「あの子、また強くなったわ」
月夜に照らされるその美貌がフッと微笑む。その広い空間には殆ど家具類はなく。彼女は数少ないそれらの中の一つに腰掛けていた。大きな椅子に座るその姿ですら艶めかしさを感じる体は、胸を大きく開け放ったドレス一枚で包まれている。体にかかる白髪にさえ、息をのむほどの美しさだ。そんな彼女は外を見つめ、その目を細める。
愛おしそうに、恋しそうに、彼女は夢中だった。
サク・ティネルという存在に。
この短期間でみるみるうちに成長していくその姿を、【フローラ派】の隊長であるフローラは感じていた。
「でもまだ駄目」
まだ我慢と急かす自分に言いつける。少年が最高に美味しく、赤いリンゴになるまで
「それまでは見守っていましょう」
* * *
「買取主はすでに確保してあります」
「ああ、準備を進めろ」
「はい」
裏街に建つ建物。そこだけは他と雰囲気が違うとは一目瞭然だった。
巨大な建物はまるで宮殿だ。どこかアジアン風の雰囲気を出し、周りのひび割れた建物とは別の空間にあるその建物こそ、主に裏での活動が多い派閥、【ダウス派】だ。派閥自体も規模が大きく、この街でも名の知れた勢力だ。と言ってもそのどれもが良いものではないのだが。
広々とした部屋にて窓から月を眺める男、派閥隊長ダウス。オールバックにした黒髪の彼は、切れ目の双眸で月を見上げていた。
明日に迫ったオークションで売りに出すのは、他でもない自らの団員だ。決まりでは他派閥に手を出してはいけない決まりであるため、刻印は刻まないにしても、まず派閥に入れなくてはならないのだ。
と言っても奴隷だらけの派閥というわけではない。構成員の殆どがランクDに達しており、数人はCの者もいる。完全にこの国でも上位の派閥に君臨していた。
そんな中、ダウスは迷っていた。
それは、明日売り出す中にいるシルア・フェリクのことだ。
売り出すために派閥で引き取っている彼女だったが、この中にある才能は凄まじいものだ。
才能があればステイタスの向上は早い。さらに元々の強さも群を抜いているのだ。
常識離れした怪力。圧倒的な体術。この数年間見てきて見せつけられた技にダウスは悩まされる、
派閥に残すべきではないのかと。
「それに…」
そう呟き、ダウスはニヤリと口を釣り上げた。
何と言っても美しいのだ。その大人びた芯のある表現、滑らかな肢体、どれを取っても目を引くものだ。
「イコル、変更事項だ」
己の後ろで立っている眷属にダウスは口を開いた。
* * *
「あ、あの…。本当にアマリアも一緒に…?」
「当たり前だ!他の隊長は知らないけど、共に戦うのが私のスタイルだ!」
「たぶん他は違うと思うぞ隊長」
裏街にて、今度も同じ失敗をしないために隠れて移動をする中、僕は汗を流しながら後ろを歩くアマリアに尋ねた。それに小声ではあるが名言を言うアマリア。ルーカスは苦笑いでそれに返すのだった。
あれから一日が経ち、オークション当日。先頭を歩く僕は顔を引き締める。
「どうやらここみたいだな」
僕達は足を止める。ルーカスの呟き通り、ここがおそらくそうだろう。
それこそ多くの人が集まっており、隅には鎖で繋がれる人々がいる。その誰もが、気力のない、人生を諦めたかのような瞳だ。あの時にあったシルアさんとは全く違う。
そう、そこにシルアさんの姿はなかった。
「?、どうしたんだいサク?」
「……シルアさんが、いないんです」
「「え」」
キョロキョロと辺りを見渡すが、やはりいない。違う場所だったのか、まだ出てこないのか、可能性はたくさんあるはずなのに、僕は何か嫌な予感に襲われた。
「まぁ、しばらくしたら出てくるんじゃないか?どうする隊長」
「うーん。正直私は彼女に会ったこともないし、隊長の言うことじゃないけど、ここはサクが決めておくれ」
「……」
託された僕は前方を見つめる。オークションはもう始まろうとしているところだ。まだ出てこないのはやはりおかしい。
二人に見つめられる中、僕はアマリアとルーカスに向き合った。
「そういえば、ニールさんから聞いた話だと、これは派閥で起こしていることなんですよね」
昨日のうちに、僕はニールさんから色々と情報を聞いていた。派閥は確か…【ダウス派】だ。
僕の質問にアマリアが頷く。
「ああ、集会の時に一度だけ見たことがあるよ。というより街でも巨大な派閥だからルーカスも知っているだろう?」
「おう。いい噂は聞かないけどな」
アマリアの問いにルーカスは苦笑いする。
「そのホームって、もしかして…」
そこまで聞いた僕はある一つの建物を見つめる。
まるで宮殿のような建物は、この裏街で一番に目につく建物だ。そんな僕と一緒にその建物を見上げるアマリアとルーカス。そして僕の問いにアマリアは頷いた。
「そうだよ。あれが【ダウス派】のアジトだ」
その言葉に息を飲む。あまりにも大きな勢力だとは一目でわかった。でも…
「奴隷の人達もあそこにいるんですか?」
「っ、サク。正気か!?」
僕の考えに気づいたルーカスが驚きを表す。アマリアは顔色を変えず、僕を見つめ、言った。
「覚悟はあるのかい?サク」
きっとこの件に関しての最後の問い。街の秩序に逆らう勇気があるのか、巨大勢力を相手にする度胸があるのか。そんな隊長の言葉に、僕は大きく頷いた。
確かに怖いし、不安だ。こんな弱い自分に守れるものがあるのかわからない。でも僕は…
これ以上自分を嫌いになりたくなかった。
思い起こされる一人の少女。無邪気に笑って僕に手を差し伸べる。
その手を僕はもう握る資格も、笑い返す資格もないんだ。
「サク?どうしたんだい?」
「えっ」
アマリアの言葉で正気に戻される。目の前には覗き込むアマリアがいた。
「な、なんでもないです。すみません…」
そう言って下手くそな笑みを浮かべる僕に、アマリアは瞳を向ける。
「一人じゃないよ。サク」
「ーっ!?」
目を見開いた。まるで僕の心を読んだかのように発したアマリアの言葉。そんな彼女のたまに見せる鋭さに苦笑いしてしまう。気づけば力の入っていた体は少しリラックスできていた。
そんな光景を見ていたルーカスは笑みを漏らし、そしてすぐ顔を引き締めた。
「副隊長。指示を出してくれ」
そんなルーカスの言葉に、僕は拳を握りしめた。
「乗り込もう」
* * *
「どういうことですか。ダウス様」
アジトにて、シルアは背を向けるダウスに問いかけた。その問いに数秒後ダウスは振り返りシルアと目を合わせた。
「なに、お前を売り出すのは勿体無いと思ってな」
その言葉にシルアはキッとダウスを睨みつける。
刻印を刻まれて仕舞えば、もう逃げ場はなくなる。己の望みは一気に崩れる。
外に出たいという望みが。
「嫌だと言ったら?」
「相変わらずの気の強さだな」
そんな彼女に表情を変えないダウスは背を向けた。
「今はオークション中だからな。儀式はその後にする。それまでは…」
そこまで言った瞬間。
「ーっ!?」
一瞬で現れた人物にシルアは目を見開いた。
この派閥の副隊長であるイコルという少年。金髪の髪をした美少年の瞳は冷徹だった。
圧倒的なスピードを誇る彼は、ランクC。派閥勢力の頂点だ。
シルアがその存在に気づいた時には
その意識は消えていた。
* * *
「流石に真っ向からは無理だな。どうする?」
「……あの人達」
ルーカスの問いにサクはある方向に目を向ける。その先にいるのは四人の男性だ。
「?、彼らはここの門番みたいだね。リッチな派閥はああやってつけるんだよ」
「そりゃー豪勢だな」
そんな彼らをサクは見つめる。そしてピコーンとひらめいたことがあった。
「アマリア。あの人達って刻印とかは?」
「ん?派閥に入ってるわけじゃないからないと思うよ。それがどうし…。っ!」
声をかけたアマリアは言葉の途中で同じひらめきに達したようだ。その可愛らしい顔をニヤリと怪しげな顔へと変化させる。
「なるほど、いけるかもしれないね。ふっふっふっ」
「…隊長。顔がとてつもなく悪者だぞ」
「それじゃあ任せたよっ。サク!ルーカス!」
「はい!」
「…マジか」
フンっと気合いを入れるサクの隣でルーカスは苦笑いを浮かべる。そして二人は同時に
疾走した。
まずはランクが上のサクがその場にたどり着く。一瞬で現れた少年に、門番達は目を見開いた。
「!?、なんだ貴様!?」
「すみません!」
「グハアッ!?」
上段蹴りをお見舞いする。顎に命中した攻撃で、まずは一人が白目を剥く。
「くそっ、やりやがったな!この…」
「はいごめんよ!」
「ブッ!?」
状況を理解する門番は手に持つ槍を構えたが、次に現れたルーカスに飛び蹴りを食らう。どこか喧嘩慣れしているような彼は、申し訳なさそうにするサクとは違い。あっさりとした謝罪だった。
残った二人は腰を抜かす。そんな彼らに、サクはペコペコと頭を下げ、ルーカスはポキポキと指を鳴らした。
「「ギャァアアアアアアアッッ!?」」
次には悲鳴が裏街に響き渡るのだった。
「んーこれ大きいな。サク〜手伝っておくれよ〜」
「な、なに言ってるんですか!?というか僕も今着るのに…」
「たく仕方ねぇな。二人ともズボン上げとけ」
人気のないその場所には、パンツ一丁となった三人の男が寝転がっている。その隣で門番達の服をセッセッとサク達は着ていた。
ルーカスはサイズが合うものの、サク達は苦戦中だ。そんな二人に溜息をつき、それぞれの服を捲ってサイズを合わせるルーカスは、まるで兄弟の面倒を見る兄のようだった。しかも面倒を見てもらう側の二人が隊長と副隊長なのだから溜息が出てしまう。
そしてようやく着終わった二人。
「本当に大丈夫かな…」
「イケるイケる!なかなか似合ってるぜサク!」
そしてなぜか楽しそうなアマリアだったが、改めて表情を真剣に変えた。
「それじゃあ、突撃開始だ」
* * *
徐々に意識が覚醒していく。シルアはゆっくりとその瞳を開いた。
ポタリと水が落ちる。横たわっているのは硬い地面。ここはどうやら地下牢のようだ。
そこまで理解したシルアは顔を歪める。刻印が刻まれていないなど関係なく、シルアは自分の無力さに歯を食いしばった。
「止まってたまるか…」
そう言いフラフラと立ち上がる。
国の理に、たった一人の男のために止まってたまるか。私は断ち切るんだ。この首輪を、鎖を。
シルアはもともと奴隷の身分ではなかった。本当は北東の小さな国にいたはずだった。
しかし壊された。
物心つく前のことでなにも知らずにいたシルアは、それを二年前に知った。
別にだからというわけではない。顔も知らない親に会いたいと思ったわけでもない。シルアはその前からずっと
外の景色に憧れていた。
街を行き交う人々が賑わすメインストリート。小鳥がさえずり花々が咲く森林。様々な冒険を繰り広げる派閥。シルアは周りの話から知る外の話に心を躍らせた。
自分もいつか、そう思っている。
だからシルアは抗う。たった一つ残された自分の生きる意味を貫き通すため、何もかもに絶望した周りのようにならないため
「はぁああああああっ!!」
逆らう。
檻に飛び蹴りを食らわせる。衝撃音が辺りに響き渡った。
檻はほんの僅かに、歪んでいた。
刻印を刻まれていないにも関わらず、常任離れした力のシルア。その力の源は、一族からの血筋であった。
* * *
「ば、バレてないです、よね…?」
「てか門番ってこの中入るのか?」
「そんなこと知るもんかっ」
中も立派なアジトの中を歩く三人は、やはり緊張を覚える。周りからの視線にも汗を流していた。
「おいお前達」
「「「ーっ!?」」」
背後からした声に三人同時に肩をビクつかせた。そして恐る恐る振り返る。そこには【ダウス派】の団員が立っていた。
「ぼ、僕らのことでしょうか…?」
「当たり前だろう。というか今は門番にこんなガキを使ってるのかウチは」
「あ、あはは…」
痛いところを突かれヒヤリとするが、どうやらわざわざ門番の顔までは知らないようで疑われてるわけではないらしい。それにホッとする三人に男は再度口を開く。
「それで何でここにいる。見張りはどうした」
「えっ!?え、と…」
「急に隊長様からお呼ばれしたんですよ!!」
「いやーそうなんだ…じゃなくてですよー!いやーなんですかねー!!」
嘘の下手なサクはダラダラと汗を流し固まる。そんな彼の隣からルーカスとアマリアが割り込んでフォローする。そんな三人にいぶかしむ顔をみせていた男は溜息をついた。
「ならさっさと行け」
「「はいっ、失礼しましたっ!」」
「し、しましたっ!」
心の中で大きく脱力する三人は、頭を下げた後再び進路を変え…
「ん?こんな奴ら門番にいないぞ」
別の団員の言葉に硬直した。
その場だけでも十人はいる広間、そんな空間が静まり返った。そして次には
三人は全力で走り出した。
「あ!逃げやがったぞ!?」
「捕まえろーっ!?」
その瞬間一気に場が喧騒で包まれる。
「おい隊長!ついてきてるか!?」
「ああっ、逃げ足なら任せてくれ!」
「それ泥棒してた時のですよね!?」
流石に余裕をなくすルーカスに無理やり笑うアマリア。そんな彼女に悲鳴交じりにサクはツッコミを入れる。
『マテェええええええええっっ!!』
アジト内での大鬼ごっこが始まった。
* * *
オークションの終わるまで残り三十分となった中、ダウスは慌ただしい部屋の外に気づいた。
「何かしているのか?」
「どうでしょうか…」
背後に立つイコルも心当たりがない様子にダウスは眼を細める。
「イコル。少し外の様子を見てきてくれ」
「わかりました」
隊長の考えに気づくイコルは頷き部屋を後にする。
ダウスは一人になった中、頭をよぎるのは先ほど地下牢に入れた少女。
「…まさかな」
しかしその考えを振り捨て、今はオークションのことだけに頭を回そうと、今も続くオークションへの仕事に取り掛かった。
* * *
「ハァっ、ハァ…!」
息を荒げるシルアは前を見据える。そこには原型をとどめないほどにまで歪んだ檻があった。
後もう一踏ん張りと腰を屈める。その足は腫れ上がり、血が滲んでいる。しかしそんな痛みを無視し、シルアは地を蹴った。
破壊音が辺りにとどろき、一気に砂埃が舞った。
やがて辺りはシルアの息遣いだけが響き、徐々に立ち込めていた煙が引いていった。
そこには膝に手をつく少女と、吹き飛んだ檻があった。
しばらく息を整えていた彼女は体を起こす。
そして顔を引き締め走り出した。