戦車改造計画は、思いの外順調に進み、深夜にまで及ぶ作業の末、残りは紅夜のISー2のエンジンのボアアップのみにまで漕ぎ着けた。
その作業は次の日にまで持ち越しとなり、ISー2の車内で眠っていた紅夜は、翌朝、何者かによって安眠を奪われる。
そして目を開けると、其所には紺色に近い色をした髪をサイドアップにした女性が立っているのであった。
「もう、『誰だ』なんて酷いなぁ。6年以上一緒に居たし、昨日とか試合の時だって、話し掛けてくれたのに………………」
そう言って、紅夜の目の前に居る女性は泣き真似をしてみせるが、肝心の紅夜は、ただ唖然としているだけだが、やがて、おずおずと口を開いた。
「もしかしてお前……………俺のISー2か……………?」
そう訊ねると、先程の泣き真似をしていた表情から一転し、嬉しそうな表情を浮かべた。
「うん!まぁ正確に言えば、ISー2に宿った魂………………所謂『付喪神(つくもがみ)』だね♪」
その言葉に、紅夜はまた唖然となった。
言い伝えでしか存在しない筈のものが、実は身近に存在していたのだ。コレで唖然とならない方が異常だと断言出来るものである。
「(前々から思ってたが、まさかそんなオカルトチックなモンが俺の戦車に宿ってたとは………………世の中って何が起こるか分からねえモンだな………………つーかコレ、達哉とかに知られたら大絶叫間違い無しだが、何れは知らせるべきだよな………………)」
そう思いながら、紅夜はパチクリと瞬きしていた。
「………………それでだが、俺は今後、お前をどう呼べば良い?名前はあるのか?」
紅夜がそう言うと、その付喪神は首を横に振って言った。
「ううん。私にはそう言った名前とかは無いの。ただ、『ISー2の付喪神』ってだけ。だから、名前はご主人様が決めて良いよ」
そう言って、付喪神は微笑みかける。
「うへぇー、何かスッゲー重要な役割課されたような気分だ。人の名前なんて決めた事もねぇし」
紅夜そう呟き、自分の目の前で微笑んでいる付喪神をまじまじと見つめる。
紺色に近い色をした髪をサイドアップに纏め、雪のように白い装束のような服に身を包んでいる。
「黒姫(くろひめ)………………なんてどうよ?」
そんな彼女を見ながら、紅夜は何と無く浮かんだ名前を口にする。
服装などを見ればミスマッチな名前だろうが、名前を言われた当の本人は嬉しそうな表情を浮かべた。
「黒姫………………うん!気に入った!じゃあ、これから私は黒姫だね!ありがとう、ご主人様!」
そう言って、ISー2の付喪神--黒姫--は紅夜に抱きついた。
「んがんぷっ!?ちょい黒姫!苦しいから離れろ!」
「い~や~だ~!」
黒姫の豊満な胸に顔を埋められ、紅夜は苦しそうにしながら抵抗するものの、黒姫は尚も強く抱き締める。
「おーい長門の坊っちゃん、起きとるか~?朝飯出来たから食いにこーへんかって神子が………………って、何じゃこりゃあああああああっ!?」
「「あ………………」」
そんなやり取りをしていると、紅夜を起こしに来たのであろう祐介がISー2のキューポラを開け、その場で絶叫する。
その後、ISー2から転げ落ちて騒ぐ祐介を落ち着かせようと、紅夜と黒姫はISー2から降りて押さえるものの、騒ぎを聞いて走ってきた輝夫や神子、次郎にも黒姫の姿を見られ、大騒動になったそうな………………
「ガハハハハハハハッ!まさか、長坊のISー2に付喪神なんて宿ってたとは知らなかったな!コイツは前代未聞だぜ!」
騒動も何とか収まり、現在は祐介の家で朝食を摂っている一行。
輝夫は豪快に笑いながら、茶碗に盛られたご飯を掻き込んでいる。
「紅夜は昔からモテてたが、まさか戦車にもモテるなんてな………………」
「そのハーレム運勢、ちょっとでもエエから俺にも分けてほしいわ」
次郎と祐介はそう言いながら、とある一点へと目を向ける。
「ご主人様、あーん♪」
「オイ黒姫、人前でそれは止めようぜ?つーか、神子姉?なんで不満げな顔してんの?」
「べっつにぃ~~?」
その視線の先では、黒姫と神子に挟まれた紅夜が、何とも言えない雰囲気の中に座らされて戸惑っていた。
大人びている神子でも、この時ばかりは子供のように頬を膨らませている。
「………………昔は『神子姉、神子姉』って甘えてきたのに、もう他の女にチヤホヤされて………………」
「それ10年以上前の話じゃんかよ!それからチヤホヤなんかされてねぇかんな!?」
「おーいお前等。イチャつくのは別に良いが、ISー2のエンジンのボアアップの仕事が残ってるってのを忘れんなよ~」
「イチャついてねぇよ!?」
冷やかす輝夫にツッコミを入れつつ、紅夜は残った料理を一気に掻き込んだ。
その後、紅夜は喉を詰まらせてのたうち回ったそうな………………
「よーし、ラストスパートだ!《ISー2の馬力を600超えにしてやるぜ計画》だ!」
「計画名長くね!?」
その後、解体所の建物へと移動してきた一行は、早速行動に移った。
大型クレーンでエンジンが取り出され、黒姫も交えてのオーバーホールが行われた。
黒姫がメンバーに加わった理由としては、彼女曰く、『エンジンは自分の心臓であり、自分の心臓は、自分が一番よく知ってるから』との事である。
言葉通り、黒姫は自身が宿るエンジンのパーツや、その状態をあらゆる面まで知り尽くしていた。
クランクシャフトに負荷が掛かっていたとか、ボアアップに当たって、シリンダーボアやピストンストロークが、ボアアップ後を想定すると、今の状態では小さすぎるなどの問題点を次々と指摘したため、改造中に作業の手が止まる事は殆んど無く、順調に進んだ。
途中で、神子が差し入れとして軽食を作って持ってきたりしたお陰か、一行は徹夜すらものともせず、翌朝の7時頃に作業が終わってしまうと言う、ご都合主義満載な結果となった。
因みに、大幅なパワーアップを遂げたエンジンは、輝夫によって、『V型12気筒ディーゼルエンジン改』と命名された。
「さてと、これで作業終わりやな。まさか3日程度で終わるとは思わんかったわ」
大型スパナを右手に持ち、腕で額の汗を拭いながら、祐介はそう言った。
「皆、ホントにありがとう。これで決勝戦では、思いっきり暴れられる!」
そう言って、紅夜は4人に頭を下げた。
「構わねえよ長坊。久々に大仕事が出来たから満足だぜ」
「それに、戦車の付喪神にも会えたからな。やっぱり、長生きはするモンだ」
輝夫は豪快に笑いながら言い、次郎は腕を組んで、ウンウンと頷いている。
「それもそうだけど………………エンジン掛けてみたら?出来映えを見たいわ」
「おっ!そりゃ良い!」
「やってみぃや、坊っちゃん」
神子の発案に他の3人も乗り気な反応を見せる。
紅夜は頷くと、黒姫を伴ってISー2の砲塔へと飛び乗り、キューポラを開けて車内に入ると、操縦席に腰かける。
「しかし黒姫よ、お前がやらなくて良いのか?」
その問いに、黒姫は頷いた。
「うん………………ご主人様にやってほしいの」
「そうか………………なら、ありがたくやらせてもらうぜ!」
そう言って、紅夜はイグニッションのボタンに指を触れる。
「さぁ、新たな目覚めだ!我が愛車よ!」
高らかに声を上げ、紅夜はボタンを押す。
低くモーターが唸りを上げ、やがてギュルギュルと音を立てる。
そして音は小さくなり、一同が首を傾げた瞬間、513馬力から615馬力に生まれ変わった、V型12気筒ディーゼルエンジン改が咆哮を響かせる。
マフラーから白煙を噴き上げる勇ましい姿に、建物内では歓声が上がった。
同様に、パンターやイージーエイトもチューンナップが施されており、エンジンが掛かる度に、一同は歓声を上げた。
「そんじゃ、早速大洗の連中にお披露目だな!」
「「「「「おー!」」」」」
それから、3輌の戦車の出発準備が整えられる。
ISー2には紅夜と黒姫が乗り込み、パンターには輝夫と次郎が、イージーエイトには祐介と神子が乗り込んだ。
「そんじゃ………………Panzer vor!!」
紅夜はそう言って、ギアを入れてアクセルを踏み込む。
それに続いて他の2輌も動き出し、大洗女子学園へと向かうのであった。
その頃、大洗女子学園戦車道チームでは、行動不能となったポルシェティーガーを格納庫へと運び、自動車部のメンバーでの整備が行われていた。
それからみほの決定で、自動車部のメンバーがポルシェティーガーを駆り、決勝戦に参加する事が決まった。
そんな中、メンバーの中では、紅夜が帰ってこない事に不安を募らせている者も居た。
「それにしても、全員に秘密なんて、紅夜も水臭ェよなぁ~。せめて俺等には教えてくれても良かったろうに………………」
「そうだよなぁ~。だが祖父さん、こう言ったサプライズとかは徹底する主義だから、多分誰かに秘密で連絡してるとかも無いだろうな………………静馬、お前のトコに祖父さんからの連絡とかってあったか?」
達哉の呟きに付け加えると、大河は静馬の方を向いて言った。
そう聞かれた静馬は、首を横に振って答える。
「いいえ、全く無かったわ。試しに此方からラインしてみたけど、既読すら付かなかったもの」
「マジで?あの紅夜が既読を付けないなんて、珍しいわね~」
静馬の答えに、雅が意外そうな表情を浮かべて言う。
「紅夜君……………」
そんなレッド・フラッグのメンバーの会話を危機ながら、みほは不安そうな表情を浮かべていた。
そんな時、格納庫に1人の少女が恐る恐る入ってきた。
「に、西住さん………………」
「え?」
気弱そうな声にみほが振り向くと、其所には猫耳のカチューシャをつけたロングヘアの金髪を持ち、昔もののアニメでよくありそうなグルグル眼鏡を掛けた、若干猫背でありながらも長身である事が窺える少女が立っていた。
「あ、猫田(ねこた)さん」
「西住さん、知り合いなの?この猫田さんって人と」
みほの反応を見た静馬が訊ねる。
「うん。クラスメイトなの」
「あ、どうも………………僕ねこにゃーです」
『『『『『『ねこにゃー?』』』』』』
聞きなれない単語に、一同がそんな反応を返す。
「あ、僕オンラインの戦車ゲームやってて、そのユーザーネームです。気軽にねこにゃーって呼んでください」
「そ、そう………………それでねこにゃーさん、どうして此処に?」
微妙な反応をしながらも、取り敢えずねこにゃーと呼ぶ事にした静馬は、彼女が此処に来た理由を訊ねる。
「うん、その………………僕も今から戦車道、取れないかな?」
「え?」
猫田改めねこにゃーの思わぬ発言に、みほが声を上げる。
「是非、協力させてほしいの………………あ、操縦はね、慣れてるから………」
「本当!?ありがとう!」
思わぬ戦力の確保に、みほは嬉しそうに言うが、直ぐにその表情は申し訳なさそうなものと変わった。
「でも………………もう戦車が余ってないの」
「え?あの戦車は使わないの?」
申し訳なさそうにみほは言うが、ねこにゃーはそんな事を言う。
「『あの戦車』って?」
「駐車場に放置されてたんだけど………………」
「マジで!?行ってみようぜ!えっと、ねこにゃーさんだっけ?案内してくれ!」
「うん。此方です………………!」
そう言って、ねこにゃーが先に立って走り出し、一行はその後に続いた。
「へぇー、こんな所に三式中戦車があったなんて………………」
学園の駐車場に着いた一行は、屋根のある駐車スペースに放置されている三式中戦車を見る。
「え?コレ使えるんですか!?」
「ずっと置きっぱなしになってたから、使えないと思ってました…………」
「ってオイ!?」
どうやら1年生グループは、最初からこの戦車の存在は知っていたらしいが、使えないと思い、放置していたらしい。
そんな彼女等のコメントに、みほは苦笑を浮かべ、達哉はツッコミを入れた。
その後、ポルシェティーガーの整備を一時中断した自動車部のメンバーによって、三式中戦車も格納庫へと運ばれた。
「それでねこにゃーさんよ、他の乗員はどうなんだ?宛でも居るのか?」
「はい。もう仲間を呼んでますから、もうじき来るかと………………」
ねこにゃー以外の三式の乗員がどうなっているのかと言う達哉からの質問にねこにゃーが答える。
「「うわぁーっ!カッコいいーっ!」」
すると突然、格納庫の外で声がする。
一行が外に出ると、ピンクのカチューシャをつけ、右目に桃の眼帯をつけており、制服のシャツが短いのか、へそが見えている少女と、銀髪のロングヘアを後ろで束ねている少女が居た。
「あの2人がそうか?」
「はい。2人共オンラインの戦車ゲームしてる仲間です」
達哉の質問にねこにゃーが答えると、そんな会話に気づいたのか、2人が顔を向けた。
「あ、どうも。僕ねこにゃーです」
「あ、貴女が!?あ、私ももがーです!」
「私はぴよたんです」
ねこにゃーが名乗ると、ももがーと名乗った少女は慌てながら頭を下げ、逆に、ぴよたんは落ち着いた様子で名乗る。
「おおっ!ももがーにぴよたんさん!リアルでは初めまして」
「本物の戦車を動かせるなんて、マジでヤバイよねー!」
挨拶を交わした3人は、其々の心境を語り合う。
「いや、それはそれで良いけど、お前等リアルでは初対面なのかよ!?」
ねこにゃーの挨拶に、達哉は堪らずツッコミを入れる。
そんな様子にメンバーも苦笑を浮かべた、その時だった。
『諸君!我等は帰ってきたァァァァアアアアアアッ!!!!』
『『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』』
突然、空気をも揺るがす程の大声が響き渡り、その次の瞬間には、怪物のようなエキゾソート音が響き渡る。
一行が声の主の方へと目を向けると、その視線の先には………………
『待たせたなァお前等!長門紅夜とISー2、パンターA型とシャーマン・イージーエイト!派手にパワーアップして帰ってきたぜェェェェエエエエエッ!!』
両サイドに装甲スカートを取り付けられ、フェンダーも新しいものに換装されたISー2と、その砲塔の上に立ち、紅蓮のオーラを纏って雄叫びを上げる紅夜と、ISー2同様に、両サイドに装甲スカートを取り付けられ、フェンダーも取り換えられたパンターA型、そして、同じようにフェンダーを取り換えられたシャーマン・イージーエイトが裏口から走ってきていたのであった。