「も、もうダメだ…」
「体が、動かない…」
この一週間で、クエストを十以上こなすというハードはペナルティを受け、終わった時には僕達全員ボロボロになっていた。
「なんだダラシないぞ!ほれっ」
「いだだだだッ!?隊長、もっと優しくできねぇのかよっ」
「このくらいでいいんだよ!」
ルーカスの治療をするアマリアは、手荒に消毒をする。
何度目かの傷の手当に、いつものような会話が続くのだった。
もう手当てしたからと、シルアさんに消毒をしてもらいながら、僕達はそんな毎度のやり取りに苦笑いするのだった。
「シルアさん、派閥に入って早々こんな大変なことに巻き込んじゃってごめん」
流石に疲労の隠せない中、同じく疲れが滲んでいるシルアさんに謝罪する。
すると、こちらは優しく治療してくれるシルアさんはかぶりを振った。
「いえ、そもそもこの原因は私ですので。それに、案外楽しかったですから」
「楽しい?」
「はい。こうして冒険するのも、憧れの一つでした」
そうしてシルアさんは微笑む。
以前からは想像がつかない程、シルアさんの笑顔を見るようになっている。
そんな彼女を見ていると、心が温かくなる。
「そっか。それならよかった」
嬉しくなる。
* * *
只々ボーっと、アマリアは窓を叩く雨の水滴を眺めていた。
現在ラノスでは、約一ヶ月ぶりの雨が降っている最中だ。
「暇だ〜」
脱力し、座っていたソファーに寝転がる。
そしてアマリアは、反対側で武器の手入れをしているルーカスに不満をぶつける。
「ルーカスっ、何か面白いことはないのかい!」
「なんだその無茶振りは」
ワーワーと喚くアマリアに、ルーカスは苦笑いする。
そして再び大剣の手入れを始めた。
「サク達がいないからって、あんま絡まないでくれよ隊長ー」
そう、今はルーカスとアマリアの二人きり。サクとシルアは、朝からマテリアルに用があり、風車小屋にはいないのだ。
「ブー」と言いながら起き上がったアマリアは、再び外を見つめ、ポツリと呟いた。
「サク、早く帰ってこないかな〜」
「……」
そんなアマリアに目を向けていたルーカスの手が止まる。そしてルーカスは、変わりなく飄々と言った。
「隊長ってさ、サクが好きなんだよな」
「ブフッッ!?」
いきなりのことに吹き出す。そうして素っ気なくしているルーカスに、アマリアは顔を真っ赤にし、震える指で指差した。
「ななな何を言っているんだ君は!?」
そんなアマリアは無視し、ルーカスは手を頭にやる。
「でも、サクもずっと一緒にいてくれなんて、プロポーズしてるみたいなもんだけどな〜。ははは」
「…っ!?あ、あの子は純粋なんだっ。そんなことは、考えてないよ…」
最後の方は落ち込み気味に告げた言葉に、ルーカスは再び顔を上げ、問うた。
「隊長は、どうしたいんだ?」
* * *
「シルアさん、本当にいいの?」
ニールさんに言われ、【マテリアル】へシルアさんと向かっている僕は今、アマリアから買い物を頼まれているため、僕達のホームもある、東エリアのメインストリートへ、先に買い物に来ていた。
雨も降っているし、買う物も一人で持てる量だから先に行っていてと、シルアさんには言っておいたのだが、彼女は首を横に振った。
「お三方には尽くしても尽くしきれない恩があります。どうかお手伝いをさせてください」
そう言って微笑むシルアさんに、「いやそんなっ」などとアタフタしていると、再び彼女は口を開いた。
「それに…。こうして外に出て、人々が行き交う街を見られるのがとても嬉しいんです。小さい頃からの夢でしたので」
確かに、シルアさんのその表情は、とても柔らかいものだった。もちろん笑うことも増えたし、なにより、この国の一つ一つのものを、目を輝かせるようにしているのを知っていた。
そんな様子に僕はつい顔が緩んでしまう。
「じゃあ行こっか」
そう言って僕は、まず頼まれたキュウリを買いに行くのだった。
「よーしっ、これで申請は完了だよ」
そう言ってニールさんは机の上に一枚の紙を置き、ハンコを押した。
それはシルアさんの派閥への加入手続きだ。
朝からやってきていた僕とシルアさんは、その紙を眺め、顔を見合わせるのだった。
「ありがとうございますニールさん」
「これもアドバイザーの仕事だからね…って、サク君、それまだ持ってたんだ」
そう言って指差したのは、アラゲメントで活躍してくれた短刀だった。
「はい。そのまま使ってみたら、凄いシックリきたんです。アマリアも、護身用に持っていた方がいいって」
「そっか。じゃあ存分に使いなさいな」
どこかいたずらっぽく笑ったニールさんに、「はいっ」と僕は頷いた。
そこでニールさんは「そういえば」とシルアさんに目を向ける。今まで毅然と僕の隣で座っていたシルアさんは、小首を傾げた。
「シルアさんの武器って、何を?」
その質問にシルアさんは表情を変えないが、僕は苦笑いしてしまう。その反応にニールさんはわけが分からないというような様子だ。
そうしていると、シルアさんが口を開いた。
「武器は、今の所ありません」
「……え?」
あたりは賑やかな中、僕たちの空間だけ沈黙する。
固まるニールさん、未だ苦笑いの僕、そして無表情のシルアさん。
沈黙を破ったのは、ニールさんの叫び声だった。
「ぶぶぶ武器なしって、素手ってこと!?ついこの間までやらせてたクエストの山には出てないってこと!?」
身を乗り出すニールさんに、今度は僕が汗を流しながら口を開く。
「いや、バリバリ参加してました…」
「な…っ!怪我は!?」
「かすり傷程度です…」
再び停止するニールさん。
見るからに信じられないという顔をする彼女は、ゆっくりと問う。
「どゆこと…?」
目を合わせたシルアさんは、数秒黙っていたが、それに答えた。
「私は、カルトラの一族です」
カルトラ?と、僕は頭に?を浮かべるが、ニールさんには心当たりがあるようだ。
その目を見開き、次には汗を流しながら頷いた。
「なるほど。それなら理解できるわね…」
顎に指を当て、考え込んでしまったニールさんの前で、僕は隣のシルアさんに言った。
「カルトラって何ですか?」
単刀直入な言葉に、シルアさんは呆れた様子もなくこちらを向いた。
「私の故郷の人々です。よくは覚えていませんが、その一族は人類の中でも、ズバ向けて強い怪力を持っていたようです」
「そ、そうなんだ…」
その説明に僕は思いっきりビビってしまうのだった。
確かに、あのシルアさんの蹴りは半端じゃないよな…。
「よしっ。まぁ、この件は置いときましょう」
さっきまでのことを切り替えたニールさんは、パンッと手を叩き、ある紙をこちらに差し出した。
それを僕とシルアさんが覗き込む。
これはどうやら、依頼書のようだ。
「これは…、クエスト?」
「そう。数もこなしてきたしってことで、上層部からワンランク上のものが来たの」
僕の呟きに頷いたニールさんは、そう言って僕の手に持つ紙を見つめた。
「何でも壁外のクエストらしいわ。内容は見ればわかるだろうけど、第8エリアに行けってことよ」
「随分と大まかですね…」
僕の苦笑いにニールさんは「そうなのよねぇ」と溜息をつく。
「私もそう思ったんだけど、極秘だの一点張りよ。まぁ私の経験からして、この場合はモンスター関係だと思うけどね」
「モンスター、ですか」
「うん。イレギュラーで住み着いちゃったのとか。そういうので環境って大きく変わるものだからね」
「なるほど…」
説明に僕がコクコクと頷いていると、隣からシルアさんが口を開いた。
「あの、それは私達三人でのみの活動なんですか?」
「おーっ、いいところに目をつけるねシルアさん!」
質問されたニールさんは、ビシッと両手の人差し指をシルアさんに向けた。
「それがね。今回のクエストは苦労しそうだからって、他派閥との行動なの。初対面だと思うけどよろしくねっ」
* * *
「?、やっぱりどうかしましたかアマリア?」
「な、何のことだいっ?」
ホームに帰ってくると、何故だかいつものハグでのお出迎えがないことに首を傾げる。
中にいないのかと思えば、当の本人は僕と目があうと、顔を赤らめてしまった。
初めて見るそんなアマリアの姿に、熱ではないのかと心配するが、本人は大丈夫だと言い張るので、原因は分からずじまいだ。
そんな中、ルーカスが椅子から立ち上がりこちらに歩いてきた。
「で、申請は出来たのか?」
「うん。…それと、新しいクエストがきた」
「うへぇ」
派閥とは、クエストをこなし、その報酬で生活をする。つまりクエスト=仕事というわけではあるが、最近その頻度が上がってきている。
それもあって、ルーカスの言う通り、まさに「うへぇ」と言いたくなる状況だ。
そのあと僕は、ニールさんにされたように説明をした。最後まで話したあとに、アマリアが「うーん」と唸る。
「他派閥との共同のクエストはあるとは聞いていたけど…。そこにはどこの派閥かは書いてあるのかい?」
「えーと…」
自分の手に握るクエスト用紙にもう一度目を通す。
そしてそこには、もう一つ、派閥の名前が記してあった。
「【フィルス派】、ですね」
僕の言葉にアマリアとルーカスは首を傾げる。
「フィルスか、聞いたことないな…。隊長は?」
「ないね。そこも私達と一緒で、クエストを他と組むってことは小規模だろうし」
僕とシルアさんはもちろん知らず、四人で考え込むこと約五秒。
グゥゥ…
「「「「……」」」」
誰かの情けないお腹の虫が鳴った。
一瞬唖然としていたアマリアは、苦笑いし僕を見てくる。
「サク。君はよくお腹がなるねぇ」
「ぼ、僕じゃないですよっ!」
「え?」
確かに今まで二度もアマリアに聞かれてるけど、断じて食いしん坊になった覚えはない!はず…。
「じゃあルーカスかい?」
「違うって。そういう隊長じゃねえのか?」
「な!?私が嘘をついているだとー!!」」
気づくとギャーギャー騒がしくなるホームで、スッと。
「私です…」
シルアさんが手をあげるのだった。