女の子1人ぼっちで帰らせるなんて事しちゃ駄目だかんね~?王子様がしーっかり守ってやるんだよ~』
と冷やかすように言ったのもあり、紅夜は、みほを学生寮まで送り届けていたのだ。
その際、みほは顔を真っ赤にしており、それがトマトみたいだと笑った紅夜が、みほからコークスクリューブローを喰らって吹っ飛ばされ、生徒会メンバー3人に笑われたのは余談である。
「準決勝はプラウダ高校か……………やっぱ、IS-2は出してくるかな~」
IS-2が一番気に入っている紅夜からすれば、それはご褒美以外の何物でもなかった。
「紅夜君って、本当にIS-2好きなんだね……………」
「おうよ!何せ俺、レッド・フラッグの3チームが揃って、どのチームがどの戦車に乗るかを決める時なんざ、俺は真っ先にIS-2に決めたからな!まぁ、一目惚れってヤツよ!」
そう言って、紅夜は無邪気な笑みを浮かべた。
子供のような笑みに、みほも自然と笑みを浮かべる。
そんな時だった。
「よぉ、紅夜。また会ったな!」
「ッ!?」
突然背後から声を掛けられ、紅夜は勢い良く後ろを振り向く。
其所には、相変わらずのパンツァージャケットに身を包んだ蓮斗が立っていた。
「ええっ!?紅夜君が2人!?」
突然の出来事に、みほはそんな声を上げる。
まあ無理もない。何せ蓮斗は、黒髪に蒼い瞳である事を除けば紅夜とは瓜二つ、一方が髪を染めてカラーコンタクトを使えば、見分けが殆んどつかなくなるような容姿なのだ。
みほの反応は、寧ろ正常なものと言っても過言ではないだろう。
「ガハハハハッ!其所のお嬢ちゃんは随分と面白ェ事を言うなぁ!」
「蓮斗さんよ、今は夜だぜ?」
豪快に笑う蓮斗をジト目で見ながら、紅夜はそう言う。
「おっと、言われてみりゃそうだな、悪い悪い」
全く謝罪の意思も篭っていない様子で謝りながら、蓮斗は未だ笑っていた。
肌寒くなってきた今日でも、何十年も前と言う大昔に《猛者》と呼ばれた青年(?)は元気一杯のようだ。
「それから紅夜、流石に『さん』は要らねえよ。蓮斗で良い」
「あ、そうッスか。そんじゃ蓮斗って呼ばせてもらうぜ」
蓮斗が言うと、紅夜もそう答えた。
「んで、今日は何しに来たんだ?」
「ああ、それなんだが……………お前等、準決勝にまで進んだんだってな?」
「あ、はい」
蓮斗の問いに、今度はみほが答える。
「準決勝、俺も見に行こうと思っててな……………それを伝えに来たのさ。後は紅夜をイジッて遊んでやろうと思ってたんだが、彼女さんと一緒じゃあ悪いわな……………んじゃ、俺は帰るわ。お付き合いは程々にな~!」
そう言って、蓮斗は何処へと去っていった。
「彼女って……………俺と西住さんって付き合ってる訳じゃないんだけどなぁ……………まあ良いや。行こうぜ、西住さん」
「あ、うん!」
そうして、紅夜はみほを寮にまで送り届けると、レッド・フラッグのグループラインにある事を書き込み、メンバーから了解を得る返信を受けると、眠りにつくのであった。
「結局、言えませんでしたね……………あの事」
紅夜達が出ていってから、後片付けを終えられた生徒会室で帰る用意をしながら、桃はそう言った。
「これで良いんだよ、河嶋。西住ちゃんや紅夜君は、私達の我が儘に付き合ってくれてるんだから、せめてものお詫びとして、あのまま……………のびのびと戦車道をやってほしいからさ……………」
そう言う杏に、桃と柚子は何も言わず、ただ頷いた。
「ただいま~、今日も今日とて疲れたよ~っと」
寮の部屋に戻ってきた杏はそう言いながら、ベッドに倒れ込んだ。
仰向けに寝転がり、笑った3人が写っている写真を見た。
「……………利用して、ゴメンね……………紅夜君、西住ちゃん」
杏のいつになく悲しげな声が、その部屋に虚しく木霊していた。
そして2日後、準決勝当日を迎えるのであった。